メジュゴリエの偽聖母
住所
出身
ハンドル名
メジュゴリエさん
ブログタイトル
メジュゴリエの偽聖母
ブログURL
https://medjugorje.hatenablog.com/
ブログ紹介文
カトリックの一部の者が惑わされている私的啓示「メジュゴリエの聖母」は神からのものではありません。
自由文
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ブログ村参加:2018/03/29

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メジュゴリエさんのブログ記事

1件〜30件

  • メジュゴリエの偽聖母

    警告!メジュゴリエの偽聖母 ※純粋な聖母への愛ゆえに、メジュゴリエの聖母を愛しておられる、信者の皆様を責めたり、非難したり、するような目的は、一切ありません。ただ、自分たちの欲望と私腹を肥やすために、聖母の聖なる御名を利用し、神を侮辱し、信者の皆様の純粋な聖母への愛を無惨にも踏みにじっている、偽幻視者6人と数々の悪事を働き、神と教会を裏切っている、あのフランシスコ会の神父達の事実を知って下さい。(日本や他の地域のフランシスコ会は、全く関係ありません) そして、一日でも早く、その偽りに気づき、メジュゴリエと言う、今世紀最大のペテンから、離れ、正しい聖母信心を歩んで下さい。教会が許可している、ルル…

  • 第三部 結論:メジュゴリエの偽聖母

    第三部 結論: 1990年3月上旬に、ザニッチ司教は最後にもう一度真理を宣言しようと試みました。勿論、彼はメデュゴリエの出現を否定することによって、彼に反対する多くの人がいることを良く知ってのことでした。これの最終の決定的な報告書は、極めて重要であって、私たちはこれを良く読むべきです。ザニッチ司教の報告には番号がふられており、1から29まであります。最後には、アイルランドのラジオ・テレビのキーロン・ウッドと司教との対話が注に付けられています。私たちは、これの一部を読んでみましょう。 1.ユーゴスラビアの司教協議会の委員会が、メデュゴリエの出来事についての真理を探究中である。しかし、その仕事は、…

  • 18 信仰の喪失という現代最大の危機(メジュゴリエ)

    18 信仰の喪失という現代最大の危機 ファチマの聖母はその第3の秘密の中で、教会を1960年から揺さぶるであろう恐るべき信仰の危機のことについて預言します。しかし、メデュゴリエのゴスパは、この信仰の危機について全く無視し、かえって反対に、カトリックの信仰を崩壊させるべく、全ての宗教が等しいことを説教してやみません。 「メデュゴリエで告げられた印と、ファチマの第3の秘密との相似関係について尋ねられて、ヘレナはこう答えました。『そのことについては、ゴスパは私たちにこう言いました。“何も恐れないで下さい。あなたの人生の背後にあることを忘れなければなりません。私はただ、今後あなた達が新しい人であること…

  • 17 初土曜日の信心

    17 初土曜日の信心 初土曜日の信心についても、ゴスパはこの驚く答えをなしています。時は1982年8月6日です。「ここでは私はまだそのことについて話しませんでした。私は、頻繁な告解に人々を招きました。私は現代のためにまだ幾つか具体的なメッセージをあなた達に与えるでしょう。[では、ファチマのメッセージは時代遅れの、抽象的なメッセージだったのでしょうか?]忍耐強くありなさい。時はまだ来ていません。[と言うことは、何か新しいメッセージがあるようだ]・・・私が[メデュゴリエで!]既に言ったことをしなさい。西洋にとっては、毎月の告解が薬となるでしょう。」(CCM, p179) 私たちは、初土曜日の償いの…

  • 16 聖母の汚れなき御心に対する信心(メジュゴリエ)

    16 聖母の汚れなき御心に対する信心 ファチマでは、聖母はその秘密の中でご自分のご要求を提示されました。「天主はこの世界に、私の汚れなき御心に対する信心を確立することを望んでおられます。」そして、そのために、この目的を果たすために、天主は、手段として、教皇様が五つの初土曜日の償いの信心を承認し、激励することをお望みになりました。天主は、また更に、教皇がロシアを聖母の汚れなき御心に奉献することをお望みになりました。ファチマのシスタールチアは、これらのご要求は今でも緊急になされなければならないこと、このことがかつて無く緊急であることを断言しています。しかし、ゴスパは、ファチマでの要求を全く無視して…

  • 15 メッセージ(メジュゴリエ)

    15 メッセージ ゴスパのメッセージには、異端的なエキュメニスムがあります。ゴスパは宗教相対主義と宗教無差別という全く新しい教えを説きます。幻視者によって何度も何度も言われたこのテーマを、順序を追って並べてみましょう。これらの教えには、論理的なつながりがあり、幻視者らの個人的な神学の知識を明らかに超越しています。 1)唯一の天主しか存在しない。天主には分裂がない。天主は全ての人々の天主である。彼は、人を全く差別しない。 2)多くの宗教の間の違いによって出来た分裂を作ったのは天主ではなく、人々、人間たちである。この地上で、信者たちが互いに分かれ別れになって、様々な宗教を作った。天主は唯一であるか…

  • 14 信者の霊魂の実り(メジュゴリエ)

    14 信者の霊魂の実り ファチマで起こったこととは反対に、メデュゴリエに群衆を集めたのは、ゴスパではありませんでした。カリスマ運動の聖職者たちが彼らをメデュゴリエに動員したのでした。クロアチアのようなカトリック地方は司祭の発言には権威があります。司祭が「マリア様が御出現になりました。巡礼をしなければなりません。」と言えば信者はそう従うのです。信者はそこで祈りを熱心にし、告白もするのです。しかし、これらの信者を見て、「メデュゴリエの信者は熱心だ、だから出現は本当だ」とは言えません。クロアチアの人々の心には伝統的なカトリック信仰が根付いているのです。十字架の道行き、マリア信心、御聖体の礼拝等々、彼…

  • 13 イワンの嘘(メジュゴリエ)

    13 イワンの嘘 出現の最初の月からゴスパは印を約束しました。この印は、メデュゴリエの正真性を証しするものとなるべく、与えられると約束されました。 1981年8月27日、ゴスパは「直ぐ来るでしょう」と言いました。 8月29日、「もう少し忍耐しなさい。」 9月3日、「もう少しだけ忍耐しなさい。」 遂に、待望の印は1981年の12月8日に与えられるとゴスパは約束します。ところが、その約束も同じ年のクリスマスに延期され、更に翌年の1月1日に延期され、最後には幻視者は「私たちはそんなことは言いませんでした。」と宣言しました(!)。 ファチマの第3の秘密をヒントに、ザニッチ司教は1982年5月10日、調…

  • 12 ヴィッカの嘘(メジュゴリエ)

    12 ヴィッカの嘘 1985年1月14日の晩、出現の時刻は迫りました。ここは一つの小さな部屋。メジュゴリエの村の人々や、ドイツ人のカメラマン、また、スラヴコ・バルバリッチSlavko Barbaric神父(メデュゴリエの教区の助任司祭でヴラシッチ神父の後継者でカリスマ運動書)、トミスラヴ・ペルヴァンTomislav Pervan神父(教区の主任司祭)、ルイ・ベランジェLouis Belanger(カナダ人の研究家、やはりビデオ・カメラを持っていた)、ジャン・ルイ・M(Jean-Louis M.メジュゴリエに住み着いて9ヶ月になるフランス人のメデュゴリエ信奉者、しかし出現の信憑性を疑いだしていた…

  • 11 幻視者の霊魂の実り(メジュゴリエ)

    11 幻視者の霊魂の実り 超自然の出現には、幻視者において、常に徳への前進が見られます。私たちは彼らの美徳について判断する資格はありません。しかし、彼らの誠実さについてみてみましょう。つまり、彼らの言うことは信頼が置けるのかどうかと言うことです。 ザニッチ司教は確かな証拠を持って幻視者を嘘つきだといいます。まず、彼らは1981年6月24日丘の上に散歩に出かけた動機について嘘をつきました。6月30日チェルノCernoへ行った動機について嘘をつきました。彼らの預言通りにことが起こらないと、彼らは出現がもうすぐ終わると告げたことを否定しだしました。約束の偉大な印がいつ起こるかについて正確な日付を示し…

  • 10 印と不思議(メジュゴリエ)

    10 印と不思議 メジュゴリエの「奇跡」は数多いがいつも奇妙奇天烈で、疑問を抱かせるものです。 1981年6月にはヴィッカはトラクターの道具箱の中に「天からの神秘のロザリオ」を見つけました。1981年8月2日には、150人が新しい太陽のダンスを見ました。ある晩には、「地が裂けるかのような」ものすごい轟音が聞こえました。また別の機会には、地の下からゴスパが出て来るようなシルエットを人々は見ています。 にほんブログ村

  • 10 印と不思議(メジュゴリエ)

    10 印と不思議 メジュゴリエの「奇跡」は数多いがいつも奇妙奇天烈で、疑問を抱かせるものです。 1981年6月にはヴィッカはトラクターの道具箱の中に「天からの神秘のロザリオ」を見つけました。1981年8月2日には、150人が新しい太陽のダンスを見ました。ある晩には、「地が裂けるかのような」ものすごい轟音が聞こえました。また別の機会には、地の下からゴスパが出て来るようなシルエットを人々は見ています。 にほんブログ村

  • 3:9 謙遜の雰囲気(メジュゴリエ)

    第3部メジュゴリエ・続(霊の識別:3-9) 9 謙遜の雰囲気 謙遜は全ての天主からのものの印です。 ヴィッカは、50回目の出現から、1万5千人もの人が既に出現地に来るようになったことを語っています。ブバロ師はこう尋ねました。「はい、でもどうやってそこまでになったのでしょうか?聖母はあの国この国と現れましたが、聖母を見ようとそんなにも人は集まりませんでした。」 ヴィッカは答えます。「ここはメデュゴリエです!ここには、聖母は特別な仕方でお現れになるのです。聖母は、以前どこでもこのようなことをなさいませんでしたし、将来もなさることがないでしょう。ゴスパはそのことを何度も言いました。」 実に、メデュゴ…

  • 3:8 癒し(メジュゴリエ)

    第3部メジュゴリエ・続(霊の識別:3-8) 8 癒し このことについては、2つの質問を出さねばなりません。 1)メデュゴリエで正真正銘の癒しが生じたか。 2)出現によって或る病の癒しが約束された場合、その癒しが本当に生じたか。 モスタールの司教であるザニッチ司教によって強調されたのは、この第2の点でした。そしてそれは全く正しい判断です。もし御出現がある病の癒しを約束したにもかかわらず、それが治らなかったとしますと、出現は約束を破ったことになります。これは、この出現が聖母からのものではなかったと言うことの証拠になります。 ザニッチ司教はそのレポートの中でメデュゴリエの聖母が癒しを約束した5つの件…

  • 3:7 脱魂(メジュゴリエ)

    第3部メジュゴリエ・続(霊の識別:3-7) 7 脱魂 ブルディエの『偽りの神秘家と偽りの予言者の識別』と言う本には、感覚が無くなることは天主からの脱魂と、悪魔からのものとのどちらでも起こりうるとあります。 重要なことは、脱魂中に彼らが見、聞き、観想したその内容です。天主からの本当の脱魂は、常に霊魂を高め、天主の崇高な玄義に関する知識を享受させます。天主からの脱魂により、霊魂は天主への愛をいや増し、特異な方法でその霊魂の美徳を増加させます。脱魂は、いわば知性にとっては光、心にとっては燃ゆる火となります。 メジュゴリエでは、彼らの「脱魂」中には、幻視者は自分たちの見たことを語ります。しかし、天主の…

  • 3:6 出現に対する聖職者の態度(メジュゴリエ)

    第3部メジュゴリエ・続(霊の識別:3-6) 6 出現に対する聖職者の態度 メデュゴリエの主任司祭であったヨゾ・ゾブコJozo Zovko神父は、カリスマ運動の活動的なメンバーの一人でした。彼はあまりにも早く、そして少しあまりにも近くで出現と関わっていると非難を受けました。このような疑問は全く当然のものでした。しかし、彼の嫌疑を晴らすために、やはりカリスマ運動の一員であった、クラリェビッチ師は「その当時は、彼は教区に着任したばかりで、自分の教区信者を知る機会がまだ無かった」と書いています。ロランタン師も疑いを晴らそうと「ゾブコ修道士は、最初の出現の幾日か前に主任司祭として任命を受け、まだ教区のこ…

  • 3:5 出現の言葉遣い、態度(メジュゴリエ)

    第3部メジュゴリエ・続(霊の識別:3-5) 5 出現の言葉遣い、態度 ファチマでは、御出現の言葉、態度、身の振る舞いなどには、尊厳、天的な天主からのものであるという威厳がありました。ところがメデュゴリエでの出現では、ゴスパの態度は私たちを躓かせるものであって、私たちはこれにショックを受けます。 第2の出現は、6月25日でした。「イワンカと私とミリヤナとは、最初の日にゴスパを見たところに同じ時間に行こうと決め合っていました。もしあれが本当にゴスパだったら、もしかしたらゴスパはまたやってくるでしょう。」(Bubalo) しかし、第1の出現は全く沈黙のうちになされ、どうしてもしそれがゴスパだったらま…

  • 3:3 出現の周期(メジュゴリエ)

    第3部メジュゴリエ・続(霊の識別:3-4) 4 出現の周期 ザニッチ司教はゴスパ自身が出現の終わりが近いことを、1981年の6月30日に既に宣言していることを指摘しています。第7回目の出現の後に、子供たちは主任司祭に、あと3回の出現があることをゴスパ自身が言ったと伝えました。 Kraljevic神父はこう言っています。「この日に幻視者たちは、ゴスパが金曜日までの3日間しか来ないことを約束した、と宣言した。」 実際、7月3日金曜日の出現の時に、彼らは、出現の後に「これが最期の御出現だ!」と宣言しました。 ブバロ師にこの偽りに預言について尋ねられ、ヴィッカはこう答えました。 「本当に私はそんなこと…

  • 3:3 幻視者の最初の反応(メジュゴリエ)

    第3部メジュゴリエ・続(霊の識別:3-3) 3 幻視者の最初の反応 最初の「聖母」の出現は1981年6月24日でした。私たちは、幻視者の使うクロアチア語を使って「聖母」の代わりに「ゴスパGospa」と言いましょう。 ヴィッカはブバロ師にこう言っています。 「この日は祝日でした。でも私はミサに行きませんでした。私は数学の補習授業があってモスタールに行かなければならなかったからです。期末試験に失敗し、この補習授業があったのです。私は家にお昼頃に戻りました。バスは人で一杯で、とても暑かったのです。私たちは朝、午後に一緒に散歩をしようと決定していました。私たちはいつも一緒でした。でも、家に帰ると私は寝…

  • 第一の出現の状況(メジュゴリエ)

    第3部メジュゴリエ・続(霊の識別:3-2) 2第一の出現の状況 何故彼らは、丘の上に集まったのでしょうか。モスタールの司教は『メデュゴリエの出来事に関する報告書』の中でこう書いています。 「既に最初から、嘘の臭いがすることがある。例えば、子供たちがポッドブルドーの丘(出現地)に行った動機は、違っていた。或る時は羊の群を集めにと言い、或る時は花を集めに、或る時はたばこを吸いに行ったという。」 ロランタン師は、この幻視者となるべき彼女たちが隠れて丘の上でたばこを吸いに行っていたと言うことを不手際に否定しようとしています。しかし、モスタールの司教、ザニッチZanic司教は物事をきちんと言います。 イ…

  • 第3部メジュゴリエ・続 3:1

    第3部メジュゴリエ・続(霊の識別:3-1) 1出現以前の幻視者 「他の人よりも良くも悪くもない」(幻視者自身の表現) 「メジュゴルイエは種々の点で[第二バチカン]公会議後のあり方を具現し、全く別の、全く新しい状態の中にある。聖母を見た6人はもはや子供ではない(一人を除いて)。彼らは皆十六歳から十八歳までの年齢で、思春期という不安定な時期は通り過ぎている。」(ロランタン『メジュゴルイエにおける聖母マリアの出現』p29) 彼ら6人のうち5人はメデュゴリエMedjugorie村の抱える5つの部落のうちの1つであるビヤコヴィチで生まれました。メデュゴリエは、モスタルMostar教区の小教区であり、「小…

  • 2:8 聖霊運動の正体

    第2部メジュゴリエ 8聖霊運動の正体(霊の識別:2-8) 我々は、この研究を通して次の質問にこう回答しましょう。 (1)「聖霊運動」とはどのようなものなのですか。 「聖霊運動とは、その起源をプロテスタントに持ち、カトリック教会とは全く関係のない別の宗教運動です。この運動でなされる不思議な業は、確実に、明確に、イエズス・キリストの霊によるものではありません。」 (2)この運動をカトリック司祭が主催することの是非。 「カトリック司祭は、教会法の精神にのっとって、聖霊運動に参加すべきではありません。」 (3)この運動をカトリック教会ですることの是非。 「カトリック教会は、我らの主イエズス・キリストが…

  • 2:7 カスリン・クールマンの教え

    第2部メジュゴリエ 7カスリン・クールマンの教え(霊の識別:2-7) オコーナー神父の本には、度々、アン・アルボル(Ann Arbor)の集団についてのことが言及されます。我々は今ここに、聖霊降臨運動に典型的な一つのエピソードを載せ、この項を終えることにしましょう。これはロランタン神父の前掲書に基づいています。 1974年6月1日、アン・アルボルのカリスマ運動の人々は「癒し」をするためにカスリン・クールマン(Kathryn Kuhlman)と言う、プレスビテリアン(長老派のセクト)の女性を招きました。ロランタンの言うことを聞きましょう。 「人々は朝の5時から集まる。私たちが8時半頃に到着すると…

  • 2:6 我々は、聖霊降臨運動を新しいセクト(党派)だと考えなければならない。

    第2部メジュゴリエ 6我々は、聖霊降臨運動を新しいセクト(党派)だと考えなければならない。(霊の識別:2-6) 歴史の中には、現代のカリスマ運動と似たものがいくつもありました。聖霊降臨派のリーダーたちが癒しを行うという「奇跡」については、歴史上異端者どもがかつてさまざまな不思議をして見せたことがあります。そして、カリスマ運動もそのうちの一つとして数えることができます。 例えば、2世紀のモンタン(Montan)という男によって始められたモンタニズムがそうです。彼は172年頃、フリジアで脱魂し、霊に乗り移られたと称しました。脱魂のうちに、かれは予言し訳の分からぬ言葉を吐いていました。その御告げによ…

  • 2:5 カトリック信仰は聖霊降臨派のしるしと不思議なことに対し何というか

    第2部メジュゴリエ 5カトリック信仰は聖霊降臨派のしるしと不思議なことに対し何というか。(霊の識別:2-5) もし、ピオ12世の在任のときに、あるいはピオ12世以前の諸教皇の時に、カトリック信者が『聖霊による洗礼』を授けてください、と聖霊降臨派の牧師に頼もうなどと思ったら、どういうことになっていたでしょうか。 1948年6月5日、聖省は、カトリック信者が「非カトリックの宗教儀式に、いかなる仕方であれ、能動的に出席し、あるいは参加すること」を禁じている教会法典第1258条について、再度注意を喚起しました。言わんや、プロテスタントの本質的な儀式を受けるのは厳重に禁止されていたのです。なぜなら、宗教…

  • 2:4 カトリック教会における聖霊降臨運動の浸透

    第2部メジュゴリエ 4カトリック教会における聖霊降臨運動の浸透(霊の識別:2-4) オコーナーはこう書いています。「1966年春にさかのぼる。ペンシルバニア州ピッツバーグのデュケーヌ大学(あたかも聖霊修道会士の経営する)で、2人の平信者学生が、いろいろな典礼・黙想・布教的活動に活躍していた。しかし二人とも努力の結果に失望し、初代の信者がしたように力強く福音をのべる才能がなさそうに思えて、びっくりした[ママ]。二人は、互いに祈り合って、聖霊の賜物にみたされるように約束し、毎日、聖霊降臨のミサの続誦を唱えるように協定した。…二人はこの年[1966年]の間ずっとこの祈りをつづけた。その結果何が起こっ…

  • 2:3 《新しいプロテスタント》の誕生

    第2部メジュゴリエ 3《新しいプロテスタント》の誕生(霊の識別:2-3) 「これから数日の間に、同じ経験が学校内でほかの多くの生徒におこり、いち早く校外にもいいふらされた。彼らに信用されず、大いに反対された。数年の間、聖霊降臨の噂がやたらにひろがり、ことにひそひそと西南部を走った。1906年にロスアンジェルスに[黒人伝道師、パーラムの弟子であるセイモイア(Seymour)の影響の下に]新しい突発がおこり、そこから世界中につたえられることになった。……」 しかし「この聖霊降臨を受けたものは、たいていは、嘲笑・迫害・破門によって、既成の教会から追放された。そのためかれらは、通常ペンテコスタル(聖霊…

  • 2:2 カリスマ運動の起源

    第2部メジュゴリエ 2カリスマ運動の起源(霊の識別:2-2) エドワード・オコーナーの書いた『聖霊降臨運動 ─カトリック教会における─』(小林珍雄訳/エンデルレ書店)は、聖霊降臨運動の始まりをこう書いています。 「その[カリスマ運動=聖霊降臨運動の]主流は1901年元旦に発した。カンサス州トペカのパーラム聖書学校で、迎春のための先夜祭として信心深い祈祷会が行われた。元旦になっても『主の臨在』はまだ残り、『よりすぐれたもののため主を待ち望む心を』しずめてくれた。学生の1人オズマン嬢が、こらえられなくなって、パーラムに、新約聖書にも示されたいるように、聖霊の賜物を受け取れるように、彼女の心臓に彼の…

  • 第2部メジュゴリエ

    第2部メジュゴリエ メジュゴリエとキベホの御出現は、古典的なものとは言えません。これはペンテコステ運動と密接な関わりがあります。はっきり言いましょう。メデュゴリエは、その起源からカリスマ運動の出現です。 カリスマ運動の指導者たちによって仕組まれた御出現 メジュゴリエの御出現は、カリスマ刷新運動の懐で既に予告され、「預言」されていました。 ルネ・ローランタン師はこう書いています。 「1981年5月、聖母出現がある以前に、ヘルチェゴビナ地方のフランシスコ会神父トミスラヴ・ヴィラシッチ[P. Tomislav Vlasic]は、ローマで開かれた聖霊刷新の指導者のセミナーに参加し、その時自分について述…

  • ファチマとメジュゴリエの比較 1:8 メッセージ(ファチマ)

    13メッセージ ファチマのメッセージは全くカトリック的です。 1917年7月13日、聖母がされた第三回目の御出現の模様を、ルチアはこう書いています。 「この光景は一瞬間しか続きませんでした。私達の天の良きお母様が、最初の御出現の時に私達を天国に連れていくと約束されたおかげでです。もしそれがなかったら、おののきと恐れのために死んでいたことでしょう。 恐れのあまり、助けを求めるかのように私達は聖母に向かって目を上げました。聖母は優しく悲しそうにこう言いました。 『あなたたちはかわいそうな罪人たちが行く地獄を見ました。彼らを救うために、天主はこの世に私の汚れ無き御心に対する信心を確立するように望んで…