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「第一官律名義弁」其十二(釈雲照律師『緇門正儀』を学ぶ・12)
ということで、もう10回以上、釈雲照律師『緇門正儀』の「第一官律名義弁」の内容を見ている。なお、これは【1回目の記事】でも採り上げたように、「今略して、僧に位官を賜ひし和漢の官名、職名及び初例を挙示せん」とあって、職名の意味というよりは、任命された最初の事例を挙げることを目的としているようである。よって、この連載では、本書の内容を見つつ、各役職の意義については、当方で調べて、学びとしたい。今回の記事だが、他とは異なる記載をした一節だったので、見ておきたい。一依止闍黎唐末に多く受依止の闍黎一員を立て、亦、法主と称す。宋朝、秉律員位、最も高き者を宗主と号す。亦、同じきなり。依止闍黎、或いは勅補の者に当たる〈云云〉。私に謂わく、明律、五徳を具して、能く僧の父母と為るに堪たる者を依止の闍黎と為るなり。『緇門正儀』...「第一官律名義弁」其十二(釈雲照律師『緇門正儀』を学ぶ・12)
この連載を続けていて、少し気になることがあった。この連載は、「僧位・僧官」についての記事をアップしているのだが、実は釈雲照律師が『緇門正儀』を刊行した明治13年までに、以下の布告があったはずなのである。○太政官布告第六十三号明治五年二月二十八日従来の僧位・僧官等、永宣示を以て諸寺院より差許置候分、自今総て廃止せられ候條、此の旨相心得、各府県管内寺院へ相達すべき事。米村鐐次郎編『現行社寺法令類纂』明治24年、2頁このように、「僧位・僧官」について、少なくとも国が定めていたようなものは、明治5年の段階で廃止されたということなのだろう。そうなると、雲照律師には、この辺の政策に対する何らかの意図があったのかな?と思えてくる。この辺、もし何か分かることがあれば、今後も検討したい。ということで、ここ数回、釈雲照律師『...「第一官律名義弁」其八(釈雲照律師『緇門正儀』を学ぶ・8)
ここ数回、釈雲照律師『緇門正儀』の「第一官律名義弁」の内容を見ている。なお、これは【1回目の記事】でも採り上げたように、「今略して、僧に位官を賜ひし和漢の官名、職名及び初例を挙示せん」とあって、職名の意味というよりは、任命された最初の事例を挙げることを目的としているようである。よって、この連載では、本書の内容を見つつ、各役職の意義については、当方で調べて、学びとしたい。一尼僧正并びに尼都維那・尼統宋の大始二年、尼宝賢に勅して、尼僧正と為す。又、法浄を以て京邑の尼都維那と為す。梁・陳・隋・唐、其の事少しなり。偏覇の国には往々、尼統・尼正の名を聞く。『緇門正儀』3丁表、訓読は原典を参照しつつ当方いわゆる女性僧侶である比丘尼についての僧官について述べたものだといえる。なお、上記一節の典拠は『大宋僧史略』巻中「二...「第一官律名義弁」其六(釈雲照律師『緇門正儀』を学ぶ・6)
ここ数回、釈雲照律師『緇門正儀』の「第一官律名義弁」の内容を見ている。なお、これは【1回目の記事】でも採り上げたように、「今略して、僧に位官を賜ひし和漢の官名、職名及び初例を挙示せん」とあって、職名の意味というよりは、任命された最初の事例を挙げることを目的としているようである。よって、この連載では、本書の内容を見つつ、各役職の意義については、当方で調べて、学びとしたい。一法主釈道猷は生公の弟子なり。孝武即位に至りて、勅して新安寺に住せしめて、鎮寺の法主と為す。又、法瑗を勅して、湘官寺の法主と為す。『緇門正儀』2丁裏、訓読は原典を参照しつつ当方現在、「法主」というと、現在の日本仏教の一部宗派では「宗派の代表」という印象を持つ単語ではあるが、上記内容からすると、寺院の代表くらいの意味合いであったことが分かる。...「第一官律名義弁」其四(釈雲照律師『緇門正儀』を学ぶ・4)
前々回から、釈雲照律師『緇門正儀』の「第一官律名義弁」の内容を見ている。なお、これは【1回目の記事】でも採り上げたように、「今略して、僧に位官を賜ひし和漢の官名、職名及び初例を挙示せん」とあって、職名の意味というよりは、任命された最初の事例を挙げることを目的としているようである。よって、この連載では、本書の内容を見つつ、各役職の意義については、当方で調べて、学びとしたい。一僧正秦主勅して道䂮〈一に僧䂮〉法師を選んで、僧正と為す〈徳望有る者を設く、法を以て之を縄し、正に帰せしむ、故に僧正と曰ふなり〉。『緇門正儀』2丁表、訓読は原典を参照しつつ当方まずは、日本でもおそらく知られているであろう、僧官の官位である。なお、「僧正」の場合は「大僧正」や「権僧正」など、付随した官位も存在していたが、まずは「僧正」そのも...「第一官律名義弁」其三(釈雲照律師『緇門正儀』を学ぶ・3)