時代の記憶 日本列島改造論
人生も長く生きると、数々の事件や災害があった。時間が経過して、あれはなんであったのかと気づかされる。今のコロナ渦も5年、10年経過すれば対応が間違っていないか判明する。日本列島改造論は田中角栄首相が、昭和47年に提案して本にもなった。皆が夢を見た。高速道路網、新幹線網、本四架橋、青函トンネルの基幹インフラの建設日本では建設の期待から土地が値上がりした。住宅地まで値上がりした。しかし、日本列島改造論の考えは田中角栄氏、失脚のあとも現在まで踏襲された。あれから48年経過して高速道路は青森から鹿児島まで各県に繋がった。大都市近郊の高速道路は扇状に道路が広がった。昭和47年当時の高速は名神、東名高速道路だけだった。首都高速は60km/hの道路で高速と呼べるかどうか新幹線も47年当時は、東海道新幹線と山陽新幹線の岡山まで...時代の記憶日本列島改造論
2020/08/31 22:38