社会契約としての国家
万人の万人に対する闘争というのが、完全な自由状態とされる。但し、これは実に野蛮な人種の発想であり、和をもって尊しとなす大和民族には相応しくない。そして、完全な自由状態では常に殺し合うので、生きるために約束が必要とされる。それが、社会契約であり、国家を形成すると考えられている。西欧では。しかし、これも、大和民族には相応しくない考えであり、元来帝を頂点とする統治機構を持ち、江戸時代など平和が400年続いていたのを考慮すれば、万人の万人に対する闘争から国民が社会契約を結んだというのも史実に真っ向から反する。単に大東亜戦争で敗北し国体を改変させられただけの話である。以降はまた考察する。社会契約としての国家
2016/11/27 01:39