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梵文無量寿経現代語訳
都合、調べつつなので30時間ほどかかった気がするが、今だからできることなのだろう。 仏説無量寿経梵文現代語訳|トリコロール仏説無量寿経現代語訳注釈付.pdf …
2024/06/30 07:49
楞伽経サンスクリット写本現代語訳
まだまだ校正が必要だけれど、南條文雄博士が明治から大正にかけてオックスフォード大学において かのマックス・ミュラー教授のもとでサンスクリットの写本に取り組んだ…
2024/06/26 23:36
お爺さんのお墓参り
やっとあのお爺さんのお墓参りに行けた。 不思議なご縁と思う。母の生命が尽きようとしているこの時に、 お婆さんからの便りをいただいて、ようやく伺うことができた。…
2024/06/19 23:34
信じるとはどういうことなのか
当たり前のことだけれど、宗教があって阿弥陀仏があるわけでもなければ 教団があって阿弥陀仏があるのでもない。念仏は宗派の専売特許でもない。 阿弥陀仏があって自我…
2024/06/15 00:00
楞伽懸記にある龍樹
仏国土は星の数ほどあると言われていて、阿弥陀仏の仏国土は浄土とも言われる。 では、この世は何という名の仏国土かといえば「娑婆(Saha)」というが、 浄土のよ…
2024/06/14 22:46
無量寿経に見る三毒五悪段
大経と呼ばれる無量寿経は、康僧鎧訳(魏訳)において、17,421文字の漢字で書かれている。 この漢文では、サンスクリット文からいくつかの加上が見られるが、 中…
2024/06/13 01:12
分かること、できること
分かることと、できることは違う。これは誰でも理解はしている。 個人においても、組織においても、 今、どういう状態に置かれているのか 周囲環境はどう動いているの…
2024/06/11 10:00
個々人で持たねばならない縦の糸
昔から言われているように、仏教は道徳とちがう。 それは道徳を排除することではないし、何らのコンフリクトもない。 人に優しく、救いの手を差し伸べ、柔和に接し、き…
2024/06/10 09:43
仏教でなくてもよいこと
日曜礼拝のご法話を聴聞して、思わされた。 介護、うつ病、壮絶な人生を生きる人がいる。思わされるのは、 自分には、誰の真似もできない。小学校に入りたての子供を轢…
2024/06/09 18:24
果位は他人事ではなかった
無量寿経巻下を読経中、浮かんだ。 「因位の自覚を持ちなさい」 因位とか果位というのは、仏の世界で他人事のように、そうなのですかで聞くなと。 たとえ5年先のこと…
2024/06/08 08:44
お釈迦様の覚りは何だったのか
人智を超えたところに仏智がある。 説明ができることではない。 釈迦が覚者となって人に法を説いたが、 例えば、お経の内容を見るに、後年の加上があるにせよ、釈迦以…
2024/06/06 23:40
どんな僧侶になってゆくのかしら
僧侶、と一言でいうが実に多彩なのだと今更ながら思わされる。 別に国内に限ったことでもなく、現代に限ったことでもない。 自分にとって、明らかに違うと思うのは、 …
2024/06/05 09:52
あさましきもの
繰り返し、くりかえし現れる「あさましい」という言葉。 現代でも、あらゆるところで見聞きする。教義のことではなく人間性なのだ。 歎異抄の十八条、 まことに、われ…
2024/06/03 21:12
かどをきけ
歎異抄のような伝聞形式で伝わる「蓮如上人御一代記聞書」。 内容は316条と膨大な伝聞が伝わっているが、御文とはまた違った角度でその教えを味わえる。 むしろ現代…
2024/06/02 09:57
南無阿弥陀仏そして阿弥陀仏
南無阿弥陀仏の後に、阿弥陀仏と噛み締める。 同じではない。日々、読経や勤行を続けているとこの感覚になる。 理屈ではなく、音の違いでもない、明らかな違いと言える…
2024/06/01 21:04
2024年6月 (1件〜100件)
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