「タイトルなし」 第一話:鳴らない鐘の声 15
怒っているのだろうか。ふとそんな思いが首をもたげる。一歩前を歩くリゼの華奢な後ろ姿は、何かを沈思しているようであり、不機嫌に黙り込んでいるようでもあった。ヒューゲル修理屋を早々に退勤ということになり、事務所を出てからずっとそんな状態である。三時を過ぎ、太陽は夕刻に向かって少しずつ傾き始めていた。今日で三度目になる九時通りにでは、主婦たちの午後のお茶会はぼちぼちお開きになっているようで、通りの両側を埋めるカフェテラスから客の姿が消え始めていた。カイは中央区を目指すリゼの一歩後ろを保ちつつやはり黙って歩いていた。リゼが怒るのも無理はないので何も言えないのである。騙していたわけではないが、充分な情報を与えずいいように掌で転がしていたのだ。プライドが高い者ほど我慢ならないだろう。もし自分がそんなことをされたら――と考え...「タイトルなし」第一話:鳴らない鐘の声15
2011/10/12 17:16