顕如と信玄は親戚筋に当たる。互いの妻が姉妹なのである。京の公家・三条公頼には三姉妹がおり、長女は細川晴元へ、次女の三条の方は武田信玄へ、三女の如春尼が顕如に、それぞれ嫁いでいるのだ。 顕如が如春尼と婚約したのは、彼女が生まれた1544年のことで、たまたま信玄が信濃侵攻を本格化させようとしていたタイミングであった。本願寺にしてみれば領国・加賀の宿敵である上杉(長尾)家と対決する方向に、義兄率いる武田家が進んでいったことになる。 事実、武田家が信濃を北上するにつれ、上杉家と対決する姿勢を強めていく。本願寺との関係が強まったのは1565年頃で、武田・上杉間の戦いが本格化してからであった。 さて武田家…