人生は、一度きり。こんな言葉はどこにいってもよく聞く話で。けれど、そんな言葉でも、それを真面目に受け止めて、それがどういう意味なのかを考えることは少ないと思うのです。 でも、それで良いと思うのです。 それぞれ、答えなんてどこにもない生き方だ
人生は、一度きり。こんな言葉はどこにいってもよく聞く話で。けれど、そんな言葉でも、それを真面目に受け止めて、それがどういう意味なのかを考えることは少ないと思うのです。 でも、それで良いと思うのです。 それぞれ、答えなんてどこにもない生き方だ
そうですね。比べれば。それほど長くない日々でしたが、けれど、もう充分なんです。思うところ、自分勝手な察しで世界は進んでいるのだと、分かりかけたところでちょうど良いくらいだと思うんです。 だから、これでいい。そう感じたところが、自分の着地点な
無関心。そう、それくらいで良いと思います。自分の力ではどうしようもないことは、流れに身を任せてしまうほうが良いときもありました。 でも、今は、少ない寄りかかる場所でさえ、掴んで離さない仕組みができていて。だから、いえ。なんだかもう疲れている
思い出とは最後、一瞬で駆け抜けるように。しかし、走馬灯という言葉で片付けるにはあまりにも簡単すぎると思うのです。 それは、綺麗に輝いた、その時、その瞬間に包まれて、後悔の念は無くなり。つまり、そうやって誰もが笑顔になれるようにできていると知
膝の力がぬけるように倒れて初めて知る。敷きたてのアスファルト、地面か壁か、校庭の匂い。掠れた声と思い出は交差。 工事現場、景色、点滅灯はドラマのインサート。じゅうぶんに脇役。 そのまま眠ってしまいたい、早足で通り過ぎ、他人から見れば酔っ払い
錆びついている。 通った道、僕は、ゆっくりと歩いているつもりで。 久しぶりに聞いた。先ではカチカチとペンが鳴っている。 こんなことが面倒くさいから、一人でいるほうが好きになった。 どうせだったら、人にはガラクタと言われるような散らかった部屋
モヤモヤとした世界は、少しずつ見えるようになってきて。思いきり声を出すと、周りにいた皆が笑っていました。 頼りにするには、少しだけ。けれど思いつく限りに動いて、だんだんと隙間から入る光。風、気持ちよくて、そして、とても眩しい。けれども、すぐ
もともと見えないものですから、あってもなくても良いものなんです。 だからと言って、その想いを蔑ろにしてもよいなんて言えないのです。 しかしながら、こうずっと雨が降っていては、困ってしまいますね。 人はこういうものでも気分や行動が左右される生
もともと見えないものですから、あってもなくても良いものなんです。 だからと言って、その想いを蔑ろにしてもよいなんて言えないのです。 しかしながら、こうずっと雨が降っていては、困ってしまいますね。 人はこういうものでも気分や行動が左右される生
これから、来年とか。いや、明日。真っ暗にして眠りにつく習慣からは遠くなり、けれど、部屋の豆電球では明るいから、玄関か台所、気まぐれの小さな明かりを灯して。区切った扉が1つあるので、そこの曇りガラスから薄くこぼれる光を頼りに眠りにつくのです。
これもまた、むずかしいお題です。未来のことは誰にも分からないと。けれど、身の回りの少しだけ、自分でコントロールができる未来を作る事はできます。その中は、自分の力ではどうにもならないことばかりです。 だから、お湯を沸かして3分待ち、いえ、麺は
生き方なんて分からない事だらけですから。これから、どんな風に生きていたいかなんて言うのは、いくつになっても分からないままにしておきたい、いえ、考えたところで。振り返りはいつも、明日にするようにして、そして昨日の事なんて忘れてしまうんです。そ
海、「寄せては返す」なんて言葉が脳裏にすぐ浮かぶ今を、「ですよね。」なんて自分で突っ込みつつ、筆を手に取らず、只々と、キーボードを打ちながら荒波の中を暗中模索して毎日を過ごしています。 浮き輪がなければ入れず、釣りは好きでも餌を付けられず、
ボロボロになった桟橋の手摺り、昔は顔の高さと同じぐらいだったから、登ろうとして、よく怒られた記憶があります。 そこには、水面に紅葉が映り。そして、色とりどりの葉が舞いながら。 今、その思い出の中で立ち止まり、落ち葉に当たる風の音に耳を傾ける
本当の事は言い難いと 道は折り曲げられて いや これは水を垂らしたストローの袋 腹のほうに刺さる言葉は世界から無くなりました 僕らが立つために必要な場所は 言葉と一緒に 世界から無くなりました 繋がりという名の営業と枕言葉が画一化 SNSは
知らない事は多いほうが、悩みもシンプルで少なくなります。だから、せめて、すでに学んだこの知識は自分の中だけに留めておいて、気付かれぬうちに助けられるようにだけしておくことにすれば、少しだけかもしれないけれど、周りを幸せに出来るのだと思うので
排水口で流れる水に身を任せている笹の葉は、何かに引っ掛かってしまっても、葉の先まで葉身をキリッと伸ばして、空気の流れで掛かりを乗り越え、少し時間をおいて、また、その先へ流れていくんです。 流れ着いた先で何が起こるのか分からなくても、只々進む
細道。人の道、すれ違いに片足を踏み外せば崖壁に落ち。後ろを振り向くには少し足場が悪い。下ばかり向いていれば肩がぶつかり、上を向いて歩けば、いつの間にか足をかけられている。前だけを見て歩いて行くには、少しばかり周りが暗いようです。 服の袖を掴
細道。人の道、すれ違いに片足を踏み外せば崖壁に落ち。後ろを振り向くには少し足場が悪い。下ばかり向いていれば肩がぶつかり、上を向いて歩けば、いつの間にか足をかけられている。前だけを見て歩いて行くには、少しばかり周りが暗いようです。 服の袖を掴
私達は、たくさんの言葉を覚えます。そして、その意味を知り、自分なりに理解して誰かと話す。 けれど、ここには感情というものがあって、人の数だけ違う意味が作られ、同じ言葉から生まれるすれ違いは、日々を生きていく中で多くの障害を生み出し、それを乗
とても疲れてしまったときには、家に帰って、横になって。一度、全部何もかも忘れて、思い切って寝てしまうんです。 最近、これが少し出来るようになって、朝日が昇るような眠れない日々を過ごすことがなくなりました。 習慣にするには簡単にできないことな
水槽の中に酸素が回るように気泡を上らせる。 照明で綺麗に彩られた水槽の中にいる魚たちには、覗き込まれているその姿を見て、予め用意された流木と、水草や石で飾られた物陰に隠れる者や、気にも留めずに悠々と泳いでいる者もいる。 互いが持つ自由の尺度
私の場合、人生は、本当に一度きりなのだと理解することが出来る体験をしました。いつ、眠りについたのか。これと変わらない同じ感覚を、ある瞬間、何かが途切れるよう突然に経験するのです。 前後の記憶もありません。気がついて、後から理解するのは、数日
第26回風花随筆文学賞 応募作品 路線を走っていた電車は、長い年月を経て高架鉄道となり、行き交う人々の俯き加減は背伸びをしている望郷を向くこともないまま、眺めは現実のほうへ向いていた。 「苦労を買うことにはもう慣れたかい?」 ビル風や喧騒が
手のひらいっぱいに空を掴むために、父に肩車をしてもらった。とてもじゃないけど、こんなんじゃ全然届かない。雲ひとつない青空は、僕の夢を叶えるための壁は何ひとつ作っていない。ただ、届かない。 大人になって自分の夢を語ると、酒のつまみに少しばかり
電車のボックスシートに座っていた人が突然、急に崩れ落ちたんです。皆、その様子を見ていて。何か、手を差し伸べるというような事はありません。時間も時間ですから、各々、酔っていたり、ぼんやりしています。 けれど、そのままにはできないので、声をかけ
冬になると、いつも考えるんです。この布団から出ないで何とか生活は出来ないかと。寒いんです。とても。生きていくだけで物入りですから。秋の紅葉を、首もとに感じる風の冷たさで覚えるたびに思います。 春はね、暖かくなるんですが、目は痒くて、鼻は詰ま
この社会では、本当に後ろ指を指されることが多くて、「応援しています」とか、「何かあれば言ってくださいね」と言う言葉は、本当に薄く、口から建前で言っておける社交辞令だと知ることが必要なんです。 少し、落ち着いて生活が出来るようになると分かるの
薄い壁越しから声が聞こえて、「アイツがダメだったら」と聞こえました。その部屋のドアが開いて、満面の笑み。そして、私の両肩をバンバンと叩いて、「頑張れよ!」と言うんです。 次の日には、就業前の休憩所。機嫌が悪いようで、誰かを叱ってスッキリしよ
大人になる前に、社会に出ました。知らないということは、誰かに身を委ねることと変わらないことを知ります。自分に向けられた笑顔は、その先の利害にむいていて。 正々堂々と生きていくには、それに足る知識と言葉が必要と知りました。それから、また、社会
大人になる前に、社会に出ました。知らないということは、誰かに身を委ねることと変わらないことを知ります。自分に向けられた笑顔は、その先の利害にむいていて。 正々堂々と生きていくには、それに足る知識と言葉が必要と知りました。それから、また、社会
「明日は仕事だから、カーテンは開けておいていい?」 スマホのアラームで起きてしまう私に気遣って聞いてくれる。最近は、灰皿に溜まる吸い殻を片付ける回数は減りました。いつからだろうか。気付けば、いつの間にか寝付くことが出来る、そんな感覚が戻って
帰り道、公園周りの道ばたに落ちていた空き缶を蹴り上げる。高く上がった空き缶は、草も生えないほどの硬さに固められた土の上に落ちた。少しハネたように見えるが、結局はすぐに、その場所に落ちついた。 少しでも、良い場所に。そう思っても、すでにベコベ
帰り道、公園周りの道ばたに落ちていた空き缶を蹴り上げる。高く上がった空き缶は、草も生えないほどの硬さに固められた土の上に落ちた。少しハネたように見えるが、結局はすぐに、その場所に落ちついた。 少しでも、良い場所に。そう思っても、すでにベコベ
私、外では飲まないんです。暖簾はくぐりますが、飲みません。大好きな飲み物は、ミックスジュースです。とあるチェーン店にあるミックスジュースと、何本かの焼き鳥、そして、お茶漬け。いつも同じ、この組み合わせなんです。 それが何だっていうと、何でも
私、外では飲まないんです。暖簾はくぐりますが、飲みません。大好きな飲み物は、ミックスジュースです。とあるチェーン店にあるミックスジュースと、何本かの焼き鳥、そして、お茶漬け。いつも同じ、この組み合わせなんです。 それが何だっていうと、何でも
路上、作業着の色、群青。汗の臭いは、今日も生きた証。すれ違う度に避ける必要はなし。怪訝な表情をされるのは慣れた。 価値を決めるのは、自分ではなくて、初めて会う誰かの感情。そんなこと、もっと早く知っていれば、いくつか間違えずには済んだ。そんな
最近、心から、本当に笑ったことありますか?大人になると、作った表情ばかりを身体が覚えてしまって、自分が誰なのか、分からなくなってしまうとき、ありませんか? もう今は、笑顔って、自分を守るためにあると思っていて、笑うから、何とかその場を乗り越
帰り道、陽が落ちるこの時間は、川の上に掛かっている高架線に車両が通ると、いつも吠えている犬がいるんです。同じ毎日は何となく日々の中に溶け込んでいて。だから、「あっ、今日は吠えていないな」って。身体は覚えていて、いつもと違うと気付くんです。け
もう夕方、1日は、とても早くて。こんな毎日を過ごしているうちに、いや。少し恐いんです。こうして毎日が過ぎていって、眠りにつくとき、明日も本当に、今日と同じように。 平穏な日々を願っているのに、退屈な毎日に不安を抱えて。私は不幸だとか、幸せだ
実名で書く必要なんかないんです。適当な、思いついた名前。ペンネームですから、十分です。最近、思うんです。紙の手紙とかで書く事がなくなって、ましてや、いまや「書く」と言うことでいいのか。正確には、ラップトップのキーボードに只々「打つ」場合もあ
何をやっても上手くいかない時はあるというもので そんな時こそ 足掻くのを少しやめてみたりするんです 頼りにしてた希望は砕け散るときがあるから ピアノ線ほど細い期待すらしないほうが良いと知ったとき 真っ白で純白な ありのままに映った世界を見る
途中で、うたた寝をしてしまって、話を聞かない人だと。いえ、そろそろ、疲れてしまったんです。何だか、あまりね。面白くないんですよ。最近は、本を読んだりしても。別のことばっかり考えていて、「御飯ですよ」って、これは、食べられるんです。でもね、大
えぇ。わかります。世の中は不条理ばかり。自分にとっては。相手にとっては?どうなんでしょう。無理が通れば道理も引っ込む、そんな言葉があるくらいですから。だから、不条理と向き合うのはやめました。面倒くさいのです。コマンドで「逃げる」です。最近は
お休み。出来ていますか?、私、久しぶりの休み。というか、休みの感覚。いえ、20年くらい、ずっと休みがないような、実際、休みだったのでしょうけれど、ずっと仕事のことばかり考えていたんです。今も。どうしようもないですね。でも、上の向きかた、下を
人と会うの、苦手なんです。本当は、ずっと前から。けれど、だからといって簡単に、そうはいかないですから。なんて言いながら、結局は、何か学んだり、誰かのためにと動くと、結局は人の縁に繋がることになって。嫌ではないんです。苦手、すごく苦手。いや、
人は、本当のことを言われると、それは、気分が悪くて、その言葉が心の芯を、掴むようであれば、尚更、人によっては、激情に駆られるものです。しかしながら、これは難しいモノで、伝えなければ、それは傍観者と同じで、歪んで複雑に分かれ、作られていく道々
まぁ。皆さん下を向いていまして、理由は知るはずもないです。他人ですから。いちいち聞かないですよね。そう。いちいち聞かない。ココ、重要です。とても重要なんです。知ってどうするんだ?と言うのもありますが、知ったところで、解決出来ない問題に向かい
私、恥ずかしながら、学校、ほとんど行っていなくて、あまり、思い出がないんですよ。けれどね、いや、ほんのちょっと、記憶に残っている事がありますが、いや、いつも、自分の部屋で、一人で本を読んでいて、ガサガサと、思いつくままに読み漁るので、よく、
自分を見つけてくれたとき、それは嬉しいですよ。嬉しくない人は、いないと思います。自分の作品を好きになってくれて、気付いていない才能を見つけてくれるわけですから。不思議ですよね。分かってくれる人もいて。自分ですら分からなくてもいいと、そんな風
若いのに偉いね 腐った芝居で 聞こえはいいね 年をくった最低 来年もまたね 合わせる顔は大抵 明らかに背景 替わりはないね だったら決定 いつまで経っても こんなのが経験とか 言ってる場合じゃないから 変わらなきゃ そう 変わらなきゃ いや
一月は、そうですね。お正月ですから。おせちなど食べながら、色々な意味があるそうですよ。おせち。おせちの中身のことです。私なんかは意味も調べずに、好物だけ、箸でつまんで、本当はちゃんとした意味があるんです。ひとつひとつ書いていくと、これは大変
眠れない日々が続き、3~4日もすると、自分が発した言葉など、当然に覚えてはいなくて、誰に、何かを言われた記憶も定かではなく、これではいかんと、分からず屋は、滋養強壮にと、円満な顔で差し入れを入れてきます。こんな滑稽なことも、日々、どこかで、
昔は、人生で一度も海を見たことがない人などがいたそうです。「見たことがないもの」という括りで言えば、それはたくさんのモノがあるでしょう。そもそも、見たことがないものは何なのか、その言葉、単語さえ知らないモノも多くあるのでしょう。とはいえ、今
人が苦手なので、普段は、めったに会うことはしないのですが、たまたま、人づての連絡があり、25年ぶりくらいに会う方なので、たまには話してみようかと、もう何年も、埃を被ったYシャツだけを気分転換に着て、あとは、いつものジップがついたパーカーの袖
ふと、何の前触れもなく、思い出すことがありませんか?何となく入った小道。薄暗いようで、けれど、なにか冒険をしているようで、恐くもあり、ドキドキと、そんなこともあれば、そこはどこか、全く場所は分からないのですが、すごく楽しくて、見渡す限りが、
小さかったの頃の僕には、本当は対して長さが無かったかもしれない木の枝、その先には、陽が入る縁側に近い、座敷のタンスから転がっていたミシン糸をくくりつけて、台所へ向かい、何か、魚のエサになりそうなモノを適当に見つけ、すぐそばに流れている、深緑
解体 荒廃 小さい頃に上った背の高いクルミの木から見える空をつぶして 日々の生活を繋ぐには 両手を高く挙げて広げるよりも前に出して背中を丸める 皆同じように こんな姿になってしまったのは誰のせいでもなく 小さな画面を通して 繋がる文章 画像
生涯の中で、「待つ。」という、誰かに時間を委ねる経験が、そして、その行動は、僕も経験がありますが、思い思い、しかし、これも、待ち人をまち、それは、時の浪費ではなく、退屈などしないですし、その内容によっては、その待つという時間そのものに、心が
少し、肌寒くなりました。この時期は、いつも人の生き方というか、感じかた、そんなの、僕が勝手に、そう思っているだけですが、軽く見渡すだけで、ただただ、少しだけ身をかがめて、下を向いて歩く人がいて、そう思えば、背をまっすぐに、肩を張り、自信に満
川沿いに作られた散歩道。長い長い道、ふと、ゆっくり、毎日の散歩をしながら、下を向いて、小指の先ほどくらいになる大きさの石ころを蹴っていると、考え事などをしている内に、いつの間にか、先ほどの小石はどこかへ、違う石ころを蹴っていました。そうして
人生で思いどおりになる事は少なく 現実と理想の間をどのように 自分で納得して生きていけるか 納得できる答えが必要と 自分に向き合うことに不安になってしまう 自分で自分の人生を決め 強さを持つ事は出来るが 目の前の現実は 容易には変えることは
現在の社会においても、そのほとんどが、誰かと、何かで繋がった縁をきっかけに、一蓮托生と、共に働き、事業を育てて行くという事がよくあるのですが、150年前に、福沢諭吉という方が「学問のすゝめ」の冒頭で、"「天は人の上に人を造らず人の下に人を造
人は、食べなければいけないし、食べるために働き、そして毎日を繰り返す。そしてだんだんと、薄れていかんと思いつつも、時代の流れは早くて、そうしたことを繰り返しながら、結局は何千年というような、時間を超えてきたのでしょう。そうして、今という時代
恐いくらい けれど 知るに咲かず 見てきたものは全て幻想 全てを忘れて 大人になるために通す 小さくて おぼろげに その先に見えるモノは あなたにとって かけがえのないモノになるでしょうか 学校には行かなかったから 僕には分からない友だち同
竜胆りんどう、という花を知っていますか?リンドウの花の色は、様々あるのですが、僕は、淡く、青みがかり、少しだけ薄い紫色。そんな色をしている竜胆の花言葉を調べると、本当に、色々な想いが込められて書かれているのですが、中には「愛らしい」なんて意
僕に必要な物は、ほとんどない。携帯電話、そう、スマホってやつで、それなりに新しいアプリが使えれば問題ない。それと、この文章を書くために必要なラップトップが1台。ほんの少し前までは、原稿用紙やペン、いや、もっと遡れば、筆になって。あとは少々の
1年、365日を繰り返し、薄れていく幼い頃の記憶、今を生きる。その時間は、あるときから忙殺され、誰かのために生きることへ、自分を預けていきます。僕は、いつの間にか大人になり、ある日、ふと気がつきました。毎日は本当にただの繰り返しで、自分を生
根を生やし、自由に、場所は選ばず、葉は敲たたかれても、花を咲かせ、また次の季節を夢み、只々と冠毛を伸ばして、どこかへ行く。人の人生も、自ら選ぶように見えて、誰かが吹く風に、次の場所を見つけるのが人生と言えるかもしれない。それは、自身の選択で
登場人物 僕:普通の会社員、この物語を語る人物。特に特徴はないし、何か特別に得意なこともない、普通の会社員。 この物語はフィクションです。 夕方に始まる定期ミーティング 今日は毎週、夕方から定期的に行われている営業的な打ち合わせだ。日によっ
夕焼け 僕だけに見えた 対岸に見える小さな揺らいだ境界線 そこらへんに溢れている 鉤爪のような言葉が 僕のところに来るのに それほどの時間は掛からなかった 感謝の言葉さえ遠くに 路線高架橋を走る電車の音 聞こえるのは埃だらけ おもむろに耳を
夕焼け 僕だけに見えた 対岸に見える小さな揺らいだ境界線 そこらへんに溢れている 鉤爪のような言葉が 僕のところに来るのに それほどの時間は掛からなかった 感謝の言葉さえ遠くに 路線高架橋を走る電車の音 聞こえるのは埃だらけ おもむろに耳を
休日はいつも散歩か読書をするという、特に、特別何か特徴があるような休日を過ごしているわけではない。強いていえば、散歩蜜の途中は、住宅街からの突き当たりから、左に角を曲がれば、映画館のある、少し活気がある商業地域があるので、気まぐれで映画を見
満員電車。今日も普通に出社している。特に変わったこともない毎日である。強いて言えば、出来れば座りたいなと思うくらい。けれどこれが普通の人生で平日の何でもない日々である。しかしこんな生活があと何年続くのかと思えば気が滅入るような感覚。そうして
いらない感情は涙の替わり 心の奥でじっと待って期待どおり 壊れるまで どんな名前を名乗ればいいんだろう 僕の人生は 僕らと暮らす人生で 明日も目覚めますように 星の砂に入っている夜に おやすみなさい とか言いながら待てないよ 明日には昨日の
普通の人生とは何だろう。誰が何を普通と決めたのだろうか、そんなことを考えながら、たまたま始発駅から会社の最寄り駅へ向かう路線の改札口を抜け、下り終点から下りる大勢の人達とすれ違いながら、"次発の発射"と書かれた線の引かれた通りに電車に乗り込
群青と不言色いわぬいろ 模様にならい 白雲は表情を包み 月明かりを受け入れる 僕からみえる蛍光の光は いつも来る度に社会の縮図で満ちた景色を虹橋こうきょうに変える 氷河期世代とカテゴライズされた僕らができることは 毎日に抗いながら何も言わな
夢というのは心の中にも存在している大事なモノ それは誰もが無意識に でも それが何なのか 夢とは何なのかということも分からない 他人の心は理解できない みえるものは感情で 信じることができるだけ 自然なことだからだ 信じているものを捨てるこ
寄留と身を寄せ 歩き思いを馳せる渋谷のスクランブル交差点 先に分かれた分岐点 濁流のような情報は 絶佳に咲く一輪の花が僕を救った 歩きながら少しずつ気付く自戒 路銀の片隅に生きる僕のそばで懇倒に話す貴方の言葉は 隻影と知る世界が乱暴な真実だ
競争 交渉 大人になった僕らに与えられた言葉は 紙ひとつに縛られた錯覚を現実に誘う 自分のためにとか ありきたりな言葉で笑えるくらいに道を歩けるならば どれだけの命が最後まで夢を追いかけることが出来たのだろう 嘘や欺瞞とか そんな単語にすが
一人で遊べばセピア色 懐かしい色へ染まる ひとりぼっち 見切れのない写真 混ざれば浮いて見えるからこそわかる 自分の居場所 同じ場所集うのは いつも放課後 「おまえにはもっと いい場所あると思うぞ?」 そういうのは 具体的にどこだか言ってか
僕は野良猫。どこにでもいる、そう。ありきたりな文章や言葉でまかなえてしまうであろう程度の猫である。自慢といえば、僕の毛色は真っ黒ではあるが、つやつやと光沢のある気品さえ感じるほどの黒猫ということ。野良猫として栄養不足気味なのに不思議だ。しか
僕は野良猫。どこにでもいる、そう。ありきたりな文章や言葉でまかなえてしまうであろう程度の猫である。自慢といえば、僕の毛色は真っ黒ではあるが、つやつやと光沢のある気品さえ感じるほどの黒猫ということ。野良猫として栄養不足気味な僕には不思議なステ
適当に生きてきた。有り体に言えば、それは毎日来る日も満員電車に乗ることであり、誰よりも早く会社にいることの価値を押し込まれ、誰よりも遅くまで働くことのそれらを、大人や社会は普通という言葉で片付ける。つまり、世間の人にとっては、それが常識とし
喧騒のワンルーム 都内のどこか、平日はビジネス街の喧騒の中に借りたワンルーム。 8時15分、鳴海 誠はスマホに設定したアラームに寝ぼけ眼ながら起床する。 乗り物酔いが酷いので、会社の近くにこの部屋を借りている。 部屋は狭いが歩いて行ける距離
意味を求めるもなく 途方もなく 逃げるための空を求めるもなく その木は 意味を求めているわけでもなく 止まり木として立ち 空があれば 意味があることで 価値というモノはそうやって見出されていくのでしょう 誰のためにあり 思慮はそのまま 訪れ
人生とは不思議なものです 忘れかけていた思い出は 痛む胸と協奏で 突然に気付く ありふれた日々に価値があって それがいつも通り過ぎていたことで 知ることは無情で 耳元で心臓の鼓動が聞こえる いつも探していた人生の意味を 今さら知ろうとするこ
現実と理想の狭間で過ごす毎日 毎日 僕たちは今 生まれながら 人生の階段において 人間であったことを忘れてしまう 僕たちを取り巻く世界の残酷さと冷たさ 少しずつ失っていく心 僕たちは何の概念も持たない 果てしない宇宙の広がりと同じように生き
ぼんやりと夜空を眺めて考える いつも普通に暮らせる毎日 明日は今日よりも素敵な1日になるのだろうか 毎日をどのように生きるか自分に問うことが 僕が生きている証拠 誰かと一緒にいたいとか 毎日が違うし 他にもやることがあるから 明日は寒いかな
息がしずらくなって 微かな陽炎にみえた便りに向かって歩きつづける 僅かに残った隙間さえ 踏み入ればまた知らぬ誰かに搾取される日々 何かがおかしいと思えば被害妄想 背を向ければすぐに時代錯誤 救いがたい夜明けを繰り返し 果てにみえる希代の傀儡
協調性 作られる偶然を装った相づち 空っぽが好きか?と言われれば 首を横に振るふりをしていた 善意にみえる衝動は 舞台で踊る孤独な時間が経っていることに気づきを贈る 口上は本音で語られる言葉に耳を傾けさせず 不条理に並んだ現実に覆いかぶさる
生きることは苦ではなく 空虚だ 無に等しい感覚は生き延び 生きているとはいえないような真っ白な世界 階段を上る方法を知らずに 人生の形をしたパズルは難しくて 足元にあるものも見られないまま 与えられたものだけで 自分の立ち位置には気づけない
夢を追いかけて 笑って暮らしていけるなら 他に何もなくていい 小さくなった切符 必要なのは時間だけ 時間というのは面倒なもので 全く待ってくれない 意地悪な旅仲間 目を閉じて夢を見るときは あなたが望む人生を夢見て 無関心ないたずらは続かず
症状不明 不条理に満ちた人生 他人の不幸 コンビニで買ったロックアイス 工場内の導線 箱庭で分けられた階層 形骸化した帰り道 風景 何もない世界 通り雨が降れば気付く 早足で向かう先 僕には入れない乾いた靴で歩ける歩道 上手く言えないモヤモ
毎日 日々 同じ事の繰り返し それを人生というらしい 側溝の中に放り込まれたように 身動きが出来ない感覚 大人になってから 勉強するようになった 就職とか 結婚とか 誰かの価値観に合わせるためにお金というものを稼ぐ 何十年後になって 僕は何
現実と戸惑いの間にあるもの 奪い合う思考 どこに置けばいいのかわからないパズル でも ここにいるのは僕だけ 理由もなく うつぶせに倒れる どのように始まり どのように終わるのか 蜃気楼の感覚 透明で透き通った すべての瞬間 新しい始まり 明
成人式 受付に飾られた同窓会の文字 仕事帰り 唯一のタキシード 染みついた塗料や現場の匂い オーダー柄に汗 しかめっ面に歓迎の笑顔 暗がりに見える着飾り 無表情から見える綻びが 場に合わない一人舞台を演出する 話せることは何もない 努力とか
人によっては、ちょっと衝撃的なタイトルかもしれないのですが、これは死後の世界を語る文章でもないし、死後の世界のために何をしておくか?みたいな内容でもありません。 あくまでも、実際の経験から得た体験であり、個人的な考えということを前提に読んで
少し時間はありますか? 真夏の正午、この中学校は4階建ての中庭を囲む構造になっていて、少し苔の生えた古めかしい石造りの噴水から静かに湧き出る水に太陽の光が届くとき、校舎の中庭で散る埃と共にうっすらと低い位置に虹を見ることができる場所がある。
生きかたはいつも首尾一貫 準備が一番 そんな価値観に違和感 時間差 投げたボールが返ってこない そんな会話 これがキャッチボールの醍醐味 だとか 社会とか そんなもんとか カラッカラの笑顔で交わす 言葉に魂はない よく見ろ それが本当に本音
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人生は、一度きり。こんな言葉はどこにいってもよく聞く話で。けれど、そんな言葉でも、それを真面目に受け止めて、それがどういう意味なのかを考えることは少ないと思うのです。 でも、それで良いと思うのです。 それぞれ、答えなんてどこにもない生き方だ
そうですね。比べれば。それほど長くない日々でしたが、けれど、もう充分なんです。思うところ、自分勝手な察しで世界は進んでいるのだと、分かりかけたところでちょうど良いくらいだと思うんです。 だから、これでいい。そう感じたところが、自分の着地点な
無関心。そう、それくらいで良いと思います。自分の力ではどうしようもないことは、流れに身を任せてしまうほうが良いときもありました。 でも、今は、少ない寄りかかる場所でさえ、掴んで離さない仕組みができていて。だから、いえ。なんだかもう疲れている
思い出とは最後、一瞬で駆け抜けるように。しかし、走馬灯という言葉で片付けるにはあまりにも簡単すぎると思うのです。 それは、綺麗に輝いた、その時、その瞬間に包まれて、後悔の念は無くなり。つまり、そうやって誰もが笑顔になれるようにできていると知
膝の力がぬけるように倒れて初めて知る。敷きたてのアスファルト、地面か壁か、校庭の匂い。掠れた声と思い出は交差。 工事現場、景色、点滅灯はドラマのインサート。じゅうぶんに脇役。 そのまま眠ってしまいたい、早足で通り過ぎ、他人から見れば酔っ払い
錆びついている。 通った道、僕は、ゆっくりと歩いているつもりで。 久しぶりに聞いた。先ではカチカチとペンが鳴っている。 こんなことが面倒くさいから、一人でいるほうが好きになった。 どうせだったら、人にはガラクタと言われるような散らかった部屋
モヤモヤとした世界は、少しずつ見えるようになってきて。思いきり声を出すと、周りにいた皆が笑っていました。 頼りにするには、少しだけ。けれど思いつく限りに動いて、だんだんと隙間から入る光。風、気持ちよくて、そして、とても眩しい。けれども、すぐ
もともと見えないものですから、あってもなくても良いものなんです。 だからと言って、その想いを蔑ろにしてもよいなんて言えないのです。 しかしながら、こうずっと雨が降っていては、困ってしまいますね。 人はこういうものでも気分や行動が左右される生
もともと見えないものですから、あってもなくても良いものなんです。 だからと言って、その想いを蔑ろにしてもよいなんて言えないのです。 しかしながら、こうずっと雨が降っていては、困ってしまいますね。 人はこういうものでも気分や行動が左右される生
これから、来年とか。いや、明日。真っ暗にして眠りにつく習慣からは遠くなり、けれど、部屋の豆電球では明るいから、玄関か台所、気まぐれの小さな明かりを灯して。区切った扉が1つあるので、そこの曇りガラスから薄くこぼれる光を頼りに眠りにつくのです。
これもまた、むずかしいお題です。未来のことは誰にも分からないと。けれど、身の回りの少しだけ、自分でコントロールができる未来を作る事はできます。その中は、自分の力ではどうにもならないことばかりです。 だから、お湯を沸かして3分待ち、いえ、麺は
生き方なんて分からない事だらけですから。これから、どんな風に生きていたいかなんて言うのは、いくつになっても分からないままにしておきたい、いえ、考えたところで。振り返りはいつも、明日にするようにして、そして昨日の事なんて忘れてしまうんです。そ
海、「寄せては返す」なんて言葉が脳裏にすぐ浮かぶ今を、「ですよね。」なんて自分で突っ込みつつ、筆を手に取らず、只々と、キーボードを打ちながら荒波の中を暗中模索して毎日を過ごしています。 浮き輪がなければ入れず、釣りは好きでも餌を付けられず、
ボロボロになった桟橋の手摺り、昔は顔の高さと同じぐらいだったから、登ろうとして、よく怒られた記憶があります。 そこには、水面に紅葉が映り。そして、色とりどりの葉が舞いながら。 今、その思い出の中で立ち止まり、落ち葉に当たる風の音に耳を傾ける
本当の事は言い難いと 道は折り曲げられて いや これは水を垂らしたストローの袋 腹のほうに刺さる言葉は世界から無くなりました 僕らが立つために必要な場所は 言葉と一緒に 世界から無くなりました 繋がりという名の営業と枕言葉が画一化 SNSは
知らない事は多いほうが、悩みもシンプルで少なくなります。だから、せめて、すでに学んだこの知識は自分の中だけに留めておいて、気付かれぬうちに助けられるようにだけしておくことにすれば、少しだけかもしれないけれど、周りを幸せに出来るのだと思うので
排水口で流れる水に身を任せている笹の葉は、何かに引っ掛かってしまっても、葉の先まで葉身をキリッと伸ばして、空気の流れで掛かりを乗り越え、少し時間をおいて、また、その先へ流れていくんです。 流れ着いた先で何が起こるのか分からなくても、只々進む
細道。人の道、すれ違いに片足を踏み外せば崖壁に落ち。後ろを振り向くには少し足場が悪い。下ばかり向いていれば肩がぶつかり、上を向いて歩けば、いつの間にか足をかけられている。前だけを見て歩いて行くには、少しばかり周りが暗いようです。 服の袖を掴
細道。人の道、すれ違いに片足を踏み外せば崖壁に落ち。後ろを振り向くには少し足場が悪い。下ばかり向いていれば肩がぶつかり、上を向いて歩けば、いつの間にか足をかけられている。前だけを見て歩いて行くには、少しばかり周りが暗いようです。 服の袖を掴
私達は、たくさんの言葉を覚えます。そして、その意味を知り、自分なりに理解して誰かと話す。 けれど、ここには感情というものがあって、人の数だけ違う意味が作られ、同じ言葉から生まれるすれ違いは、日々を生きていく中で多くの障害を生み出し、それを乗
私の場合、人生は、本当に一度きりなのだと理解することが出来る体験をしました。いつ、眠りについたのか。これと変わらない同じ感覚を、ある瞬間、何かが途切れるよう突然に経験するのです。 前後の記憶もありません。気がついて、後から理解するのは、数日
第26回風花随筆文学賞 応募作品 路線を走っていた電車は、長い年月を経て高架鉄道となり、行き交う人々の俯き加減は背伸びをしている望郷を向くこともないまま、眺めは現実のほうへ向いていた。 「苦労を買うことにはもう慣れたかい?」 ビル風や喧騒が
手のひらいっぱいに空を掴むために、父に肩車をしてもらった。とてもじゃないけど、こんなんじゃ全然届かない。雲ひとつない青空は、僕の夢を叶えるための壁は何ひとつ作っていない。ただ、届かない。 大人になって自分の夢を語ると、酒のつまみに少しばかり
電車のボックスシートに座っていた人が突然、急に崩れ落ちたんです。皆、その様子を見ていて。何か、手を差し伸べるというような事はありません。時間も時間ですから、各々、酔っていたり、ぼんやりしています。 けれど、そのままにはできないので、声をかけ
冬になると、いつも考えるんです。この布団から出ないで何とか生活は出来ないかと。寒いんです。とても。生きていくだけで物入りですから。秋の紅葉を、首もとに感じる風の冷たさで覚えるたびに思います。 春はね、暖かくなるんですが、目は痒くて、鼻は詰ま
この社会では、本当に後ろ指を指されることが多くて、「応援しています」とか、「何かあれば言ってくださいね」と言う言葉は、本当に薄く、口から建前で言っておける社交辞令だと知ることが必要なんです。 少し、落ち着いて生活が出来るようになると分かるの
薄い壁越しから声が聞こえて、「アイツがダメだったら」と聞こえました。その部屋のドアが開いて、満面の笑み。そして、私の両肩をバンバンと叩いて、「頑張れよ!」と言うんです。 次の日には、就業前の休憩所。機嫌が悪いようで、誰かを叱ってスッキリしよ
大人になる前に、社会に出ました。知らないということは、誰かに身を委ねることと変わらないことを知ります。自分に向けられた笑顔は、その先の利害にむいていて。 正々堂々と生きていくには、それに足る知識と言葉が必要と知りました。それから、また、社会
大人になる前に、社会に出ました。知らないということは、誰かに身を委ねることと変わらないことを知ります。自分に向けられた笑顔は、その先の利害にむいていて。 正々堂々と生きていくには、それに足る知識と言葉が必要と知りました。それから、また、社会
「明日は仕事だから、カーテンは開けておいていい?」 スマホのアラームで起きてしまう私に気遣って聞いてくれる。最近は、灰皿に溜まる吸い殻を片付ける回数は減りました。いつからだろうか。気付けば、いつの間にか寝付くことが出来る、そんな感覚が戻って
帰り道、公園周りの道ばたに落ちていた空き缶を蹴り上げる。高く上がった空き缶は、草も生えないほどの硬さに固められた土の上に落ちた。少しハネたように見えるが、結局はすぐに、その場所に落ちついた。 少しでも、良い場所に。そう思っても、すでにベコベ
帰り道、公園周りの道ばたに落ちていた空き缶を蹴り上げる。高く上がった空き缶は、草も生えないほどの硬さに固められた土の上に落ちた。少しハネたように見えるが、結局はすぐに、その場所に落ちついた。 少しでも、良い場所に。そう思っても、すでにベコベ
私、外では飲まないんです。暖簾はくぐりますが、飲みません。大好きな飲み物は、ミックスジュースです。とあるチェーン店にあるミックスジュースと、何本かの焼き鳥、そして、お茶漬け。いつも同じ、この組み合わせなんです。 それが何だっていうと、何でも
私、外では飲まないんです。暖簾はくぐりますが、飲みません。大好きな飲み物は、ミックスジュースです。とあるチェーン店にあるミックスジュースと、何本かの焼き鳥、そして、お茶漬け。いつも同じ、この組み合わせなんです。 それが何だっていうと、何でも
路上、作業着の色、群青。汗の臭いは、今日も生きた証。すれ違う度に避ける必要はなし。怪訝な表情をされるのは慣れた。 価値を決めるのは、自分ではなくて、初めて会う誰かの感情。そんなこと、もっと早く知っていれば、いくつか間違えずには済んだ。そんな
最近、心から、本当に笑ったことありますか?大人になると、作った表情ばかりを身体が覚えてしまって、自分が誰なのか、分からなくなってしまうとき、ありませんか? もう今は、笑顔って、自分を守るためにあると思っていて、笑うから、何とかその場を乗り越
帰り道、陽が落ちるこの時間は、川の上に掛かっている高架線に車両が通ると、いつも吠えている犬がいるんです。同じ毎日は何となく日々の中に溶け込んでいて。だから、「あっ、今日は吠えていないな」って。身体は覚えていて、いつもと違うと気付くんです。け
もう夕方、1日は、とても早くて。こんな毎日を過ごしているうちに、いや。少し恐いんです。こうして毎日が過ぎていって、眠りにつくとき、明日も本当に、今日と同じように。 平穏な日々を願っているのに、退屈な毎日に不安を抱えて。私は不幸だとか、幸せだ
実名で書く必要なんかないんです。適当な、思いついた名前。ペンネームですから、十分です。最近、思うんです。紙の手紙とかで書く事がなくなって、ましてや、いまや「書く」と言うことでいいのか。正確には、ラップトップのキーボードに只々「打つ」場合もあ
何をやっても上手くいかない時はあるというもので そんな時こそ 足掻くのを少しやめてみたりするんです 頼りにしてた希望は砕け散るときがあるから ピアノ線ほど細い期待すらしないほうが良いと知ったとき 真っ白で純白な ありのままに映った世界を見る