このブログの2022年8月15日以前の記事は、 「ウェブリブログ」から移行したものです。 ウェブリブログ時代のブログタイトルは「flom仙台」でした。 Seesaaへ移行するのに伴い、 ちょっとだけブログタイトルを変更しています(
さて、今週から「仙台八小路(せんだいやこうじ)」の話をさせていただこうと思っているのですが、、、 まず、その前に、「○○小路」という呼び方ですが、これは仙台城下の(江戸時代の仙台の、という意味です)道路や通りについた呼び名のタイプの一つです。これら通りの呼称のタイプには5タイプあります。今回テーマになっている「○○小路」がまず一つのタイプ、そして、「○○町(まち)」や「○○…
どこの御城下にもあると思うのですが、、、いわゆる「数え挙げ」というものです。いわく、三大何とかとか、五大何とか、の事ですね。東京(江戸)で言えば、「渋谷五坂(しぶやいつさか)」、「麻布七不思議(あざぶななふしぎ)」などが有名で、文学作品の題材になったりしています。 翻って仙台は、と言いますと、これが結構あるんですよ。「仙臺七坂」、「仙臺七崎」については私のブログでも過去記事…
PCが壊れた為に間が3週間空いてしまいました。先週の土曜日にようやく復旧作業が、一応ですが、ひと段落つきました。作業環境は依然とはだいぶ違って、使いづらいところが多分にあるのですが、以前の写真や資料等のデータはほぼ元の状態に戻せました。 と、言うことで、元の様に、とは行かないところもまだまだ多分にあるのですが、記事の作成を復活させようと思います。 さて、話はどこまで進んでいましたっけ? …
前回お話ししましたように、ブログ記事作成で使っていましたPCがクラッシュしまして、まもなく2週間となります。私は古い人間ですので、スマホは持っていません。なので、この、PCが無い状態ではネットにつながる術がなくなります。 と、言うことで、急遽近所の電気屋さんで安いPCを探し出し、漸く14日に新しいPCが到着しました。そこから、以前の創作環境に近づけるべく鋭意努力をしているところなのですが、、、 この…
毎度、拙ブログへの御訪問、ありがたく感謝申しあげます。 さて、お詫びを申し上げなければならない事が出来いたしました。実は、先週末に突然パソコンが壊れてしまいまして、記事作成中のデータや資料をすべて失ってしまいました。 撮影した写真等の資料はバックアップを取ってありましたし、パソコンも新しいものを購入してきました。なので、只今作業環境を再建中です。しかしながら、今週、
「若林」と言う地名について書かれた昭和の地誌、「仙台地名考」の考察を進めているこのシリーズですが、傍線を引いた箇所はあと3ヶ所残っています。これらはいずれも「若林」と言う地名の起源について書かれたものです。今日はこれについて考察してみようと思います。 *タイトルバック写真:若林地区の広瀬川河畔「若林緑地」
「仙台地名考」の分析ですが、前回は「若林城」の造営と、「若林」と言う地名の成立について見てみました。今回は史料1の傍線「②」の箇所、「若林」の範囲についての記述を精査してみます。 *タイトルバック写真:河原町と若林の境
「若林」と言う地名についての謎解きは、『「若林城」がその起源』という説が、現在は一応定説となっていて、その典拠は菊池勝之助氏の「仙台地名考」であることを前回お示ししました。しかし、その典拠は結構あやふやな所があり、疑問点も多い、とも申しました。 と、言う事で、今回以降はその疑問点の抽出と裏付け史料の精査、そしてそれに対する私の見解をお話ししようと思います。史料の読み解きを含めた考察になります…
政令都市仙台の「若林区」の名は公募によって決まり、藩祖政宗公の隠居所、「若林城」の名に因む、と言うのは『仙台城下の難読地名(24)付録(若林区編)』の中でも申し上げました。しかし、その「若林」と言う地名についてはその起源等を曖昧なままにしていました。と。言いますのも、典拠にしていた史料に疑義を懐き始めたからです…
前回で終了した「仙台の難読地名シリーズ」ですが、うっかり書き忘れてしまったことがひとつ、時間が足りなくて調べきれず、心残りとなっている事がひとつありました。なので、「補足」と言う事で2回書かせていただきたいと思います。 *タイトルバック写真:青葉城址本丸跡から眺めた仙台市中心部
一年近く続きました仙台市の難読地名シリーズも今回で終わりです。今回は若林区の難読地名の残りを見て行きます。 *タイトルバック写真:「少林神社(わかばやしじんじゃ)」
今回は、少し前まで連載をしていた宮城野区の難読地名です。前のシリーズの時に大方の難読地名も採り上げてしまっていたのですが、区の周縁部にまだいくつか残っていました。それをまとめてお話ししてみます。 *タイトルバック写真:宮城野区蒲生の「蒲生干潟」
今回は、「太白区」の難読地名です。この「太白区」も、そのほとんどが仙台城下の外でして、私の手元には関連する資料が少ないです。説明が希薄になる事をお許しください。 *タイトルバック写真:太白山
今回は泉区の難読地名なのですが、正直言いまして、私は泉区は苦手です。と、言いますのも、泉区は、平成の大合併以前は”泉市”でして、仙台市とはまるっきり別の市だったのです。なので、私にとってはなじみがすごく薄いからです。地下鉄が通る前は、公共交通機関も宮城交通の疎らな路線だけでしたしね。車の免許を取るまでは泉市の町々にはほぼ行ったことがありませんでした。 こうしたことから、私の手元には泉区内の地…
今回の難読地名シリーズに採録が漏れた市内の難読町名を付録としてここに一覧で残して置こうと思います。いずれも、城下中心から遠い、地名由来の資料が手元に無い、などで選に漏れたものです。市内5区毎、5回に分けてお話しします。 *タイトルバック写真(1):新川川
今回の「霞目」は、前回の「遠見塚」の東隣です。ですが、どちらかといえば、その生い立ちや性格はその北の「六丁目」に似ています。同じように「目」が付く地名ですし、読みに「の」が入りますしね。 *タイトルバック写真:「霞目飛行場」から飛び立った自衛隊のヘリコプター
再び御城下の外に出ます。第15,16回の「控木通」の南東の一角に在る古跡の話です。 *タイトルバック写真:仙台バイパス・遠見塚付近
今回の「堰場」は、私のブログでは何度も出て来た地名です。ですので、改めて、と言うのもおこがましいので、今回は地名由来の考察と町域の変遷を軸に、他はさらっと概略をお話しするにとどめます。詳細については末尾に記しました過去記事へのリンクを辿って頂けると幸いです。 *Fig1:該当街区周辺地図
今回は、前回後回しにしました「控木通(ごうらぎどおり)」の地名由来の話になります。「控木」は、郷土史家の間では仙台の難読地名として有名でして、勿論、早くから地誌に採り上げられていました。ですが、私の稿ではそれの引き写しでは済みそうにありません。ちょっと入り組んだ話になりそうです。 *Fig1:付近地図