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小梅さんのプロフィール

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父の方がやっと落ち着いたと思ったら、2009年7月、今度は母の認知症が発覚。おまけに夫がうつ病に。

ブログタイトル
ひとりっこのアルツハイマー介護
ブログURL
https://blog.goo.ne.jp/ohisama2525_2005
ブログ紹介文
40代で父が介護5、次いで母アルツハイマーというW介護に直面したひとり娘のリアル介護記録です。
更新頻度(1年)

集計中

ブログ村参加:2009/05/30

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ひとりっこのアルツハイマー介護
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ひとりっこのアルツハイマー介護

小梅さんの新着記事

1件〜30件

  • 最愛の母との別れを覚悟するときが来ました

    母は来年の節分の日で80歳です。けれど母に80歳の誕生日は来ないことが決まってしまいました。わたしは今日、12月3日、「延命措置を望まない」というチェック欄に署名しました。涙があふれてとまりません。きょう、施設入所中の母に会いに行ったとき、もう透析をする意味がないことを医師から告げられました。≪家族が拒否すれば透析は継続となります。けれどいまの、お母さんの身体状況では、透析がかえって体力を消耗させつらい思いをさせるだけかと」人工透析は生命維持の手段です。透析をやめれば1週間から10日で天国に旅立つことは知っていました。だからこの日がくことをずっと恐れていました。わたしのサインで命の期限を決めること。母にとってもわたしにとっても残酷な選択でしかありません。最近がくんと状態が悪くなった母のことは十分わかっていて。出...最愛の母との別れを覚悟するときが来ました

  • 母が認知症、と診断され戸惑っているあなたへ

    久しぶりの投稿です。78歳になった母を近くで見守りながら、仕事をし、家事をし、趣味も楽しんでいるアラフィフ一人っ子です。ざっとおさらいすると70代になったばかりの母が、父(すでに逝去)がホームに入所中にアルツハイマーを発症し、持病の腎臓病の薬の管理ができなくなったり、一人暮らしに心配が出てきて、わたしも通いのサポートに疲弊してしまい・・・・まだ家事がなんとかできていた、自宅で生活したいと言い切っている母をホームに入れたところから始まっています。(その経過を綴っているうちに、夫がうつになって、ひとりでダブル介助・・・という時期もありました)いまここに来てくださっている方は、親が認知症と診断されて、どうしていいかわからない、という以上に折れそうな心でいらっしゃるのかな・・・・・と思います。なので、最初にお伝えしたい...母が認知症、と診断され戸惑っているあなたへ

  • 母、アルツハイマーと診断され7年たちました

    ご訪問ありがとうございます。すっかり更新が途絶えているにも関わらず、当ブログを訪れてくださっている皆さまに、いま、を伝える必要があるな、と思っています。母は、元気とは言えませんが、穏やかな日々を送っています。また、あらためて、書きますね。母、アルツハイマーと診断され7年たちました

  • 車椅子に頭を支える背もたれをつくりました!

    母は筋力が衰え、頭を支えるのが重いらしく、うしろに反ってしまうクセがあります。そうすると、どんどん前にお尻がずれて、車椅子からずり落ちる。退院して少しずつ元気を回復しつつある母は、昔から通っている、デイサービス(民間ボランティア)に行きたいと意欲を見せる。けれど、車いすの座位が不安定で、スタッフの方から背なかのところに長いクッションを置くとか、ダンボールを置くとか何か出来ないかしら?と相談されていたんです。介護用品カタログを見たら、ヘッドレスト付きの背もたれは売られているのですが、高い・・・・と迷っていたら、もうデイの日になってしまい、家にあるもので何とかならないか?と考えました。それがこれです!突っ張り棒2本と、お土産でもらったきょう、デイサービスに連れていくのに、スタッフの方から、「ふとひらめいて、こんな風...車椅子に頭を支える背もたれをつくりました!

  • 母の入院2回目

    転倒して腕にケガをしたことで透析に使う血管(シャント)がダメになってしまい、反対の腕にシャント再形成手術をした母。カテーテルを引き抜いたおかげで、軽い感染症にかかり、身体拘束も余儀なくされて30日の入院となりましたがなんとか乗り切りました。1か月の入院でも、認知機能の低下があまりなかったので一安心。ところが、退院手続きをしていると、別の科の医師から説明があると呼ばれ。「ちょっと心配なことがあるんですよ。胆管に石があるんです・・・これいつ発作起こしてもおかしくないので取った方がいいと思います。透析患者さんなのでリスクは健常者のかたの5倍ほどになります。それでも・・・・発作を起こして救急搬送されるようになれば、もっと命にかかわると思ってください」わたし聞きました。「先生・・・もし先生のお祖母ちゃんだったらどうします...母の入院2回目

  • 77歳、透析患者、2度のリスクを乗り越えました

    ご無沙汰です。母、77歳、ゴールデンウィークにグループホームの食卓で転倒しまして・・・・。決して圧迫してはイケナイ、左腕の透析のシャント部分を強打して、緊急搬送されました。もう見たことのないくらい無残に腫れた腕。もしも針か何かで刺したら、ほんとうに風船が割れるように破裂してしまうんではないか?というくらい膨れていました。ですが運悪く、はじめに搬送された病院では手術室が空かず、別の病院へさらに救急車で移動。「早く内圧を逃さないと、筋肉・皮膚が壊死して、最悪腕の切断になることもあります・・・」と医師から告げられ、ただのケガでは済まされないことに呆然としました。結局は、筋肉まで切開するという緊急手術ではあったものの、傷の治りも順調で、それは良かったのですが・・・・ダメになってしまった透析シャントを右腕に作り直す手術も...77歳、透析患者、2度のリスクを乗り越えました

  • まさか母が・・・・

    お母さまに意識がありません!!呼んでもたたいても反応がありません!!救急手配をしますそれは、外出の帰り道、車を止めてある駐車場にむかって歩いているときに受けたホームからの電話でした。耳を疑う事態に凍り付きました。その日は母の誕生日の前日。「な。。ん。。で。。。?」いやな記憶がよみがえりました。わたしの父は、2011年6月、誕生日の直前に旅立ちました。。。。つい一昨日、母は元気だったのに。母の誕生日祝いは、同じく2月うまれの息子の試験が終わってから一緒にお祝いしようね、と言ったばかりなのに。夫と長男に電話をいれ、車に乗り込み、「冷静に運転しよう」と自分に言い聞かせ、車に乗っていた20分間おどろくほどたくさんのことを考え、整理し、まずホームではなく自宅に戻って必要なものを持ち出すと決めました。そして家に帰った瞬間、...まさか母が・・・・

  • 母の77回目の誕生日に思う

    このブログを始めたとき、タイトルには母73歳、と書いたように記憶しています。その母が2月3日で77歳になりました。アルツハイマーの初期です・・・・・・と言われてからかれこれ10年近くなるでしょうか。(忘れている自分も相当記憶力が怪しいです)その当時、目にした書籍には、「アルツハイマーと診断されると、残念ながら余命は5年くらいです。」という一文がありました。とても、とても衝撃でした。いま、こうして母が元気で生きていること現在も、わたしの存在をちゃんとわかって、孫の名前も忘れることなく、会話が成立することを心からうれしく思います。腎不全という持病を抱える以上、感染症が流行る季節は本当に心配なのです。しかも、誕生日の前日に耳を疑う電話を受けたのも事実です。お母さまの意識がありません救急車を手配しますそのときに考えたこ...母の77回目の誕生日に思う

  • サラリーマンの夫のうつ⑥治療が終わりました

    たいへんご無沙汰してしまいました。かれこれ1カ月になるでしょうか。夫の心療内科への通院が終了しましたそれも、ある日の何気ない会話で「そういえば、今週末は病院?」「あれ、もう病院先月で終わりだって言わなかったっけ?」と、全然ちゃんと聞いていないわたし・・・・・正確には聞いたけれど忘れたのか(←もっとマズイです・・・)?とりあえず、うつ治りました(^^)食事を美味しく食べ、仲間とフットサルを楽しみ会社にも遅刻することなく通っていますもちろん・・・・うつは繰り返す・・・・・・・というリスクが高いことは承知しています。でも、次にそのようなことになったとしたら夫自身は早くにそのことに気付くでしょうし、無理をしないはずです。そして、わたしも、そんな時はショックかもしれないけれど、淡々と、するべきサポートをすればよいでのしょ...サラリーマンの夫のうつ⑥治療が終わりました

  • サラリーマンの夫がうつになりました⑤経過

    夫が休職をし、畑に行き始め・・・・それまで買い物さえ行く気がしない、といっていた夫が、「畑用の長靴を買いたい!」と買い物に行く意欲を見せました。そして、畑で出会う方々は、みなさん夫にプライベートなことを詮索することもなく、老夫婦が多くてゆったり余裕がある感じが、とても心地良いのだと話してくれました。このころから夫に笑顔がみられるようになりました。そして、9月。「テレビで沖縄を特集していたのを見ていたら、なんだか沖縄に行きたくなってきた」と。もともと旅好きのわたしたち。夫がうつになってからは、外出さえ嫌がっていたので、この言葉は大きな前進でした。会社には、11月に復帰出来ればいいな・・・・というのが本人の目標だったので、とりあえずこの9月、家族で沖縄に行ってみました。青い海と青い空、そして知り合いがいないという環...サラリーマンの夫がうつになりました⑤経過

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