あるモノ
十七年前に七十歳で他界した父親のことを、ふと思い出す。物を仕入れ車に載せて売り歩く、いわゆる行商人だった父親は、毎朝四時に起床して夕方近くまで働いた。私が中学校から帰ると、父親は大抵いびきをかいて昼寝をしているか庭の物置でトンカチやって、あるモノを製作していた。その「あるモノ」は直径五センチ、長さ十センチの円筒の中心に直径五ミリ、長さ二十センチの鉄の棒が通してあった。円筒自体の材質は思い出せないが表面にはカーブに沿って厚さが三ミリ、幅十ミリの平べったく硬いゴムのような帯状の磁石が黄色い万能ボンドで幾重にも貼られていた。父親は直径がひとまわり大きい半円の筒と台座が一体になったものに円筒を取り付けて、鉄棒をつまんでクルクル回転させた。半円の内側にも帯状の磁石が貼ってあり、磁石同士が近づくと反発する力と逆の引き合う力が発生するように、プラスとマイナスの面が交互に貼られていた。父親の頭の中では円筒が磁石の作用で半円の筒の上を静かにクルクルと回っていた。父親は電気もガソリンもいらない、人類の夢である永久機関に挑戦していたのだ。その挑戦は私が二十歳を過ぎてからも続いていた。父親が今の日本を見たら、きっと自分が完成できなかったことを悔やむだろう。...
2012/02/18 22:29