:〔続〕ウサギの日記
住所
出身
ハンドル名
:〔続〕ウサギの日記さん
ブログタイトル
:〔続〕ウサギの日記
ブログURL
https://blog.goo.ne.jp/john-1939
ブログ紹介文
:以前「ウサギの日記」と言うブログを書いていました。事情あって閉鎖しましたが、強い要望に押されて再開
自由文
-
更新頻度(1年)

24回 / 305日(平均0.6回/週)

ブログ村参加:2014/10/09

:〔続〕ウサギの日記さんの人気ランキング

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カトリック 20位 圏外 18位 16位 16位 16位 15位 120サイト
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:〔続〕ウサギの日記さんのブログ記事

  • ☆ 決して起こしてはならない悲劇

    ~~~~~~~~~~~~~~~決して起こしてはならない悲劇~~~~~~~~~~~~~~~皆さん、この美しい木造ゴシックの教会をご存知ですか?ああ、長崎の、最近ユネスコの世界遺産に登録された教会群の一つでしょう?ピンポーン!アッタリ―!!・・・と言いたいところですが、ブー!!ハズレ―!!です。では、フランスの田舎かどこかの教会?ブー!!残念!それもハズレー!!です。では何処の?答えは、日本の本州、静岡県、清水市にある教会です。ユネスコの世界遺産に登録された長崎県の教会群に比べれば、やや新しく、教会建築としては日本最古の国宝大浦天主堂よりは70年ほど後に建築されたものですが、フランス人宣教師により、キリスト教を迫害した徳川浜御殿の跡地に建てられた、小さいが、大変美しい建築で、静岡市当局からは「文化遺産」の筆頭として...☆決して起こしてはならない悲劇

  • ★ 初聖体の夜

    ~~~~~初聖体の夜~~~~~ひと月近くブログの更新を怠ると、さすがに読者から忘れられ、アクセスが減る。わかってはいたのだが、このところ身辺超忙しく、思うに任せなかった。今日やっと、向こう1週間ほどの目星がついたので、取り敢えずどんなに小さな出来事でも、短いブログの材料にして書いてみたいと思った。さて、去る6月23日の日曜日にカトリック教会では「キリストの聖体」の祭日が祝われた。その日、世界のカトリック教会では子供たちの初聖体の式を行う習慣になっている。聖体というのは、ミサの中で聖別されキリストのからだと血に変わったたパンとぶどう酒のことで、この日、子供たちは初めてキリストの聖体をいただくのだ。紙みたいなホスチアだけの「しるし」の見えない秘跡ではなく、パンは実際に焼いたパンで、ぶどう酒もたっぷり一口、秘跡の本質...★初聖体の夜

  • ★ あと二人、いや、一人でもいい、参加追加募集します。

    ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~あと二人、いや、一人でもいい、参加者を追加募集します。~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ウンブリア風景以下の要領でイタリア旅行の参加呼びかけをしました。第一次の締め切りは一昨日15日でした。あと2人まで参加できます。希望者はいませんか?すでに申し込まれている皆さん(半分強が女性)は素敵な人ばかりです。経験によれば、今回も絶対楽しい有意義な旅になる筈です。出来上がるグループは、人の思いからではなく、神様が集めてくださったものです。日常性から解放され、明るいイタリアの空の下で、自然に包まれ、イタリア人の人情に触れ、小さなグループで食事を共にし、語り合い・・・忘れ得ぬ思い出を作りましょう。きっと人生の新しい発見があるでしょう。取り敢えず締め切りを6月25日まで延長します。...★あと二人、いや、一人でもいい、参加追加募集します。

  • ★ 明日はホイヴェルス神父様の42回目の追悼ミサに行こう!

    ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~明後日9日(日)はホイヴェルス神父様の42回目の追悼ミサ四谷に行ってみよう、そこには何かがある!~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~主任司祭室に座る在りし日のホイヴェルス神父様ミサは午後3時半に始まります。場所は四谷のイグナチオ教会の前、双葉女学校右隣の主婦会館「プラザフェ」3階「コスモスの間」3時15分を過ぎたら開場します。生前のホイヴェルス神父様を記憶する人も、日本の宣教の歴史を築いた偉大な人を知り、そこから学ぼうとする人も、共に集って、ホイヴェルス神父様なら今の教会をどう思われるだろうか、を心を澄ませて思い巡らしてみよう!聖霊降臨の祝日のミサも兼ねて明日は四谷に行ってみよう!40回目の追悼ミサのあと語られるカンガス神父★明日はホイヴェルス神父様の42回目の追悼ミサに行こう!

  • ★ ホイヴェルス神父様42回目の追悼ミサに行ってみよう

    ホイヴェルス神父様42回目の追悼ミサに行ってみよう【テーマ】ホイヴェルス神父様と第2バチカン公会議ヘルマン・ホイヴェルス神父さまが帰天されて42年の時が流れました。ホイヴェルス師は1947年から四谷イグナチオ教会の主任司祭、1966年からは同教会の名誉主任司祭になり、1977年6月9日に急性心不全で死去されるまで、その前のテレジア教会時代も入れれば、実に37年の長きにわたって、牧者として実に数多くの日本人に深い影響を与えられました。師から生涯忘れえぬ薫陶を受けた人の数はおびただしいものがあったとおもわれます。そうした人たちの有志が師の遺徳を偲んで、没後40年以上にわたってその追悼ミサを続けてきました。日本で個人の遺徳を偲んで追悼ミサが続けられたケースとしては他に類例を見ない記念碑的な出来事です。今まで師から洗礼...★ホイヴェルス神父様42回目の追悼ミサに行ってみよう

  • ★谷口神父と 「今まで見たことのないイタリア」 を見に行きませんか?

    【旅のお誘い】~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~谷口神父と「今まで見たことのないイタリア」を見に行きませんか?~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~谷口です運転とガイドを受け持ってくれるマウロさんです手作りのミニグループの旅です以前、私は自分で9人乗りのワゴン車を運転し、7-8人の親しいお友達とイタリア中を、そしてヨーロッパ中を、何度も駆け巡ったものです。しかし、最近は、運転もガイドも一人で責任を負ってやり通す自信がなくなり、自重していました。ところが、この度は気の合った友達がドライバー役を買って出てくれました。イタリア人のマウロさんと言う50才で10人の子持ちの頼もしい仲間です。市販のパッケージツアーに満足できない皆さんに、日本人にはまだ知られていない、しかしイタリア人から...★谷口神父と「今まで見たことのないイタリア」を見に行きませんか?

  • ★ 故ヘルマン・ホイヴェルス師42回目の追悼ミサへの御招待

    ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~故ヘルマン・ホイヴェルス師42回目の追悼ミサへの御招待~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~主の平安主のご復活、おめでとうございます。主イエスはまことに蘇られた!桜の花も散り、今はハナミズキが満開を迎えているようですが、皆さまお変わりありませんか?早いもので、6月9日のホイヴェルス師の42回目の追悼の日が間近に迫ってまいりました。昨年に続いて今年も四谷で追悼ミサを執り行いたいと思っています。昨年、思いがけず大勢のご参加を得ましたことは、ホイヴェルス師の思い出が今日も私たちの心の中に生き続けている確かな印だと確信いたしました。ホイヴェルス師の生前のお姿を記憶する世代は、すでに高齢に達し、その遺徳を次の世代に語り継ぐ使命を重く感じています。師が今...★故ヘルマン・ホイヴェルス師42回目の追悼ミサへの御招待

  • ★ 「アジアのためのレデンプトーリス・マーテル神学院」の誤解を解く(そのー3)

    ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~アジアのためのレデンプトーリス・マーテル神学院」の誤解を解く(そのー3)~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~結論を先取りして簡単に要約しましょう。今回の【教皇庁立】「アジアのためのレデンプトーリス・マーテル神学院」(東京)設立の聖座決定に関しては、≪19年前に日本の司教団の総意に基づいてせっかく閉鎖に追い込んだはずの高松教区立「レデンプトーリス・マーテル」神学院は、その消滅を望まれなかったベネディクト16世教皇の手によってローマに移植され、教皇あずかりの「日本のためのレデンプトーリス・マーテル神学院」としてローマで生き延びてしまった。その後、新求道共同体の熱烈な支持者のフィローニ枢機卿は、新教皇誕生のどさくさに紛れて―教皇の名を語って―個人プレーで同神...★「アジアのためのレデンプトーリス・マーテル神学院」の誤解を解く(そのー3)

  • ★ キコの80歳の誕生日に贈られた教皇からのお祝いの言葉

    新求道期間の道キコ80歳の誕生日に贈られた教皇さまからのお祝いの言葉【イタリア紙”Avvenire”インターネット版】教皇フランシスコは、新求道期間の道の創始者キコに対して、“神様があなたが教会に対して為した全ての善に報いてくださいますように”という個人的な祝いのメッセージを書かれた。“親愛なる兄弟よ、あなたの80歳の誕生日に際して、あなたに対する親密の情と兄弟的感謝の印として短い言葉を贈ることなしにこの日が過ぎるのを私は望みませんでした。神様に対しては、あなたを選ばれたことに感謝し、あなたに対してはあなたの忠実さに感謝します。あなたが教会のためにしているすべての善に対して主が報いて下さいますように。私は、貴方のま近にとどまり、あなたのために祈り、あなたに伴って行きます。お誕生日おめでとう。共同体の仲間たちがあ...★キコの80歳の誕生日に贈られた教皇からのお祝いの言葉

  • ★ アジアのための「レデンプトーリス・マーテル」神学院の「誤解」を解く(その-2)

    ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~アジアのための「レデンプトーリス・マーテル」神学院の「誤解」を解く(その-2)~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~私はあるシスターから「福音宣教省長官のフィローニ枢機卿はネオカテクメナートの熱心な信奉者・擁護者として良く知られている」と言われるが、あなたはどう思われるか、と聞かれた。そこで私は答えた。私はフィローニ枢機卿に何度かお会いして、その人柄に接することができたが、それらの体験から言うと、私は必ずしも彼がネオカテクメナートの熱心な信奉者・擁護者だとは思っていない。フランシスコ教皇と話すフィローニ枢機卿2008年6月27日付け、バチカン公文書番号が付された書簡で、当時の国務省長官ベルトーネ・タルチジオ枢機卿は次のように述べておられる。1.高...★アジアのための「レデンプトーリス・マーテル」神学院の「誤解」を解く(その-2)

  • ★ シュロの木に登った私 ーヘルマン・ホイヴェルスー

    ~~~~~~~~~~~~~~~シュロの木に登った私ヘルマン・ホイヴェルス~~~~~~~~~~~~~~~ホイヴェルス家の納屋の前のこどもたち。まるで、ありし日のホイヴェルス少年とそのお兄さんのようシュロの木に登った私12歳の時でした。お母さんが「ヘルマンや、ピアノをならいたくはないかね」、とおっしゃいました。私は、ピアノってとてもなんぶつだし、それに毎日おけいこ、おけいことめんどうくさくてしょうがない、と考えましたから「ぼく、やりたくありません。でも笛なら吹いてみたいのです」と答えました。お母さんはそれならそうなさいとおっしゃいました。それからすこしたって、町へ買い物に出たとき、お母さんは私をある店につれていって、笛を一丁買って下さいました。さあ、私はうれしくてたまりません。家へかえってからピーピープープーと毎日...★シュロの木に登った私ーヘルマン・ホイヴェルスー

  • ★ はねていく小娘

    ~~~~~~~~~~~~はねていく小娘ヘルマン・ホイヴェルス~~~~~~~~~~~~ヘルマン・ホイヴェルス師の思い出に戻りましょう。1950年代、60年代は、日本のカトリック教会が最も輝いていた時代ではなかったと私は追想します。下の集合写真には、貴重な師の署名と、自筆で記された日付が見られます。場所は昔の聖イグナチオ教会前の広場でした。私は、師の左側の黒い手提げを持った和服のご婦人のうしろに一つ頭が飛び出した若者です。当時25歳、この写真に写っている人たちは、もうおそらく全員他界されていることでしょう。この写真の5年前に刊行された師の「時間の流れに」と言う単行本には、次のような短編が載っていました。ゆっくり味わってください。========はねてゆく小娘========都会の屋根の上は春の空です。朝六時、夜の雨...★はねていく小娘

  • ★ アジアのための「レデンプトーリス・マーテル」神学院の「誤解」を解く(そのー1)

    ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~アジアのための「レデンプトーリス・マーテル」神学院の「誤解」を解く(そのー1)~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~私がかつて表題のブログをアップしたら、まもなくローマから「お前のブログには重大な問題が含まれているという嫌疑が掛けられているが、いったいどうなっているのか」と言うような、全く身に覚えのないお咎めが届きました。日本から何らかの告発がローマにまで届いたのでしょう。それもかなり高いレベルから高いレベルへ。さて、それからが大変でした。私のブログが過去にさかのぼってローマの意向を体した日本語のわかる検察官みたいな人達によって、徹底的な取り調べが始まったのです。どんなお咎め、処分が来るかと超緊張し観念しました。ちょっと大げさですが、中世の異端審...★アジアのための「レデンプトーリス・マーテル」神学院の「誤解」を解く(そのー1)

  • ★ 画家キコの新しい作品 「新求道共期間の道」活動50周年に寄せられた教皇フランシスコのことば

    ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~画家キコの新しい作品「新求道共期間の道」活動50周年に寄せられた教皇フランシスコのことば~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~先週の土曜日の晩、感謝の祭儀(ミサ)のあとでこの写真のようなカードが配られた。キコの最近の作品の写真の裏に、教皇フランシスコのことばを添えたものだ。西洋医学の解剖学的な知識に裏打ちされたデッサン技量という観点から言えば、表面的にはミケランジェロに劣ると言われても素人の私は敢えて反論しない。そして、この絵を模写しろと言われたら、不肖この私の絵心でもかなりいい線を行く自信もある。まして、ビザンチンの修道院のイコン画作家たちなら、寸分たがわぬコピーを描き切るだろう。現に、キコ自身、大勢の器用に職人...★画家キコの新しい作品「新求道共期間の道」活動50周年に寄せられた教皇フランシスコのことば

  • ★ はじめての中国の旅 -パンダの里を訪ねてー

    ~~~~~~~~~~~~~~~~~~はじめての中国の旅ーパンダの里を訪ねてー~~~~~~~~~~~~~~~~~~パンダの赤ちゃんを抱っこしませんか?そう言われたらあなたならどう返事しますか?私の好奇心は動いた。思えば、ヨーロッパは東欧も含めて何度も何度も旅をしたので、大抵の国は知っている。アジアもインドを含めてかなり念入りに旅をした。しかし、中国と韓国は何故か縁遠く、今まで空港のトランジット以外では足を踏み入れたことがなかった。昨年の晩秋、不思議なご縁である中国の紳士に誘われて、北京と成都を訪ねた。その方の奥様が私の本「バンカー、そして神父」(亜紀書房)を読んで興味を持たれ、会いたいと言われたこともその要因の一つだったかと思う。(この本、自分で言うのもなんですが、けっこう面白いと評判で、今でもそこそこ出ていく隠...★はじめての中国の旅-パンダの里を訪ねてー

  • ★ アフリカに学ぶこと ー失敗は成功のもとー

    ~~~~~~~~~~~~~アフリカに学ぶことー失敗は成功のもとー~~~~~~~~~~~~~キコの2作目の本「覚え書き」(Annotazione)のカバーの半分を展開したもの。左端の縦の細い部分が本の背。真ん中が表紙。人物は若かりし頃のキコ。右はカバーが内側に折りこまれる部分。私はいま、キコの第2作目の本―題名を直訳すれば「覚え書き」(1988-2014)となるが、実際は「霊的日記」とか「魂の叫び」とか言う題がふさわしい本―の翻訳中です。イタリア語版は2016年の末にはローマの一般書店に並びましたが、私が著者の同意のもとに翻訳に取り掛かってから、様々な出来事のために何度も長い中断を余儀なくされました。いま束の間の静けさに恵まれ、ようやく日本語の3度目の推敲を終えようとしています。今日、500編余りの断章の中の21...★アフリカに学ぶことー失敗は成功のもとー

  • ★ キコの80歳の誕生日に寄せられた教皇様の祝辞

    ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~新求道共同期間の道キコの80歳の誕生日に寄せられた教皇様の祝辞~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~Avvenire紙(イタリア)2019年1月10日インターネット版より教皇様は新求道共同体の道の創始者に対する個人的なお祝いのメッセージの中で「神様があなたの教会に対して行った善の全てに対して報いてくださいますように」と書かれた。「親愛なる兄弟、あなたの80歳の誕生日にあたり、貴方への親近感と兄弟的感謝の数行を送ることなしにこの日が過ぎることを私は望みません。神様に対しては貴方を選ばれたことに感謝し、あなたに対してはあなたの忠実さに感謝します。神様があなたの教会に対して行った善の全てに対して報いられますように。私はあなたに寄り添い、祈り、あなたと共に行きます。お...★キコの80歳の誕生日に寄せられた教皇様の祝辞

  • ★ 3日遅れのクリスマスメッセージ

    ~~~~~~~~~~~~~~~~三日遅れのクリスマスメッセージ~~~~~~~~~~~~~~~~カトリック教会の主の降誕(夜半)のミサを私たちは24日の夕方に祝った。聖書の第一朗読は、旧約聖書のイザヤの予言からで次の言葉で始まる:闇のなかを歩む民は、大いなる光を見死の影の地に住む者の上に、光が輝いた。或る宣教家族の家では、イタリア語の先生をしている主人の生徒さんたちを中心に、30人近くの人が招かれて楽しいパーティーが開かれた。パーティーはまず参加者の自己紹介から始まったのだが、皆さんかなり流暢なイタリア語で挨拶をされたのにまず驚かされた。男性の多くは私と同じ70歳台の終わりから80歳を超えた人だったが、高度成長期の勝ち組で、成功し、安定した余生を謳歌しているように思われた。イタリア語の先生は、この機会に参加者にク...★3日遅れのクリスマスメッセージ

  • ★ 私は何になりたかったか = ヘルマン・ホイヴェルス(3)

    ~~~~~~~~~~~~~~~~~私は何になりたかったかヘルマン・ホイヴェルス(3)~~~~~~~~~~~~~~~~~〔本文つづき〕或る日曜日の午後、父と母は庭のベンチに腰かけて私たち二人を呼び寄せました。そしてしばらくは、彼らの長男と次男をかわるがわる黙って眺めていました。「この二人は将来、何になったらいいのでしょうか?」「ギムナジウムに行くべきか、畑に行くべきものか?」と、父は母にいま一度はっきりとたずねました。父は農業に興味を感じていませんでした。むしろ自分の弟のように、自分も勉強することが望みだったのです。その叔父は、のちに小学校の校長をつとめました。母の生家はライネの町の近くにありました。娘時代の母はときどき母親とともにライネの町のギムナジウムの聖堂で、9時の歌ミサにあずかるのをたのしみにしていました...★私は何になりたかったか=ヘルマン・ホイヴェルス(3)

  • ★ 私は何になりたかったか = ヘルマン・ホイヴェルス(2)

    ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~私は何になりたかったか(2)ヘルマン・ホイヴェルス~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~米軍払い下げの聖イグナチオ教会旧司祭館の前をパナマ帽を片手に颯爽と歩くホイヴェルス主任司祭。執務室はカマボコの左端の粗末な小さな平屋建ての中にあった。早速「私は何になりたかったか」の続きを読もう。二番目のあこがれは木樵になることでした。ある日のこと、森にかこまれた生家に船会社の人がやってきました。カバンからはピカピカ光る長い斧、のこぎり、ロープなどがとり出されました。大木の運命は決められたのです。木樵はまず、生家の西側にそびえる一本のカシの大木の根もとを掘りました。やがて大きな斧が打ちこまれ。のこが引かれると、一人はロープをもってハシゴをのぼり、梢の冠のなかの大枝にロープを結びつけま...★私は何になりたかったか=ヘルマン・ホイヴェルス(2)

  • ★ 私は何になりたかったか = ヘルマン・ホイヴェルス (1)

    ~~~~~~~~~~~~~私は何になりたかったかヘルマン・ホイヴェルス~~~~~~~~~~~~~私は、前回ホイヴェルス神父を偲ぶ会の準備として=「紀尾井会」再開の夢=について書いた。その最良の準備として、前回の「美しき生家」同様、ホイヴェルス師の書かれた文章を絶版になった著書から短編を拾い出して、紹介しようとおもった。私は何になりたかったかヘルマン・ホイヴェルス随筆集「人生の秋に」(春秋社)より私は聖書に語られるよき牧者のたとえ話をきく以前に、よき牧者であった大伯父の羊飼いを見て成人しました。というのは、私の幼いころ、北ドイツのそこかしこには、まだ羊の群れが群がっており、大伯父も百頭くらいの羊の群れをもっていました。彼は、毎朝早く群れをつれて遠い野原へ出かけて行き、夕方には家につれ戻り、小屋の中へ追い込みました...★私は何になりたかったか=ヘルマン・ホイヴェルス(1)

  • ★ (2018) ふた月遅れの 「中秋の名月」 野尻湖

    ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~(2018)ふた月遅れの「中秋の名月」野尻湖~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~いつの頃からか、秋になると野尻湖の満月が恋しくなる。寸暇を惜しんで足を運ぶのだが、満月の夜晴天に恵まれる確率は1/2以下だろうか。今年10月25日が満月で、水平線に月が昇るのは長野で5時37分方位77.05度を参考に野尻湖の桟橋に陣取って斑尾山の右肩に見当を付けて待ち構えた。幸いこの夜は晴天に恵まれた。待つことしばし。空が明るくなり湖面にかすかに照り映えた。やがてのことに、光の点が現れた。あとは、ただ夢中でシャッタ―をきるばかり。ヌッと現れた月の頭は露出が合わなくて、ハレーションを起こして白飛びしてしまった。ETを配すればSFの一画面のような趣の世界だ。昇る月の速さは尋常ではない。望遠...★(2018)ふた月遅れの「中秋の名月」野尻湖

  • ホイヴェルス神父を偲ぶ会 =「紀尾井会」再開の夢 =

    ~~~~~~~~~~~~~~~~~ホイヴェルス神父を偲ぶ会=「紀尾井会」再開の夢=~~~~~~~~~~~~~~~~~6月9日のホイヴェルス神父の41回目の追悼ミサの記念日が半年先に見えてきた。そろそろ準備に着手しなければならない。生前のホイヴェルス神父を記憶するものは、今70歳台の世代がほとんど最後に近い。師の思い出を次の世代に受け継ぐ努力がなされなければならない時期に入ってきた。それで、手始めにホイヴェルス師の面影を綴るシリーズのブログをアップすることにした。改築前の四谷聖イグナチオ教会でホイヴェルス師から洗礼を受ける持田梅子さん。代母の右後ろは上智大学の臨床心理学の霜山徳爾教授の姿があったホイヴェルス師とはいかなる人物か?それを知るよすがとして最も重要なのは、師が残された文章ではないだろうか。数多くの随筆は...ホイヴェルス神父を偲ぶ会=「紀尾井会」再開の夢=