夏玉 (縦書き)

夏玉 (縦書き)

一 その旅館は鬱蒼うっそうと茂った樹林に囲まれた狭い平地にぽつねんと建っていた。 長屋の様な木造平屋で、古びているという表現を通り越して廃屋と云うに近い。 パイプ状の煙突から立ち昇っている白い蒸気により、辛うじて温泉宿であることが判る。 秘境の一軒宿と言えば聞こえが良いが、要するに県境の山奥で極端に交通の便が悪く、客足が途絶えた廃業寸前の温泉宿と言った按配だ。 東京を昼過ぎに出発して車で...