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心證寺住職さんのプロフィール

住所
一宮市
出身
一宮市

自由文未設定

ブログタイトル
心證寺住職のブログ
ブログURL
https://blog.goo.ne.jp/jotozanshinshoji
ブログ紹介文
諸天昼夜 常為法故 而衛護之 諸天善神に護られて わたしたちを毎日見守ってくださる仏さま神さま。
更新頻度(1年)

38回 / 365日(平均0.7回/週)

ブログ村参加:2014/11/08

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ハンドル名
心證寺住職さん
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心證寺住職さんの新着記事

1件〜30件

  • けやき並木が伐採されていました

    一宮市の本町通り8丁目、旧豊島図書館の南、地蔵寺の西に立派なけやき並木がありました。空襲で市街地のほとんどが焼失した一宮市内ではめずらしく、通りに面した2階建ての屋根を越す高さの大木が両側合わせて20本ほど、逆三角形に枝を広げたけやきらしい姿をしていました。芽吹いたばかりの新緑、濃緑の葉を茂らせて大きな日陰を作っていた盛夏、葉を黄色に染めて風に散っていく秋、ほうきを逆さにしたような枯れ枝が天に向かって伸びていた冬。季節ごとに道行く人々に潤いと豊かさを与えていました。Googlestreetviewより。2018年4月とあります。まだ芽吹いたばかりで、あまり茂っていませんが、こんな感じでした。今日の写真です。根こそぎ掘り取られていました。昨年の台風で倒木があって駐車車両に被害があったようですが、やや面倒になっても...けやき並木が伐採されていました

  • 明日はお会式法要を営みます

    明日11月3日はお会式法要を営みます。日蓮聖人がご入滅になったのは、弘安5年(1282)10月13日のことです。日蓮宗の寺院では、一年で一番大切な行事として、お会式法要を営みます。新暦の10月13日に行うことが一般的ですが、心證寺では旧暦の10月13日に近い休日ということで、毎年11月3日にお会式法要を営んでいます。日蓮聖人がご入滅のとき、池上のお山の桜が時ならず花を開かせた故事から、本堂内を桜花で飾ります。日蓮聖人の御像には、綿帽子をかぶせます。小松原法難のときに受けた刀傷が寒くなると痛むからと聞いています。「高祖日蓮大菩薩御涅槃拝図」も本堂に掲げます。さて、法要は参拝者の皆さまと法華経をお読みしたあと、住職が法話をします。お会式ですので日蓮聖人のご生涯をお話しいたします。当山に「日蓮聖人註画讃」という絵巻物...明日はお会式法要を営みます

  • 定時制通信の高校で学ぶ生徒たちのスピーチ大会に行って来ました

    定時制通信制高校に通う生徒たちのスピーチ大会に行ってきました。県内34の学校課程から1人ずつの生徒が発表。34人それぞれが、家庭環境、貧困、体のこと、心のこと、親の死、いじめ、外国出身、さまざまな困難に直面して、くじけたり、逃げたり、反発したりした経験を持つ人たちですが、悩んだり、立ち止まったり、回り道をしたけれど、自分を見つめ直して、自分を見つけ、それぞれの人生を力強く歩き始めていました。こういう場に出て人前で人生を語れるだけですごいことです。順位がついて表彰があるのですが、ひとりひとりの人生に順位はありません。自分の生を大切に真剣に生きてほしいと思いました。定時制通信の高校で学ぶ生徒たちのスピーチ大会に行って来ました

  • 尾張西部檀信徒協議会護法大会

    尾張西部日蓮宗寺院の檀信徒で作る檀信徒協議会主催の護法大会が清洲の光遠寺でありました。清林山光遠寺。江戸時代初め承応元年(1652年)の開山。旧美濃路の街道沿いにあります。まず、宗祖日蓮大聖人の龍口法難会の法要を営みました。そのあと、東京都中道寺住職、山形教亨(やまがたきょうこう)上人の高座説教。蓮の八徳のお話と蓮にまつわる、ある檀信徒の方のご成長のお話。クリ弁は、小松原の鏡忍寺を建立された日隆上人が、まだ11歳で、日蓮聖人のおそば近くに仕えていらっしゃった頃、日蓮大聖人より、本当の父親について打ち明けられる場面でした。父なし子と思っていた自分が、実は小松原法難で日蓮大聖人をお守りして亡くなった工藤吉隆公の忘れ形見であると知らされます。現在、日蓮宗専任布教師として東奔西走、大活躍中の山形上人、すばらしいお説教で...尾張西部檀信徒協議会護法大会

  • 秋彼岸法要を厳修しました。

    9月23日彼岸の中日、秋彼岸法要を厳修しました。うちわ太鼓の練習。お題目をたたきました。法要のあとは、手作りおはぎの供養。小豆を煮るところから作ってくださいました。おはぎのあとは、副住職による高座説教。日蓮聖人は、ご両親の恩をとても大切にしていたという話でした。クリ弁は、大聖人が池上でご入滅のとき、ずっと肌身離さず持っていらっしゃったお母様の遺髪を弟子に託す場面でした。お母様の遺髪は、池上本門寺の大聖人像が持っていらっしゃる払子となって、現在まで大切に受け継がれています。心證寺ウエブページ秋彼岸法要を厳修しました。

  • 出雲大社に行ってきました 4

    出雲大社から西へ1kmほど、稲佐の浜に出ます。ここは神無月になると全国から神々が上陸してくるところといわれています。国譲りや国引きの神話の舞台でもあります。浜は西を向いて開けていて、海の向こうは朝鮮半島です。稲佐の浜から北西に5~6km、島根半島の西端が日御碕(ひのみさき)です。真っ白な出雲日御碕灯台。明治36年(1903)に設置されて、高さ43.65m、海面から灯塔の頭上までは63.30mと、日本一の高さを誇るそうです。いまなお現役です。サスペンスドラマで追い詰められた犯人が自供しそうな断崖でした。日御碕のすぐそばに、りっぱな社殿の日御碕神社が建っています。天照大神と素戔嗚尊(すさのおのみこと)を祭神としています。日本の長い歴史の中で、明治以降は太平洋側を中心として近代化、工業化が進み、日本の玄関口は東京を中...出雲大社に行ってきました4

  • 出雲大社に行ってきました 3

    スサノオノミコトが出雲国で八岐大蛇(やまたのおろち)を退治したとき、その尾から剣が出てきました。「天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)です。(写真はイメージです。wikipediaから)天叢雲剣は、天上界の天照大神に献上され、天孫降臨の際、ニニギノミコトに託されて地上に降り、以降代々の天皇のしるしの一つとされました。崇神天皇の時代に形代(かたしろ)が作られ、形代は宮中に、実物は伊勢神宮に納められました。ヤマトタケルが東征の際、伊勢神宮のヤマトヒメから託され、携えて出かけます。駿河国で敵が野に火をかけ焼き殺そうとしましたが、ヤマトタケルは天叢雲剣で草を薙ぎ払い、向い火を放って難を逃れました。そこから草薙剣(くさなぎのつるぎ)と呼ばれるようになったと言います。ヤマトタケルは、尾張国の宮簀媛(ミヤズヒメ)と結婚し、草薙...出雲大社に行ってきました3

  • 出雲大社に行ってきました 2

    出雲大社に祀られているのは、大国主命(おおくにぬしのみこと)。出雲には、弥生時代の中ごろから強力な王国があったと考えられるそうです。たたら製鉄を行い、朝鮮半島とも交流し、九州北部から北陸(越の国)に到る日本海側を中心に、中国地方や信濃を含めた広大な地域を支配する王国だったようです。古事記や日本書紀にある国譲りの神話は有名です。大国主命が、天照大神が遣わした天穂日命(あめのほひのみこと)に出雲の支配権を譲る代わりに、空高く届く立派な宮を造営させて祀らせたのが出雲大社の始まりと言います。天穂日命の子孫は、代々出雲大社の祭祀を行い、出雲国造家として現在まで続いています。天皇家と並んで日本でもっとも長く続く家系だそうです。国譲りは、ヤマト王国が出雲王国を吸収合併したような形だったと想像されますが、すんなり成就したわけで...出雲大社に行ってきました2

  • 出雲大社に行ってきました 1

    出雲大社は、古くから「出雲のおおやしろ」と言われ、まさに、大きな社(やしろ)だったそうです。古文書、絵図などでは、高さ16丈(48m)の巨大神殿がそびえ、千木には雲がたなびいていたと表現されています。大げさな伝説とも思われていましたが、近年、遷宮の工事に伴って太さ1.3mの杉の柱を三本束ねた直径3mもある柱が出土しました。しかも9本も。そして、その配置が出雲大社の宮司千家国造家に古くから伝わる本殿設計図とぴたりと一致したそうです。高さ48mの巨大神殿は実在した、そう言えそうです。48m。現代で言うと15階建てのビルに相当します。それはさておき、現在の出雲大社で巨大と言えば、この大きな注連縄です。でもこれは、本殿ではなく、神楽殿という建物にあります。真下に立って写真を撮っている人と比べてみてください。縄の太さは1...出雲大社に行ってきました1

  • 足立美術館に行ってきました。

    足立美術館は、島根県出身の実業家、足立全康氏が昭和45年に開館した美術館です。北大路魯山人、竹内栖鳳、上村松園など数多くの日本美術がコレクションされ、特に横山大観のコレクションは日本一です。日本美術も素晴らしいですが、庭園の美しさはこの美術館を世界的に有名にし、私が訪れたときも半分くらいは外国からのお客様でした。カリフォルニアから来たという老夫婦に声を掛けられ、お互いに写真を取り合ったりしました。そのとき、「Wherefrom?どこから来たの?」と聞かれ、「日本人です」と答えましたが、私の英語にはどんななまりがあったのでしょう。庭園をいかに美しく見せるかにさまざまな工夫が凝らされ、上の写真のように衝立として庭園を眺めるようなしつらえもあります。他にも掛け軸、額縁などの趣向もありました。日本庭園の造園技法の一つに...足立美術館に行ってきました。

  • 今年もお盆の季節がやってきました。

    今年もお盆の季節がやってきました。お盆はかつて旧暦の7月15日前後に行われていました。明治になって暦が新暦に変わると、農作業のサイクルや昔ながらの季節感を大事にして、ひと月遅れの8月15日前後に行うようになりました。お盆休みも全国的に8月15日を中心として、ふるさとに帰省して墓に参り、仏壇にお盆のお供えをして手を合わせる人が多いと思います。東京を中心として、新暦の7月15日前後にお盆の飾りをしてご先祖様をお迎えする地域もあります。この地域(愛知県一宮市)では、やはり月遅れのお盆が主流です。8月13日の夕方に迎え火を焚いてご先祖様をお迎えし、15日(16日のところも多いです)の夕方に送り火を焚いて送ります。盆提灯は、ご先祖様が迷わず我が家に戻ってこられるようにとの目印といわれ、縁側の軒下につるす地域もありますが、...今年もお盆の季節がやってきました。

  • 令和の時代に(現代日本のモアイ像)

    令和とは、「うるわしく和す」という意味だそうです。令和の考案者として有力視されている国文学者・中西進さんは、「令和の典拠である万葉集の『梅の花の歌の序』は、九州の大宰府に役人ら32人が集まって開かれた梅花の宴の説明文です。誰か一人が歌を詠んでいるのではなく、32人が歌を通して集い、心を通じ合わせている姿。その和がいいと思います。」と述べています。一人一人が大切にされ、一人一人が力を合わせて良い社会を作っていきたいものです。今の日本を見ると、高齢者が増え、働く年代の若者が減って、農業工業の生産力は下がり、このままでは医療費や年金、介護のしくみが立ち行かなるでしょう。外国人の労働者をどんどん受け入れると言っていますが、一時的な安価な労働力と考えているだけで、外国人も社会の一員として地域社会に溶け込み、教育や福祉を受...令和の時代に(現代日本のモアイ像)

  • 小松美羽展

    一宮市三岸節子記念美術館で小松美羽展が開催されています。小松美羽さんは、まだ30代の若さですが、世界で注目を集め始める新進気鋭の画家です。作品展は、国内、海外で次々に開かれ、ライブペイントのパフォーマンスがあちこちで開催されています。世界各地のさまざまな賞を受賞するようになってきました。大英博物館にも作品が収蔵されました。目には見えない聖なる世界と人間界の境界に立って、守護や導きをする、狛犬や龍のような姿をした「神獣」。それが近年の小松さんが描くモチーフとなっています。「人間の魂を聖なる世界へと導けるような作品を描きたい。」小松さんはそんな思いで神獣を描いています。ライブペイントでは、色とりどりの絵の具を、手に取って投げつけたり、手のひらで塗り広げたり、指でなぞったり、チューブから、直接塗りつけたり、こそぎ落と...小松美羽展

  • 今日きれいな虹を見ました。

    今日は台風が接近して、ときに局地的な激しい雨の降る一日でした。夕方、通り雨が上がって空には美しい虹が。たまたま運良く観ることができました。見るているうちに、あっという間に消えてしまいました。運良く巡り会うことができたり、ちょっとしたことですれ違ったり。人と人の巡り会いのようでした。心證寺ウエブページ今日きれいな虹を見ました。

  • 蓮の花が開きました。

    梅雨前線が南下して梅雨の晴れ間がのぞきました。庭の鉢に植えた蓮が開きました。泥水の中から清廉な花が開く。不染世間法如蓮華在水。さるすべりも花をつけ始めました。夏本番は間近です。心證寺ウエブページ蓮の花が開きました。

  • 雨上がりの草花

    梅雨も本番。毎日雨が続きます。雨のやみ間を待って愛犬の散歩に出かけます。雨のしずくが光る緑地帯の芝生に、小さな白い花がここぞとばかりにいっぱい咲いていました。花の大きさは1cmもありません。小さな丸い実もついています。赤紫の花もあるようです。青くて茎の長い(10cmくらい)タイプもあるようです。どんな草にも名前があるはずです。調べてみましたがよくわかりません。ニワゼキショウ(庭石菖)とかオオニワゼキショウ(大庭石菖)あるいはアイイロニワゼキショウ(藍色庭石菖)などの仲間かとも思いますが、確証はありません。どなたかご教授を。こちらはネジバナ。ピントが甘いですが・・・雨のやみ間に一斉に花をつけて、懸命に生きていると思いました。法華経に「薬草喩品(やくそうゆほん)」という章があります。世界中の山、川、谷、野、さまざま...雨上がりの草花

  • 「人生フルーツ」上映会

    一宮博物館で映画「人生フルーツ」上映会がありました。「人生フルーツ」は東海テレビが制作したドキュメンタリー映画です。2016年にテレビ版が放送され、手直しされて劇場映画として上映されました。高い評価を得ていることは知っていましたが、商業ベースの映画ではなく、上映館や期間が限られ、鑑賞する機会はありませんでした。今回「映画を楽しむ会」主催の自主上映会があり、鑑賞することができました。博物館講座室にいっぱいの観客。上映を待ち望んでいた人がたくさんいたんだと感じました。(上映中の写真を撮ることはできないので、写真は上映前のあいさつの場面です。)上映のあとは、伏原健之監督のトークショーもあって、とても興味深く聞くことができました。この映画は、ドキュメンタリーですが、ファンタジーのような映画です。伏原監督は、ジブリのよう...「人生フルーツ」上映会

  • 本日杉戸寄席開催

    本日杉戸寄席開催されます。大雨の予報もありましたが、今のところ曇り。このまま降らずにいてほしいです。ミニあじさいロードもなんとなく咲きました。さちさんは、とっても忙しくなりましたが、頑張っています。来場をお待ちしています。心證寺ウエブページ本日杉戸寄席開催

  • 紫陽花が色づいてきました。

    6月になって、梅雨めいた空。当山の鉢植えの紫陽花が色づいてきました。ほとんどは2年前に挿し木したものです。2017年8月の記事2週間後に杉戸寄席があります。そのころちょうど見頃を迎えるといいなと思っています。心證寺ウエブページ紫陽花が色づいてきました。

  • 羽島映画資料館で「ふるさと」を見てきました。

    羽島市に羽島市映画資料館という施設があります。歴史民族博物館が併設された市立の施設です。映画全盛時代に活躍した映写機やポスター、グッズなどが展示されています。「映画の街柳ヶ瀬百年展」の一環として、映画「ふるさと」の上映会があり、行ってきました。映画「ふるさと」は1983年、神山征二郎監督の作品で、岐阜県揖斐郡の旧徳山村が徳山ダムの建設により全村水没し、村が消えてしまう話を題材にしています。岐阜県を舞台にした映画でしかもフィルムでの上映ということもあり、会場に入りきれないほどの観客が集まっていました。上映に使われた映写機です。これが最後の上映になるそうです。機械はまだまだ使えるのですが、写すフィルムがもうないのだそうです。今回上映に使ったフィルムは、最も状態のよい物を選んだそうですが、それでも退色が激しく、全体に...羽島映画資料館で「ふるさと」を見てきました。

  • 島文楽を見に行きました

    島文楽は、一宮市の葉栗地区、島村に江戸時代から伝わる文楽(人形浄瑠璃)です。こんな人形を使います。島文楽保存会には、信長時代の人形が60体ほど伝えられているそうです。人形は1体を三人で操り、唄と台詞を担当する太夫と三味線が息を合わせ物語を進行させます。演目は「壺坂霊験記」観音さまの力によって、お互いを思いやる夫婦が救われるお話でした。(くわしいストーリーは壺阪寺の縁起をご覧ください。)会場は妙興寺本坊。一宮きっての古刹です。こんな立派な玄関から上がりました。文楽は客殿で演じられました。その客殿の前は立派な石庭。とても暑い一日でしたが、熱の入った演技と静かな妙興寺の境内に心が豊かになりました。心證寺も皆様に楽しんでいただけるよう頑張りたいと思います。心證寺ウエブページ島文楽を見に行きました

  • 春の庭

    今週は寒い日もあって、関東では積雪した地域もあったそうですが、今日は春らしいいい日でした。境内のさくらはまだ頑張っています。当山はとっても狭い境内ですが、春らしくなってきて気持ちが和らぎます。牡丹も咲きチューリップも開き木蓮の新緑も日に日に色の濃さを増しハナミズキも色をつけてきました。明日は雨の予報。春はあっという間に通り過ぎて行ってしまいそうですが、もうしばらくはこのままでいてほしいものです。心證寺ウエブページ春の庭

  • 春らしくなりました

    先月末から今月初めまで、寒さが戻って霜が降りるような朝もありましたが、この土日、やっと春らしくなってきました。境内の木蓮も花はすっかり落ちて、若葉が芽生え始めました。暖かさに誘われて愛犬を連れて桜を見に行きました。満開、菜の花も咲いてうぐいすも鳴いてほっこりした気持ちになりました。心證寺ウエブページ春らしくなりました

  • 新しい元号は「令和」です

    きょう、新しい元号が発表されました。「令和」でした。いろいろな人が予測していましたが、言い当てた人はいないようです。わたしも、「明」とか「開」とか「昭」とかつくのかなと考えていましたが、ハズレでした。人名、地名、会社名などにも使われていないようです。「意外」でした。限りある「古典」(しかも仏典でない)から探してくる漢字2字のことばで、だれもが書きやすく、意味がわかりやすく、明るく穏やかで、発展的で平和的でM・T・S・Hでもなく、過去に使われたことがなく、人名地名企業名などを除いて、だれかの予想が的中することがなく、・・・となると、「意外」になってしまいますね。余りなじめず、積極的に使おうという人が減ってしまわないか心配されます。西暦を使った方が便利という人も増えるかもしれません。うちにあった「万葉集」(岩波古典...新しい元号は「令和」です

  • 木曽川堤の桜が見頃です

    一宮市の木曽川堤の桜が見頃です。桜といえばソメイヨシノが有名で、テレビの桜前線とか満開予想とかもソメイヨシノの情報ですが、木曽川堤の桜は、江戸彼岸とか山桜とかしだれ桜とか、さまざまな桜が植えられていて、例年ソメイヨシノよりも一週間くらい早く満開になります。きのう愛犬を連れて行ってきました。もう五分咲きくらいでした。愛犬も見とれています。全国各地で戦後たくさんのソメイヨシノが植えられ、以来40年~60年ほどの時をへて、立派な樹になり、桜の名所になっていますが、木曽川堤の桜は明治時代に植えられた100年以上の樹が多く残っています。ソメイヨシノではなく、意図的にいろいろな種の桜が植えられたそうです。ソメイヨシノは、花一つ一つが大きく、枝につく花の数も多く、しかも、一本の親樹から接ぎ木で増やされていったクローンなので、...木曽川堤の桜が見頃です

  • 春季彼岸法要

    3月21日お彼岸の中日、春季彼岸法要を勤めました。施餓鬼のあと、犬山妙海寺住職、田中恭遠上人に高座説教をしていただきました。地獄も浄土も違いはなくて、そこに住む人の心が清らかならば浄土になり、濁っていれば地獄になる。日蓮聖人のお言葉を紹介しながら、私たちは自分の心の鏡を磨くことで幸せになれるというお話しでした。心證寺ウエブページ春季彼岸法要

  • 木蓮満開

    当山の木蓮が満開になりました。今年は2月が暖かくて、つぼみが開いたのは例年以上に早かったのですが、そのあと寒波がやってきて、三日前には雪が降りました。しかし、今日の明るい日差しで木蓮は満開となりました。ふっくらとして純白でとてもいい感じです。午後、木曽川堤に犬の散歩に出かけましたが、気の早い桜はもう花を開かせていました。春ですね。心證寺ウエブページ木蓮満開

  • 迫間不動から各務原アルプスへ

    各務原市と関市の境に通称「各務原アルプス」があります。標高は350m程ですが、いくつものピークをアップダウンしながら見晴らしのよい尾根が縦走できて、歩きごたえのあるところからそう呼ばれています。今回は迫間不動尊(さまふどうそん)から北コースの尾根に上がり、反時計回りに歩いて各務野自然遺産の森に下りて、迫間不動尊にもどるやさしいコースを歩きました。迫間不動尊です。車を迫間不動尊の駐車場に置き、農産物直売所でみかんを買って車に積んで再びスタートしました。鳥居をくぐり、両脇に不動明王やお地蔵さま、観音さまなどがたくさん並んでいる中、階段をどんどん登っていきます。本堂にお詣りしてさらに奥の院を目指して登ります。谷の最奥部に滝があり、その脇に岩窟があります。奥の院はその岩窟の中です。迫間不動尊は古くからの山岳信仰の霊場だ...迫間不動から各務原アルプスへ

  • 木蓮開花

    境内の木蓮が開花しました。例年、春の彼岸中日前後に満開になるので、今年はとても早い開花です。記憶に残っている限り一番早いと思います。いよいよ春が来ると思うと、うきうきしてくる反面、時の流れの速さについて行けてないとも感じます。開花が早くなるのが、温暖化のひとつの現れでないといいですね。心證寺ウエブページ木蓮開花

  • 各務原おがせ池の八大竜王

    各務原市に「おがせ池」という池があります。農業用のため池のようですが、いつ作られたのか、はっきりせず、奈良時代に一夜にしてできたという言い伝えもあります。池の水は涸れることがないそうです。大蛇が棲む、龍神が棲む、龍宮の入り口などいくつもの伝承があるそうです。この池に「八代龍王総本殿」があります。拝殿の向こうは池。池の中に建てられた祠を拝む形になっています。八大龍王は法華経に登場します。法華経の序品、お釈迦様が霊鷲山で法華経をお説きになろうとされたとき、数え切れないほど多くの聴衆がお釈迦様を囲んでいました。高い悟りの境地に至り人々を教え導いている何万の菩薩たち。煩悩を離れ迷いを去った何万の阿羅漢たち。法華経を守護する八部衆が数え切れないほど多くの弟子や一族を率いて集まっていました。八部衆というのは、天、龍、夜叉、...各務原おがせ池の八大竜王

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