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文学のお散歩 https://masapn2.hatenablog.jp/

東京近郊、近代文学を中心に作家、作品ゆかりの地をご紹介します。

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2022/08/23

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  • 「芥川龍之介記念館」只今建設中!∼その2

    来年7月24日開館予定の「芥川龍之介記念館」。 養生も外れ外観が露わになりました! よくありがちな記念館の箱物感はなく、在りし日の芥川邸の面影を伝える建物になっています。 用地取得から今年で8年。 ようやくここまでたどり着きました。 来年の開館が楽しみです♡ masapn2.hatenablog.jp masapn2.hatenablog.jp masapn2.hatenablog.jp 芥川龍之介記念館(建設中) 東京都北区田端1-20-20 ランキングに参加しています。ポチっとしていただけると嬉しいです。 ご覧いただきありがとうございました。 にほんブログ村 本・書籍ランキング

  • 「タバタブンガクヒストリー」展~於:田端文士村記念館

    只今、田端文士村記念館では「タバタブンガクヒストリー」展開催中です。 明治以降、西洋文学の流入とともに発展してきた日本近代文学。 田端には、言文一致体に挑戦した二葉亭四迷、冒険小説やSF小説の祖押川春浪、洗練された短編小説の名手芥川龍之介、近代詩に革命をもたらした萩原朔太郎、プロレタリア文学の中野重治などなど、近代文学界に名を馳せた多くの文士たちがいました。 本展は、そんな田端文士村で切磋琢磨しあってきた田端文士たちの活躍ぶりを、数々の資料から紹介する展覧会です。 本展は『文豪アルケミスト』とのタイアップ企画展でもあり、文アルのパネルなどもあって、いつもの文士村記念館とはちょっと違う雰囲気も。…

  • 神茂~日本橋 その8

    日本橋「神茂」。 魚の加工品、はんぺんなどの練り物・おでん種のお店です。 江戸時代から続く練り物屋さんで、始祖神崎屋長次郎が大阪より上京してきたのが始まり。 天和3年には五代目神崎屋新右衛門が、日本橋魚市場で鮫を用いて蒲鉾の技術で半ペンを作り始めたのだそう。 明治になると、宮内省の御用を務めるまでになったのだそうです。 日本橋育ちの谷崎潤一郎(明治19.7.24~昭和40.7.30 小説家)の「幼少時代」時代(昭和30.4~31.3 『文藝春秋』)には、 当時は魚肉や牛肉や鶏肉よりも、八百屋物の方が安かったのか、それとも母の好みであったのか、私たちの平生の副食物は主として野菜類であった。蓮根、…

  • 「建築プロムナードー建築特別公開日」~於:慶應義塾大学三田キャンパス

    慶應義塾大学三田キャンパスでは、10月29日~10月31日にかけて「建築プロムナードー建築特別公開日」が開催されます。 日頃は通常非公開の「演説館」や「ノグチ・ルーム」も、室内を見学することができます。 masapn2.hatenablog.jp 年に数日ほどの機会です。 興味のあるかたは、ぜひご覧になってみてください。 入場無料、学食やカフェもご利用いただけます。 受験生の見学にも。 masapn2.hatenablog.jp masapn2.hatenablog.jp 併設の「ミュージアムコモンズ」や「慶應義塾史記念館」「三田メディアセンター」「アートセンター」でも、各種企画展が開催されて…

  • うなぎ喜代川~日本橋 その7

    日本橋小網町「うなぎ喜代川」。 オフィス街の路地裏に、ひっそり佇む老舗うなぎ屋さんです。 創業は明治7年。店名は江戸時代からあったのだそうですが、日本橋に店を構えたのが明治7年で、それを創業年にしているのだそうです。 現在の店舗は昭和2年に建てられたもの。来年で100築年を迎えます。 数寄屋造りのしっとりとした、素敵な和の佇まい。 目まぐるしく変化する日本橋、大都会のオフィス街の中で、ここだけ時が止まっているかのようです。 店内も落ち着いた雰囲気。 「喜代川」の鰻は、日本橋蛎殻町~南茅場町で育った谷崎潤一郎(明治19.7.24~昭和40.7.30 小説家)が、幼いころよく叔父にご馳走してもらっ…

  • 謡曲「砧」の舞台

    福岡県岡垣町波津海岸。 この浜の先は隣町の芦屋。 世阿弥作といわれる謡曲「砧」の舞台となった筑前・芦屋です。 訴訟のため都に上ったまま帰らぬ夫を待つ妻が、中国の蘇武の故事にちなんで砧(布を打って柔らかくする道具)を打ちます。秋のもの悲しさを謡う名曲です。 岡垣町波津海岸は古くから三里松原といって、松林が三里も続く景勝地。戦後は米軍の射爆場となっていた一時期もありましたが、現在はウミガメも帰る穏やかな浜辺です。 波津海岸 福岡県遠賀郡岡垣町波津 ランキングに参加しています。ポチっとしていただけると嬉しいです。ご覧いただきありがとうございました。 にほんブログ村 本・書籍ランキング

  • 「メイゾン鴻乃巣創業の地」~日本橋 その5

    「メイゾン鴻乃巣創業の地」 日本橋小網町、鎧橋のたもとにある「メイゾン鴻乃巣創業の地」。 「メイゾン鴻乃巣」とは、明治43年にこの地で開業した西洋料理店です。 創業者の奥田駒蔵(明治15~大正14 料理人・飲食店経営者)は、横浜のホテルで西洋料理の修行をし、洋行の経験もあるという料理人でした。 看板には「西洋料理 鴻乃巣 KONOSU、FIRST CLASS BAR」。 「鴻乃巣」というのは、駒蔵の故郷京都にある「鴻ノ巣山」と呼ばれた丘にちなんでいるのだそうです。(注:埼玉県の鴻ノ巣説もあるようですが京都のようです。) 「メイゾン鴻乃巣」は当時、正装しなくても普段着で入店できる数少ないフランス…

  • 丸善∼日本橋 その4

    「丸善」 福澤諭吉(天保5.12.12(陰暦)~明治34,2,3 啓蒙思想家・教育者)門下の早矢仕有的(天保8.8.9(陰暦)~明治34.2.18 実業家・医師)が、明治2年横浜に「丸屋商店」として創業した書店「丸善」。 「丸善」という屋号は、早矢仕が師である福澤諭吉とともに考案したもので、「丸善」の「丸」はもとは「珠」で地球を意味しており、「善」は早矢仕の恩人の名から1字取った「丸屋善八」という架空の人物を名義人としたことから、「丸善」とつけられたのだそう。 現在の「丸善」日本橋店。 お向かいは、レトロで豪華な建物が美しい高島屋です。 創業当初からまだ珍しかったアルファベットの看板を掲げた「…

  • コーチャンフォー若葉台店

    「コーチャンフォー若葉台店」 夏休みなので、ちょっと遠くまで足を伸ばして、東京都稲城市にある「コーチャンフォー若葉台店」へ。 ずっと気になっていた、郊外型超大型書店です。 売場面積はなんと2000坪! 見よ!この壮大な書棚の連なりを! 文庫本は、岩波文庫をはじめとする26種のレーベルの出版社在庫が、なんと全点揃っています! 文庫本パラダイス! 夢のような本屋さんです。 他店ではなかなかお目にかかれない本も、ここにはあります。 そしてなによりネット検索では味わえない、壮観な書籍探索がリアルで楽しめます。 書籍のみならず文具、音楽、映像、北海道物産の売り場、カフェ(ドトールが226席)もあり、それ…

  • 「芥川龍之介 百回忌によせてー『河童忌』を振り返るー」展~於:田端文士村記念館

    只今、田端文士村記念館では「芥川龍之介 百回忌によせてー『河童忌』を振り返るー」展開催中です。 昭和2年7月24日、田端の自宅で自らの生涯の幕を閉じた芥川龍之介。 その命日は、芥川が小説や俳句、絵に河童を好んで描いたことから「河童忌」と呼ばれています。 「河童忌」には毎年、芥川の友人をはじめ先輩、後輩、出版関係者などが集い、故人を偲ぶ会が催されていたのだそうです。初期のころの会場は、芥川が結婚披露宴を行い、また田端文士たちの集った「道閑会」の会場でもあった、芥川家からもほど近い料亭天然自笑軒でした。 もう百回忌。芥川が亡くなった夏も今夏のように、35度を超える猛暑日続きだったそうです。 本展で…

  • 「夏目漱石『こころ』とその時代」展~於:日本近代文学館

    只今、日本近代文学館では「夏目漱石『こころ』とその時代」展開催中です。 本展は、作中の印象的な一節の背景を示す資料や、「こころ」が長く読みつがれた歴史を紹介する展覧会。 「こころ」冒頭の鎌倉由比ヶ浜での海水浴、若かりし先生が友人Kと下宿した軍人未亡人家庭、当時の街並みetc。数々の資料から時代の雰囲気を伝えていきます。 また、同時代評や後世の映画化作品・戯曲、国語教科書などから作品が与えた影響の大きさも振り返ります。 漱石がみずから装丁したこだわりの『心』初版本見返しには、ミュージシャン坂本龍一の辞世の詞ともなった「ars longa, vita brevis(芸術は長く、人生は短し)」の印字…

  • 「近代文学でよむ 文の京の坂と名所」展~於:森鷗外記念館

    やっと行けた観潮楼! 只今、森鷗外記念館では「近代文学で読む 文の京の坂と名所」展開催中です。 文の京・文京区。 東大を擁するこの地には文学を志す青年が多く住み、この地を舞台に多くの文学作品が生み出されてきました。鷗外·漱石·鏡花·乱歩…etc。 根津神社や小石川植物園、団子坂や新坂など、明治の頃から人々に親しまれてきた名所や坂も多い文京区。土地と文士にまつわるエピソードを取りそろえた展覧会です。 masapn2.hatenablog.jp 観潮楼で展示を観たあとはモリキネカフェでひと休み。 展覧会コラボの「坂のケーキ」をいただきました。 文の京の坂をイメージしたこのケーキ。ホントに坂になって…

  • 「ガリヴァーと奇想天外!ワンダーランド」展~於:慶應義塾ミュージアムコモンズ

    只今、慶應義塾ミュージアムコモンズ(KeMco)では、「ガリヴァーと奇想天外!ワンダーランド 18世紀イギリスのはじける好奇心」展開催中です。 世界各国語に翻訳され、300年に渡り大人から子どもまで、あらゆる層に愛読されてきた『ガリヴァー旅行記』。 リリパット国、ブロブディンナグ国、ラピュータ、バルニバービ、ラグナグ、グラブダブドリッブ、フウヌイム国各地を遍歴するガリーヴァーの旅。 変幻自在な視点。あらゆるものを多義的に、あらゆる角度から見ようとする好奇心に満ちた物語は、時を経てもなお人々の心を惹きつけてやみません。 実は鎖国中の日本にも来ていたことは、我ら本国日本でも意外と知られていなかった…

  • 国宝指定記念「論語疏」特別展示~於:福沢諭吉記念慶応義塾史展示館

    只今、福澤諭吉記念慶應義塾史記念館では、この春国宝に指定された、義塾所蔵の「論語疏 巻第六」が期間限定で公開されています。 「論語」の註釈書である「論語疏」。 この巻物は、中国梁時代·6世紀頃の写本で、日本に伝来したのは7∼9世紀頃とされています。 「論語」に関する世界最古の紙の写本です。 東アジアの学問交流の跡を、間近で見られる貴重な機会です。 国宝指定記念「論語疏」特別展示、会期はあとわずか!今週末6月13日土曜日まで。 福沢諭吉記念慶應義塾史展示館 東京都港区三田2-15-45 慶應義塾大学三田図書館旧館2階 ☎0354271200 https://history.keio.ac.jp …

  • 木村屋總本店 銀座本店

    「木村屋總本店 銀座本店」 いわずとしれたあんぱんの元祖「木村屋」。 明治2年、東京芝日蔭町に木村安兵衛(文化14.6.20(陰暦)~明治22.7.26 実業家)が「文英堂」として開店したのが始り。 その後京橋区尾張町に移転し「木村屋」と改名、明治8年から銀座4丁目の現在の地で営業を始めました。 木村安兵衛の考案した「酒種あんぱん」は、明治天皇にも献上されすっかり名物に。 (泉鏡花) 文士の間で「木村屋」のあんぱん好きといえば泉鏡花(明治6.11.4~昭和14.9.7 小説家)。 大好物だったそうですが大の潔癖症だった鏡花。あんぱんも炙ってからでないと食べられなかったそうです。 銀座の本店では…

  • 三省堂書店神田神保町本店

    三省堂書店神田神保町本店。 明治14年に亀井忠一(安政3.6.30(陰暦)~昭和11.1.30 実業家)・亀井万喜子(安政2.3.6(陰暦)~2.3.24 実業家)母子が、神田神保町に古書店として開業したのが始まり。 明治16年に新刊書店に変更し、現在に至っています。 昭和56年に竣工した本店を、全面改築のため令和4年に閉店していたところ、今年(令和8年)3月にリニューアルオープン。大きな話題となりました。 「知の渓谷」というすり鉢状の斬新な1階フロアー。 1階には神保町らしく、アウトレットや古本のコーナーもあります。 3階には「三省堂歴史ギャラリー」。 そして「喫茶ちそう」もあり、ゆっくり本…

  • 『見て楽しむ 奈良絵本·絵巻』展~於:八木書店

    只今、神田神保町八木書店では『見て楽しむ 奈良絵本·絵巻』展開催中です。 慶應義塾大学名誉教授石川透先生の新著『見て楽しむ 奈良絵本·絵巻』の関連展示会。 石川先生ご所蔵の奈良絵本·絵巻がズラリと並ぶ、鮮やかで楽しい展覧会です。 日本における絵本のはじめとされる「奈良絵本」。 「浦島太郎」や「竹取物語」、「酒呑童子」「羅生門」といった、お馴染みのお話の絵本化の源流を見ることができる貴重な展覧会です。 お伺いした日は石川先生もご在廊でした。 神保町古本屋めぐりとともに、絵本の源流をたどる展覧会はいかがでしょうか。 入場は無料です。 『見て楽しむ 奈良絵本·絵巻』展、会期は6月13日(土)まで。 …

  • 「夏目先生 漱石の教師時代」展~於:漱石山房記念館

    只今山房記念館では「夏目先生 漱石の教師時代」展開催中です。 11年間の職業作家時代よりも、実は教師時代の方が長かった漱石。 東京専門学校・東京高等師範学校・松山中学・五高・一高・帝大、そして明治大学で教鞭を取った期間はのべ15年間に及びます(江東義塾のバイトも含めばもっと)。 教材・教授法に工夫を凝らしたり、苦学生のために奔走したりと、学問的にも人格的にもかなり良い先生だったようです(見習わねば💦)。 教職を辞したあとも木曜会に集う若者は絶えることなく、たくさんの精鋭を世に送り出しました。 山房で展示を観たあとはCAFE SOSEKIでひとやすみ。 「バターケーキセット」をいただきました。 …

  • 「私たちの永井荷風ー永井荷風文学賞創設記念特別展」~於:慶應義塾三田メディアセンター

    只今、慶應義塾三田メディアセンターでは「私たちの永井荷風ー永井荷風文学賞創設記念特別展」開催中です。 「永井荷風文学賞」は、2025年に慶應義塾三田文学会と、荷風が晩年を過ごした市川市の協働で創設された文学賞で、本展はその創設を記念した展覧会になります。 明治43年、森鷗外や上田敏らの推薦を受け、慶應義塾の教授に就任した永井荷風。 同年には雑誌『三田文学』を創刊し、慶應文科の刷新におおいに貢献することになりました。 本展では荷風の著書や手書き原稿、書簡等を展示し、その仕事と交友・人となりにせまります。 圧巻は通称「胡蝶本」といわれる、橋口五葉装幀による美麗な全24冊からなる文学叢書。『三田文学…

  • 「漱石の越後屋」と「漱石名作の舞台」~日本橋その3

    呉服商・越後屋を前身とする日本初の百貨店「三越百貨店日本橋本店」の屋上には、 「漱石の越後屋」という文学碑があります。 なぜに「漱石の越後屋」なのかというと、夏目漱石(慶応3.1.5(陰暦)~大正5.12.9 小説家)の小説にはしばしば「越後屋」「三越呉服店」が登場するから。 自伝的色合いの濃い「道草」(大正4.6.3~9.14 『朝日新聞』)には、 然し健三に対する夫婦は金の件に掛けて寧ろ不思議な位寛大であつた。外へ出る時は黄八丈の羽織を着せたり、縮緬の着物を買ふために、わざわざ越後屋迄引つ張つて行つたりした。其越後屋の店へ腰を掛けて、柄を択り分けてゐる間に、夕暮の時間が逼つたので、大勢の小…

  • 『「円本」から読む日本近代文学』展~於:日本近代文学館

    只今、日本近代文学館では『「円本」から読む日本近代文学』展開催中です。 今から百年前、大正時代が終わりを迎えようとする大正15(1926)年12月。 t 改造社主であった山本実彦の発案で、一冊一円、予約販売方式の文学全集『現代日本文学全集』全37巻・別冊1巻が刊行開始となりました。 単行本が一冊約二円以上した時代に、一冊一円の廉価版文学全集の刊行は革新的で、たいへん好評を博し、以後新潮社や春陽堂など他社も追随する「円本ブーム」が巻き起こります。 百年前の出版流通事情を大きく変えた「円本ブーム」。 本展では、書籍の大衆化をもたらした「円本」の販売計画や、文士たちがかりだされ全国各地で行われた広告…

  • 日本橋~その2:日本橋の甘味処

    大の汁粉好きで「しるこ」(昭和2.6.1『スヰート』)というエッセイまで書いた芥川龍之介(明治25.3.1~昭和2.7.24 小説家)は、よく親しい友人を汁粉屋に連れて行っていたのだそうです。 (芥川龍之介) エッセイ「しるこ」には、 震災以来の東京は梅園や松村以外には「しるこ」屋らしい「しるこ」屋は跡を絶って しまつた。その代りにどこもカツフエだらけである。僕等はもう広小路の「常盤」にあの椀になみなみと盛つた「おきな」を味ふことは出来ない。これは僕等下戸仲間の為には少なからぬ損失である。のみならず僕等の東京の為にもやはり少なからぬ損失である。 と冒頭に書かれていて、関東大震災以後、すっかり汁…

  • 日本橋~日本橋その1:泉鏡花の『日本橋』

    ♪ お江戸日本橋七つ立ち~ ♪ 民謡「お江戸日本橋」でも知られる日本橋は、江戸時代からの日本の交通の要所。 寛永6年に五街道(東海道・中山道・日光街道・奥州街道・甲州街道)の起点と定められ、以来物資や人々が行きかう流通・商業の中心地として賑わってきました。 日本橋が最初に架橋されたのは慶長6年。徳川家康(天文11.12.26(陰暦)~元和2.4.17(陰暦) 江戸幕府初代将軍 )が、江戸に幕府を開いた翌月だったそうです。その後何度も火災にあい、江戸時代に架け替えられたのは、なんと17回にもわたるのだそう(16回という説も)。 現在の橋は20代目(19代目という説も)。明治44年にこれまで木造の…

  • 「文学の森へ 神奈川と作家たち 第2部 芥川龍之介から中島敦まで」展~於:神奈川近代文学館

    只今、神奈川近代文学館では「文学の森 神奈川と作家たち 第二部 芥川龍之介から中島敦まで」展開催中です。 本展は本館の冬季常設展の第2部。 芥川龍之介の衝撃的な自死に始まった激動の時代の文学を、13人の作家たちを中心に紹介しています。 新収蔵資料である中原中也の詩稿「月」「黄昏」の展示も。 刊行前の『山羊の歌』収録の詩を、雑誌「日本歌人」のために書き写して送ったと考えられる原稿です。 同時開催は「没後50年 平井呈一」展。 小泉八雲の翻訳でも知られる平井呈一ですが、実父は文士の顧客も多いあの上野の菓子舗「うさぎや」店主谷口喜作だったのだそう。いろんなところで繋がってるもんなのだなと感心してしま…

  • 榛原

    日本橋「榛原」。 文化3年創業の老舗和紙店です。 職人の手作りによる和紙、木版刷の金封や便箋、千代紙など暮らしの和紙製品を製造販売しています。 上質な雁皮紙は墨ののりがよいと、古くから文人墨客に愛用されてきたのだそう。 河鍋暁斎(天保2.4.7(陰暦)~明治22.4.26 浮世絵師・日本画家)や川瀬巴水(明治16.5.18~昭和32.11.27 浮世絵師・版画家)、竹久夢二(明治17.9.1..6~昭和9.9.1 画家・詩人)など、当代きっての人気絵師たちによる、洒落たデザインの商品の数々も当時の乙女心をくすぐり、人気を博していたそうです。のち夢二が同じく日本橋で人気店となる「港屋絵草紙店」を…

  • 「馬の跳ねる空き地」展~於:慶應義塾ミュージアムコモンズ

    只今慶應義塾ミュージアムコモンズ(KeMco)では「馬の跳ねる空き地」展開催中です。 KeMcoの新春恒例企画干支空き地シリーズ。 午年である今年は、義塾所蔵の馬に関する様々な書籍·書画·出土品、幼稚舎の雑誌『仔馬』などなどを展示しています。 古今東西のいろんな馬を楽しめる展覧会です。 記念のポストカードや、中等部書道部の生徒たちの手による馬のスタンプ、 その他、大学生による趣向を凝らした楽しい企画も用意されています。 また旧図書館内カフェ八角塔では、「馬の跳ねる空き地」展とコラボした「Hours of Sweetness-キャロットケーキ-」の提供も。 「馬の跳ねる空き地」展会期は2月7日(…

  • 教文館

    僕等はいつか教文館の飾り窓の前へ通りかかつた。半ば硝子に雪のつもつた、電燈の明るい飾り窓の中にはタンクや毒瓦斯の写真版を始め、戦争ものが何冊も並んでゐた。僕等は腕を組んだまま、ちょつとこの飾り窓の前に立ち止まつた。 芥川龍之介(明治25.3.1~昭和2.7.24 小説家)の「彼 第二」(昭和2.1.1『新潮』)にも登場する銀座の老舗書店「教文館」。 明治24年にキリスト教伝道のための書籍·印刷物を出版·販売する目的で、この地に開業されましました。 現在もキリスト教関連の書物を中心に、一般書、雑誌、文具、雑貨、子どもの本のみせ「ナルニア国」、カフェ「きょうぶんかん」と、充実のラインナップを揃える…

  • 文豪クリームソーダ

    「文豪クリームソーダ」 恒例となった丸善ジュンク堂書店の「文豪クリームソーダ」。 今年は「文豪ストレイドッグス」とコラボレーションでの開催です。 芥川龍之介の「羅生門」、中島敦の「山月記」、太宰治の「人間失格」をイメージしたクリームソーダが提供されています。 いただいたのはもちろん「羅生門」ソーダ! 前回の「杜子春」は逃してしまったので、今回はいただけて良かった。 「ラズベリーの赤が竹炭の黒を溶かす、その一瞬のコントラスト」を、ザラメは「焦がれるほどの憧れ」を表しているのだそう。竹炭の黒が「黒洞々たる夜」なのかな?「焦がれるほどの憧れ」って?? 対象店舗は、丸善 丸の内本店、丸善 ラゾーナ川崎…

  • 「吾輩ハ猫デアル」展~於:漱石山房記念館

    「漱石猫」↓に会いたくてwやっと行けた漱石山房。 只今漱石山房記念館では「吾輩ハ猫デアル」展開催中です。 「猫伝」発表120周年を記念しての特別展。 高浜虚子の勧めで始まった執筆経緯や、橋口五葉とのこだわりの装丁、猫の死亡通知葉書などなど見どころたくさんの展覧会。 SNS投稿やアンケート回答でいただける山房のポストカードや、小泉八雲のコミック冊子も。 展示をみたあとは久しぶりに猫さんのお墓参り。 漱石の猫塚 残念ながら観覧後いつも立ち寄る「SOSEKI CAFE」が、お休みの日にしか行けなかったけれど、秋の山房は秋海棠の黄葉が盛り。 くまモン15thとのコラボ装飾も。 「吾輩ハ猫デアル」展会期…

  • 高木薬局

    「高木薬局」 菊池寛の『第二の接吻』(『東京朝日新聞』『大阪朝日新聞』 大正14.7.30~11.4)にちらりと登場する白山上の薬局は、先の「南天堂書房」のすぐそば。 masapn2.hatenablog.jp あんまり、時間が経たないので白山の坂上まで散歩に行った。近頃流行って来た薬屋兼業のカフェで時節には早いアイスクリームを食べて帰って来ると、八時三十分である。(最初の接吻一) と、主人公村川が恋しい倭文子に逢う前の、待ち遠しい時を過ごした薬局です。 薬局兼カフェとは妙な取り合わせに見えますが、当時は体に良いと平野水·炭酸水が薬局で売られ、資生堂ソーダファウンテンのような、ハイカラなアイス…

  • 南天堂書店

    「南天堂書店」 文京区白山上にある書店です。 古くは1階が書店、2階が喫茶で、大杉栄(明治18.1.17~大正12.9.16 社会運動家・思想家)や伊藤野枝(明治28.1.21~大正12.9.16 女性解放運動家)らアナーキストらが集い「南天堂時代」とも称される一時代を築いていたのだそう。 土地柄、永井荷風(明治12.12.3~昭和34.4.30 小説家)·志賀直哉(明治16.2.10~昭和46.10.21 小説家)·菊池寛(明治21.12.26~昭和23.3.6 小説家・劇作家)·芥川龍之介(明治25.3.1~昭和2.7.24 小説家)などなど、文士も多く来店し、2階のカフェーでは林芙美子(…

  • 観潮楼のいちょうサブレ

    「観潮楼のいちょうサブレ」 観潮楼(森鷗外記念館)を出たあと、本駒込·白山方面へ向かい白山の洋菓子屋さん「ル・ボン・ヴィヴァン」へ。 文京区の「文の京(ふみのみやこ)ゆかりの文人銘菓」のひとつ「観潮楼のいちょうサブレ」を購入しました。 サクッとしたサブレ生地に、オレンジピール入りのクリームがサンドされた、可愛らしい銀杏形のサブレは、文字通り「観潮楼(森鷗外旧居)」に鷗外居住時から植わっている大きな銀杏の木の葉を模したものです。 ル・ボン・ヴィヴァンさんは、白山で人気の洋菓子屋さん。鷗外記念館内のモリキネカフェにお菓子を提供することもあるお店です。 「観潮楼のいちょうサブレ」の他にもおいしそうな…

  • 「鷗外·最後の4年間-帝室博物館総長兼図書頭·森林太郎」展~於:森鷗外記念館

    只今、森鷗外記念館では「鷗外·最後の4年間-帝室博物館総長兼図書頭·森林太郎」展開催中です。 軍医のトップ陸軍軍医総監を退任した翌年、東京帝室博物館(現·東京国立博物館)総長と宮内省図書寮図書頭を兼任した鷗外の、最晩年にフォーカスした特別展。 宮内庁提供の公文書類と鷗外記念館所蔵の数多くの資料から、晩年の鷗外の精力的な仕事ぶりに迫ります。 展示品のなかには鷗外が皇室関係の行事で着用した、いまだ金糸の色鮮やかな大礼服も。 鷗外記念館で展示をみたあとはモリキネカフェでひと休み。 「秋の正倉院セット」をいただきました。 鷗外が曝涼(虫干し)に立ち会った正倉院をイメージした練切は、鷗外の父が営んだ医院…

  • 「北澤楽天と近代日本~福澤諭吉、MANGAの扉をひらく」展~於:福澤諭吉記念慶應義塾史展示館

    只今、福澤諭吉記念慶應義塾史展示館では「北澤楽天と近代日本~福澤諭吉、MANGAの扉をひらく」展開催中です。 今や世界中で人気を博している日本の漫画。本展はその日本の漫画の先駆者である北澤楽天の展覧会です。 楽天が漫画を連載したのは、福澤諭吉が創刊した日刊紙『時事新報』でした。 鋭い社会風刺と笑いそして家族愛。世代を越え時代を越えて楽しまれる楽天の漫画は、日本人の生活に笑いと家族団欒を創造しようとした福澤諭吉の思想と通じるものがありました。 福澤諭吉と漫画、一見縁のなさそうな取り合わせですが、実はその発展に大いに関わっていた、福澤の意外な一面も垣間見ることができる展覧会です。 楽天漫画と近代日…

  • 「資料が奏でる音の世界 遠山音楽文庫40年記念」展~於:慶應義塾大学三田メディアセンター

    只今、慶應義塾大学三田メディアセンターでは「資料が奏でる音の世界~遠山音楽文庫40年記念」展開催中です。 慶應義塾図書館が所蔵する音楽学の図書、楽譜、オーディオ資料、今年周年を迎えたベートーヴェンやショパンなど有名な作曲家の関連資料などを展示しています。 コレクションの中心はかつて慶應義塾高等学校で教鞭をとっていたこともある音楽評論家遠山一行氏寄贈による「遠山音楽文庫」。リストの直筆楽譜など貴重な資料も展示されています。 メディアセンター(図書館)の利用は塾生·塾員·教職員のみですが、展示室は一般の方もご利用いただけます。 日に日に深まりゆく秋。芸の秋を三田山上で味わわれてはいかがでしょうか。…

  • 「建築プロムナードー建築特別公開日」~於:慶應義塾大学三田キャンパス

    慶應義塾大学三田キャンパスでは、10月30日~11月1日にかけて「建築プロムナードー建築特別公開日」が開催されます。 日頃は通常非公開の「演説館」や「ノグチ・ルーム」も、室内を見学することができます。 masapn2.hatenablog.jp 年に数日ほどの機会です。 興味のあるかたは、ぜひご覧になってみてください。 入場無料、学食やカフェもご利用いただけます。 受験生の見学にも。 masapn2.hatenablog.jp masapn2.hatenablog.jp 併設の「ミュージアムコモンズ」や「慶應義塾史記念館」「三田メディアセンター」「アートセンター」でも、各種企画展が開催されてい…

  • 「嵯峨本の誘惑:豪華活字本にみた夢」展~於:慶應ミュージアムコモンズ

    只今、慶應義塾ミュージアムコモンズ(KeMCo)では「嵯峨本の誘惑:豪華活字本にみた夢」展開催中です。 「日本出版史上最も美しい版本」と称される「嵯峨本」は、江戸時代初期に京都嵯峨の地で刊行されました。 極上の料紙に本阿弥光悦を思わせる活字で印刷された美麗な本が、優美に並ぶ展示室はまさに雅の世界。豪華絢爛な書物にうっとりしてしまいます。 「嵯峨本」の他にも、飯沼観音圓福寺所蔵の「不動明王二童子像」などの寺宝も展示中です。 「嵯峨本」の活字を模したハンコを用いてのブックカバー作りや、豪華図録のプレゼントも。 大学施設ですが、一般の方も無料で観覧できます。 芸術と読書の秋。ぜひ三田山上へいかがでし…

  • 「坂口安吾展 あちらこちら命がけ」~於:神奈川近代文学館

    只今、神奈川近代文学館では「坂口安吾展 あちらこちら命がけ」開催中です。 安吾没後70年を記念しての展覧会。 大胆で自由奔放。豪放磊落なイメージの坂口安吾。その通りなのだけれど、一方では真面目な求道者でもあり、かつ薬中ジャンキーでもあり…という、唯一無二の他に類のない作家。 そんな安吾の、戦前·戦中·戦後を駆け抜けた49年の人生を、直筆原稿や書簡·手帳など豊富な資料とともに辿る展覧会です。 展示室入口には安吾の再現書斎フォトスポットも。 反故紙の山がスゴイ。 写真は撮れなかったけれど、愛用の三つ揃えのスーツやコートからは、大柄な体格も想像でき、リアルに安吾を体感!?できます。 本展覧会編集委員…

  • カフェ・ド・ランブル

    銀座8丁目の奥まったところに、静かにたたずむ「カフェ・ド・ランブル」。 コーヒーだけの喫茶店です。 創業は戦後間もない昭和23年。西銀座の路地裏でのスタートでした。創業者の関口一郎氏は、復員後しばらくの間は映画関係の仕事をしていたようですが、氏のいれるコーヒーが人気で、友人知人の勧めで銀座にコーヒー店をオープンしたのだそう。 当時銀座で最も高いコーヒーが90円だった時代に、なんと100円で販売。いつまで続くやらと噂されたそうですが、当時ではまだ珍しいサイフォンでいれる本格的なコーヒーは評判を呼び、銀座紳士の集うカフェになっていきました。 常連客には、銀ブラの大好きな永井荷風(明治12.12.3…

  • 銀座ハゲ天本店

    三島由紀夫(大正14.1.14~昭和45.11.25 小説家)も通ったという「銀座ハゲ天本店」。 現在では全国各地のデパートや駅ビルにチェーン店がある「ハゲ天」ですが、元は昭和3年に九段下で、「多か良(たから)」という屋号で開店したのが始まり。 しかし、初代店主渡辺徳之治が完全なる「ハゲ頭」!だったことから、お客さんから「ハゲ天」としか呼ばれず、2年後に銀座へ進出するのを機に正式に、屋号を「ハゲ天」と改名したのだそう。 以前は銀座3丁目のガス灯通りに、「ハゲ天タワー」ともいえる1階から4階まで「ハゲ天」の独立店舗が本店として構えていましたが、解体のため令和3年9月からひとつ隣のレンガ通りに移転…

  • 「芥川龍之介記念館」只今建設中!

    北区田端の「芥川龍之介旧居」のすぐ隣に、「芥川龍之介記念館」が建設されています。 masapn2.hatenablog.jp 平成30年の用地取得から苦節7年。コロナ禍を経て、資金不足をクラファンで補い、ようやく去る8月に着工式を迎えた「芥川龍之介記念館」。 masapn2.hatenablog.jp 田端文士村記念館で展示を見たついでに、進捗具合はどうだろうと見てきました。 まだまだ基礎工事の準備段階のよう。 順調に工事が進んでくれることを祈ります。 芥川龍之介記念館(建設中) 東京都北区田端1-20-20 ランキングに参加しています。ポチっとしていただけると嬉しいです。 ご覧いただきありが…

  • 「芥川龍之介 余暇のたのしみ」展~於:田端文士村記念館

    只今、田端文士村記念館では「芥川龍之介 余暇のたのしみー趣味でつながる田端人たち」展開催中です。 俳句や一中節を嗜む文学趣味の色濃い養家で育った芥川龍之介は、古今東西の幅広い文物に通じた小説家であると同時に、多彩な趣味人でもありました。 絵画・芝居・俳句・骨董・・・etc 絵画の腕はかの横山大観から、弟子になったら「三年間みっちり仕込んで必ず者にしてみせる」といわれるほど。 そんな芥川龍之介の趣味について、本店では「第一章 龍之介 知的好奇心の高まり」「第二章 龍之介と田端人たち」「第三章 俳句‐短歌 書画 骨董」「第四章 龍之介 読書と演劇」という構成で、数多くの資料とともに紹介しています。…

  • 番町文人通り

    千代田区番町麹町界隈には、明治~昭和にかけて文士や画家が多く住んだ通りがあります。 「番町文人通り」。大妻通りの一番町20の先から麹町大通に面した麹町6丁目6を東西に結ぶ通りで、通りの名前は有島生馬(明治15.11.26~昭和49.9.15 画家・小説家)の「山の手麹町」(「大東京繁盛記」昭和2.10.19~23『東京日日新聞新聞』)に、「去年、幸田露伴先生が裏の借家を見に来られた時、こゝは文人町ですねといって帰られたそうだが、」とあることに由来するのだそうです。 このあたりは江戸時代旗本屋敷で、手頃な敷地に分割されていたことや、東京の中心で交通の便がよい割には静かな住環境であったことから、多…

  • 「中島敦の手紙展 おとうちゃんからの贈り物」於:神奈川近代文学館

    やっと行けた中島敦展。 只今、神奈川近代文学館では「中島敦の手紙展 おとうちゃんからの贈り物」開催中です。 昭和16年から1年間、南洋庁パラオに国語教科書編纂のため赴任した中島敦。 本展ではパラオ赴任中に、中島敦が家族に宛てた数多くの手紙を紹介しています。 中でもコレクション中核をなすのは、8歳の長男桓、まだ1歳になったばかりの次男格の、二人の子どもに宛てた絵はがき。南洋の珍しい風景や食べ物、動物など子どもの好奇心をそそる便りを、父の留守中の寂しさを埋め合わせようとするがごとく、慈愛に満ちた暖かな筆致で綴っています。一方妻タカへの手紙には、異国の地での孤独、重る持病への不安を赤裸々に、人間中島…

  • 国立公文書館

    国立公文書館。 国の歴史的に重要な資料を保存・管理し、国民の利用に資する機関です。 去る8月某日、この国立公文書館の某業種向けバックヤード見学に参加してきました。 当館の所蔵資料数は、古書古文書約48万冊、行政文書約127万冊、計約175万冊 。 積み上げるとその高さは約74,422mで、エベレストの約8倍強になるといいます。 今回はその膨大な資料を保管する地下書庫や、古い資料の修復作業を見学させていただきました。 残念ながらバックヤードの写真撮影はNGだったので、様子をお見せできないのですが、書庫へは外部からの埃やカビが侵入しないよう、専用のスリッパに履き替えて入室。温度・湿度管理がしっかり…

  • 『鎌倉学散策「川端康成邸 庭園公開」』参加者募集のお知らせ

    10月14日(火)から鎌倉芸術館では、『鎌倉学散策「川端康成邸 庭園公開」』の参加者を募集します。 川端邸にはご遺族がお暮らしなので、邸宅内に入ることはできずお庭だけしか入れないのですが、お庭から邸内の様子を窺わせていただくことはできます。 年に一度ほどしかない貴重な機会です。私も一昨年参加し、とても興味深く拝見してきました。 masapn2.hatenablog.jp 興味のある方はぜひ応募してみてはいかがでしょうか。 申し込みは10月28(火)まで! ランキングに参加しています。ポチっとしていただけると嬉しいです。 ご覧いただきありがとうございました。 にほんブログ村 本・書籍ランキング

  • TULLY’S の文豪ロイヤルミルクティー

    TULLY’S COFFEE &TEA 虎ノ門ヒルズ店。 こちらでは限定の「文豪ラテ・ロイヤルミルクティー」をいただくことができます。 文豪とは有島武郎と石川啄木のお二人で、今回は有島のロイヤルミルクティーをチョイスしました。 フォームドミルクに『生まれ出づる悩み』から、「君よ、春が来るのだ。冬の後には春が来るのだ」の一文がマシーンでプリントされています。 石川啄木バージョンは『一握の砂』から、「長く長く 忘れし友に会ふごとき よろこびをもて水の音聴きく」がプリントされるようです。 近代文学界における貧富格差の象徴のようなこの二人。文豪ラテ、なぜに有島&啄木か、なぜにこの一文か、セレクトは謎で…

  • 銀座立田野 自由が丘店

    暑い夏はかき氷!ということで「銀座立田野 自由が丘店」へ。 明治28年日本橋に元関取の高畑七右衛門竹松が創業した「立田野」。「立田野」という屋号は現役時代の四股名から。あんみつは相撲観戦客への手土産として開発されたのだそうです。 大正13年に銀座へ本店を移し長らく「銀座立田野」として親しまれてきましたが、平成27年に銀座本店が閉店。コロナ禍の先行き不透明さの中、令和3年には各地の全店舗が閉店してしまいました。 けれど復活を望む声を受け、令和5年にnana's green teaを展開している七葉が自由が丘に「銀座立田野 自由が丘店」としてオープン。自由が丘の地で伝統の味を伝えています。 伝統の…

  • 大船軒のサンドウヰッチ弁当

    何ともレトロでかわいいパッケージのお弁当! このお弁当は「鯵の押寿し」で有名な、大船軒の「サンドウヰッチ弁当」。 なんとこのお弁当が、日本初のサンドウィッチの駅弁なのだそうです。 なんでも大船軒創業者の富岡周蔵(文久2~昭和14 実業家)が、明治政府の要人黒田清隆(天保11.10.16(陰暦)~明治33.8.23 軍人・政治家)から薦められ考案したものなのだそうで、発売は明治32年。大船軒創業の翌年になります。 具材はシンプルなチーズとボンレスハムの2種。 発売当初からずっとこの具材を守っているそうで、特にハムの方は、初めは既成のハムを使っていたのだそうですが、自家製にしたところハムの評判がた…

  • 旧大佛次郎茶亭

    鎌倉駅から観光客で賑わう小町通りを抜け、若宮大路の脇道を入っていくと途端に閑静な住宅街になります。古き良き鎌倉の街並みが残る一帯。そこにひっそりと佇む一軒の古民家。 ここは大佛次郎(明治30.10.9~昭和48.4.30 小説家)が、客人をもてなすために昭和27年に取得した鎌倉の別邸「旧大佛次郎茶亭」で、屋敷は大正8年に建てられた物なのだそうです。 大佛没後、遺族によって管理されるも次第に維持するのが困難になり、解体の危機が囁かれましたが、令和2年に大佛次郎保存会により継承され大規模修繕も施され、今の姿に再生されました。 鎌倉を愛し鎌倉に長く住んだ大佛。長谷の大仏の裏辺りに住んでいたことから「…

  • 「森鷗外『舞姫』とその時代」展~於:日本近代文学館

    只今、日本近代文学館では「森鷗外『舞姫』とその時代」展開催中です。 奇しくも⁈鷗外記念館とW開催となっている「舞姫」展。 masapn2.hatenablog.jp こちらは教材としての「舞姫」にフォーカスした展覧会です。 発表から約130年以上がたった令和の今もなお、高校現代文の定番教材であり続けている「舞姫」。もはや現代の高校生には古文にしか見えないww教材だけれども、それでも読み進めていくと興味を惹かれてならないよう。 主人公太田豊太郎の取った決断とその行動について、 「最低!!」 「許せない」 「エリスがかわいそう。」 という否定的意見が主流ですが、 「いや、豊太郎もかわいそう。お母さ…

  • 「龍之介・犀星のもとに集った詩人」展~於:田端文士村記念館

    7月24日は「河童忌」。芥川龍之介の命日です。 (芥川龍之介) 只今、芥川龍之介終の住処の田端にある文士村記念館では、「龍之介・犀星のもとに集った詩人」展開催中です。 大正14年4月、室生犀星を慕って詩人の萩原朔太郎が、田端に転入してきました。それを「田端大いに詩的なり」と喜んだ芥川龍之介。また同時期に芥川を師と仰ぐ堀辰雄も田端に転入し、田端文士村は最盛期を迎えます。 本展はそんな詩的に賑やかだったころの田端文士の交流や詩作の様子を、作家自筆原稿や書簡、出版物などを通して紹介。 また、芥川龍之介が白紙の布装下見本に手描きで記した幻の詩集⁉も初公開中です。 文士村で展示を見た後は、久しぶりに芥川…

  • 「小説『舞姫』をよんでみよう!」展~於:森鷗外記念館

    7月9日は鷗外忌。森鴎外の命日です。 只今森鷗外記念館では鷗外忌によせて、鷗外の遺言書が展示されています。 「森林太郎トシテ死セントス」 鷗外は小説家・詩人・歌人・翻訳家・教育者・陸軍軍医総督・帝室博物館総長兼図書頭・初代帝国美術院院長などなど、さまざまな肩書を持ちそのすべてにおいてトップに立った人物ですが、最後はただ「石見の人森林太郎」として終わりたかった。その由を記した遺言書。もう自分で筆を取ることはできなかったため、親友賀古鶴所による口述筆記で記されました。この遺言書は今月31日まで、常設展示室のデスマスクのお隣りに展示されています。 新しくはじまったコレクション展は「小説『舞姫』をよん…

  • 日比谷松本楼

    日本初の近代西洋式公園である日比谷公園。 開園は明治36年、「公園の父」と呼ばれた、本多静六(慶応2.7.2(陰暦)~27.1.29 林学者・造園家)によって造園されました。 日比谷公園といえば、何といっても野音こと日比谷公園大音楽堂が有名ですが、公園の中ほどに佇む森のレストランといった風情の「日比谷松本楼」も、古くから人気のスポットです。 開業は公園の開園と同じ明治36年。設計も公園と同じ本多静六によるものでした。 夏目漱石(慶応3.15(陰暦)~大正5.12.9 小説家)や高村光太郎(明治16.3.18~昭和31.4.2 彫刻家・画家・詩人)智恵子(明治719.5.20~昭和13.10.5…

  • 「夢みる!歌麿、謎めく?写楽-江戸のセンセーション」展~於:慶應義塾ミュージアム・コモンズ

    今年は大河ドラマの影響で全国的に浮世絵イヤーですが、KeMCo(慶應義塾ミュージアム・コモンズ)でも浮世絵展開催中です。 「夢みる!歌麿、謎めく?写楽-江戸のセンセーション」展。 実は多数の浮世絵を所蔵する慶應義塾図書館。 その中でも本展は、大河ドラマの主人公蔦屋重三郎プロデュースの選りすぐり名品百点をご紹介する展覧会です。 どこぞの大展覧会とは違って小規模ではありますが、その分歌麿も写楽も独り占めしてゆっくり観覧することができます。 うっとりとするような歌麿の超絶の美人画、奇抜な写楽の役者絵、同時代のライバル絵師たちの共演を楽しみ尽くす豊かな時間。 会場各所に置いてある塾生が作成したリーフレ…

  • 旧江戸川乱歩邸

    立教大学池袋キャンパス内にある「旧江戸川乱歩邸」が改修工事を終えリニューアルオープンしました。 昭和9年から亡くなるまでの約30年間をこの池袋の家で過ごした江戸川乱歩(明治27.10.21~昭和40.7.28 小説家)。 改修された邸宅は、乱歩お気に入りの客間や、 晩年書斎&寝室にした和室などが再現され、乱歩のこの家での暮らしぶりが窺えるようになっています。 そしてなんといっても、乱歩邸といえばこの土蔵! 引越し魔だったという乱歩が、この家に30年も住み終の棲家にしたのも、この土蔵の魅力に憑り着かれてのこと。 見学は残念ながら中には入れず、ガラス越しに見るだけですが、それでも圧倒されるこの存在…

  • 精養軒

    渡辺参事官は歌舞伎座の前で電車を降りた。 雨あがりの道の、ところどころに残っている水溜まりを避けて、木挽町の河岸を、逓信省の方へ行きながら、たしかこの辺の曲がり角に看板のあるのを見たはずだがと思いながら行く。 ・・・(中略)・・・ 果たして精養軒ホテルと横に書いた、割りに小さい看板が見附かった。 (森鷗外) これは森鷗外「普請中」(明治43.6.1『三田文学』)の冒頭部分です。 ここに記されている「精養軒ホテル」というのは、東京で初めての西洋料理店「精養軒」。12の客室も併せ持つホテル・レストランで、外国人宿泊客のもてなしや、西洋料理の出前、外国貴賓との交流がある日本人への西洋文化の指導などに…

  • 「白秋万華鏡」展~於:日本近代文学館

    只今、日本近代文学館では「白秋万華鏡」展開催中です。 やっと行けた白秋展! 今年は北原白秋生誕140年のメモリアルイヤー。本展はその周年記念の展覧会です。 木下杢太郎が白秋の『邪宗門』をして「万華鏡」と評した通り、詩、短歌、童謡、新民謡、出版社アルス創設などなど、まさに万華鏡のような多面体の活動を行った白秋。 本展はその白秋の文学活動を、初期から晩年まで時系列で紹介。装丁にもこだわり抜いた『邪宗門』の構成綴など、新発見資料の展示もあります。 展示室奥に進んで行くと、静かなはずの展示室内でなにやらず~っとおじさんの話声。なんだろうと思っていると、それはなんと白秋の声!自身による自詩の朗読録音が常…

  • 漱石·子規·鷗外 文豪たちの自筆展~於:神田・天理ギャラリー

    只今神田·天理ギャラリーでは「漱石·子規·鷗外 文豪たちの自筆展」開催中です。 漱石·子規·鷗外、明治を駆け抜けた日本近代文学の先駆者たちの自筆原稿の展覧会。 親友である漱石と子規の往来書簡や、当館初収蔵の「坊っちゃん」の生原稿(漱石がまだ「嗽」石と書いてある)など貴重な資料を通して三者の交流や創作の跡を辿ります。 私的には以前に見ていたつもりでいた?鷗外の「魔睡」の原稿、初めて見たかも!?紙がずいぶん茶色いのにびっくり!鉛筆書きだから字もうすうす。大切に保管し続けてもらいたい貴重な資料です。 小さな展覧会ですが、珍しい展示もあります。機会があればぜひどうぞ。 「漱石·子規·鷗外 文豪たちの自…

  • 田村町木村屋

    前回の神保町「はちまき」からの乱歩つながりで、今回はスイーツを。 地下鉄内幸町駅出てすぐの「田村町木村屋」。 江戸川乱歩(明治27.10.21~昭和40.7.28 小説家)ゆかりの洋菓子・喫茶店です。 明治33年に、あのあんパンの「銀座木村屋」から暖簾分けをして開業したのだそう。 「田村町」と屋号に付いているのは、昔はこの辺りを「芝田村町」と呼んでたからなのだそうです。 パン屋さんからの暖簾分けなので、もちろん木村屋の食パンなどもありますが、こちらのお店は洋菓子中心。ショーケースにはバタークリームのケーキなどレトロでかわいらしいケーキがズラリと並んでいます。 中でもいちばん古くからあるというの…

  • 神保町天麩羅はちまき

    神田・神保町。古本屋街の東、すずらん通り沿いにある老舗天麩羅屋「はちまき」。 ここは江戸川乱歩(明治27.10.21~昭和40.7.28 小説家)や井伏鱒二(明治31.2.15~平成5.7.10 小説家)が、贔屓にしていたことで有名な天麩羅屋さんです。 創業は昭和6年。神田・末広町「魚安」で腕を磨いた青木寅吉が、同じく神田・富山町で開店したのが始まり。けれど戦災で焼失してしまい、昭和20年に現在の神保町で再スタートし現在に至っています。 現在の店主は3代目。 「はちまき」は東京作家クラブの定例会「二七会」の会場にもなっていたのだそうです。 (前列左から3番目白いはちまきの人物が創業者青木寅吉、…

  • 『本を捧ぐ 鷗外と献呈本』展~於:森鷗外記念館

    只今、森鷗外記念館では『本を捧ぐ 鷗外と献呈本』展開催中です。 鷗外の妻・志げが「宅では本が箪笥を追い出します」と話していたほど、鴎外の居宅・観潮楼には本が溢れていました。 小説家であり医者でもあった鷗外の蔵書は、文学、医学、哲学、歴史、自然科学、美術など多岐にわたりますが、その膨大な蔵書の中には、「献呈本」という他者から贈呈ざれた本も数多くありました。 北原白秋、木下杢太郎、石川啄木など、若い文士は自著を鷗外への敬慕を感じさせる献辞とともに献呈し、評論家・内田魯庵や美術史家・大村西崖らは、鴎外が興味を示しそうな本を贈っています。 また、鴎外と文壇の両雄をなす夏目漱石とも自著の献呈しあいがあり…

  • ぽん多本家

    上野の老舗洋食店「ぽん多本家」。 こちらは川端康成(明治32.6.14~昭和47.4.16 小説家)や池波正太郎(大正12.1.25~平成2.5.3 小説家)が贔屓にしていたお店なのだそうです。 創業は明治38年。 宮内省大膳寮で西洋料理を担当していた島田信二朗氏が開業しました。現在の店主は4代目なのだそうです。 外から中の様子が見えないので一見さんには入りにくい雰囲気ですが、思い切って入店! 重厚な玄関を入ると(とっても重い扉!)4席のみのカウンター。 とっても静かな店内。 カウンター越しの厨房では、3名の職人さんが黙々と仕事をされています。 客席は2階がテーブル席、3階がお座敷になっている…

  • 「異端の奇才ビアズリー展」~於:三菱一号館美術館

    只今、三菱一号館美術館では「異端の奇才ビアズリー展」開催中です。 トーマス・マロリーの『アーサー王の死』やオスカー・ワイルドの『サロメ』の挿絵で一躍有名になった挿絵画家オーブリー・ビアズリーの展覧会。 蝋燭の光を頼りに、精緻な線描や大胆な構図のモノクロの色彩からなる、洗練された耽美的な作品を描いたオーブリー・ビアズリー。 革新的な文芸雑誌『イエローブック』の美術編集者に抜擢されなど、時代の寵児としての活躍をみせたビアズリーでしたが、ワイルドが同性愛の科で逮捕されるとその余波で職を失い、その後起死回生を図るも、困窮の中わずか25歳で夭折。本展はそのビアズリーの初期から晩年までの作約220点を、時…

  • 根津神社の「つつじまつり」

    只今、文京区根津神社では「つつじまつり」開催中です。 まだ満開というわけではないけれど、けっこう花開いていました。 境内の西側につつじ園があり、100種3000株のつつじが色とりどりに咲き誇っています。 新緑と赤鳥居とのコントラストも美しく(満開だったらもっとキレイだったな💧) 平日でも多くの花見客で賑わっていました。 江戸時代から植えられていたという根津神社のつつじ。近くに住んでいた森鷗外や夏目漱石も、きっと愛で楽しんだことでしょう。 masapn2.hatenablog.jp 今年はまだまだこれから、花の見ごろが続きそうです。 根津神社 東京都文京区根津1-29-9 ☎0338220753…

  • 常盤会:旧久松邸~正岡子規居住跡

    日本橋浜町にひっそりと佇む「常盤会ー久松邸跡ー」の看板。 常盤会とは、旧伊予松山藩主久松家によって設立された、在京の旧藩士子弟たちの学習援助組織。日本橋浜町に屋敷を構えていた、久松家の邸内に設置されていました。 常盤会は、在京の旧藩士子弟たちに旅費や学費を支援。東京で勉学に励む学生たちの心強い後ろ盾となっていました。 初代給費生の中には、松山を代表する俳人で歌人の正岡子規(慶応3.9.17(陰暦)~明治35.9.19)も。 (正岡子規) 子規は明治16年6月に、松山から単身上京したあとここ浜町久松邸の書生部屋に、しばらくの間寄寓していたのだそうです。 その後常盤会は給費生たちの便宜をはかって、…

  • 太田の原(千駄木ふれあいの杜)

    千駄木、藪下通りから西に入り、 masapn2.hatenablog.jp 何やら新旧綯交ぜになった階段を登り、 その左を、これまた趣のある古い石段を下っていくと・・・ 「千駄木ふれあいの杜」という公園に辿り着きます。 ここは江戸時代、太田摂津守の屋敷であったところで、廃藩後は材木が散在し「太田の原」と呼ばれていたところ。 夏目漱石(慶応3.1.5(陰暦)~大正5.12.9 小説家)が住み、「吾輩は猫である」(明治38.1~39.8 『ホトトギス』)を執筆した千駄木の家(通称猫の家)からもほど近く、「猫伝」の冒頭で吾輩が捨てられていたところでもありました。 ふと気が付いて見ると書生は居ない。沢…

  • 「坂本龍一 音を視る 時を聴く」展~於:東京都現代美術館

    只今、東京都現代美術館では「坂本龍一 音を視る 時を聴く」展開催中です。 音楽家故坂本龍一氏の展覧会。当ブログのコンセプト「文学散歩」とは一見無縁な感じがしますが、読書好きとしても知られている「教授」こと坂本龍一。 本展は夏目漱石の「夢十夜」、能の「邯鄲」、荘子の「胡蝶の夢」にインスピレーションを受けた映像に教授の音楽がのせられていたり、文学との融合もある豊かな展示でもあるのです。 教授が作曲するさい、参考にしていた本の展示も。 教授の辞世の言葉「ars longa,vita brevis(芸術は長し、人生は短し)」は、漱石の「心」初版本の見返しにも記されていた言葉。 教授の父坂本一亀氏は、三…

  • 国立国会図書館

    千代田区永田町、国会議事堂隣にある「国立国会図書館」。 帝国図書館、帝国議員図書館を前身とする、蔵書数約4800万冊を誇る日本最大級の図書館です。 「真理がわれらを自由にするという確信に立って、憲法の誓約する日本の民主化と世界平和とに寄与すること」を使命として設立された図書館。 国会議員の研究、行政のための図書館ですが、もちろん成人であれば全国民が使うことのできる図書館でもあります。 納本制度により国内で出版された書籍・新聞・雑誌は全てある(ないものもたまにありますが・・・)調査・研究の最後の砦。頼りになる図書館です。 本館と新館からなる図書館。(左側が本館。右側が新館です↑) 私が学生だった…

  • 夏目漱石生育の地・妓楼伊豆橋跡

    幼少期、塩原昌之助・やす夫妻の養子として育てられた夏目漱石(慶応3.1.5(陰暦)~大正5.12.9 小説家)は、内藤新宿・大宗寺前に寄宿していた時期がありました。 masapn2.hatenablog.jp masapn2.hatenablog.jp 漱石の養父塩原昌之助は、漱石の実父夏目小兵衛直克から四谷大宗寺門前名主の株を買ってもらい名主を務めていましたが、その後浅草41番組添年寄となって浅草三間町に移転。その後添年寄を免ぜられて、また新宿に戻るということになり、明治5年から大宗寺前にあった「大きな四角な家」に住むことになっていたのでした。漱石の小説「道草」(大正4.6.3~9.14 『…

  • 銅造地蔵菩薩坐像~大宗寺

    芥川龍之介(明治25.3.1~小説家2.7.24 小説家)が本所両国から内藤新宿に引っ越したあと、遊びに来る友人のために描いた地図を見ると、道中の目印として電車通りに面して「大きな笠をかぶった大佛様」というのが記されています(明治44.4.25 山本喜誉司宛書簡)。 masapn2.hatenablog.jp (田端文士村記念館『作家・芥川龍之介のはじまり~書斎「我鬼窟」誕生までの物語』展パンフレットより。この書簡は現在開催中の本展初公開の資料でもあります。) それがこの仏像。 「大宗寺」という浄土宗のお寺にある「銅造地蔵菩薩坐像」です。 昭和27年の区画整理で大宗寺の敷地が縮小されたため、現…

  • 「111枚のはがきの世界 伝えたい思い、伝わる魅力」展~於:森鷗外記念館

    只今、森鷗外記念館では「111枚のはがきの世界 伝えたい思い、伝わる魅力」展開催中です。 江戸千家家元・川上宗雪氏寄贈による、鷗外記念館収蔵の111枚のはがきの展覧会。 鷗外をはじめ、明治から昭和に活躍した文学者、美術家、ジャーナリスト等の数々のはがきを見ることができます。 明治4年に始まった近代日本の郵便制度。明治6年には官製はがきが発行され、明治33年には私製はがきの使用も許可されるようになり、明治36~37年に日露戦役記念はがきが発行されると、絵はがきブームがおこりました。 旅先からのもの、ちょっとした所用の知らせなどなど、通信手段の中心が郵便であった時代の人々の暮らしぶり、文人墨客の交…

  • 「建築プロムナードー建築特別公開日」~於:慶應義塾大学三田キャンパス

    慶應義塾大学三田キャンパスでは、11月12,13日にかけて「建築プロムナードー建築特別公開日」が開催されます。 www.art-c.keio.ac.jp 日頃は通常非公開の「演説館」や「ノグチ・ルーム」も、室内を見学することができます。 masapn2.hatenablog.jp 年に数日ほどの機会です。 興味のあるかたは、ぜひご覧になってみてください。 入場無料、学食やカフェもご利用いただけます。 受験生の見学にも。 masapn2.hatenablog.jp masapn2.hatenablog.jp 慶應義塾大学三田キャンパス 東京都港区三田2-15-45 ランキングに参加しています。ポ…

  • 鎌倉学散策「川端康成邸 庭園公開」募集中!

    只今、鎌倉芸術館では、『鎌倉学散策「川端康成邸 庭園公開」』の参加者を募集しています。 年に一度ほどしかない貴重な機会です。私も昨年参加し、とても興味深く拝見してきました。 masapn2.hatenablog.jp 興味のある方はぜひ応募してみてはいかがでしょうか。 申し込みは10月28(月)まで! ランキングに参加しています。ポチっとしていただけると嬉しいです。 ご覧いただきありがとうございました。 にほんブログ村 本・書籍ランキング

  • 『作家・芥川龍之介のはじまり~書斎「我鬼窟」誕生までの物語』展~於:田端文士村記念館

    只今、田端文士村記念館では、『作家・芥川龍之介のはじまり~書斎「我鬼窟」誕生までの物語』展開催中です。 芥川龍之介が田端に転入してきて、100年になることを記念しての展覧会。 芥川龍之介は大正3年の22歳から、昭和2年35歳でこの世を去るまでの13年間を田端で過ごしました(海軍機関学校教官時代を除く)。 本展では、田端に居住しはじめた若き日の芥川の、文学者の道への目覚めと不安、夢と期待を、友人へ送った書簡などの資料の数々で紹介しています。 特に、友人でのち妻となる塚本文の叔父山本喜誉司宛書簡には、今回初公開、新収蔵となる資料も多くあり、見どころが豊富です。 婚約中の文に宛てた、「小鳥ノヤウ二幸…

  • 新宿~芥川龍之介居住跡

    明治43年の水害を機に、本所両国から田端へ引っ越すことになった芥川家。 masapn2.hatenablog.jp 本所の家を釣具屋の石井さんに譲ったあと、明治43年10月から大正3年10月に田端の新居が出来るまでの約4年間、新宿に仮住まいしていた時期がありました。 masapn2.hatenablog.jp その場所がここ。 現在の「四谷警察署御苑大通交番」のある辺りです。 えっ⁉なんでこんな所に⁇ ここに芥川龍之介(明治25.3.1~昭和2.7.24 小説家)が住んでいたの⁇ 今となってはそんな驚きの声が聞こえそうな、地下鉄新宿三丁目駅の真上、靖国通り沿いの新宿2丁目という交通量も多い繁華…

  • ローマイヤ

    妙子は銀座まで出かけるなら、話に聞いているニュウグランドかローマイヤアへ行きたいと云うので、ローマイヤアということにしたが、あたしも行ったことがないねん、数寄屋橋ので降りてどう行くのん、と、姉がかえって幸子に尋ねる始末であった。(中巻) 谷崎潤一郎(明治19.7.24~昭和40.7.30 小説家)の小説「細雪」(「上」昭和18.1,3『中央公論』『中巻』昭 和22 .2 中央公論社「下」昭和22.3~12『婦人公論』)の姉妹たちが、上京の折にしばしば訪れたのは、銀座のドイツ料理レストラン「ローマイヤ」。 今ではすっかりデパ地下のハム・ソーセージ売り場でお馴染みの、あの「ローマイヤ」が営むレスト…

  • かつ吉

    水道橋駅東口を出てすぐ、東京ドームシティの道を挟んで隣にあるとんかつの「かつ吉」。 ここはかつて川端康成(明治32.6.14~昭和47.4.16 小説家)と三島由紀夫(大正14.1.14~昭和45.11.25 小説家)の、文豪仲良しコンビが贔屓にしていたお店です。 店舗は地階。 黒光りした豚さんがお出迎え。 坪庭のようにしつらえられた趣のある玄関を入ると、 店内もやや薄暗く、古材を使った梁や調度品が趣のある重厚な雰囲気を醸し出しています。 棚には骨董品のお猪口がずらり! 呼び鈴にも古めかしい雰囲気。とてもビルの地下とは思えない佇まい。川端康成と三島由紀夫が通ったというのも納得の空間です。 メニ…

  • 資生堂パーラー

    銀座の目抜き通り本店を構える「資生堂」。 誰もが知る化粧品メーカーである「資生堂」の創業は明治5年。洋風民間調剤薬局として、福原有信(嘉永1.4.8(陰暦)~大正13.3.31 実業家)が創業しました。日本初の練歯磨き「福原衛生歯磨石鹸」や、脚気の特効薬「脚気丸」などを発売。明治30年からは化粧品部門にも進出し、化粧水「オイデルミン」を発売します。 明治35年には資生堂薬局内に、当時まだ珍しかったソーダ水やアイスクリームを製造販売する「ソーダファウンテン」を設け、これが後の「資生堂パーラー」へと発展していくことになりました。 (福原有信) ハイカラな「資生堂ソーダファウンテン」は、新橋の芸者衆…

  • 「初版本コレクション」展~於:漱石山房記念館

    只今、漱石山房記念館では「初版本コレクション」展開催中です。 明治38年初版の『吾輩は猫である』から大正6年の『明暗』まで、漱石の出した書籍は当時から装丁・造本の傑作といわれるほど美しく、美術的にも評価の高い書籍たちでした。 美しい本を作りたいと常に願い、橋口五葉や津田青楓、中村不折らの画家・書家とともに本を作っていった漱石の足跡をめぐる展覧会。 夏休み時期の現在は、子どもも楽しめるワークシートの配布もあります。 現代人の目にも非常にモダンで斬新な装丁の数々。 お好みの装丁がみつかるでしょうか。 展示をみたあとは、「CAFE SOSEKI」でひと休み。 漱石の好きだった祇園坊柿を使ったアイスを…

  • デモクラシー~慶應義塾その7

    「デモクラシー」 慶應義塾大学三田キャンパス生協食堂を飾る壁画です。 この壁画、もしかしたら三田の生協食堂に来たことがなくても、なんとなく見覚えがあるような気がする方がいらっしゃるかもしれません。というのもこの壁画、なんと上野駅中央改札の壁画にそっくりなんです。 それもそのはず、作者は共に猪熊弦一郎(明治35.12.14~平成5.5.17 洋画家)。 上野駅の壁画のタイトルは「自由」。多くの人々が幸せそうに集い、語らい、周囲には多くの動物を配しています。「デモクラシー」も「自由」も、戦後の民主主義の自由の謳歌を描いたものなだそうです。どうりで似たような壁画なわけですね。 「デモクラシー」はかつ…

  • 「鷗外の『意地』のはなし」展~於:森鷗外記念館

    只今、森鷗外記念館では「鷗外の『意地』のはなし」展開催中です。 大正元年9月13日。明治天皇の大喪の日に陸軍大将・乃木希典が殉死。この事件をきっかけに鴎外は、「興津弥五右衛門の遺書」「阿部一族」「佐橋甚五郎」など次々と歴史小説を書き始めました。 翌大正2年には、上記3作品を収めた初の歴史小説集『意地』を刊行。 鷗外はなぜ歴史小説を書き始めたのか。 乃木の殉死の直後に、江戸時代の殉死事件を扱った、まさに殉死小説ともいえる「阿部一族」を書いたのはなぜか。 「観察」「時代背景」「心理描写」に重点を置き、「新しき時代に於ける歴史小説」を試みた鴎外の、時代や社会に向き合う姿に迫った展覧会です。 展示をみ…

  • 柴崎牛乳本店

    柴崎牛乳本店。鎌倉・長谷にある老舗の牛乳屋さんです。 明治22年に、横須賀の軍艦造船所に勤めるフランス人技師たちに向けて牛乳を販売するために、この地に開店されたのだそうです。 レトロな佇まいのかわいらしいお店。なんでも近くにある鎌倉文学館をまねて、地元の大工さんが建てたのだそう。(築年は昭和12年以降のようです。) masapn2.hatenablog.jp この牛乳屋さんには、芥川龍之介(明治25.3.1~昭和2.7.24 小説家)が牛乳を買いにきていたという情報が、ネット上で見受けられます。 けれど残念ながら、芥川の書簡やエッセイなどに記述は見られず・・・ソースは何だろう?言い伝えかな・・…

  • パーラー「扉」

    鎌倉土産「鳩サブレ―」でお馴染みの「豊島屋」。 鎌倉駅前店は「鎌倉の扉になれ!」という願いを込めて、鎌倉文士であった久保田万太郎(明治22.11.7~昭和38.5.6 小説家・俳人)が「扉」店と命名しました。 1階は名物「鳩サブレー」などのお菓子の売店と、「扉店」限定のパン屋さんがありますが、3階は「パーラー」になっています。 ちょっとそっけないくらいの、レトロ感のあるパーラーです。 メニューの扉には「扉」。 コースターにも「扉」。おしぼりは豊島屋らしく鳩ぽっぽです♡ そしてさらに愛らしいことに、ペーパーナフキンにプリントされているのは「鍵」! 「扉」を開ける「鍵」ってことですよね。憎いなあ。…

  • 元八幡~芥川龍之介居住跡

    横須賀で海軍機関学校の英語教官をしていた芥川龍之介(明治25.3.1~昭和2.7.24 小説家)は、大正7年2月に塚本文(明治33.7.6~昭和43.9.11)と結婚。翌3月、下宿先の横須賀から鎌倉町大町字辻小山別邸内に居を移し、新妻文、伯母、女中を迎え新婚生活に入りました。 (芥川龍之介) 小山別邸は元鶴岡八幡宮の近く。 由比若宮とも呼ばれる元八幡は、鎌倉の代名詞といえるあの鶴岡八幡宮が最初に鎮座されたところ、鶴岡八幡宮の元となったところです。 鎌倉駅から徒歩15分ほど、バスだと「元八幡」下車1分。横須賀線の線路沿い材木座1丁目辺りになります。 現在の大きな鶴岡八幡宮と比べると、小さくてとて…

  • 円覚寺

    彼は門を通る人ではなかつた。また門を通らないで済む人でもなかつた。(二十一の二) 夏目漱石(慶応3.1.5(陰暦)~大正5.12.9 小説家)の小説「門」(明治43.3.1~6.12 『東京朝日新聞』『大阪朝日新聞』)の舞台となったことで知られる北鎌倉の円覚寺。 (総門) 親友安井の内縁の妻を奪った主人公宗助が、安井との再会を恐れて参禅した円覚寺。 実は作者の夏目漱石も、明治27~28年にかけて円覚寺に参禅しています。「門」の舞台設定は、その時の経験が大きく反映されています。 (山門) 山門を入ると、左右には大きな杉があつて、高く空を遮つてゐるために、路が急に暗くなつた。其陰気な空気に触れた時…

  • 鎌倉 北橋~旧加賀谷邸

    鎌倉・長谷の「旧加賀谷邸」が、長期の修復工事を経てようやくオープンしました。 工事中、外側から養生で囲まれたお屋敷を見て、まだかまだかと心待ちにしていた「加賀谷邸」。それも「カフェになったりしたらいいなぁ。」なんて思っていたら、なんと本当にカフェになってオープンされたので嬉しさもひとしお。 早速伺ってみました。 「鎌倉 北橋」。きれいに修復されたお屋敷は、和館側がお蕎麦屋さん。 洋館側が珈琲のお店です。 お昼時だったので、まずはお蕎麦屋さんへ。 中はすっきりとした洗練された和の佇まい。 縁側の広々とした窓からお庭が一望できます。 この屋敷には作家の山口瞳(大正15.1.19~平成7.8.30 …

  • 伊藤左千夫の墓・耕牧舎跡

    亀戸天神の隣に、鬱蒼とした樹々に覆われた「普門寺」というお寺があります。 伊藤左千夫(元治1.8.18(陰暦)~大正2.7.30 歌人・小説家・酪農家)のお墓のあるお寺です。 「民さんは野菊のような人だ。」 山口百恵や松田聖子主演の映画でもよく知られた小説「野菊の墓」(明治39.1『ホトトギス』)の作者ですが、正岡子規(慶応3.9.17(陰暦)~明治35.9.19 歌人・俳人)に師事した根岸派の有力歌人でもあり、子規没後に機関紙『馬酔木』や『アララギ』の中心歌人としても活躍した人物です。 (伊藤左千夫) そんな左千夫のお墓のあるお寺ですが・・・鬱蒼と樹々が生い茂り草はボーボー。 もとはきっと立…

  • 法泉院~芥川龍之介生育の地番外編

    太田道灌(永享4~文明18.7.26 室町時代の武将)が、江戸築城のさい城内鎮護の祈願所として開いた墨田区太平にある「法恩寺」。 その塔頭である「法泉院」には、芥川龍之介(明治25.3.1~昭和2.7.24 小説家)の田端の家にあったという「灯籠」があります。 芥川龍之介は築地入船町に生まれ本所両国で育ち、その後内藤新宿での仮住まいののち、大正3年から亡くなる昭和2年まで田端に暮らしました。 その終の棲家となった田端の家にあったというこの灯籠が、なぜここにあるのか。 芥川の菩提寺は日蓮宗の「慈眼寺」。田端の隣である駒込・巣鴨にあり、芥川のお墓もここにあります。 masapn2.hatenabl…

  • 臥龍梅(亀戸梅屋敷)跡~芥川龍之介生育の地その10

    芥川龍之介(明治25.3.1~昭和2.7.24 小説家)の「本所両国」(昭和2.5.2~22『東京日日新聞(夕刊)』)最終章は、「方丈記」と題して「僕」「妻」「父」「母」「伯母」の会話形式で綴られていきます。 僕「けふ本所へ行つて来ましたよ。」 父「本所もすつかり変つたな。」 母「うちの近所はどうなつてゐるえ?」 僕「どうなつてゐるつて・・・・・・釣竿屋の石井さんにうちを売つたでせう。あの石井さんのあるだけですね。ああ、それから提灯屋もあつた。」 と「僕」が見聞してきた本所の変貌を、家族が追想と驚愕を交えて聞いていきます。その中で、 父「臥龍梅はもうなくなつたんだらうな?」 僕「ええ、あれはも…

  • 船橋屋~芥川龍之介生育の地その9

    僕等は「天神様」の外へ出た後、「船橋屋」の葛餅を食ふ相談をした。(「天神様」) masapn2.hatenablog.jp 芥川龍之介(明治25.3.1~昭和2.7.24 小説家)の「本所両国」(昭和2.5.2~22『東京日日新聞(夕刊)』)の「僕等」一行は亀戸天神に詣った後、参道出てすぐ側にある「船橋屋」へ。 「船橋屋」は江戸時代の文化2年に創業された和菓子処。初代勘助の出身地である下総・船橋の名にちなんで命名されました。 名物の「くず餅」は江戸時代にはもうすでに人気で、亀戸天神の参拝客でお店もたいそう繁盛していたのだそうです。 明治~大正期にかけてこの辺りに住んでいた芥川龍之介も、よく訪れ…

  • 亀戸天神~芥川龍之介生育の地その8

    芥川龍之介(明治25.3.1~昭和2.7.24 小説家)の「本所両国」(昭和2.5.2~22『東京日日新聞(夕刊)』)、「萩寺」を出た一行は亀戸天神へ向かいます。 masapn2.hatenablog.jp 亀戸天神は言わずと知れた、学問の神様菅原道真(承和12.6.25~延喜3.2.25 平安貴族・学者)を祀った神社。 寛文2年、明暦の大火の復興事業として江戸幕府から土地を寄進され、ここ亀戸に建立されました。 社殿をはじめ楼門、心字池、太鼓橋など、九州の太宰府天満宮に倣って造営され「東の太宰府」と称されています。 いつも受験生をはじめ、多くの参拝者で賑わう神社です。 梅園や藤棚など、四季折々…

  • 柳島・萩寺あたり~芥川龍之介生育の地その7

    芥川龍之介が幼少期の回想を交えながら綴ったルポタージュ「本所両国」(昭和2.5.2~22『東京日日新聞(夕刊)』)は、両国停車場・両国橋からスタートし、その後「一銭蒸気」と呼ばれた小型の遊覧船に乗り、隅田川を遡上していきます。 現在の両国橋下 隅田川を行く屋形船 かつて隅田川には20以上の「渡し・渡船場」がありました。芥川が幼少の頃よく使っていたのは「富士見の渡し」で、これに乗って親戚の家などに行っていたのだそうです。 (小国政『東京風景 両国代地富士見の渡し』庁田長次郎 明治26 国立国会図書館デジタルコレクション) けれど関東大震災以後、震災復興事業で次々と隅田川の架橋が進み、「渡し」は廃…

  • 百本杭・お竹倉跡~芥川龍之介生育の地その6

    隅田川河畔両国橋のやや北寄りに、江戸から明治にかけて何本もの杭が打たれていたところがあります。 「百本杭」。 水量の多い隅田川。両国橋辺りは川の湾曲が強く特に水勢が強い所であるため、それを和らげるための杭が、この辺りに何本も打たれていたのだそうです。 現在の総武線鉄橋の辺りです。 江戸の風物としてもよく知られており、歌舞伎の『十六夜清心』では冒頭に「稲瀬川百本杭の場」が出てきます。稲瀬川は鎌倉を流れる川ですが、隅田川に見立てるため「百本杭」を引いているのです。「○○川と名前は違えど『百本杭』」とくれば、観客は隅田川を連想するのが当時のおきまり事だったのだそうで、それほど「百本杭」が知れ渡ってい…

  • 「友情から生まれたもの 文士村の青春アンサンブル」展~於:田端文士村記念館

    只今、田端文士村記念館では「友情から生まれたもの 文士村の青春アンサンブル」展開催中です。 大正時代、田端には文壇で活躍する多くの文士たちが集いました。 中でも芥川龍之介や室生犀星を中心に集った若き文士たちは、互いに肩を寄せ合い、励まし合いながら創作活動に精をだしました。 菊池寛の『文藝春秋』、まだ無名であった堀辰雄や中野重治らの『驢馬』、室生犀星と萩原朔太郎による詩壇への反逆ともいえる『感情』などの新進気鋭の文芸雑誌も、ここ田端の地から、若き田端文士たちの友情を支えに発刊されていきました。 また本展では、芥川龍之介の全集未収録(新発見⁉)の俳句が書かれた、田端の料亭「天然自笑軒」での親睦会の…

  • 松栄亭

    神田淡路町にある洋食屋「松栄亭」。 夏目漱石(慶応3.1.5(陰暦)~大正5.12.9 小説家)が食したという「洋風かきあげ」がいただける、明治40年創業の老舗洋食屋さんです。 漱石が、東京帝国大学で教鞭を取っていたフォン・ケーベル邸を、訪れていたときのこと。「何か変わったものが食べたい。」という漱石の要望に応えて、当時ケーベル邸で専属料理人をしていた初代松栄亭主人が、即興で作ったのがこの「洋風かきあげ」なのだそうです。 卵と小麦粉の衣の中に、玉ねぎと角切りの豚肉がゴロゴロ。 ラードで揚げてありボリューム満点のお品。 お腹いっぱいになります。 大きくて食べ応えがあるので、テーブル上のソースやか…

  • 「『門』―夏目漱石の参禅―」展~於:漱石山房記念館

    只今、漱石山房記念館では「『門』―夏目漱石の参禅―」展開催中です。 明治27年から翌28年初めにかけて、夏目漱石は鎌倉円覚寺に参禅しました。 今年はその130年の記念の年です。 本展は漱石の参禅を記念した展覧会です。 参禅したものの、結局、漱石は悟りを開くことなく帰京しました。けれど漱石の禅的な思考は、漱石作品の随所に散見されることになり、禅が漱石に与えた影響の深さをみることができます。 漱石参禅の経験が、最も如実に表れているのは小説『門』。主人公宗助も、漱石と同じく、参禅したものの悟りを開くことなく帰京しています。 本展では、漱石が禅の指導を受けた釈宗演や、交流のあった若き雲水たちとの交わり…

  • 両国橋~芥川龍之介生育の地その5

    両国の鉄橋は震災前と変らないといつても差支ない。たゞ鉄の欄干の一部はみすぼらしい木造に変つてゐた。この鉄橋の出来たのはまだ僕の小学時代である。しかし櫛形の鉄橋には懐古の情も起つて来ない。僕は昔の両国橋にーー狭い木造の両国橋にいまだに愛惜を感じてゐる。それは僕の記憶によれば、今日よりも下流にかゝつてゐた。僕は時々この橋を渡り、浪の荒い「百本杭」や蘆の茂つた中洲を眺めたりした。中洲に茂つた蘆は勿論、「百本杭」も今は残つてゐない。(「両国」) これは昭和2年5月2日から22日にかけて、当時毎日新聞社の社員だった芥川龍之介が社命を受けて、『東京日日新聞(夕刊)』に「東京大繁盛記(46~60)」の標書の…

  • 両国高等学校~芥川龍之介生育の地その4

    両国高校は、明治34年に東京府立第一中学校(現・日比谷高校)の分校として開校した学校です。当時は府立第三中学校といい、明治38年から43年まで芥川龍之介(明治25.3.1~昭和2.7.24 小説家)が在籍していた学校としても知られています。三中時代の芥川は、英語と漢文が抜群にでき、第一高等校(旧東大予備門)への進学も、成績優秀のため無試験で合格するほどだったそうです。 芥川の旧制中学5年間の担任は、のち三中二代目校長となる広瀬雄(明治7~昭和39 教育者)。広瀬はいち早く芥川の才能を見抜き、自宅に呼んでまで英語の講義をしてやるほと熱心に指導していました。そんな広瀬を芥川も終生師として仰ぎ、交友…

  • 『人間失格』パン

    以前、近所のショッピングモールで開催されていた「ご当地パンフェスタ」で見つけていた『走れメロス』パン。 masapn2.hatenablog.jp 今回は、前回売り切れで購入できなかった『人間失格』パンをGETすることができましたw。 太宰治(明治42.6.19~昭和23.6.13 小説家)の故郷青森の工藤パンが作っているご当地パン。 前回購入した『走れメロス』パンは、黒糖のカステラ生地にチョコレートクリームがサンドされていましたが、今回の『人間失格』パンは、プレーンなカステラ生地にミルク風味のクリームが挟まっています。 やっぱりこちらも『走れメロス』パン同様のビッグサイズ! 18.5×13㎝…

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