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帰る場所
避難区域の小高区商店街にて。 一時 帰宅をして被災した家と商店の整理をしていたご家族と出会った。 母子は山形に避難し、お父さんは隣町の原町に居を構えて仕事をしている。 建物はもう取り壊されて、ない。原発事故さえなければ家族が揃って生活の再建ができただろうが、も...
2016/04/28 06:44
日本のおかあさん
まだ人もまばらだった小高区の商店街で出会った明るく親切な女性を僕は親しみを込めて「おかあさん」と呼ぶ。 思えばこの地方で僕が抱く日本人の「おかあさん」像の方に数多く出会った気がする。 海に面している浜通りの地域性だろうか。 写真を撮る場所を尋ねると真っ先...
2016/04/20 08:08
変わらない風景
農村の冬の風景は得てしてうら寂しいので、 如何ようにも寂しげに撮れる。 放射能によって山林や大地が汚染されようとも風景は不変だ。 僕はこの時、樹々の、大地の嘆き声を聴いた気がした。 その嘆声と風景とが不埒にも美しいと感じてしまう自分が、いた。 綺麗なだけで...
2016/04/13 08:07
あの頃高校生だった君
彼女は震災がおきた年に高校3年生となり合唱団の団長を務めていた。 被災後は避難生活、合唱団の再開とその継続、そして卒業と文字通り怒濤の1年だっただろう。 苦悩を表に出さず、歌を通して表現しようとする姿は雄々しくもあり、痛々しかった。 結局、小高の自宅へ帰ることなく卒業...
2016/04/06 08:07
2016年4月 (1件〜100件)
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