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本の夢 夢の豆本 https://yt076543.hatenadiary.com/

トランプサイズの手製本を作っている装丁家の、忘れ得ぬ本、出会った人々、作品のエピソードなどを語る。

豆本 ミニチュアブック 手製本

nerine
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2014/06/17

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  • 戦歿学徒宅島徳光の『くちなしの花』と旺文社文庫、渡哲也の「くちなしの花」

    宅島徳光(のりみつ)は、大正10年福岡市博多区生まれ。奈良屋小学校、県立福岡中学、慶応義塾大学法学部、昭和18年学徒出陣により海軍予備学生(第十三期飛行予備学生)として三重海軍航空隊に入る。出水、宮崎の各航空隊を経て昭和19年5月海軍少尉に任官。8月松島海軍航空隊附。20年4月金華山沖にて任務中遭難死。享年24歳。 遺稿集『くちなしの花』を読んだのは、いまはなき旺文社文庫で、神保町の書泉グランデで買ったレシートが挟んである。旺文社文庫は、内外の数多くの古典名作や純文学を中心に、旺文社らしい質の高いラインナップを揃えていたが、創刊22年目の1987(昭和62)年に廃刊している。松永伍一の『悪魔と…

  • 第二詩集『若三日月は耳朶のほころび』

    ようやく三年越しの懸案だった、文庫サイズ、第二詩集にして最後の詩集『若三日月は耳朶のほころび』が出来上がりました。カバーと表紙に艶金箔押。第一詩集『ミモザの薬』からのご縁で、帯文をミナ ペルホネンの皆川明さんにいただきました。上製角背80頁。収録詩20篇。著者自装。限定500部。東京四季出版(042-399-2180)刊。定価1500円+税120円。送料180円。 少数の書店にしか置かない本ですが、ご希望の限定番号入、直接ご送付は可能です。お問い合わせはプロフィ―ル欄をご覧下さい。 京都「恵文社一乗寺店」 075-711-5919、明大前の古書「七月堂」 03-3325-5717、神保町のエス…

  • 薔薇のエンボスの押された豆本『ロンサール詩集』

    ●日本橋三越カルチャーサロンで、2018年6月24日(日)に講習予定の『ロンサール詩集』の書影です。11:00〜16:00(昼食含む)本の大きさは、縦8.5×横6.5mm。 講習費:10800円(材料費込)[お問い合わせ・お申込み ]03-3274-8595 ●真珠光沢の紙に薔薇のエンボス+ローズピンクの背革+金のブレード。細いリボンの先に薔薇のパーツ付き。見返しも薔薇のストライプ模様。本文はフランス・ルネサンス期を代表する詩人ピエール・ド・ロンサール(Pierre de Ronsard)のソネットやオードに、クラシックな薔薇の挿絵を添えて。本文は糸かがりです。 薔薇の品種にも、ピエール・ド・…

  • 佐藤春夫の小説『西班牙犬(スペインいぬ)の家』

    2018年の戌年の賀状を、今頃アップします。 佐藤春夫の小説『西班牙犬の家』は、大正6年初出。(夢見心地になることの好きな人々の為めの短篇)というサブタイトルが付いている。ジャック・カゾットの「悪魔の恋」をモチーフにしたという不思議な作品。 主人公は、愛犬フラテとの散歩の途中、雑木林のなかの一軒家で、黒いスパニッシュ犬と出会う。赤い表紙に配された犬は、イングリッシュセッターの賢いフラテ。本文糸かがり。赤の牛革+プリントの豚革の継表紙。犬のパーツに付いた鎖は、本の背側の溝に消えている。見返しは薄緑の木立の模様。88×62mm。2017年制作。

  • [ガラスケースのなかの小さな本]〜装丁家・田中淑恵のアートブック

    ●装丁家・田中淑恵の、初期から現在までの手製のミニチュアブックからセレクトした作品を展示いたします。会期中旬に、一部展示替えがあります。会期●2017年6月7日(水)〜7月5日(水) 場所●JR中野駅南口徒歩5分 なかのゼロホール西館1F 事務所前のガラスケースのみのささやかな展覧です。 開館時間● 9:00から22:00 休館日●6月26日(月)

  • 17歳で自死、井亀あおい『アルゴノオト』『もと居た所』

    はらりと旧い紙片が膝に落ちた。ーー井亀あおい『アルゴノオト』ーー 読んでみたい本の覚書である。これを書いた頃はネット検索などなかったので、手に入れられぬまま、20年近く紙片を取っておいたのだろう。早速検索して本を取り寄せると、これは1977年に17歳で投身自死した少女の日記であり、遺稿集『もと居た所』(共に葦書房刊)も刊行されていた。 「アルゴノオト」とは、ギリシャ神話で金羊毛を探しに行くイアソンのアルゴー船の乗組員を意味する。中学2年(1973)から1977年に自死する前日まで書いていた12冊の日記のタイトルである。 井亀あおいは、1960年熊本市に生まれる。父親は、毎日新聞西部本社報道部勤…

  • 2017年酉年の年賀状『WORPSWEDE』

    2017年酉年の年賀状。今年は新作が作れず、旧作の天地左右に開く四季の写真集『WORPSWEDE』を、外函とともに青磁色の鳥のお皿に載せてみる。北ドイツの高原の村ヴォルプスヴェーデには、20世紀初頭、画家ハイリッヒ・フォーゲラー、オットー・モーターゾーン、パウラ・ベッカー、詩人ライナー・マリア・リルケ、彫刻家クララ・ヴェストホフなど多彩な人々が集い、芸術家コロニーを築いた。ルー・サロメに失恋した失意のリルケは、ここでロダンの弟子のクララ・ヴェストホフに出会い、結婚した。オットー・モーターゾーンとパウラ・ベッカーも結ばれたが、パウラはわずか31歳で病没。リルケはパウラの死を悼み「友へのレクイエム…

  • 立原正秋「剣ヶ崎」の一族の愛の悲劇

    暗い主題を扱いながら清澄な文体に導かれたこの小説は、民族問題を抜きにしては語れないが、それと同時に、これは「血を分けた」者たちの愛と憎しみの物語である。物語の主要な展開において、「他人」というものがほとんど現れず、登場人物がすべてといっていいくらいに血縁だからである。 ふたつ違いの石見太郎と次郎の父、日韓混血の李慶孝と母尚子は従兄妹同士である。ここにまず血縁である以上に魅かれあう、紛れもない熱い血の交情がある。しかし、その父は北支事変勃発の年に韓国大邱の連隊を脱走したまま、杳として行方が知れない。次郎が十一歳の時である。尚子は二人の子を連れて帰国し、鎌倉の実家から剣ヶ崎の家へと移り住む。そして…

  • ルドゥーテの薔薇の豆本

    ◉1day lessonのお知らせ ◉ 開いていくと、次々と薔薇の絵があらわれる小さな本。最後の斜めの折り込みには、シェイクスピアの薔薇の詩が隠されていますが、薔薇の詩人ロンサールの詩に変わるかもしれません。原本は「花時間」2009年5月号の巻頭を飾ったリボン結びの本。この時の本に、斜めの詩の頁をプラスしました。素材は、若干変更になることがあります。70×70mm。お申込受付中です。 webからもご確認できます。 日時◉11月20日(日)13:00〜16:00 場所◉朝日カルチャーセンター新宿教室 tel: 03-3344-1946(直通)/fax: 03-3344-1930 http://w…

  • 馬柄のネクタイから作った小さな本と活字デザインのノオト

    馬柄の絹のネクタイから作ったリボン結びの本は 、2003年のNHK『おしゃれ工房 』4月号のために制作した。幅広の部分を使った布がバイアスなので,なかなか扱いにくかった。本文は馬の切手貼り。『Les CHEVAUX』 のタイトルラベルの形は、馬蹄形を模したもの。あらかじめ手順を先に撮影し、それを見ながら話す。リハーサルの後がもう本番。すぐにラッシュを廊下で流しはじめたのが居たたまれず、車で逃げるように帰ったのを覚えている。 活字デザインの包装紙と灰青の紙クロスのコーネル装のノオトは、プレゼントしてしまったので、もう手許にはない。活字なので、レトロな文字は裏返しになっている。

  • 至福の仕掛け絵本――2冊の『シンデレラ』

    子どもの頃、初めて買ってもらった仕掛け絵本は「光文社の動く絵本」の『シンデレラひめ』(絵=岩本康之亮)だった。その時代は、十見開きのうち、ハイライトの一開きだけが仕掛けになっていた。シンデレラの場合は、もちろんカボチャが馬車になり、二十日鼠が馬に、ドブネズミが馭者になる場面。黄金の馬車と馬は赤い紐でつながれ、馬車のなかには、ほとんど幼女の顔をしたシンデレラが乗っている。この本の存在がどれほど嬉しかったことか。大人になって仕掛け絵本を集める原点になったのだと思う。 神田小川町にオフィスがあった頃、図録や洋書や画集を扱っている源喜堂書店の裏のビルに居たために、ランチに出る時には必ずその店を通った。…

  • 『ペレアスとメリザンド』とフォーレのシシリエンヌ(シチリアーノ)

    『ペレアスとメリザンド』(Pelléas et Mélisande)は、『青い鳥』を書いたベルギーの劇作家モーリス・メーテルリンクの禁断の愛の戯曲である。 日暮れの森の中で、長い髪の若く美しい女性が泣いている。通りかかったアルモンド王国の王太子ゴローは、メリザンドという名前を知るが、遠くから来たこと、冠を水の中に落としたこと以外は何もわからない。ゴローはメリザンドを連れ帰り妻にする。 やがて王国の城にやって来たメリザンドは、暗い城の中に案内され、ゴローの異父弟で若き王子ペレアスと出会う。ともに気に入った二人は、城の庭にある「盲目の泉」で戯れて遊ぶ。 「この泉はかつて盲人の目を開いた奇跡の泉と言…

  • アナトール・フランスの童話『アベイユ姫 』

    アナトール・フランスの童話『アベイユ姫 』 ジョルジュ・ド・ブランシュランドは、生まれてすぐに父の伯爵を、三歳の時に母を失う。伯爵夫人は、ジョルジュの行末を案じて、親友のクラリード公爵夫人に、ジョルジュの養育を託して天に召される。その日から、一歳のアベイユ・デ・クラリードは、ジョルジュと兄妹のように育てられた。 ある日、物見台に登った二人は、遠くに青く光る湖を見つけて、お城をぬけだし、湖のほとりまで歩いていく。足が痛いというアベイユのために草のベッドを作り、ジョルジュはひとりで木の実を探しにいくと、水の精オンディーヌたちに囲まれ、水の中のオンディーヌの御殿へと連れて行かれてしまった。 ぐっすり…

  • ジャック・プレヴェール脚本『やぶにらみの暴君』

    ジャック・プレヴェール脚本『やぶにらみの暴君』 1952年に邦題『やぶにらみの暴君』としてアニメーション公開。原作はハンス・クリスチャン・アンデルセンの「羊飼い娘と煙突掃除人」。監督のポール・グリモーは、1967年に『王と鳥』として改作。この映画に影響を受けたのが、スタジオジブリの宮崎駿や高畑勲で、2006年に同スタジオなどにより、ミニシアターで劇場公開された。 砂漠の真ん中に聳え立つ孤城に、ひとりの王が住んでいた。その名はシャルル16世。わがままで疑心暗鬼の王は、手元のスイッチ一つで、気に障る臣下を次々に「粛清」していった。 望みさえすれば、何でも手に入れることが出来るはずの王シャルルは、ひ…

  • オートマタの悦楽とセーラ・クルーの「最後の人形

    オートマタの悦楽とセーラ・クルーの「最後の人形」 オートマタ(Automata ギリシャ語の「一人で勝手に動くもの」が語源)は、主に18世紀から19世紀にかけてヨーロッパで作られた機械人形ないしは自動人形のこと。ゼンマイを巻いて動くからくり人形。 動かないビスクドールは、アーテーの小さめのレプリカを一体持っていたが、うっかり落として首が折れてしまった。縁起が悪いので箱に入れてずっと仕舞ったままだった。レプリカを制作しているセサミブレインズさんに相談すると、修理可能ということ。お願いしたら、ほとんど傷がわからない状態で戻ってきた。 そのセサミブレインズさん制作のジュモーのオートマタを入手。人形は…

  • ルー・サロメ 善悪の彼岸

    ◉ルー・サロメ 善悪の彼岸◉ ――ニーチェ・リルケ・フロイトを生きた女 ルー・サロメの本名は、ルイーズ・フォン・サロメ。ロシア皇帝に仕えるグスタフ・フォン・サロメ将軍の第六子として、1861年にサンクトペテルブルグで生まれた。幼い頃から利発聡明で、それを見抜いた教会のギロート神父から、17歳の少女が消化できるとは思えないほどの、ありとあらゆる知的訓練を受ける。キリスト教、仏教、ヒンズー教、マホメット教を比較しながらの宗教現象学の根本概念、哲学、論理学、形而上学、認識論、フランス古典主義演劇、デカルト、パスカルの哲学、シラーなどのドイツ文学、美術史、世界史、オランダ語、カント、キルケゴール、ルソ…

  • [本の会]355回例会のお知らせ

    [本の会]355回例会のお知らせ 装幀を仕事とし、詩人や作家、画家との交流や読書の記憶から生まれた小さな本。このたび『本の夢小さな夢の本』(芸術新聞社)を上梓された田中淑恵さんに、本をめぐる楽しいエピソードとサプライズに満ちた話を語っていただきます。 本の会はどなたでも予約不要で参加できます。お誘い合わせの上、たくさんのおいでをお待ちしています。トークの後、二次会を予定しております。 記日時:2016年3月29日(火)午後7時〜 場所:文京区男女平等センター http://www.bunkyo-danjo.jp/index.aspx (丸ノ内線本郷3丁目駅改札口を左手に出て、右手に曲がり、春…

  • 若松賤子とセドリックの怜朗*

    世界各国のさまざまな本を、私たちがいつでも自由に読むことが出来るのは、ひとえに多くの翻訳家のおかげであるといっていい。あらゆる分野で翻訳書が出版されている中で、女性翻訳家の占める割合は、近年確実に高くなっているように思われる。 若松賤子(しずこ)は、その女性翻訳家の草分けともいえるひとである。しかし、彼女の訳した代表作『小公子』や『小公女』、作者のバーネット夫人のことは知っていても、賤子の名をすぐに思い出す人は、もう今ではごく稀になってしまったのではないだろうか。賤子の果たした役割は、最初の本格的な女性翻訳家というばかりでなく、その直前まで読まれていた児童ものが『鶴千代』や『牛若丸』であったこ…

  • プーシキン「バフチサライの泉」とザレマの愛の情熱

    プーシキン「バフチサライの泉」とザレマの愛の情熱 かの泉、われと同じく 訪れし人あまたありしが、 今ははや世を去りしものあり、 はるか遠くさまようものあり。 サディ クリミア・ハン国は、ジンギス・ハーンの後裔と言われるハージー1世ギレイによって15世紀中頃に建国された。建国からロシア帝国併合に至る360年は、クリミア・ハン国にとって、侵略と介入と従属と独立の歴史である。黒海に面し、南にオスマン帝国、北にモスクワ大公国とポーランドに接し、最盛期には黒海北岸をドニエプル川下流域から北カフカスの一部まで支配する王国に成長した。 その後クリミア・ハン国のハン位を独占したメングリ1世ギレイの男系子孫はみ…

  • 大岡昇平『武蔵野夫人』と内田吐夢『限りなき前進』

    [ 学生時代、恋ケ窪、鷹の台、と国分寺からふたつめの駅で降り、玉川上水沿いの道を歩いて大学へ通った。大岡昇平の『武蔵野夫人』は、その恋ケ窪が舞台だが、かつて一度たりともそこで降りようとしたことはなかった。溝口健二監督の映画『武蔵野夫人』をあらためて観ると、戦後すぐの武蔵野の風景と野川の湧き水、その水源地である恋ケ窪が牧歌的に描かれている。この地には、遊女が池に身を投げたという伝説があった。主人公道子(田中絹代)の従弟で、ひそかに想いあっている、ビルマから復員したばかりの大学生勉役に片山明彦。この人は両親が俳優で、子役として『路傍の石』の愛川吾一などを演じている。『挽歌』では知的な建築技師だった…

  • 大正・乙女デザイン研究所9月例会のお知らせ

    [大正・乙女デザイン研究所 第44回月例会] 日時:9月26日(土) 18:00〜 会場:中央区立産業会館4階 『第4集会室』 東京都中央区東日本橋2−22−4 http://www.chuo-sangyo.jp/access/access.html 内容:芸術新聞社刊『本の夢 小さな夢の本』出版記念+懇親会 小さな本制作の経緯と装丁のことなど (田中淑恵) 参加費:2.500円:写真左の書籍1冊+お茶菓子付き(書籍を既にお持ちの方は1.000円) お申し込みは、下記『大正・乙女デザイン研究所事務局』まで。9月24日締切。 otome-design@mail.goo.ne.jp https:/…

  • 挿絵画家 松野一夫の多彩な世界

    かつてあったのに今はなく、自分で作ってしまいたいと思う本のひとつに、少女雑誌がある。少女といっても子どもではなく、若い女性という方が近い。もっと広い意味では、”少女の感性”を持ち続けているひとのための雑誌である。 上質の教養と娯楽とロマンがあり、繊やかな情感に満ちている。初めて詩や名作に触れて、それを飾っていた挿絵を、いつまでも記憶に刻んでいる読者も多いことだろう。 実業之日本社の『新女苑』創刊の昭和十二年から十五年まで、巻頭カラー口絵の「名作絵物語」の挿絵を描いたのが、松野一夫である。 物語はジイドの『窄き門』、モームの『雨』、リラダンやヘンリー・ジェイムス、パール・バックなどの名作を阿倍知…

  • 6月25日刊行『本の夢 小さな夢の本』

    この本は、少女時代に作っていた「夢の莟ノオト」が開花したものです。 はじめに詩と古典のことばが降りてきて、そこから物語がうまれ、大好きな本の形を借りて、宝石のような小さな本が誕生しました。 仕事として多くの装丁に関わり、商品としての本作りを経験して、小さな本が、大きな本の単なるミニチュアではなく、綿密なレイアウトで作られるべきものと思いました。 手書きで作ったはじめての本から、その芯にあるのは、典雅で普遍的な古語のしらべであり、詩のリズムでした。 本の内容としてのテキストや絵は、あらゆる流行には無縁で、むしろ花翳にひっそりと咲いているようなものばかりを選んできました。 現代はかつてなかったよう…

  • 信濃追分と福永武彦夫妻のこと

    紫のぼかしに短冊を散らし、物憂い横顔の婦人を配した七夕の絵葉書。裏をかえすと、旧字旧仮名の見馴れぬ文字が綴られている。差出人の名前を見て私は驚いた。それが福永武彦先生にはじめて戴いた夢二の絵葉書だった。そのとき、先生の余命があと四年などということを、誰が予測しえただろうか。 「この間はお手紙ありがたう 豆本二冊たのしく拝見しました(中略)今どき 本づくりの好きな人なんてのは珍しいから大いにおやりなさい(中略)これから追分の方に出かけますから 夏の間にこちらに来たらお寄りなさい 原則的には面会謝絶ですから 電話を先にかけるか ちゃんと自己紹介をして下さい」 そして末尾に追分の電話番号が書かれてあ…

  • 本の装い、商品としての本

    *本の装い、商品としての本 これまでに何冊の本を装丁したか、記録もなく、すべてを所蔵してもいないので、書名を覚えていない初期の本はどれだけあるか分らなくなっている。 最初にきちんと印刷して造本をしたのが、学生時代の友人の詩集『海の色』だった。エディトリアルの授業で編集作業は一通り学んでいたので、装丁とレイアウトは出来上がったが、さてどこに頼んでいいのか皆目わからない。友人と二人で、神田猿楽町をうろうろしたあげくに、疲れ切って飛び込んだのが、「矢嶋製本」という製本所だった。社長さんは、学生さんだから破格値でやってあげようと言って下さり、そのかわり本文紙と表紙のクロスは在庫を使うこと、という制約が…

  • 個人誌「邯鄲夢」と久世光彦さんのこと

    箱のなかに箱があり、それを開けるとまた箱がある。開けても開けても箱があり、少々不安になった頃、ようやく小さな本が顔を出す。このマトリョーシカのような重ね箱のイメージは、絵のなかの絵、そのなかの絵、と限りなく小さくなってゆきながら果てしなく同一という無限の繰り返しにどこか似ている。それは、この世ならぬ異界にいざなってくれる通い路のようだ。 私が本職の装丁の仕事のほかにライフワークとして作り続けている小さな本は、いかなる制約もなく自由なのだが、まず第一に小ささを競うことなく、本文のレイアウトが整っていて、文学書のように文字がきちんと読めるものであること。そしてそこに、箱を開けるときのようなときめき…

  • 日本女子大「詩と童話まつり」と諏訪優さんのこと

    目白の東京カテドラル聖マリア大聖堂の近くの日本女子大学のキャンパスで、「詩と童話まつり」が開かれていた時期がある。日本女子大学に児童文学究室があった頃で、「目白児童文学」の姉妹誌として、同人誌「海賊」が発行されていた。アドバイザーに山室静、特別同人に立原えりか、森のぶ子、宮地延江、同人に安房直子、森敦子、生沢あゆむなどが名を連ね、児童文学の関係者たちが、年に一度集まって講演と懇親会を開催していた。同人誌の表紙絵は、立原えりかの夫君だった渡辺藤一。印刷は凸版、本文はまだタイプ印刷という時代だった。 友人が日本女子大に通学していたので、何度かその講演会に誘われたことがある。埴谷雄高、三木卓、久保田…

  • カイ・ニールセンと小林かいちの「様式としての嘆き」

    中原中也の恋人だった長谷川泰子の口述をまとめた本を文庫化することになり、その装丁を依頼されたのは、2006年1月のことである。カバーには、小林かいちの版画を使う予定だという。それまで私が見たかいちと言えば、二度の「絵はがき展」の展示作品と古書市で買った数枚の絵封筒だけであった。帝塚山学院大学の山田俊幸教授のコレクションの分厚い張り込み帖から何点かを選んだ時、そのおびただしい数と独特の色彩と様式美に圧倒されてしまったのを覚えている。 絵封筒の色数は、2〜4色、多色という訳ではないのに濃厚な印象を受けるのは、深々とした赤、黒、金、銀、ピンク、薄紫などの取り合わせのためだろう。赤とピンクと薄紫は、ま…

  • 荒巻義雄『時の葦舟』と在りて無き世、または入れ子の夢

    天井も壁も床も鏡で作られた万華鏡のような部屋に入ったとき、果てしなく続く鏡像はすべてが虚像なのだろうか。もしや自分自身がすでに虚像であり、この世界そのものが、だれかの夢のあるのではないか、と思わせる物語が、荒巻義雄の『時の葦舟』である。 物語は「白い環」「性炎樹の花咲くとき」「石機械」「時の葦舟」からなる幻想SF短篇連作集である。それぞれの登場人物は時空を超えて生まれ変わり、別の人物として蘇る。 「白い環(かん)」は真っ白な塩でできたソルティと呼ばれる集落の物語。この街は垂直に繁栄した崖の街で、対岸の鏡面に街のすべての様子が鏡像になって映っている。ゴルドハは、河の水を汲んでは水売りをしているが…

  • 「舞踏会の手帖」と扇ことば

    ジュリアン・デュヴィヴィエ監督のフランス映画「舞踏会の手帖」(1937年)に、主人公クリスティーヌ(マリー・ベル)が36歳の若さで未亡人となり、湖畔の古城の暖炉の前で、夫の遺品を整理していたとき、するりと鉛筆の付いた小さな手帖が床に落ちる場面がある。16歳の時のはじめての舞踏会で、ワルツを申し込んだ十人の若者たちの名前が書かれた「舞踏会の手帖」だった。頁をめくるうちに、ふとクリスティーヌはその男たちを訪ねる旅に出ようと思いつく。 かつての若者たちは、クリスティーヌの婚約を聞いて自死したジョルジョ、ヴェルレーヌの詩を諳誦した文学青年ピエールは、キャバレーのオーナー兼泥棒に身を持ち崩していた。今は…

  • 「夢の莟ノオト」と「Nostalgic Words」

    *「夢の莟ノオト」と「Nostalgic Words」 中学生から大学生にかけて、古語辞典や国語辞典、漢和辞典、類語辞典を読んで、言葉を拾うのが好きだった。 大学生の時、古語辞典から言葉を選んだノート「Nostalgic Words」 と、気に入った詩や言葉の断片や本や映画、物語の構想を書き付けた「夢の莟ノオト」、物語の出場者を蒐めた『登場人物辞典』を作った。 古文には、美しい日本語が満載である。夢見月、夏羽月、得鳥羽月、松風月などの月の異称のほかに、身体の部位などにさえも、えもいわれぬ優雅な名前が付けられている。ひかがみ(膝裏の部分)、かいな(腕)、おとがい(頤/下顎)、まなかい(目交)、そ…

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