「ことばを効率よく使うための教育」という観点と志望校選択
最近、小論文の指導のなかで、興味深い文章を読んだ。「日本人は話し合いのための言葉えらびの技術水準が低い」というものである。なるほど、「討論」というと「論を戦わす」と否定的に捉えることから始まり、実際にも、互いの意見を押しつけ、最後は物別れに終わる、ということが多くあるように思える。これは、話し合いの目的を達成するために言葉が余計に必要だということ、つまり、言葉の効率が低いことを示している。だから、日本の教育現場では、日本語の知識や読解力を身に付けさせることに加え、英会話ならぬ「日本語会話」などの授業を行い、話し合いのための日本語の技術を教える必要がある、ということだ。「日本語会話」など、日本語学校での授業以外に考えたこともなかったが、確かに、社会人になる前に日本語の会話技術を学ぶことは大切だ。社会人の中で...「ことばを効率よく使うための教育」という観点と志望校選択
2022/06/23 22:44