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霞―奥州二本松藩 http://kasumi.blog.jp/

幕末二本松藩・二本松少年隊・丹羽家の紹介ブログ。人物、逸話など。

幕末の二本松藩、二本松少年隊、丹羽家を中心に、人物紹介や史跡紹介、ちょっと面白い郷土の昔話などを紹介してます。 小ネタ挟みながらのとってもゆるい紹介文なのでご注意をー。

紫乃森統子
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2013/01/17

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  • 山岡次郎太夫

    山岡 次郎太夫 山岡栄治(大壇口の二勇士)の父。 諱:恵延 生:文政元年(享年より逆算) 没:嘉永六年七月十四日 享年:三十六歳 墓所:二本松市正慶寺 法号:履信院釈修善信士 *** 初っ端からアレですが、「大壇口の二勇士」の一人である「山

  • 豊潤水・修陸羽道之記

    昔の池ノ入の切通し、今の亀谷の切通しですね。 あのホラ、税務署さんとか蓮華寺さんとか、コンサートホールのある坂から郭内に抜ける道ね! 【池ノ入切通し 亀谷側から】 写真は亀谷側から撮ったもの。 天気いいと明るいし、周辺の木々が手入れされて大分こざっぱ

  • お詫びとお知らせ

    大変に大変にご無沙汰でございます管理人です。 随分と記事の更新が滞っておりますが、こんなだいぶおふざけの過ぎたブログにも関わらずカウンタは回っていて、活動休止中にも閲覧頂いていた様子…… 本当に恐縮です……(滝汗) コメントやメッセージへのお返事もま

  • 職制4 山奉行

    職制4 山奉行 はい、山奉行!! 職制カテゴリの記事、家老・郡代・城代ときて、なんでいきなり山奉行なんだよ……とお思いの方も多いでしょうが、まあまあそこはそれ。 気の向いたところから更新する――、それがここの管理人クオリティです。 藩政末期、山奉行

  • 丹羽一学

    丹羽 一学 番頭→家老。 奥羽列藩同盟調印者。 諱:富毅 家禄:600石 生:文政六年(享年より逆算) 没:慶応四年七月二十九日(城内/自尽) 享年:四十六歳 墓所:二本松市大隣寺 法号:了性院義運惠功居士 *** 戊辰戦争時の二本松藩家老。

  • 佐久間織部正と龍泉寺の翔龍桜

    佐久間織部正と龍泉寺の翔龍桜 佐久間織部正 諱:勝親、勝茲(寺院物語だと「正勝」なんですがどうなってんですかね…) 生国:九州高鍋藩(秋月藩/秋月氏) 生:寛文九年(享年より逆算) 没:元禄四年一月二日 享年:二十三歳 墓所:二本松市龍泉寺 法号:大通院

  • 大島七郎

    大島 七郎 大島成渡義直(年賦取立役/90石)の弟。 大島雲平の末子。 後の安保七郎。 生:安政三年(年齢より逆算) 没:明治三十年一月十九日 享年:四十二歳 墓所:大隣寺 法号:智浄院本然了義居士 ※備考:兄=成渡(義直)、祐之助(義質/工名は紫玉)

  • 岩本清次郎

    岩本 清次郎 岩本名左衛門(代官/65石)の二男。 上ノ内の二銃士。 諱:正冠 家紋:丸に九枚笹 生:嘉永五年(年齢より逆算) 没:慶応四年七月二十七日(糠沢上ノ内戦死) 享年:十七歳 墓所:蓮華寺 法号:義光院仁山日礼居士 ※備考:兄=岩本正勝、義

  • 【史跡めぐり】玉泉寺・戦死三十一人の墓【玉ノ井】

    紹介記事ばかりだと更新頻度にえらく波が出来ることに気付きました。 管理人です、どうもお久し振りです! というわけで、休日はもっぱら寺社散策などをしているので、たまにはそういったものも載せますか……と考えた次第であります。 記事の印象からアホな管理人だと

  • 日影の井

    日影の井 現在県立自然公園となっている、二本松城(=霞ヶ城)。 小高い山の山頂に戦国期の城跡(畠山氏)が、同じ山の麓には江戸期の城跡(丹羽氏)があるので、地元では「お城山」と呼ばれ、市民に親しまれています。 この「お城山」の中腹には、「日陰の井」と

  • 「写真アルバム 二本松・本宮の昭和」

    「写真アルバム 二本松・本宮の昭和」 2013年5月下旬に発刊予定だそうです。 今日ちょっと地元の書店さんに遊びに行ったら予約受付開始してたので、こういうのに目がない管理人はさっそく予約してきましたよーい!(*´∇`*) というわけで、詳しく話聞いたら「電

  • 鶴撃ち

    鶴撃ち さーて今回のお話は、「鶴撃ち」のお話だよー。 二本松藩では毎年幕府に鶴を献上していました。 なので、城下の外れ、竹之内という湿地帯に「鶴捕り場」を設けていたんだよ。 (二本松の地理に明るい方には、今の高田橋よりももう少し南側、旧高田橋のあっ

  • 藩士藩卒

    藩士藩卒 二本松藩での成人年齢は二十歳と定められており、そのため城への出仕も二十歳から六十歳までという規定がありました。 その中でも、俸禄の額によって、身分は「藩士」と「藩卒」に区分されていたようです。 藩から受ける禄が五十石以上の者を「藩士」と称

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