それで、どうしたの?ガヤガヤうるさい食堂で僕は問われている。いやぁ。でも、渡せなかったんです。えー。先輩はのけぞり返り、わざとらしい声をあげる。じゃあ、こうしようよ。バックから取り出した紙一枚と、シャーペン。校内の様子を書いていく。今、ここにいるのが僕たちね。はい。それで、あなたが行きたいところがここだと。はい。じゃあ、どういくのがいいと思う?順序的に。えー、それはまず、ここで冷えかけているカレーを食べることですよね。いや、食べてからだよ。じゃあ、持ってきます、カレー。
それで、どうしたの?ガヤガヤうるさい食堂で僕は問われている。いやぁ。でも、渡せなかったんです。えー。先輩はのけぞり返り、わざとらしい声をあげる。じゃあ、こうしようよ。バックから取り出した紙一枚と、シャーペン。校内の様子を書いていく。今、ここにいるのが僕たちね。はい。それで、あなたが行きたいところがここだと。はい。じゃあ、どういくのがいいと思う?順序的に。えー、それはまず、ここで冷えかけているカレーを食べることですよね。いや、食べてからだよ。じゃあ、持ってきます、カレー。
ここで何があったんですか。みりゃわかるだろう。火事だよ火事。でも私には見えないですし。わかるでしょ、俺の肌みればさぁ。ええ、まあ確かに、爛れています。ったく、本当に痛かったんだから。知ってる?火傷で死ぬって気持ち。いや、わからないです。急だったよあれやぁ…。ストーブかな。冬でもねぇのによぉ。火が付きよったんだ。知らないところでね。台所に置いてたかな。きっと、そこのガスとなんか引火したんだろうと思うが、まあわかんねぇ。気づいたら周りが火の海でよ、逃げ場なかったね。ドアとか空いてなかったんですか。空いてたけどよ、もう熱くて進めなかったんですわ。どうしようもなかったね。天井がづわって倒れて、足元で燃…
手元に小さな箱がある。縁には埃がついている。払ってみてもキレイにならず。布巾を濡らして拭ってみる。包むよう全体を触って。思った小さい感じ方。内に隠れる大きさ。強いとそれは潰れてしまう。へしゃげたって出てこない。悲しい気持ちだけが残るだろう。だから私は閉じた手揺らし。角打つ感触確かめる。ここは落ち着く気持ちがあって。心臓は身体の外に出せてしまうほど。操れてしまう気持ち。支配したいわけじゃない。支配されたいわけじゃない。重力があってこそ、バランスがあって。手元に置かれたただ一つ。中へストンと音がする。静かに収まる手のおもり。軽くて胸に抱きたくなる。凝縮された気持ちの奥。揺れていた小箱。隠した布を放…
船を漕いでいた。波に打たれ、重心を保って、腕を前に運んで引いた。今朝、港で吐いた息の先。視線は月光が差し込んだところに落ちていた。 魚になったかと思う。海にいた。船が転覆したのだ。すくわれてしまった。海がコンクリートだと思った。漕ぎ棒は垂直に突っかかると思った。もたれたさ。船がなくても歩けると思った。けれど到底勘違い。沈んでいった。 泡が身にまとう。呼吸はできない。身体に針が刺さった。一本だけを抜けばよかった。慎重に選び取り、よくよく痛みを観察する。皮膚の下にまで及んだ針。目を閉じ耳を澄ました。 抜けた。空気が溢れ出した。私は風船だったから、すごい勢いで萎んでいき、同時に進んでも行った。身体に…
断る理由はなかった。ぼくは小さい頃に連れていってもらったロシア人のサーカスしか行ったことがなかった。ぼくには経験がなかった。いまもない。いろんな経験はある。あるはずだ。あるのにかたっぱしから忘れてしまう。いつも何も残らない。それでもいま、ぼくはシミのことを書いている。思い出す、とも違う。そういうことはぼくにはできない。できないことはしない。 坂口恭平(2017)『しみ』(朝日新聞出版)p.20 そもそもナミが存在するのかどうかすらわからない。バルトレンの姿が目に入った。何度も彼を見ている気がする。わたしは自分で書いたメモを読み返そうとした。すぐにいつの話なのかわからなくなってしまう。バルトレン…
できれば毎日、何かしら文章を書きたいと思っている。書くというのは僕にとって生理的な行為で、出さないとお腹の中で詰まってしまう。詰まると便秘になってしんどい。 それでも、書きたくないことがある。便秘になっているのか。きっとその反対。空っぽなのである。書くことがないから、書きたくない。書くことはしたいはずなのに。この時僕は、「書かなければいけない気持ち」に陥っている。 別に悪いことじゃない。書きたい気持ちに素直になっている証拠だ。でも、そうして動機を押さえているのに、気持ちは裏側を向いてしまっている。もったいない心の抱き方だ。 どうすればいいか。もったいないの反対で、エコな気持ちを考えてみる。ただ…
穂がなびていて。そこに、一匹のてんとう虫を見つけた。夜になっても光らないけど、ちゃんと見えていた。かき分けて、かき分けて探せたから。一本だけ、丈夫なもの。それを掴めればよかったから。 *** 夕陽が昇っていた。私はそう思ったの。顔を逆さまにしてたから。それでも、血は下に降りていくのね。 オレンジ色になったの。穂に絨毯が被さってね、耐え切れると思ったんだけど、やっぱりダメだったみたい。軽すぎたんだ。全部潰れちゃった。 でもね、見つけたの。一つだけ暗いとこ。周りは赤くってね、真ん中だけ真っ黒なの。こんなところにあるはずないものよね。だって、人の頭だったのもの。手に取った時ね。 中身がなかった。目は…
僕は死者からの附箋を発見し、言葉にしたいというエネルギーを持つと、まずは体を動かしはじめる。勢いよく歩いたり、人とより多く会おうとしたりする。そして、機が熟すると台所へ向かい、妻の前でああでもない、こうでもないと振る舞いはじめる。体をひねる。壁に頭をぶつける。手を伸ばす。貧乏揺すりをする。 そうこうしていると少しずつ、蛇口から水が出るように言葉が出てくる。しかし、それらの言葉も脈絡のないつながりで、聞いている妻はよく分からないという顔をする。それではいけないとまた体を動かし、よじり、雑巾を絞るように言葉を出そうとする。そうやって体を動かしていると、言葉が少しずつ一人立ちしてくるのだ。 この一連…
空に青空が広がっていた。歩いている私。流れる河。浮いていた。小さな石ころが。降っていた。小さな結晶が。それは、私の涙か。 学校からの帰り道。今日も、悪口言っちゃったなって歩く。言葉はもう元に戻らないのに、頭で何度も再生して、抹消された記憶を捏造してみる。違う、現実じゃない。理想ばかりの現実。でも、今歩いているこの道こそ、理想ばっかりで。 河のせせらぎ。スカートの裾が隠れる草っぱ。足首をこしょばせ、イタズラする。お尻をついて、トゲトゲから向こう岸をみる。一匹の鳥。とっくに目があっていた。 瞼を下ろし、耳を傾けた。その道。後ろのチャリンコ。走っている。車の音。人の音。草も同じ。止まっている。それは…
この記事をお読みになってくださっている方は、坂口恭平さんのことをある程度ご存知なのだと思います。なので、坂口恭平さんがどんなことをしている方なのかは紹介しません。なので、この記事のカッコ書きのところに書いてある「坂口恭平を走り書く」の意味を話してみようと思います。あんまり考えてないので、うまくいかないかもしれませんが、やってみたいのでやってみます。 そもそも僕には、研究欲があります。ただ、この研究、という言葉の意味が、一般的な感じとはズレています、多分。僕は、大学院に行っていました。論文を読んで整理したり、根拠をつけて主張するとか、そういった研究っぽいことをやっていました。でも、馴染まなかった…
打ち込んできた。避けれたかどうか分からない。接触感はない。過ぎていく。みてももう遅い。遠くに行ってしまった。追いかけても仕方がない。踏ん張る。振り返る。戻った。 *** 歩いていた。鳴った。自分だ。無視した。どうにでもなれ。気張る。遠くなった。向こうだ。渡った。合わせた。呆れる。向こう見ず。振り向く。来ていた。来た。迫る。通る。向かった。 *** 長閑だった。長い時間で。難しい。傾げた。ピッポー、ピッポー。ゾロゾロゾロゾロ。流れ出る。見飽きる。そっぽ向く。走って突っ込んで。重くなって。笑われて。吹き出して。吸い込まれて。それでも笑って。打ちつけた。眩しい。から。 *** ゆすった。あたり。巻き…
油の揚がる音がする。カウンターの前に座っている私は、両隣が男性に挟まれてしまい、少々息苦しい。しかし、これから来る料理、待ちに待ったあの料理とご対面できるとなると、それも我慢できる。 ここは昔ながらの中華料理屋さんで、玄関を入ると床がベトってしてるし、入ったら煙がムアっと顔に当たり、前髪は結んでおかなくちゃならない。 テーブルは三つで、それぞれ四つの椅子、けれど一番奥のところは椅子三つ。そして、カウンター五席、という構成。 照明は丸い形をしたのが三つほど宙吊りになっていて、ハエとアブの中間みたいなやつが休憩している。 昼の少し前に入ったので、お客さんはそれほどでもなく、きっと常連さんだろう新聞…
とどのつまり、それって深いってことよ。え?不快?そうそう。だって、つい気になるでしょ。まあ、気になるから不快なのかも。 横断歩道を渡っていく。向かいにからは誰も来ない。 いやぁ。最近深い体験してないよ。えー、まあしなくていいじゃない?え、したくない?物足りないじゃん。んー、したいかぁー。軽い刺激みたいな? 角を曲がる。細い道を挟んで高くなる道路。 だってさ、慣れてきたなぁーって。ん?朝起きて、会社行って、夜寝てってさ。うん。 道路の下を通る。突き当たり斜め左に行けば商店街。 つまんないのよねー。んー、そんな言うんだったら、今体験しちゃえば?え?そんな簡単にできるの?うん。 商店街入り口前。遠近…
地下のパイプを工事をしていると、地上の音がいろんな風に聞こえる。ウォーウォー泣いているのは、人が歩いている音。カーカーカラスの鳴き声みたいなのは、赤ちゃんの鳴き声。クークー熊の寝息みたいなのは、電車が通り過ぎる音。 工事が終わり、マンホールから顔を出す。どうも、こっちの方が穴だらけ。でも、要請があるのは地下だけで。 お金がもらえないなら工事しない。こっちだって生活がある。 至る所で漏れている。それが、マンホールに入っていく。それで、地下のパイプが破裂する。ピリピリピ。また電話。
晴れた日のこと。お日様が焼いた。座っている側で、草がしなっていく。暑い。オゾン層が一枚剥がれてしまったみたい。 紫色に空が押し寄せてきて。飛んでいる鳥が低空飛行して。木はテッペンを垂れ下げていて。ベンチに誰かが座り始める。 歩く元気がなかったから、這って向かう。ベンチの人は、座れない私をじっとみる。手を差し伸べてくれるわけでもない。ちょっと笑って肩を揺らして。足元にいる私を無視して。さっきの場所にいた蝶々を眺めている。黄色の蝶々。ピンク色に染め上がっていく蝶々。
画面に登場したのは、一人のヒーロー。背後の爆発、靡くマント。 勢い強過ぎたのか、マントが顔にかかる。なかなか剥がれそうになくって、それでも登場ポーズを決めていて。なんだかかっこいいって思った。 呼吸はできてるのかしら。あ、でもマスクで確保されてるか。 果たして、隠れたマスクから何が見えているのか。赤くて薄い生地。その奥の黒くて薄いプラスチック。 まあ何も見えてないでしょ。 風が落ち着き、マントが外れる。とってもダサいポーズでした。
手を伸ばし、胸いっぱいに吸う。ここはとっても豊かなところ。みんながいて、一人ぼっちにならないところ。ピーちゃんが声をかけてきた。 ねぇ、一緒に遊ぼうよ。えー、何するー?うーん。トランプ!お、いいねいいね、トランプトランプ。 葉っぱをいくつか用意して、地面に丸を書く。ピーちゃんが手札から一枚置いた。私も真似て、一枚置く。ピーちゃんは考えながら、次の一枚を隣に。私も自分の隣に置いて。 あっ。 ピーちゃんが言うと、四つの葉っぱを線で囲ってしまった。 あ〜。 私は、やられたみたいな反応をする。ピーちゃんは喜んで、全部を手札にする。次は私の番。一枚を半分にちぎって、小さくなった円の両端に並べる。ピーちゃ…
差し迫っている。もうすぐ〆切だというのに間に合うか。気づけば朝が来ている。寒かった空気が部屋から出ていく。でも、押し入れの空気は出ていかない。作業を一旦やめ、押し入れの前に。額を扉ギリギリに近づける。中の物音を聞く。ガサゴソと、布団の中で動く音。口がにやけてしまった。私は飼っている。手を表面に当て、中の温度を感じ取る。ここの部屋よりは暖かい。よかった。扉をさすり、荒い紙質を確かめる。一階で物音がした。多分母親だ。朝ごはんを作っている。お弁当だろう。トイレの音も聞こえた。きっと父親。母親が起きたから、一緒に起きた。また寝るに違いない。 二人とも、私が起きていたとは知らない。私は勉強机の前に相対し…
これいくら?大した値段じゃないよ。でも、みるからに高そうじゃない。いや、他のお客さんもそういうんだけど…意外とそうじゃない?そう、そう。もし、もしね、あなただったら欲しい?それゃ…そうだ。今、迷ったよね。いえ、買った時の喜びを想像してました。 その時、人が割り込んできた。これください。へい、どうぞ。あれよあれよという間に買っていった。 ほう。買うんだ。買うんだよ。人によってはね。いや、あなたも欲しいよきっと。でも、あの人はどうなの。ええ?もうちょっと迷った方がいいかと思った。その是非は言えないなぁ。でも、お金を使うんでしょ。ええ。だったらちょっと考えるべきじゃない。いやきっとあの人は、前から考…
草が生い茂る中に、一箇所だけ背の低いところがある。周りは膝まであるのに、そこだけくるぶしぐらいなのだ。誰かが踏んづけたにしては大きい。直径肩幅サイズ。 覗かないと分からなかった。見えないけれど、生き物が動いてる。何をしているか分からないけれど、大きな建築物を作っている。もうちょっと見ていれば何か見えてきそうだった。でも迎えが来た。また明日ねと言い残し、帰っていく。 次の日。また覗きにくる。範囲が拡大していた。足幅一本、増えている。相変わらず何も見えないから、こっちから働きかけてみる。草を引きちぎり、投げる。ふわっと浮いた。引っかかったみたい。草はふらふらぶら下がり、落ちたと思ったらまた引っかか…
ここから道が分岐している。二本どころではない。四本、五本だ。 どれを選んだら正解か。そんなことを考えている暇はなかった。 足はもう行き先を決めていた。後は頭が許すだけ。 しかしそれがうまくいかない。時間が差し迫ってきているというのに、踵が動こうとしない。 前のめりになろうとするほど、後ろに体重がかかってくる。 立つところだけ凹んでいる。 でも自分だけではなかった。 分岐する手前辺りに、同じような足跡がいくつもある。 踵の方だけ凹んでいる、足跡。 サイズはまちまちだった。大きい凹みもあったし、小さい凹みもあった。 深さも違った。この人は本当にギリギリまで迷ったんだなっていうぐらい深い人。反対に、…
きのこが生えている。自分の身長を遥かに超えている。 別荘の裏に生えていた。きのこだったら普通、木の周りちょびっと生えているぐらいだろう。き・の・こ、という名前だし。 でも違った。全然木の側じゃないのである。むしろ、周りに木のない落ち葉だらけの場所で、ニョキっと生えている。 おまけに、常にゆらっとしている。芯は垂直を保てるぐらいには硬いが、基本的に柔らかい。だから、風が吹かずとも揺れている。 あまりにも不気味だから、最初は切り取ろうと思った。カッターナイフを持ってきて、根本の方からいこうとする。 でも切れない。皮がムニムニして入らない。 知らぬうち、これほどまでなっていたのである。だから、そう簡…
しわくちゃになったレジ袋。僕はそれをぶら下げ、外に出かけている。ポストの前を通り過ぎ、角を曲がる。もうすぐで図書館だ。その時だ。泥棒が横切った。なんでわかったかというと、黒い覆面をつけてたから。いや、あれは黒いレジ袋だったか。とにかく全速力で走るから、口に入って息づらそう。おかしいというより、不憫に感じた。後を見ると誰も追いかけていない。仕方ない。一肌被りますか。 今、変な光景になっている。黒いレジ袋を被った男、その後ろに、白いレジ袋を被った男。どっちも口だけ開かず、ゼェゼェ息を吐く。袋の中はすぐ水蒸気が充満し、頸から汗が滴る。目に入って、つむった間につまづきそうになる。公園に入ると、そいつは…
白ごはんが食べたい。そう思った。けれど、お椀がない。食器棚を見たが、お椀だけがなかった。炊飯器には、炊けたご飯が入っている。朝早く起きて、お米といで、手が冷たい思いをして、お腹すいたのに一時間待って、ようやく炊けたと思ったら、この結果である。何を使って食べるか。箸だ。箸もない。しゃもじか。誰も見てないけれど、ちょっとバチが当たりそうだ。ここは手しかない。テーブルに布巾を、器を置く。 さて、これから炊飯器に手を入れるのだけれど、ちょっと勇気がいった。別の国だと手で食べるのも普通だ普通。文化の違いだ文化。今からここは、朝の5分間だけ違う文化になりました。はい、いただきます。と呪文を唱える。はて、指…
排水口があった。周りの水が流れ込んでいく。足元をすり抜けて、身体を置いていって。葉っぱがいくつか浮かんでいった。黄色や赤色、形も色々。ぶつかったり、重なったり、離れたりしながら、入っていく。勢いもあるから、液体に皺を作っていて、波も立っていた。 洗面台から顔を上げる。空は秋の葉に覆われていた。息を吸い、新鮮な空気を満たす。こういう時、手を広げたくなるが、恥ずかしくてやめた。ご飯が炊けたかどうか確認しにいく。鳥の鳴く声が、屋根の下では柔らかく聞こえる。火がハンゴウの底にあたり、触れたくなさそうに燃えている。中を開けると、煙が立ってきて、粒が一つ一つ見えた。 おかずの支度もできたところで、昼食とす…
遠くに離れた。離れ離れになった。きっとあの子は心配してる。僕もそう。心配してる。 一緒に手をつないでいたのは、ぬいぐるみ。お目目がボタンのぬいぐるみ。お腹が少し裂けていて、あとでおばあちゃんに直してもらわなきゃ。 電車に乗っていると、夜になっていた。帽子を被った大きなお兄さんの影が窓にいる。手首を吊りにいれ、もう片方でバックを持っている。 黒色が過ぎていく。岩が重なり、時に強く、時に弱く、たいていは並々とした盛り具合。 暗い海で、灯台がいくつも並んでいる。ぐるっと回転している。探し物をしている。その周りには何も落ちてないと思う。何本あったって、見つけられないと思う。 私はぬいぐるみをぎゅっと握…
穏やかな気候だった。山が広がり、海が裂ける。 海が、広がっていった。山が裂けていく。 記憶はどこにあるんだろう。頭の中だろうか。それとも身体。 違う。場所じゃないか。目の前に起きていること、生まれたところ。 水が傾れ込んでくる。このままだと巻き込まれてしまう。普通なら逃げるかもしれない。けれど僕はその反対をいった。 泡が喉に入る。身体が締め付けられた。冷たく、何のオブラートもなしに。 リズムをとって、斜めに潜る。打ち出されているのか、分け入っているのか。海流の隙間を縫うようにして、身体が大きく形成され、伸びていく。 流れが収まり、静かな海の中。周りに確認するものなく、前にあるだけ砂の円。 円は…
自分の好みだけを詰め込んだ新聞、第四号です。 さまざまな記事の中から、短編記事を抜粋です。 短編 トンネル 六歳の時、僕は何をしていたんだろうか。きっと、砂遊びばかりをしていたに違いない。 親が隣でヒソヒソと話している。あの子ったらほんとにもう。いやいや、うちの子だってそうなのよ。きっと僕の悪口を言っている、僕たちの悪口を言っている。 いつも泣きそうになると、お母さんはキャラメルをくれた。はい。これ舐めな。舐めていいけど、噛んじゃだめだよ。 僕には弟がいた。実際にはいない。空想だ。想像だ。 弟は雨が降る中にいた。外出できないで、窓を見ている時。庭の、芝が蒸気を発していた空間。 小学校の休み時間…
一方通行の手紙『カーテンに居た人へ』 昼休み、教室のカーテンに居た人へ。 授業にでなかった、あの人へ。 ところで、今君は何をしているんだろう。 「ところで」と始めたのは変かもしれない。でも、僕がこの手紙を書き始めたのは、まさしくそういう出来心があったから。 普段、君のことはあまり考えないようにしている。授業の時、いつも視界の端に映り込んでしまうのを、避けようとしている。 別に避けなくっていいじゃないかと思うかもしれない。でも、避けないと落ち着かない、そういうことだってある。 初めて君を見かけたのは、カーテンの裏だった。いや、カーテンが後ろだったか。 とにかく、それは僕が昼休み、ちょうどそこには…
『その日新聞』第二号 自分がやりたい企画だけを詰め込んだ一面新聞です。 ブロッコリーの好きな男の子が、観光地で銃を見つけて… 短編「ブロッコリー」 本が読みたくなくなるのは、気持ちが綿菓子だから… 気持ち賞味期限論「読みたくなくなる二週間」 文章を書くときに必要な根拠は、例えばリンゴが赤いと主張したい時でさえ揺らぐ… [勝手版]論文の書き方「根拠はいつも一つなのか」 巨大ミミズがのたうち回る世界で、ぶよっとぶつかってしまった僕は…出来事を夢日記化「ミミズ」 山育ちの人に、お酒が入ると何育ちになるでしょう… 意味の反対化「山育ち」 カウンター席しか空いていなかったカフェで、二人が注文したものとは…
『その日新聞』第一号 自分がやりたい企画だけを詰め込んだ一面新聞です。 短編/気持ち賞味期限論/[勝手版]論文の作り方/暮らしの夢日記/「作品」の反対語/隣町9丁目2番4号の会話/会社辞める口実辞典/当てずっぽう著者紹介 下記サイトで購入もできます。https://orangebook.base.shop・PDFダウンロード(100円)・A3サイズ セブンイレブンプリント(100円)*印刷代別途20円*9/30まで
下着一枚だけで寝ている。今日も屑拾いで疲れた。誰もやらないから、誰かがやる。あの田んぼのあたりによく落ちている。十五時、十六時ぐらいの時間帯がいい。その時間に拾い始め、夕方に終わる。夕方が暮れると、怖い道になるから。ジャングルみたいな道になるから。誰かがきっと、かくれんぼしてる。テレビの雑音が聞こえてくる。そういう、昔話だけどね。 次の日は台風だった。それでも午前中の人と交代で、私は出た。この作業は大人数ではやらない。外を出ると、顔に写真が張り付いた。友だちの家の写真。トタンの家、台所が見えている。泥だらけだから後で洗ってやろう。 道脇の草は、泥が混じって歯磨き粉状態。おかげで道がぐしゃぐしゃ…
結婚してから数年になる。家のお手伝いをしながら、過ごす。と言っても、一ヶ月に一回ぐらい。うちの家は、小さな書店だ。家の手伝いと言ったのは、店番のこと。私は座って、人が一冊選ぶのをみるだけ。夫は本の仕入れに行く。 この日は、なぜか荷物を預かった。小学生がちょっと持ってて欲しいと。一生懸命、何か探している様子だった。その荷物の中には、お弁当箱がある。 その子は、表のガレージに現れた。顎に手を当て考えようとしていた。私は外に向かい、えーっと、声をかける。…あ。女の子は気づいたみたいだった。おばあちゃんの方か。そう言って、古い家に行くと言った。立たされた私。店奥の冷蔵庫が鳴る。 ほんの一時間ぐらいだろ…
小学校四年の時、夜遊びに出かけた。家でトラブルがあって、我慢ならなかったから。外をぶらぶら歩くだけ。何もすることがないのは、何かしてしまうことに不安があったから。人でも殴ってやれやぁいいのに、そんなこと微塵も思わない。それに俺は、ボコボコにされる側だ。池田め。池田とは俺の苗字だが、俺は自分のことについてそれを使わない。その名前は、親を一括りに言う時に使う。週に2回から3回、ボコボコにされる。始まりは、五年前のあの時からだった。 端的に言えば、俺は池田と付き合いきれなくなっていたのだ。池田のために励ましたり、池田のために大丈夫だって言ったり、池田のために涙を流したりした。池田のためにできることは…
私、お母さんの生活は、洗濯だ。洗濯機を回している間に、新聞が届く。めくると、金魚と書いた記事。金魚をイメージしたお弁当箱が流行っているらしい。海苔が金魚の形で、ご飯が水。箱が金魚鉢。今は七時半。ゆっくりコーヒーを飲んでいる。仕事の準備をしなきゃなぁって思う。どれくらいの時間、働くのかなぁって思う。肩を回して、首を回す。昨日はちょっと寝過ぎた。身体が凝ったのだ。一息つく。そろそろ会社に行かなくてはいけない。 電車に乗りながら、お昼の一時間、何をすればいいかを考える。くつろぎたい。でも、それがなかなか難しいのよね。とりあえずお昼ご飯は食べる。食べている時って、一体何を考えているのかしら。きっと、午…
山奥に潜むおうち。食器が揺れる音がする。私はそこに住んでいた。住んでいたというのは、もうだいぶ前の記憶だから。子どもを産んだんだと思う。それくらい曖昧な記憶。私は確か、庭に寝転がっていて、草をテキトーにむしっていたと思う。手のひらにくっつく草の感触が好きで。そこではお父さんが百姓だった。いつも大きな声で怖かったし、きょうだいもいなかったから、音が飛んでくるのは私だけだった。 でも今こうして、本当の弟に話しかけてるのよね。すごく歳が離れてるから、全然今でも不思議な感じ。さっき、記憶が曖昧って言ったけど、本当のところ思い出せることもあって。部屋の中にね、たくさんの古着が吊るしてあったの。たくさん。…
公務員として働いてもう三年になる。机の下にはいつも寺山修司を忍ばせ、仕事の合間にちらっとページをめくることにも慣れた。 もう四月で、年度が切り替わる時期に来ている。同時に、仕事を辞める人にとっての時期でもある。 その人が退職するということで、一人ずつお金を集める。合計で十万ぐらいになったそうだ。 額を聞いたのは、仕事を終えた彼との帰り道だった。彼はその十万円で、たらふくラーメン屋に行くという。 とても笑顔だった。羨ましかった。目標がある、それくらいの些細な目標が、確かなものだと感じた。 途中で別れ、蕎麦屋に行く。店員はいつも女子大生のアルバイト。席に案内され、閉めた扉の向こうから、バイクの音が…
遅刻だ。 時計を見ると八時半、もう間に合わない。 みんなどうして起きれるのか不思議だ。 両親だってよく会社に遅刻するのに、私以外の家族は本当にすごい。 朝起きて、もう学校無理だなと思って、のびのびベットから上がる。 一階に行くと、二階の天井から雨漏りがしていた。また。そういう上にはお風呂があって、なんか漏れてるんだろう。 昼過ぎになって、堂々遅刻決定の父母が降りてくる。テーブルを囲み、今日これから何するかの協議が始まる。 まず、なぜ今日も遅刻しているのかそれぞれ理由を話す。 遅刻常習犯の父の理由。 もうここまで遅刻してたら、遅刻しない方が会社に失礼なんじゃないかと思うようになってさ。 楽天的な…
幼稚園は楽しくなかった。土がなかった。工事ばかりしていた。 遊ぶ時間、誰もが静かだった。みんな、部屋の方が賑やかなのに、でもだから、その部屋から追い出されたのかもしれなかった。 一言でいえば、その幼稚園は安っぽかった。他の施設だとお金が高くて払えない親たちが、預けるところだった。 また今日も二人、兄弟が預けられる。 二人は、自分が好きなことがやれると思ってきていた。 弟は、飛行機が好きで、部屋に着くとすぐ、そんなおもちゃがないかどうかを探す。 兄は、ホテルみたいな建物が好きで、レゴがないかどうかを探した。 けれど、そこには何もなかった。 あるのは、何もない部屋と、グラウンドと、畑。 もうちょっ…
発達障害。診断されたのは昨日のことだった。自分が何者かわからない。女友だちにそのことを相談したけれど、「ああ、それゃ私、いつもお世話になってるわよ」と言われ、なんだか嫌になったので切った。 家に帰ると、宗教の本が目につく。メンタルが辛くなっているんだと思う。それをわかっていながら、ページを捲る。内容がスルスル入っていく気がした。同時に、胃がグチャグチャしてくる。「愛」の文字がたくさん書かれてある。最初は疑ったが、それがだんだん喋ってくるように感じて、それこそ現実なのかと思いたくなる。一時間半ぐらい読んでいたと思う。その後、五時間ぐらい泣いていた。 ただのクズだ。嫌になる。アホだ。気持ち悪くなる…
秋田県から八王子まで、一体どれくらいかかっただろうか。途中、山が見えた。山の子どもたちが何度も通り過ぎて。 東京はビルばっかりだった。工業地帯で、疲れたサラリーマンが通う街。誰も働きたくて生きていないように見える。それを私は、家の窓から眺める。 東京は小学校ばっかりでもあった。門の前を通り過ぎると、いつも先生が誰かに怒っている。門から出てくる子どもたちは首を垂れて、出てくる。それも窓から眺められた。 ある子どもたちは、塾に行く。私はそこで働いている。教室は横長の広いスペースで、縦に狭い。だから、声の広げ方が難しかったりする。児童たちの注目を集めるのが難しい。慣れるまで時間がかかった。 塾に勤め…
電柱に一羽、とまっていました。休んでいるようでした。頭をキョロキョロ動かして、じっとしています。何を見ているんでしょう。どこを見つめているんでしょう。きっと、向こうの電柱にいるあの鳥です。 二匹の鳴き声は違います。先ほどの一匹は、ピーッと鳴きます。向かいの一匹は、ピューッと鳴きます。 ピーちゃんもピューちゃんも小さい鳥ですが、色も違います。ピーちゃんは茶色。ピューちゃんは灰色です。 二匹は、滅多に出会うことのない仲でした。それがたまたま、電柱同士で落ち合った。 最初はお互いに知らんぷりしていました。だって、お互い知らないからです。けれどずっとそばにいるようだから、試しにピーちゃんから鳴きかけて…
冷蔵庫を開ける。 大量の卵。 オムライスを作ろうと思った。 1日目。ケチャップを入れすぎる。 2日目。卵が柔らかすぎる。 3日目。ケチャップライスがぬめっとする。 4日目。同じ味に飽きてきた。 5日目。ふわとろにしようと思う。 6日目。ふわとろに失敗。 7日目。きのこを炒めたものをのせる。ふわとろにしない。 8日目。ふわとろに再度挑戦。やっぱり最後に崩れた。 9日目。卵が残り僅か。 10日目。お腹を壊した。 11日目。卵を使い切った。 12日目。仕方なくケチャップライスだけ作る。 13日目。ケチャップもなくなった。 14日目。ご飯を炒める。 * 大量の卵が欲しくなる。オムライス以外食べたくない…
人々が歩いている。 熱い蒸気に包まれて。 臭いが立ち込める。 人の汗。乾いた草の匂い。そしてゴミ。 自動販売機から少し離れた角に、ゴミ箱があった。 とっくに溢れていて、混ざった塊のような臭い。 それが好きな人もいるかもしれない。癖になるような臭い。 ゴミ箱は、高架下にある。 車が通り、天井が鳴る。 ゴミ箱は揺れて、ゴミが一つ二つ落ちる。 だから、ゴミ箱の周りも散らかっていた。 カラスも寄ってこない。 不思議な雰囲気のあるゴミ箱だった。 男が通りかかる。 タバコを咥え、歩いてくる。 虚な目をして、高架下を通り過ぎ。 角にあったゴミ箱をチラ見する。 数秒立ち止まり、煙を吸い込む。 吐く。 帰ってい…
僕は自分の足を溝に突っ込んでしまう。 ふらっと歩いているからではある。 けれど毎日、入ってしまう。 雨の日なんて最悪だ。ドブが流れているところに、右足を突っ込んでしまう。 その癖というか、衝動というか、そういうものが出てきたのは、ちょうど退職してからだった。 別に会社がブラックだったわけじゃない。ただ、このままずっとは続けられないなと思った。 だから、言ってしまえば続けられたわけではあるけれど、そこで僕は、これまた衝動で、続けないことを選んでしまった。 こうして、自分の衝動が、片足を突っ込んでしまう、という行動として現れ始めたのである。 おかげさまで、玄関に置いてある靴は片方のみが茶色くなって…
郵便ポストに溢れたチラシ。 その重なりを見ると感心してしまう。これほど、誰かが一つ一つのポストに投函しているのか。 僕は一応、全てに目を通す。その人が入れてくれた一枚一枚。スーパーの広告、脱毛無料、電気屋の広告、猫を探してますの広告、そして、真っ白い紙。 A4のコピー用紙にしては、硬めだったし、画用紙にしては、しなりが強い。 誰かが入れ間違えたのだろう。手に取って眺める。 すると、切り込み線が入っていく気がした。うっすらと、斜め、縦、斜め。 ハッと思い立ち、テーブルを空け、折り始めた。 折り紙なんて何年振りだったか。何一つ覚えていないと思っていた僕が作った。 手元には、小さな紙ひこーき。 よく…
翌る日。インターホンが鳴らなくなった日。 * 長閑な土曜日だった。時計を見ると午後一時。昼ごはんも済ませ、ベットで寝転がっていた。 ピンポーン。インターホンが鳴った。あの音には慣れない。いつも怒られた気がする。 荷物が届いていた。「〇〇急便です」。声がする。ドア越しでもこちらの気配はわかるらしい。 サインのハンコを探す。ズレて、うまく受け取れなかった気がする。 中を開けると、インターホンだった。白色の輪郭に、内側が斜めの切れ込み。そして、四角形のボタン。最近、インターホンの調子が悪いのである。 というのも、うちのインターホンは毎日になるのだ。怪奇現象ではない。いつも訪ねる人がいる。 名前はサト…
ホームセンターに寄った。 植物のコーナー。独特の匂いに惹かれた。 一際、目立った植物。一種類、一つだけのそれ。 吊るされているような生え姿。 * 千三百円で購入した。見た目の割には重い。ビニール袋が揺れる。 玄関先に置くか。テーブルに置くか。トイレの棚に置くか。 結局、ベランダにする。 * 水は毎日あげた。晴れの日。曇りの日。雨の日も。 風が強い日。窓を開け、様子を確かめる。折れることはない。風当たりにも強そうだ。 それにしても、水が欲しそうだった。こんな天気にどうしてか。しぶしぶ注いでやる。ぷるっと震えて喜んだ。 ガタッと窓の音がした。 * 夜遅く、真夜中家で仕事。パソコンをカタカタ打つ音。…
誰だか知らない音楽が流れる。 どこだかわからない景色を走る。 友だちと一緒に複数人。高速道路を走っていた。 交わす言葉もない。音楽と走る音だけが聞こえる。 時々珍しいものが見えると、誰かが言う。みんな、ほぉーっと応える。 各々、もちろん面識はある。しかし、これといって話題がない。 それでも、出かけようと話が上がった。ちょうど誰もが暇だったからそうなる。 誰かが、トイレに行きたいと言った。 サービスエリアに入る。 * そこは一杯だった。停めれそうにない。やべぇやべぇ。友人が冗談まじりに。他の人が少し笑い。 結局、その人だけ下ろした。その間、空くのを見つける巡回。 やべ、俺もトイレ行きたいかも。え…
待て待て待て 待ちな待ちな待ちな ほら見たことかほら見たことかほれ見たことか 言った通りだろう言った通りだろう言った通りだった でも悪夢でなくってでも悪夢でなくってそれでも悪夢でした 夢から覚める前はこんな調子だったらしい。覚めた後も、口元がその文言を覚えていた。呼吸が短くなって、背中の周りに汗が滲んでいた。 朝はいつも忙しい。最も忙しいのが、起きた時。起きる前と起きた時の間。 何かに急かされた。何かに起こされた。そうそう、誰かに。 悪いことじゃない。だって会社に行けるんだもの。目覚ましなしで起きれるって素晴らしい。えらいぞえらい、そうそう誰かに。 夜もすっかり寝れます。疲れてぐっすり寝ること…
歩道を歩いていた。 信号待ち。向かいで手を繋いだ親子。信号待ち。 横断歩道。子どもが手をあげる。母親がそれを褒める。後ろを通り過ぎる。 その時だ。顔に何か当たった。息ができなくなった。バサっと、覆い被さった。 慌てて外す。視界の光度が増した。それはレジ袋。渡る前、歩道に面したコンビニの。 中を覗く。何も入っていない。当たり前か。飛んできたのだから。 中の匂いを嗅ぐ。ビニールの匂い。ほんのわずかな唐揚げの香り。なるほど。 一通り調べ終わる。ポイ捨てはできない。家に帰るまで捨てられない。仕方なく、持ち歩くことにする。 バサバサと、袋が揺れる。無軌道にあっちこっちへ飛ぶ。まるで今にも逃げたい生き物の…
ガタン。 ドアが揺れた。風が強い。日中だが、曇っていた。 ヒュー。風が吹き込んでくる。扉が揺れている。立て付けが悪かった。 それでも部屋の中は蒸し暑い。エアコンをつけている。ドアからの風はあつい。エアコンの風は冷たい。 時間が経った。気づくと寝ていた。寒さで震えた。ドアが開いていた。 誰か入ってきたのか。焦った。辺りを見渡す。誰もいないような。 とりあえず、ドアを閉める。しかし、最後まで閉まり切らない。蝶番がねじれている。誰かが無理やり開けたのか。 盗まれたものがないか探した。財布は大丈夫。電化製品も大丈夫。特にこれといってない。 気のせいか。風が入り込む。カーテンが揺れる。天井の方で、音がし…
ある時玄関に入ってきた。扉を開けていたからかもしれない。部屋が蒸し暑くて、窓だけじゃかなわなかった。ニャーっと、鳴き声が蝉に紛れて。 玄関を過ぎれば一室しかない。そいつは机の下に入り、ちょっと寝る。時間が経てば、窓から出ていく。外の石垣に飛び移り、きっと仲間のところへ行く。 一週間に一回、それはやってくる。エサをあげることにする。お金はないから、安いもの。器はよく使っていたものにした。 よく食べてくれた。ムシャムシャ。喉を鳴らす。 そんなある日のことだった。台風がやってきた。雨が家を覆ってしまう。なんとかその日は過ぎた。 翌朝、出かける時にドアを開けた。引っかかったような感触があった。グイッと…
その火山は静かに活動していた。またいつ激しくなるかわからないが、それもしばらくなさそうだった。 麓は落ち着いていた。静かすぎるくらいだった。動物の気配など一欠片もない。ただ、穴がボコボコと開いている。火山の地下で漏れたガスが、周りで抜けてできた穴である。 色々な形。丸いものもあれば、四角いものあり、時には人間のような形もある。不気味だった。誰もいないはずなのに、誰かにずっとみられている気がしてた。二人は二、三歩進むごとに、後ろを振り返った。 日はもう午後をしばらく過ぎて、だんだん暗くなってくる。あてどなく探す二人は、その影とやらがどんな人物かを想像しあっていた。 細い方は、こう考える。やっぱり…
二人は、色々な場所を探し回った。かなり飛び回った。でも、なかなか見つかるものではなかった。いや、冷たい場所ならたくさんあり、冷たい人間ならたくさんいる。しかし、それらは多すぎて、彼らの仕事の対象にはならなかった。彼らが求めていたものは、暖かさに燃えた人間である。 第一、冷たい人間を相手にしても、暖かさが垣間見えたところでそこから引っ込んでしまうか、弓矢を放っても死んでしまうかのどちらかなのである。彼らはそうでない人間を探していた。つまり、弓矢を放っても、死なない人間。暖かさをその身体に背負っていける人間である。 そうしてようやく、彼らはその気配を見つけた。頭の輪っかの先端が、赤色に滲み始めた。…
それを考えるのはまだ早い。そう言われるように、集まりの合図があった。虹の輪っかの下に、何か光るものが浮いている。きっと、僕が生まれた時に矢を放った張本人であり、多分偉い人、この世界のトップってやつだろう。 一同が、その光のもとに集まる。そして、その光はこう口を切った。諸君、日頃の頑張りに感謝する。諸君は選ばれてここにやってきた。だから、選ばれなかったものもいる。そのものたちの行方はもっと辛いところである。それに比して、お前たちは幸いな状況にある。だからこそ、お前たちは、お前たちの仕事に誠意を尽くし、これからも努めてもらいたい。ただそんな中、ある者について報告せねばならないことがある。 一同はお…
呼び出しがかかった。きっと雲の上の主からだろう。 その調べは、一見なんの変哲もない騒めきで示された。あの夜の後、僕はずっと草原で寝ていた。そしたらふと、目が覚めたのである。周りは、草で囲まれている。その草が、本当に少しだけ、自分の方に迫ってきていたのである。これが合図だ。そんな印であることを僕は知らなかったのだけれど、きっとあの矢で心臓を射抜かれた時、仕込まれたに違いなかった。 それにしても、何があって呼び出されたのであろうか。自分が悪いことをしたような気はしない。仕事は真っ当したはずである。もしかして褒められることをしたのかもしれない。そう考えた方がいい。翼も伸びが良くなる。 僕はそうやって…
静かになった。牛がモーッと鳴いた。星がきらっと輝いた。 おじいさんは、ちょこんとそこに座っている。多くのことが起き過ぎたせいか、しばらくぼーっとしている。 今度は、馬が鳴いた。おじいさんは、向かい斜めの方をみる。馬は涎を垂らし、ぎょろっとおじいさんの方を見つめる。おじいさんは焦点の合わない目にビビり、隣のスペースに逸らした。 そこにいた。鹿が。そこには、おじいさんの鹿がいたのである。 おじいさんは涙をポロポロ流した。悪いことばかりあった日に、唯一いいことがあったからだ。 おじいさんは、その鹿の名前を呼んだ。ちゃんと応えてくれた。 今すぐそばに行きたいと思った。でも、縄が硬くて出れない。なんとか…
夜明けが近づいてきた。山の方から太陽が照り出してくる。 僕はこの世界にやってきて、ようやく一仕事終えたばかりである。後ろをみると、まだあの町は焼けている。さっきよりも焼けている。 あの建物についた火が、他の建物にも燃え移って広がっているのだろう。赤い。赤い。僕は胸が躍る気持ちになって浮かんでいた。 太陽も赤い。僕の気持ちは赤くなる。 山の稜線を辿り、そこに川が流れていることに気づく。 川は冷たい色をしていなかった。表面上は青いのだけれど、そこで流れているものは赤かった。 不思議な自然だと思った僕は、そこの川まで降りていく。 この川は、どうやら海の方へは流れていないらしい。つまり、海から山の方へ…
男は野菜売りの人から、おまけももらっていた。売れ残ったキャベツである。それも手に余るぐらいのものである。男はバックに入りきらなかったので、仕方なくもう片方の手で持つことにした。だから今、男の両手にはあの本と、キャベツが乗っかっているのである。 男はそれで用事が済んだようで、建物に戻った。そして、オルガンの奥を突き当たって右の方に扉があり、リビングのような部屋に入る。男はそこで、ようやく本をテーブルに置き、キャベツは抱えたままで、バックの整理をしていた。 材料を全て出した後、男は台所に行き、ものを並べ、包丁を取り出して切った。途中で鍋を取り出し、水を注いで火をつけた。忘れていたようだ。水が沸騰し…
背中の感触が柔らかかった。誰かの笑う声。遠くの方では、嘆く声。悲しい気持ちになったり、嬉しい気持ちになったりする。落ち着いてく気持ちは、ただ分厚い、安心感であった。 日の光が近くにあるだろうことはわかる。それも相当近くだ。けれども、不思議と皮膚は焼けない。何か衣のようなものに包まれているらしかった。 手の人差し指を少し動かすと、その衣が反応して、ビヨビヨビヨと、静に全身へ振動して行き渡る。また、穏やかな気持ちになる。 このまま寝ていてもいいと思った。再び寝付くまで、思いつくままに、周りの状況を想像してみようと思う。 きっと近くには虹があるだろう。それも、七色ではない。十四色だ。一見その虹は、七…
船自体はそれほど大きくなかったが、操縦室と、その奥に倉庫部屋があった。 操縦室の窓ガラスは割れており、そこからハンドルが剥き出しになっている。 僕はその部屋に入った。そこにはたくさんのボタンがあった。船を操作するのに、これほどの数が必要なのだ。木でできた船であるのに、ボタンだけは網目のように置いてある。 数あるボタンの中で、僕でもわかったボタンは、緊急用のボタンだけだった。けれど、それを押したらどうなるか。 操縦席のすぐ後ろには小さなテーブルがあり、食べ物の包み紙と紙コップが残されていた。どうやら彼らはハンバーガーを食べていたらしい。金持ちだなと思いながら、その包み紙をとる。ケチャップは乾いて…
僕は死ななかった。海に、あの油の海に落ちていったのだ。あれほど遠かった海まで飛ばされたのだ。 落ちた時、衝撃はほとんど感じられなかった。むしろ、包んでくれる感じだったと言っていい。僕の落ちるところを、身構えて待ってくれていたように、海は僕の方を受け止めてくれたのである。 衝撃が弱かったのは、そこらじゅうに浮いている油のせいでもあるかもしれない。ネトネトした油。そこに頭から突っ込んだ僕は、顔中が油だらけだった。それは、泥だらけよりも嫌だった。 匂いはしなかった。海のあの潮の匂いは、どこにも香らなかった。 落ちた後、僕はすぐ浮いた。これもまた油のせいである。油は水を弾くから、油の層が、海全体を覆っ…
キツネはそれでも首を横に振る。なんでそんなに否定するのさと、僕はまた肩をくすめる。 すると、俺も同じだったからだと答える。要するに、俺も、お前と同じであの果実を取ろうとしたんだ。でも取れなかったから、こんな姿になったんだ。俺は普通の人間だったのに、変にずる賢いキツネにされちまって、もうどこにいっても誰にも相手にされない。相手をしたがらない。だから俺はいくあてもなく、たまにこうして戻ってくる。だって、他にどうすればいいんだ。こんな自分が嫌でも、自分がキツネとして新しく生まれたのは、この場所なんだからさぁ。と、聞いてもいないことを口走る。 このささやかな告白に多少なりとも驚いた僕は、じゃあ、あなた…
道をずっと登っていく。砂粒だった道は、次第にその石を大きくし、瓦礫の道になっていく。周りの木々は、隙間の空いた地面から巧みに姿を紡ぎ出し、そこら一体の瓦礫を食べるかのように生えている。 それらの木はどこまでいっても高く登っており、その様子はまるで、地面から生えているのではなく、空が、地下から何かを吸っているようにみえる。 そんな不安定な道を歩くだけで、僕は自分がいつ、空の方に落っこちてしまわないか不安でたまらなかったのだが、歩くたび、その予感はするものの、踏み出す足は瓦礫をことごとく踏み潰し、ぐらっと揺れてはバランスを崩し、身体が一瞬浮くものの、空はいつまでも僕を放置し続けていた。 隠れた思い…
起き上がる。外を見る。子どもたちはそろそろ、各々のビルに戻っていったらしい。 それは、遊んでいた子どもたちだけ。 窓から見える道には、別の子どもたちがいる。遊んでいない。俯いている。 さっきの楽しそうな子どもたちとはうって変わり、そこには苦しそうな子どもたちが歩いていた。彼らの中で、マントをつけているものは一人もない。首が今にも落ちそうである。 前が見えてないからか、時々あちらこちらで、お互いにぶつかりそうになっている。実際肩がぶつかって、すいませんというように頭を垂らしては過ぎていく。ああやって下げてばかりいるから、あんなふうに猫背になる。 彼らは個性のない子どもたちだったが、その代わり、集…
階段はやけに砂こけていた。足には砂がこびりついている。自分はここで、足裏の感覚を取り戻しつつあった。 次第に昼の匂いが香ってきた。壁には植物の蔦が這い始める。地上に近づいている。光が差し込んでくる。 気づくと、地上に出ていた。光がほとんど出ていなかった。 薄暗い。雲に隠れているわけではない。そこでは、太陽が光を失っていた。月の方が明るい世界。ここではおそらく、夜が本当の世界なのだ。 廃墟ビルが立ち並ぶ。そこには、マントをつけた子どもたちが遊びはしゃいでいる。親のような人々はいない。 それぞれのマントには特徴があり、それが子どもたちの個性だった。首に前に結んで、ひらひらしているマント。破けている…
船がやってきた。この流れの横幅はそこまで広くない。このままだとぶつかる。 その船は、上流の方、山の頂上からやってきたみたいだった。木の船。何か積んでいるような。 すると、僕のぎりぎりのところで何か竿のようなものを出してきて、底に突っ立てた。ぶつからずに済んだ。 ぷかぷかと浮かぶ船の表面をみていた。木は水を吸い込むはずなのに、そして事実、たっぷりそこには水分が吸収されているのに、それが理由で、この流れから浮いていた。触ったらいけないだろう。弾けてその効力がなくなってしまう。そしたらこの船はたちまち沈んでしまうだろう。そんなデリケートな膜が、この船を覆っていた。 船員は僕の方に手を伸ばす。どうやら…
立ち上がり、ムクっと起きた。外は真っ暗で、蒸気だけが満ちている。 起き上がるだけで、身体が軋む。ずっと寝ていたようだ。それも、死後硬直のように。 目覚めた時、ハッと、息を大きく吸った。その衝撃で、横隔膜が驚いたのか、ずっとしゃっくりが止まらない。 しゃっくりがひどく苦しい。ひゃっく。ひゃっく。森に響く、吸い上げ音。 どうやら森にいるようだった。しかし、そう広くない森。どれも似たような木、というわけではなく、それぞれバラバラの、違いのつけることのできる木。一本一本に名づけることのできる木々。 だから方角を間違うことはない。ここから、あちらに向かうにはどうしたらいいのか。 とりあえず、今はこのしゃ…
足りない。こんな音ではダメだ。ダメになる。 足の震えはまだ治らない。もっと、もっと踏む。足裏が地面にくっつくぐらい。 膝を曲げ、重力に従い、力を込める。足の骨が軋んでもいい。いま、ようやくその音を捉えたんだ。今まで練習してきたのに、ずっと気づかなかった。僕はずっと、観客席ばかりをみていた。そうじゃない。みるべきなのは、床だ。 聞くべきなのは、観客の声じゃない。自分の声でもない。床の音、床の音を聞くべきなんだ。鳴らす、鳴らす鳴らす。 彼女は、僕を止めに入る。腕をつかんで、何か言っている。でももう聞こえない。防音ガラスの外に彼女はいた。 僕は今、ガラスに囲まれている。足音だけくり抜かれた地面。僕は…
ー僕ー 離れた。離れざるをえなかった。彼女が唾を吹きかけてきたからだ。 僕は彼女の首を絞めていたことに気づく。顔中が、シャワーより細かい感覚で満ちていく。こんなにも唾を浴びたことはなかった。そもそも人に浴びせかけられたこともなかった。 何をしたっていうんだろう。僕が彼女に何をしたのか。そんな、唾を吐きかけられるような悪いことをしたのだろうか。いや、吐かれたのではない。吹き付けられたのだ。まるで、カラカラに枯れた植物に、霧吹きで水をやるように、ゆっくりでもはやくでもない、淡いのあるスピードで、自分の顔は濡らされた。その粒と粒とは均質なものであったから、瞬時には気づけなかった。何が飛んできたのかわ…
嫌そうだった。彼の顔。面倒臭そうにしていた。 私が遅れたのがそんなに?まあ、初めての舞台だし、そう思うのも無理ないけど、それは私だって同じだし、私も緊張してる。外から見たら、私はすごく落ち着いているように見えるけど、結構緊張してるんだから。もちろん、あなたよりは緊張しないかもしれないけど。 でもそれって、私の方が緊張に意識を向けないだけ。もし、もしよ、あなたと私が同じぐらいの鼓動だったとして、私はその心臓よりも、私の出している声の方に意識がいくの。だから意識は外なの。でもあなたが向いているのは、ずっと自分の身体。だから緊張しやすいし、テンパリやすいの。それはそれで大変でしょう。だから、声もあま…
-私- ふらっとした。貧血気味なのか、舞台が始まるとともに、身体が傾く。 彼がセリフを話し始めた。あれ、出だしがいつもと違う気がする。少し焦ってる。少し早口になってるし、体の重心も妙に落ち着きがない。いつもより、セリフの入りが早いような…。 いや、そうじゃない。最初のセリフを抜かしちゃったんだ。何やってるんだ。相変わら緊張に弱いのね。練習の時でさえ、いっつも緊張してるんだから。まあ癖といっちゃ癖だし、仕方ないところはあるけれど、もう始まっちゃったしどうしようもないよね。 しばらくは長台詞が続くし、お客さんは違和感なく聞いているようだけど。今は自分のセリフを確認しとこ。えーっと、暗くて見えづらい…
繰り返す。踵を上げ、降ろす。上げ、下ろす。体重が、両足二点にのしかかる。ずしんと、自分だけに響く音。 内臓が揺れる。しかし、上下には揺れない。お互い引っ張り合い、上下左右の斜めに動く。遅れて動く。身体全身の動きについてくるように、定まりのない揺れとして、定位置をついぞ決めかねている。違和感があったのは心臓である。 踵をやたら踏み直し、リズムを取ろうとしする。心臓が、その心臓が、支配的なリズムを発しているからだ。心臓にばかり意識してはいけない。あの鼓動の早さではいけない。 だから、そのリズムをかき消すように、別のリズムを作ろうとしていた。他の内臓と協働させて。 どうにか、心臓だけを一人歩きさせな…
頑張ってきた。たった二ヶ月の練習期間。これほど一生懸命、何かに取り組んだのは久しぶりだった。受験勉強以上に必死だった。 入部してから、いきなり脚本を渡され、主役をやってねと言われる。もちろん、脇役を選ぶこともできた。けれど、自分はそこまで言い出せなかった。言いたくなかったのかもしれない。やはり、目立ちたい部分があったのだ。 普段は声をかけることすらできない自分が、無条件に声を出すことができる。それが演劇なのだと思った。 照明のライトが自分に向けられている。その光に目を移せば、瞳が自然と絞られる。その光の中に、丸い輪郭がみえた。真っ白だった。太陽よりも。 それは見つめているのでもなく、見放してい…
静かだった。ホールの様子は、開演準備が整っていた。ただ、お客用の座布団がまだ敷かれていなかった。 座布団を取りに行く。場所はホール内の倉庫。出入り口から入って、左。反対にも倉庫はあるが、そこには照明器具や、主電源がある。 左の方に入る。隅に座布団が積まれている。扉は半開きになっていた。腕一本が通るぐらいの隙間。そこに両手をかけ、ジリジリ開けていく。相変わらず重い。 中を見る。座布団が今にも倒れそうな束になっている。そこから、五枚ずつ抱え、どんどん出していく。 途中で裏方の先輩が気づき、手伝ってくれた。結構めんどくさい作業で、途中で息切れもする。扉を行ったり来たりしていると、ドアが中途半端だった…
落ち着かなかった。開場三〇分前、ホールの外での自主練。思うように身が入らない。初めて人前に舞台に立つ。観客に伝わる演技というものがどういうものか。そのことばかりが不安だった。 新入生歓迎公演という理由で、大役を頂けたことは嬉しかったが、その分プレッシャーもあった。だから夢中で練習した。部活が終わっても、家に帰って復習した。夜中にまで渡ることもあった。二階で寝ている家族を起こさなぬよう、声をひそめ、代わりに身振りを大きく練習した。 翌日の部活では褒められた。練習したその分の工夫が認められた。毎日が楽しかった。自分は成長している。 ただそれは、部活での感じ方であって、一般客からみられる自分がどんな…
大きくなる。観客が盛り上がったせいであろうか、先輩の声量が普段よりも聞こえてきた。自分は台本を手に取り、次の出番を確認する。それはメモ書きだらけで、ボロボロだ。端は破れちりじりになっている。セリフの一部には穴が空いて、周りへ皺が広がっている。両手で持たなければへしゃげてしまう。 見えづらくなったセリフを、口パクで唱える。練習通りの言い方で、声を出さずに口を動かす。そうしているうちに、先輩のセリフの調子と揃ってきた。先輩が一つセリフを終えると同時に、自分もひと台詞を終える。次のセリフが始まる前には、同じ量で息を吸い、口を動かし始める。 セリフの文字が一文字ずつ、独立するようにみえてくる。文字がつ…
暗い。しかし真っ暗でもない。息遣いがある。一つではない。何人もの、いくつもの。一つはあっち、一つはこっち。ところどころに漏れる息。 何のために息を吐いているのか。舞台の上に立つ自分。それだけではよく分からない。もし、自分が向こうのように観客席側であったなら。 観劇する、開演される前のブザー音。薄仄かに明るかった舞台が暗くなる。観客は息を呑む。ガヤガヤしていた声がひそひそ声に変わる。舞台の暗さに吸い込まれる。舞台が、観客の息を吸収する。今、その舞台に立つ。これからセリフを吐いていく自分。 第一声が肝心だ。観客の顔が分からない、まだの未分明に、ゴソゴソと動いていく影。森の木々が、予兆を感じさせない…
セメントは便利だ。 なんでもそこにいれれば、固まってしまえる。僕の弱い心もそこに投げてしまえば勝手に固まるだろうに。 そう俯きながら歩いていると、学校にいくみんなが道中で何かを飲んでいた。 セメントだ。 口を開けながら水筒みたいなものに入れて、ずっとドロドロした液体を流し込んでいる。 とっても喉が渇いていたようだった。 だから、こんなことも言っていた。 「あーしんどい。しんどいけど、行かなくちゃいけない。行ったら、楽しいんだぞ、私。楽しめんだぞ、学校。みんなと同じ姿勢で、頑張って固まっていくんだぞ。」 そんなことを言いながら飲むものだから、口からセメントが溢れ出していく。 それは服の中に入って…
十秒後、何が起こるかわからない。 暗い暗室。 そこに私は閉じ込められたか、自分で入ったのかどちらかである。 角の隅っこにとりあえず背中をつけ、部屋全身の冷たさを感じる。 こうしている間に後七秒だ。 こういうとき、何を考えればいいのかわからない。 私にはボーイフレンドもいないし、親も大して大事だと思ったことはない。 唯一心残りは、5歳下の弟。今ようやく社会人になって、荒波に揉まれている頃だろうと思う。 もう三秒。 私はここで、何か叫ぶべきだろうか。 叫べば、何か起きるだろうか。 外で見ている大衆全体が、何か心の迷いを晴らして、私を助け出してくれるだろうか。 そうだね。そうだよ。後一秒。 私は叫ん…
もしも、明後日地球に隕石がぶつかったなら。 もしも、明後日お母さんが死んでしまったなら。 もしも、明後日僕の弟が結婚してしまったなら。 もしも、明後日プレステ5が家に届いたなら。 もしも、明後日どっかの中華屋さんが閉店したら。 もしも、明後日誰かが悲しく泣いていたなら。 もしも、明後日誰かが公演を散歩していたなら。 もしも、明後日ストーカーが警察に逮捕されたなら。 もしも、明後日誰かのギャグが誰かに受けたなら。 もしも、明後日晴れになったら。 もしも、明日、また起きたなら。
見上げると、月が雲に隠れていた。 いや、これは、雲が月を隠してしまったに違いない。 そう思って、僕は雲を睨んだ。 すると雲はちょっとびびったのか、薄くなった。 月の光がさっきよりはマシになる。 それでもまだ、雲はでずっぱりである。 僕はため息をつきながら、そばにあった木に登り、もっと近づいて、「おい。」と、怒った口調で注意した。 雲はさすがに恐縮したようで、急ぎで払いのけていった。 ようやく、月とご対面できる。 僕は今までのイライラなんて忘れて、目をまんまるにして待っていた。 すると、月は真っ白になっていたのである。 月の持つ、あの黄色の輝きはどこかに消えてしまったのである。 もしや、月は冷め…
今日も生徒は一人。 俺は教室入る。 だから机は一つ。 椅子も一つ。 なのに黒板はだだっ広い。 俺が教える時は、その人の知る範囲でしか教えない。 こんな黒板、必要ないのだ。 自分の両手を広げたぐらいの幅の黒板でいい。 そこに、チョーク一本だけでいい。 黒板消しは必要ない。 袖で拭って消すからだ。 今日はどれくらい袖が汚れるだろうか。 俺は汚すのが好きなので、あえて白いシャツを着てくる。 ボタンがついていると黒板が痛むので、ボタンはあえて外してある。 おかげで、袖がだらしない男になっている。 昨日はさして汚れなかった。 本当に汚れる時は、拭うたびに黒板が白くなっていく。 白板だ。 俺は本当はホワイ…
行きつけの喫茶店には、トイレがあった。 けれど和式。 試しに男女両方を確かめてみたが、ともに和式だった。 和式の便所というのは最初は億劫であるが、実際試してみると意外、あのしゃがみ込む姿勢が楽だったりする。 今椅子に座ってこの文章を執筆しているが、こっちよりもあの姿勢の方が書けるかもしれない。 この姿勢だと腰が悪くなる。猫背になること必死である。 そうして、いつものように用を足していると、窓の方が空いていた。 その奥は誰かの家の石垣になっており、さらに障子がみえる。 そこに猫が通りかかり、僕の方を、用を足している僕の方に何か用があるかのように、じっとこちらをみている。 このまま入ってこられたら…
今日も俺は、悪いことをしにいく。 近くの公園だ。 そこで俺は、雑草を踏むのである。 いや、踏み付けるのである。 そして、その足跡がどれくらいくっきり残ったかの程度で、今日の点数をつけるのである。 雨の日の翌日であれば、よく跡が付くので、俺は雨が好きだ。 雨の雫がお化粧している雑草も好きである。 それをみたら俺は興奮する。 ああ、俺は今から、あの綺麗な桃源郷を、このスニーカーで、茶色くこけたスニーカーで、今から踏み散らかすのか。 けれど、実際は一踏みしかしない。 それは、俺の気が小さいからとも言えるが、一応、良心というのを持ち合わせているからだ。 ある日、人口芝をみつけた。 初めてだった。 こい…
「お会計でお待ちのお客様どうぞ!」 明るい声が、店内に響き渡る。列が並ぶ。 「初恋の雰囲気が一点で、二千九百四十円になります。カードでよろしいですね。」「港の雰囲気とカレー屋の雰囲気の二点で、四千七百六十八円になります。現金ですね。」 ここでは、雰囲気を販売している。 今やどこの世界でも、満員電車の雰囲気が蔓延してしまい、他の雰囲気が味わえなくなってしまったのである。 自然のある場所に行っても、そこは植物がたくさん生えて窮屈に感じるし、家庭の中でも、人がいて窮屈なのである。 だから人々は、その窮屈とやらから息抜きするために、色んな雰囲気を買い求めるのだ。 それは手のひらサイズの、ふわふわした輪…
今日もいい天気。 そう思って移動していると、急に手足が動かなくなった。 進まない。進まない進まない。焦れば焦るほど、動けなくなっていくのがわかった。 けれど、見えている視界はまったく青い空のままなのである。 すると突然、黒い影が身体の周りを動き始めた。 そいつの腹からは、足が八本生えている。どうやら同族ではないらしい。 そいつはぐるぐると、何度も視界を通り過ぎ、目が回った。 だんだん動く気力もなくなって、知らぬ間に、白い繭に包まれた状態になっていた。 身体が動かないが、頭は動くらしい。 目と鼻の先に、顔を近づけていたので、できる限りのことを捲し立てた。 ただちょっと出かけただけのこと。家には家…
狭い路地。僕はナイフを突きつけられていた。 別に僕は、大して悪いことをしてない。 ただ、ちょっとコンビニで物を盗んだだけだ。 それが今、こういう事態になっている。 男は、マスクをして、黒いハット帽を被って、何やら話しかけている。 でも、口がもぐもぐするだけで何も聞こえてこない。 これだと、こっちも反応できないから、弁解の余地もない。 しかたなく、刺されるまでの間、なぜこうなるに至ったのか振り返った。 盗んだのは、カレーパンだった。 外に出た後、公園のベンチに座り、袋を開けた。 腐った匂いがした。 このパンではない。 背後の茂みからだ。 そこには男が、何かを袋に詰めていた。 それがなんなのかまで…
雨の中、男は運転していた。 ふてぶてした顔で、隣に座っている者も、どこをみるあてもないようにいた。 ワイパーを一番早くに設定した。 それくらい、正面が雨ざらしになるのが早かった。 ワイパーは、雨を避けているのか集めているのか分からないぐらいだった。 空調はガンガン効いていて、外はきっと、これだけの雨なのに蒸し暑いだろう気温になっている。 水たまりの道と化した歩道を歩く子どもたち。 小学校の帰りだろうか。まだこの時間だから、ひどくなる前に帰らされているのだろう。 足には長靴を履いている。 「そういえば、近頃長靴を履かなくなりましたね。」男は隣にそう呟いた。「うん、まあ、車があれば濡れないしな。」…
しかし、こんなに蒸し暑いから、海の上だとマシだと思ったのに、この気温じゃたいして変わんねぇ。 そう思いながら、祭り用の花火を準備をしていた。 少し離れた港の方をみると、まだ三時間前なのにくる人はくるし、車もさっきより増えていた。 難儀だなぁと思い、頭につけた鉢巻がずるっとずれる。 時刻はそろそろ。日も暮れて、露店の光が立ち並ぶ。 こちらの方は真っ暗である。前々から用意して、丁寧に一枚一枚を巻いて作った花火玉。 これをこれからおかまいなしに点火してしまうと考えると、切ない気持ちが拭いきれない。 さあ、お願いしますよと、肩を叩かれた。 これでもかという人の賑わいが、さっと打ち消された。 一発、どか…
夜明け。 真っ暗だった静けさに、一筋の音が切り込む。 その在処を隠すかのように、太陽が引っ張り出される。 残響は海に忍び込み、新しい生命を誕生させる。波だ。 波が立ち上がる。 一度に、次々と、小さいものから大きいものまで。 白い衣を羽織り、青い透明な身体を内にしまいながら、のそっとのそっと起き上がる。 彼らは砂浜へ導かれる。 誰も彼もが、同じ方向を向いている。 後ろから差す光から逃げるよう、その爛れた全身を運んでくる。 くしゃくしゃで、互いにもつれあいながら、合わさったり萎んだりする集団。 赤い火に垂らし干された背後が、その目に紫色の結晶を灯す。 叫ぶ。喉を鳴らして怒ったり、引っ込めて黙ったり…
やっとだやっと。 やっと家から出てこれた。 外も真っ暗、あんまり家と変わんない。 あー。意外と遠いな。 まあちょっとぐらい歩いてく。 それにしても、あっ君とまー君は元気かな。 どこら辺にいるのかな。まあまた会えたらいいね。 さてさて、着きました。 風あたりがいいところを探します。 よいしょ。よいしょ。足使うのも大変だ。 でもみてみたい。夜明けがみたい。夜明けの空気は、たまらないと聞く。 よし、ここら辺ならみえるだろう。まだ暗いけど。 あー、早起きした。なんか眠たくって。 うーん、背伸びすると気持ちいい。 ん、やけに背中が柔らかい。 まあ、なんせ気持ちいいから。 さっきよりも涼しいい。 静かだ静…
光が通る。 予兆はあった。 狭い道を、走ってくる音。 バイクかと思ったが、それは車だった。 車は視線の少しいった先でとまる。 ドアが開き、運転席から人が出てくる。しばらくこちらの河を眺めた後、右左と、何かを探す。 階段だ。 あいつはこちらに降りようとしている。 どうしようか。 こちらは身を隠してもいいのだが、ここは一発、そのまま佇んで置くことにしよう。 男は橋のそばに階段があるのをみつけ、ゆっくり足を向けてくる。 足音は聞こえない。 相変わらず、流れているのは河音のみである。 砂利に至る。 そうして、橋の下に眼を向ける。 当然そこには何もない。 その下を通る草に眼を向ける。 もちろんそこにも何…
パキッと割れた。 左手の小指の爪だ。 台所で食器を洗っている時、なぜか割れてしまった。 最初は気づかなかった。 食器を片付けていると、ふと痛みを感じて、ああ、と思ったのだった。 とりあえず、絆創膏を貼って、応急処置をとる。 先っぽから白いところに届くか届かないかぐらいまで線が入って、開きはしないけれど、指先がどうも落ち着かなかった。 仕事がデスクワークだったため、これには困った。 アルファベットのaを叩く時、うっとなる。 それを繰り返しているうち、打てるようにはなってきたのだけど、かえって指先の感覚が麻痺していくような気がした。 病院に行かずに放置したままだったせいか、まったく戻らない。 他の…
大通りの途中、左手に、狭い路地がある。 その路地の入り口にはゴミ袋が置いてあって、そこから誰も入りたがらないのだけれど、その道の奥、換気扇の様々な匂いが混じった通路を抜けると、四方が建物に囲まれた小さな広場がある。 そこに、薄々と煙を出して営むお店、あれがウサワのホットっドク屋だ。 なんとも、オススメを頼むといいらしい。 流されやすい性質なので、迷いなくオススメを頼んだ。 周りを見渡すと、自分以外に客はいなかったようで、そこのベンチに座ろうとまあそんなことを考えていた。 「はい、オススメです。」 顔の見えない狭い受付口から出てきたのは、ゲーム機が挟まれたホットドックだった。 それも、自分が小さ…
疲れた。 歩いている人が、みんな俯いているようにみえる。 首の骨がぐっと突き出、顔が右左に揺れている。 それなのに足はいたって元気にしていて、踵が地面を踏み込んでいる。 彼らは、いつまでも薄暗い駅の光を頼りに歩く。 彼らには腰がない。 腰は、何かプラスチックの板のようなものが挟まっているだけで、上半身と下半身とを互い違いにずらしながら、なんとか進んでいるようだった。 その中に、一際進んでいくものがいた。 ゆらっとゆれる木々を抜けるように、小鳥さながら、間を縫っていく。 彼女は白い帽子をかぶり、青色のリュックサックを背中にぴたりとつけながら、両手の振りを足の動力に変換していた。 帽子からは一つに…
今日は七月十七日月曜日。 いつものように日記を開くと、そこには今日のことが書かれてあった。 これから書こうと思ったのに、不思議だ。 誰かが書いたのか。いや、筆跡は自分である。 さっき仮眠したから、書いたこと忘れちゃってたのか。 歯磨きしたかどうか忘れる時ってあるしね。 ノートをみていると、ページの裏にまだ筆跡の後があるようだった。 めくるとそれは明日のこと。 なんと私は、明日のことまで日記に書いていたようだった。 日付は、十九日水曜日。あれ、これ明後日だ。 不思議に不思議が重なって、なんだか頭が混乱してきたのではあったが、とにかくその内容を目を細め読んでみる。 読めなかった。 書いてあるけれど…
チカチカと時計の針が鳴る中で、漫然とテーブルに相対す。 そこに置かれた手のひらの鉢は、エアコンが打ちつけ、先々揺れるアスパラガス。 水道水をひねり、計量カップにドバドバいれる。 入れ過ぎであるとわかりつつも、てきとうなところでテーブルに持って、そいつに注いでやる。 これもまた注ぎ過ぎであるとわかりつつも、ため息で一段落、鉢を眺める。 すると、だんだん瞼が落ちを繰り返し、上半身がテーブルに沈み行く。 暗いのに橙色が滲んだような平面で、どこどこどこ、リズムがうってうつうつうつと鳴っている。 呼ぶともなく羅生する、散らばけていく無弾の風。 陽光が隅々に折り込み、のっそり伸びていく背中に、寝ても覚めて…
時計の針が十五時半を回りました。 学校の玄関から次々と、子どもたちが跳ね飛んでいきます。 楕円のグラウンドで各々がグループを作り遊んでいます。 最近流行っている遊びは、誰かが中心に立って、その周りを他がぐるぐる回る遊びです。 一番楽しいのは、中心の役。 みんなが手を繋ぎ、回転を次第に速くして、広さを大きく、腕がはち切れんばかりの状態に勢い保ち、一人一人の顔が他と一緒に、誰が誰だかわからなくなる、その眩暈がいいのです。 この体験を味わいたいと、子どもたちは誰が中心かで躍起に喧嘩するほどでした。 ある日また喧嘩をしていると、飼い主からはぐれた犬が中心に入ってきました。 子どもたちはそれでも面白そう…
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それで、どうしたの?ガヤガヤうるさい食堂で僕は問われている。いやぁ。でも、渡せなかったんです。えー。先輩はのけぞり返り、わざとらしい声をあげる。じゃあ、こうしようよ。バックから取り出した紙一枚と、シャーペン。校内の様子を書いていく。今、ここにいるのが僕たちね。はい。それで、あなたが行きたいところがここだと。はい。じゃあ、どういくのがいいと思う?順序的に。えー、それはまず、ここで冷えかけているカレーを食べることですよね。いや、食べてからだよ。じゃあ、持ってきます、カレー。
ここで何があったんですか。みりゃわかるだろう。火事だよ火事。でも私には見えないですし。わかるでしょ、俺の肌みればさぁ。ええ、まあ確かに、爛れています。ったく、本当に痛かったんだから。知ってる?火傷で死ぬって気持ち。いや、わからないです。急だったよあれやぁ…。ストーブかな。冬でもねぇのによぉ。火が付きよったんだ。知らないところでね。台所に置いてたかな。きっと、そこのガスとなんか引火したんだろうと思うが、まあわかんねぇ。気づいたら周りが火の海でよ、逃げ場なかったね。ドアとか空いてなかったんですか。空いてたけどよ、もう熱くて進めなかったんですわ。どうしようもなかったね。天井がづわって倒れて、足元で燃…
手元に小さな箱がある。縁には埃がついている。払ってみてもキレイにならず。布巾を濡らして拭ってみる。包むよう全体を触って。思った小さい感じ方。内に隠れる大きさ。強いとそれは潰れてしまう。へしゃげたって出てこない。悲しい気持ちだけが残るだろう。だから私は閉じた手揺らし。角打つ感触確かめる。ここは落ち着く気持ちがあって。心臓は身体の外に出せてしまうほど。操れてしまう気持ち。支配したいわけじゃない。支配されたいわけじゃない。重力があってこそ、バランスがあって。手元に置かれたただ一つ。中へストンと音がする。静かに収まる手のおもり。軽くて胸に抱きたくなる。凝縮された気持ちの奥。揺れていた小箱。隠した布を放…
船を漕いでいた。波に打たれ、重心を保って、腕を前に運んで引いた。今朝、港で吐いた息の先。視線は月光が差し込んだところに落ちていた。 魚になったかと思う。海にいた。船が転覆したのだ。すくわれてしまった。海がコンクリートだと思った。漕ぎ棒は垂直に突っかかると思った。もたれたさ。船がなくても歩けると思った。けれど到底勘違い。沈んでいった。 泡が身にまとう。呼吸はできない。身体に針が刺さった。一本だけを抜けばよかった。慎重に選び取り、よくよく痛みを観察する。皮膚の下にまで及んだ針。目を閉じ耳を澄ました。 抜けた。空気が溢れ出した。私は風船だったから、すごい勢いで萎んでいき、同時に進んでも行った。身体に…
断る理由はなかった。ぼくは小さい頃に連れていってもらったロシア人のサーカスしか行ったことがなかった。ぼくには経験がなかった。いまもない。いろんな経験はある。あるはずだ。あるのにかたっぱしから忘れてしまう。いつも何も残らない。それでもいま、ぼくはシミのことを書いている。思い出す、とも違う。そういうことはぼくにはできない。できないことはしない。 坂口恭平(2017)『しみ』(朝日新聞出版)p.20 そもそもナミが存在するのかどうかすらわからない。バルトレンの姿が目に入った。何度も彼を見ている気がする。わたしは自分で書いたメモを読み返そうとした。すぐにいつの話なのかわからなくなってしまう。バルトレン…
できれば毎日、何かしら文章を書きたいと思っている。書くというのは僕にとって生理的な行為で、出さないとお腹の中で詰まってしまう。詰まると便秘になってしんどい。 それでも、書きたくないことがある。便秘になっているのか。きっとその反対。空っぽなのである。書くことがないから、書きたくない。書くことはしたいはずなのに。この時僕は、「書かなければいけない気持ち」に陥っている。 別に悪いことじゃない。書きたい気持ちに素直になっている証拠だ。でも、そうして動機を押さえているのに、気持ちは裏側を向いてしまっている。もったいない心の抱き方だ。 どうすればいいか。もったいないの反対で、エコな気持ちを考えてみる。ただ…
穂がなびていて。そこに、一匹のてんとう虫を見つけた。夜になっても光らないけど、ちゃんと見えていた。かき分けて、かき分けて探せたから。一本だけ、丈夫なもの。それを掴めればよかったから。 *** 夕陽が昇っていた。私はそう思ったの。顔を逆さまにしてたから。それでも、血は下に降りていくのね。 オレンジ色になったの。穂に絨毯が被さってね、耐え切れると思ったんだけど、やっぱりダメだったみたい。軽すぎたんだ。全部潰れちゃった。 でもね、見つけたの。一つだけ暗いとこ。周りは赤くってね、真ん中だけ真っ黒なの。こんなところにあるはずないものよね。だって、人の頭だったのもの。手に取った時ね。 中身がなかった。目は…
僕は死者からの附箋を発見し、言葉にしたいというエネルギーを持つと、まずは体を動かしはじめる。勢いよく歩いたり、人とより多く会おうとしたりする。そして、機が熟すると台所へ向かい、妻の前でああでもない、こうでもないと振る舞いはじめる。体をひねる。壁に頭をぶつける。手を伸ばす。貧乏揺すりをする。 そうこうしていると少しずつ、蛇口から水が出るように言葉が出てくる。しかし、それらの言葉も脈絡のないつながりで、聞いている妻はよく分からないという顔をする。それではいけないとまた体を動かし、よじり、雑巾を絞るように言葉を出そうとする。そうやって体を動かしていると、言葉が少しずつ一人立ちしてくるのだ。 この一連…
空に青空が広がっていた。歩いている私。流れる河。浮いていた。小さな石ころが。降っていた。小さな結晶が。それは、私の涙か。 学校からの帰り道。今日も、悪口言っちゃったなって歩く。言葉はもう元に戻らないのに、頭で何度も再生して、抹消された記憶を捏造してみる。違う、現実じゃない。理想ばかりの現実。でも、今歩いているこの道こそ、理想ばっかりで。 河のせせらぎ。スカートの裾が隠れる草っぱ。足首をこしょばせ、イタズラする。お尻をついて、トゲトゲから向こう岸をみる。一匹の鳥。とっくに目があっていた。 瞼を下ろし、耳を傾けた。その道。後ろのチャリンコ。走っている。車の音。人の音。草も同じ。止まっている。それは…
この記事をお読みになってくださっている方は、坂口恭平さんのことをある程度ご存知なのだと思います。なので、坂口恭平さんがどんなことをしている方なのかは紹介しません。なので、この記事のカッコ書きのところに書いてある「坂口恭平を走り書く」の意味を話してみようと思います。あんまり考えてないので、うまくいかないかもしれませんが、やってみたいのでやってみます。 そもそも僕には、研究欲があります。ただ、この研究、という言葉の意味が、一般的な感じとはズレています、多分。僕は、大学院に行っていました。論文を読んで整理したり、根拠をつけて主張するとか、そういった研究っぽいことをやっていました。でも、馴染まなかった…
打ち込んできた。避けれたかどうか分からない。接触感はない。過ぎていく。みてももう遅い。遠くに行ってしまった。追いかけても仕方がない。踏ん張る。振り返る。戻った。 *** 歩いていた。鳴った。自分だ。無視した。どうにでもなれ。気張る。遠くなった。向こうだ。渡った。合わせた。呆れる。向こう見ず。振り向く。来ていた。来た。迫る。通る。向かった。 *** 長閑だった。長い時間で。難しい。傾げた。ピッポー、ピッポー。ゾロゾロゾロゾロ。流れ出る。見飽きる。そっぽ向く。走って突っ込んで。重くなって。笑われて。吹き出して。吸い込まれて。それでも笑って。打ちつけた。眩しい。から。 *** ゆすった。あたり。巻き…
油の揚がる音がする。カウンターの前に座っている私は、両隣が男性に挟まれてしまい、少々息苦しい。しかし、これから来る料理、待ちに待ったあの料理とご対面できるとなると、それも我慢できる。 ここは昔ながらの中華料理屋さんで、玄関を入ると床がベトってしてるし、入ったら煙がムアっと顔に当たり、前髪は結んでおかなくちゃならない。 テーブルは三つで、それぞれ四つの椅子、けれど一番奥のところは椅子三つ。そして、カウンター五席、という構成。 照明は丸い形をしたのが三つほど宙吊りになっていて、ハエとアブの中間みたいなやつが休憩している。 昼の少し前に入ったので、お客さんはそれほどでもなく、きっと常連さんだろう新聞…
とどのつまり、それって深いってことよ。え?不快?そうそう。だって、つい気になるでしょ。まあ、気になるから不快なのかも。 横断歩道を渡っていく。向かいにからは誰も来ない。 いやぁ。最近深い体験してないよ。えー、まあしなくていいじゃない?え、したくない?物足りないじゃん。んー、したいかぁー。軽い刺激みたいな? 角を曲がる。細い道を挟んで高くなる道路。 だってさ、慣れてきたなぁーって。ん?朝起きて、会社行って、夜寝てってさ。うん。 道路の下を通る。突き当たり斜め左に行けば商店街。 つまんないのよねー。んー、そんな言うんだったら、今体験しちゃえば?え?そんな簡単にできるの?うん。 商店街入り口前。遠近…
地下のパイプを工事をしていると、地上の音がいろんな風に聞こえる。ウォーウォー泣いているのは、人が歩いている音。カーカーカラスの鳴き声みたいなのは、赤ちゃんの鳴き声。クークー熊の寝息みたいなのは、電車が通り過ぎる音。 工事が終わり、マンホールから顔を出す。どうも、こっちの方が穴だらけ。でも、要請があるのは地下だけで。 お金がもらえないなら工事しない。こっちだって生活がある。 至る所で漏れている。それが、マンホールに入っていく。それで、地下のパイプが破裂する。ピリピリピ。また電話。
晴れた日のこと。お日様が焼いた。座っている側で、草がしなっていく。暑い。オゾン層が一枚剥がれてしまったみたい。 紫色に空が押し寄せてきて。飛んでいる鳥が低空飛行して。木はテッペンを垂れ下げていて。ベンチに誰かが座り始める。 歩く元気がなかったから、這って向かう。ベンチの人は、座れない私をじっとみる。手を差し伸べてくれるわけでもない。ちょっと笑って肩を揺らして。足元にいる私を無視して。さっきの場所にいた蝶々を眺めている。黄色の蝶々。ピンク色に染め上がっていく蝶々。
画面に登場したのは、一人のヒーロー。背後の爆発、靡くマント。 勢い強過ぎたのか、マントが顔にかかる。なかなか剥がれそうになくって、それでも登場ポーズを決めていて。なんだかかっこいいって思った。 呼吸はできてるのかしら。あ、でもマスクで確保されてるか。 果たして、隠れたマスクから何が見えているのか。赤くて薄い生地。その奥の黒くて薄いプラスチック。 まあ何も見えてないでしょ。 風が落ち着き、マントが外れる。とってもダサいポーズでした。
手を伸ばし、胸いっぱいに吸う。ここはとっても豊かなところ。みんながいて、一人ぼっちにならないところ。ピーちゃんが声をかけてきた。 ねぇ、一緒に遊ぼうよ。えー、何するー?うーん。トランプ!お、いいねいいね、トランプトランプ。 葉っぱをいくつか用意して、地面に丸を書く。ピーちゃんが手札から一枚置いた。私も真似て、一枚置く。ピーちゃんは考えながら、次の一枚を隣に。私も自分の隣に置いて。 あっ。 ピーちゃんが言うと、四つの葉っぱを線で囲ってしまった。 あ〜。 私は、やられたみたいな反応をする。ピーちゃんは喜んで、全部を手札にする。次は私の番。一枚を半分にちぎって、小さくなった円の両端に並べる。ピーちゃ…
差し迫っている。もうすぐ〆切だというのに間に合うか。気づけば朝が来ている。寒かった空気が部屋から出ていく。でも、押し入れの空気は出ていかない。作業を一旦やめ、押し入れの前に。額を扉ギリギリに近づける。中の物音を聞く。ガサゴソと、布団の中で動く音。口がにやけてしまった。私は飼っている。手を表面に当て、中の温度を感じ取る。ここの部屋よりは暖かい。よかった。扉をさすり、荒い紙質を確かめる。一階で物音がした。多分母親だ。朝ごはんを作っている。お弁当だろう。トイレの音も聞こえた。きっと父親。母親が起きたから、一緒に起きた。また寝るに違いない。 二人とも、私が起きていたとは知らない。私は勉強机の前に相対し…
これいくら?大した値段じゃないよ。でも、みるからに高そうじゃない。いや、他のお客さんもそういうんだけど…意外とそうじゃない?そう、そう。もし、もしね、あなただったら欲しい?それゃ…そうだ。今、迷ったよね。いえ、買った時の喜びを想像してました。 その時、人が割り込んできた。これください。へい、どうぞ。あれよあれよという間に買っていった。 ほう。買うんだ。買うんだよ。人によってはね。いや、あなたも欲しいよきっと。でも、あの人はどうなの。ええ?もうちょっと迷った方がいいかと思った。その是非は言えないなぁ。でも、お金を使うんでしょ。ええ。だったらちょっと考えるべきじゃない。いやきっとあの人は、前から考…
草が生い茂る中に、一箇所だけ背の低いところがある。周りは膝まであるのに、そこだけくるぶしぐらいなのだ。誰かが踏んづけたにしては大きい。直径肩幅サイズ。 覗かないと分からなかった。見えないけれど、生き物が動いてる。何をしているか分からないけれど、大きな建築物を作っている。もうちょっと見ていれば何か見えてきそうだった。でも迎えが来た。また明日ねと言い残し、帰っていく。 次の日。また覗きにくる。範囲が拡大していた。足幅一本、増えている。相変わらず何も見えないから、こっちから働きかけてみる。草を引きちぎり、投げる。ふわっと浮いた。引っかかったみたい。草はふらふらぶら下がり、落ちたと思ったらまた引っかか…
透明な液体に垂らす色 すぐ透明になる液体 一定のタイミングで垂れ続ける色 色を入れ過ぎてはいけない 色々な色のちょうどよさ 絵の具がみつからなくても大丈夫 絵の具が混ざり過ぎた状態 絵の具はパレットに 単純でわかりやすい色の絵の具 描く姿勢 いろんな絵の具の付いたパレット 絵の具の用意 絵の具を揃える時間 絵の具をチューブに 1色ずつ揃えていく 絵の具を作るパレット 色作りの順番 色作りの候補 色が作られる情報 子どもの頃の色 透明な液体に垂らす色 この文章も、終わりに差し掛かってきました。ここで目指してきたことは、土日への姿勢づくりです。それは、平日と土日の両方の時間に及びます。すなわち、毎…
平日用のモバイルバッテリー ベットの側のコンセント 熱くなるバッテリー 年期の入ったバッテリー バッテリーの漏電 傷がないのに漏電 じっとしているときに漏電 水溜まる漏電 水溜まりの自分 掬った水 掬った水にうつる夢 透き通る身震い ひんやりベット 布団の冷たさ ずっと涼しい頭 背中に吹く風 いい香りのする部屋 無臭の部屋 呼吸したくなる部屋 大きな窓に光を 平日用のモバイルバッテリー 土日が充分であるとは、充分になる土日があるということです。そんな土日が続くということです。しかし、土日の間には平日があります。だから、次の土日が来るまでには、間がある。 けれど、土日は続いている。そんなふうに、…
木がまばらな道 茂みに隠れた道 道を探す体力 同じ入り口 いつもの木 もっと手前の木 森の日暮れ 道に生えている木 森の状態 入り口前で飲み込む唾 別の入り口 飽きた道 三日坊主という看板 放置される看板 形の変わる森 森の方角 森からの風 森の出入りにあるベット ベットにカレンダー 森としての自分 木がまばらな道 お休みの日にゆったり過ごせなくなっていることが、僕は本当に苦手でした。仕事を始めてからは、そのゆっくり過ごすことすら忘れていた。いろいろなことをしなくては、寝れなかったのです。 とにかく、頭を使って、使って、使いまくって、もう考える根っこみたいなものを削ぎ落としてから、ようやく、ベ…
洞窟のツララ 落ちそうな水滴 若さがうつる氷柱 土日という外へ 未知の世界としての土日 日差しの向こう側 逆再生の視点 自分だけの行き方 あと引く場所 自分のスケッチ 自分と場所の結び目 親ガモ 親子でそれぞれ 見つからない休み場所 暗い暗い河の真ん中 暗い河から取り残される ポンデリングとしての習慣 河の始まりと終わり 河に沿って流れる 親ガモを運ぶ河 洞窟のツララ メモリストは、不安とうまく向き合っていくための道具です。不安は、そこから逃げても、どこまでも追ってきます。不安は、姿がみえないからです。だから言葉にしていく。言語にして、目にみえるようにしていく。そうやって、安心に変えていく。 …
スタートダッシュしてしまう自分 あえて遅らすスタート 開けきれないほどの宝の山 埃の山になっていく宝の山 永遠のモグラ叩き モグラ叩きの高速化 モグラタッチ 真っ黒な穴の集合 マンホール跡の道路 顔のないマネキン マネキンに顔を書く 自分に重なるマネキン マネキンを人間にしていく マネキンにポージングさせる マネキンの瞳 不安というブースター 無音の河 いい石を投げない いい石は見比べる その日の痒みを和らげる スタートダッシュしてしまう自分 この文章は、土日をうまく過ごすために書かれたものでした。僕にとって土日は、忙しく、気の抜けない時間でした。あれこれ次々やっていってしまう。でも、計画通り…
自分の世界の作業場 はみ出さないテープ 筒に通す声 ゴロッと言語 壁全体を照らす照明 聞き分けのある耳 理解想像の行為 ポンデリングの声 砂丘たち 管理下の砂漠 平日の土地 メモリストという土地 自分の土地の広さ 勝手に広がる土地 日が暮れる時間 作物を世話する時間 育ち盛りの作物 日毎の成長度合い 日毎の伸び度合い 土日の収穫に向けて 自分の世界の作業場 土日は、平日の中にあります。平日は基本仕事で、色々なことを考えている。ただ、その色々の中には、土日につながるようなことも入っている。そのきっかけが、すぐには意味のわからない言葉でした。 その言葉は、自分の声となって現れてきます。それを、メモ…
蜘蛛の巣を作る 足が10本の蜘蛛 網に掛からないもの 時間の網 時計の網が緩む時間 葉っぱを掬う 水流から掬う 葉っぱは滝から落ち戻る 川に刺したヤリ 夢の断片 自分の世界 ずっと減らない作り置き ずっと眺めていたい世界 仕事の時に思う世界 生活の時に思う世界 自分自身の世界 世界と明日の接点 気になりに歩こう 歩いたあとにできる道 土日は待っている 蜘蛛の巣を作る 平日中、仕事は次から次へと入ってきます。一つの仕事が終われば、必ず次が待っている。早く終わらせば終わらすほど、次の仕事がやってくるのも早くなる。仕事は、無限にある。だけれど、どこまでも働くことはできないから、出勤時間を決めて、なん…
送り主=宛先の封筒 土日の流れに運ばれる封筒 封筒は入れ物 マンホールの地下に流れる水 仕事の寄り道を見つけてしまう 寄り道先の友だち 分岐にずっと立っている 投げて残った自分 特別な友だち 寄り道は延び道 心の音はゆっくり 伸縮性のない声 頭の奥の洞窟 洞窟の隙間風 洞窟の中で山びこ 糸電話を使う 暗闇は暖かい 応えるノック 立体的な声 出てくるドア 送り主=宛先の封筒 平日である水曜日には、ふと意味なき言葉が出てきます。仕事に集中しているのか、していないのか、わからないような一瞬がある。今何考えていたのだっけと、なる瞬間がある。中身の透けた、透明な言葉が自分の中に入ってくる。 その感覚はま…
1週間というコース 小走りのコース 小走り用のランニングマシーン 土日というショッピングモール スマホは休憩 みんなのショッピングモール 自分の家 非常口の緑色ランプ 土日と平日の営業時間 平日の夜は静か 土日の夜は賑やか 月曜の土日酔い 金曜の土日出航 木曜日は身支度 火曜日は職業従事 水曜日はどこか遠くを 遠くの視線が揺れる 奥に聞こえた音 音は大きくできる 音の元は自分の声 1週間というコース 先ほど、仕事を気にするのではなく、仕事をしている自分を気にするということを言いました。走る速度を上げることではなく、走る速度を保つということです。つまり、ペースを作るということです。 ペースとは、…
orangebookland222.hatenablog.com 土日48時間分の体内時計 48時間分の頭内時計 土日は眼球の有害物質 眼球は頭のガジェット 頭は洗濯機 回転すれば空洞ができる 回る洗濯物は自分の分身 洗濯物に混ざる感情という洗剤 洗剤は洗濯物全てに浸透すべき 流れてきちゃう洗剤 平日から支給される洗剤 洗剤に付いてくるディズニーチケット ディズニーチケットのグレードアップ ディズニーチケットの駅伝 スポンサーとしての会社 生活していくための足 志望理由のアンダーライン アンダーラインは点線 逆走に向かい風 上がる速度と保つ速度 土日48時間分の体内時計 私たちには、土日があり…
趣味というコンテスト ガラスショーケースで過ごす 申し込んだのは親心 本番の前には面接がある 金曜夜はベットでリハーサル 土日はスーパーマン 家では普通の人 土日はウルトラマン 急かしてくるウルトラマン なんかやらなきゃサイレン 公園で遊ぶ子どもの声 自動車が通り過ぎた後で 自分裁判で寝れない土日 一挙手一投足が裁判の対象 帰りのホームルームの裁判 土曜参観で張り切る先生 平日5日間の授業をなくす 先生になりたかった 先生の授業と子どもの昼休み 職員室にいる先生から 趣味というコンテスト 突然ですが、質問させてください。「趣味は何ですか?」。初対面の時に、こうやって質問されること、よくあると思…
森はざわめていた。大きな風が吹き、木々の間を抜けていく。これまで大丈夫だと思っていた枝たちは次々と折れ、落ちるものは落ちていった。大事なものが取れていったのではない。むしろ、森としての様子が守られていったのである。 折れた枝たちは、地面に投げつけられる。葉っぱはすでに飛んでいってしまったので、クッションもない。かたい土に放り出された枝たちは、無造作に転がった。そうすると、枝が集まるところと、集まらないところの、一種の砂漠のような地面ができあがったのである。 そこには道のようなものができあがる。クネクネとヘビのように、曲がった道だ。でも、それは夜にならないと姿を現さない。月の光の影が、道を明らか…
その日、いつもの石段を踏み外したことがきっかけでした。落ちていく感覚はなく、気づいたら地面に戻っていたような感じです。実際には、背中の服が泥だらけで、破けていましたから、背中から転げ落ちたのでしょうけれど。それくらい曖昧でした。階段の方が、自分の足元から離れていく感じで、ぼやけて遠のいていったんです。 その日は、いつものように家を出ました。でも確かに、ちょっと周りの様子が変というか、違和感があったと言われれば、そうかもしれません。歩く側の家と家の間が妙に近く感じたり、猫が自分に近寄ってきたりしました。少し変な人もいましたね。ペットの手綱だけもって歩いているおじいさんもいました。 石段にいく曲が…
ある公園に、子どもが遊べる遊具がありました。それは、とんがったり、穴が空いていたりします。子どもはそこで飛び移ったり、もぐったりできます。だからここでは、いろんなふうに体を動かせました。 でも、誰もまだ、できていない遊びがありました。この遊具には、空高く登るような、伸びる棒がついています。この棒を下から見る分には、登りたくなりますが、いざ、棒の前までくると、地面との距離が高く、棒もだんだん細くなっているので、誰もがたじろいでしまうのでした。 ある夜の日、その公園でしてはいけない遊びをしている若者たちがいました。打ち上げ花火です。誰からもみえてないからと、たくさん打ち上げています。ヒューッ、スポ…
この町には線路があり、都会につながっています。都会には、高い建物がたくさん並んでいますが、この町には、背の低い建物が並んでいます。 町には一つだけ踏切があります。ライトが二つついていますが、光るのは一つだけです。でも、音が鳴るのは2回です。カンカンとなるのに、ライトはいつもピッ...ピッ...としかつきません。 いつも、朝、昼、夕方になると、電車が通ります。その時に、カンカンと音も鳴ります。この音で、みんなは朝ごはんを食べたり、昼に日向ぼっこしたり、夕方にお風呂に入りました。 1日3回、この町には音が鳴ります。ただ、夕方のカンカンだけ、妙に音が大きいように聞こえます。よくよく聞いてみると、カン…
ある河の真ん中に、大人の鳥がぷかぷか浮かんでいました。 すごく小さな鳥でした。 でも、羽をパタパタやると、少し大きくみえました。 いつでも飛びそうないきおいです。水が飛びちります。 周りにはいつもゴミが流れてきました。 ペットボトルや、タイヤ、お菓子のふくろです。 ダラダラ流れてくるゴミを、鳥はスルスル避けていきました。 そして、最初にいたところへまた戻っていきます。 背中にコツっと空き缶があたりました。 すると、中からたくさんの鳥が出てきました。 大人の鳥より小さな、子どもの鳥です。 彼らは泳ぐのができず、そのまま流されていきます。 河の先は二つに分かれていました。 一つははやい流れで、もう…
誰もが白い息を吐いていたあの時期。夕日が落ち始め、学校から出る生徒の影が、長く伸びていく。その影の先にある、2階の教室。校舎が直角に曲がった角にある教室。窓からみえる机とイスは、黒板に向かって整列している。いたって平凡な並び。前に沿うように、後ろも続いていく。誰もいないこの教室で、夕日の影が、教室の床全体を暗くした時、それが起こる。座席替えが起こる。 この教室の人数は32人で、毎年毎年、使いまわされているものである。その分、机ごとに個性のようなものがある。机の角に傷が入っているもの、ゆすると少しバランスが悪いもの、裏に剥がしたシールの跡が残っているものなど、多様な特徴がその机らしさを醸し出して…
誰もが白い息を吐いていたあの時期。夕日が落ち始め、学校から出る生徒の影が、長く伸びていく。その影の先にある、2階の教室。校舎が直角に曲がった角にある教室。窓からみえる机とイスは、黒板に向かって整列している。いたって平凡な並び。前に沿うように、後ろも続いていく。誰もいないこの教室で、夕日の影が、教室の床全体を暗くした時、それが起こる。座席替えが起こる。 チャイムが鳴り、生徒は一斉に立ち上がる。規律、礼。いつもの掛け声と共に、放課後が始まる。ガラガラと椅子を動かす音が響き、廊下から声が聞こえてくる。ある生徒は、急いで支度をしていた。教科書類をテキトーに鞄に詰め込み、椅子も机にしまわぬまま、一応机の…
誰もが白い息を吐いていたあの時期。夕日が落ち始め、学校から出る生徒の影が、長く伸びていく。その影の先にある、2階の教室。校舎が直角に曲がった角にある教室。窓からみえる机とイスは、黒板に向かって整列している。いたって平凡な並び。前に沿うように、後ろも続いていく。誰もいないこの教室で、夕日の影が、教室の床全体を暗くした時、それが起こる。座席替えが起こる。 教室には誰もいない。グラウンドで部活をする声が窓から聞こえる。窓は声をフィルターにかけ、一定のものしか拾わない。えーいえーいという応援が、窓から響く。閉じたカーテンの間から、床へ声がおりてくる。床は振動で軋み、ミシミシという音に変わっていく。音は…
誰もが白い息を吐いていたあの時期。夕日が落ち始め、学校から出る生徒の影が、長く伸びていく。その影の先にある、2階の教室。校舎が直角に曲がった角にある教室。窓からみえる机とイスは、黒板に向かって整列している。いたって平凡な並び。前に沿うように、後ろも続いていく。誰もいないこの教室で、夕日の影が、教室の床全体を暗くした時、それが起こる。座席替えが起こる。 今日も、放課後が始まるチャイムが鳴る。その前には、いつも静かにジーッという音がする。意識すれば気に留められるぐらいの大きさで、部活が面倒なものにとって、この音は退屈さをもたらし、やる気のあるものにとっては、気合が入る音である。キーンコーンカーンコ…