本番まで1ヶ月を切った。 そんな私が時々思い違いをすることがある。 うまく弾かなきゃいけない。 失敗してはいけない。 私の演奏、どう思われるんだろう? 不安だよ。怖いなぁ。 そうじゃない。 この曲は、こんな曲で、こんなところが素敵なんですよと、 自分がその曲を味わって、楽しむこと。 そうしなきゃ、何も伝わらない。 でもね…緊張状態になると、 どうしても、間違えたくない!が先行する。 そうじゃなくて、 聴いてくれる人が、素敵な曲だなとか いい曲だな~とか、 この曲弾いてみたいな!とか 何か感じるものを持ち帰ってくれたらいい。 あー。本番まで、 ちょっと前までは半年前だった
難しい曲は、世の中にいっぱい存在する。 その中で私が奮闘中なのは、 ショパンの「英雄ポロネーズ」。 今日は涼しかったのに、汗をかいちゃった。 本番、夏なんだけど、汗だくになるんじゃないかと… 英雄ポロネーズは、本当に輝かしくて、堂々としてて、かっこいい。 私の大好きなピアニストさんの英雄ポロネーズは、それはそれはかっこよくて、何回聴いても、惚れ惚れする。 あの演奏を聴くたびに、「このピアニストさんこそが英雄みたいだな」と思っていた。 その英雄ポロネーズに近づきたいんだけど、 あのかっこよさにはなかなか近づけない。 ピアニストさんと唯一の共通点は、英雄ポロネーズで汗をかいちゃ
私って、何かと何かが繋がるっていうこととか、 何かが腑に落ちるっていうことは、 だいたい時間がかかる。 目の前で、先生がこうおっしゃったから、とか、 目の前でこういう絵画を見たから、とか、 そういう経験をしても、 だいたい、最初は「ふーん。そうなんだー。」だけで終わる。 たいていの人はその場で気付きを得るのかもしれないけど、私は後からやってくるタイプらしい。 でも、そこから、また本を読んだり、 絵画を見たり、 曲を弾いてみたり、 何か他の体験が加わることで、 私のなかで熟成されて、 あれとこれが繋がる、 何かの発見になる。 私は恐ろしく手間がかかる人間だなぁと思う。 私は、
ドビュッシーの「アラベスク」。 この曲は、ピアノを習う人なら、だいたい通る道なのかなと思う。 この曲を一言で言うなら、 「美しい芸術品のような世界」なのかな。と思っていて。 昨日までの私は、 「美しい曲だから、美しく弾けばいい」 と思っていた。 でも、それだけじゃ足りなかった。 この曲を見直していて、感じたのは、 左手は小さく弾けば弾くほど、メロディーの美しさが際立つ。 左手は小さいとはいえ、ハーモニーの移り変わりを感じることが大事で、 それはアラベスク模様の変化するところと同じで、 そして、織物の糸が、ずっと続いていく美しさ、 アラベスク模様の、絨毯のような模様の、 あるいは、
作曲家が自分で書いたピアノ曲を、オーケストラ版に編曲している作品というのが存在する。 (逆パターンもあるらしい。) その場合、ピアノを弾くにあたって、 オーケストラ版を聴くと、参考になりますよ、 という文章を読んだことがある。 確かに、作曲家の中では、この楽器のイメージでメロディーを書いていたのか、とか こういう雰囲気をイメージしてたんだ、ということがわかって結構おもしろかったりする。 ただ、 ピアノ版とオーケストラ版で、表現が違ったり、音が違うことがある。 オーケストラという編成に合わせて、表現の仕方が少し変わっているのかな、と感じることもある。 ピアノ版ではあんなふうにしたか
ブラームスって深い。重厚。豊かで包容力がある。 などと聞くけど、 重厚なのはわかる。 確かに和音使いが低音にちょっと集中したり、 和音の層が厚いのは感じる。 でも、「深い」がわからなかった。 じゃぁ他の作曲家は深くないの?みんな深いよね?みたいな。 交響曲の第1番に20年もかけて作ったから深いの?みたいな。 重厚な音作りをするから深いの?みたいな。 どういうことか知りたくて、ブラームスの伝記を読んだ。 活字が苦手な私には、結構苦痛な作業で、 目を上から下に動かす運動をしているだけな状態になってしまった。 伝記を読んでも、何も残らなかった。 音楽を聴いた。 聴いたけど、ブラームスだ
私、左手がどうしても大きくなる人みたいで。 ピアニストの音源を聴いていたら、 フォルテのところでも、 左右の手が同じ音量ではなくて、 左手は一歩引いてる。 昔、フォルテのところで左手を小さめに弾いてたら、 「フォルテなんだから、もっと左手の音を出して」と先生に言われたこともあって、 私の中で、フォルテっていうのは 両手とも同じくらい大きな音でいいと認識していた。 でも、ピアニストの演奏を聞くと、 同じフォルテでも 左手が引いてるところと、左手も右手と同じくらい出てるところと、メリハリがある。 フォルテと書いてあっても、全部が同じじゃなくて、場合によるのか、と思った。 考えてみ
本番が近いのに、 演奏が崩れる。 どこを弾いても間違う。 疲れてるわけでも、眠気があるわけでもない。 体調が悪いわけでもない。 それなのに、演奏にならないほど間違う。 焦る。 とにかくゆっくり、片手ずつ、 しっかり音を覚え込ませるように弾いてみる。 そこで浮上した問題。 ゆっくりでも左手のオクターブを外す。 AIに相談してみた。 あまりAIに頼るのはよくないと分かってるけど、一応聞いてみた。 すると、フォームの問題を指摘された。 私は、今まで、オクターブは 指を広げて届かせようとしてた。 小指はぴーんと伸びた状態だった。 AIが言うには、 「それだと、指が伸びているから、
今朝は、必要があって、 頭の中にある音楽を楽譜にすることになった。 (結局、その楽譜は不要になったけど) 本当は楽譜はあったんだけど、 引っ越しの時に紛失した。 ほかにも自作曲の楽譜を いろいろ紛失してて、 今手元にあるのは、去年作った曲くらいかな。 頭の中にあるものを楽譜にするのは難しい。 この微妙なニュアンスをどうする? というのがうまく書けない。 ピアノで弾きながら、楽譜が合っているか確認。 今日は時間がなかったけど、とりあえず書けたことにする。 偉大な作曲家たちは、 きっと、もっといろんな葛藤を抱えながら、 楽譜にしてたんだろうなと思う。 アーティキュレーション、強
(イラストは、イメージです… 部屋には靴は置いてないし笑) グランドピアノと防音室はほしい。 でもいろんな事情でそれができないこともある。 置場所の問題。 騒音問題。 それだけじゃなくて、 うちは社宅で、 エアコンが取り付けられない部屋に 電子ピアノを置いてる。 これは、特に夏は私にとってもピアノにとっても 過酷な状態になる。 アコースティックのピアノは 温度と湿度の管理をしていても 音が狂ったりしてしまう。 エアコンのない部屋に、 アコースティックのピアノなんて置いたら ピアノにダメージになってしまう。 そういう意味では、電子ピアノユーザーで 良かったと思ってる。 2
実は、私は今、ある本番を控えてて、 それに対するプレッシャーがすごいので、 スタジオを借りたり、 本番の会場を借りて、 時々リハーサルをする。 今日は、本番の会場でリハーサルをしていて、 とんでもないことに気付いた。 とりあえず、録画して、 本番のつもりで弾いた時と、 その後、練習のつもりで弾いた時と、 全く演奏が違う! 本番のつもりで弾いた時は 今思うと必死に弾いてた。 素敵に弾きたいとは思うし、 自分なりに歌って弾いたものの、 安全運転したい気持ちがどこかにあって、 音楽を味わう余裕すらなかった。 そのくせ、いろんなところで大事故だらけで。。。 これ、本
ショパンの「別れの曲」には、いかにもエチュードだな…という難所が2箇所あると私は思っている。 そのうちの最大の難所が、ここ。 あまり効果的な練習方法もわからず、 ただ1つ言えるのは、軸になる音を決めて、 軸を元に手を回転させながら弾く、ということだけ。 音を間違えまくる。 外しまくる。 これでは音楽にはならない。 どうしたらいいのかな…とずっと思ってて、 昨日、指と指の間を広げて弾いたらいいじゃん、と思い付いて、 実践してみたら… 間違いが極端に減った! こんなことってあるのね。 めちゃくちゃトレーニングしたわけでもなく、 リズム練習したわけでもなく、 (というか、それらは
私は、速い曲が苦手、 速いパッセージが苦手。 指をただ速く動かすだけならできるけど、 それが曲の中で、となると途端にできなくなる。 今までに、先生に、 リストの「愛の夢」でも、ショパンの「英雄ポロネーズ」でも、 「速く弾けないんですが、どうしたらいいですか?」 と聞いたことがある。 すると、先生は 「速く弾けないといけないの?」 とお答えになる。 私が、「私のテンポは遅いですよね?」と言うと、 先生は、「別にいいんじゃないの?」と。 いやいや、それは優しさとかそういう問題じゃないのよと思う。 先生がお手本を弾かれると、 次元が違うほど速い。 あまりのテンポの差にびっくりす
プーランクの「愛の小径」は色気あるのに、リストの「愛の夢」は幼稚と言われた件
先日のレッスンで、 プーランクの「愛の小径」は、色気が出ていいね、と言われたのに、 リストの「愛の夢」は、幼稚だね、と言われた。 正直、かけた時間は「愛の小径」のほうが長い。 全ての表現にこだわりがあるし、 1音1音に意識をもって弾いてる。 でも、リストの「愛の夢」は、まだ弾くのに精一杯かな。 私も甘く弾きたいとは思うし、 甘く弾くためには、こう弾いたらいいかな? というのを考えながら弾くんだけど、 まだ弾き込みも足りてないんだと思う。 でも、表現に対してはまだまだ時間が足りてないのは確かで、 それをこれから何とかしないとな… 私が甘い気分になれば、甘く弾けるとか、 そういう
画家の名前を覚えていない。 25年ほど前に、日展で見た1枚の絵。 タイトルは「朝に」。 私はその絵に釘付けになった。 (※この記事の画像はイメージ画像です) 上品で美しい女性がヴァイオリンを弾いている。 その女性の美しさに惹かれ、 この女性は、作者にとってどういう存在なんだろうと考えた。 その絵からしばらく離れられなかった。 当時高校1年生くらいだった私は、 その女性に憧れた。 ヴァイオリンを弾きたいという淡い夢もあり、 美しいその女性は、 私の未来の夢の姿に映ったのかもしれない。 それ以来、その女性の絵は、 時々思い出すようになった。 今私は長い髪をハーフアップにするのが
今日はコンサートに行ってきた。 とにかくオーケストラの音を浴びたくて。 読響。 指揮:シルヴァン・カンブルラン ピアノ:シモン・ネーリング 曲目は、 ベルリオーズのローマの謝肉祭、 サン=サーンスのピアノ協奏曲2番、 チャイコフスキーの交響曲第6番《悲愴》。 ベルリオーズも、サン=サーンスも、 すごく楽しくて、生で音楽鑑賞するのっていいなと思った。 私がオーケストラが好きなのは、 あんなに大人数なのに、 全員が集中し、 拍もリズムも合う、揃う。 パートごとの受け渡しが綺麗に繋がる。 あんなにたくさんの人が、1つになってる。 まずそこに感動し、 豊かな音色、残響、立体感。 その場
ピアノを弾くのが好きです。 クラシック音楽が好きです。 ピアノのこと、音楽のこと、書いていこうと思いますので、宜しくお願いします。 不慣れで使い方もよく分かっていませんが、いろいろ書けたらなと思っています。