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2022/03/03

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  • 花嫁の秘密 274

    「ダンスでも申し込んだらどうだ?」 サミーは目の前のいかれた男を睨むように見つめた。デレクは突如目の前にジュリエットを登場させただけでは飽き足らず、この僕に踊れと言う。 「踊るのは好きじゃない」きっぱりと言い切った。「誰とでも」ジュリエットの手前ひと言付け足すのも忘れなかった。相手が誰であろうとも、僕は踊ったりしない。 「サミュエルを困らせるのはやめてちょうだい」ジュリエットがデレクに向かって言った。くすくす笑い、まるで自分の飼い猫にちょっかいを出された時のような口調だ。 彼女との関わりを一切絶つと決めたのはほんのわずか前の事。新聞社にも僕たちのことを記事にするなと告げたばかりで、よりによってこんな場所で遭遇するとは思いもしなかった。いったいいつ彼女はこっちへ出てきたのだろう。この場で彼女に冷たくするのは得策ではないが、かといってこれまでのような振る舞いはできない。..

  • 花嫁の秘密 273

    ジュリエットの到着を確認したエリックは、中庭から邸内へ戻った。温室でちょっとしたゴシップも入手できたし、出だしは上々。 今夜の彼女はサミーを誘惑するためか、かなりめかしこんでいた。 と言っても露出は控えめ。サミーには大胆に持ち上げた胸を見せつけたところで、通用しないと理解しているからだ。腹立たしいのがドレスの色だ。まるでサミーに合わせたかのように、あのカフスボタンと同じ色をしている。 サファイアなんか選ぶんじゃなかった。 「リック!さっき、あの人を見かけた。サミーに知らせなきゃ」背後でセシルの慌ただしい声がした。すでにジュリエットに会ったようだ。 「わかってる、騒ぐな」エリックは声を低め、興奮する弟をたしなめた。役に立つとは思わないがせめて邪魔はするな。 「もしかして、もう中へ入っちゃった?」セシルは首を亀のように伸ばして舞踏室を覗き見る。 「デレクと..

  • 花嫁の秘密 272

    ジュリエット・オースティンは劇的な場面を演出するのを得意としている。 サミュエルがフェルリッジを発ったという知らせは、彼がロンドンへ到着する前にすでに耳に入っていた。なぜ急に家族の元を離れたのだろう。クリスと喧嘩でもしたのかしら。けどそれは到底ありえそうにもないことだった。二人の仲がうまくいっているとは思わないけど、サミュエルは穏やかで仮にクリスが喧嘩を吹っ掛けたとしても応じたりしない。 ジュリエットはすぐさまサミュエルを追い、翌早朝にはラッセルホテルのいつもの部屋に舞い戻っていた。ロンドンからそう遠くない田舎屋敷は現ナイト子爵から与えられたもので、完全にジュリエットのものだ。彼が結婚をしたことで、あらゆる場所の子爵邸を自由に使えなくなってしまい、さらには自由にできるお金も減った。 支援の申し出をしてくれた人は何人かいる。見返りを求める卑しい男の世話になるくらいなら、かつ..

  • 花嫁の秘密 271

    セシルは舞踏室を出て、食べ物にありつけそうな場所を目指して廊下を歩いていた。 ここに到着してまだ一〇分ほど。チャリティーの集まりだと言うからもっと、なんていうか、もっと静かな会を想像していた。けれども実際は通常の舞踏会と変わりなく、ダンスの申し込みを期待する未婚の令嬢の視線をかわさなきゃならないなんて思いもしなかった。 リックの言うことは話半分に聞いておくべきだった。しかもそのリックは到着するなり姿を消した。きっと何か企んでいるのだろうけど、案外サミーがこの場に馴染んでいたことに驚かされた。社交的な印象は全くないし、きっと人が多い場所は苦手だから静かな図書室辺りに引っ込むと予想していた。 結局逃げ出したのは僕の方が先だった。 狙い通り、応接室には美味しそうなものがたくさんあった。レディたちが夢中なデザートは後にして、まずはお肉。それともデザートを先に食べておかないと..

  • 花嫁の秘密 270

    「サミー、支度は出来たのか?そろそろ出ないと――」 なかなか姿を見せないサミーを呼びに部屋までやってきたのだが、相変わらずこいつの正装姿には見惚れずにはいられない。昨夜とはまた違った雰囲気だが、何が違うのだろうか。 「勝手に入ってこないでもらえるかな」鏡台の前に立っていたサミーは振り返りもせず言った。 「勝手も何も、お前が遅いからだろう?何をてこずってる?」エリックはサミーの言葉などまるで無視して部屋の中へずかずかと入った。いつまでも他人行儀な態度を取るなら、思い知らせてやる。 「別に。すぐに降りるから下で待っていてくれ」 使用人にクリスマス休暇をやったらしいが、せめて出かけてからにすれば支度も順調に整っただろうに。 「カフスボタンで悩んでいるのか?」エリックはサミーの背後に立ちぴったりと身を寄せた。手元には紫檀の小箱が置いてあり、カフスボタンがいくつか..

  • 花嫁の秘密 269

    セシルの言った通り、エリックはアフタヌーンティーの時間に戻ってきた。朝出掛けた時とは着ている物が変わっていたが、サミーは気にしないようにした。エリックがどこで何をしていようが、自分には一切関係ない。 「まさか一日中そこに座っていたわけじゃないだろうな」エリックは外した手袋をソファテーブルに投げ出し、サミーの隣に座った。 「当たらずとも遠からず、てとこかな。ほとんど動いていないからね」エリックからは埃っぽく湿った匂いがした。一日外にいたのだろうか? 「リック、チョコレートありがとう。すごく美味しい」一日のほとんどを図書室で過ごしたセシルは、チョコレートをそばに置いて、朝読み始めた本をすっかり読み終えていた。 「もう半分も食べたのか?ったく、もっと味わって食えよ」エリックは顔を顰めてみせたが、口元はほころんでいた。 「味わってるよ。サミーなんて感動しちゃってさ、ち..

  • 花嫁の秘密 268

    お昼少し前、ひと眠りしたサミーは空腹を覚えて階下へ降りた。 体力は少し回復したものの何か適当におなかに入れないと、今夜を乗り切れそうにない。昨日はどうかしていた。今後はエリックがベッドに入って来るのを阻止しなければ、身体がいくつあっても足りない。 パーティーに参加するのは久しぶりだ。ちょっとした集りは別としたら、クリスが開いた仮面舞踏会ぶりだろうか。アンジェラの仰々しい仮面姿を思い出して、サミーは微笑んだ。 主役だから当然目立って然るべきだが、目立たないために仮面舞踏会にしたらと提案したのに、まったく意味のないものになっていた。でも、あれで自信をつけたからこそ、来シーズン社交場へ出ることも躊躇いつつ決断していた。 僕は反対だけれど。 セシルはまだ図書室にいるだろうか?セシルがそこにいれば、きっと何か食べるものがあるに違いない。ああ、そうだ。使用人たちのクリスマスの..

  • 花嫁の秘密 267

    クラブの再開は年明けか。あと一週間ほどで退屈を極めている面々が集うわけだ。 「それで、なぜあの屋敷を手に入れようと?あなたはこの界隈にいくつか住まいをお持ちでしょう?」陰気な顔の男が出て行くなり、ジェームズが口火を切った。 すでにこちらの事は調査済みってことか。エリックは感心せずにはいられなかった。いくつかの住まいのうち公にしている――特に隠していないと言う意味だ――のは二つ、きっとこの男は残りの隠れ家も把握しているのだろう。いったいどんな調査員を雇っているのだろうか。 エリックはコーヒーカップに手を伸ばし、ゆったりとした仕草で口に運んだ。うむ、なかなかいける。 「売りに出ていたからとしか言いようがないな」いったいどんな説明を求めている?こちらの素性は把握しているのだろう? 「そうですか、うまく話がまとまればよいのですが」 敵意を見え隠れさせているジェー..

  • 花嫁の秘密 266

    ジェームズ・アッシャーはエリック・コートニーについて今朝までほとんど知らないも同然だった。 もちろん彼が普段何をしているのかは知っていた。いくつかスティーニ―クラブにまつわる醜聞を記事にされたことがある。どれも他愛もないもので、こちらの痛手とはならなかったが、あまり敵に回したくないタイプだと認識していた。 その彼がパーシヴァルの屋敷を手に入れたがっている。なぜという疑問しかない。最初はてっきりテラスハウスの方だと思っていたが――売りに出しているのもそっちだと思っていた――メイフェアのあの屋敷はお買い得でもないし、少々手狭だ。買い取って貸し出すという考えもあるが、家賃収入で購入金額を回収するのにいったい何年かかるやら。 このままエリックにはお帰りいただくのが正解だが、少し探っておくのも悪くないだろう。 「わたくしの執務室でよければお茶でもいかがですか?ご要望であればク..

  • 花嫁の秘密 265

    売る気はないのだろうと想像はしていた。それでもなんとか説得できればと考えていたが、そもそも話ができる相手ではなかった。ひとまず弁護士と話をした方がいいだろう。 エリックは腹立ちを隠そうともせず、応接室を出た。取り澄ました態度がどこかサミーと重なった。今朝のあいつの態度ときたら、可愛げもなにもあったもんじゃない。こういう自分の余裕のなさにもひどく腹が立った。 広間を通り玄関に向かいながら、ふと立ち止まる。中庭の向こうには悪名高い紳士クラブがある。会員になるにはどうすればいいか聞いておけばよかった。それも会話が成り立てばの話だが。 「話は済んだのですか、コートニー様」 ふいに背後から話しかけられ、エリックは振り返った。出迎えた執事より声が若かったためすぐに誰か察しがついた。まさに今、会員になりたいと思っていたクラブの新しいオーナーだ。別のクラブでバーンズと一緒のところを..

  • 花嫁の秘密 264

    パーシヴァル・クロフトは現在、友人である(本人はそう思っている)ジャスティン・バーンズの家に居候中だ。だからこうして誰かに訪問されるのはまれで、ましてや相手があのエリック・コートニーとあっては警戒せずにはいられない。 僕はなにかしただろうか?全く身に覚えがないと言いきれたら、どんなにいいか。もしかして明日には醜聞まみれの記事が紙面に載るから警告に来たとか?パーシヴァルは目の前の男をじろじろ観察せずにはいられなかった。 緑みの強いヘーゼルの瞳はなんと魅力的なことか。でもまあ、僕のジェームズの、身も凍るような冷ややかな青い瞳にはかなわないけれど。そういえば、ジェームズはどこへ行ったんだろう。今日はクリスマスイヴだっていうのに、恋人を放って何をしているのやら。ジャスティンとこそこそしていたのを僕が知らないとでも?あとでたっぷりお仕置きしてやらなきゃ。 「あの屋敷を売って欲しい」..

  • 花嫁の秘密 263

    「パーシーに会いに来たの?」 バーンズ邸には時間ぴったりに到着した。やたら背筋の伸びた執事がクロフト卿を呼びに行っている間、ここ応接室で待つように言われたが、五分ほど経った頃、ふらふらと子供がやってきた。 茶色の長い髪を馬のしっぽのように束ねている。青いリボンが形よく結ばれていて、革紐で適当に縛っただけの自分とは違ってちゃんとした従僕がそばについているのだろう。客が来ると知っていたからか、クラヴァットも完璧なまでに仰々しく結ばれている。 これが例の子供か。エリックは目の前の子供の情報を素早く引き出した。コヒナタカナデ、十五歳、三年前よりバーンズが面倒を見ているが、素性がいまいちはっきりしない。というのも、調べようとしてもどこかで必ず情報が遮断される。 「彼は忙しいのかな?」エリックは当たり障りなく尋ねた。 「暇だと思う。いつもぷらぷらしてるから。ねえ、それなあ..

  • 花嫁の秘密 262

    三〇分ほどして着替えを済ませたエリックは、クレインのリストを手にとりわけ高級な店の立ち並ぶ通りへ向かった。時期が時期だけに、予約をしておいたから心配ないとはいえ、早く行かなければ売り切れもあると言う。 クリスマスで世間が浮かれる中、なぜチョコレートショップへ行かなきゃならん。あの男がこんなもの欲しがっているとは思えない。 エリックは人混みをすり抜けるようにして通りを進み、目当ての店を見つけた時にはホッとせずにいられなかった。早く用を済ませて屋敷へ戻りたい。もちろんサミーのいる屋敷にだ。 ショーケースに宝石のようにずらりと並ぶチョコレートは美しく、あの男がこれを好む理由がわかった。とにかく洒落た男で美しいものが大好きなのは誰もが知るところ、けれども、男の趣味がいいとは言えない。なんだってあの男はあんなくだらないやつと付き合っていたんだろう。 「ひと粒味見をしていいか?」こ..

  • 花嫁の秘密 261

    リード邸を出たエリックはステッキを手にのんびりと通りを歩いていた。 今日予定していた用事をすべてキャンセルして――サミーと参加するブライアークリフ卿のパーティーは別として――ひとつ別の用をねじ込んだ。 さて、彼は俺に会ってくれるだろうか?実のところ、よく知らない人物だ。世間一般の評判は知っているが、それ以上の事となると、どうでもいい情報しか得られていない。 車道を横切り、表通りから近道の為裏通りへと入る。足元がぬかるんでいたが気にせず突っ切った。広い通りへ出ると歩を緩め、脇道から出てきた男と肩を並べた。 「どうだった?」エリックは前を向いたまま問い掛けた。 「それが、とても忙しそうでした」 とても忙しそうだと?それで俺にどうしろと? エリックは立ち止まり、先を行く男を睨みつけた。男は慌てた様子もなく立ち止まると、振り返って言った。 「ちゃんと..

  • 花嫁の秘密 260

    セシルは朝食を済ませた後、サミーを図書室へ誘った。食後のデザートと昨日のクラブでの話の続きを聞くためだ。 「それで、ローストビーフ以外に美味しかったもの――じゃなくて、面白かったこと何かあった?」 リックの登場でサミーはすっかり貝のように口を閉ざしてしまった。元からこうだけど、昨夜またなにかあったのかもしれない。とにかくリックは出掛けたことだし、きっと面白い話を聞かせてくれるはずだ。 「僕がカードゲームで大勝ちしたこと以外の面白いことなら、そうだね……何人かに結婚を勧められたことかな」サミーはそう言って、スプーン片手に薔薇の砂糖漬けを紅茶の入ったカップに沈めた。 「サミーが結婚する方に賭けている人たちだね。でも、どうしてサミーが彼女と結婚なんてすると思うんだろう。だって、クリスの元恋人でしょ?」言葉にしてゾッとした。もしかすると赤毛のあの人がクリスと結婚していた可能性も..

  • 花嫁の秘密 259

    翌朝、エリックはサミーのベッドで目覚めた。前日はサミーが目覚める前に部屋を出たが、今朝はそうしなかった。サミーを腕に抱いて目覚めるのも悪くない考えだと思ったが、残念ながらサミーはもうベッドにいなかった。 昨夜のサミーはやけにおしゃべりで、たまに気もそぞろになっていたが、それでもいつもよりかは素直に抱かれた。告白が効いたのだろうか。それなら何よりだが、そう簡単な男ではないことはエリックがよく知っている。 部屋を出ると、ブラックが外で待っていた。 「何かあったのか?」問いながら自分の部屋へ戻る。 「例の屋敷ですが、貸し出されるそうです」 例の屋敷――サミーの住まいにどうかと思っていた屋敷だ。売りに出されていたがなかなか買い手がつかずにいた。それもそのはず。馬鹿高くて誰が買えるっていうんだ。売る気がないのではと思うほどだ。 「ワンシーズンの賃貸契約ってとこか?..

  • 花嫁の秘密 258

    やっぱりおかしい。エリックが遠慮するなんてありえない。 いったい僕になんて言って欲しい?抱いてくれと懇願して欲しいのか?せめてもう少し飲んでおけばよかった。そうすれば、こんなに細かいこと気にならなくて済んだのに。 でも、今夜はエリックを押し退ける気にならない。 サミーは灯りの中にぼんやりと浮かび上がるエリックの口元に目をやった。いつも皮肉ばかりでイライラさせられる唇は、いまにも僕に襲い掛かろうと様子をうかがっている。エリックのキスは、まあ、悪くない。そもそもこんなにしつこくキスをしてくるのはエリックくらいなものだ。 そう思っていたら唇が重ねられた。しっとりとした唇は力強く、それでいて優しくて、他の誰のものとも違った。舌を絡められて背中がぞくりと震えた。意識しないようにしても、下腹部に熱が溜まっていくのがわかる。 サミーは考えるのをやめて、エリックの首に腕を回しじっ..

  • 花嫁の秘密 257

    話をするだけだった。もちろんサミーに触れるのは当然で、キスもするつもりだった。腕の中に手に入れたくてたまらない男がいるのに、何もせずにいられるはずがない。 サミーはなぜかほぼ無抵抗だ。いったい何を考えているのだろう。 俺がジュリエットのことを隠しているように――もちろん明日の夕方までの話だ――サミーも何か隠しているのだろうか?例えばデレクとの関係とか。 ふいに激しい嫉妬が湧きあがり、エリックはサミーの顔を両手で挟むと考えを読み取ろうと瞳を覗き込んだ。さすがに枕元の灯りだけではそこまではわからなかったが、少し驚いているようだ。 「急にどうしたんだ?」サミーが不思議そうに尋ねる。キスをやめて欲しくなかったのだろうか?それとももっと体に触れて欲しいのだろうか。そう勘違いしてもおかしくない声音だ。 「そっちこそ、今夜はどうした?」酔ってもいないのに、素直に抱かれようと..

  • 花嫁の秘密 256

    サミーはベッドの中でまどろんでいた。 エリックとの外出は予想外に楽しめた。もちろん目的があり、楽しむために出かけたわけではなかったが、それでも久しぶりにまともに食事もしたし、ゲームの腕も鈍っていなくてホッとした。 少し前にセシルが戻ってきていたのは、ドアの閉まる音で気付いた。彼も今夜は楽しめただろうか?僕と違って朗らかで友人も多いのだろう。こっちへ来てすぐに呼び出されるくらいだ。 といっても、別に羨ましくはないのだけど。 サミーは寝返りを打とうとして、物音に気付いた。部屋に誰か―― 「いったいどうして僕の部屋に?ちょっ!なに――」相手が誰だか確かめる間もなく――確かめる必要などないが――上掛けがめくられ、冷たい空気とともにエリックがベッドに入ってきた。 「気にするな」 「なんだって君は僕のベッドの潜り込んでくるんだ?」昨日は結局のそのまま眠ってしまったが、..

  • 花嫁の秘密 255

    エリックはいつになく機嫌のいいサミーを連れて早々と帰宅した。 セシルはまだ帰っていないようで、土産話をしたくてうずうずしているサミーは残念そうに自室へ戻って行った。 サミーがあそこまでカードゲームに強いとは思わなかった。いつだったか、前にハニーも含めて遊んだときは手加減をしていたに違いない。まったく。表情は顔に出さないし、おそらくあいつはカードを数えているか記憶している。本当にあそこで買収費用を調達しかねない。 プルートスの買収か。 悪くない、とエリックは思った。何も持たないサミーが、ようやく自分の物を手にする。 だが、プルートスは安くない。それがなんだ?サミーに居場所を与えられるなら、安いものだ。 とはいえ、それは今じゃない。目の前の問題が片付いたら、計画を進めることにしよう。もちろん褒美はたっぷりいただく。 エリックはひとり図書室へ向かった。そろそ..

  • 花嫁の秘密 254

    シリル・フロウは戦々恐々としていた。 正直なところ、エリック・コートニーは苦手だ。直接面識はないが、こちらと同じで狙った獲物は逃がさない男だ。以前彼の妹――ほんの小さな子供だが侯爵夫人だ――を公の場で侮辱したご婦人方は社交界からそっぽを向かれ、退場を余儀なくされた。 たかがゴシップ紙のくだらないコラムのせいでだ。筆者は匿名だったが、あれをコートニーが書いたのは間違いない。界隈の知人に聞いたのだから、疑いようのない事実だ。 しかし、怖がったところでどうしようもない。コートニーとリードが繋がっているのは一年前からわかっていたことなのに、今回の賭けを避けなかった。もう賭けは進行中で、今更デレクは引かないだろう。ホワイトもそうだ。 ちょっとしたことで人が落ちていく様を見るのは痛快だが、今回ばかりはそうも言っていられない。油断すると、自分が落ちてしまうかもしれないからだ。 ..

  • 花嫁の秘密 253

    サミーは客が行き来する様や、従業員が通用口を出入りする様子を通路に出て眺めていた。今夜は賭けもサイコロを振るゲームにも興味は引かれなかった。 「彼らは上へあがったようだね」デレクたちは中央の階段ではなく、入口にほど近い狭い階段を使って三階へ上がったようだ。ここは五階まであるが、最上階はオーナーの私室のあるフロアとなっている。 「お前を殺す作戦でも立てるんじゃないのか?」エリックには、こちらの心情に気を配るというものは存在しないようだ。けれど腹を立てても仕方がない。 「そんなのとっくに済んでいて、あとは実行するだけだろう」ふんと鼻を鳴らし、無遠慮な物言いをするエリックから離れ、ラウンジを見おろせる場所へ移動した。手すりに寄り掛かるようにして、下の様子をうかがう。 四人目の男はいったい誰なのだろう。そもそも今夜来ているとも限らないのに、ここにいる意味があるのだろうか。正..

  • 花嫁の秘密 252

    デレク・ストーンはちょうどラウンジに目を向けていた。 自分のステージか何かと勘違いするホワイトが、あちこち寄り道しながらこっちへやってくる。まあ、確かにホワイトの見た目は申し分ない。輝く金髪に宝石を思わせるような緑色の瞳。不健康そうな青白い顔は男らしさには欠けるが、怠惰な暮らしをしているわりには体は引き締まっている。屋敷に籠って鍛えているのだろうか? とはいえ、シリルに肩を小突かれただけでよろけているから、そんなことはないのだろう。 「デレク、リードが来ていた」 立ち止まって何を見ていたかと思えば、あの二人を見ていたのか。どうせサミーの――リードはこう呼ぶとひどく腹を立てる――あの髪に見惚れていたのだろう。どこがそんなにいいのやら。 デレクは自分の豊かな黒髪に触れずにはいられなかった。 「ああ、さっき挨拶をしたところだ」報告を聞くまでもないと、そっけなく..

  • 花嫁の秘密 251

    マキシミリアン・ホワイトことマックス・ホワイトは、階段の途中で話し込む二人に目をとめた。 あの素晴らしいプラチナブロンドは――見間違えようがない。まさか彼が今夜ここに来ているとは思わなかった。デレクたちはもう知っているのだろうか。隣にいるのは、コートニー家のあいつか。 ホワイトは思わず舌打ちをした。あそこが結婚によって繋がったことは、もちろん知っている。けど、まさか一緒にここへ来る仲とはね。予想外だ。 しかし、いつ見ても彼は美しい。ここ最近で出会ったなかでは一番ではないだろうか? ホワイトは他に誰かいただろうかと、何人か自分の記憶から引きずり出した。ああ、そういえば、あそこのクラブの彼も恐ろしく美しい。いつか会員になりたいものだが、少々の資金不足と紹介してくれる保証人がいないので、当分は無理だろう。残念だ。 考え事をしている間に、次のターゲットであるサミュエル..

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