因果応報
横浜市高野山真言宗福徳院弘法大師像この言葉は、仏教の因縁因果から来ていると思われるが、前世の悪行が現世の不幸になって現れたというように、今さらどうにもならないあきらめの思想としてとられがちである。しかし、悪い結果をみて前世や過去の業をとやかく言うのではなく、今できる善いことを因に、いい結果を得る努力をするべきであって、どうにもならないことにくよくよしても仕方ない。弘法大師空海の「性霊集」に、『因果あい感ずることあたかも声響のごとし』と書かれている。行いとその結果は、やまびこと同じで、しばらく時をおいて響いてくるものと解されている。悪事を働けばその報いがいつかは自分に返ってくる。間違いに気づき、善処して改めようとするなら、未来はどのようにでも変えることができる。しかし、返ってくるのが一定の間隔ではなく、いつ返って...因果応報
2020/06/29 11:38