立原正秋「剣ヶ崎」の一族の愛の悲劇

立原正秋「剣ヶ崎」の一族の愛の悲劇

暗い主題を扱いながら清澄な文体に導かれたこの小説は、民族問題を抜きにしては語れないが、それと同時に、これは「血を分けた」者たちの愛と憎しみの物語である。物語の主要な展開において、「他人」というものがほとんど現れず、登場人物がすべてといっていいくらいに血縁だからである。 ふたつ違いの石見太郎と次郎の父、日韓混血の李慶孝と母尚子は従兄妹同士である。ここにまず血縁である以上に魅かれあう、紛れもない熱い血の交情がある。しかし、その父は北支事変勃発の年に韓国大邱の連隊を脱走したまま、杳として行方が知れない。次郎が十一歳の時である。尚子は二人の子を連れて帰国し、鎌倉の実家から剣ヶ崎の家へと移り住む。そして…