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  • 菊地信義の『装幀の本』

    菊地信義氏は本の装幀でおなじみの人だが、『装幀の本』(リブロポート1989年4月)という本がある。その年は平成元年なので、内容は昭和時代の(菊地氏にとっては初期の)本の装幀の仕事のことになる。いくつか気になる本が載っていた。漫画家の絵をデザインに採用した装幀である。同書からスキャナしようかと思ったが、ネットから借りた画像にした。 最初の絵は、鈴木翁二『少年手帖』(1982)にも収録された絵。鈴木翁二の絵 平出隆詩集 思潮社(1977) 途方にくれて 立松和平 集英社(1978) 熊猫荘点景 金子兜太 冬樹社(1981)〔猫の絵〕安部慎一の絵 愛より速く 斎藤綾子 JICC出版局(1981)佐々…

  • シラケ世代と自律神経失調症

    中学高校生時代というのは、何かスポーツなどで少しは体を動かしたほうが良いのだろうということを、自身の反省をこめて、いつか子孫などに言い残そうと思っていた私の若い日があった。 学生のころは体調が悪いと何事も欠席が多くなり、おそらく「つきあいの悪い人」ということになっていて、研究分野でも助けられたり助けたりが少なくなっていたように思う。 体が弱い人でも立派な業績を残す人があるが、短命な人が多いのではないか。たとえ命を縮めてもという判断なのだろうか。そうした判断以前に、私の場合は、疲れることは今日はやめにしようということになっていた。 平均並みの体力があったほうが、文系の仕事にもプラスになるだろうと…

  • 「『ガロ』と北海道のマンガ家たち展」記念誌

    「『ガロ』と北海道のマンガ家たち展」記念誌(市立)小樽文学舘 2016年ガロの元「編集長長井勝一没後20年」での企画があり、その記念のパンフレットを借りたので読んでみた。 類似の特集雑誌などを読んではいないが、本書は小冊子ながら、充実した内容になっていると思う。武田巧太郎、高野慎三、山中潤、各当事者たちの文は、単なる回想にとどまらず、この分野の歴史の重要なひとコマをよく描いている。微妙な意見の食違いや、本人の反省の弁なども書かれ、2016年当時ガロについて一般誌ではとりあげられることもあまりなかったとすれば、この一冊は貴重なものであろう。(内容については略) 作家代表として鈴木翁二氏の10代の…

  • 『最後の空襲 熊谷』、反戦とは何か

    終戦の日の前夜、8月14日に、埼玉県熊谷市の市街地が米軍の空襲を受けて、甚大な被害をこうむった熊谷空襲について、70数年を経て可能な限りの人々の記憶を残そうとした書である。 『最後の空襲熊谷 8月14・15日 戦禍の記憶と継承』熊谷空襲を忘れない市民の会、社会評論社2020 本を開いてすぐ、当日の被災状況を示す地図はないかと探すと、巻末の資料編にあった。地図を見ると、中山道を中心に市街のほとんどは焼け野原となったようだが、駅や鉄道施設に被害はない。ほかに熊谷寺から東の役所の多いエリアも空襲を受けていない。本文によれば、終戦前夜の急な空襲の理由について、4つの理由を想定しているが、そのうちの1つ…

  • 手塚治虫の『グランドール』

    『グランドール』とは、手塚治虫のSF漫画(異星人の侵略物)である(1968年「少年ブック」連載)。 侵略者は、グランドールというあやつり人形を、人間の姿に変えて人間たちのなかに紛れ込ませ、人間全体を操ろうとする。 哲男少年が助けた少女は、グランドールだった。少年はふだんから意志の弱いような性格だったので、自分はグランドールではないかと信じこまされようとする恐怖。少年と少女は、交流をもつうちに、少年は自分の意志をしっかり持つようになり、少女はグランドールであることをやめたいと思うようになる。 結末は、少年はグランドールではなく、少女は、グランドールであるどころか、侵略者そのものであって、少年を実…

  • 談 100号記念選集

    『談 100号記念選集』は、『談』という雑誌が2014年に通巻100号を記念して発行されたアンソロジーである。500ページ超の厚い本。 いくつか拾い読みして目についたページは、「ガストロノマドロジー事始め」(石毛直道・樺山紘一・対談)。見なれないカタカナ語だったが、読んでみると、食文化について西洋と日本の比較、日中の比較などから、それぞれの民族の歴史や文明論ほかさまざまに語られ、最後は性の問題にもふみこんでいる。性については、新しい研究のためにはフィールドワークが重要との認識で一致したが、両対談者とも、そのためには年齢的に時期を失したという、落語のようなオチもついている。 石毛 そういう意味で…

  • 『少年手帖』の思い出

    鈴木翁二著『少年手帖』(望遠鏡社版)は、1982年6月30日の発行である。本の奥付にある雨影知逢という人物が、本ブログの管理人ことわたくしのことであるが、ちょっと出過ぎの感があり恥入るばかりであるので、もし再刊の折りには該当かしょは目立たなくするのが希望である。個人的な話になるが、小学生のころから雑誌のようなものを作るのが趣味で、あるときは弟を巻き込み、あるときは同級生たちを集めて作り、あるときは一人に戻り、編集長は自然にわたくしになっていた。高校1年で立ちあげた漫画研究会は翌年に下級生も若干加わった。漫画が多いのは、最初に手本にした少年雑誌に漫画が多かったからであろう。(学生時代に参加した某…

  • つげ義春の『長八の宿』

    つげ義春の『長八の宿』は、ある青年が、西伊豆にある「長八の宿」と呼ばれる旅館に宿泊したときの話になっている。 旅館の女中さんたちや下男のジッさんたちと、青年とのユーモラスなやりとりが、ほほえましく楽しい。 女中頭のお金さんは、建物のしっくい細工について、自慢げに説明する。青年が温泉に入ると、下男のジッさんから、旅館のお嬢さんのマリちゃんが作ったパンフレットがあることを聞く。ジッさんは、東京の大学を出たマリちゃんのことが自慢げである。 夕食になり、女中のトヨちゃんにパンフレットのことを質問してみると、トヨちゃんは急に恥かしそうな態度になるのもユーモラスな場面だが、パンフレットには温泉に入る女性の…

  • つげ義春と私の「童謡詩集」

    私の20代のころの作文は、ボキャブラリ不足のため注釈なしでは読めない難文が多いが、『童謡詩集』は例外である。 中学生時代は手塚治虫風の漫画を書いていたが、高校1年の秋につげ義春の漫画にふれて、手塚風のタッチから脱却をこころみるようになったのだった。 しかし一人旅をしたこともない高校生に何が書けるか。『ねじ式』を真似するくらいのところだった。 数年後につげの『大場電気鍍金工業所』などの少年時代を回顧する漫画作品を見て、その影響でできたのが私の『童謡詩集』だと思うのだが、私が『大場電気鍍金工業所』を見たのはいつであろうか。 童謡詩集は、1977年2月に謄写版で文庫サイズ50頁弱で印刷したものだが、…

  • 空想科学漫画『忘れられた小道』(銀音夢書房)

    印刷ショップへ送ったデータを取り違えてしまって、表紙と背に作者の名がのらないなどのミスが出たため、背表紙の一部から裏表紙の一部にかけてシールを貼ることになった。発行元(銀音夢書房)の名義はシールの背と裏の2か所に載る。 以下は、後書き風の「解説」の一部。 『忘れられた小道』は、一九六八年、作者の十四歳から十五歳にかけての習作である。「空想科学漫画」と銘打ち、物語の舞台は197X年の近未来の日本。内容は無邪気で、絵も粗雑なものだが、手塚治虫の強い影響のもとに、ユーモアも満載の楽しい昭和漫画だという感想もあるようだ。 第三巻に「数年前の1970年」に起こったベトナムの核戦争で被災した少女が登場する…

  • 「しらふ倶楽部」について

    新しいブログを始めることにした。タイトルは、なかなか良いのが思いつかず、「しらふ」+ラフ の語呂合わせが浮かび、 しらふLOVE(ラブ) しらふ狂詩曲(ラプソディ)などが思い浮かんだが、けっきょく しらふ倶楽部(クラブ)ということになった。

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