高次脳機能障害者の夫の日常です。事故から現在の様子、家族のことなど。
2010年に事故にあい、外傷性高次脳機能障害者になった夫との日常。
2017年1月
今のB型施設に通い始めて4ヶ月頃のこと。私は施設から呼び出しをくらいました。主な理由は女性利用者に股間を見せてトラブルになったこと。2つ目は、他の男性利用者をバカにした発言をして夫が殴られたこと。3つ目は、他の利用者のタバコやライター、スリッ
以前は、高次脳機能障害の夫のことで毎日イラついて、ストレスが大きかった。メモに書いたりアラームを使うなどどんな工夫しても忘れ、何百回繰り返し教えても出来ないことだらけ。病院や施設や支援機関に何度も相談したこともあります。死んで欲しいと思うほど、
夫が高次脳機能障害になって2年ほどしたある日。私の元同僚で夫とも何度か会ったことのあるNさんと数年ぶりにカフェで遭遇しました。私たちはテーブル席におり、数分ほど会話をしました。Nさんは夫の事故のことを知りません。夫はNさんに対し「あぁ〜〇〇さんね
夫はピアノが得意です。子供の頃に妹と習っていたようで、事故にあう前からよく弾いていました。高次脳機能障害になった今でも、事故前に覚えた曲は楽譜を見ないでも弾けます。(遅かったりつまることもありますが)「〇〇って曲演奏して」と言っても分からない
夫はどうでもいいことで私の許可を得ようとする。夫「爪切っていい?」私「自分で伸びてるか分からないの?不快なら切ればいいし、それぐらい自分で判断してよ!」夫「袖まくっていい?」私「何で私に聞くの?袖が邪魔ならそうしたら?いちいち聞かないで!」
夫は事故に遭う前はそれなりにお洒落だった。スポーツメーカーやブランドものの服や小物、カバンを持っていた。高次脳機能障害になった今は着るものなら何でもいいという感じ。自分で選んで着た服のコーディネートが酷い。ファッションセンス、色彩センスまでお
夫は2013年から就労継続支援B型施設に通っています。そこには就職を目指す就労移行支援施設もあり、夫は最初はその就労移行に通っていました。2ヶ月すると施設職員が就労能力の評価をしてくれます。評価は「就職はしばらくは無理」ということ。私は「そりゃ
2013年に引っ越してから夫はやはり混乱しました。事故にあう前から馴染みのある場所(実家や前住んでたアパート)であれば、道も覚えてるし部屋の場所も分かる。でも、引っ越してから新しい環境に慣れるまで少し大変でした。出先から車で帰宅するときはいつも「家
事故に遭う前の夫は料理もしたし、掃除も洗濯もやってくれた。弁当を作ったら必ず「ありがとう」と言っていた。今の夫は身の回りのことを誰かにやってもらうのが当たり前と思っている。「ご飯まだ?」なんて言ったことなかったのに、今では毎日言う。「ありが
先日、BSで「イエスマン」というジム・キャリー主演の映画がやっていました。この映画の主人公のハイテンションさは夫に似ている。ジム・キャリーが10だとすると8くらいかな。とにかく、人が大勢いるところではあんな感じです。家ではどうでもいいことをベラベラ
あけましておめでとうございます。 元旦は夫は義実家に預けて、私は私の両親と初詣に行きました。今年は大吉。昼から夫の実家で過ごし、姪っ子甥っ子にお年玉をあげて、おせちを食べました。甥っ子たちと遊んだりバドミントンをして疲れたのか夫は20時には就寝。
2017年1月
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