chevron_left

メインカテゴリーを選択しなおす

cancel
プチひきこもりの、介護日記 https://mata-ashita.hatenablog.com/

認知症の母親の介護をしている60代シングルです。ひきこもり気味です。

住所
未設定
出身
未設定
samugari_yukidaruma
フォロー
ブログ村参加

2025/06/25

ブログをみる無料アプリ

アプリでフォローする
arrow_drop_down
  • 大好きなそら豆だけど

    そら豆を買いました。 父と母の大好物、例年なら店頭に並び始めたら、少し高くても買ってノンアルコールビールと一緒に食卓に並べました。 2人がいなくなってしまって、今年はそら豆に手が伸びませんでした。 買い物に行って目に入れば買って供えようかと思うのですが、実際に食べてもらうことは出来ないのだと思うと、寂しい気持ちになって買う気になれませんでした。 先日母の百箇日だったので、思い切って買って供えました。 「お待たせさま」 百箇日は「卒哭忌」とも言うそうで、悲しみを卒業して新しい生活に進むタイミングだそうです。 父母を思い出す時、悲しさよりも楽しく思い出したほうがふたりとも喜んでくれていると分かって…

  • 夢の中で

    母が亡くなった後、度々母の夢を見ました。 家族で鰻を食べることになった夢をみたのですが、夢の中で食べられたのか食べられなかったのかはっきりしなくて、その日は鰻を買ってお供えしました。 ある時は夢の中で「お好み焼きを食べたい」と言われて、冷凍のお好み焼きを買ってお供えしたこともありました。 鰻もお好み焼きも、父の好物なのですが🤔? でもほぼ1か月何も食べられなかった母が、夢の中ででも何かを食べたいと言ってくれる事がうれしかったです。 こちらでは食べられなかった分、今は好きなものを食べられるようになったと思いたいです。 四十九日までは、仏様はこちらとあちらを行ったり来たりしていると聞いていたので、…

  • 母からのプレゼント?

    今朝、芽が出ました。 昨年切り花で買った紅葵の種を取っておいて、母の四十九日にまいたものです。 四十九日に撒いて、母の日に芽を出すなんて、出来過ぎです😳。 これは昨年遅めに青虫から蛹にかわったものです。 冬を越して、緑色のまま変化はみられず、もう駄目なのかとおもっていましたが、すこし前に無事にミナミアゲハチョウに羽化しました。 それも母の初めての月命日に😳。 その日の朝、窓を拭いて何かの気配を感じで横を見ると きっと窓を拭いてなかったら気づかなかったと思います。 しかも窓拭きなんて、年に何回かしないので、まさに偶然。 しばらく羽を乾かしてしましたが、気づいたらいなくなっていました。 ちょうど姉…

  • 終わってしまいました

    介護が終わってしまいました。 もう2ヶ月になります。 うつ病、引きこもり気味で潔癖症なので、つらいこと大変なことも多く、疲れてもう無理と何度も思いながらも、母との暮らしが少しでも長く続いて欲しいと思っていました。 今でも母がいるような気がします。 しばらくの間手のひらには母の感覚がはっきりと残っていました。 亡くなった翌日の朝、母が使っていた毛布を片付ける時に、ぎゅっと抱きしめてにおいをかぎましたが、洗濯したばかりで母のにおいはしませんでした。 食べることも飲むことも出来なくなって1ヶ月、週2回の点滴だけで本当に頑張ってくれたと思います。 最期は私が背中をさすっている時に息がとまりました。 老…

  • 大切な時間

    4日間出なかったおしっこが出るようになりました。 おしっこが出なくなって、もうそのまま見送ることになると思っていたので、ほっとしました。 点滴も週2回で続けることになりました。 一度お腹にすごくむくみが出たのですが、それもほとんどなくなりました。 先生には「4日もおしっこ出なくてまた出るようになったなんて見たことも聞いたこともない。奇跡。お母さんの生命力がすごく強い。」と言われました。 感謝しかありません。 それでも口から食べることも飲むことも出来なくなってしまったので、いつ何があってもおかしくないので緊張感は続きます。 母は、私に最後の時間をつくってくれているのだと思います。 気持ちの整理を…

  • ごみの軽さが…

    ごみを捨てようとして、ごみの軽さに驚きました。 母が食べなくなり、おしっこもでなくなったから。 実感しました。 悲しい軽さです。 にほんブログ村

  • 時間がゆっくり過ぎでくれればと願わずにはいられません

    内蔵が弱り、おしっこが作られなくなっているので、もう点滴はできないと言われました。 2日間起きず、全く飲めなくなり、おしっこも出てません。 姿勢を変えようと、身体の向きをかえたとき、母がふと目を開けました。 しっかりと。 突然のことに信じられない気持ちと、うれしさと驚きと。 穏やかな目をしています。 ほっとしました。 おそらくほんの限られた時間、何をしたらいいかわかりません。 感謝の言葉をたくさん伝えました。 「お母さんと一緒に暮らせて幸せだったよ」 「お母さんの介護させてくれてありがとうね」 私の目に涙がじわじわにじんできました。 泣いたら母が心配するのではないかと、こらえようとしますが、あ…

  • 医療行為と自然な看取りのはざま

    両親が元気な時は、積極的な治療はしないで、自然に看取ると、漠然と考えていました。 実際看取りの段階が近づいて、点滴さえ延命にあたるのだと知りました。 「積極的な治療はしないと希望されてますけど」と、確認されることも何度かありました。 そんな線を引かないで、悔いのないように看取りたいのですが。 難しことなのでしょうか? 在宅で介護することに、これまで関わってくれた方たちには、とても感謝しています。 にほんブログ村

  • 悩みは続きます

    月1回の訪問診療の時に、点滴をどうするのか毎回聞かれます。 続けるのかやめるのか? どちらかと言えば「まだ続けますか?」の意味が強い感じです。 一度やめて、また口から全然取れなくなったら点滴を再開するつもりでしたが、だんだん飲む量が減って迷いが出てきました。 今、点滴をやめたら、直ぐに何かが起きなくても、ずっと気になって後悔し続けることでしょう。 逆に続けることにしたら、先生にどう思われるかとか気になりそうで😓。 その日、訪問看護が午前中、訪問診療は午後からでした。 訪問看護の看護師さんが「娘さんの思う通りにしたらいいと思う」そう言ってくれました。 その言葉でふっきれて、点滴を続けることにしま…

  • 普通って分からない

    母の介護を始めて15年ほどになります。 もともと私が引きこもり気味、潔癖症、摂食障害、鬱病という状況で、両親の介護は無理だと思いましたが、それでも介護は始まりました。 最初の頃のような母との衝突や、夜中の転倒などのトラブルはなくなりましたが、疲れとストレスはたまり続け、ずっと限界状態です。 それでも頑張ろう、頑張らないとって思ってきました。 もともと普通よりも、介護のハードルは高く、普通なら何でもないことも、私は頑張らないと出来ません。 「元気でなるべく長く生きていてほしい」そう思って頑張ってきました。 不器用でこつこつ努力するタイプなので、母が食べられなくなり、体調にも不安が出できてからも、…

  • 静かなお正月?

    無事、母と2人でお正月を迎えられました。 母はほとんど寝ているようになったので、今日も午後まで起きないかもと思っていたのですが、朝パンツを替えているときに、パッと目をあけました。 「あっ、食事できる!」と思いましたが、おせち料理はまだ用意できてません。 かまほこも、黒豆もミキサーにかけないと食べられません。 今から用意していたら、母はまた寝てしまいます。 起きているのはほんの短い間なのです。 急いでいつもの食事を食べてもらいました。 母は直ぐに寝てしまい、私もおせち料理の仕度をして横になってしまいました。 最近疲れと寝不足がたまってしまい、へとへとです。 今年は静かなお正月です。 昨年までは母…

  • おぼれるものは…

    もともと縁起をかつぐほうではないのですが。 母の体調があまり良くないときは気になります。 できるものなら運気を集めたくなります。 それが些細なことでも。 おぼれるものは…ではないですが、小さな事でも頼りたくなります。 今日は冬至。 かぼちゃをたきました。 「寒い冬、栄養をとって健康に過ごす」だと思っていましたが、それだけではないのを知りました。 語尾に「ん」がつくものを食べると「うんき」を呼び込むとか、魔除けの色とか😳。 思っていたよりも、ご利益がありそうです。 これから少しずつ日が長くなるのかと思うと、少し気持ちが明るくなります。 にほんブログ村

  • お日さまはありがたいね

    「お日さまはありがたいね」、冬になると母はよく言っていました。 昭和ひとけた世代、満州からの引き揚げで苦労した母は物を大切にしました。 部屋にはもう何十年も前のエアコンがありましたが、 夏でも父がデイサービスから帰って来る1時間前まではつけませんでした。 冬の日中は日のよく当たる窓際で過ごし夕方になるまで暖房は使いませんでした。 「お日さまはありがたいね」 確かに母の部屋は日が当たり、昼間は暖房なしでもある程度は過ごせます。 でも母は我慢強いのです それも笑顔で。 そんな人です。 今は介護用のベットに寝て、母の体調に何かあってはいけないので、必要に応じてエアコンもつけています。 精神的な病気を…

  • 今回の危機も何とか乗り越えられたようです。 週1回点滴はしてもらっていますが、それも今月いっぱいで終了になると思います。 本当に全てのことに感謝です。 何よりも母の体力に。 以前より寝ていることがぐっと増えましたが、起きているときは相変わらず騒いでいます。 というか、起きた途端に騒ぎます。 寝ている赤ちゃんが起きたら泣き出すような感じです。 こわい夢をみていたのか、目覚めて状況がわからずパニックなのか? その声を聞くと胸が痛みます。 直ぐに優しく声をかけます。 驚いたことに、調子が良い時はたまに話します。 もちろん会話はできません。 先日食後の口腔ケアを念入りにしていた時に「やさしいね」と言わ…

  • まさかのおくりもの

    わりと食べられる事もあれば、ほとんど食べられないこともあり、食べさせてみなければ分からない日が続いています。 まだ不安ですが、ちょっと緊張感も薄らいできました。 先日、母に毛布をかけて顔をのぞき込んだ時に、母の表情が「ぱぁっ」と変わりました。 「〇〇ちゃん(私の名前)だって、わかったの?」 そう聞くと「うん」と頷きます。 本当かどうかわかりません。 「そうだとうれしいな」そう思っていました。 ところが、それから母が、少し言葉を口にするようになりました。 「お腹すいた?」と聞くと「うん」 「お腹すかない?」と聞くと「…」 もう一度「お腹すいた?」と聞くと「少しだけ」 「えー!わかってる?しかも話…

  • どんな状況でも希望はみつけられるはず

    少しずつ食べられるようになってきた母が、起きる時間も増えるにつれて、急にスムーズに飲み込めるようになりました。 かと思えば、また食べられなくなったり。 多分こんな感じを繰り返して行くのだと思います。 ひとまずほっとしましたが、今回は本当に覚悟しました。 いろいろ考えました。 母の部屋の真ん中にベットがありますが、ベットがなくなった、がらんとした部屋をみて私はどう感じるのだろうとか。 疲れて買い物から帰っても、気持ちを切り替えるためにドアを開けると直ぐに「お母さん、ただいま」と玄関で大きな声をだすのですが、これからはどうするのか? 紙パンツや栄養補助食品などを見る度に、これらはもう使い切ることな…

  • 点滴はいつまで?

    「いつまで点滴を続けますか?」と聞かれました。 むくみなどがでなければ、看取るまで続けるものだと思っていたので、少し驚きました。 「点滴は延命になる」とも言われました。 食べられなければ点滴をすると、簡単に思っていました。 胃ろうよりも気楽に考えていたので、延命と言われて「考えれば、そうなるのか」と思いました。 食べられるようになるまで、むくみが出たりしなければ、そのままずっとそう思っていたので少し驚きました。 食べられないのは老化現象なのだから、そのまま受け入れ、点滴をしないということらしいです。 医療的な考えと、「少しでも長く」と願う家族の心情の隔たりを感じました。 姉は「お母さんの立場に…

  • 大変だけど、笑顔で

    1ヶ月ほど毎日続いた点滴が、特別指示書の関係で週3日になりました。 母がしっかり食べられるようになったわけではないので不安ですが、少しは食べられるようになってきたタイミングだったので助かりました。 この1ヶ月いろいろありました。 潔癖性の私にとって、点滴で毎日人が家に入るというのはかなり心身に負担になります。 そして何よりも気がかりだったのは、母の体調です。 1週間ほとんど飲めなかった時は、「もう口から物を摂るのは無理かもしれない」と言われました。 血液検査の結果、点滴の効果が出てないので、点滴の回数を減らすと言わた時には、何とか続けてほしいとお願いしました。 むくみが出始めた時は、少しでも母…

  • 食べられなくなりました、それでも…

    母がまったく食べられなくなり、点滴になりました。 少し前までは飲んで食べられていたのですが、傾眠傾向か強くなり、食事をとるのが大変になり始めました。 そこで服用している薬について先生に相談しましたが、そのまま様子をみるということでした。 それから1週間ほどで少ししか飲めなくなり、また相談して薬を減らしましたが、ほとんど飲むことは出来なくなりました。 前の晩から続けて3食まったく飲めず、次に100CC飲めた時は、うれしくて私も元気が出ました。 たった100CCですが、それでもほっとして、体の力が抜けた気がしました。 まったく飲めなくなって、点滴になってからは口から水分を摂るのをやめていましたが、…

  • うれしいけど、悲しい…

    ずいぶん前から母はもう会話はできませんが、最近は寝ている時間が増えたせいか、ほとんど声も出さなくなってしまいました。 たまに起きているときは、言葉にならない声を出して騒いでいます。 それでも少し前までは、本当に調子が良いときに、たまに「はい」「ありがとう」と言うぐらいは出来ました。 そんな母が「お父さん忘れない!」と言いました。 3ヶ月ほど前のことです。 突然のことだったので、驚きました。 文章を話したこともですが、内容に…。 「お父さん忘れない!」 父が亡くなって3年になります。 当時の母はすでに認知症がすすんでいて、外出先でも叫ぶようになっていました。 コロナで病院の面会も厳しく制限されて…

  • まだまだ、じたばたします

    昨年の今頃、先生から「今年の夏は難しいかも」と言われ看とりの話になりました。 今年も急に寝ている時間が長くなり、食べる量が減ってきました。 もう高齢なので覚悟はできてるつもりですが、心の底からそう思えているわけではないです。 じたばたしてしまいます。 何か食べられそうな物はないか?ミキサーにかければ?ゼラチンで固めたら?おせんべい?クッキー?大きさを変えたら? 毎回いろいろ試してみます。 口も開けない母の口の中に小さなおせんべいの欠片を入れて様子をみます。 口を動かし始めて、ゴックンと飲み込むとひとまず「やったー😊」です。 その後も長く苦戦が続きます。 病院や施設では、本人が食べなくなれば、そ…

  • 来年も、また

    今年もそら豆の季節が来ました。 母の大好物です。 今日は朝から母がよく食べられていたので、買って早速茹でてみました。 父と母がまだ元気だった頃は、そら豆とノンアルコールビールで乾杯したものです。 父の仏壇に供えたあと、母にも食べてもらいました。 食べられたので、ほっとしました。 一昨年あんなに食べたスイカは、去年からむせるようになってしまいました。 それでも今年も買ってみました。 美味しそうに口を動かしていましたが、やはりむせてしまいました。 シャリシャリの歯ごたえが好きなんだと思いますが、思いきってスイカゼリーにしてみました。 ゼリーだけでは、口を動かしませんが、おせんべいと一緒に食べられま…

  • 「もう少し一緒で」と願ってしまいます。

    母がまた寝るようになりました。 時々騒ぎますが、落ち着いたと言える状況だと思います。 寝ている時間が増えても、食事が出来ているので、このままの状態が続いていけばと思います。 ひどく叫ぶようになると、姉は「もし自分がお母さんの立場だったらどう思う?つらい状態でいるより薬でずっと寝ていた方がよくない?」と言います。 そう言われると、私はいつも答えられません。 もちろん母がつらい状態なら、何とかやわらげたいと思います。 でも薬でずっと眠らせることは賛成出来ないのです。 薬で眠ると言うことは、食事も出来ないということ、つまり最期を早めるということです。 母に苦しい思いしても長生きしてとは言えません。 …

  • ただ見まもるのも不安です

    母が騒ぎっぱなしで、夜中も断続的に声を出していました。 つらそうです。 何かしないではいられません。 マッサージしたり、ぽんぽんしたり、歌ったり、話しかけたりしてみます。 それでもしばらくするとまた騒ぎだします。 どこか痛いんじゃないかと気になってきます。 苦しそうで見ていてつらいです。 ひとりで介護していると、こういう時に相談できる相手がいないのでますます不安になります。 ちょうど訪問看護で看護師さんが来てくれましたが、特に問題はみられないそうです。 少しほっとしましたが、時間が経つとまた気になってきてしまいます。 自宅で介護するには、いろいろな覚悟がいります。 腹をくくって、受け入れる覚悟…

  • 看護師さんがかわりました

    訪問看護の看護師さんが変わりました。 2年ほどおなじ看護師さんが続き、いろいろ相談できるようになっていたので、残念です。 腕が拘縮しているのをのばしてくれたり、便秘だとお腹をマッサージしてくれたり、それまでの看護師さんと違うこともしてくれて、頼りにしていました。 このまま最後まで診てもらえたらと思っていたので残念です。 最後の訪問の時に、挨拶をしてくれたのも初めてでした。 看護師さん何人目でしょうか?よく変わったのですが、皆さん何も言わずに変わられたので、挨拶もできませんでした。 今回は私もお礼を伝えられて良かったです。 新しい看護師さんの何回目かの 訪問の時、その時はケアマネさんも一緒だった…

  • ひとりで見る桜

    今年は桜を見た記憶があまりありませんでした。 買い物に行く途中に桜の木がありますが、特に気にしていませんでした。 母がまだ歩けた頃は、桜が咲くと散歩の度に違う場所まで桜を見に行き、写真を撮りました。 最後に桜をバックに写真を撮ったのは5年くらい前だったでしょうか。 何日か前にテレビで「桜も見収め」と言っていたので、せっかくなので近くの公園にひとりで見に行きました。 大きな桜が並びきれいですが、それほど気持ちは動きません。 ただ年配の女性とその娘さんらしい人を見た時は、「私たちもこんなだったなぁ」とちょっと複雑な気持ちになりました。 でも母と毎年桜を見てきたから、ひとりでもまた桜を見に来ようとい…

  • あらら~

    母は腕が拘縮しているので、着替えさせるのはひと苦労です。 腕の前でクロスしている両腕を、1本ずつ伸ばし、腕を通し、頭を通し、あっちを直しこっちを直ししながら、少しずつ服を着せます。 時間もかかるし、こちらもじんわり汗をかきます。 シャンプーの後など、母が興奮気味で叫んで力をぐっといれている時は、少しイライラしてしまうこともあります。 「やった、出来た~」 その瞬間気づいてしまいました。 胸ににあるはずの刺繍が背中にあることに😭。 どうする? 😵

  • 眠り姫、目覚める

    ある日午後から騒ぎ出した母、翌日は1日ずっと寝てました。 かろうじて水分はとれ、食事もすこしだけ食べられました。 半分寝たような状態なので、誤嚥には細心の注意をします。 前の日の疲れが出たのかと思いましたが、翌日も、その次の日も、母はずっと寝ててほとんど目を開けません。 もしかして急に体力が落ちてきているのか?このまま起きなくなって、食べる量も減ってしまうのでは? そんな考えが頭をよぎります。 そんな中、お通じがありました。 下剤を使っているので、下痢でお尻が汚れたので、お尻の洗浄をしました。 ついでにシャンプーしたり、手や足も洗っていると、急に母が叫び出しました😲。 もちろんお湯はぬるめです…

  • 私がブログを始めた頃は、私と同じように実家で母親を介護している女性も多く、大変なのは私ひとりじゃないんだと元気をもらうこともありました。 一人、また一人と介護を終えて、ブログで見かけることはなくなりました。 みなさん元気にされているでしょうか? いつかは私も通る道です。 私も父を見送りました。 見送った直後は悲しみと後悔の気持ちが大きく、何をしていても落ち着かない感じでした。 時間が経った今でも、後悔の気持ちは強く残っています。 「墓石に布団は着せられず」という言葉があるくらいです、親を亡くした後に後悔する人は多いのでしょう。 私には母がいるので、介護に追われることで、逆に救われる部分がありま…

  • 持ちつ持たれつ

    母は寝ていることがとほんどです。 起きているときも、騒いでいることが多く、認知症がすすみ意思の疎通はできません。 でも本当にまれに、少し意識がはっきりするのか、言葉を発することがあります。 そんな時は、こちらのテンションもあがります😊⤴️。 そして母は「ありがとう」と口にすることが多いのです。 そんな母に感謝です。 もし暴言でも吐かれたら、心が折れてしまいそうです😁。 私も「お母さんありがとう」と答えます。 先日私が台所ですごい勢いで蒲鉾のみじん切りをしていたら、母が部屋で「トントントントントン!」 包丁の音を聞いて、何故かマネをしたみたいです😳。 思わす笑ってしまい、母の様子を見に行きました…

  • 福豆

    明日は節分です。 買った福豆、もう食べてしまいました😋。 母が好きなので、毎年砂糖がけの豆を買います。 認知症で食べるのも難しくなり、歯もかなり抜けてしまい、誤嚥が怖いので食事には気をつかいます。 それでも去年は軽く砕いて3粒ほど食べられました。 だんだんむせやすくなってきたため、最近ミキサーを買ったので、福豆もミキサーにかけてみました。 ちょっと考えればわかったことですが、きな粉になってしまいました😵。 せっかくの砂糖がけの福豆が、普通のきな粉に…😭。 それでも少しお湯を加えて練って、母に食べさせることが出来ました😄。 撒く分の豆がなくなってしまったので、もう一度福豆を買いにいきましたが、砂…

  • お正月、つぎは節分

    早くも1月も終わろうとしてます。 今年もお正月を母と一緒に過ごせたことを心から感謝しました。 半年ほど前に、看とりをどうするかという話になり、私はこのまま自宅で母と暮らすことを決めました。 介護を始めてからずっと「最期まで自宅で看ることは無理」と言い続けてきた私ですが、姉との関係でずっと悩んできました。 結局姉の「私なら施設にいれてお母さんにつらい思いをさせるくらいなら、自分がつらい思いをする」という言葉がひっかかっていたのだと思います。 もし施設に母を入所させたら、その後の姉と私の関係はどうなるのかを考えると、なかなか施設にとは決められませんでした。 以前ケアマネさんに「実際に側で介護してい…

  • 血圧 その後

    その後も3回ほど血圧が測れないことがありましたが、逆に高いこともありました。 手首で測れる血圧計を買ってみましたが、腕と手首のどちらでも測れません。 先生や看護師さんには、「手で脈が取れたら血圧80はあるのです大丈夫」と言われましたが、原因がわからないこともあり、手で脈はとれていてもやはり少し不安になります。 そして先生から「これからどうするかお姉さんと話しましたか?」の質問が。 ブログにも何度か書きましたが、私と姉は私が病気になってからは微妙な関係です。 今までいろいろありましたが、最近は仲は良い方だと思います。 でも介護のこととなると… 介護も10年を越えましたが、「自宅で最期まで看とるの…

  • 今年の朝顔は?

    今年も朝顔の種をまきました。 何年も続けています。 母の認知症予防で始め、最初は母と一緒に種まきをしました。 初めて朝顔が咲いた時は、笑顔で喜んでくれました。 できた種を集め次の年には沢山の花が咲きとてもきれいで、母もとびきりの笑顔でした。 次の年には私ひとりで種をまき、花が咲いたのを見ても、母は表情を変えることはありませんでした。 もう朝顔を見てもわからなくなっていました。 今年も1人で種をまきました。 窓を閉めたベランダまで、母の叫び声が聞こえます。 去年は少ししか種をとりませんでした。 母が見ないと思うと、なかなか朝顔の種をまく気にもなれません。 いつかひとりになった時、私はどんな気持ち…

  • 血圧が測れない

    1ヶ月ほど前のことです。 寝る前に母の血圧を測ろうとしたら、測れません。 腕を変えたりして何度も測りましたが、エラーになります。 足をあげてしばらくして測れましたが51、また直ぐに測れなくなりました。 血圧計の数値はすごい勢いで下がっていきます。 以前にも同じことがありました。 その時は、食べられなくなり脱水をおこしていました。 脈もとれず、救急車を呼ぶかどうするかという事態でした。 今回は少しずつは飲んで食べられてたので、脱水とは思えません。 息はしているし、唇の色も赤いので、「まだ大丈夫」と自分に言い聞かせて、訪問看護さんに電話しました。 40分ほどして看護師さんが到着しました。 夜中だっ…

  • 認知症の母が叫ぶようになってからだいぶ経ちます。 最近では「あー」とか叫ぶだけで、言葉を口にすることはほとんどなくなっていました。 叫ぶだけの母を見ていると、母の心もどこかに消えてしまったようで、悲しくなります。 ところがある日急に曖昧ながらも言葉を口にするようになりました。 会話が成立するわけでも、コミュニケーションがとれるわけでもないのですが、それでもうれしくて、こちらのテンションも上がります。 何かの拍子に、単語だけではなく本当に短い文章を話したり、ごくまれに会話が成立しているようなこともあって驚きます。 ある時急に「お父さん!私は幸せです!」と叫びました。 その前の週には「お父さんが可…

  • それだけで十分です

    前の更新から1ヶ月以上経ってしまいました。 今も母と2人で無事に暮らしています。 母は寝ている時間がさらに増えて、夕方の6時過ぎに起きることもざらです。 あまりに静かに眠っているときは、息をしているか心配になって、何度も顔をのぞきこんでしまいます。 出かけて帰った後も、まず母の部屋をのぞいて母の様子を確認します。 日中ほとんど寝て過ごすようになり、食事の量もすっかり減ってしまったので、「いつ何があってもおかしくない」と覚悟すればするほど、逆に母の様子が気になって息をしているか確認をするようになってしまいました。 寝る前にタンがからんで、咳き込み、そのまま寝てしまったときなど、朝起きて直ぐに母の…

  • 底力

    スマホの写真を整理しました。 お正月に撮った写真の母はボーとしていて、うつろな目をしています。 あの時は口に食べ物を入れても反応がにぶく、それでもゆっくりと食べてくれました。 急に寝ている時間がぐっと増えて、目を開けている時も反応はほとんどなく、「このまま食べられなくなってしまうのではないか」と気をもんだものです。 その後も、少し食べられるようになったり、また食べられなくなったりを繰り返しています。 日によっては大声で騒ぐこともあって、「こんな力が残っていたのか」と驚くと同時に、頼もしくさえ思えてきます。 今から思えば、母が元気でいた頃から、母の底力に何度も支えられてきたのだと思います。 昔か…

  • ほんの一時増えた母の飲む量がまた減ってしまいました。 病気の性質上、波があるのは承知していますが、それよりは老化の進行によるものでしょう。 分かっていても、やはり一喜一憂してしまいます。 今までは少しでも長く生きて欲しいと、それだけを強く願っていましたが、私の気持ちにも少しずつ変化が。 もちろん少しでも長く生きて欲しいのは変わりません。 でも今までは必死過ぎて、私に余裕がなかったように思います。 同時に母にも負担をかけていたのではないかと思います。 今は母が起きてるときはなるべく母の側にいて話しかけたり、歌をうたったり、マッサージをしたして過ごしています。 もちろん母に少しでも食べて欲しい飲ん…

  • 今日はいい天気で暖かかったですが、月曜日は冷え込むようです。 被災されて避難して過ごされてる方のことを思うと、胸が痛みます。 両親が高齢になってからは、特に高齢の方の様子が気になるようになりました。 どうかご無事でと思わずにはいられません。 さらに特に気になるのは、在宅で介護をされていた方のことです。 私だったら母を守れただろうかと考えてしまいます。 自宅にとどまることができる状態なら、水や食料などの備えはある程度あります。 しかし避難しなくてはならなくなったら、私一人では寝たきりの母を避難所まで連れてはいけないでしょう。 誰かの手を借りて避難所まで行けたとしても、時間に関係なく叫ぶ母が避難所…

  • 願い

    (引用 YouTube たつくりのおりがみ) お正月の朝。 寝ている母に、「おはよう。今年もよろしくお願いします。」と声をかけました。 目を覚ましたら、栗きんとん、黒豆、百合根、数の子でお祝いをします。 食べられるかわかりませんが用意しました。 最近は寝ている時間が増えて、夕方になってやっと目を覚ますことが増えました。 いつ起きるかわからないので、テレビを観ながら待ちます。 テレビで除夜の鐘を聞けば、今年も母と無事に過ごせることを願い、来年のお正月も母とふたりで迎えられるように願います。 日の出を観れば、画面に手を合わせてまた同じことを願います。 ほとんどの人が家族の幸せを願っていると思います…

  • いつもと違う大晦日

    毎年大晦日は同じように過ごしていました。 父が亡くなり、母が寝たきりになり、今年はがらりとかわりました。 母は食べられる物が減り、食べたり飲んだり出来るものは本当に限られたものになってしまいました。 ほぼ何もしないつもりでも、買い物をしていて母の好きなみつばを見ると、「これで雑煮がわりにすまし汁をつくれば、母でも食べられるのではないか」そんな風に考えてしまいます。 結局悩んでみつばを買いました。 こんな感じでだんだん買うものが増えてしまいます。 毎年大晦日は母は忙しくしていました。 今は寝たきりですが、「いつもならお母さんこの時間には何々をしていたなぁ」と、思い出します。 年末年始らしいことを…

  • いつかの話

    「精神科の先生に、内科の先生と一緒に今後のことを話しましょう」と言われました。 今までにも何度か、「今後もし母の状態が悪くなった場合は、どういう治療を望むのか」を聞かれたことはあります。 リビングウィルの用紙を渡されたこともありました。 それはまだ先のいつかの時に備えての話でしたが、今回は何だか違う感じがしました。 どこまで延命処置をするのか、最期はどこで迎えるかも決めなくてはなりません。 姉と私の考えは違うので、話し合うといってもなかなか難しいです。 今までも少し話したことはありましたが、答えは出ませんでした。 私は自宅でみとるのは無理だと、介護を始めてからずっと言い続けてきました。 姉は最…

  • いよいよ年末

    もうすぐクリスマス、そしていよいよ年末。 今は母とふたりですし、母もほとんどおせちも食べられないと思うので、お正月っぽいことはあまりしません。 さすがにちょっと大掃除をして、スッキリとして迎えたいとは思います。 ふすまの汚れを隠すために、折り紙を飾っています。 こんな感じです。 (YouTubeのたつくのおりがみさんに、作品の紹介の許可をもらってます。) 今年の夏前から始めたのですが、季節ごとに変えているので、趣味とは言えませんが時間つぶしにはなります。 LINEのスタンプも時々つくります。 下手でお恥ずかしいですが、こんな感じです。 [辰年、年末年始みけねこの可愛いすたんぷ] https:/…

  • びっくりした

    母は起きている間は、ほとんど叫んでいるので着替えさせたり、体の向きを変えたりする時はさらに大声になります。 痛いのではないかと思ったり、嫌な思いをさせてしまっているようで、何だか申し訳ない気持ちになってしまいます。 先日は昼間はカットしたりシャンプーしたりで大騒ぎ、夜は下痢ピーで陰部洗浄をした時に服まで濡れてしまって着替えることになってしまい、やっぱり母は大騒ぎ。 私も疲れてさほど丁寧に出来なくなってきていました。 やっと着替えが終わりホッとしたところで、母に「○○ちゃんは(私の名前)、痛いことばかりするって思ってる?」と聞くと「そんなことないよ」 まさか返事が返ってくるとは思ってもいませんで…

  • たった2年前

    趣味や息抜きってあった方がいいですよね。 特に介護をしていると。 最近、母がちょっと調子わるかったりすると、ずっと様子が気になったり、すごく気持ちが落ち込んでしまいます。 そんな時にちょっとした気晴らしがあればいいのですが、私にはこれといってありません。 何か趣味を作ろうと思ってはいるんです。 介護していると時間とか場所とか制約されるので、家で手軽に出来るものをと思って考えますが。 うつ病なのもあって、なかなか心も体も動きません。 数年前にスマホを手にして、今は時間があると何となくスマホを手にしてしまいます。 以前は介護のアニメのような物を時々作っていましたが、母の認知症がすすみ寝たきりになっ…

  • 最近ちょっと精神的に参ってます。 いろんな事が重なったのもありますが、母が熱を出したのが大きかったと思います。 90歳を越え介護認定5、いつ何があってもおかしくないと自分に言い聞かせて覚悟はしているつもりです。 しかし母の体力が弱り体調も良くない事が増えると、その覚悟も小さく弱いものになっていきました。 寝たきりになって、私がすべての介助をするようになって、私の中で母の存在が大きくなるにつれ、母が大切になっていきます。 介護がどんなにつらいときでも、終わってほしくない、少しでも長く続いてほしいと思うようになりました。 母の前では、なるべく明るく元気にしていますが、つい「疲れた」と言葉にしてしま…

  • 今では自分のブログを読み返すことはありません。 父母がまだ元気だった頃は、いつか読み返すこともあるだろうと思っていました。 でも父がいなくなり、母も寝たきりになってしまった今は、昔のブログを読み返すと、「あの時もっと優しくしてあげればよかった」と思ってしまいます。 当時も一生懸命頑張っていたつもりですが、私自身に余裕がありませんでした。 「後悔しないように」、そう思って介護していたつもりでも、後悔することだらけです。 頭ではわかっていても、出来ないことってあるんですよね。 当時は、父母がまだまだ元気で長生きしてくれると、心のどこかで思っていました。 そんな安心感がありました。 その安心感が私を…

  • 叫ぶのは大変だけど…

    母は起きている間、ほとんど騒ぐか叫んでいます。 起きているときは「お父さん!」「えー!」、寝ているときは「あー!」とか。 時々「痛い」ということもあり、どこかい痛かったり調子悪いのではないかと気になってしまいます。 何か不安なことがあったり、変な物が見えたりして叫ぶのかもしれません。 一番つらいのは母だと思っていても、叫び声をずっと聞いているとつらくなります。 私のように心が弱っていれば、なおさら声や音には敏感です。 でも悪い言葉を叫ばないのが助かります。 「ばか野郎」とか「うるさい」「嫌!」などと叫ばれたら、介護の気力もだだ下がりになってしまうでしょう。 時には怒りを覚えてしまうかもしれませ…

  • 父が亡くなってもうすぐ2年になりますが、近所の人には言っていません。 手続きの関係で自治会には話しました。 亡くなったばかりの時は、お香典や御返しなどを避けるためもありましたが、父の話をするとデイや病院への不信感がぶり返し泣き出してしまいそうになるので、話すのを避けていました。 たまに近所の人に「お父さんお母さん元気?」と聞かれても、「はい、ありがとうございます」と答えていました。 それでもどこからか話は伝わるものなのでしょう。 いつの頃からか、「お母さん元気?」とだけ、聞かれるようになりました。 父のことを話せるようになるというのも、父を見送るということなのかもしれないと思いますが、なかなか…

  • 今年も大掃除?

    今年も後2ヶ月、大掃除が気になり始めますます。 毎年10月頃から少しずつ始めてましたが、介護を始めてからはだんだん簡単に済ませるようになり、ここ2、3年はほとんど出来ていません。 介護でいっぱいで、他の事は後回しです。 「介護しながら、家の中も整理整頓キレイにしている人っているのかなぁ」そんな気さえしてきます。 (いやいや、きっといますよね。) 介護を始める前に一度大掃除をしたので、なんとかなっていますが。 そうでなかったらもう目も当てられなかったでしょう。 母があまり食べられなくなって、食事の時間も不規則になってからは、ますます時間がつくりにくくなり、気持ちも疲れやすくなりました。 母が元気…

arrow_drop_down

にほんブログ村 カテゴリー一覧

商用