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2023/01/28

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  • 【短話】運び損ね

    それで、どうしたの?ガヤガヤうるさい食堂で僕は問われている。いやぁ。でも、渡せなかったんです。えー。先輩はのけぞり返り、わざとらしい声をあげる。じゃあ、こうしようよ。バックから取り出した紙一枚と、シャーペン。校内の様子を書いていく。今、ここにいるのが僕たちね。はい。それで、あなたが行きたいところがここだと。はい。じゃあ、どういくのがいいと思う?順序的に。えー、それはまず、ここで冷えかけているカレーを食べることですよね。いや、食べてからだよ。じゃあ、持ってきます、カレー。

  • 【聞き取り】ある火災事件

    ここで何があったんですか。みりゃわかるだろう。火事だよ火事。でも私には見えないですし。わかるでしょ、俺の肌みればさぁ。ええ、まあ確かに、爛れています。ったく、本当に痛かったんだから。知ってる?火傷で死ぬって気持ち。いや、わからないです。急だったよあれやぁ…。ストーブかな。冬でもねぇのによぉ。火が付きよったんだ。知らないところでね。台所に置いてたかな。きっと、そこのガスとなんか引火したんだろうと思うが、まあわかんねぇ。気づいたら周りが火の海でよ、逃げ場なかったね。ドアとか空いてなかったんですか。空いてたけどよ、もう熱くて進めなかったんですわ。どうしようもなかったね。天井がづわって倒れて、足元で燃…

  • 【短話】手のひらの小箱

    手元に小さな箱がある。縁には埃がついている。払ってみてもキレイにならず。布巾を濡らして拭ってみる。包むよう全体を触って。思った小さい感じ方。内に隠れる大きさ。強いとそれは潰れてしまう。へしゃげたって出てこない。悲しい気持ちだけが残るだろう。だから私は閉じた手揺らし。角打つ感触確かめる。ここは落ち着く気持ちがあって。心臓は身体の外に出せてしまうほど。操れてしまう気持ち。支配したいわけじゃない。支配されたいわけじゃない。重力があってこそ、バランスがあって。手元に置かれたただ一つ。中へストンと音がする。静かに収まる手のおもり。軽くて胸に抱きたくなる。凝縮された気持ちの奥。揺れていた小箱。隠した布を放…

  • 【短話】透明な船

    船を漕いでいた。波に打たれ、重心を保って、腕を前に運んで引いた。今朝、港で吐いた息の先。視線は月光が差し込んだところに落ちていた。 魚になったかと思う。海にいた。船が転覆したのだ。すくわれてしまった。海がコンクリートだと思った。漕ぎ棒は垂直に突っかかると思った。もたれたさ。船がなくても歩けると思った。けれど到底勘違い。沈んでいった。 泡が身にまとう。呼吸はできない。身体に針が刺さった。一本だけを抜けばよかった。慎重に選び取り、よくよく痛みを観察する。皮膚の下にまで及んだ針。目を閉じ耳を澄ました。 抜けた。空気が溢れ出した。私は風船だったから、すごい勢いで萎んでいき、同時に進んでも行った。身体に…

  • 坂口恭平を走り書く_3

    断る理由はなかった。ぼくは小さい頃に連れていってもらったロシア人のサーカスしか行ったことがなかった。ぼくには経験がなかった。いまもない。いろんな経験はある。あるはずだ。あるのにかたっぱしから忘れてしまう。いつも何も残らない。それでもいま、ぼくはシミのことを書いている。思い出す、とも違う。そういうことはぼくにはできない。できないことはしない。 坂口恭平(2017)『しみ』(朝日新聞出版)p.20 そもそもナミが存在するのかどうかすらわからない。バルトレンの姿が目に入った。何度も彼を見ている気がする。わたしは自分で書いたメモを読み返そうとした。すぐにいつの話なのかわからなくなってしまう。バルトレン…

  • 【ざっ記】無理に頑張らないで書く感じ

    できれば毎日、何かしら文章を書きたいと思っている。書くというのは僕にとって生理的な行為で、出さないとお腹の中で詰まってしまう。詰まると便秘になってしんどい。 それでも、書きたくないことがある。便秘になっているのか。きっとその反対。空っぽなのである。書くことがないから、書きたくない。書くことはしたいはずなのに。この時僕は、「書かなければいけない気持ち」に陥っている。 別に悪いことじゃない。書きたい気持ちに素直になっている証拠だ。でも、そうして動機を押さえているのに、気持ちは裏側を向いてしまっている。もったいない心の抱き方だ。 どうすればいいか。もったいないの反対で、エコな気持ちを考えてみる。ただ…

  • 【短話】穂の黄金

    穂がなびていて。そこに、一匹のてんとう虫を見つけた。夜になっても光らないけど、ちゃんと見えていた。かき分けて、かき分けて探せたから。一本だけ、丈夫なもの。それを掴めればよかったから。 *** 夕陽が昇っていた。私はそう思ったの。顔を逆さまにしてたから。それでも、血は下に降りていくのね。 オレンジ色になったの。穂に絨毯が被さってね、耐え切れると思ったんだけど、やっぱりダメだったみたい。軽すぎたんだ。全部潰れちゃった。 でもね、見つけたの。一つだけ暗いとこ。周りは赤くってね、真ん中だけ真っ黒なの。こんなところにあるはずないものよね。だって、人の頭だったのもの。手に取った時ね。 中身がなかった。目は…

  • 放ちながら掴む【坂口恭平を走り書く_2】

    僕は死者からの附箋を発見し、言葉にしたいというエネルギーを持つと、まずは体を動かしはじめる。勢いよく歩いたり、人とより多く会おうとしたりする。そして、機が熟すると台所へ向かい、妻の前でああでもない、こうでもないと振る舞いはじめる。体をひねる。壁に頭をぶつける。手を伸ばす。貧乏揺すりをする。 そうこうしていると少しずつ、蛇口から水が出るように言葉が出てくる。しかし、それらの言葉も脈絡のないつながりで、聞いている妻はよく分からないという顔をする。それではいけないとまた体を動かし、よじり、雑巾を絞るように言葉を出そうとする。そうやって体を動かしていると、言葉が少しずつ一人立ちしてくるのだ。 この一連…

  • 【短話】双子の流れ星

    空に青空が広がっていた。歩いている私。流れる河。浮いていた。小さな石ころが。降っていた。小さな結晶が。それは、私の涙か。 学校からの帰り道。今日も、悪口言っちゃったなって歩く。言葉はもう元に戻らないのに、頭で何度も再生して、抹消された記憶を捏造してみる。違う、現実じゃない。理想ばかりの現実。でも、今歩いているこの道こそ、理想ばっかりで。 河のせせらぎ。スカートの裾が隠れる草っぱ。足首をこしょばせ、イタズラする。お尻をついて、トゲトゲから向こう岸をみる。一匹の鳥。とっくに目があっていた。 瞼を下ろし、耳を傾けた。その道。後ろのチャリンコ。走っている。車の音。人の音。草も同じ。止まっている。それは…

  • 研究方針 【坂口恭平を走り書く_1】

    この記事をお読みになってくださっている方は、坂口恭平さんのことをある程度ご存知なのだと思います。なので、坂口恭平さんがどんなことをしている方なのかは紹介しません。なので、この記事のカッコ書きのところに書いてある「坂口恭平を走り書く」の意味を話してみようと思います。あんまり考えてないので、うまくいかないかもしれませんが、やってみたいのでやってみます。 そもそも僕には、研究欲があります。ただ、この研究、という言葉の意味が、一般的な感じとはズレています、多分。僕は、大学院に行っていました。論文を読んで整理したり、根拠をつけて主張するとか、そういった研究っぽいことをやっていました。でも、馴染まなかった…

  • 【お話】2023年10月17日

    打ち込んできた。避けれたかどうか分からない。接触感はない。過ぎていく。みてももう遅い。遠くに行ってしまった。追いかけても仕方がない。踏ん張る。振り返る。戻った。 *** 歩いていた。鳴った。自分だ。無視した。どうにでもなれ。気張る。遠くなった。向こうだ。渡った。合わせた。呆れる。向こう見ず。振り向く。来ていた。来た。迫る。通る。向かった。 *** 長閑だった。長い時間で。難しい。傾げた。ピッポー、ピッポー。ゾロゾロゾロゾロ。流れ出る。見飽きる。そっぽ向く。走って突っ込んで。重くなって。笑われて。吹き出して。吸い込まれて。それでも笑って。打ちつけた。眩しい。から。 *** ゆすった。あたり。巻き…

  • 【短話】中華料理屋

    油の揚がる音がする。カウンターの前に座っている私は、両隣が男性に挟まれてしまい、少々息苦しい。しかし、これから来る料理、待ちに待ったあの料理とご対面できるとなると、それも我慢できる。 ここは昔ながらの中華料理屋さんで、玄関を入ると床がベトってしてるし、入ったら煙がムアっと顔に当たり、前髪は結んでおかなくちゃならない。 テーブルは三つで、それぞれ四つの椅子、けれど一番奥のところは椅子三つ。そして、カウンター五席、という構成。 照明は丸い形をしたのが三つほど宙吊りになっていて、ハエとアブの中間みたいなやつが休憩している。 昼の少し前に入ったので、お客さんはそれほどでもなく、きっと常連さんだろう新聞…

  • 【短話】ふかい体験

    とどのつまり、それって深いってことよ。え?不快?そうそう。だって、つい気になるでしょ。まあ、気になるから不快なのかも。 横断歩道を渡っていく。向かいにからは誰も来ない。 いやぁ。最近深い体験してないよ。えー、まあしなくていいじゃない?え、したくない?物足りないじゃん。んー、したいかぁー。軽い刺激みたいな? 角を曲がる。細い道を挟んで高くなる道路。 だってさ、慣れてきたなぁーって。ん?朝起きて、会社行って、夜寝てってさ。うん。 道路の下を通る。突き当たり斜め左に行けば商店街。 つまんないのよねー。んー、そんな言うんだったら、今体験しちゃえば?え?そんな簡単にできるの?うん。 商店街入り口前。遠近…

  • 【短話】パイプの工事

    地下のパイプを工事をしていると、地上の音がいろんな風に聞こえる。ウォーウォー泣いているのは、人が歩いている音。カーカーカラスの鳴き声みたいなのは、赤ちゃんの鳴き声。クークー熊の寝息みたいなのは、電車が通り過ぎる音。 工事が終わり、マンホールから顔を出す。どうも、こっちの方が穴だらけ。でも、要請があるのは地下だけで。 お金がもらえないなら工事しない。こっちだって生活がある。 至る所で漏れている。それが、マンホールに入っていく。それで、地下のパイプが破裂する。ピリピリピ。また電話。

  • 【短話】草原の晴れ

    晴れた日のこと。お日様が焼いた。座っている側で、草がしなっていく。暑い。オゾン層が一枚剥がれてしまったみたい。 紫色に空が押し寄せてきて。飛んでいる鳥が低空飛行して。木はテッペンを垂れ下げていて。ベンチに誰かが座り始める。 歩く元気がなかったから、這って向かう。ベンチの人は、座れない私をじっとみる。手を差し伸べてくれるわけでもない。ちょっと笑って肩を揺らして。足元にいる私を無視して。さっきの場所にいた蝶々を眺めている。黄色の蝶々。ピンク色に染め上がっていく蝶々。

  • 【短話】ヒーロー

    画面に登場したのは、一人のヒーロー。背後の爆発、靡くマント。 勢い強過ぎたのか、マントが顔にかかる。なかなか剥がれそうになくって、それでも登場ポーズを決めていて。なんだかかっこいいって思った。 呼吸はできてるのかしら。あ、でもマスクで確保されてるか。 果たして、隠れたマスクから何が見えているのか。赤くて薄い生地。その奥の黒くて薄いプラスチック。 まあ何も見えてないでしょ。 風が落ち着き、マントが外れる。とってもダサいポーズでした。

  • 【短話】ピーちゃん

    手を伸ばし、胸いっぱいに吸う。ここはとっても豊かなところ。みんながいて、一人ぼっちにならないところ。ピーちゃんが声をかけてきた。 ねぇ、一緒に遊ぼうよ。えー、何するー?うーん。トランプ!お、いいねいいね、トランプトランプ。 葉っぱをいくつか用意して、地面に丸を書く。ピーちゃんが手札から一枚置いた。私も真似て、一枚置く。ピーちゃんは考えながら、次の一枚を隣に。私も自分の隣に置いて。 あっ。 ピーちゃんが言うと、四つの葉っぱを線で囲ってしまった。 あ〜。 私は、やられたみたいな反応をする。ピーちゃんは喜んで、全部を手札にする。次は私の番。一枚を半分にちぎって、小さくなった円の両端に並べる。ピーちゃ…

  • 【短話】扉

    差し迫っている。もうすぐ〆切だというのに間に合うか。気づけば朝が来ている。寒かった空気が部屋から出ていく。でも、押し入れの空気は出ていかない。作業を一旦やめ、押し入れの前に。額を扉ギリギリに近づける。中の物音を聞く。ガサゴソと、布団の中で動く音。口がにやけてしまった。私は飼っている。手を表面に当て、中の温度を感じ取る。ここの部屋よりは暖かい。よかった。扉をさすり、荒い紙質を確かめる。一階で物音がした。多分母親だ。朝ごはんを作っている。お弁当だろう。トイレの音も聞こえた。きっと父親。母親が起きたから、一緒に起きた。また寝るに違いない。 二人とも、私が起きていたとは知らない。私は勉強机の前に相対し…

  • 【短話】店

    これいくら?大した値段じゃないよ。でも、みるからに高そうじゃない。いや、他のお客さんもそういうんだけど…意外とそうじゃない?そう、そう。もし、もしね、あなただったら欲しい?それゃ…そうだ。今、迷ったよね。いえ、買った時の喜びを想像してました。 その時、人が割り込んできた。これください。へい、どうぞ。あれよあれよという間に買っていった。 ほう。買うんだ。買うんだよ。人によってはね。いや、あなたも欲しいよきっと。でも、あの人はどうなの。ええ?もうちょっと迷った方がいいかと思った。その是非は言えないなぁ。でも、お金を使うんでしょ。ええ。だったらちょっと考えるべきじゃない。いやきっとあの人は、前から考…

  • 見えない建物

    草が生い茂る中に、一箇所だけ背の低いところがある。周りは膝まであるのに、そこだけくるぶしぐらいなのだ。誰かが踏んづけたにしては大きい。直径肩幅サイズ。 覗かないと分からなかった。見えないけれど、生き物が動いてる。何をしているか分からないけれど、大きな建築物を作っている。もうちょっと見ていれば何か見えてきそうだった。でも迎えが来た。また明日ねと言い残し、帰っていく。 次の日。また覗きにくる。範囲が拡大していた。足幅一本、増えている。相変わらず何も見えないから、こっちから働きかけてみる。草を引きちぎり、投げる。ふわっと浮いた。引っかかったみたい。草はふらふらぶら下がり、落ちたと思ったらまた引っかか…

  • 【短話】分岐する道

    ここから道が分岐している。二本どころではない。四本、五本だ。 どれを選んだら正解か。そんなことを考えている暇はなかった。 足はもう行き先を決めていた。後は頭が許すだけ。 しかしそれがうまくいかない。時間が差し迫ってきているというのに、踵が動こうとしない。 前のめりになろうとするほど、後ろに体重がかかってくる。 立つところだけ凹んでいる。 でも自分だけではなかった。 分岐する手前辺りに、同じような足跡がいくつもある。 踵の方だけ凹んでいる、足跡。 サイズはまちまちだった。大きい凹みもあったし、小さい凹みもあった。 深さも違った。この人は本当にギリギリまで迷ったんだなっていうぐらい深い人。反対に、…

  • 【短話】別荘のきのこ

    きのこが生えている。自分の身長を遥かに超えている。 別荘の裏に生えていた。きのこだったら普通、木の周りちょびっと生えているぐらいだろう。き・の・こ、という名前だし。 でも違った。全然木の側じゃないのである。むしろ、周りに木のない落ち葉だらけの場所で、ニョキっと生えている。 おまけに、常にゆらっとしている。芯は垂直を保てるぐらいには硬いが、基本的に柔らかい。だから、風が吹かずとも揺れている。 あまりにも不気味だから、最初は切り取ろうと思った。カッターナイフを持ってきて、根本の方からいこうとする。 でも切れない。皮がムニムニして入らない。 知らぬうち、これほどまでなっていたのである。だから、そう簡…

  • 【短話】黒いレジ袋

    しわくちゃになったレジ袋。僕はそれをぶら下げ、外に出かけている。ポストの前を通り過ぎ、角を曲がる。もうすぐで図書館だ。その時だ。泥棒が横切った。なんでわかったかというと、黒い覆面をつけてたから。いや、あれは黒いレジ袋だったか。とにかく全速力で走るから、口に入って息づらそう。おかしいというより、不憫に感じた。後を見ると誰も追いかけていない。仕方ない。一肌被りますか。 今、変な光景になっている。黒いレジ袋を被った男、その後ろに、白いレジ袋を被った男。どっちも口だけ開かず、ゼェゼェ息を吐く。袋の中はすぐ水蒸気が充満し、頸から汗が滴る。目に入って、つむった間につまづきそうになる。公園に入ると、そいつは…

  • 【短話】朝ごはん

    白ごはんが食べたい。そう思った。けれど、お椀がない。食器棚を見たが、お椀だけがなかった。炊飯器には、炊けたご飯が入っている。朝早く起きて、お米といで、手が冷たい思いをして、お腹すいたのに一時間待って、ようやく炊けたと思ったら、この結果である。何を使って食べるか。箸だ。箸もない。しゃもじか。誰も見てないけれど、ちょっとバチが当たりそうだ。ここは手しかない。テーブルに布巾を、器を置く。 さて、これから炊飯器に手を入れるのだけれど、ちょっと勇気がいった。別の国だと手で食べるのも普通だ普通。文化の違いだ文化。今からここは、朝の5分間だけ違う文化になりました。はい、いただきます。と呪文を唱える。はて、指…

  • 【短話】一人キャンプ

    排水口があった。周りの水が流れ込んでいく。足元をすり抜けて、身体を置いていって。葉っぱがいくつか浮かんでいった。黄色や赤色、形も色々。ぶつかったり、重なったり、離れたりしながら、入っていく。勢いもあるから、液体に皺を作っていて、波も立っていた。 洗面台から顔を上げる。空は秋の葉に覆われていた。息を吸い、新鮮な空気を満たす。こういう時、手を広げたくなるが、恥ずかしくてやめた。ご飯が炊けたかどうか確認しにいく。鳥の鳴く声が、屋根の下では柔らかく聞こえる。火がハンゴウの底にあたり、触れたくなさそうに燃えている。中を開けると、煙が立ってきて、粒が一つ一つ見えた。 おかずの支度もできたところで、昼食とす…

  • 【短話】ぬいぐるみ

    遠くに離れた。離れ離れになった。きっとあの子は心配してる。僕もそう。心配してる。 一緒に手をつないでいたのは、ぬいぐるみ。お目目がボタンのぬいぐるみ。お腹が少し裂けていて、あとでおばあちゃんに直してもらわなきゃ。 電車に乗っていると、夜になっていた。帽子を被った大きなお兄さんの影が窓にいる。手首を吊りにいれ、もう片方でバックを持っている。 黒色が過ぎていく。岩が重なり、時に強く、時に弱く、たいていは並々とした盛り具合。 暗い海で、灯台がいくつも並んでいる。ぐるっと回転している。探し物をしている。その周りには何も落ちてないと思う。何本あったって、見つけられないと思う。 私はぬいぐるみをぎゅっと握…

  • 【短話】雲

    穏やかな気候だった。山が広がり、海が裂ける。 海が、広がっていった。山が裂けていく。 記憶はどこにあるんだろう。頭の中だろうか。それとも身体。 違う。場所じゃないか。目の前に起きていること、生まれたところ。 水が傾れ込んでくる。このままだと巻き込まれてしまう。普通なら逃げるかもしれない。けれど僕はその反対をいった。 泡が喉に入る。身体が締め付けられた。冷たく、何のオブラートもなしに。 リズムをとって、斜めに潜る。打ち出されているのか、分け入っているのか。海流の隙間を縫うようにして、身体が大きく形成され、伸びていく。 流れが収まり、静かな海の中。周りに確認するものなく、前にあるだけ砂の円。 円は…

  • 特集「読み渡る、陥穽」(その日新聞、第四号)

    自分の好みだけを詰め込んだ新聞、第四号です。 さまざまな記事の中から、短編記事を抜粋です。 短編 トンネル 六歳の時、僕は何をしていたんだろうか。きっと、砂遊びばかりをしていたに違いない。 親が隣でヒソヒソと話している。あの子ったらほんとにもう。いやいや、うちの子だってそうなのよ。きっと僕の悪口を言っている、僕たちの悪口を言っている。 いつも泣きそうになると、お母さんはキャラメルをくれた。はい。これ舐めな。舐めていいけど、噛んじゃだめだよ。 僕には弟がいた。実際にはいない。空想だ。想像だ。 弟は雨が降る中にいた。外出できないで、窓を見ている時。庭の、芝が蒸気を発していた空間。 小学校の休み時間…

  • 走った、その賭け 特集(その日新聞 第三号)

    一方通行の手紙『カーテンに居た人へ』 昼休み、教室のカーテンに居た人へ。 授業にでなかった、あの人へ。 ところで、今君は何をしているんだろう。 「ところで」と始めたのは変かもしれない。でも、僕がこの手紙を書き始めたのは、まさしくそういう出来心があったから。 普段、君のことはあまり考えないようにしている。授業の時、いつも視界の端に映り込んでしまうのを、避けようとしている。 別に避けなくっていいじゃないかと思うかもしれない。でも、避けないと落ち着かない、そういうことだってある。 初めて君を見かけたのは、カーテンの裏だった。いや、カーテンが後ろだったか。 とにかく、それは僕が昼休み、ちょうどそこには…

  • その日新聞 第二号

    『その日新聞』第二号 自分がやりたい企画だけを詰め込んだ一面新聞です。 ブロッコリーの好きな男の子が、観光地で銃を見つけて… 短編「ブロッコリー」 本が読みたくなくなるのは、気持ちが綿菓子だから… 気持ち賞味期限論「読みたくなくなる二週間」 文章を書くときに必要な根拠は、例えばリンゴが赤いと主張したい時でさえ揺らぐ… [勝手版]論文の書き方「根拠はいつも一つなのか」 巨大ミミズがのたうち回る世界で、ぶよっとぶつかってしまった僕は…出来事を夢日記化「ミミズ」 山育ちの人に、お酒が入ると何育ちになるでしょう… 意味の反対化「山育ち」 カウンター席しか空いていなかったカフェで、二人が注文したものとは…

  • 『その日新聞』第一号

    『その日新聞』第一号 自分がやりたい企画だけを詰め込んだ一面新聞です。 短編/気持ち賞味期限論/[勝手版]論文の作り方/暮らしの夢日記/「作品」の反対語/隣町9丁目2番4号の会話/会社辞める口実辞典/当てずっぽう著者紹介 下記サイトで購入もできます。https://orangebook.base.shop・PDFダウンロード(100円)・A3サイズ セブンイレブンプリント(100円)*印刷代別途20円*9/30まで

  • 【短話】屑拾い

    下着一枚だけで寝ている。今日も屑拾いで疲れた。誰もやらないから、誰かがやる。あの田んぼのあたりによく落ちている。十五時、十六時ぐらいの時間帯がいい。その時間に拾い始め、夕方に終わる。夕方が暮れると、怖い道になるから。ジャングルみたいな道になるから。誰かがきっと、かくれんぼしてる。テレビの雑音が聞こえてくる。そういう、昔話だけどね。 次の日は台風だった。それでも午前中の人と交代で、私は出た。この作業は大人数ではやらない。外を出ると、顔に写真が張り付いた。友だちの家の写真。トタンの家、台所が見えている。泥だらけだから後で洗ってやろう。 道脇の草は、泥が混じって歯磨き粉状態。おかげで道がぐしゃぐしゃ…

  • 【短話】月イチの店番

    結婚してから数年になる。家のお手伝いをしながら、過ごす。と言っても、一ヶ月に一回ぐらい。うちの家は、小さな書店だ。家の手伝いと言ったのは、店番のこと。私は座って、人が一冊選ぶのをみるだけ。夫は本の仕入れに行く。 この日は、なぜか荷物を預かった。小学生がちょっと持ってて欲しいと。一生懸命、何か探している様子だった。その荷物の中には、お弁当箱がある。 その子は、表のガレージに現れた。顎に手を当て考えようとしていた。私は外に向かい、えーっと、声をかける。…あ。女の子は気づいたみたいだった。おばあちゃんの方か。そう言って、古い家に行くと言った。立たされた私。店奥の冷蔵庫が鳴る。 ほんの一時間ぐらいだろ…

  • 【短話】池田

    小学校四年の時、夜遊びに出かけた。家でトラブルがあって、我慢ならなかったから。外をぶらぶら歩くだけ。何もすることがないのは、何かしてしまうことに不安があったから。人でも殴ってやれやぁいいのに、そんなこと微塵も思わない。それに俺は、ボコボコにされる側だ。池田め。池田とは俺の苗字だが、俺は自分のことについてそれを使わない。その名前は、親を一括りに言う時に使う。週に2回から3回、ボコボコにされる。始まりは、五年前のあの時からだった。 端的に言えば、俺は池田と付き合いきれなくなっていたのだ。池田のために励ましたり、池田のために大丈夫だって言ったり、池田のために涙を流したりした。池田のためにできることは…

  • 【短話】洗濯機

    私、お母さんの生活は、洗濯だ。洗濯機を回している間に、新聞が届く。めくると、金魚と書いた記事。金魚をイメージしたお弁当箱が流行っているらしい。海苔が金魚の形で、ご飯が水。箱が金魚鉢。今は七時半。ゆっくりコーヒーを飲んでいる。仕事の準備をしなきゃなぁって思う。どれくらいの時間、働くのかなぁって思う。肩を回して、首を回す。昨日はちょっと寝過ぎた。身体が凝ったのだ。一息つく。そろそろ会社に行かなくてはいけない。 電車に乗りながら、お昼の一時間、何をすればいいかを考える。くつろぎたい。でも、それがなかなか難しいのよね。とりあえずお昼ご飯は食べる。食べている時って、一体何を考えているのかしら。きっと、午…

  • 【短話】お産

    山奥に潜むおうち。食器が揺れる音がする。私はそこに住んでいた。住んでいたというのは、もうだいぶ前の記憶だから。子どもを産んだんだと思う。それくらい曖昧な記憶。私は確か、庭に寝転がっていて、草をテキトーにむしっていたと思う。手のひらにくっつく草の感触が好きで。そこではお父さんが百姓だった。いつも大きな声で怖かったし、きょうだいもいなかったから、音が飛んでくるのは私だけだった。 でも今こうして、本当の弟に話しかけてるのよね。すごく歳が離れてるから、全然今でも不思議な感じ。さっき、記憶が曖昧って言ったけど、本当のところ思い出せることもあって。部屋の中にね、たくさんの古着が吊るしてあったの。たくさん。…

  • 【短話】寺山修司

    公務員として働いてもう三年になる。机の下にはいつも寺山修司を忍ばせ、仕事の合間にちらっとページをめくることにも慣れた。 もう四月で、年度が切り替わる時期に来ている。同時に、仕事を辞める人にとっての時期でもある。 その人が退職するということで、一人ずつお金を集める。合計で十万ぐらいになったそうだ。 額を聞いたのは、仕事を終えた彼との帰り道だった。彼はその十万円で、たらふくラーメン屋に行くという。 とても笑顔だった。羨ましかった。目標がある、それくらいの些細な目標が、確かなものだと感じた。 途中で別れ、蕎麦屋に行く。店員はいつも女子大生のアルバイト。席に案内され、閉めた扉の向こうから、バイクの音が…

  • 【短話】遅刻

    遅刻だ。 時計を見ると八時半、もう間に合わない。 みんなどうして起きれるのか不思議だ。 両親だってよく会社に遅刻するのに、私以外の家族は本当にすごい。 朝起きて、もう学校無理だなと思って、のびのびベットから上がる。 一階に行くと、二階の天井から雨漏りがしていた。また。そういう上にはお風呂があって、なんか漏れてるんだろう。 昼過ぎになって、堂々遅刻決定の父母が降りてくる。テーブルを囲み、今日これから何するかの協議が始まる。 まず、なぜ今日も遅刻しているのかそれぞれ理由を話す。 遅刻常習犯の父の理由。 もうここまで遅刻してたら、遅刻しない方が会社に失礼なんじゃないかと思うようになってさ。 楽天的な…

  • 【短話】幼稚園

    幼稚園は楽しくなかった。土がなかった。工事ばかりしていた。 遊ぶ時間、誰もが静かだった。みんな、部屋の方が賑やかなのに、でもだから、その部屋から追い出されたのかもしれなかった。 一言でいえば、その幼稚園は安っぽかった。他の施設だとお金が高くて払えない親たちが、預けるところだった。 また今日も二人、兄弟が預けられる。 二人は、自分が好きなことがやれると思ってきていた。 弟は、飛行機が好きで、部屋に着くとすぐ、そんなおもちゃがないかどうかを探す。 兄は、ホテルみたいな建物が好きで、レゴがないかどうかを探した。 けれど、そこには何もなかった。 あるのは、何もない部屋と、グラウンドと、畑。 もうちょっ…

  • 【短話】愛

    発達障害。診断されたのは昨日のことだった。自分が何者かわからない。女友だちにそのことを相談したけれど、「ああ、それゃ私、いつもお世話になってるわよ」と言われ、なんだか嫌になったので切った。 家に帰ると、宗教の本が目につく。メンタルが辛くなっているんだと思う。それをわかっていながら、ページを捲る。内容がスルスル入っていく気がした。同時に、胃がグチャグチャしてくる。「愛」の文字がたくさん書かれてある。最初は疑ったが、それがだんだん喋ってくるように感じて、それこそ現実なのかと思いたくなる。一時間半ぐらい読んでいたと思う。その後、五時間ぐらい泣いていた。 ただのクズだ。嫌になる。アホだ。気持ち悪くなる…

  • 【短話】窓

    秋田県から八王子まで、一体どれくらいかかっただろうか。途中、山が見えた。山の子どもたちが何度も通り過ぎて。 東京はビルばっかりだった。工業地帯で、疲れたサラリーマンが通う街。誰も働きたくて生きていないように見える。それを私は、家の窓から眺める。 東京は小学校ばっかりでもあった。門の前を通り過ぎると、いつも先生が誰かに怒っている。門から出てくる子どもたちは首を垂れて、出てくる。それも窓から眺められた。 ある子どもたちは、塾に行く。私はそこで働いている。教室は横長の広いスペースで、縦に狭い。だから、声の広げ方が難しかったりする。児童たちの注目を集めるのが難しい。慣れるまで時間がかかった。 塾に勤め…

  • 【短編】電線

    電柱に一羽、とまっていました。休んでいるようでした。頭をキョロキョロ動かして、じっとしています。何を見ているんでしょう。どこを見つめているんでしょう。きっと、向こうの電柱にいるあの鳥です。 二匹の鳴き声は違います。先ほどの一匹は、ピーッと鳴きます。向かいの一匹は、ピューッと鳴きます。 ピーちゃんもピューちゃんも小さい鳥ですが、色も違います。ピーちゃんは茶色。ピューちゃんは灰色です。 二匹は、滅多に出会うことのない仲でした。それがたまたま、電柱同士で落ち合った。 最初はお互いに知らんぷりしていました。だって、お互い知らないからです。けれどずっとそばにいるようだから、試しにピーちゃんから鳴きかけて…

  • 【短話】檻

    冷蔵庫を開ける。 大量の卵。 オムライスを作ろうと思った。 1日目。ケチャップを入れすぎる。 2日目。卵が柔らかすぎる。 3日目。ケチャップライスがぬめっとする。 4日目。同じ味に飽きてきた。 5日目。ふわとろにしようと思う。 6日目。ふわとろに失敗。 7日目。きのこを炒めたものをのせる。ふわとろにしない。 8日目。ふわとろに再度挑戦。やっぱり最後に崩れた。 9日目。卵が残り僅か。 10日目。お腹を壊した。 11日目。卵を使い切った。 12日目。仕方なくケチャップライスだけ作る。 13日目。ケチャップもなくなった。 14日目。ご飯を炒める。 * 大量の卵が欲しくなる。オムライス以外食べたくない…

  • 【短話】ゴミ箱

    人々が歩いている。 熱い蒸気に包まれて。 臭いが立ち込める。 人の汗。乾いた草の匂い。そしてゴミ。 自動販売機から少し離れた角に、ゴミ箱があった。 とっくに溢れていて、混ざった塊のような臭い。 それが好きな人もいるかもしれない。癖になるような臭い。 ゴミ箱は、高架下にある。 車が通り、天井が鳴る。 ゴミ箱は揺れて、ゴミが一つ二つ落ちる。 だから、ゴミ箱の周りも散らかっていた。 カラスも寄ってこない。 不思議な雰囲気のあるゴミ箱だった。 男が通りかかる。 タバコを咥え、歩いてくる。 虚な目をして、高架下を通り過ぎ。 角にあったゴミ箱をチラ見する。 数秒立ち止まり、煙を吸い込む。 吐く。 帰ってい…

  • 【短話】イヤホン-「午後五時なのに、夜みたいに暗かった。」

    僕は自分の足を溝に突っ込んでしまう。 ふらっと歩いているからではある。 けれど毎日、入ってしまう。 雨の日なんて最悪だ。ドブが流れているところに、右足を突っ込んでしまう。 その癖というか、衝動というか、そういうものが出てきたのは、ちょうど退職してからだった。 別に会社がブラックだったわけじゃない。ただ、このままずっとは続けられないなと思った。 だから、言ってしまえば続けられたわけではあるけれど、そこで僕は、これまた衝動で、続けないことを選んでしまった。 こうして、自分の衝動が、片足を突っ込んでしまう、という行動として現れ始めたのである。 おかげさまで、玄関に置いてある靴は片方のみが茶色くなって…

  • 【短話】隣のベンチ

    郵便ポストに溢れたチラシ。 その重なりを見ると感心してしまう。これほど、誰かが一つ一つのポストに投函しているのか。 僕は一応、全てに目を通す。その人が入れてくれた一枚一枚。スーパーの広告、脱毛無料、電気屋の広告、猫を探してますの広告、そして、真っ白い紙。 A4のコピー用紙にしては、硬めだったし、画用紙にしては、しなりが強い。 誰かが入れ間違えたのだろう。手に取って眺める。 すると、切り込み線が入っていく気がした。うっすらと、斜め、縦、斜め。 ハッと思い立ち、テーブルを空け、折り始めた。 折り紙なんて何年振りだったか。何一つ覚えていないと思っていた僕が作った。 手元には、小さな紙ひこーき。 よく…

  • 【短話】一定の周期

    翌る日。インターホンが鳴らなくなった日。 * 長閑な土曜日だった。時計を見ると午後一時。昼ごはんも済ませ、ベットで寝転がっていた。 ピンポーン。インターホンが鳴った。あの音には慣れない。いつも怒られた気がする。 荷物が届いていた。「〇〇急便です」。声がする。ドア越しでもこちらの気配はわかるらしい。 サインのハンコを探す。ズレて、うまく受け取れなかった気がする。 中を開けると、インターホンだった。白色の輪郭に、内側が斜めの切れ込み。そして、四角形のボタン。最近、インターホンの調子が悪いのである。 というのも、うちのインターホンは毎日になるのだ。怪奇現象ではない。いつも訪ねる人がいる。 名前はサト…

  • 【短話】月の誕生日

    ホームセンターに寄った。 植物のコーナー。独特の匂いに惹かれた。 一際、目立った植物。一種類、一つだけのそれ。 吊るされているような生え姿。 * 千三百円で購入した。見た目の割には重い。ビニール袋が揺れる。 玄関先に置くか。テーブルに置くか。トイレの棚に置くか。 結局、ベランダにする。 * 水は毎日あげた。晴れの日。曇りの日。雨の日も。 風が強い日。窓を開け、様子を確かめる。折れることはない。風当たりにも強そうだ。 それにしても、水が欲しそうだった。こんな天気にどうしてか。しぶしぶ注いでやる。ぷるっと震えて喜んだ。 ガタッと窓の音がした。 * 夜遅く、真夜中家で仕事。パソコンをカタカタ打つ音。…

  • 【短話】コーヒー普通のやつ

    誰だか知らない音楽が流れる。 どこだかわからない景色を走る。 友だちと一緒に複数人。高速道路を走っていた。 交わす言葉もない。音楽と走る音だけが聞こえる。 時々珍しいものが見えると、誰かが言う。みんな、ほぉーっと応える。 各々、もちろん面識はある。しかし、これといって話題がない。 それでも、出かけようと話が上がった。ちょうど誰もが暇だったからそうなる。 誰かが、トイレに行きたいと言った。 サービスエリアに入る。 * そこは一杯だった。停めれそうにない。やべぇやべぇ。友人が冗談まじりに。他の人が少し笑い。 結局、その人だけ下ろした。その間、空くのを見つける巡回。 やべ、俺もトイレ行きたいかも。え…

  • 【短編】涼しさ

    待て待て待て 待ちな待ちな待ちな ほら見たことかほら見たことかほれ見たことか 言った通りだろう言った通りだろう言った通りだった でも悪夢でなくってでも悪夢でなくってそれでも悪夢でした 夢から覚める前はこんな調子だったらしい。覚めた後も、口元がその文言を覚えていた。呼吸が短くなって、背中の周りに汗が滲んでいた。 朝はいつも忙しい。最も忙しいのが、起きた時。起きる前と起きた時の間。 何かに急かされた。何かに起こされた。そうそう、誰かに。 悪いことじゃない。だって会社に行けるんだもの。目覚ましなしで起きれるって素晴らしい。えらいぞえらい、そうそう誰かに。 夜もすっかり寝れます。疲れてぐっすり寝ること…

  • 【短話】レジ袋

    歩道を歩いていた。 信号待ち。向かいで手を繋いだ親子。信号待ち。 横断歩道。子どもが手をあげる。母親がそれを褒める。後ろを通り過ぎる。 その時だ。顔に何か当たった。息ができなくなった。バサっと、覆い被さった。 慌てて外す。視界の光度が増した。それはレジ袋。渡る前、歩道に面したコンビニの。 中を覗く。何も入っていない。当たり前か。飛んできたのだから。 中の匂いを嗅ぐ。ビニールの匂い。ほんのわずかな唐揚げの香り。なるほど。 一通り調べ終わる。ポイ捨てはできない。家に帰るまで捨てられない。仕方なく、持ち歩くことにする。 バサバサと、袋が揺れる。無軌道にあっちこっちへ飛ぶ。まるで今にも逃げたい生き物の…

  • 【短話】段ボール

    ガタン。 ドアが揺れた。風が強い。日中だが、曇っていた。 ヒュー。風が吹き込んでくる。扉が揺れている。立て付けが悪かった。 それでも部屋の中は蒸し暑い。エアコンをつけている。ドアからの風はあつい。エアコンの風は冷たい。 時間が経った。気づくと寝ていた。寒さで震えた。ドアが開いていた。 誰か入ってきたのか。焦った。辺りを見渡す。誰もいないような。 とりあえず、ドアを閉める。しかし、最後まで閉まり切らない。蝶番がねじれている。誰かが無理やり開けたのか。 盗まれたものがないか探した。財布は大丈夫。電化製品も大丈夫。特にこれといってない。 気のせいか。風が入り込む。カーテンが揺れる。天井の方で、音がし…

  • 【短話】机の下のネコ

    ある時玄関に入ってきた。扉を開けていたからかもしれない。部屋が蒸し暑くて、窓だけじゃかなわなかった。ニャーっと、鳴き声が蝉に紛れて。 玄関を過ぎれば一室しかない。そいつは机の下に入り、ちょっと寝る。時間が経てば、窓から出ていく。外の石垣に飛び移り、きっと仲間のところへ行く。 一週間に一回、それはやってくる。エサをあげることにする。お金はないから、安いもの。器はよく使っていたものにした。 よく食べてくれた。ムシャムシャ。喉を鳴らす。 そんなある日のことだった。台風がやってきた。雨が家を覆ってしまう。なんとかその日は過ぎた。 翌朝、出かける時にドアを開けた。引っかかったような感触があった。グイッと…

  • 【長編】冒険の神話(16)最終話

    その火山は静かに活動していた。またいつ激しくなるかわからないが、それもしばらくなさそうだった。 麓は落ち着いていた。静かすぎるくらいだった。動物の気配など一欠片もない。ただ、穴がボコボコと開いている。火山の地下で漏れたガスが、周りで抜けてできた穴である。 色々な形。丸いものもあれば、四角いものあり、時には人間のような形もある。不気味だった。誰もいないはずなのに、誰かにずっとみられている気がしてた。二人は二、三歩進むごとに、後ろを振り返った。 日はもう午後をしばらく過ぎて、だんだん暗くなってくる。あてどなく探す二人は、その影とやらがどんな人物かを想像しあっていた。 細い方は、こう考える。やっぱり…

  • 冒険の神話(15)

    二人は、色々な場所を探し回った。かなり飛び回った。でも、なかなか見つかるものではなかった。いや、冷たい場所ならたくさんあり、冷たい人間ならたくさんいる。しかし、それらは多すぎて、彼らの仕事の対象にはならなかった。彼らが求めていたものは、暖かさに燃えた人間である。 第一、冷たい人間を相手にしても、暖かさが垣間見えたところでそこから引っ込んでしまうか、弓矢を放っても死んでしまうかのどちらかなのである。彼らはそうでない人間を探していた。つまり、弓矢を放っても、死なない人間。暖かさをその身体に背負っていける人間である。 そうしてようやく、彼らはその気配を見つけた。頭の輪っかの先端が、赤色に滲み始めた。…

  • 【長編】冒険の神話(13)

    それを考えるのはまだ早い。そう言われるように、集まりの合図があった。虹の輪っかの下に、何か光るものが浮いている。きっと、僕が生まれた時に矢を放った張本人であり、多分偉い人、この世界のトップってやつだろう。 一同が、その光のもとに集まる。そして、その光はこう口を切った。諸君、日頃の頑張りに感謝する。諸君は選ばれてここにやってきた。だから、選ばれなかったものもいる。そのものたちの行方はもっと辛いところである。それに比して、お前たちは幸いな状況にある。だからこそ、お前たちは、お前たちの仕事に誠意を尽くし、これからも努めてもらいたい。ただそんな中、ある者について報告せねばならないことがある。 一同はお…

  • 【長編】冒険の神話(13)

    呼び出しがかかった。きっと雲の上の主からだろう。 その調べは、一見なんの変哲もない騒めきで示された。あの夜の後、僕はずっと草原で寝ていた。そしたらふと、目が覚めたのである。周りは、草で囲まれている。その草が、本当に少しだけ、自分の方に迫ってきていたのである。これが合図だ。そんな印であることを僕は知らなかったのだけれど、きっとあの矢で心臓を射抜かれた時、仕込まれたに違いなかった。 それにしても、何があって呼び出されたのであろうか。自分が悪いことをしたような気はしない。仕事は真っ当したはずである。もしかして褒められることをしたのかもしれない。そう考えた方がいい。翼も伸びが良くなる。 僕はそうやって…

  • 【長編】冒険の神話(12)

    静かになった。牛がモーッと鳴いた。星がきらっと輝いた。 おじいさんは、ちょこんとそこに座っている。多くのことが起き過ぎたせいか、しばらくぼーっとしている。 今度は、馬が鳴いた。おじいさんは、向かい斜めの方をみる。馬は涎を垂らし、ぎょろっとおじいさんの方を見つめる。おじいさんは焦点の合わない目にビビり、隣のスペースに逸らした。 そこにいた。鹿が。そこには、おじいさんの鹿がいたのである。 おじいさんは涙をポロポロ流した。悪いことばかりあった日に、唯一いいことがあったからだ。 おじいさんは、その鹿の名前を呼んだ。ちゃんと応えてくれた。 今すぐそばに行きたいと思った。でも、縄が硬くて出れない。なんとか…

  • 【長編】冒険の神話(11)

    夜明けが近づいてきた。山の方から太陽が照り出してくる。 僕はこの世界にやってきて、ようやく一仕事終えたばかりである。後ろをみると、まだあの町は焼けている。さっきよりも焼けている。 あの建物についた火が、他の建物にも燃え移って広がっているのだろう。赤い。赤い。僕は胸が躍る気持ちになって浮かんでいた。 太陽も赤い。僕の気持ちは赤くなる。 山の稜線を辿り、そこに川が流れていることに気づく。 川は冷たい色をしていなかった。表面上は青いのだけれど、そこで流れているものは赤かった。 不思議な自然だと思った僕は、そこの川まで降りていく。 この川は、どうやら海の方へは流れていないらしい。つまり、海から山の方へ…

  • 【長編】冒険の神話(10)

    男は野菜売りの人から、おまけももらっていた。売れ残ったキャベツである。それも手に余るぐらいのものである。男はバックに入りきらなかったので、仕方なくもう片方の手で持つことにした。だから今、男の両手にはあの本と、キャベツが乗っかっているのである。 男はそれで用事が済んだようで、建物に戻った。そして、オルガンの奥を突き当たって右の方に扉があり、リビングのような部屋に入る。男はそこで、ようやく本をテーブルに置き、キャベツは抱えたままで、バックの整理をしていた。 材料を全て出した後、男は台所に行き、ものを並べ、包丁を取り出して切った。途中で鍋を取り出し、水を注いで火をつけた。忘れていたようだ。水が沸騰し…

  • 【長編】冒険の神話(9)

    背中の感触が柔らかかった。誰かの笑う声。遠くの方では、嘆く声。悲しい気持ちになったり、嬉しい気持ちになったりする。落ち着いてく気持ちは、ただ分厚い、安心感であった。 日の光が近くにあるだろうことはわかる。それも相当近くだ。けれども、不思議と皮膚は焼けない。何か衣のようなものに包まれているらしかった。 手の人差し指を少し動かすと、その衣が反応して、ビヨビヨビヨと、静に全身へ振動して行き渡る。また、穏やかな気持ちになる。 このまま寝ていてもいいと思った。再び寝付くまで、思いつくままに、周りの状況を想像してみようと思う。 きっと近くには虹があるだろう。それも、七色ではない。十四色だ。一見その虹は、七…

  • 【長編】冒険の神話(8)

    船自体はそれほど大きくなかったが、操縦室と、その奥に倉庫部屋があった。 操縦室の窓ガラスは割れており、そこからハンドルが剥き出しになっている。 僕はその部屋に入った。そこにはたくさんのボタンがあった。船を操作するのに、これほどの数が必要なのだ。木でできた船であるのに、ボタンだけは網目のように置いてある。 数あるボタンの中で、僕でもわかったボタンは、緊急用のボタンだけだった。けれど、それを押したらどうなるか。 操縦席のすぐ後ろには小さなテーブルがあり、食べ物の包み紙と紙コップが残されていた。どうやら彼らはハンバーガーを食べていたらしい。金持ちだなと思いながら、その包み紙をとる。ケチャップは乾いて…

  • 【長編】冒険の神話(7)

    僕は死ななかった。海に、あの油の海に落ちていったのだ。あれほど遠かった海まで飛ばされたのだ。 落ちた時、衝撃はほとんど感じられなかった。むしろ、包んでくれる感じだったと言っていい。僕の落ちるところを、身構えて待ってくれていたように、海は僕の方を受け止めてくれたのである。 衝撃が弱かったのは、そこらじゅうに浮いている油のせいでもあるかもしれない。ネトネトした油。そこに頭から突っ込んだ僕は、顔中が油だらけだった。それは、泥だらけよりも嫌だった。 匂いはしなかった。海のあの潮の匂いは、どこにも香らなかった。 落ちた後、僕はすぐ浮いた。これもまた油のせいである。油は水を弾くから、油の層が、海全体を覆っ…

  • 【長編】冒険の神話(6)

    キツネはそれでも首を横に振る。なんでそんなに否定するのさと、僕はまた肩をくすめる。 すると、俺も同じだったからだと答える。要するに、俺も、お前と同じであの果実を取ろうとしたんだ。でも取れなかったから、こんな姿になったんだ。俺は普通の人間だったのに、変にずる賢いキツネにされちまって、もうどこにいっても誰にも相手にされない。相手をしたがらない。だから俺はいくあてもなく、たまにこうして戻ってくる。だって、他にどうすればいいんだ。こんな自分が嫌でも、自分がキツネとして新しく生まれたのは、この場所なんだからさぁ。と、聞いてもいないことを口走る。 このささやかな告白に多少なりとも驚いた僕は、じゃあ、あなた…

  • 【長編】冒険の神話(5)

    道をずっと登っていく。砂粒だった道は、次第にその石を大きくし、瓦礫の道になっていく。周りの木々は、隙間の空いた地面から巧みに姿を紡ぎ出し、そこら一体の瓦礫を食べるかのように生えている。 それらの木はどこまでいっても高く登っており、その様子はまるで、地面から生えているのではなく、空が、地下から何かを吸っているようにみえる。 そんな不安定な道を歩くだけで、僕は自分がいつ、空の方に落っこちてしまわないか不安でたまらなかったのだが、歩くたび、その予感はするものの、踏み出す足は瓦礫をことごとく踏み潰し、ぐらっと揺れてはバランスを崩し、身体が一瞬浮くものの、空はいつまでも僕を放置し続けていた。 隠れた思い…

  • 【長編】冒険の神話(4)

    起き上がる。外を見る。子どもたちはそろそろ、各々のビルに戻っていったらしい。 それは、遊んでいた子どもたちだけ。 窓から見える道には、別の子どもたちがいる。遊んでいない。俯いている。 さっきの楽しそうな子どもたちとはうって変わり、そこには苦しそうな子どもたちが歩いていた。彼らの中で、マントをつけているものは一人もない。首が今にも落ちそうである。 前が見えてないからか、時々あちらこちらで、お互いにぶつかりそうになっている。実際肩がぶつかって、すいませんというように頭を垂らしては過ぎていく。ああやって下げてばかりいるから、あんなふうに猫背になる。 彼らは個性のない子どもたちだったが、その代わり、集…

  • 【長編】冒険の神話(3)

    階段はやけに砂こけていた。足には砂がこびりついている。自分はここで、足裏の感覚を取り戻しつつあった。 次第に昼の匂いが香ってきた。壁には植物の蔦が這い始める。地上に近づいている。光が差し込んでくる。 気づくと、地上に出ていた。光がほとんど出ていなかった。 薄暗い。雲に隠れているわけではない。そこでは、太陽が光を失っていた。月の方が明るい世界。ここではおそらく、夜が本当の世界なのだ。 廃墟ビルが立ち並ぶ。そこには、マントをつけた子どもたちが遊びはしゃいでいる。親のような人々はいない。 それぞれのマントには特徴があり、それが子どもたちの個性だった。首に前に結んで、ひらひらしているマント。破けている…

  • 【長編】冒険の神話(2)

    船がやってきた。この流れの横幅はそこまで広くない。このままだとぶつかる。 その船は、上流の方、山の頂上からやってきたみたいだった。木の船。何か積んでいるような。 すると、僕のぎりぎりのところで何か竿のようなものを出してきて、底に突っ立てた。ぶつからずに済んだ。 ぷかぷかと浮かぶ船の表面をみていた。木は水を吸い込むはずなのに、そして事実、たっぷりそこには水分が吸収されているのに、それが理由で、この流れから浮いていた。触ったらいけないだろう。弾けてその効力がなくなってしまう。そしたらこの船はたちまち沈んでしまうだろう。そんなデリケートな膜が、この船を覆っていた。 船員は僕の方に手を伸ばす。どうやら…

  • 【長編】冒険の神話(1)

    立ち上がり、ムクっと起きた。外は真っ暗で、蒸気だけが満ちている。 起き上がるだけで、身体が軋む。ずっと寝ていたようだ。それも、死後硬直のように。 目覚めた時、ハッと、息を大きく吸った。その衝撃で、横隔膜が驚いたのか、ずっとしゃっくりが止まらない。 しゃっくりがひどく苦しい。ひゃっく。ひゃっく。森に響く、吸い上げ音。 どうやら森にいるようだった。しかし、そう広くない森。どれも似たような木、というわけではなく、それぞれバラバラの、違いのつけることのできる木。一本一本に名づけることのできる木々。 だから方角を間違うことはない。ここから、あちらに向かうにはどうしたらいいのか。 とりあえず、今はこのしゃ…

  • 【長編】舞台(10)完結

    足りない。こんな音ではダメだ。ダメになる。 足の震えはまだ治らない。もっと、もっと踏む。足裏が地面にくっつくぐらい。 膝を曲げ、重力に従い、力を込める。足の骨が軋んでもいい。いま、ようやくその音を捉えたんだ。今まで練習してきたのに、ずっと気づかなかった。僕はずっと、観客席ばかりをみていた。そうじゃない。みるべきなのは、床だ。 聞くべきなのは、観客の声じゃない。自分の声でもない。床の音、床の音を聞くべきなんだ。鳴らす、鳴らす鳴らす。 彼女は、僕を止めに入る。腕をつかんで、何か言っている。でももう聞こえない。防音ガラスの外に彼女はいた。 僕は今、ガラスに囲まれている。足音だけくり抜かれた地面。僕は…

  • 【長編】舞台(9)

    ー僕ー 離れた。離れざるをえなかった。彼女が唾を吹きかけてきたからだ。 僕は彼女の首を絞めていたことに気づく。顔中が、シャワーより細かい感覚で満ちていく。こんなにも唾を浴びたことはなかった。そもそも人に浴びせかけられたこともなかった。 何をしたっていうんだろう。僕が彼女に何をしたのか。そんな、唾を吐きかけられるような悪いことをしたのだろうか。いや、吐かれたのではない。吹き付けられたのだ。まるで、カラカラに枯れた植物に、霧吹きで水をやるように、ゆっくりでもはやくでもない、淡いのあるスピードで、自分の顔は濡らされた。その粒と粒とは均質なものであったから、瞬時には気づけなかった。何が飛んできたのかわ…

  • 【長編】舞台(8)

    嫌そうだった。彼の顔。面倒臭そうにしていた。 私が遅れたのがそんなに?まあ、初めての舞台だし、そう思うのも無理ないけど、それは私だって同じだし、私も緊張してる。外から見たら、私はすごく落ち着いているように見えるけど、結構緊張してるんだから。もちろん、あなたよりは緊張しないかもしれないけど。 でもそれって、私の方が緊張に意識を向けないだけ。もし、もしよ、あなたと私が同じぐらいの鼓動だったとして、私はその心臓よりも、私の出している声の方に意識がいくの。だから意識は外なの。でもあなたが向いているのは、ずっと自分の身体。だから緊張しやすいし、テンパリやすいの。それはそれで大変でしょう。だから、声もあま…

  • 【長編】舞台(7)

    -私- ふらっとした。貧血気味なのか、舞台が始まるとともに、身体が傾く。 彼がセリフを話し始めた。あれ、出だしがいつもと違う気がする。少し焦ってる。少し早口になってるし、体の重心も妙に落ち着きがない。いつもより、セリフの入りが早いような…。 いや、そうじゃない。最初のセリフを抜かしちゃったんだ。何やってるんだ。相変わら緊張に弱いのね。練習の時でさえ、いっつも緊張してるんだから。まあ癖といっちゃ癖だし、仕方ないところはあるけれど、もう始まっちゃったしどうしようもないよね。 しばらくは長台詞が続くし、お客さんは違和感なく聞いているようだけど。今は自分のセリフを確認しとこ。えーっと、暗くて見えづらい…

  • 【長編】舞台(6)

    繰り返す。踵を上げ、降ろす。上げ、下ろす。体重が、両足二点にのしかかる。ずしんと、自分だけに響く音。 内臓が揺れる。しかし、上下には揺れない。お互い引っ張り合い、上下左右の斜めに動く。遅れて動く。身体全身の動きについてくるように、定まりのない揺れとして、定位置をついぞ決めかねている。違和感があったのは心臓である。 踵をやたら踏み直し、リズムを取ろうとしする。心臓が、その心臓が、支配的なリズムを発しているからだ。心臓にばかり意識してはいけない。あの鼓動の早さではいけない。 だから、そのリズムをかき消すように、別のリズムを作ろうとしていた。他の内臓と協働させて。 どうにか、心臓だけを一人歩きさせな…

  • 【長編】舞台(5)

    頑張ってきた。たった二ヶ月の練習期間。これほど一生懸命、何かに取り組んだのは久しぶりだった。受験勉強以上に必死だった。 入部してから、いきなり脚本を渡され、主役をやってねと言われる。もちろん、脇役を選ぶこともできた。けれど、自分はそこまで言い出せなかった。言いたくなかったのかもしれない。やはり、目立ちたい部分があったのだ。 普段は声をかけることすらできない自分が、無条件に声を出すことができる。それが演劇なのだと思った。 照明のライトが自分に向けられている。その光に目を移せば、瞳が自然と絞られる。その光の中に、丸い輪郭がみえた。真っ白だった。太陽よりも。 それは見つめているのでもなく、見放してい…

  • 【長編】舞台(4)

    静かだった。ホールの様子は、開演準備が整っていた。ただ、お客用の座布団がまだ敷かれていなかった。 座布団を取りに行く。場所はホール内の倉庫。出入り口から入って、左。反対にも倉庫はあるが、そこには照明器具や、主電源がある。 左の方に入る。隅に座布団が積まれている。扉は半開きになっていた。腕一本が通るぐらいの隙間。そこに両手をかけ、ジリジリ開けていく。相変わらず重い。 中を見る。座布団が今にも倒れそうな束になっている。そこから、五枚ずつ抱え、どんどん出していく。 途中で裏方の先輩が気づき、手伝ってくれた。結構めんどくさい作業で、途中で息切れもする。扉を行ったり来たりしていると、ドアが中途半端だった…

  • 【長編】舞台(3)

    落ち着かなかった。開場三〇分前、ホールの外での自主練。思うように身が入らない。初めて人前に舞台に立つ。観客に伝わる演技というものがどういうものか。そのことばかりが不安だった。 新入生歓迎公演という理由で、大役を頂けたことは嬉しかったが、その分プレッシャーもあった。だから夢中で練習した。部活が終わっても、家に帰って復習した。夜中にまで渡ることもあった。二階で寝ている家族を起こさなぬよう、声をひそめ、代わりに身振りを大きく練習した。 翌日の部活では褒められた。練習したその分の工夫が認められた。毎日が楽しかった。自分は成長している。 ただそれは、部活での感じ方であって、一般客からみられる自分がどんな…

  • 【長編】舞台(2)

    大きくなる。観客が盛り上がったせいであろうか、先輩の声量が普段よりも聞こえてきた。自分は台本を手に取り、次の出番を確認する。それはメモ書きだらけで、ボロボロだ。端は破れちりじりになっている。セリフの一部には穴が空いて、周りへ皺が広がっている。両手で持たなければへしゃげてしまう。 見えづらくなったセリフを、口パクで唱える。練習通りの言い方で、声を出さずに口を動かす。そうしているうちに、先輩のセリフの調子と揃ってきた。先輩が一つセリフを終えると同時に、自分もひと台詞を終える。次のセリフが始まる前には、同じ量で息を吸い、口を動かし始める。 セリフの文字が一文字ずつ、独立するようにみえてくる。文字がつ…

  • 【長編】舞台(1)

    暗い。しかし真っ暗でもない。息遣いがある。一つではない。何人もの、いくつもの。一つはあっち、一つはこっち。ところどころに漏れる息。 何のために息を吐いているのか。舞台の上に立つ自分。それだけではよく分からない。もし、自分が向こうのように観客席側であったなら。 観劇する、開演される前のブザー音。薄仄かに明るかった舞台が暗くなる。観客は息を呑む。ガヤガヤしていた声がひそひそ声に変わる。舞台の暗さに吸い込まれる。舞台が、観客の息を吸収する。今、その舞台に立つ。これからセリフを吐いていく自分。 第一声が肝心だ。観客の顔が分からない、まだの未分明に、ゴソゴソと動いていく影。森の木々が、予兆を感じさせない…

  • 【短話】セメント

    セメントは便利だ。 なんでもそこにいれれば、固まってしまえる。僕の弱い心もそこに投げてしまえば勝手に固まるだろうに。 そう俯きながら歩いていると、学校にいくみんなが道中で何かを飲んでいた。 セメントだ。 口を開けながら水筒みたいなものに入れて、ずっとドロドロした液体を流し込んでいる。 とっても喉が渇いていたようだった。 だから、こんなことも言っていた。 「あーしんどい。しんどいけど、行かなくちゃいけない。行ったら、楽しいんだぞ、私。楽しめんだぞ、学校。みんなと同じ姿勢で、頑張って固まっていくんだぞ。」 そんなことを言いながら飲むものだから、口からセメントが溢れ出していく。 それは服の中に入って…

  • 【短話】十秒後

    十秒後、何が起こるかわからない。 暗い暗室。 そこに私は閉じ込められたか、自分で入ったのかどちらかである。 角の隅っこにとりあえず背中をつけ、部屋全身の冷たさを感じる。 こうしている間に後七秒だ。 こういうとき、何を考えればいいのかわからない。 私にはボーイフレンドもいないし、親も大して大事だと思ったことはない。 唯一心残りは、5歳下の弟。今ようやく社会人になって、荒波に揉まれている頃だろうと思う。 もう三秒。 私はここで、何か叫ぶべきだろうか。 叫べば、何か起きるだろうか。 外で見ている大衆全体が、何か心の迷いを晴らして、私を助け出してくれるだろうか。 そうだね。そうだよ。後一秒。 私は叫ん…

  • 【短話】もしも

    もしも、明後日地球に隕石がぶつかったなら。 もしも、明後日お母さんが死んでしまったなら。 もしも、明後日僕の弟が結婚してしまったなら。 もしも、明後日プレステ5が家に届いたなら。 もしも、明後日どっかの中華屋さんが閉店したら。 もしも、明後日誰かが悲しく泣いていたなら。 もしも、明後日誰かが公演を散歩していたなら。 もしも、明後日ストーカーが警察に逮捕されたなら。 もしも、明後日誰かのギャグが誰かに受けたなら。 もしも、明後日晴れになったら。 もしも、明日、また起きたなら。

  • 【短話】冷めた月

    見上げると、月が雲に隠れていた。 いや、これは、雲が月を隠してしまったに違いない。 そう思って、僕は雲を睨んだ。 すると雲はちょっとびびったのか、薄くなった。 月の光がさっきよりはマシになる。 それでもまだ、雲はでずっぱりである。 僕はため息をつきながら、そばにあった木に登り、もっと近づいて、「おい。」と、怒った口調で注意した。 雲はさすがに恐縮したようで、急ぎで払いのけていった。 ようやく、月とご対面できる。 僕は今までのイライラなんて忘れて、目をまんまるにして待っていた。 すると、月は真っ白になっていたのである。 月の持つ、あの黄色の輝きはどこかに消えてしまったのである。 もしや、月は冷め…

  • 【短話】塾講師

    今日も生徒は一人。 俺は教室入る。 だから机は一つ。 椅子も一つ。 なのに黒板はだだっ広い。 俺が教える時は、その人の知る範囲でしか教えない。 こんな黒板、必要ないのだ。 自分の両手を広げたぐらいの幅の黒板でいい。 そこに、チョーク一本だけでいい。 黒板消しは必要ない。 袖で拭って消すからだ。 今日はどれくらい袖が汚れるだろうか。 俺は汚すのが好きなので、あえて白いシャツを着てくる。 ボタンがついていると黒板が痛むので、ボタンはあえて外してある。 おかげで、袖がだらしない男になっている。 昨日はさして汚れなかった。 本当に汚れる時は、拭うたびに黒板が白くなっていく。 白板だ。 俺は本当はホワイ…

  • 【短話】喫茶店のトイレ

    行きつけの喫茶店には、トイレがあった。 けれど和式。 試しに男女両方を確かめてみたが、ともに和式だった。 和式の便所というのは最初は億劫であるが、実際試してみると意外、あのしゃがみ込む姿勢が楽だったりする。 今椅子に座ってこの文章を執筆しているが、こっちよりもあの姿勢の方が書けるかもしれない。 この姿勢だと腰が悪くなる。猫背になること必死である。 そうして、いつものように用を足していると、窓の方が空いていた。 その奥は誰かの家の石垣になっており、さらに障子がみえる。 そこに猫が通りかかり、僕の方を、用を足している僕の方に何か用があるかのように、じっとこちらをみている。 このまま入ってこられたら…

  • 【短話】雑草

    今日も俺は、悪いことをしにいく。 近くの公園だ。 そこで俺は、雑草を踏むのである。 いや、踏み付けるのである。 そして、その足跡がどれくらいくっきり残ったかの程度で、今日の点数をつけるのである。 雨の日の翌日であれば、よく跡が付くので、俺は雨が好きだ。 雨の雫がお化粧している雑草も好きである。 それをみたら俺は興奮する。 ああ、俺は今から、あの綺麗な桃源郷を、このスニーカーで、茶色くこけたスニーカーで、今から踏み散らかすのか。 けれど、実際は一踏みしかしない。 それは、俺の気が小さいからとも言えるが、一応、良心というのを持ち合わせているからだ。 ある日、人口芝をみつけた。 初めてだった。 こい…

  • 【短話】雰囲気販売

    「お会計でお待ちのお客様どうぞ!」 明るい声が、店内に響き渡る。列が並ぶ。 「初恋の雰囲気が一点で、二千九百四十円になります。カードでよろしいですね。」「港の雰囲気とカレー屋の雰囲気の二点で、四千七百六十八円になります。現金ですね。」 ここでは、雰囲気を販売している。 今やどこの世界でも、満員電車の雰囲気が蔓延してしまい、他の雰囲気が味わえなくなってしまったのである。 自然のある場所に行っても、そこは植物がたくさん生えて窮屈に感じるし、家庭の中でも、人がいて窮屈なのである。 だから人々は、その窮屈とやらから息抜きするために、色んな雰囲気を買い求めるのだ。 それは手のひらサイズの、ふわふわした輪…

  • 【短話】蜘蛛

    今日もいい天気。 そう思って移動していると、急に手足が動かなくなった。 進まない。進まない進まない。焦れば焦るほど、動けなくなっていくのがわかった。 けれど、見えている視界はまったく青い空のままなのである。 すると突然、黒い影が身体の周りを動き始めた。 そいつの腹からは、足が八本生えている。どうやら同族ではないらしい。 そいつはぐるぐると、何度も視界を通り過ぎ、目が回った。 だんだん動く気力もなくなって、知らぬ間に、白い繭に包まれた状態になっていた。 身体が動かないが、頭は動くらしい。 目と鼻の先に、顔を近づけていたので、できる限りのことを捲し立てた。 ただちょっと出かけただけのこと。家には家…

  • 【短話】カレーパン

    狭い路地。僕はナイフを突きつけられていた。 別に僕は、大して悪いことをしてない。 ただ、ちょっとコンビニで物を盗んだだけだ。 それが今、こういう事態になっている。 男は、マスクをして、黒いハット帽を被って、何やら話しかけている。 でも、口がもぐもぐするだけで何も聞こえてこない。 これだと、こっちも反応できないから、弁解の余地もない。 しかたなく、刺されるまでの間、なぜこうなるに至ったのか振り返った。 盗んだのは、カレーパンだった。 外に出た後、公園のベンチに座り、袋を開けた。 腐った匂いがした。 このパンではない。 背後の茂みからだ。 そこには男が、何かを袋に詰めていた。 それがなんなのかまで…

  • 【短話】運転

    雨の中、男は運転していた。 ふてぶてした顔で、隣に座っている者も、どこをみるあてもないようにいた。 ワイパーを一番早くに設定した。 それくらい、正面が雨ざらしになるのが早かった。 ワイパーは、雨を避けているのか集めているのか分からないぐらいだった。 空調はガンガン効いていて、外はきっと、これだけの雨なのに蒸し暑いだろう気温になっている。 水たまりの道と化した歩道を歩く子どもたち。 小学校の帰りだろうか。まだこの時間だから、ひどくなる前に帰らされているのだろう。 足には長靴を履いている。 「そういえば、近頃長靴を履かなくなりましたね。」男は隣にそう呟いた。「うん、まあ、車があれば濡れないしな。」…

  • 【短話】花火のまつり

    しかし、こんなに蒸し暑いから、海の上だとマシだと思ったのに、この気温じゃたいして変わんねぇ。 そう思いながら、祭り用の花火を準備をしていた。 少し離れた港の方をみると、まだ三時間前なのにくる人はくるし、車もさっきより増えていた。 難儀だなぁと思い、頭につけた鉢巻がずるっとずれる。 時刻はそろそろ。日も暮れて、露店の光が立ち並ぶ。 こちらの方は真っ暗である。前々から用意して、丁寧に一枚一枚を巻いて作った花火玉。 これをこれからおかまいなしに点火してしまうと考えると、切ない気持ちが拭いきれない。 さあ、お願いしますよと、肩を叩かれた。 これでもかという人の賑わいが、さっと打ち消された。 一発、どか…

  • 【短話】海の人々

    夜明け。 真っ暗だった静けさに、一筋の音が切り込む。 その在処を隠すかのように、太陽が引っ張り出される。 残響は海に忍び込み、新しい生命を誕生させる。波だ。 波が立ち上がる。 一度に、次々と、小さいものから大きいものまで。 白い衣を羽織り、青い透明な身体を内にしまいながら、のそっとのそっと起き上がる。 彼らは砂浜へ導かれる。 誰も彼もが、同じ方向を向いている。 後ろから差す光から逃げるよう、その爛れた全身を運んでくる。 くしゃくしゃで、互いにもつれあいながら、合わさったり萎んだりする集団。 赤い火に垂らし干された背後が、その目に紫色の結晶を灯す。 叫ぶ。喉を鳴らして怒ったり、引っ込めて黙ったり…

  • 【短話】外

    やっとだやっと。 やっと家から出てこれた。 外も真っ暗、あんまり家と変わんない。 あー。意外と遠いな。 まあちょっとぐらい歩いてく。 それにしても、あっ君とまー君は元気かな。 どこら辺にいるのかな。まあまた会えたらいいね。 さてさて、着きました。 風あたりがいいところを探します。 よいしょ。よいしょ。足使うのも大変だ。 でもみてみたい。夜明けがみたい。夜明けの空気は、たまらないと聞く。 よし、ここら辺ならみえるだろう。まだ暗いけど。 あー、早起きした。なんか眠たくって。 うーん、背伸びすると気持ちいい。 ん、やけに背中が柔らかい。 まあ、なんせ気持ちいいから。 さっきよりも涼しいい。 静かだ静…

  • 【短話】河沿い

    光が通る。 予兆はあった。 狭い道を、走ってくる音。 バイクかと思ったが、それは車だった。 車は視線の少しいった先でとまる。 ドアが開き、運転席から人が出てくる。しばらくこちらの河を眺めた後、右左と、何かを探す。 階段だ。 あいつはこちらに降りようとしている。 どうしようか。 こちらは身を隠してもいいのだが、ここは一発、そのまま佇んで置くことにしよう。 男は橋のそばに階段があるのをみつけ、ゆっくり足を向けてくる。 足音は聞こえない。 相変わらず、流れているのは河音のみである。 砂利に至る。 そうして、橋の下に眼を向ける。 当然そこには何もない。 その下を通る草に眼を向ける。 もちろんそこにも何…

  • 【短話】回復しない爪

    パキッと割れた。 左手の小指の爪だ。 台所で食器を洗っている時、なぜか割れてしまった。 最初は気づかなかった。 食器を片付けていると、ふと痛みを感じて、ああ、と思ったのだった。 とりあえず、絆創膏を貼って、応急処置をとる。 先っぽから白いところに届くか届かないかぐらいまで線が入って、開きはしないけれど、指先がどうも落ち着かなかった。 仕事がデスクワークだったため、これには困った。 アルファベットのaを叩く時、うっとなる。 それを繰り返しているうち、打てるようにはなってきたのだけど、かえって指先の感覚が麻痺していくような気がした。 病院に行かずに放置したままだったせいか、まったく戻らない。 他の…

  • 【短話】オススメのホットドック

    大通りの途中、左手に、狭い路地がある。 その路地の入り口にはゴミ袋が置いてあって、そこから誰も入りたがらないのだけれど、その道の奥、換気扇の様々な匂いが混じった通路を抜けると、四方が建物に囲まれた小さな広場がある。 そこに、薄々と煙を出して営むお店、あれがウサワのホットっドク屋だ。 なんとも、オススメを頼むといいらしい。 流されやすい性質なので、迷いなくオススメを頼んだ。 周りを見渡すと、自分以外に客はいなかったようで、そこのベンチに座ろうとまあそんなことを考えていた。 「はい、オススメです。」 顔の見えない狭い受付口から出てきたのは、ゲーム機が挟まれたホットドックだった。 それも、自分が小さ…

  • 【短話】一房の髪

    疲れた。 歩いている人が、みんな俯いているようにみえる。 首の骨がぐっと突き出、顔が右左に揺れている。 それなのに足はいたって元気にしていて、踵が地面を踏み込んでいる。 彼らは、いつまでも薄暗い駅の光を頼りに歩く。 彼らには腰がない。 腰は、何かプラスチックの板のようなものが挟まっているだけで、上半身と下半身とを互い違いにずらしながら、なんとか進んでいるようだった。 その中に、一際進んでいくものがいた。 ゆらっとゆれる木々を抜けるように、小鳥さながら、間を縫っていく。 彼女は白い帽子をかぶり、青色のリュックサックを背中にぴたりとつけながら、両手の振りを足の動力に変換していた。 帽子からは一つに…

  • 【短話】明後日の日記

    今日は七月十七日月曜日。 いつものように日記を開くと、そこには今日のことが書かれてあった。 これから書こうと思ったのに、不思議だ。 誰かが書いたのか。いや、筆跡は自分である。 さっき仮眠したから、書いたこと忘れちゃってたのか。 歯磨きしたかどうか忘れる時ってあるしね。 ノートをみていると、ページの裏にまだ筆跡の後があるようだった。 めくるとそれは明日のこと。 なんと私は、明日のことまで日記に書いていたようだった。 日付は、十九日水曜日。あれ、これ明後日だ。 不思議に不思議が重なって、なんだか頭が混乱してきたのではあったが、とにかくその内容を目を細め読んでみる。 読めなかった。 書いてあるけれど…

  • 【短話】仮眠

    チカチカと時計の針が鳴る中で、漫然とテーブルに相対す。 そこに置かれた手のひらの鉢は、エアコンが打ちつけ、先々揺れるアスパラガス。 水道水をひねり、計量カップにドバドバいれる。 入れ過ぎであるとわかりつつも、てきとうなところでテーブルに持って、そいつに注いでやる。 これもまた注ぎ過ぎであるとわかりつつも、ため息で一段落、鉢を眺める。 すると、だんだん瞼が落ちを繰り返し、上半身がテーブルに沈み行く。 暗いのに橙色が滲んだような平面で、どこどこどこ、リズムがうってうつうつうつと鳴っている。 呼ぶともなく羅生する、散らばけていく無弾の風。 陽光が隅々に折り込み、のっそり伸びていく背中に、寝ても覚めて…

  • 【短話】子どもの輪

    時計の針が十五時半を回りました。 学校の玄関から次々と、子どもたちが跳ね飛んでいきます。 楕円のグラウンドで各々がグループを作り遊んでいます。 最近流行っている遊びは、誰かが中心に立って、その周りを他がぐるぐる回る遊びです。 一番楽しいのは、中心の役。 みんなが手を繋ぎ、回転を次第に速くして、広さを大きく、腕がはち切れんばかりの状態に勢い保ち、一人一人の顔が他と一緒に、誰が誰だかわからなくなる、その眩暈がいいのです。 この体験を味わいたいと、子どもたちは誰が中心かで躍起に喧嘩するほどでした。 ある日また喧嘩をしていると、飼い主からはぐれた犬が中心に入ってきました。 子どもたちはそれでも面白そう…

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