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エレベーターで運ばれちまった五階には、ふしぎな光景がひろがっていた。郵便受けと同じ名義のネームプレートがかかったドアがある。長いながい廊下の両側に。「STUDIORAIN」と印字された金属製のプレートを掲げたドアが、等間隔にずらりと向こうまで並んでいるのだ。しかも、部屋番号がまったく無秩序に振られていた。手前にあったのが931号室、その向かいのドアは774号室、さらにその隣は564号室、斜め向かいに801号室といったふうに。薄暗い廊下は、人が歩くたびにセンサーが感知し、傘ひとり分の範囲の明るさを灯しては闇に呑み込まれていく。まるで蝋燭を掲げて、真っ暗な廊下を歩んでいるようだ。くさいだの、ななしだの、ころしだの、なんつう物騒なナンバーだっての。メガネ女に導かれてたどりついたのは、いちばん奥の向かって左側のド...神無月の巫女二次創作小説「アンサング・ヒロイン」(十四)
「くるすがわひめこ」メガネ女が郵便受けを漁っているあいだ、その名が書かれた傘はあたしの手首にかかっていた。そうなのだ。その傘を持っているからって、あたしは「くるすがわひめこ」なる者に変身したりもしない。持ち物は持ち主を保証しない。売れっ子アイドルの名の入ったグッズを持ってるからって、アイドルが飲み食いしているものを口にしたからって、輝けたりもしないのに。髪形や化粧品やファッションを真似したって、そのひとにはなれっこないのに。そんな残酷な真実、アイドルが考えたらいけないこと。あたしたち、アイドルはその名前で、ファンに恋の魔法をかける。王国のなかの女王様になるのだ。でも、考えもしなかった。逆にアイドルが何の変哲もない一般人の名前を持ちあるいたとしたら、どうなるのか、を。ただの有名人に似た素人扱いでスルーされる...神無月の巫女二次創作小説「アンサング・ヒロイン」(十三)
アイドルは全身が売り物だ。毎日毎時間毎分毎秒が本番勝負。事務所と契約したその日から、自分は筋書きのあるイメージの権化そのもの。不本意なキャラを演じなけりゃならない。食わず嫌いは許されない。売れるためなら殴られても蹴られても笑え、身内の不幸さえもネタにしろ。雑巾で顔を拭き、汚物でもうまそうに食え。先輩や大物に逆らうな。内臓を売り飛ばす覚悟で生き抜いた奴だけが、巨万の富を手にできる――まさにそんなヤクザな世界だと知ったのは、数年たってからのことだった。ふつうの仕事師と違って、自宅でもアイドルをやめられない。この部屋は所属事務所の借り上げ。あたしの駆け出しアイドル人生は、4人の上下二段ベッド付き、トイレ、バス、キッチン共用の古い木造アパートからはじまった。デビュー二年目でやっと1LDK、オートロック付きのマンシ...神無月の巫女二次創作小説「アンサング・ヒロイン」(十一)
「でも、この傘は役に立ったでしょ。コンビニのビニール傘じゃこうはいかない」眼鏡の女は、いきなり子どもみたいに傘をくるりと半回転させた。あ、ヤバい!留め具がねじれるぐらいブンと回って、あたしのほうに水を撥ねる…!ところがこの女、回転の勢いがつきすぎた傘の縁を手でつまみ押さえて、品よく揺り戻していた。いっしょにびしょ濡れになって笑いあってしまう、そんなうっすいラブコメみたいな間柄になるほど、こいつと気ごころしれたわけじゃないのだ。なんども言うが、この女の子女の子した傘がこの謎のオタクじみたオンナには心底似合わないったらありゃしないっての。だからといって――。「コンビニの傘なんて、死んだって買うもんか。あんな、クッソだっさいの!」「透け感のある素材は絵映えしない。線が浮きまくる」「そうよ、レインコートがファッシ...神無月の巫女二次創作小説「アンサング・ヒロイン」(十)
通行人に顔を見られたらヤバい。とっさに逃げようとしたあたし、なぜか足は前を向くのに腕が追いつかない。袖をむんずと掴まれていたのだ。まずい!「ちょっ、アンタ!まだあたしに絡もうっての?」「静かに。騒ぐと警察の厄介になる」後半はどう聞いても脅し。あたしは血の気が引いた。ぬかるみに足を突っ込んだみたいに立っていられなくなる。大歓声、バックダンサー、アップテンポのバンド、くるくる回る照明、拍手喝さい、銀河のようなペンライト……かつての、これからの、華やかなステージの熱狂が遠ざかっていく。膝がしらの裏を思いきりカックンされた。ふらつきかけたら、腰に手を回していたりする。いやいや、ちょっと待て。なぜ、こいつと腕を組む必要がある?知り合ってまだ数分なんだぞ?アイドルにここまで馴れ馴れしく近づく奴は覚えがない。歌え、喋れ...神無月の巫女二次創作小説「アンサング・ヒロイン」(九)
臆病な青びょうたんぶりなのに、黒っぽいビール瓶みたいにハラの中が透けて見えない。気味の悪いオンナだ。とにかく、あの目つきが気に入らない。ホルマリン漬けのカエルを観察している解剖学者のような、もしくはまな板に乗せられた魚をどう捌こうかと見下ろしている料理人みたいな、温かみの欠片も滲ませないまなざしだ。こいつの鏡には、笑顔などお目にかかったことがないだろう。眼鏡をかけてる奴はたいがいレンズで目の回りの温度が抜けて、冷たい感じがするけれど、こいつは格別そう見える。なにせその口もハンパなく悪い。しかもなぜか、こういう弱っちいの限って、向こう見ずな勇気があったりする。自分より大柄な相手を見るや、湧き上がってくる劣等感をとりつくろうとして、わざと小馬鹿にした態度をとるといった具合だ。「歌ってるときの顔は、あんまりかわ...神無月の巫女二次創作小説「アンサング・ヒロイン」(八)
ふと、なにげなく横を見て、目が点になった。ベレー帽をかぶった奇妙な通行人がしゃがみこんで、サムズアップしている。正しくいうと、あたしに向かってHBの鉛筆を立てていた。「あ…?なに?!」あたしの視線に気づいても、そいつは動じることなくスケッチブックに目を戻し、鉛筆をさらさらと滑らせている。鉛筆の持ち方が達人っぽくてなかなか堂に入ってる。興味をひかれて絵を覗こうと近づこうとしたら、また縦にした鉛筆で制された。「動かないで。いま、ちょうどいいところなんだから」声はかすれているが、その高さから女だと分かる。「ハァ?」「だめっ!さっきみたいにテレビのほう向いて。ガラスに指くっつけて、もっと顎はひいて」まるで指揮者みたいに、女は指先をくるくる回しながら、あたしにあれこれと指示をだした。顎の引き方はこうね、と顎をしゃく...神無月の巫女二次創作小説「アンサング・ヒロイン」(七)
古いブラウン管のほうには、花嫁の幼年時代が映しだされた。歩行器に支えられているつなぎの服を着た三歳。ブランコに乗ってあそぶ幼女。ランドセルを背負って小学校の前に立つ少女。受賞楯を手にして優雅に微笑んでいる中学生。美しさにさらに磨きがかかった高校時代。そして、アイドルデヴューのとき。あのバックダンサーのなかにいたひとりがあたしだった。ひとりでに拳がふるえていた。ぎりぎりと噛みしめた奥歯が無性に痛い。今のあたしはどうだ。湿気でヘアスタイルはぐちゃぐちゃになりかけてる。濡れた縄みたいにもつれそうなツインテール。マニキュアは剥がれかけてて、化粧品は試供品か、そこらのドラッグストアで買った安物ばかりだ。「おめでと。しずく…幸せにね」白い息を吐くと、透明なてのひらが白く縁取りされていた。そこにいたことを誰かに知らせる...神無月の巫女二次創作小説「アンサング・ヒロイン」(六)
急に降り始めた雨に追い立てられるようにして逃げこんだのが、運悪く商店街の電器屋の前。電器屋はひと世代遅れたモデルのテレビをバーゲンしてるらしくて、ウインドウにはところ狭しとブラウン管が並べられていた。その周囲には色褪せた梱包の箱と古めかしいオーディオデッキが、その周りを固めていた。予定では五年後とやらに、地上波デジタル放送がはじまる。新放送対応のモデルも横に並んで発売されていたが、値段が古いものと一桁違う。あまり買われているふうではなかった。陳列されたテレビはすべて違うチャンネルを映しだしていて、観ていてなんだか得した気分になっていた。それで雨が上がるまでの暇つぶしに観ようとしたのがまちがい。ばらばらだった、その画面がいっせいに切り替わって特別報道番組にかわる。バージンロードを歩んだ花嫁をむかえて花婿が微...神無月の巫女二次創作小説「アンサング・ヒロイン」(五)
邪神ヤマタノオロチの復活が近い。八の首がすぐそばに迫っている。そんな重大な事実をさらっと、こんな甘い夜のあとで言ってしまえるなんて。そんなのずるい。私はまだまだこの余韻に浸っていたいというのに。噛みしめられた痛さもわからぬほど、千歌音の下唇はへこんでいた。「わたしと千歌音はいっしょにいなければいけないわ」知っている、そんなことは。三の首戦での鐘の中に囚われた時の心細かったこと。姫庫(ひめぐら)に閉じ込められていた時の闇よりも、何倍も何万倍もすえ恐ろしかった。孤独だからではない。姫子がたったひとりで戦ってくれていたことが、怖かったのだ。もしその鐘が開いたときに、目にしたものが愛する者の元気な姿ではないのだとしたら、光りさす世界に戻れたとしてもどんな喜びがあるというのか。もう、この世界にひとりだけ取り残される...神無月の巫女二次創作小説「夜の狽(おおかみ)」(二十一)
「音楽は耳を傾けてくれる聴衆がいてこそ成り立つものよ。お客さまは忙しい合間を縫って、人生の一瞬を預けにいらしてるの。その貴重な時間をいいかげんにやり過ごそうとしたなんて、プロとして失格ね」女の声がくわん、くわん響く。ほんっとに目障りなオンナだ。声だけでもそうとううっとおしい。どうせただのピアノ弾き。歌って弾けるほどじゃなきゃ芸能界では生きていけない。せいぜい、その芸術家魂とやらを大事にあたためて、金持ち連中だけ喜ばせとけばいい。「楽器の演奏よりも、歌唱は自分でコントロールできたと思ってるのね?だとしたら大間違いよ」オンナはまるで、あたしの脳みそを覗きこんだみたいに言う。「楽器なんて、高価なの揃えりゃそりゃ音だって違うじゃない。ストラディバリなんとかっていうバイオリンとか」「ストラディバリウスは名器だけれど...神無月の巫女二次創作小説「アンサング・ヒロイン」(四)
★★★神無月の巫女二次創作小説「夜の狽(おおかみ)」第二十一話 更新(了)★★★(2023/11/11)
神無月が終わってもひめちか愛はエターナル!!********神無月の巫女二次創作小説「夜の狽(おおかみ)」第二十一話:巫女の決意「一秒後、あなたの心臓はおさまる。一分後、あなたは涙をとめる。一時間後、あなたはわたしと静かな月光のなかで甘やかな眠りに落ちる。一日後、あなたは朝陽を背にして、凛として立ちあがる。ひと月後、あなたはわたしと素敵な新しい人生を晴れやかに歩む。百年も千年もたてば、わたしたち巫女は伝説になる――さあ、千歌音、息を整えて。これを数えるの」([神無月の巫女二次小説其の一]→「夜顔」(目次)→「夜の狽(おおかみ)」)********おろち討伐が佳境を迎えつつある、大正十二年の夏ざかり。姫子と千歌音の住まう大神神社に、おろち衆が牙を剥いて襲い掛かる。そして、ふたりの巫女を襲う絶望の瞬間が――…...★★★神無月の巫女二次創作小説「夜の狽(おおかみ)」第二十一話更新(了)★★★(2023/11/11)
千歌音はやにわに上体を起こして、姫子の心の臓に耳をそばだてる。聞こえない、何も。かつて姫子は「神に肝を喰われたことがある」と言っていた。その神とはおそらく、あの邪神ヤマタノオロチの手先の巨神(おほちがみ)なのだろう。だとしたら、月の巫女である自分が洞窟でまみえたあの白銀の鎧の女神の正体は――…?タケノヤミカヅチを側にかしづかせていた、あの女神は…?いいや、おばあさま生き写しのお声のあの神々しい存在が禍(まが)であるはずもなかろう。姫子の体中には、不穏な痣があちこちに現れる。なに、これ…?もちろん、千歌音が口吸いした痕ではない。必死に口づけをして息を送り、揺すってみたが、人形のように動かない。三の首戦で姫子に表れたおろち衆と同じ痣――蛇の鱗を、鐘の中に隠されていた千歌音は知らずじまいだった。だから、知らなか...神無月の巫女二次創作小説「夜の狽(おおかみ)」(二〇)
(介錯@Kai_Seven_2023年10月1日のつぶやきより)2023年は神無月の巫女19周年記念!ファンの間では10月1日が主人公の来栖川姫子と、姫宮千歌音の誕生日と認定されていますが。アニメの初放映日はSNS経由の情報によれば、10月2日なのだそうです。へ~、そうなんだ。これは最近、百合もの×ロボットアニメの食い合わせとして引き合いに出された「機動戦士ガンダム水星の魔女」もそうらしくて。2004年10月2日は何曜日?ウェブ調べでは土曜日だったそうです。私が当時地上波で観たKBS京都は、月曜深夜だった記憶がありますけどね。実質火曜日か?それはともかく、今年の神無月のはじめ。公式サイドからは嬉しいサプライズ。なんと、神無月の巫女大正編についての、つぶやき。2021年末の姫神の巫女公式同人誌「HIMEGA...大正版神無月の巫女を公式でぜひとも!
ご褒美をあげよう、と姫子が言ったのはほんとうだった。上目遣いにしっとりと頬を包んで、しなだれながら姫子が甘えた声で、濡れきった瞳で。その水晶のような瞳には、もう逆らえないような艶っぽさがある。「千歌音…。わたしを、あなたの女にして…」「私が最初で、最後に愛したのは…姫子、貴女だけよ」千歌音は瞳を閉じて、額をくっつけあった。重なるのが唇になるのに時間はかからなかった。こんな場所でと思う気持ちはなかった。二人が燃えあがったいまだからこそ、できることがある。血の池と思った水はいつのまにか、清らかな花の揺れまどうおおきな蓮池に変貌していた。膝をつけば首が出て、立てば腰が隠れるぐらいの深さがある。口づけを深くなんども交わしあい、首を撫でながら、ふたりはかわるがわるに互いの肌をさらしていった。水の冷たさももはや感じな...神無月の巫女二次創作小説「夜の狽(おおかみ)」(十九)
「コロナさん、お久しぶりね」「く…っ、姫宮千歌音。会いたかなかったわよ、あんたなんかと」昨年の某学園の学園祭で出会った黒髪のオンナ。肌は抜けるように真っ白け、まるで陽を浴びたことがないみたい。舞台の上の拍手喝采はみんなこいつにだけ集まっていた。「最近はピアノの独奏だけじゃなくて、編曲のご依頼も多くてね。あなたの分も修正してさしあげたから聞きよくなったはずですけれど?」美人で虫も殺さないような優雅な顔つきをして、しっかりと嫌みを聞かせるのを忘れない。こいつは、そういうやつだった。あたしが丹念に作詞作曲した楽曲がかってに変更されていたのだ。ストリートミュージシャンでならしたあたしの渾身の作。路上の聴衆にはバカ受けだった、あの名曲を。学園の雰囲気に相応しくないという、ただそれだけの理由で。許可もなく、いじって別...神無月の巫女二次創作小説「アンサング・ヒロイン」(三)
ひさびさにあの洞窟に入ったのは、八月近くのことだった。夏の盛りのひぐらしの声はますますかまびすしく、空気は熱っぽい。息をするだけでも喉が灼けそうでたまらない猛暑日が、三の首の事件以来続いていたのだった。洞窟内はひんやりとして涼しく、練習としても避暑地としてもうってつけの場所だった。「さあて今日は、新しい修行をしましょう。おろち戦に備えて、千歌音の弱いところを鍛えるの」そう明るめに言われたものの。いったい、何をさせられるのやら、と千歌音の心配顔。いま、千歌音は布で目を覆われたまま、木刀を持たされたまま立っている。暗闇のなかで、どの方角から何が飛んでくるのかわからない。月の巫女、姫宮千歌音の弱点それは、不測の事態に動じやすすぎるし、予測しすぎてあらぬ不安を呼び込んでしまい、ほんらいの巫女としての実力が出せない...神無月の巫女二次創作小説「夜の狽(おおかみ)」(十八)
***いまでも、ちゃんと憶えてる。あの日は、ものすごいどしゃぶりだった。ほんとに、腹が立つぐらいのひどい雨だった。週のど真ん中だというのに、週末の予定も埋まっていない、寂しい水曜日だった。朝の天気予報なんていちいちチェックする習慣がなかったからじゃなくて、その日だけ一日中テレビを観ることから逃れていたかったのかもしれない。雨なんか嫌いだった。大嫌いだった。あたし、ずっと晴れオンナって思っていたのに。なにかいいことある日はかならず、からっとお陽様が照っている日ばかりだった。天気のいい日は、あたしの絶好調だった。曇りがちな空だってのに、六月の街は活気づいていた。若葉は青々と繁り、街路脇にある信号機を隠してしまったり、電線に絡みついたりするほど獰猛だった。ただでさえ枝を広げまくる木がのさぼっているというのに、ダ...神無月の巫女二次創作小説「アンサング・ヒロイン」(二)
いまここで、おろちの神機を分析してみよう。三の首の機体ヒノアシナズチは右腕のみが大きくなった鉄腕のみ。鐘を突き落とすだけの単調な攻撃だった。二の首の観音型は村を襲った時に千歌音が遭遇したものだったが、タケノヤミカヅチにはもはや力で負けていた。四の首はムカデのような機体、五の首は火炎土器を模した形で合体して攻撃してきたが、なぜか途中から仲間割れをおこして共倒れになった。六の首機は猫の目が複数開いた気味の悪いものだったが、それでも巫女の操るタケノヤミカヅチの敵ではなかった。おろち衆の者たちのこふるまいにつき不思議だったのは、姫子が投げた桜桃(ゆすらうめ)の種を怖がって、避けていたことだった。「それにしても、あまりにも都合がよすぎるわね」姫子がしきりと小首をかしげている。千歌音がその姿勢に瞳を寄せる。独り言ちて...神無月の巫女二次創作小説「夜の狽(おおかみ)」(十七)
私は今でも思い出す――小学生の時の家庭科室で。青いキュウリを持った痩せぎすな私を、クラスのみんなが冷ややかに見つめていたことを。その日の調理メニューは甘ったるいフルーツポンチ。私の手にあるべきは、キウイでなければならなかったのだ。そのときの私はなにをとち狂っていたのだろう。いつも、私の耳のなかでは、ざあざあ振りの雨が止まない。なぜだろう。耳の中はいつも湿っていて、沼地のようにじとじとで気持ちが悪い。他人の声は途切れて、ずたずたになっていくのだ。日本語のはずなのに外国語みたいに聞こえたりもする。会話はいつも虫食いだらけだった。だから、私もワンフレーズしか喋られなくなった。親にはいつも、話を聞かない頭の悪い子だと呆れられていた。グループ学習や昼の給食は恐怖の時間だった。私だけがいつも会話から置き去りにされたの...神無月の巫女二次創作小説「アンサング・ヒロイン」(一)
★★★神無月の巫女二次創作小説「アンサング・ヒロイン」 掲載開始★★★(2023/10/08)
神無月の巫女二次創作小説「アンサング・ヒロイン」をお届けします。本作は、2011年あたりから随時掲載していた「ミス・レイン・レイン」シリーズ(神無月の巫女二次創作小説第十一弾)の第三章にあたります。五章ぐらいまで構想していたのですが、まとまらないので、このたび第三章で打ち切りにしました。売れないアイドルのコロナと売れっ子漫画家のレーコは同棲中。喧嘩するほど仲がいいコンビの二人の出会いを妄想した中編です。お馴染みの姫子やら、千歌音ちゃんやらもゲストで登場してきます。最終章の本章は全25話の予定。「神無月の巫女二次小説其の一」→「ミス・レイン・レイン(目次)」がアクセス経路になります。(構想執筆2008年11月3日より、第三章公開は2023年10月8日より)【関連記事】◆神無月の巫女二次小説其の一◆神無月の巫...★★★神無月の巫女二次創作小説「アンサング・ヒロイン」掲載開始★★★(2023/10/08)
神無月の巫女二次創作小説「アンサング・ヒロイン」をお届けします。本作は、2011年あたりから随時掲載していた「ミス・レイン・レイン」シリーズ(神無月の巫女二次創作小説第十一弾)の第三章にあたります。五章ぐらいまで構想していたのですが、まとまらないので、このたび第三章で打ち切りにしました。売れないアイドルのコロナと売れっ子漫画家のレーコは同棲中。喧嘩するほど仲がいいコンビの二人の出会いを妄想した中編です。お馴染みの姫子やら、千歌音ちゃんやらもゲストで登場してきます。最終章の本章は全25話の予定。なお、執筆当時はアニメ本放送時の2004年を軸に考えていたので、生活アイテムがやや古くさく見えます。あと、この同名タイトルの漫画(ドラマ化されたはず)が存在するようですが、それ以前に書いていたのでまったくの無関係です...【序】神無月の巫女二次創作小説「アンサング・ヒロイン」
*****おろち衆三の首の襲撃から、数日後。大神神社の復興はつつがなく進んでいたのだった。村に住まう腕利きの職人たちが舗装路を修復してくれ、姫宮家ふくめた富裕者からの寄贈も募られたからだった。職人たちは辛抱強い仕事師だった。村のあちこちが神の手で壊されても崩されても、蟻の巣のように、それはすこしずつ修正されていった。どんなに戦禍であってもあきらめず幸福を掴もうとする人間の手は、ちいさくとも偉大だった。九鬼騎四郎はすでに事故死として扱われていたので、おろち衆一の首であったことすらも誰も驚かなかった。姫宮家は九鬼家と離縁してしまい、おろち衆とは無関係の立場を貫いた。あいかわらずの保身ぶりに、千歌音はいまさらながら呆れていたのだった。生きているうちは海軍将校さまよとありがたがられたのに、イザ死んでしまったら何も...神無月の巫女二次創作小説「夜の狽(おおかみ)」(十六)
★★★神無月の巫女二次創作小説「夜の狽(おおかみ)」第十九話 更新★★★(2023/10/28)
********いよいよ神無月!!2023年も月と地球と太陽と元気があれば、それでイイ!神無月の巫女二次創作小説「夜の狽(おおかみ)」第十九話:巫女の夜こんなことは珍しい。姫子のほうが眠りに落ちていた、だなんて。唇をすこし半開きにして笑っているように見える。なんだか嬉しそうで、こちらも幸せな気分になれる。ただひとり、このひとが側にいるだけで、私の夜はもう寂しくなんかない。([神無月の巫女二次小説其の一]→「夜顔」(目次)→「夜の狽(おおかみ)」)********おろち討伐が佳境を迎えつつある、大正十二年の夏ざかり。姫子と千歌音の住まう大神神社に、おろち衆が牙を剥いて襲い掛かる。そして、ふたりの巫女を襲う絶望の瞬間が――…。神無月の巫女二次創作小説第十弾「夜顔」シリーズ十六の章。二次創作小説の目録です。「●...★★★神無月の巫女二次創作小説「夜の狽(おおかみ)」第十九話更新★★★(2023/10/28)
おろち衆三の首。その現世の名は、大神万丈(まとも)。いたずら好きで、賭け事好きで、さんざんひとを侮り翻弄したした小鬼のような彼は、いまあっけなく消滅した。その最期にはもはや何も残らなかった。誰がこの齢十歳の人生の悲哀を知るだろうか。ついに、葬式も出されなかった、たった一人で死んだ悲しい男児。人間に生まれながら、人間のまま死ぬことが許されなかった悲劇の子ども。誰が、この痛ましい魂を浄化するのだろうか。倒れたまま息を吹き返さない大神老人は、孫息子の最期を知らない。入れ歯の父は壊れたままで声を失った。そして――――大神壱之新の介護をしていたある女が、ふらふらと立ち上がり、よろめきながら、男児の消えた場所へと向かう。誰もそれをとめることができない。女はかぶっていた聖なる覆いを脱ぎ捨て、髪を振り乱し狂女のように揺ら...神無月の巫女二次創作小説「夜の狽(おおかみ)」(十五)
「君たちね、いったい何を言っているの。僕にはもう帰っていいおうちなんてないんだよ。父さんも母さんもいなくなってしまった。おじいちゃんはもうたぶん駄目だ。脳がすっかりいかれてるよ。生きながら、とっくに死んでるのと同じなんだ。そんな薄汚い入れ歯を、僕は父さんて呼んでありがたがって暮らすの?いっしょに遊ぶったって、なにをするんだ?昔の僕が知っていた、あの退屈じみた世界はもうここにはないよ。月にさらわれて帰ってきた異星人みたいなもんだ。僕はもう、まともになれっこないんだ。僕は頭がいいんだ、それくらいの未来ぐらいわかる。ふざけてるよ、冗談じゃないよ、それに…」泣きじゃくりながら少年は、姫子の首に抱きついた赤子をきっとばかりに睨みつけた。そうまが怯えて、わあわあと火のついたように泣き叫ぶ。泣いているのは、そうまなのか...神無月の巫女二次創作小説「夜の狽(おおかみ)」(十四)
「おろちを殺せ!おろちを殺せ!つるし上げろ!」「いや待て!こいつを生かしておけ」「まだ、ほんの子供じゃないか。許してあげてもいいんじゃないかい」「だが、うちの子はこいつらの餌食にされたんだ!」「俺の子だって、さらわれて帰ってこないぜ。なんでこいつだけ、見逃すんだ!とっちめてやらねえと腹の虫がおさまらねえぞ」「でも、大神さまんとこの坊主だっていうじゃないか…。あんまりだよ、そりゃ」村人たちは口々に罵り合っている。襟をつかんで殴りかからんばかりの者まで出はじめる始末。おろち討伐のために訓練をして結成され、地下壕での避難誘導までして一致団結したはずの人びと。ひとつの嚢(ふくろ)に入ったかのような彼らのまとまった心は、いま割かれて流れ出す砂のように、あっけなく脆くも崩れ去ろうとしている。その喧騒を打ち破ったのは、...神無月の巫女二次創作小説「夜の狽(おおかみ)」(十三)
★★★神無月の巫女二次創作小説「夜の狽(おおかみ)」第十四話 更新★★★(2023/09/23)
********電子漫画版「姫神の巫女」NOWONSALE!!そろそろ神無月ですしね(^^♪https://t.co/eBdl6aYCMr姫神の巫女セール中の様です。神無月の巫女好きな方にどうぞ—介錯(セブン)(@Kai_Seven_)September21,2023神無月の巫女二次創作小説「夜の狽(おおかみ)」第十四話:巫女の命救いひとは死んでから価値が芽生えるのではない。どんなにもがいて、あがいて、みっともない、そんな生き様だとしても、そのひとなりの価値がある。だからこそ、どんな命の終わりにも、巫女は、巫女たる者はその尊厳をまもるべき弔いをせねばならないのだ。([神無月の巫女二次小説其の一]→「夜顔」(目次)→「夜の狽(おおかみ)」)********おろち討伐が佳境を迎えつつある、大正十二年の夏ざかり...★★★神無月の巫女二次創作小説「夜の狽(おおかみ)」第十四話更新★★★(2023/09/23)
「あなたは、自分が合理的で賢いと思っている。だけど、知恵がない蟲(むし)にさえひしゃげられる命がいくらもあることぐらい、知った方がいいわ。壁で区切られて、明るい場所へ出られなかった命の重みを感じなさいな。星屑といっていいほど、人ひとりの輝きはちいさくはないの」首うなだれて今おろち三の首の少年は、おおぜいの群衆に取り囲まれていた。後ろ手に縄で縛られて、泣きべそを浮かべている。瞳の下にある痣が濡れて、いくども塗り重ねたかのごとく、いちだんと濃くなっている。だから、なおさら情けない顔になっている。黒い涙が流れて、墨を流したようだった。なんどもなんどもごめんなさいを言い連ねて、子どもらしく謝っている。千歌音も姫子もどこか、その姿にそれ以上、責める気にはなれなかった。かつて自分たちも、こうした大衆の非難の目にさらさ...神無月の巫女二次創作小説「夜の狽(おおかみ)」(十二)
おろち衆三の首の少年は、全身が総毛だっていくのが分かった。かつて、これほどの恐怖心を感じたことがあっただろうか。少年は気持ちがぐらついたときに、前髪をいじってひっぱる癖がある。彼の前髪の真ん中だけ、奇妙に長くなっているのはそのためだった。花札を握れば連戦連勝、骰子(さいころ)を振らす目だって、読み誤ったことなどない。富籤(とみくじ)はいつも大吉ばかりで、悪いほうに外れたことなどなかった。最近は、おろち衆七の首だったはずのあの熊のような男から、麻雀でがっぽり金を巻き上げたばかりだった。欲にまみれた奴の行動は読みやすい。たいがいは、揺さぶりかけたら、こちらの術中にはまってくれる。子どものふりして飲食をしても、賭け事をもちだしてかならず勝つから、払ったことなどなかった。なのに、なぜ、こんなに負け続ける――?!し...神無月の巫女二次創作小説「夜の狽(おおかみ)」(十一)
おもむろに姫子は胸もとに手を突っ込むと、骰子(さいころ)を取り出した。千歌音が目を丸くする。先刻まで、そうまと遊んでいた道具だった。うっかり口に入れようとするので、姫子が胸に隠したまま持ってきたのだろう。赤子は認知能力が弱いから、隠したものはどこかに消えてなくなったと思い込むのだ。だが、この差し迫った状況下、そんなちゃちなものでどう戦うというのか。「ねえ、三の首。これで遊んでみない?あなた賢いから、賭け事、大好きなんでしょ?」「ははぁん、花札で負けたことない僕に挑むっての?お姉さん、無謀だねえ」そうは言いながら、この少年なかなか乗り気なようで、ぱきりぽきりと指を鳴らしながらも、「で、何を賭けるの?」「そうね、まずはわたしたちの大事な人にかぶせた鐘をどけてちょうだいな」「へえ、最初から負ける気がないんだね。...神無月の巫女二次創作小説「夜の狽(おおかみ)」(九)
「どうだい、千歌音さん。千涯(ちはて)さんといったっけ?君の母上の仇をとってあげたんだよ。褒めてほしいな」千季さまが鐘にとらわれているのが、せめてもの幸いだわ。千歌音はこの事態にも、そんなことを思い及んでしまう。かつての姉巫女に知られたくはなかった。汚された身で生まれた自分が、世界を救う清純な血筋の月の巫女を名乗るという矛盾に、千歌音は耐えられなかったのだった。めまいがしそうになってふらつく千歌音を支えながらも、姫子が言葉を投げつける。「その男は、おろち衆一の首だったはず。味方の寝首を搔くとは、あなたがたには組織の団結がないの?」「なあに、言ってんだか。だまし討ちは僕たちの十八番(おはこ)。おろちの同胞(はらから)?闇わだから生まれたきょうだい?同じ邪神を崇める信徒?そんなもの、僕にとっちゃあどうでもいい...神無月の巫女二次創作小説「夜の狽(おおかみ)」(八)
「あらら、外れちゃったぁ。お姉ちゃん、あんがい、すばっしこいんだねえ。僕、びっくりしちゃったあ」姫子に抱きかかえられるようにして立ち上がった千歌音。とっさのことで、すこし左足を挫いてしまったのか、びっこを引いている。痛みと苦みがないまぜになって、千歌音は顔をしかめた。まさか、あんな年端もいかぬ男の子が?!にわかに信じがたいが、姫子の言葉でそれは現実になった。「おろち衆も人手不足なの?あなたみたいな小僧を使うなんて姑息ね」「若いからって侮るほうが馬鹿なんじゃないの」「まあ、そうね。すっかり、だまされちゃったじゃない」そうはいいながら、姫子はすっかり闘気をあらわにしているのか。手をかざして召喚した巫女の御神刀をすぐさま抜いて、鞘は袴の帯にさしている。様子見の姫子にしては珍しいが、相方の千歌音が迅速に動けないと...神無月の巫女二次創作小説「夜の狽(おおかみ)」(七)
「ごめん申す。ちと宿借りを願いたいのだが――」梅雨時の雨上がりの境内は、執拗に葉がはりついてなかなか掃除しづらい。丹念に参道を掃き清めていた姫子と千歌音、おとないのその声に同時に振り向く。あまりにも揃っていたものだから、おかしくて、ふたりで目を合わせ、くすりと笑ってしまった。祝詞合わせでなくとも、箸の上げ下ろしまで、息ぴったりになったこのふたりである。大神神社に賓客(まろうど)が訪れることは、この頃、珍しくない。この二人の巫女を拝みたくて訪れるという輩もいるくらいなのだ。馴染みの客人が訪れると、真っ先に姫子の居場所を自分に問われるのが、千歌音にはすこぶる嬉しかった。ふたりで居ないのが珍しがられるのだ。風来坊の姫子が居なくなったら、探し当てられるのは自分だけ。この神社では誰もがそう認識している。そして、姫子...神無月の巫女二次創作小説「夜の狽(おおかみ)」(六)
巨神(おほちがみ)討伐をはじめてから、千歌音は姫宮家本邸を離れて、姫子と共に大神神社に宿直することになっていた。起居を共にすることで、姫子と千歌音の巫女として能力は、よりいっそう高まった。辛く厳しい戦いの日々であったが、姫子と過ごす時間が増えることは、千歌音にとってはおおきな喜びだった。ときは七月七日。七夕祭りで忙しい時節である。大神神社の境内にも、めずらしく色鮮やかな短冊のついた笹竹が飾られていた。神社の主はほくほく顔で男児を抱え、あやしては散歩をしている。ふだんは静謐で辛気くさいはずの神社の建物も、どこか乳くさい匂いが流れているのだった。毎日、乳がゆをつくるのが老いた主の日課になった。「今年のお盆は賑わしくなりそうじゃの。これも巫女どのの働きのおかげじゃて」一時期、骨折して寝たきりになっていた大神壱之...神無月の巫女二次創作小説「夜の狽(おおかみ)」(五)
****「日輪光裂大撃破ァアアアアア――ッ!!」武者姿の神機タケノヤミカズチの雄たけびが響きわたり、おろち衆の駆る神機がからくも退散する。雲をかき分け一直線に貫く光りの御柱が昇り、巨神(おほちがみ)はあっけなく空へとかき消えた。陽の巫女、月の巫女両名共に会心の笑みがやどる。背負われていた赤子は、疲れたのか、満足したように眠りに落ちたのだった。剣の巫女としての資格をやっと得た千歌音と、すでに先輩格の姫子によるおろち神退治は、その後、つつがなく進んでいた。巨体と思えていたあの魔神も、姫子といっしょにいれば、畏れることなどなかった。姫子とともに、からだを鍛えて、並外れた跳躍力と膂力とを身につければ、山のような巨神(おほちがみ)であっても、その動きを封じることはできたのだ。姫子が言ったように、あのおろち神たちは、...神無月の巫女二次創作小説「夜の狽(おおかみ)」(四)
「その覚悟やよし。おぬしの望み叶えてやろう」「ほんとうに?やったぁ!」「ぬか喜びはまだ早い。さて、その代わりに供物が必要だ」「あ、ごめんごめん。さっきね、虫は鳥にさらわれちゃって。そうだ、この賽子(さいころ)はどうかな?僕の昔からのお気に入りでね、象牙づくりだからわりと貴重品なんだよ」またしても風が吹きつけてくる。まるで大きな巨人に鼻で笑われたかのような。「虫を失っただと。何を言う。貴様はまだ立派な虫をそこへ隠しているではないか」「…え?虫なんてもう一匹もいな…――ぐェッ!?」うっかり巾着の底にもう一匹入れておいたのだろうか?いぶかしみつつ懐に手を入れんとしたせつな、喉ぼとけの下あたりに鋭い痛みが走った。空中に真一文字になった剣、それに首を串刺しにされていたのだ。「何を寝ぼけておるのだ。おぬしはここに、立...神無月の巫女二次創作小説「夜の狽(おおかみ)」(三)
ヒメコサマ――その女神の名はこの古井戸の守り神。その名を唱えさえすれば、どんな罪だろうと祓われる。そう教えられてきた。命にも等しい宝ものを犠牲にさえすれば。「ひめこさま、ひめこさま!この僕を生まれ変わらせてください!僕はあの家から逃げるんだ、親の言いなりになんか生きたくない!好きなひとを傷つけたくないから逃げるんだ」ごぉおお。たちまち強風にあおられて、手の中が空っぽになった。これを釣瓶に落として、井戸に奉納する算段だったのに。あ、と思う間もなかった。一羽の夜鴉(よがらす)が飛んできて、なけなしのお供え品を奪われてしまったのだった。とっさのことで悔しまぎれの声も出なかった。鴉の胃袋におさまった虫は、その胎内であっけなく命を閉じるだろう。たとえ鴉自体が自由にどこへ行こうとも、それは虫みずからの意思でもない。た...神無月の巫女二次創作小説「夜の狽(おおかみ)」(二)
★★★神無月の巫女二次創作小説「夜の狽(おおかみ)」第一話 更新★★★(2023/07/09)
********神無月の巫女二次創作小説「夜の狽(おおかみ)」第一話:虫愛でる君の願い自分は虫が大好きだった。虫は神さまの使いなのだ。千年以上も昔からあのすがたを永遠に保ち、ときには甲羅のようなに頑丈で、ときには滑らかで節くれだったその細長い肢体を伸ばし、枝のあいだを縫い、草むらを闊歩する。さらには土を耕して豊かにしてくれもする。虫はやさしい。ひとのように腹が減らない限りはむやみな殺生をしない。虫は貪ることをわきまえている。蜘蛛だって、網にかかった獲物を必要以上に食い漁ったりはしない。蜜蜂は夫婦花(めおとばな)を仲立ちするために、花粉をからだに塗りつける。花は虫を養うために蜜をあふれさせる。虫を慈しめば、おのが種は生きながらえることを知っているからなのだ。この自然のいのちはすべて繋がっているのだ。([神無...★★★神無月の巫女二次創作小説「夜の狽(おおかみ)」第一話更新★★★(2023/07/09)
***ある晩夏の月明かりの夜、人気のない古井戸に小さな影がさした。この場所は、大好きな母親に教えてもらった場所だった。女ものの袴に小袖ならば、誰にも怪しまれはしなかった。なにせ自分は見目うるわしく、聡明そうで、いかにも神聖なこの杜に入り込んだとて、野良猫よろしくつまみ出されたりはしないだろうから。だが訪れてみたはいいが、いざどうやってお祈りの作法をしたものやらわからない。子どもは欲しいと決めたらまっしぐら。考えなしに、勝手に走り出してしまう。なにか大事な手順があったはずだが、思い出せない。ただ、ここが願事(ねぎごと)を叶えてくれる場所だということを聞きつけて、夜を忍んで辿り着いただけなのだ。いや、導かれたといったが正しいか。小水にたったおり、ふと何気なくひらひらと舞う蝶を追いかけてきてみれば、おのずと足が...神無月の巫女二次創作小説「夜の狽(おおかみ)」(一)
「お母さんがね、よく言っていたの。お月さまはみんながいずれ辿り着く場所だって…。そこには悲しさがなくて、優しさだけがいっぱいあるところなんだって」おろち討伐が佳境を迎えつつある、大正十二年の夏ざかり。姫子と千歌音の住まう大神神社に、おろち衆が牙を剥いて襲い掛かる。そして、ふたりの巫女を襲う絶望の瞬間が――…。神無月の巫女二次創作小説第十弾「夜顔」シリーズ十六の章。(2008年7月ごろ構想2023年7月8日より第十六章掲載)【神無月の巫女二次創作小説「夜顔」シリーズ(目次)】神無月の巫女二次創作小説「夜の狽(おおかみ)」(〇)
★★★神無月の巫女二次創作小説「最高の晩餐」の再構成★★★(2023.7.2)
拙ブログの神無月の巫女二次小説記念すべき第一作「最高の晩餐」について。スマホからでも読みやすいように、各話に直リンクの目次頁を設けました。拙ブログ準備段階から書き溜めていた初期作の一つで、わりと思い出深い作品だったりします。けれど、今からみると、なんだこのサブタイトルは!!!って賢者モードでつっこみたくなります。が、例によって若気の至りということでそのままにしてあります。なんと初出は2008年3月頃。この作品、当時、著名な神無月の巫女の二次創作サイト運営者さんからもコメントを戴いていました。私は字書きさんどうしとは競合する可能性もあるのと、感想の送り合い褒めあい合戦で時間を奪われるので、どの方とも失礼ながらあまり深くお付き合いしなかったのです。自分が欲しい感想がこなかったら、心外だと思われる方も多いみたい...★★★神無月の巫女二次創作小説「最高の晩餐」の再構成★★★(2023.7.2)
「鈴は笛にはなれない。鈴はきれいな愛らしい音を出すけれど、笛みたいにいろんな唄を吹けるわけではないわ。千の歌、千の音。千歌音という名前には、ひとつに定まらないという思いがこめられている」「ひとつではない…」「そう、わたしたちは巫女だけど。巫女だからといって、他人に聖者であることを求めてもいけないの。そんなこと言ってたら、みんな窮屈じゃない?」ああ、そうか。千歌音はいま腑に落ちたのだ。自分は他人が許せない。不都合で、不完全で、不愉快で、不足の、不利不明で。だが、哀しいかな、人とはそういう生きものだ。人間が理解できないから、許せないのだ。けれども姫子は違う。なぜ、この人がすべてに優しいのか。甘いのではない。受け入れなければ、自分の居場所がなくなってしまうからだ。月がひとりきりで輝いているのではないように、星屑...神無月の巫女二次創作小説「夜の蚕(ひめこ)」(二十五)
見上げていた月は、今宵は叢雲に覆われ気味で明るくはなかった。あの夜の月を、これまで、こうしてふたり並んで眺めたことが、何回あったことだろうか。「苦も晴れてのちの光と思うなよもとより空に有明の月──。誰が詠んだかご存じ?」「夢窓国師ね」「さすが、千歌音。月の大巫女様仕込みの教養は伊達じゃない」「悩みがとれたから空がきれいに見えるんじゃない。もとから空には明るい月があったのに、見えなくしていたのは自分の気持ち…なのね」「夜空には、いつも神さまの目が開いている。あの煌々とした光りは、ときにまばゆくなり、細くなり、またまあるく大きくもなって、この世をすべからくご覧になっている。あの光りが赤く染まるとき、わたしたちは──…。」縁側についた千歌音の指に指をすべりこませて、姫子がつぶやいた。真面目なことを言うのに、いつ...神無月の巫女二次創作小説「夜の蚕(ひめこ)」(二十四)
★★★神無月の巫女二次創作小説「夜の蚕(ひめこ)」第二十三話 更新★★★(2023/03/11)
アニメ京四郎と永遠の空もNBCユニバーサル公式でOP&EDが公開中です(^^♪🎊30周年記念🎊当社作品のOP/ED映像を毎日公開📺本日は、TVアニメ「#京四郎と永遠の空」OP映像(クロス*ハート/#CooRie)です!作品は2007年1月~放送されました😀OP映像と楽曲をお届けします♪https://t.co/hPhnZxpBqC#NBCAM30thpic.twitter.com/oZJG7l3LdB—NBCユニバーサルANIME×MUSIC公式(@nbc_anime_music)February21,2023🎊30周年記念🎊当社作品のOP/ED映像を毎日公開📺本日は、TVアニメ「#京四郎と永遠の空」ED映像(#微睡みの楽園/#Ceui)です!ED楽曲とED映像をお届けします!https://t.co/5...★★★神無月の巫女二次創作小説「夜の蚕(ひめこ)」第二十三話更新★★★(2023/03/11)
だめだ、これでは──あの忌まわしい夢のとおりになってしまう!千歌音の見た暗黒の夢、それは──どこか、いつかのふたりが、姫宮の洋館でいたした危険な一夜。巨神(おほちがみ)らしき機神のひかえる窓の側近く、ピアノを鳴らした巫女装束の千歌音が、姫子を引き寄せて…唇を奪い、服を裂いて、姫子の絶叫が響き渡り…──思い出したくはなかった。あの姫子は、魚になって優しく愛おしく見つめて触れあった内気そうな少女の姫子だった。魚と人間ではあれほど清らかな関係を結べたふたりが、なぜに、こうも愛憎みだれた絆で結ばれねばならないのか。あれが、まさか自分に眠る、自分のなかの劣情。姫子に抱く憧憬があんなに穢れたものであったはずがない。ひとのかたちをして生まれなおすことが、女として愛してしまうことが、私たちにとっては罪深いことなのだろうか...神無月の巫女二次創作小説「夜の蚕(ひめこ)」(二十三)
嫉妬は、そのひとを愛しているからこその証拠。自分の感情にしがみついているからこそ、生まれるのだ。千歌音の頬にさらりと伝うものがある。悔しい。誰に負けたとかではなく、屈したわけでもない。だのに、くち惜しい。神の怒りを鎮めたはずの自分が、あいもかわらず自分の感情の膿を持て余しているのが。こころの爛れはいつ治るのだろう。隣に腰をおろした姫子が、舌で涙を拭いとってくれる。それから、いつものように甘えた感じで抱きついてきて。這子になったのか、されているのか。他人の目があるときは姉ぶっているのに、千歌音だけの前ではまったく顔向きが違うのだ、姫子というひとは。千歌音が大人びてきたがために、今では姫子の方が幼げに見えることがある。正面に回りこんだ姫子は、千歌音に背中を預けてきた。いつもならば、姫子の方が背後から覆うように...神無月の巫女二次創作小説「夜の蚕(ひめこ)」(二十二)
──その夜、姫宮邸の自室に戻った千歌音は悶々としていた。夕食を済ませ、侍女たちも辞し、巫女の相方とふたりきりになった。このところ忙しい姫子が、夜に千歌音の側にきてくれたのは、嬉しくもあったが、反面、うしろめたかった。昼間のもの問いたげなまなざしが、瞼に張りついている。乙羽の不意な訪問で巫女修業の肉体疲労は癒されたはずだった。なのに、なにか違う瘧(おこり)にとりつかれているようである。千歌音の脳裏には、染みついて離れないことがあった。きょうの昼間に訪れた招かれざる客──あの男の手には大きなおろちの痣があった。あいつは間違いなくおろち衆のひとりなのだ。そして、あいつをこちら側に寝返らせること、それもまた姫子の策略なのだろう。しかし、千歌音には解せない。そのうえ、見逃せなかったのは──あいつの首から下げていたも...神無月の巫女二次創作小説「夜の蚕(ひめこ)」(二十一)
可愛らしい鳴き声の主。千歌音が何の気なしにそれを、水をすくうように手のひらでうけとめようとしところ――乙羽の目がたちまち鬼気として光ったのだった。殺気にあふれた目つき。その手には針がある。こんな乙羽を千歌音は知らなかった。くわ!と甲高く鳥の喚きのような声。今日は相棒のひよこのミカは連れていないはず、なのに。「いけません、お嬢さま!虫は不衛生にございます!おからだに障ります」「ええ、でも…。鈴虫には害はないし…」乙羽がいまにも針を飛ばして突き殺さんといったばかりの勢い。千歌音は手のひらに匿うように虫を包んで、庭先へ降り立った。どこかで鳥が狙っているのだろうか。襲われたらたまらない。虫はちょこんと芭蕉の葉の上に飛び移り、こちらを眺めつつ、なにやら嬉しそうに飛び跳ねまわり、歌い踊り、奥へと消えていった。なんとな...神無月の巫女二次創作小説「夜の蚕(ひめこ)」(二〇)
★★★神無月の巫女二次創作小説「夜の蚕(ひめこ)」第十九話 更新★★★(2023/02/11)
過去に原作者先生のブログで公開された塗り絵イラストを加工したものです。おそらく猫の日記念********神無月の巫女二次創作小説「夜の蚕(ひめこ)」第十九話:巫女の針山ふと、千歌音は乙羽が片付けている道具箱へと目を転じた。鍼の刺さった針山がある。ほんのりと桜いろをした、割れめのある、むにむにとした針山。布地とは思えないほどぬめぬめとしていて、艶やかに光った銀の針を収めている。糸が通されたものもあり、そうでないのもある。糸は透き通っていてほつれもなかった。針山にはうっすらと薔薇いろの筋のようなものが浮かび上がっている――ように見えた。変わった布地でも詰めているのだろか。それにしても、なにかに似ているような…。([神無月の巫女二次小説其の一]→「夜顔」(目次)→「夜の蚕(ひめこ)」)********時は大正、...★★★神無月の巫女二次創作小説「夜の蚕(ひめこ)」第十九話更新★★★(2023/02/11)