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本日は中国禅宗二祖慧可大師が、達磨大師の下で断臂した日として伝えられている。その様子については、既に【本日は慧可断臂の日(令和3年度版)】という記事で見たところである。そこで、今年は、あくまでも「断臂」という言葉が、その後の禅宗でどのように用いられたか、その一端を見ておきたい。上堂に云わく、黄梅の夜半、伝心の偈、少室巖前に断臂する時、肉剔りて瘡を作すも痛みを知らず、直に至り今の如きは是非を成ず、払子を以て禅床を撃ちて、下座す。『黄龍慧南禅師語録』中国臨済宗黄龍派の黄龍慧南禅師の語録から、上堂語を引用してみた。慧南禅師が上堂されていわれるには、黄梅山での夜半に、伝心の偈が詠まれた。それは、嵩山少林寺の少室峰の達磨大師が面壁九年していた巌前で、二祖が断臂したためであった。その時、肉を剔って、傷が出来ても、二祖...今日は慧可断臂の日(令和4年度版)