Vol.031 健全な諦め
5年半ほど前に「諦める」ということについて記事を書きました。それからずいぶん経ってボクの思うところも少しずつ変わってきたように思います。だんだん還暦も近づいてきて、「諦める」ことが増えてきたのと、「悟り」に近いところに少しだけ近づけたせいもあると思います。そのときにも書きましたが、本来「諦める」という言葉は、「仕方がない」と断念するということとは違ったようです。語源として「諦」という字は「真実」を意味していて、「諦める」とは「明らかにする」というのが本来の意味だそうです。「諦めきれない」ことについて「齷齪しない」「じたばたしない」と捉えたり「絶望する」といった意味に繋がってしまうとそこにはかなりの「痛み」も伴うし、「悲しみ」「切なさ」「空しさ」といった感情にやられてしまいそうになります。今回お話ししたいのは「悟...Vol.031健全な諦め
2019/11/11 00:42