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2022/03/03

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  • 花嫁の秘密 298

    「ねえ、メグ。計画を立て直さないといけないわ」 セシルのお腹が満たされ、話もひと段落したところで、アンジェラは自分の部屋へ戻った。昨日までに立てていた計画は変更を余儀なくされ、ロイに出すはずだった手紙はしばらく引き出しに仕舞うことになった。 メグはアンジェラを鏡の前に座らせると、ヘアブラシを手にして言った。「しばらくはロイ・マシューズに会いに行くのは無理だと思います」 「わかっているわ」アンジェラは深い溜息を吐き、鏡の中の自分を見つめた。せっかく変装するための衣装を揃えたのに、ロイに会いに行けなくなってしまった。これからどうしたらいいのか、相談できるのはメグだけ。「わたしはクリスについて行くべきよね」 「そうしないと旦那様はどこにも行けないと思います」メグはキビキビと言い、アンジェラの髪を丁寧に梳かしていく。 「少し短くしておいた方がいいかしら?」波打つ髪は腰..

  • 花嫁の秘密 297

    どうせすぐに伝わると思っていたが、まさかセシルもエリックもうちの屋敷にいたとはね。 クリスはアンジェラが注いでくれた紅茶をひと飲みし、居住まいを正した。 「サミーは具体的にどんな感じで怒っていた?」サミーが怒りを他人にわかるように示すことはほとんどない。セシルが怒っていたと言うからには、相当怒っていたに違いない。俺はかなりまずいことをしたようだ。 「いや、なんて言ったらいいか……プラットが震え上がるくらいには怒っていたよ。どうしてサミーに電報を打たなかったの?」セシルは同じ質問を繰り返した。何が何でも答えて欲しいようだ。 「どうして?」アンジェラも一緒になって訊く。 この場合、何と答えるのが正解なのだろう。正直なところ、サミーにはアンジェラのために無茶をして欲しくない。前回、もしかすると命を落としていたかもしれないことを思うとなおさら。それにアンジェラを守るの..

  • 花嫁の秘密 296

    予定時間を三〇分ほど過ぎて、フェルリッジの最寄り駅にセシルの乗った列車が到着した。 三等車にはエリックに例の箱を回収するように言われた男が乗っていて、侯爵邸まで一緒に行くことになったが、うまく連絡が行っていなかったみたいで、クリスが寄越した迎えの従僕とひと悶着あった 警戒するのも仕方がない。僕の連れだということで何とか説得したけど、向こうでクリスにきちんと説明しないと、この従僕の首が飛んでしまうだろう。きっとクリスはかなり神経質になっているだろうから。 一時間かけて侯爵邸に到着した時には、セシルのお腹は悲鳴を上げていた。 とにかく何か食べなきゃ。ちょっと早いけど、お茶の時間にしてもらおう。僕にとってはお昼だけど。 「やあ、ハニー久しぶり。と言うほどでもないけど」セシルはアンジェラを抱擁し、その後ろに立つクリスに小さく頷いてみせた。話は中でということだ。「いきなりだけど..

  • 花嫁の秘密 295

    いったいこいつをどうしようか。 エリックは自分の感情をうまくコントロールできずに苛立っていた。 ひとまずすべきことはした。ハニーの安全を確保したいまは、とにかく目の前の男の事だけに集中しよう。 「ウッドワース・ガーデンズのカウントダウンイベントに行くんだろう?それで十分だ」図々しいジュリエットの言うことをいちいち聞いていたらきりがない。ひとつ何か許せば、いくらでも要求してくるタイプの女だ。 「そうは言っても、一度くらいは会っておいた方がいいと思うのは、僕だけかな」サミーはまるで近所の子犬にでも会いに行くような気軽さで言う。それがまたエリックを苛立たせた。 「俺は思わないね。簡単に手に入る獲物だと思われてもいいのか?」エリックはサミーを見つめた。サミーは視線を逸らしはしなかったが、感情を読み取られないように目の動きを抑えている。 「ただお茶を飲むだけだ。とにか..

  • 花嫁の秘密 294

    セシルが行ってしまうと、やけに屋敷の中が静かで広く感じられた。図書室を覗いても、ただ整然と並ぶ本棚と空っぽのソファがあるだけだ。 エリックはセシルを送ったらすぐに戻ってくるのだろうか?それともまた彼の言う仕事とやらを口実に僕を避けるだろうか。 サミーはクッションを抱えてソファに横になった。エリックが部屋に来なかった昨夜は、ゆっくりと眠れたはずなのになぜか瞼が重い。目を閉じてこれからの事を思う。 当初の計画は単純なものだった。ジュリエットの自尊心を擽り牙を剥かせる、ただそれだけ。 僕を殺したいならそうすればいい。失敗しても成功しても、あとはエリックが何とかする。だから僕は先の事なんか考えず、思いついたまま行動すればよかった。 でもいまは事情が変わった。 「サミュエル様、手紙が届いております」 目を開けると、プラットが心配そうな顔でそばに立っていた。クッシ..

  • 花嫁の秘密 293

    翌日、朝食を済ませるとエリックはセシルを連れて、リード家の馬車で駅へ向かった。 これから大役を果たさなければならないセシルは、食事が詰め込まれたバスケットを手に陰鬱な溜息を吐き、用が済んだらすぐに戻るからねと言ってサミーとの別れを惜しんだ。 「クリスにはちゃんと知らせてあるんだよね?」セシルは心配そうに尋ねた。 「ああ、駅に到着する時間も告げてあるが、時間通りにとはいかないだろうな。まあ、昼までには向こうに戻れるから心配するな。戻ったらすぐに支度をしてロジャーの所へ行け」 クリスにもロジャーにも連絡済みだが、こっちの考えに賛成してくれているかは不明だ。クリスがハニーを危険から遠ざけることに反対するとは思えないが、なんにしてもセシルがハニーをうまく動かす必要はある。 「結局、みんなで年越しだね。母様はショックから立ち直ったかな?いつも通りおしゃべりなら安心だね。..

  • 花嫁の秘密 292

    「リックは降りてこないのかな?」大満足で帰宅したセシルは、胃を休めるための紅茶を喉の奥へと流し込んだ。お腹はいっぱいで、珍しくお菓子はナッツクッキーのみだ。 「きっと次の計画でも立てているんじゃないかな」サミーは素知らぬふりで答えた。昼食にはクラムチャウダーと薄いパンを二切ほど食べた。身体が温まりお腹が満たされると、思考が明瞭になりジュリエットに対してどう振る舞うべきかよく考えることができた。 エリックは気に入らないかもしれないけど、ジュリエットに僕を差し出した時点で、異を唱えられる立場にない。 新しい年をジュリエットと迎える。おそらくキスのひとつもするだろう。正式に交際をするべきか、のらりくらりとかわすべきかはまだ考えている最中だ。付き合っても別にいいが、彼女とベッドを共に出来るか自信がない。ついでに言えば、経験不足だ。 過去クリスと付き合っていたことが、二人の関係を..

  • 花嫁の秘密 291

    アフタヌーンティーの時間に間に合うように帰宅したエリックは、ブラックからの報告を受けて溜息をもらした。 確かに、サミーにはジュリエットを引きつけておけと言った。こういう場合のサミーの行動の素早さも知っていた。だからこれは自分の失態だとしか言いようがない。 「それで、ジュリエットは返事を?」サミーのおかげで昼に食べたローストビーフを戻しそうだ。 「いいえ。あの方を焦らすつもりのようです。ですが、もう間もなく返事は来るでしょう」ブラックはにやりとした。この状況を面白がっているらしい。 エリックは苦い顔をした。サミーもこいつも、この状況をゲームか何かだとしか思っていない。まったく腹の立つ。「長くは我慢できないだろう。それで、中は見たんだろうな」 「もちろん、仕事ですから。あの方もそれをわかっていて封はしていませんでしたしね」 いかにもサミーらしい。「それで、内..

  • 花嫁の秘密 290

    エリックの手際がいいのはいつものこと。出会った頃はあまりに胡散臭く信用できない男だとしか思っていなかったが――いまももちろんそう思っている――、噂以上に仕事のできる男なのは認めざるを得ないだろう。 昼過ぎにセシルと二人でプルートスへ出掛けたが、ただローストビーフを食べに、というわけではないのだろう。何を探りに行ったかは知らないが、これでようやく一人で考える時間が出来た。 サミーは引き出しに仕舞った書類を再び机の上に出した。昨日のうちにバートランドに頼んでおいた個人資産に関するものの一部だ。ほとんどは自分で増やしたものだが、父が僕に残してくれたものもある。ずっと憎まれていると思っていたのに、なぜ母との思い出のあの場所を僕にくれたのだろう。 このこともエリックは当然知っているのだろう。だからこそ、僕に高額の買い物をさせようとしている。自分の住まいは別に欲しくないが、あのクラブ..

  • 花嫁の秘密 289

    サミーを目の届かない場所へやるなど冗談じゃない。たとえこいつの考えが正解だったとしても、それだけはさせられない。腹を立てようがなんだろうが、俺が許可すると思うな。 エリックはあからさまに不貞腐れるサミーの横顔を見ながら、自分が作ったシナリオを脳内で整理した。 まずセシルにはクリスとハニーと共にロジャーの所へ行ってもらう。そこからラムズデンに極秘で向かわせる。クリスは護衛を引き連れて行きたいだろうが、それでは標的はここだと告げているようなものだ。 サミーにはもうしばらく、のらりくらりとジュリエットの相手をしてもらうしかない。いまはそれが一番の安全策だ。結局ジュリエットとの関係が進まない限り、デレクたちもこれ以上は動きようがないからだ。 さて、どうするか。ハニーの問題はどうにかできるが、サミーとジュリエットがこれ以上近づくのは、自分の忍耐力を試すようなもので、うまく対処..

  • 花嫁の秘密 288

    ブラックが戻ってもう一〇分が過ぎた。エリックは寄り道をしているようだが、急いで戻れという僕の言葉は無視したというわけか。 この三〇分の間にセシルと話せることは話した。クリスにはアンジェラを守ってもらい、僕たちは犯人を捜す。見つけた後どうするかはまだ決めていないが、僕は引き金を引くことに躊躇いはない。 「ねえ、ブラックはすぐに戻ってきたけど、リックは案外近くにいたのかな?」セシルは薄くスライスされたシュトーレンを紅茶に浸してから口に入れた。残り物でもなんでも美味しそうに食べるセシルは、この屋敷でもすでに人気者だ。 「ほんと、彼はいったい何者なんだろうね」サミーは腹立たしげに吐き出した。やってることは単純明快で、彼は自分の仕事のために調査員を何人も雇い情報を手に入れている。それを新聞や雑誌に売る、もしくは自分で記事にする、それとおそらく特別な機関への情報提供なんかも行っている..

  • 花嫁の秘密 287

    美術品の収集家であるチェスター卿の屋敷を訪問していたエリックは、突如現れたブラックに驚きを隠せなかった。静かに人の輪を抜け、ギャラリーから廊下へと出る。 「サミーになにかあったのか?」ブラックを玄関広間のすぐ隣の部屋に引き込みながら、性急に尋ねた。こいつの役目はサミーのそばを離れず守ること。離れてここへ来ているということは、つまり―― 「疲れているようですが、なにも――」ブラックが淡々と言う。 「だったらなんだ?まとまりかけた商談を潰すためにここへ来たわけじゃないだろう?」勿体つけるブラックに、エリックは苛々と訊き返した。なにもなくて持ち場を離れるはずがない。 「メイフィールド侯爵から電報が届いたようです、あなた宛てに」 「俺に?クリスは何だって?」 「俺は中を見ていませんので、ただ、あの方よりいますぐに戻ってきて欲しいと伝言を受けました」 サミー..

  • 花嫁の秘密 286

    「プラット!」サミーは呼び鈴を引く手間さえ惜しみ、執事の名を叫んだ。 クリスからコートニー邸に届いた電報は、サミーの疲れも眠気も吹き飛ばすには十分すぎるほどだった。いまあるのは怒りのみ。誰に対してか――もちろんアンジェラを脅した男、もしくは女、それとクリスに。 プラットはなめらかとは言い難い仕草で書斎に現れ、普段ほとんど見せないサミーの激怒した表情に怖気を震った。 「クリスからの電報は?」執事が口を開く前に尋ねた。もしも届いていてプラットが渡し忘れているのだとしたら、今すぐクビにしてやる。僕にその権利がないと思ったら大間違いだ。 「こっちには来ていないみたい」セシルがプラットの代わりに答えた。 「セシル様のおっしゃるとおりです」プラットもしどろもどろで答える。 「ブラックを呼んで、いますぐ」サミーは怒りで震える息を吐き、いますべきことだけを考えた。とにか..

  • 花嫁の秘密 285

    「セシル様、コートニー邸から使いの者が来ております」 セシルは本棚の端で見つけた護身術の本を手に、図書室のいつもの場所でアイシングたっぷりのケーキを口に運んでいた。思いがけず執事に声を掛けられ、戸惑いながらもごもごと返事をする。 「僕に?」 「セシル様と、エリック様、お二人に」プラットは言葉をつけ足した。 「ここへ通しても差し支えないかな?」セシルはプラットに尋ねた。ここは自分の屋敷ではないし、今この場にサミーはいない。となれば、執事に確認を取るのが妥当だろう。 「もちろんでございます。すぐにお通しできますが――」 プラットが言い終わるが早いか、セシルのくつろぎの場所にせかせかとコートニー邸の従僕が入って来た。見覚えのない従僕だったが、慌てた様子なのは一目瞭然。いったい何事かとセシルは思わず立ち上がった。 「メイフィールド侯爵より、電報です」 ..

  • 花嫁の秘密 284

    「メグを呼んでくれるか?私は書斎にいる。それと、アンジェラに気づかれないように頼む」 クリスは箱を手に書斎へ向かった。ダグラスが着替えはというような視線を送った気がしたが、今はそれどころではない。だいたい自分の屋敷でどんな格好をしていようが、文句を言われる筋合いはない。 そもそもダグラスが最初にアンジェラに話をしたのが間違いだ。主人が寝ていようがかまわず寝室へ押し入る権利はあるだろうに、なぜそうしなかった。憤っても仕方ないが、箱を開ける前と後ではいくらいつも冷静沈着なダグラスといえども動揺して当然だ。おそらく箱の中身をメグも見てしまったことも要因だろう。 ここまであからさまな脅しをしてきたのは何者だろうか。おそらく以前アンジェラを殺そうとした人物に間違いはないのだが、誰であれ、敷地内に入り込めたとは思えない。屋敷内に犯人がいるのだとしたら、ここを一刻も早く離れる必要がある..

  • 花嫁の秘密 283

    「クリス!起きてっ」 「んん……もしかして今朝も雪が積もっているのかい」 クリスマスの朝も変わらずハニーは刺激的な起こし方をしてくれる。だが、正直まだ眠っていたい。 「違うわ、プレゼントが――」 クリスは腕を伸ばし、アンジェラを上掛けの中に引き入れた。昨夜脱がせた寝間着を着ている。 「もうっ、クリス。聞いて」アンジェラはくすくす笑いながら、クリスの逞しい胸に頬をすり寄せた。 「ハニー、この寝間着は素敵だけど、上に何か羽織らないと風邪をひいてしまうよ」 昨夜贈ったばかりのミセス・ローリングの薄紅色の寝間着は、着たと同時に脱がされ、アンジェラは一晩裸で過ごしたも同然なのだが、贈り主は都合よくそこは忘れたようだ。 「部屋が暖かいから平気よ。それにクリスもとても暖かいわ」アンジェラは大胆にもクリスの身体に脚を巻きつけぎゅっとする。クリスは思考が停止す..

  • 花嫁の秘密 282

    サミーは怒って当然だ。だが、もう少し突っかかってくると思った。 やけにおとなしいのは、予想以上に怒っているからか、それとも呆れかえっているからか。 気付けば自然とサミーの肩に手を回していた。時折、頭を撫で、まだ湿ったままの毛先を弄ぶ。きちんと乾かせとあれほど言ったのに、こんなことだから、こいつは風邪をひくんだ。 「話は終わり?」サミーが顔をあげてこちらを見た。いつもより瞳が青みがかっている。今どんな心境なのだろう。 「セシルにした話を、俺にする気はあるのか?」全部聞いていたが、サミーの口からもう一度聞きたかった。父親の話をするのはまれで、その時少なくとも好感を持った男についても、もう少し知る必要がある。 「どうせ聞いていたんだろう?昔会ったことのある男を見かけた、それだけだよ」サミーはエリックの胸に寄り掛かって目を閉じた。同じ話を繰り返す気はないようだ。 「..

  • 花嫁の秘密 281

    もうあと三〇分でイヴが終わる。結局ジュリエットに伝言は頼まず、そのまま帰宅したが、何かあれば彼女は手紙を寄越すだろう。 今夜は何をしたわけでもないが、ひどく疲れていた。怒りや恨みなどないかのようにジュリエットと時間を共有するのは拷問に近い。自分の計画のために結婚という手もあるかと考えたりもしたが、おそらく一秒だってもたないだろう。人殺しでもかまわないけど――僕だってあのごろつきを殺した――アンジェラに危害を加えたことだけは許せない。 身体の汚れを洗い流し自室へ戻ったが、疲れた身体とは裏腹に頭も目もまだ冴えたままだ。暖炉の前の寝椅子にしばらく横になってこの二、三日の事を整理してみたものの、情報量が多すぎて頭が追いつかなかった。 ほとんど考えるのをやめてぼんやりとしていたら、予想通りエリックがやってきた。 エリックは僕を自分の物だと勘違いしているようで、弟の前でもそれを..

  • 花嫁の秘密 280

    サミーの言葉を疑う余地はない。こいつはハニーを犯そうとした男同様、自分の手でジュリエットを始末したいに違いない。だがそれをさせるわけにはいかない。もしも、その時がきたら、先に俺がやる。 「ところで、君の方は収穫はあったのかな」サミーが揶揄するように言う。わざわざ連れ出しておいて収穫なし、なんてないよねといった挑発的な目つきに、エリックは予期せず身体の芯を疼かせた。 この数日、なぜかサミーに欲情しっぱなしだ。二人きりで過ごす時間が増えたからか、欲情しているから二人の時間を増やしたのか、もうどっちがどっちだかわからない。「まあ、そこそこな。馬車を回すように言っておいた。詳しくは帰ってから話そう」 「あれ?もう帰るの?」セシルが甲高い声をあげた。 「もうじゅうぶん食べただろう」エリックは目をすがめた。今夜は役目をきちんとこなしているようだからいいが、こいつはとにかく食べ過..

  • 花嫁の秘密 279

    「父が亡くなった時だから、四年前かな」 サミーは葬り去った記憶を掘り起し、先代のメイフィールド侯爵が亡くなった時のことを思い出していた。忘れたと思っていたけど、案外当時の光景がすんなりと目の前に浮かんでくる。 「その時見たの?その人」セシルがおずおずと訊いた。 「うん……でもまだ子供だった」そう見えただけで、本当は成人していたのかもしれない。「笑っていたんだ。父の葬儀の時に――それでよく覚えている」天使が僕の代わりに笑ってくれたのかと思った。クリスは自分に圧し掛かってくる責任に顔をこわばらせていたけど、僕は解放されて安堵していた。さすがに笑わないだけの分別はあったけど。 「親戚、ではないんだよね?」 「たぶん父と懇意にしていた誰かの息子だと思う。その時、彼が連れていた従者に今日見かけた男は似ていた」その従者に目を留めたのも、彼が目立ち過ぎていたからだ。歳はおそ..

  • 花嫁の秘密 278

    エリックは広間である男を観察していた。 男に見覚えがあるような気がしたが、記憶を辿ってもどこで見かけたのかまったく思い出せない。仕立てのいい夜会服を見事に着こなしているだけでなく、なかなかの美形だ。髪を短く刈り込んでいるせいでやけに顔が小さく見えた。それとも輪の中心にいる白髭伯爵ことブライアークリフ卿の存在感がありすぎるからか。 人のよさそうな顔をしているが、どうにも胡散臭い。なにより、くだらない絵画と引き換えに相当な額を寄付するような人物が胡散臭くないはずない。同じ金額寄付したとしても、あの絵を自分の屋敷に飾るのだけは避けたいと思うのがまともな考えだ。 とはいえ、これといっておかしな動きをしているわけではない。今のところデレクともシリルとも接触していないところを見るに、四人目の男ではないようだ。こいつのことはクレインに探らせることにして、サミーのところへ戻るか。 ..

  • 花嫁の秘密 277

    締めのベリーのタルトを食べ終え、やっぱり最後にもうひとつ食べておこうかと腰をあげたところで、サミーに流れるような仕草で会場から連れ出されていた。 「彼女は一緒に来ないの?」セシルは背中越しにちらりとジュリエットの方に視線を向けた。彼女はもうすでに別の席へ移動している。 「ああ、ブライアークリフ卿には会いたくないみたいだ」サミーは袖の糸くずをさっと払う仕草をした。 「そうなの?どうしてだろう」ジュリエットが今夜サミーと一緒に過ごせる機会をあっさり諦めるなんて意外だ。 「もしかすると以前何かあったのかもね。エリックに聞いてみたらすぐ答えてくれるんじゃないかな」どこか棘のある口調だ。 もしかして、サミーはリックが黙っていたことに気づいていて、当てこすっているのだろうか。まあ、僕が気づいたくらいだから、サミーが気づかないはずないよね。 「広間に行くの?」この屋敷..

  • 花嫁の秘密 276

    エリックがセシルを残して席を立った。セシルは甘いものを探してか、料理のあるテーブルへふらふらと向かった。今日一日、ずっとセシルの食べている姿を見ている気がする。 ちょうどジュリエットにいつロンドンへと尋ねたところだったが、気が逸れて答えを聞き逃してしまった。だが、特に答えは必要なかった。きっとジュリエットは僕の動向を寸分の隙なく見張っていただろうし、そうしていなかったとしてもきっと田舎暮らしに耐えられず、放っておいてもそのうち戻ってきていただろう。 「それで、ナイト子爵とは仲違いしたままなのかい?」サミーは何気ない会話を装いつつ、次の質問をした。 「別に喧嘩をしているわけではないのよ」ジュリエットは控えめに言って、サミーが差し出したグラスを手に取り中身を少しだけ口に含んだ。「ただ少し……考え方が合わないだけ」 それはそうだろう。浪費癖のあるジュリエットに対して、現ナ..

  • 花嫁の秘密 275

    今夜ここに来た目的を忘れてはいない。けれど、この馬鹿を一人にさせておけば何をするかわかったもんじゃない。サミーが何か企んでいるのは目を見ればわかる。いや、見なくてもわかる。 ジュリエットとの関係は終わらせたと言っていたが――もともと何の関係もないのだが――不意を突かれて動揺するかと思いきや、また別の計画を思いついたに違いない。 二人は舞踏室を出て食事会場となっている応接室へと向かっていた。エリックは自分が邪魔者だとわかっていても、セシルと並んで後ろにぴたりと張り付いた。絶対に目を離すものか。 「ねえ、リック。サミーちょっと怒ってる?リックが隠してたの気づいてるんじゃない?」セシルが声を潜めて言った。 「あいつはいつもああだ」いつだって不機嫌で、俺に逆らってばかりだ。 「こうして見ると、案外お似合いだよね」 エリックは気でも触れたかとセシルを見た。「まった..

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