毎日、引っ越しの準備を進めています。 同居する家族との往復も続いていて、気づけば一日があっという間に過ぎていきます。 そのぶん、自分のブログまで手が回らない日々ですが、 今は生活を整えることを優先しています。
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F・ルイージ×NHK交響楽団(9月26日公演)|空気がひとつになっていく、新たなベートーヴェン
今日は、とても印象に残ったコンサートのことを書いてみます。全体を通していちばん強く感じたのは、「大きな物語をていねいに語り直してくれた」という安心感でした。 前半の短めの曲もよかったのですが、後半の長い曲が始まった瞬間から、空気が少しずつ変わっていき、会場全体がその物語の中に引き込まれていくようでした。 激しさだけで押し切るのではなく、静かな場面や迷っているような場面も含めて、ひとつの人間ドラマとして見せてくれた感じです。 終わったあとには、「このシリーズを全部追いかけてみたい」と素直に思えるくらい、前向きな気持ちが静かに残りました。 交響曲第1番についての印象 最初に演奏された短めの曲は、「…
スティーヴ・ライヒ:『アンサンブルと管弦楽のための音楽』(2018)|少人数と大人数の重なり、5つのまとまり
今回のお題のもうひとつ、この11月、ロンドン交響楽団がスザンナ・マルッキ指揮で行うヨーロッパツアーです。 そのなかで、スティーヴ・ライヒの90歳を祝う演奏会が開かれます。プログラムの最後に置かれているのが、この曲です。後半2曲の締めでもあります。 「ライヒは今も進化し続けている」というメッセージが、静かに込められています。『木片のための音楽』から半世紀近く。古い作品から新しい作品までを一度にたどる流れの、いちばん下流に位置する曲です。 同じ決まりをくり返しながら、変わるのは一歩の長さだけです。派手な山場はないです。 前のアンサンブルと、うしろの管弦楽がきれいに重なったまま進み、その重なりが5つ…
スティーヴ・ライヒ:『オーケストラのための3つの楽章』(1986)|三つのまとまりに、派手さはない。整いを楽しむ曲
スティーヴ・ライヒ5曲シリーズの後半、残り2回です。前半3回とは、趣きが変わっていきます。後半は、人数が増えて音の重なりが厚くなる変化を、同じ歩幅のきれいなまま見せていく並びです。 3つのまとまりのある曲です。1つ目は足が速く、足元の色だけがゆっくり変わります。2つ目は歩幅が半分になり、息を吹く楽器と細い弦の線が静かに重なります。3つ目はまた速くなり、同じ並びの区切り方が途中で入れ替わります。最初は4つに聞こえても、あとから3つだとわかる。その入れ替わりが、この曲の聞きどころです。 足が速い1つ目 1つ目は、足が速いまとまりです。刻みは細かく、前へ進む感じがはっきりしています。 その一方で、足…
L・ヴィオッティ×東響「7つの封印の書」(9月19日)|最後まで聞き入った、熱くて静かな一夜
予想をはるかに超える深い感動がありました。 古い物語が今この場所で息を吹き返すように、人々が同じ方向を向き、同じ言葉と呼吸で場面をつないでいく。 その光景には、ただ音を聞くだけでは済まされない力がありました。静かに始まった時間は少しずつ熱を帯び、終わりに近づくころには会場全体を包み込む高まりへと変わっていきます。 その熱は騒がしさではなく、静けさの奥からゆっくり立ち上る種類のもので、心の奥に深く沈んでいきました。 声の重なりと語りの輪郭が交互に現れ、日常では得がたい体験となり、多くの人が最後まで席を立たずにその場に留まっていました。 なぜ最後まで席を立てなかった人が多かったのか この集まりでは…
スティーヴ・ライヒ:『管楽、鍵盤と弦楽のための変奏曲』(1979)|同じ決まりのなかの、ゆっくり変わる音の広がり
スティーヴ・ライヒ5曲シリーズの3回目。ちょうど真ん中です。 ここまでは、ずっと同じことをしているのに、気づいたら形が変わっている──そんな、リズミカルな前半が続きます。 この作品は、ライヒにとって 大きなオーケストラと指揮者を本格的に使い始めた初期の一歩になっていきます。 息を吹く楽器が表の線を運び、弦がその下で厚みを支え、鍵盤が両方をなぞるように寄り添う。 短い歌い回しをくり返しながら、足元の重なりだけがゆっくり動いていく曲です。 主役は表の線というより、地面の色が少しずつ塗り替わっていくその変化そのもの。 気づけば景色が変わっている──そんなS・ライヒらしい“静かな変奏”がここにあります…
スティーヴ・ライヒ:『大アンサンブルのための音楽』(1978)|大勢で同じ手順を長く短くする曲
今年はスティーヴ・ライヒの90歳記念です。5回シリーズの第2回です。1973年を起点とした、半世紀近くを川の流れのように下っていく行きます 今日取り上げるのは、1978年の『大アンサンブルのための音楽』です。木の棒5人だった上流から、人数も楽器もぐっと増えます。表情の変化は、一つひとつの場面の描写へと移っていきます。 大勢が同じ決まりをくり返し、その決まりを少しずつ長くしたり短くしたりします。人が増えた分、音の厚みと明るさも増します。 第1回の澄んだ源流から一歩下り、川幅が広がった中流域を聴く回です。 途切れずに進むので、景色の変わり目は急には来ません。その進み方を、これから順に見ていきます。…
スティーヴ・ライヒ『木片のための音楽』(1973)|棒を叩く5人が、だんだんズレていく
今年は、スティーヴ・ライヒの90歳記念です。 1973年を起点として、半世紀近くを川の流れのように下っていく5回シリーズです。 第1回は『木片のための音楽』です。 ライヒは、同じリズムをくり返しながら、少しずつずらしていくことで、耳の中に新しい景色を作ってきた人です。 川の上流にあたるのが、この1973年の曲です。演奏者は5人。持っているのは木の棒だけです。 同じリズムを叩き続け、やがてひとり、またひとりとずれていきます。 最初は単純に聞こえるはずです。それでも、ずれが重なると、音の地面がゆっくり動き出します。 第1回は、そのいちばん澄んだ源流を聴く回です。 木の棒だけを5人が叩く。同じ叩き方…
ファビオ・ルイージ×NHK交響楽団(9月13日公演) フランツ・シュミット:オラトリオ『7つの封印の書』|1937年、封印が開く前のヨーロッパ
9月13日は、NHK交響楽団の演奏会に出かけました。 1日前に聴いた日本フィルハーモニー交響楽団の演奏会(交響曲第7番「レニングラード」)とのあいだに、通じるものを感じました。 破局が、短い出来事ではなく大きな時間として置かれていること。壊れたあとに、ただ喜ぶだけの終わりが来ないこと。どちらも書き手にとっての大作であること。その三点です。 ただ、現れ方は違います。一方は多くの人数で語られる物語(『7つの封印の書』)、他方は音の動きとしてしか現れない感覚(「レニングラード」)です。ここからは対比をせず、『7つの封印の書』だけを記します。 人々の叫び この作品の中心は、空の上の道理ではありません。…
カーチュン・ウォン×日本フィル:ショスタコーヴィチ 交響曲 第7番 「レニングラード」|体の奥まで届くような感覚の1942年
昨日9月12日土曜日は、大曲を扱う公演と個性的なプログラムがいくつも重なる特別な一日でした。 チケットを買う当初から、どこに行くか最初から迷いました。 迷った末に選んだ場所が、結果として体の奥まで届く体験になったのは、今思えば不思議な巡り合わせです。と思ったものの、今日は大きな会場に足を運んで、たくさんの人が長い時間をかけて一つの流れを作り上げる場に立ち会ってきました。 始まりはとても穏やかで、空気が少しずつ変わっていくのを肌で感じました。途中から強いものがじわじわと押し寄せ、体の奥まで届くような感覚になりました。 終わったあとにみんなが立ち上がって拍手を送り、その場全体が一つになったような気…
ブルックナー:交響曲 第4番 ”ロマンティック”|角笛と、川の向こうの大きな風景
今回は、囲む祈り(ヒルデガルト)、追う六つの声(バッハ)、隣への呼びかけ(モーツァルト)、舟での別れ(シューベルト)、そして大きな風景(ブルックナー)と続く流れでした。 シューベルト『流れのほとりで』の次は、渡った先に立つ場所です。対岸に着いたあとの地面です。遠い理想を見上げる話ではありません。朝の森のような大きさです。 向こうから聞こえていた角笛が、いまは風景の内側にあります。舟のうえの遠さではなく、歩ける場所の響きです。手元の響きから、広い空が開けていきます。 空は上にあります。足は、この地面に残ります。いまは、この地面です。 対岸にたどり着いたとき 舟を降りて、土を踏みます。対岸です。川…
シューベルト:『流れのほとりで』D.943|岸に別れを送り、流れに乗って、星であの人を見る
前回までは、石の通路(ヒルデガルト)と、六つの歩き方(バッハ)と、隣の人の名前(モーツァルト)でした。 今回は川です。シューベルトです。声と、角笛と、鍵盤の歌です。 隣にいた支えが、水面の向こうの角笛になります。ここまで4曲が、前半です。 後半は、ブルックナー1曲だけです。いまは前半の最後です。 岸に立っていた人が、もう舟に乗っています。 別れの言葉を岸へ投げて、流れに乗って、星を見ます。 星のほうに、あの人の目がある、という歌です。速さは、願った速さではありません。それでも舟は進みます。 次の大きな部屋の前に、一度水面を渡ります。 岸へ送る最後の別れの口づけ 岸へ、最後の別れを送ります。口づ…
モーツァルト:演奏会用アリア『あなたを忘れられようか』 K.505|再び、一つの声へ
前回までは、ヒルデガルトとバッハでした。今回はモーツァルトです。 中世から、少しずつ今に近づいています。 石の通路から始まり、六人が同じ道を歩き、いまは人の名前へ来ました。 ただし、まだ終わりではありません。次もあります。いまは、その途中です。 途中でも、立ち止まる場所はあります。いま降りるのは、ここです。 切符は、まだ持ったままでよいです。 同じ一本の道のうえにいます。急がなくてよいです。 いま見える人を、先に見れば足ります。先を急ぐより、いまの声を聞くほうが近いです。 あなたを忘れられようか、いや忘れられない この歌は、人に話しかけます。 最初の言葉は、「あなたを忘れられようか」です。すぐ…
バッハ:『音楽の捧げもの』六声のリチェルカーレ(ヴェーベルン編曲)|時代が変わっても、探し求めるものは同じ
前回は、一本の回廊から始まる話でした。 世界をばらばらにしないで、ひと続きとして見渡す力です。それが、ヒルデガルト作曲の『知恵の力よ』でした。 今回は、その一本の道のうえを、声が六つ同時に歩きます。 知恵の三つの翼は、向きとしては残っています。高いところ、地面、そのあいだです。ただしバッハでは、その向きが六つの声に移ります。 そして、通路の質が変わります。石に残る声から、線と線のあいだの距離へです。 どちらも、あとから来た人の手を通して、いまここに届きます。 前回は、一人の声が回廊から届くようでした。 今回は、ヴェーベルンが楽器を使って、バッハの線の輪郭を灯します。太い音で埋めるのではなく、形…
ヒルデガルト・フォン・ビンゲン (1098–1179):『知恵の力よ』|設計図どおり、土と体に染みこむ植物のように生きる天
中庭を四角く囲む、屋根のある石の通路。中世の修道院の回廊です。 部屋と礼拝堂をつなぎ、雨をよけながら静かに歩く場所です。 石ですので、足音も声もすぐに消えません。壁を伝わって、しばらく残ります。 外の喧騒とは少し隔たり、中庭の空だけが、静かに時間をつないでいます。 知恵にある三つの翼 その回廊の石に、まだ残っているように聞こえる歌があります。 ヒルデガルト・フォン・ビンゲンのアンティフォナ『知恵の力よ』です。 ラテン語では O virtus sapientiae。知恵は、ぐるぐると円を描きながら命のある一本の道のうちに、すべてを包み込んだ、と歌います。 その知恵には、三つの翼があります。 一つ…
プッチーニ:『ジャンニ・スキッキ』|軽やかな欲望と軽快な笑い
今回のお題は、日常にある「欲と勘違い」です。 『無口な女』では、結婚や財産をめぐる思惑が、静かな笑いにつながっていました。 それに対して『ジャンニ・スキッキ』は、遺産相続をめぐる欲が、もっと勢いよく、明るい笑いへと転がっていきます。 どちらも、人の欲が思わぬ笑いを生む喜劇です。 ただ、『無口な女』が機知のある上品さなら、『ジャンニ・スキッキ』は軽やかな痛快さが印象に残ります。 遺産争いが始まった理由 『ジャンニ・スキッキ』の出発点は、親族たちがひとつの遺産を前にして、少しずつ気持ちをざわつかせていくところにあります。 表向きは落ち着いて見えても、内側では「どう受け取るのか」「誰が多く得るのか」…
R・シュトラウス:『無口な女』|静けさの裏にある駆け引きと上品な笑い
日常の中には、見た目だけではよくわからないことがあるものです。 人とのやり取りも、すぐに通じることもあれば、身振り手振りを交えても、なかなか届かないこともあります。 そんなことを思いながら『無口な女』に触れると、静かな場面の奥にある面白さが、ふっと見えてくる気がします。 表からは見えないこと 人と人の関係は、外から見える様子だけではわからないものです。 にぎやかに見えても、心の中では少し距離があったり、逆に言葉が少なくても、気持ちが通じ合っていたりします。 見えているものと、本当の気持ちが少しずれる感じは、日常でもよくあります。 『無口な女』を思うと、そんな見えにくい部分にこそ、この作品の面白…
映画『彼女は二挺拳銃』|マリリン・モンロー生誕100年、時代考証150年記念
1876年のコロラドを走るはずだった一本の鉄道。 その線路の上には、町の期待と、たった一両の機関車エマ・スウィーニーの重みが静かに乗っていました。 『彼女は二挺拳銃』は、この鉄道の初運行をめぐる騒動を中心に、人間関係を驚くほど単純に描き切った作品です。 複雑な心理劇ではなく、「鉄道を走らせたい者」と「それを妨害する者」、そして巻き込まれた旅人がいるだけ。 その潔さが、物語をまっすぐ前へ押し出していきます。 鉄道が結びつけた、町の少女と旅の男 物語の中心にいるのは、保安官代理の少女キットと、偶然この町に足を踏み入れた旅のセールスマン、ジョニーです。 キットは鉄道が町の未来を開くと信じています。 …
映画『もどらないかげ』(厨子翔平監督/8月29日公開)|窯業の町、暮らしのなかのまなざし
2026年8月29日(土曜日)、渋谷・ユーロスペースなどで順次公開されていく『もどらないかげ』は、厨子翔平監督による初の長編映画です。 佐賀県有田町という窯業の町に2023年に移住し、自ら窯元で働きながら土地と人々との関わりを重ねて完成させた82分の作品です。 フィクションとドキュメンタリーを織り交ぜる手法を取っています。 劇的な話などは全くなく、見過ごしてしまいそうな日々の移ろいを映し出す静かな一本なのです。 土地に根を下ろして撮るということ 厨子翔平さんは、1989年岡山県津山市生まれです。さまざまな仕事をしながら自主映画を撮り続けてきた人です。 福間健二監督『きのう生まれたわけじゃない』…
プッチーニ:『修道女アンジェリカ』|痛みのなかで見出す赦しと信頼
前回と今回のお題を日常の言葉に置きかえると、「ひとりで抱え込みやすい心」と「人とのつながり方」が大きなテーマになっています。 前回の作品が『みんなで支え合う話』だと感じられるなら、今回は、つらい体験をした人が見守られながら少しずつ変わっていく物語です。 ここからは『修道女アンジェリカ』の世界だけをたどると、この作品のやさしさがいちばん伝わると思います。 強さで押し切るのではなく、傷を抱えた心がほどけていく流れに注目すると、物語の芯が見えてきます。 赦しや信頼も最初から完成しているのではなく、痛みを抱えたまま関係を結び直すところから立ち上がります。 痛みが物語の出発点 中心にあるのは、アンジェリ…
プーランク:『カルメル派修道女の対話』|分かち合いの中で育つ赦しと信頼
修道女たちの物語と聞くと、少し距離を感じる人もいるかもしれません。 けれど『カルメル派修道女の対話』は、特別な宗教知識がなくても、「不安の中で、誰を信じ、どう支え合うのか」という、とても今らしい問いとして読める作品です。 外の世界が揺れ、安心できる足場が崩れていくなかで、人はひとりで踏みとどまれるのか。それとも、誰かと分かち合うことでしか持ちこたえられないのか。 この作品は、その境目を静かに見つめているように感じます。 分かち合いが強さになる 『カルメル派修道女の対話』でまず印象に残るのは、信頼が「最初から完成している関係」として描かれていないことです。 修道女たちは、安心して暮らせる世界の中…
ストラヴィンスキー:『兵士の物語』|今の自分と昔の自分を、同時に持つ権利はあるの?
前回、交わした言葉がどんな景色を連れてきたかを見ました。 願いを込めた一言には、必ず後から届く重みがあります。 自分の望む姿に近づこうとする力が、静かにその重みを生むのです。 今度は、手に入るものが次々と増えていく先に広がる景色を辿ります。 増えていくものが、本当に心を満たしてくれるのかどうか。 その問いを、静かに抱えたまま、物語の中へ入っていきます。 手に入れることの先に、何が待っているのか。 ゆっくりと、その道筋を見ていきましょう。 増えることと、失うことの間に、どんな距離があるのかを、そっと確かめるように。 すべて持つことはできない 「この本と交換しませんか?」 休暇をもらった兵士が、故…
ジョージ・ベンジャミン:『小さな丘へ』(2006)|再選を狙う大臣とネズミ、その群衆
日頃の些細な出来事でも、約束って守りたいものと守れないものがあって、どうしようか迷うときがあります。 時間に追われた仕事をなんとか間に合わせようとして、その場しのぎになってあとでしくじったり。 思いがけない成功につながったり。 約束は、チャンスの活かし方にも関わるような気がします。 小さな約束でも、大きな約束でも、交わした瞬間の気持ちと、あとから来る現実の間には、いつも少しの距離があるのかもしれません。 それでも人は、明日を良くしたい一心で、約束を口にしてしまうものです。 その一言が、思いがけない方向へ道を開くこともあれば、静かに重荷になることもあるのです。 ジョージ・ベンジャミン:『小さな丘…
ドヴォルザーク:歌劇『ルサルカ』|人魚が魔法使いと王子のあいだで知るヒミツ
『ルサルカ』と聞くと「精霊」ってちょっと遠い存在に感じてしまいます。 でも「人間の世界に憧れるヒロイン」として見ると、人魚の物語の流れの中でぐっと身近になります。 だからこそ『ルサルカ』では、水のきらめきの奥にひそむ「ことばにならないさみしさ」が、静かに心に残るのです。 なぜ『映画ちいかわ』から『ルサルカ』の話になるのか 別世界への憧れ 言えない思い 水の側の存在 境界を越えたい心 近くて遠い孤独 やさしさの裏側 きらめきと代償 沈黙が生む痛み 水の側から地上を見つめる心(別世界への憧れ) 『映画ちいかわ 人魚の島のひみつ』から『ルサルカ』へ自然につながる理由のひとつは、「水の側にいる存在が、…
『映画ちいかわ 人魚の島のひみつ』 |原作の中にすでにあった感情を上手く使った良い映画
人気がロングで続いているので、今日は、午後有給休暇を取得して お知り合いの家族の子供を連れて観てきました。 原作の「セイレーン編」にすでにあった気持ちを、うまく映像にしてくれた良い映画でした。 かわいい世界観はそのままに、ちょっとした不安やゆらぎが丁寧に積み重なっていて、見終わったあとにじんわり残る感じがあります。 原作を読んだ人も読んでない人も、すんなり物語に入れるのではと感じました。 特に映画館で見ると、画面の広さや音の響きが加わるおかげで、余韻がもっと深く長く残ります。 日常の延長のような優しさと、どこか胸の奥がざわつくような感覚が両立しているのが印象的でした。 派手さはないのに、心に静…
今回は、男性の“こころの弱さ”が自我の崩れにつながり、その弱さと揺らぎが外へ向かうのか、内へ沈むのかを見ています。 軸となるのは、既婚の女性・その夫・そして本人という三角形です。 情熱の行き場がなくなると、感情が爆発し、物語は悲劇へ向かいます。 表では普通の生活でも、満たされない思いが内側で積もり、やがて破壊的な力へ変わってしまうのです。 『外套』では、現実そのままのような直接的な暴力が描かれました。 一方『ウェルテル』は、気持ちをゆっくり見つめるような、やわらかい空気の中で起きる出来事だと感じます。 中心の人間関係 ウェルテル(詩人) シャルロットに激しく恋をする 結ばれぬ想いを内に溜め込み…
今まで女性の視点を中心に書いてきました。今回は男性の視点です。共通の視点は「抑圧された情熱がもたらす破滅」です。 次回取り上げる作品は、マスネの『ウェルテル』と決まっています。 しかし大きな相違点があります。『ウェルテル』はきれいで理想的な暮らしの話、『外套』は貧しい人々の厳しい現実の話です。雰囲気も登場人物の立場も大きく違います。 だから、生々しい人の感情が色濃く描かれたプッチーニの『外套』の世界から、話を進めたいと思いました。 中心の人間関係 ミケーレ(夫・船主) ジョルジェッタの夫 ルイージを激しく嫉妬し、最終的に殺す ジョルジェッタ(妻) ミケーレの若い妻 ルイージと密かに恋仲 ルイー…
今回は、「人の力では動かせないもの」の2回シリーズです。 前回取り上げたグノー作曲《ファウスト》では、悪魔・神・救済の秩序という、人間の力ではどうにもならない“超越的な力”が物語を動かしていました。 一方、今回のプッチーニ《ラ・ボエーム》で登場人物の運命を左右するのは、貧困・病・時間といった、誰も抗えない“現実そのもの”です。端的に言えば、《ファウスト》は時間を超越した悲劇。《ラ・ボエーム》は時間が確かに流れていく現実の悲劇。この対比が、二つの作品の世界をくっきりと分けています。 若者の日常の世界 人物 立ち位置 「人の力では動かせないもの」との関係 ミミ 貧しいお針子/病を抱えた若い女性 貧…
2作を並べた歌劇のシリーズでは、場面が描く感情や奥行きをテーマごとに探ってきました。 今回は、グノー《ファウスト》とプッチーニ《ラ・ボエーム》が共有する「恋愛が女性の苦しみを通して悲劇化される」という軸を、さらに広い視点から見つめます。二つの作品の奥には、より大きく、人間の力では動かせない領域──「人の力では動かせないもの」が静かに潜んでいます。 それが物語のどこで姿を現し、登場人物の運命をどう形づくるのかを考えていきます。 悪魔と救済の世界 《ファウスト》において「人の力では動かせないもの」は、悪魔と神、そして救済の秩序です。ファウストは老いと虚無に耐えられず、メフィストフェレスと契約を結び…
ヘンデル:『オットーネ』|ジズモンダの野心 ― 恋と権力の板挟み
知られざるオペラの『女性の罪』シリーズ、第2回です。 前回のショーソン『アルテュス王』では、王妃ギネヴィアの情熱的な愛が理想の王国を揺るがす悲劇を描きました。 今回取り上げるのは、ヘンデルの『オットーネ』です。こちらはバロックオペラらしい陰謀と権力闘争が中心で、母ジズモンダの野心が物語を動かします。 王権の揺らぎという共通点を持ちながら、ギネヴィアが「愛」を優先したのに対し、ジズモンダは「権力」を追い求めます。女性側の視点から、恋と野心の板挟みを描いてみたいです。 『オットーネ』主な人間関係図 ジズモンダ 母・未亡人 息子を王位に就けたい野心家の母親 アダルベルト 息子 オットーネに成りすます…
ショーソン:『アルテュス王(アーサー王)』|王妃ギネヴィアの過ち ― 愛と理想の板挟み
知られざるオペラの『女性の罪』シリーズー強い女性が引き起こす人間ドラマの2回シリーズ。上演の少ない作品を扱った2本立てです。 もう1本は、ヘンデル:『オットーネ』です。どちらも、王権の揺らぎを中心にしたドラマです。 ここでは、女性側の視点から寄り添っています。理想と情熱が激しく衝突する物語を、王妃ギネヴィアの内面に寄り添いながら読み解いていきます。 『アルテュス王』主な人間関係図 アルテュス 王(夫) 理想の王国を夢見る高潔な王 ギネヴィア 王妃(妻) 情熱的な愛に生きるひとりの女性 ランスロット 騎士(愛人) 王の最も信頼する勇敢な騎士 アルテュス ──夫婦── ギネヴィアギネヴィア ──禁…
R・シュトラウス:『サロメ』②|サロメにとってのゆがんだ実母ヘロディアス
今回は、馴染み深いR・シュトラウスの『サロメ』です。前回のマスネでは、母と娘の切れた糸が、最後にかすかに結び直される気配がありました。結末は悲劇でも、なお悔いる余白が残されていたように思います。 しかし、R・シュトラウスの『サロメ』には、そうしたやわらぎがほとんどありません。宗教的な題材でありながら、ここでは清らかさよりも、欲望と断絶の方が前に出てきます。 だからヘロディアスは、母へ立ち返る人物というより、はじめからねじれを抱えた実母として映ります。サロメにとって彼女は、近くにいながら安らぎを与えない、ゆがんだ実母なのです。 宮廷の世界 サロメが置かれている宮廷は、宗教的戒律よりも、欲望と権力…
今回も、2回シリーズ。素材は、母と娘。 同じサロメの物語でも、マスネの舞台に流れている空気は、R・シュトラウスのそれとはかなり違う。 後者(R・シュトラウス)にあるのは、熱に浮かされたような退廃と、触れれば崩れそうな危うさに思う。 けれど、マスネの描く『エロディアード』では、もっと古い傷のような静けさが先に立ってくる。 ここで目に入ってくるサロメは、欲望に突き動かされる娘というより、名前を知らない喪失を抱えた娘であることに違いがない。 母を持ちながら、その母に届く道を知らない娘。だからヘロディアもまた、ただ冷たい女王として見るだけでは足りない。 彼女は権力の中に立つ女であると同時に、最後になっ…
ヴェルディ:『アイーダ』 《ブイヨン后妃 vs アムネリス》②|律することの”いさぎよさ”
ヴェルディ『アイーダ』は、世界でよく上演されるオペラとして、祝祭的なスペクタクルと覚えやすい音楽で幅広い観客に親しまれやすい作品に違いがないです。 一方、チレア『アドリアーナ・ルクヴルール』は、毒入りの花と宮廷サロンを舞台にした通好みの作品として、上演の機会は多くはない側面あります。 この人気と上演回数の差には、物語の分かりやすさや音楽だけでなく、アムネリスとブイヨン后妃という二人の女性像の描かれ方も、静かに関わっているような気がします。 前回は、『アドリアーナ・ルクヴルール』に登場するブイヨン后妃の「陰湿さ」を、三つの柱から眺めました。今回は同じ三つの視点を使って、『アイーダ』のアムネリスを…
チレア:『アドリアーナ・ルクヴルール』 《アムネリス vs ブイヨン后妃》①|ブイヨン后妃という“陰湿さ”の原型
今回は、2回シリーズ。 とても馴染み深いヴェルディ作曲『アイーダ』と、少し玄人好みのチレア『アドリアーナ・ルクヴルール』。ドラマの起伏に大きな影響を与えるアムネリスとブイヨン后妃の「陰湿さ」を比べてみたいです。 先に結論を言うと、ブイヨン后妃の陰湿さは、「じわじわと追い詰める」ことそのものを美学として成立させている点にあります。これはアムネリスには決して与えられていない性質です。 どうしても『アイーダ』の方が上演されやすいので、『アイーダ』だけに着目すると話は単純になります。けれども『アドリアーナ・ルクヴルール』を加えてみると、「陰湿」という言葉の中身が、少し違う顔を見せてきます。 舞台袖に漂…
《番外編》夏必見!太らないアイスクリームの作り方|賛否両論ある“太らない”なの“太りにくい”なの?
夏になると、つい冷たいアイスばかりに手が伸びてしまいますが、コンビニのスイーツ棚に置かれた「大福」を思い出すことがあります。コンビニの棚に置かれた少し冷やした大福をひと口かじると、もちの弾力と餡のやさしい甘さがじんわり広がって、心が落ち着きます。 アイスほど派手ではないのに、生活の中に寄り添ってくれる甘さです。 今日はそんな大福を入り口に、「太らない」と言われがちなアイスクリームを、日常生活の気配りで「太りにくいアイス」として、《番外編》を組んでみました。 大福は本当に「太る」のか? 最初に、大福の話からです。 一般的な大福は、1個あたりおよそ180〜230kcalと言われているそうです。 お…
リエンツォ(コーラ・ディ・リエンツォ)とローマ皇帝|もう一度ローマを昔みたいに立派な街にしたい
2027年6月下旬のドレスデンでは、今年のバイロイト音楽祭で話題になった《リエンツィ》が上演される。 ワーグナーを少し聞いたからと言って、この作品だけはどうしても距離を置いてしまう。史実の重さと“ローマ皇帝”という言葉の響きが、どうしても身構えさせるからだ。 ローマ皇帝という言葉が持つ「距離感」 ローマ皇帝と聞くと、難しい歴史の扉を開けるような気分になる。 けれど、実際にはもっと素朴な存在だ。昔のヨーロッパで、一番えらかった人。ただそれだけのはずなのに、名前が出てきた瞬間に空気が重くなる。 その“重さ”は、椅子取りゲームのように入れ替わり続けた皇帝たちの歴史が背負っているものなのかもしれない。…
2026/2027シーズンのチューリッヒ歌劇場の演目で、アンナ・ネトレプコのミミ役が再び戻ってきます(指揮:アンドレス・オロスコ=エストラーダ)。1スイスフランがあのような値だから、プラシド・ドミンゴの公演よりも高いです。 ところで今年は、サイレント映画の名作の一つ『ラ・ボエーム』(1925年撮影開始、1926年公開)が一般公開から100年の節目にあたります。主演のリリアン・ギッシュ Lillian Gish は、アメリカ映画史において“ファーストレディ”と呼ばれた存在。サイレント映画時代の屈指の美貌とうたわれ、清純可憐な演技が観る人の感覚を虜にする、感情の輪郭を持ち合わせた素晴らしい俳優でし…
映画『トスカの接吻』(1984)|映画に描かれているものと現在の違い
ヴェローナ音楽祭”トスカ”のDVD化されている エヴァ・マルトン/ジャコモ・アラガル/イングヴァール・ヴィクセルの組み合わせを見ていました。 エヴァ・マルトンの容姿が、いかにも歌姫で。ジャコモ・アラガルが、いかにも画家で。スカルピアのイングヴァール・ヴィクセルは、堂に入ったたっぷりと、”なぜ、トスカに殺されることになったのか?”という演技がとても良い。 演劇性があるのでもなく、非日常空間の虚構に満ちた世界だからこそ、観ていられる。 演奏や演技する側のスポットライト、喝さいを浴びた後、ホテルや家に戻った後の、現実の落差は、よく言われるところ。 今はSNS社会。閉ざされた時間の大きさは小さくなって…
《7月17日公開》映画『キングダム 魂の決戦』|夏が来た! 早速観に行く(ネタバレなし)
この暑さで自宅にいるだけでも体調を崩してしまい、熱中症のような状態になりました。予定していた演奏会は、残念ながらすべて行けず。 その代わりに、3連休の最終日遅めの時間に “気軽に楽しめる話題作” を観に行くことにしました。 映画館の涼しさと作品の熱量にすっかり引き込まれ、思いのほかとても楽しめました。 静かな館内でスクリーンの光を眺めていると、映画という存在がこんなにも心を支えてくれるのだと改めて感じました。 夏の疲れをほどく、ちょうどいい熱量の一本 猛暑で外出が難しい日でも、映画館は静かで安心できる避暑地のような場所。 『キングダム 魂の決戦』は、シリーズ最大規模の戦いが描かれながらも、物語…
スザンナ・マルッキ/東京都交響楽団(2026年7月17日 サントリーホール)|ジョン・レリエが歌う青ひげの世界
スザンナ・マルッキとジョン・レリエのコンビによる定番の「青ひげ公の城」が、東京で再現されたことは、素直に嬉しい出来事でした。 2019年、スイス・ロマンド管弦楽団でも取り上げられた同作。 今回は、ユディット役が、2000〜2010年代にイタリア物からドイツ物まで幅広く活躍したイルディコ・コムロシから、シルヴィア・ヴェレシュへと変わった点が大きな相違点でした。 結論から言えば、前回から7年。ジョン・レリエは風貌も気品もさらに深まり、演奏会形式でありながら、舞台全体に品格が満ちるような存在感を示していました。積み重ねてきた年月が、そのまま音の説得力となっていたように思います。 王道路線としての「青…
荒井英治×高関健/東京シティ・フィル(2026年7月16日 東京オペラシティ)|2曲のショスタコーヴィチコンチェルト
7月12日まで、英国ロイヤル・バレエ団「ジゼル」のオケピットだった東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団。オーケストラ本体への負担が少ない選曲で、最大の効果を得られるだけにいい選曲だと思う。 ところで、東京オペラシティの夜は、いつもより少しだけ静かだった。 その静けさの奥で、荒井英治のヴァイオリンが息を吸い、高関健と東京シティ・フィルが寄り添うように音を置いていく。 ショスタコーヴィチの2つの協奏曲——重さよりも、人の心の「揺れ」を照らすような時間だった。 客席に座っていると、会場の空気がそのまま手のひらに戻ってくるようで、思わず胸が熱くなる。 荒井英治の音が“語りかける”瞬間 最初に触れてお…
異業種本音飲み会レポート|女性26人男性3人の職場/男性31人女性2人に働く《暗黙の空気》
昨晩は、よく呑んだ。名前を出すほどでもない雑居ビルの一角。個人経営のお店なので、Google Mapで探し当てていく必要のあるお店だ。紹介の紹介も含めて、10人ほど集まった。全員男性になってしまった。年齢も職種もバラバラで、誰がどの席に座っても不思議と馴染む。こういう場は、肩書きが最初に溶ける。名刺交換なんて誰もしない。「あっ、みな集まったようで。始めますか~」そんな一言で、飲み会は自然に始まる。自分が一番年上だったけれど、妙な気負いはなかった。むしろ、若い世代のテンポに自分がどこまでついていけるのか、ちょっと試されているような気分になった。 職場の“空気”は、人数比よりも温度で決まる 集まっ…
R・シュトラウス:『エレクトラ』(2026年7月12日千秋楽 新国立劇場)|第5の侍女が知るクリテムネストラを囲む宮廷の世界
エレクトラの物語は、しばしば母と娘の対立として語られてしまいます。 その舞台の片隅には、名も与えられない「第五の侍女」が静かに立っています。王妃クリテムネストラのすぐそばで息づかいを聞き、同時にエレクトラの孤独にもかすかに心を寄せる――その中間の場所に立つ彼女の視線こそ、宮廷の世界のひずみをもっとも繊細に映し出しているように思えるのです。 エレクトラを嘲る声の列で、ただ一人揺らぐ侍女 冒頭、宮廷の女たちは荒れ果てた姿で父の墓前に執着するエレクトラを嘲り、罵ります。狂気めいた振る舞いを笑い飛ばす声の列の中で、第五の侍女だけがかすかな同情をにじませているように見えます。 一般に「第五の下女だけはエ…
諏訪内晶子&フランソワ・ルルー×日本フィル(2026年7月10日 サントリーホール)|7年ぶりに聴けた諏訪内晶子さんの演奏
学校が本格的に休みに入る前を見越したように、いろいろな催事ごとが夏仕様に変わっていきます。映画も音楽も真夏向け企画の端境期みたいに、英国ロイヤルバレエ団のツアーがあったり、海外では高い値段の音楽祭も始まりつつある頃合いです。 今回の諏訪内晶子さん&フランソワ・ルルー指揮日本フィルによるサントリーホール公演も、そんな「端境期」にぴったりの一夜でした。 金曜夜のサントリーホールは、週末の高揚感と平日の名残りがまだ同居していて、ロビーのざわめきもどこか柔らかい。 開演前の空気の中で、ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲とプロコフィエフの交響曲第5番という、少し長めのプログラムを前にしても、構えて身構え…
有給休暇取得率と夏のボーナス|70%消化しておいて良かった。
今年の夏のボーナスを受け取ったとき、私は「有給休暇をしっかり使っておいて良かったです」と強く感じました。 働き方改革が進み、有給休暇はただの休みではなく、自分の働き方を整える大切な仕組みになっています。 有給休暇を使うことで心と体が整います 私は今年、有給休暇を70%ほど使っていました。 そのおかげで、体も心も疲れすぎず、夏のボーナスを前向きな気持ちで受け取ることができました。休むことは「仕事を休む行為」ではなく、「仕事の質を上げる準備」です。 高校生でいえば、テスト前にしっかり睡眠を取るようなものです。コンディションが整うと、結果も自然と良くなります。 ボーナスの手取りが減る理由を知ると安心…
R・シュトラウス:『エレクトラ』(2026年7月5日 新国立劇場)|すれ違った親子オレストとクリテムネストラ
新国立劇場で見たオペラ『エレクトラ』は、家族のつながりについて深く考えさせられる作品です。 物語は昔のギリシャの王様の家族を描いています。 父アガメムノンが母クリテムネストラに殺された後、娘エレクトラは父の仇を討ちたいと強い怒りを抱き続けます。 弟オレストが戻ってきて復讐を果たすのですが、家族の人間関係はとても複雑です。この公演では、心の内側に焦点を当てたと思われる部分が多く印象的でした。 演出の特徴と親子のすれ違い 今回の演出は、派手な場面を抑えて登場人物の心の動きを丁寧に表現していました。 舞台は優しい雰囲気の部屋のようなセットで、黒い布や映像が夢のような世界を作り出します。 オレストと母…
上司とごはん|仕事OFF日の在宅ワーカーの自分と上司の距離の埋め合わせ
在宅ワークが続くと、会社との距離感がふわっと曖昧になってくる。 朝の支度も、通勤のリズムも、誰かと同じ空気を吸う時間も、全部“自分で作る”生活。 そんな日々の中で、課長から「昼、どう?」とメッセージが届いたのは、ちょうど仕事OFFの土曜日だった。 急な誘いではあったけれど、妙に気が重くならなかった。 課長はもともと気さくな人だし、休日のランチなら肩の力も抜ける。「じゃあ、ファミレスで。」と返事をして、少し早めに家を出た。店に着くと、入店と同時に席が決められてしまう場所に座ってしまっていた。スマホを触って先に待たせてしまっていたようだ。 席が入店と同時に決められてしまうので、上座下座もそこにはな…
7月1日Netflix公開:エノーラ・ホームズの事件簿3 (2026)|地中海に浮かぶマルタの物語《ネタバレなし》
先週の木曜日あたりから、今週後半にかけては、高校生の1学期の学期末試験がたけなわ。 お昼の街では、試験を終えた高校生たちが軽やかな足取りで帰宅していく姿が見られ、季節がゆっくりと“夏本番”へ向かって動き始めていることを感じさせます。この時期は、夏休みを先取りするように、配信作品にも明るい冒険や爽やかなミステリーが増えてくる頃。 今日は、7月1日にNetflixで公開された『エノーラ・ホームズの事件簿3 (2026)』を、ネタバレなしで紹介してみたいと思います。 地中海の光がもたらす、穏やかな“夏の序章” 今作の舞台は、ロンドンから離れた地中海の島・マルタ。強い日差しと石造りの街並み、海風に揺れ…
R・シュトラウス:『エレクトラ』(2026年6月29日新演出初日 新国立劇場)|藤村美穂子さんのクリテムネストラ
『エレクトラ』を久方ぶりに観られることになりました。けれども私が最も心を寄せているのは、母と娘が静かに向き合う心理的な場面です。 というのも、かつて主役を歌っていた、あるいは物語の要を握る歌手が登場するクリテムネストラの場面には、特別な思いがあるからです。 若い頃、ドリス・ゾッフェルやアグネス・バルツァといった歌手の舞台を観てしまった経験が、今も私の感受性の底に残っています。 登場した瞬間に空気を変えてしまう圧倒的な存在感。それは舞台がシンプルに作られていたからこそ、より強く感じられたものでした。 今回は具体的な舞台構造の中で、あの場面がどう立ち上がるのかを楽しみにしていました。 アトレウス家…
亀井聖矢&Sir ドナルド・ラニクルス×ドレスデン・フィル(6月27日 所沢ミューズ)|久々に《皇帝》を聴きたくて
ドナルド・ラニクルスの指揮といえば、昨年ベルリンで観た トビアス・クラッツァー演出《影のない女》が鮮やかに思い出されます。 あの公演では、「この作品をトビアス・クラッツァーがどう見せるのか」という期待が 大きかったのですが、実際には豪華な歌手陣に加え、ラニクルスの揺るぎない 音楽づくりが舞台全体を支配し、結果として“音楽の勝利”と言える夜でした。 新演出初日の高揚感もあり、演出家登場時の大きなブーイングはお約束程度に とどまり、キャサリン・フォスターをはじめとする歌手たちは、安定した ラニクルスの音楽を巧みに味方につけていました。 その記憶がまだ温かく残る中で迎えた、所沢ミューズでのラニクルス…
Sir ドナルド・ラニクルズ×ドレスデン・フィル(2026年6月25日 サントリーホール)|あんなに名演が多い指揮者なのに、待望の初来日
台風接近の不穏な予報をよそに、当日のサントリーホールには静かな高揚が満ちていました。 開演前に告げられたのは、ウェーバー《オベロン序曲》がそっと追加されたという嬉しい知らせでした。 この一曲の存在が、夜全体の物語をさりげなく書き換えてしまうような予感を客席に漂わせていたように感じます。 ブルッフ:ヴァイオリン協奏曲 第1番 最初の協奏曲で登場したソリストは、「名演の更新」という言葉を軽々と越えてしまうような集中を見せていたように思います。 第1楽章の冒頭から、音の輪郭はくっきりと立ち上がりながらも、決して力任せにならない柔らかさがあり、 オーケストラとの呼吸も、指揮者の大きなフレーズ感の中で自…
上岡敏之指揮×読響(2026年6月23日 サントリーホール)|鬼演だったショスタコーヴィチ
昨日サントリーホールで上岡敏之さんが指揮された読売日本交響楽団の演奏会を聴きました。後半に演奏されたショスタコーヴィチ交響曲第8番は、文字通り異形の演奏でした。 通常1時間前後で終わる作品が約90分にも及び、特に第1楽章だけで40分を超える極端に遅いテンポが全曲を支配していました。 聴き終えた後の疲労感はこれまでに経験したことのないほど深く、ただ音楽を楽しむのではなく、作品の本質である戦争の狂気と人間の極限を強制的に追体験させられるような、容赦のない体験となりました。 極限の遅いテンポが生んだ異様な緊張 冒頭の低弦から始まる不穏な動機が、通常では考えられないほどの遅さで引き伸ばされ、まるで時間…
映画『エレクトラ』(2005)|新国立劇場演目を見る前に、映画も観たい。孤独な暗殺者が辿る鋭い復讐の軌跡
赤い影のように現れては消えるエレクトラの姿は、どこか遠い神話の残響をまといながらも、現代の孤独をそのまま映し出しているように思えます。 彼女は一度“死”に触れ、そこから戻ってきた人間です。その経験が、彼女の動きのすべてに薄い緊張を宿らせています。 完璧に鍛えられた身体は、ただ強いだけではなく、どこか壊れやすい硝子のような脆さを抱えているように見えます。 静かに積もる孤独と、消えない過去の影 エレクトラは、かつて導いてくれた師のもとを離れ、裏社会の仕事を淡々とこなす日々を送っています。 その強さの裏側には、制御しきれない怒りと、過去の断片が何度も押し寄せてくる苦しさが潜んでいます。 彼女が戦って…
ペッカ・クーシスト×都響(6月20日 サントリーホール)|とても興味深いアンデシュ・ヒルボリ《Bach Materia》を聴く
静かに立ち上がる“音の影”──6月20日のサントリーホール 開演前の空気は、どこか湿り気を帯びていた。 梅雨の夜特有の、音が吸い込まれていくような静けさ。 その沈黙の奥で、ペッカ・クーシストと都響がどんな景色を描くのか── そんな期待が、客席のどこかで小さく脈打っていた。 アンデシュ・ヒルボリ《Bach Materia》──“チューニングの皮をかぶった異界” 最初の音が鳴った瞬間、世界がわずかに揺れた。チューニングのようでいて、チューニングではない。 弦が擦れ、叩かれ、ささやき、うめき、鳥の影のように飛び交う。 そのどれもが、どこか“記憶の底”に触れるような手触りを持っていた。 チェロの低い脈…
映画『ヴィオラ・ソナタ(ショスタコーヴィチ)』(1981)|晩年の作曲家の沈黙を聴く映画
演奏が始まる前の、静かな緊張について 白い蝶ネクタイのショスタコーヴィチ自身が鍵盤に向かい、背後でオーケストラが静かに呼吸を整えている一枚から、この文章を始めたいと思います。 ショスタコーヴィチの音楽には、沈黙の中から突然、鋭い光が立ち上がるような瞬間がありますが、この写真にはまさにその「音が生まれる 直前の緊張」が宿っているように感じられます。 晩年の作品、とくに《ヴィオラ・ソナタ》のような内省的な音楽を思い起こさせる、 静かで張りつめた空気が漂っています。 満員のホールと、音楽に向かうまなざし 次に置きたいのは、指揮者が満員のホールを前に腕を振る写真です。 観客の視線が一斉に舞台へ向かい、…
チャイコフスキー:歌劇『スペードの女王』映画版(1960)|映画的なスリルとスヴェトラーノフの刺激的な指揮運び
映画版《スペードの女王》を支える三つの声と三つの顔 映画版《スペードの女王》(1960)を見返すと、物語の中心に立つ三人の存在が、映像全体の密度を決定づけていることに気づく。 歌手と俳優が別々に配されるというソ連オペラ映画特有の方式が、心理の動きを“顔の距離”で描き出し、舞台とは異なる緊張感を生んでいる。 ゲルマン──狂気へ沈む影の深さ ゲルマンを歌うのはズラブ・アンジャパリゼ、演じるのはオレグ・ストリツェーノフ。 ストリツェーノフのゲルマンは、最初の登場からすでに不穏な空気をまとっている。鋭い眼差しとわずかな焦燥が、恋と執念の境界を曖昧にし、どこか“壊れかけた熱”を帯びている。 寄りのカメラ…
小林研一郎 × 牛田智大 / 読響(6月16日 サントリーホール)|名曲が再び立ち上がる、貴重なひと時。
音楽が、息を吹き返す夜のはじまり 6月16日のホールには、静かな期待が満ちていた。名曲が“再び立ち上がる”瞬間を、 誰もがどこかで待ち望んでいるような空気。その中心にいたのが、 小林研一郎さんと牛田智大さん、そして読売日本交響楽団だった。 この夜の音楽は、ただ演奏されるだけではなく、まるで眠っていた記憶が そっと息を吹き返すように、会場全体へ広がっていった。 牛田智大さんが担った音楽 牛田さんの音は、ひとつひとつが丁寧に置かれ、余白の静けさまで美しく響いていた。 その存在感は、全体の印象のうち大きく占めていたと言っていい。 音の立ち上がり、呼吸の間合い、フレーズの自然な流れ。 それらが聴き手の…
コンラッド・タオ&ヤープ・ファン・ズヴェーデン×N響(6月14日、渋谷)|素晴らしいモーツァルトとアンコール曲
静かに始まり、気づけば深く入り込んでいたモーツァルト 今日のプログラムの第2曲目に、コンラッド・タオがピアノの前に座る。姿勢は自然で、肩の力が抜けているのに、視線だけはまっすぐ鍵盤に向いていた。最初の音が鳴った瞬間、ホールの空気がすっと整い、モーツァルトの輪郭が目の前に立ち上がる。 音が跳ねたり走ったりせず、まるで水面に広がる波紋のように、静かに、しかし確実に広がっていく。ひとつひとつの音が軽く触れ合い、次の音へ自然につながる。その流れに身を任せていると、楽章が進むたびに景色が変わり、気づけば深く入り込んでいた。 タオとN響がつくる“呼吸のそろった時間” ヤープ・ファン・ズヴェーデンの指揮は、…
映画『チャイコフスキーの妻』(2024)|「これだけは覚えておいて。あなたは私のもの」
■ 在宅で過ごした土曜日、静かに出会った一つの映画 土曜日は、1日外へは出ないで過ごしていました。在宅ワークしているのだから、外に出なければと思いつつ、することもあるので。 映画館に行く気にならなかったので、自宅で映画鑑賞でした。 2024年公開映画『チャイコフスキーの妻』を、自宅のパソコンからテレビにつないで。 映画「チャイコフスキーの妻」から、モスクワ音楽院でチャイコフスキーの室内楽をこっそり聴くアントニーナ©HYPE FILM‐KINOPRIME-LOGICAL PICTURES–CHARADES PRODUCTIONS–BORD CADRE FILMS–ARTE FRANCE CINE…
Zoomでの仕事仲間食事会|「みんな仕事終わったら、どういう音楽聞いているの。」
在宅ワーカー4人+自分、画面越しの食事会 今日は、仕事仲間とのささやかなZoom食事会のことを書いてみます。メンバーは在宅ワーカー中心の男性2人・女性2人、そして自分(雄太)を含めて5人。それぞれが自宅で用意したメニューをPC画面に映しながら、「おつかれさま」と乾杯代わりの挨拶をして、ゆるくスタートしました。 開始時間は夜8時、40分だけの小さな息抜き 開始時間は夜8時。「長くなると明日に響くから、今日は40分くらいで」と、最初から時間を区切った気楽な会です。仕事のチャットとは違う、少しだけラフな空気が画面の向こうに流れていて、キーボードの音がしないのが新鮮でした。 それぞれのメニューを見せ合…
ブラームス:『愛の歌ワルツ 第1集』作品52-8《そんなにやさしく君のまなざしが》|うつくしい愛の忠実さ
静けさの中で、心の奥がゆたかになる音の流れにどうぞ(^^♪忘れていた旋律がふと心に寄り添い、新しい癒しを探す旅の始まり♪(癒しの時間の旅 スマホ片手に約1分 ) 今回のお題の「はじまりの恋、続いていく愛」が、戻ってきました。前回は、ドヴォルザークの優雅で穏やかなメヌエットでした。 自然と音楽の調べ| - 雄太のミュージック日記 ドヴォルザーク:自然の中で 5つの合唱曲集よりOp. 63-1「自然の中で」(5月30日投稿) https://www.youtube.com/watch?v=tiiYkN6zSJU ↑ 新しいタブで開いて、癒しの時間に捧げる時間へとどうぞ(^^♪。音が出ます! イヤホ…
チェチーリア・バルトリ:リサイタル|1998年6月・ヴィチェンツァ《テアトロ・オリンピコ》
チェチーリア・バルトリ(Cecilia Bartoli, 1966年6月4日 – )が還暦を迎えたこともあり、誕生日のお祝いの気持ちを込めて、当日に放送された番組をオンデマンドで聴いています。 チューリッヒでグルベローヴァの時代が静かに終わりつつあった1990年代後半。 その少し先の未来を担うように、バルトリは自分の声と芸術を確かに形にし始めていたと思うのですs。 1998年ヴィチェンツァでのこのリサイタルは、その“時代の移り変わり”を映し出す貴重な記録でもあります。 石灰岩の白が静かに光るヴィチェンツァは、パッラーディオの建築が街の呼吸そのものになった場所です。16世紀の空気をそのまま残すテ…
洗車の朝、まずは天気図をひらく 朝いちばんに開いた天気予報の地図には、雨とくもりのマークがずらりと並んでいました。 出かけ先予定の降水確率70%などの数字がしっかりと座り、今日の空模様がすでに決まっているようでした。 昨日のうちに洗車をして、今日は少し遠くまで出かけようと思っていたのに、空だけはどうにも味方してくれません。 キーパーコーティングし直した車を横目に、予定のほうが静かに足踏みを始めるような朝でした。 「出かけよう」と思った気持ちが、天気図の前でそっと立ち止まる——そんな始まりです。 曇天の街と、ライブカメラで見る盆地の空の重さ 日曜日の朝は、近所のファミレスで朝食したいところです。…
株主総会が終わって、今 家のなか|蒸し暑い日の、1単元株の人。『お引き立て、ありがとうございます。』
蒸し暑い日の予感 蒸し暑い日だった。朝から空気が重く、会場に入る前から、今日の“濃度”が決まっているような気配があった。 自分の仕事は、裏方としての段取りをすでに済ませていた。資料も、会場の準備も、想定問答も。あとは、流れに身を任せるだけだった。 どこでも似たような総会の風景 株主総会は、毎年の儀式のように淡々と進む。議案の説明、質疑、拍手。まあ、どこの会社でも似たようなもので、“今年も無事に終わればいい”という空気が会場に漂っていた。 よりによって、1単元株の人 けれど、こういう日に限って、言いたい人は、やはり来る。 案の定、よりによっての、1単元株の人だった。 1単元——会社が「ここからが…
6月の株主総会対応で、とある演奏会に行く|接待だから、楽しいわけではない。
6月の株主総会が近づくと、コンサートも“お仕事の時間”になります 6月は株主総会の準備で、社内も外もそわそわします。そんな時期に、アンドリス・ポーガ指揮 NHK交響楽団の公演へ、株主の皆さまをご案内することになりました。本来なら「やった、ポーガだ!」と喜ぶところですが、この日は“接待”という言葉が、そっと背中に乗っていました。――重くはないけれど、確実にそこにいる感じです。 会場へ向かう道のりから、すでに気持ちは“総会モード”です 電車の中で思い返していたのは、曲目よりも、ご一緒する株主の皆さまのお顔や、これまでの会話でした。「この方は金管の音が好きだったな」「この方は“クラシックは眠くなる”…
ドヴォルザーク:『自然の中で』 Op. 63より第1曲|森や風景のひびき
今回のお題は、「はじまりの恋、続いていく愛」にしてみました。朝は、今日の気持ちをそっと抱きしめる時間。夜は、明日へ心をほどく静かな誘い♪(優しい朝を紐解く時間の約1分(^^♪) https://www.youtube.com/watch?v=_lXVm8Z6Sb4 ↑ 新しいタブで開いて、癒しの時間に捧げる時間へとどうぞ(^^♪。音が出ます! イヤホン推奨ですが、音なしでも本文をお楽しみいただけます ドヴォルザーク:自然の中で 5つの合唱曲集よりOp. 63-1「自然の中で」 この動画は信頼できるソースからご紹介しています。非営利の癒しブログです。著作権は演奏者・レーベルに帰属します。お楽しみ…
ハイドン:交響曲第94番「驚愕」第2楽章 アンダンテ|見過ごした歴史の波とやさしいいびき
歴史が大きく揺れた時代には、互いに無関係に見える出来事どうしが、思いがけない形で響き合うことがあるように思います。 フランス革命という転換点のただ中で、贅を尽くした暮らしの黄昏が静かに終わりへ向かっていたことも、その一つかもしれません。 史実として結びつかないはずの場面が、音楽を通すとゆっくりと手を伸ばしてくるように感じられることがあります。その不思議さに、私はいつも少し驚かされます。 https://www.youtube.com/watch?v=14G_PDZWXVE ↑ 新しいタブで開いて、癒しの時間に捧げる時間へとどうぞ(^^♪。音が出ます! イヤホン推奨ですが、音なしでも本文をお楽し…
モーツァルト:『ピアノ協奏曲第21番(1785)』より 第2楽章|たくさんの音の移り変わりと首飾り
マリー・アントワネットが深く愛したプチ・トリアノン。その黄昏の時間に、もしかしたら響いていたかもしれない音楽をたどるシリーズの第2回目です。今回は、大作曲家メシアンも唸らせた、特別な“光”をもつ一曲を取り上げます。 「最も美しい旋律の一つ」という光 「モーツァルトの音楽、そして音楽全体において最も美しい旋律の一つ。」 フランスの作曲家オリヴィエ・メシアンがそう語った第21番の第2楽章は、聴くたびに胸の奥で静かに光ります。 この断言を知ってから聴くと、旋律の最初の一滴が落ちてくる瞬間に、どこか“特別な光”を探してしまいます。しかし、その光は決して強くはなく、むしろ黄昏のように淡く、ゆっくりと滲む…
クルムフォルツ:『ハープ協奏曲第5番 変ロ長調』~第2楽章|水面に落ちる音と薄く覆われたしずかな時間
今回は、マリー・アントワネットのプチ・トリアノンでの黄昏に共感する作曲家たちのお題にしました。 あの小さな離宮に流れていたであろう、やわらかな夕暮れの空気。その光の粒が、そっと手のひらに落ちてくるような気配を、最初のひと息は思い出させてくれているようです。水面に触れた光が、波紋をつくるよりも早く溶けていく。そんな静かな始まりが始まります。 https://www.youtube.com/watch?v=LlYLzMolZ20 ↑ 新しいタブで開いて、昼間のさりげないひと時にどうぞ。音が出ます! イヤホン推奨ですが、音なしでも本文をお楽しみいただけます ジャン=バティスト・クルムフォルツ:ハープ…
映画『ベートーベン』(1992)|日常の調べを変えていく、ベートーベンと名付けられた犬
ベートーベン2を先に見たので、元の話を視聴しました。元の話が、素朴さから始まるので、よかったです。紹介動画の古典版です。 www.youtube.com 日常にそっと差し込まれる、音の気配 この映画の始まりには、ひとつの小さな出来事があります。 家に迷い込んだ子犬が、流れていた曲に反応し、その名を「ベートーベン」と授かる場面です。 重々しいはずの名が、家族の暮らしに不思議な明るさをもたらし、日々の風景にひとつの調べが生まれます。 音楽は、家族の生活に寄り添うように静かに流れ、物語全体をやわらかく包み込みます。 名の由来となった作曲家の記憶と、家族の素朴な暮らしが重なり合い、映画はどこか懐かしい…
映画『ヴィヴァルディと私』 名高い演出家が見せる、控えめで深い美しさ
いま、国際的な話題になって封切になって、各国でほぼ一斉上映されている映画『ヴィヴァルディと私』。オペラ演出家でもあるダミアーノ・ミキエレット映画監督としての、映画作品を観に行ってきました。ダミアーノ・ミキエレットの生まれ故郷としても兼ねている映画です。 ヴィヴァルディは、1678年生まれ1741年まで生きた作曲家。しかし、作曲家だけでなく多面性があった人。映画監督は、史実に様々な独創性を加味しつつ、ヴィヴァルディに独自の個性を与えていきます。 https://www.youtube.com/watch?v=Lfg1rkiYJ-s ↑ 新しいタブで開いて、昼間のさりげないひと時にどうぞ。音が出ま…
ナディーン・B・シルヴァーマン:『フェル/ウラ(FER // ULA)』(2024)|鉄と深紅のあいだに立ち上がる情景
最後の4曲目。結局変えました。『ストラトスフィア』(2022)が4楽章構成で、聞きどころが多いからです。そこで今回は、2024年夏にダブリンで開かれた国際クラリネット協会クラリネットフェストで初演された、新しい二重奏曲をご紹介します。 https://www.youtube.com/watch?v=gsqhBgFtUGc ↑ 新しいタブで開いて、昼間のさりげないひと時にどうぞ。音が出ます! イヤホン推奨ですが、音なしでも本文をお楽しみいただけます♪ ナディーン・B・シルヴァーマン:『フェル/ウラ(FER // ULA)』(2024) この動画は信頼できるソースからご紹介しています。非営利の癒し…
ロレンツォ・ヴィオッティ指揮×東京交響楽団(2026年5月23日 MUZA川崎)|”終わり”と”始まり”にある香る景色
『愛の妙薬』のチケットを持っていたのだけど、譲ってもらっていたヴィオッティ指揮のチケットを優先することにしました。 夜明け前にひらく景色 後半の曲は、夜の名残がまだ空に薄く漂う時間のようでした。光が差し込む前の、静かな揺らぎだけが空間を満たし、その揺れる感覚が少しずつ輪郭を持ちはじめていく。遠くで風が動くような気配があり、その気配が重なり合うたびに、景色の色がゆっくりと変わっていくことに、酔いしれていく時間でした。何かが始まる前の、あの独特の“間”だけが、客席の奥までしずかに広がっていたのです。 夕暮れの光が沈む場所 変わって、1曲目の話になります。 歌の連なりは、まるで夕暮れの光が地平線に沈…
フアン・A・ペレス編曲:『アベンジャーズ/エンドゲーム(クラリネット四重奏版)』より”メインテーマ”|安定した編曲家ならではの映画の世界へ
朝は、今日の気持ちをそっと抱きしめる時間。夜は、明日へ心をほどく静かな誘い♪(壮大な映画音楽がクラリネット編曲になった時の心地よさと抱き合わせた4回シリーズ第3回|昼どきにも軽く(^^♪) 1曲目は「ぼんやりとした帰る場所」、2曲目は「落ち着かない足取り」、そして3曲目は「影から光へ戻る確かな軌道」。この3曲を並べると、音の成り立ちそのものが、ひとつのサーキットのように巡っていきます。意識して並べたわけではないのに、あとから振り返ると、どこか“循環のドラマ”のようにも感じられます。 まずは、第3曲目の音楽に軽く触れておきましょう。 https://www.youtube.com/watch?v…
サンドリーヌ・ピオー&ダヴィッド・カドゥシュ リサイタル(2026年2月9日 ウィグモア・ホール)|静かな距離感のある、微妙なズレがもたらす心地よい音楽
*ネットラジオのオンデマンド配信で、この2026年2月9日のリサイタルを静かに聴いていました。 放送局が残してくれた音源を、ゆっくり味わいながら聴いていました。定番のコンビです。 確認できているだけでも、2021年ごろから続く組み合わせで、ツアーも行っています。 サンドリーヌ・ピオーSandrine Piau &ダヴィッド・カドゥシュDavid Kadouch2026年2月9日の曲目構成です。 作曲家 作品名(日本語) フランツ・シューベルト 《白鳥の歌 D957》より:・《恋の使い》・《セレナーデ》・《海辺で》 クララ・シューマン ・《あなたの瞳に私は見た》Op.13-5・《私は暗い夢の中に…
ドニゼッティ:歌劇『愛の妙薬』(2026年5月20日公演 新国立劇場)|色彩豊かな、妙を得た微笑ましい舞台
ドニゼッティのオペラを観るのは久しぶりでした。前回は、親類を訪ねた折に観た 2024年5月の『ロベルト・デヴリュー』で、あの時はシカゴ・リリックオペラの関係者と思われる ツアーの方々も客席に見かけました。自分にとってドニゼッティの喜劇作品は今回が初めてで、 これまで女王3部作を続けて観てしまったこともあり、どんな軽やかさに出会えるのか、 自然と期待が高まっていました。 この日は、唯一の夜公演でした。 第1幕 少し不器用なまなざしの物語 劇場に入ると、舞台の明るい色合いがそっと目に届きました。きらびやかではなく、 少し色あせた絵本のような柔らかさがあり、どこか懐かしい風景のようでもありました。 …
ジョナサン・ラッセル:『いばりんぼうのフェレット(Rowdy Red)』(2022)|いきって、どこかばかげた、遊び心
今回のクラリネットをお題にした4曲構成で、最初に決まったのは1曲目でした。ところが、4曲目が揺れ、3曲目も変わり、最後まで二転三転したのが——この2曲目です。ジョナサン・ラッセルの曲だとは思ったのですが、どうしても決めきれなくて。クラリネットを吹けるわけではないのに、不思議な迷い方をしました。 https://www.youtube.com/watch?v=K-Cfl0n2o7E ↑ 新しいタブで開いて、昼間のさりげないひと時にどうぞ。音が出ます!イヤホン推奨ですが、音なしでも本文を楽しめます♪ ジョナサン・ラッセル:『いばりんぼうのフェレット(Rowdy Red)』クラリネット四重奏のために…
藤倉大:『クラリフォーニクス(Clari4nics)』(2000)|4本のクラリネットが駆け抜けるエネルギッシュな小品
昨日は仕事が長引いてしまい、残念ながら演奏会には行けませんでした。少し気持ちを切り替えて、今日はいつものペースに戻しています。 サクソフォンや打楽器の話題が意外と読まれているこのブログ、今回はクラリネットを取り上げます。 https://www.youtube.com/watch?v=gLi-79HftVw ↑ 音が出ますので、イヤホン・静かな環境でお楽しみください!(タップして再生お願いします) ↑ この動画は信頼できる演奏者の方からご紹介しています。非営利の「こういう曲もあるのね」ブログです。著作権は演奏者・レーベルに帰属します。心穏やかな時間として、どうぞお楽しみください♪ 藤倉大《クラ…
コルンゴルド:『4つのシェイクスピアの歌』第4曲~"小鳥たちが歌う時に”|鳥の声とともに、恋するふたりは明るい春が好き。
今回は、ヒバリ(鳥)と春の明るさが紡ぐ装いの「音の成り立ちが手を取り合う、静かな5曲の旅 」でした。 朝は、少し疲れた心を、スマホで優しくリセットする時間。夜は、明日への小さな期待を、静かに温める時間♪(やすらぐ癒しの約1分♫|音楽なしでもどうぞ) https://www.youtube.com/watch?v=vwRRlLWondY ↑ 新しいタブで開いて、昼間のさりげないひと時にどうぞ。音が出ます!イヤホン推奨ですが、音なしでも本文を楽しめます♪ コルンゴルド:『4つのシェイクスピアの歌』第4曲~"小鳥たちが歌う時に” 歌詞出典:シェイクスピア『お気に召すまま』第5幕第3場の歌「It wa…
ドビュッシー:『2つのアラベスク』第1番|外の世界の声が霧の粒となり、葉の上に降りそそぐ
シューベルト:『聞け、天空のひばりを』で描かれた外の世界が開けていく歌から、ドビュッシー:『アラベスク 第1番』をグラデーションのように内側の静けさにほどけていく世界にしました。 (朝の居心地を穏やかに、そして夜の静けさを誘う一コマに癒しの約1分🎶) https://www.youtube.com/watch?v=lykFWJirapo ↑ 新しいタブで開いて、朝の音楽に or 昼間のさりげないひと時に。音が出ます!イヤホン推奨ですが、音なしでも本文を楽しめます♪ ドビュッシー:『2つのアラベスク』第1番 この動画は信頼できるソースからご紹介。非営利の癒しブログです。著作権は演奏者・レーベルに…
ロレンツォ・ヴィオッティ×東京交響楽団(2026年5月16日 サントリーホール)|新しい門出を祝う”巨人”交響曲
ロレンツォ・ヴィオッティ&東京交響楽団 音楽監督就任披露演奏会マーラー:交響曲第1番「巨人」 就任披露1年目という枠以外に、音の粒立ちの扱い方とゴールの仕方。近い「帰る音」を、まったく別のやり方で鳴らしきるのが、この二つの1番の魅力です。 1. 静かな草原から始まる新しい門出 夜明け前の薄暗い草原のような、静かな音がホールに広がりました。弦楽器の細い音が少しずつ重なり合い、「これから物語が始まる」という合図になりました。 ロレンツォ・ヴィオッティは急がず、落ち着いた動作で指揮を始めました。過去の演奏を真似するのではなく、「今夜、この場所で新しく生まれ変わらせる」という意志が強く感じられました。…
シューベルト:『聞け、天空のひばりを』D.889|春光とひばりを描く透明な歌曲
朝は、少し疲れた心をそっと整える時間。 夜は、明日への小さな期待をあたためる時間。 そんな “静かな1分” に寄り添う音楽を、今日もひとつ。 透明で生命力のある、シューベルト晩年の光 ビショップ、フォーレと続いた “ひばりと夜明け” の小さな旅。 その3曲目にあたるのが、シューベルト晩年の作品 『聞け、天空のひばりを』D.889 です。 https://www.youtube.com/watch?v=K6lUoBy_nv0 ↑ 新しいタブで開いて、朝の音楽に or 昼間のさりげないひと時に。音が出ます!イヤホン推奨ですが、音なしでも本文を楽しめます♪ この動画は信頼できるソースからご紹介。非営…
(番外編)ヒンデミット:歌劇『画家マティス』|人としての本当の役割を、やわらかく心に戻ってくる物語
夜更けの静けさの中、ネットラジオから流れてきた ダニエレ・ガッティ指揮シュターツカペレ・ドレスデンの《マーラー:交響曲第7番》。 深い陰影をまとったその響きに耳を澄ませていると、胸の奥に眠っていた一つの舞台が、ゆっくりと輪郭を取り戻していきました。 ――ガッティがチューリッヒ歌劇場を去るとき、最後に選んだ作品。 ヒンデミット《画家マティス》。 あの舞台の静けさ、色彩、そして“芸術家が生きる意味”をめぐる問いが、マーラーの夜の音楽と静かに重なり合っていくのを感じます。 その記憶の光にそっと触れた瞬間、もう一度《画家マティス》に耳を傾けたくなりました。 今の自分に必要な、やわらかな気づきがそこにあ…
フォーレ:『夜想曲』作品33-1|静かな部屋で一人、ピアノを前にした物思い
今回の5曲――ビショップ、フォーレ、シューベルト、ドビュッシー、そしてコルンゴルド。それぞれの音が手を取り合い、ひとつの細い道を静かに歩きはじめます。シェイクスピアの言葉から生まれた歌と、フランスの澄んだ器楽が交互に姿を見せ、ひとつのまなざしに導かれるように、流れは静かに深まっていきます。スクロールするたび、景色が少しずつ色を変え、気づけば、小さな物語の中を旅している自分に出会います。 ビショップの”ヒバリ”という優しい言葉の響きで、心が優しくなる。今回の2回目(フォーレ:『夜想曲』第1番)は、外界のまぶしい光と生命力を思いきり浴びてもらった前回第1曲目(ビショップ:『見よ!ほら優しいヒバリが…
ラハフ・シャニ指揮 ミュンヘン・フィル(2026年5月12日 サントリーホール)|ルドルフ・ケンペ没後50周年を日本で祝うブラームス
5月12日は、指揮者ルドルフ・ケンペの没後50周年にあたります。 ケンペは1967年から1976年までミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団の首席指揮者を務め、ブラームス交響曲全集を録音した巨匠でした。彼が長年育て上げたこのオーケストラが、まさに昨日、2026年5月12日にサントリーホールで演奏してくれました。プログラム後半はブラームス:交響曲第4番でした。 ケンペの没後50周年を日本で祝う、運命的で感慨深い夜でした。若き今後ますます注目されるラハフ・シャニが指揮を執り、ピアニストのチョ・ソンジンを迎えたプログラム。ベートーヴェン「エグモント」序曲、プロコフィエフ ピアノ協奏曲第2番、そしてブラ…
ラハフ・シャニ指揮 ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団(2026年5月11日 サントリーホール)|厚みのある音でまっすぐに奏でられた「巨人」交響曲
昨日5月11日月曜日サントリーホールで、ミュンヘン・フィルハーモニーがマーラーの第1番を演奏しました。 この演奏は、飾り気のない素直なものでした。 厚みのある音がはっきり聞こえる オーケストラの音は厚みがあり、ひとつひとつの部分がはっきり聞こえてきました。 静かなところは穏やかに、力強いところはしっかりと響き、音楽が自然に流れるように進みます。 音は厚いのに進み方が軽やか 音の層は厚く詰まっているのに、音楽は驚くほど軽やかに前へ進んでいきました。 大きな音になっても角が立たず、包み込むように広がっていきます。 力を出しすぎず、ちょうどよい余裕で曲を運んでいく様子が印象的でした。 静かな場面で音…
ビショップ:『見よ!ほら優しいヒバリが』|朝の扉がひらくとき、喜びを誘うヒバリの響き
夜明けの澄んだ空気と、ヒバリのさえずりの清々しさが、忘れていた記憶とともに優しく今に触れる。新しい音との出会いが、心を静かに満たすひととき(^^♪ (すがすがしさの約1分|意訳の歌詞をふと眺めながら♬) https://www.youtube.com/watch?v=OLkDGzBs-tA ↑ 新しいタブで開いて、朝の音楽に or 昼間のさりげないひと時に。音が出ます!イヤホン推奨ですが、音なしでも本文を楽しめます♪ ビショップ:『見よ!ほら優しいヒバリが!』(1819:《間違いの喜劇》から) (イヤホンや静かな環境でお楽しみください) この動画は信頼できるソースからご紹介。非営利の癒しブログ…
自分の演奏記録動画編集の楽しさ|見やすくするための加工しているときの時間
演奏を録りためていくと、その日の空気や気持ちが、音の端々にそっと残っていることに気づきます。ただ保存しておくだけでは、どこか取りこぼしてしまうような感覚があって、そこに少し手を添えたくなる。そんなとき、自分の演奏を加工していく時間が、静かな楽しみになっています。 演奏が“もう一度呼吸を始める瞬間” 加工の良いところは、難しい操作を覚えなくても、触れているうちに自然と形が整っていくところです。明るさを少し変えるだけで、演奏の雰囲気がふっと柔らかくなり、不要な間を切るだけで音の流れが軽くなる。まるで散らかった机を静かに片づけていくような心地よさがあります。 どの瞬間を残すかを選ぶ楽しさ 特に好きな…
アヴネル・ドーマン:『ウダクレプ・アクブラドUdacrep Akubrad』(2001/演奏スタイルにより随時校訂)|反転するリズムが、生まれ変わる瞬間
打楽器群シリーズ最終回は、曲名自体が、逆読みになっています。作品名称そのものの反転が、リズムを裏返させ 跳躍をも生むのです。また、演奏者の身体と楽器の関係が変わるたびに姿が変わることが、《大地のうねり(地中のエネルギーが一気に地表へ噴き出すような瞬間)》となる魅力となるのです。 今回最後の3曲目は、”マリンバ”と”多彩な小物打楽器”を両方使用した曲です。この作曲家(*1975年)の代表作の一つです。 https://www.youtube.com/watch?v=5_M8tr_EXt0 ↑ 音が出ますので、イヤホン・静かな環境でどうぞ。(タップ/クリックで再生できます) ↑ アヴネル・ドーマン…
ネボイシャ・ジヴコヴィッチ:『一人のための三重奏』(1995/1999)|三人の個性が描く、一つの意志
今回のお題は、若い世代にも人気のある「リズム」を中心にした打楽器群シリーズです。音の印象は、第1回が〈木のもたらす透明な響き〉、そして今回の第2回は〈祈りのような打撃〉。最後の第3回では〈大地のうねり〉へと続いていきます。 第2回の“祈りのような打撃”とは、たとえば《激しいのに、荒々しくない》、あるいは《音が重なるほど、叩く動作に静けさが宿っていく》──そんな不思議な感覚のことです。 https://www.youtube.com/watch?v=A83GSC06jDc ↑ 音が出ますので、イヤホン・静かな環境でどうぞ。(タップ/クリックで再生できます) ↑ ネボイシャ・ジヴコヴィッチ:『一人…
スティーヴ・ライヒ:『ナゴヤ・マリンバ』(1994)|繰り返しとずれの中の名古屋の景色
新しい音との出会いがスイッチを入れる。昨日を優しく離れる時間♪ 打楽器群の作品を扱う3回シリーズの第1回。 (当時の新しい息吹は、世界中に今や浸透していることを知るにうってつけの約1分読み(^^♪ も大丈夫) https://www.youtube.com/watch?v=HM6eC2KJhCE ↑ 音が出ますので、イヤホン・静かな環境でお楽しみを!(タップして、クリックしてお楽しみください) ↑ ステーブ・ライヒ:『ナゴヤ・マリンバ』(1994) この動画は信頼できるソースからご紹介しています。非営利の、そして癒しブログです。著作権は演奏者・レーベルに帰属します。心穏やかな時間として、どうぞ…
クライスラー:『プニャーニの様式による前奏曲とアレグロ』|礼儀正しい始まりと、広がる風が続く道のり
静かに、気づかなかった気持ちを整える時間にどうぞ♪(癒しの時間が始まるひとときに約1分流し読み♬|GW明けの1曲に) https://www.youtube.com/watch?v=uiCk_VlDnrs ↑ 音が出ますので、イヤホン・静かな環境でお楽しみを!(タップして、クリックしてお楽しみください) ↑ クライスラー:『プニャーニの様式による前奏曲とアレグロ』 この動画は信頼できるソースからご紹介しています。非営利の、そして癒しブログです。著作権は演奏者・レーベルに帰属します。心穏やかな時間として、どうぞお楽しみください♪ 3つめの「序奏とアレグロ」として迎える1曲 「序奏とアレグロ」とい…
ライネッケ:『序奏とアレグロ・アパッショナート』Op.256|音の歩みを整える季節の記録
「序奏とアレグロ」シリーズ2回目。今回はまず、すぐに思い出すラヴェルを書かないことにします。別の角度でブログを書く余地のある作品と思ったからです。それよりも、少し落ち着いた空気の中で、味わってみたい音があるものです。 https://www.youtube.com/watch?v=35m8e_suygU ↑ 音が出ますので、イヤホン・静かな環境でお楽しみを!(タップして、クリックしてお楽しみください) ↑ ライネッケ:『序奏とアレグロ・アパッショナート』Op.256 この動画は信頼できるソースからご紹介しています。非営利の、そして癒しブログです。著作権は演奏者・レーベルに帰属します。心穏やかな…
エルガー:『序奏とアレグロ』(1905)|弦が導く始まりの旅
今回のお題は、1900年代頃に「序奏とアレグロ」という形式を取った音楽を取り上げてみたいと思いました。きっかけは、三世代ほど上の方が高校時代に木下牧子さんの『序奏とアレグロ』を吹奏楽コンクールで演奏していたという話を聞いたことです。 とても難しい曲だったと語っていたことから、この題名に興味がわき、調べてみることにしました。すると、“やはりあるのですね”という発見につながりました。 そこから、同じ題名を持つ作品がどのように生まれたのかにも関心が広がり、弦の響きへ視線を移して、その原点をたどってみました。 https://www.youtube.com/watch?v=lNgIjhquD0s ↑ …
新国立劇場バレエ団:『ライモンダ』(5月3日千秋楽マチネ 初台)|踊りのきらめきが物語を揺らし、心に残る光景が生まれるまで
千秋楽マチネ、音楽が立ち上げる物語 千秋楽の客席には、開演前から独特の緊張と期待が満ちていた。幕が上がると同時に、 グラズノフの音楽が空気を震わせ、物語の輪郭がゆっくりと立ち上がっていくのです。 柔らかく、時に鋭く、そしてどこまでも抒情的な旋律美。その音に導かれるように、踊り手たちの身体が自由に動き、 舞台の奥行きが一気に広がっていく。千秋楽ならではの集中力が、最初の一歩からはっきりと伝わってきました。 普遍的な恋物語としての『ライモンダ』 今回の『ライモンダ』は、単なる古典の再演ではなく、 “普遍的な恋物語”として見つめなおす視点が随所に息づいていたと思います。 ライモンダ、ジャン、アブデラ…
新国立劇場バレエ団:『ライモンダ』(5月2日ソワレ 初台)|小野絢子/李明賢 組|音楽の残り香とバレエの印象
新しい出会いが、心のスイッチをそっと押す。気持ちが優しく切り替わる瞬間♪ (心の癒しは、平坦な時間に約1分(^^♪|踊るようなひととき) 客席に身を置いた瞬間、まだ幕は上がっていないのに、劇場が支配する空気の奥で 小さな光が脈打つような気配がありました。長い物語の入口に立つとき特有の、胸の奥がふわりと波立つ感覚。その静かな高鳴りが、これから訪れる時間をそっと照らしていました。 光に触れた影が動き出すとき 第一幕、舞台の中央に立つ姿は、まるで形が決まらず、つねに変化し続ける動きの透明感 ように、ひとつひとつの動きが澄んで見えました。周囲を包む群舞は、風に揺れる麦畑のように揃いながらも、完全に機械…
グノー:歌劇『ファウスト(1859年初期稿版)』|S・ドゥネーヴ×オランダ放送フィル|現代のホールと楽器でのドラマ性
コンセルトヘボウの土曜マチネ(2025年12月13日)で取り上げられたのは、私たちがよく知る華やかな5幕版ではなく、1859年パリ初演時の「最初の《ファウスト》」=初期稿でした。グノーが最初に書きつけた繊細なフレーズや、置かれた台詞の間合いがそのまま残っている版です。 3つの点に絞って表をつけてみました。クリックすると展開します。 《ファウスト》初期稿 vs 現行版(演奏時間つき比較) 項目 初期稿(1859/プロローグ+4幕) 現行版(1869頃/プロローグ+5幕) 総演奏時間 約2時間15分〜2時間30分 約2時間45分〜3時間10分 プロローグ 10〜12分(素描的で軽い) 12〜15分…
リッカルド・ムーティ指揮東京春祭オーケストラ(2026年5月1日千秋楽公演)|モーツァルト:『ドン・ジョヴァンニ』|奥行きある舞台があるおかげの気づき
5月1日金曜日 東京文化会館で聴いた リッカルド・ムーティ指揮『ドン・ジョヴァンニ』3日目公演は、時間の感覚が消えていくような忘れがたい体験となる深い満足に満ちた日となりました。 音楽が進むたびに次々と姿を変えて現れる美しさが心をつかみ、日常のざわめきをそっと遠ざけてくれます。ひとつひとつの音が驚くほど豊かな表情を帯び、静かに、時に力強く心を揺らしていくのです。忙しい日々の中で、こうした瞬間に出会えること自体が、まさに至福の時間となりました。 序曲の響きに、心が静かにほどけていく 幕が上がると、序曲の柔らかく包み込むような響きがホール全体に広がり、自然と心の扉が開いていくような感覚が訪れました…
クリス・エヴァン・ハス:『火山灰(Volcanic Ash)』Sax四重奏|灰が舞う瞬間の、はかない境目
サクソフォン🎷🎷🎷シリーズ最終曲は、特定の音の重心が置かれていない曲(調性のない曲)を据えました。前曲2曲は、音楽の“よりどころ”となる響きがありました。巻き上がる灰が持つイメージを大切にしているので、音の重心が偏らないのも、この作品の魅力です。 耳がどこにも落ち着かないまま、ただ灰の渦の中に立ち尽くしているような感覚——その揺らぎを味わうための終曲です。 ↑ 音が出ますので、イヤホン・静かな環境でお楽しみを!(タップして、クリックしてお楽しみください) ↑ クリス・エヴァン・ハスChris Evan Hass(1993年生まれ):『火山灰』(2017委嘱作) この動画は信頼できるソースからご…
デイヴィッド・マスランカ:『マウンテン・ローズ(山道)』第1曲”序曲”|Sax四重奏の奏でる山の呼吸
サクソフォン🎷🎷シリーズ2回目。前曲は聞き入ってしまうそして気になってしまう展開の『魔女狩り』でした。ハ短調の シ♭(B♭)ミ♭(E♭)ラ♭(A♭)の神秘的で少し緊張した空気が持ち味の曲でした。 今回は、レ(D)を中心に、♯や♭を必要に応じて使いながら広がりのある音世界を作り出しているマスランカ作曲:『マウンテン・ローズ(山道)』第1曲”序曲”です。1997年に書き上げた作品です。 音のトーンが自然になるので聞きやすいと思い、選んでみました。 この動画は信頼できるソースからご紹介しています。非営利の、そして元は癒しブログです。著作権は演奏者・レーベルに帰属します。心穏やかな時間として、どうぞお…