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音の無い映画 https://blueblueblue.fc2.net

彼と彼の話を、毎日20時に更新中。夜カフェと文芸編集者をモチーフに、BL小説を書いています。食べ物の描写に力を入れています。いつかの切実さ、眠れなくなった真夜中。感情を手にとって確かめられるような、痛くて甘いお話を目指しています。

イルカ
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2022/01/14

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  • 平等な夜 #20

    「沁みますね」 「ごちそうさまです」 お湯が沸いた。二束でいいですか?と聞かれて、僕は頷く。 「そうめんって、一束じゃ全然足りなくないですか」 「わかります。食べた気がしないです」 「よかった、じゃあ四束入れますね」 三島さんはキッチンタイマーを2分に設定すると、手際良くそうめんを茹で始めた。真っ白な麺がパラパラッと放射状に散らばって、ぐったりと沈み込む。スパゲッティの麺と違って、細くて頼りな...

  • 平等な夜 #19

    「おはようございます」  とっさに僕はそう言ったものの、覚醒しきっていない三島さんからは返事がなかった。ぼんやりと、まだ半分しか開いていない目が僕を見た。その、小さな子供が未知の生物を瞳の中に映し込んだ時のような、いとけない無防備さが、僕の胸を甘くくすぐった。いつもの明晰さはまだ身につけていないみたいだった。ふっと、三島さんの黒目が狭まって、唐突に焦点が合う。彼の瞳の中で、僕の存在が認識された...

  • 平等な夜 #18

    たぶん、三島さんはキスもセックスも上手いんだと思う。 こんなに不安そうに、逐一僕の気持ちを確かめて、最大限に尊重してくれるくせに、いざ僕の体に触れるとき、なんのためらいもなかった。行き届いた指先に、この人すごく慣れてるんだろうなと、さっき背中を揉んでもらいながら僕は思った。三島さんはたまに怖いくらいの真剣さで僕を見据え、その情熱が、背筋をゾクゾクと舐め下ろしていく。温度が限界まで上がりきった、青...

  • 平等な夜#17

    約束すると、都さんはふわっと肩の力が抜けたような笑顔を見せた。そしてそのままクラッと前のめりに傾いた。あれと首をひねる彼は首まで赤くなっていた。僕は先ほどから都さんの紅潮を、肌の表面が徐々に浸水されていくみたいに赤くなっていくさまを、つぶさに観察していた。色白な彼の変化は一目瞭然だった。アルコールは、今、都さんの体のどこまで回っているのか。 目元から頬、輪郭を通り過ぎて長い首筋へ。見える範囲は全...

  • 平等な夜 #16

    ガラス同士がぶつかる華やかな音が好きだ。都さんは勢いよく飲んだ。僕も同じようにグラスを傾けた。炭酸が喉を滑る。一気に煽ると、僕らは目を線にして見つめ合った。 「おいっしー」 「最高ですね」 再生しますかと僕は言って、リモコンを取った。 「字幕と吹替、どっちがいいですか?」 「うーん、今日は吹替かな」 「その感じだと、いつもは字幕ってこと?」 「いや、そんなにこだわっているわけじゃないですけど、...

  • 平等な夜 #15

    僕は都さんの頭を軽く撫でると、体を離して、場の空気を変えるように「喉乾きませんか?」と努めて明るく言った。  笑顔も浮かべた。「スイカ、食べましょう。それで、適当に映画でも見ませんか?」 いいですね、と都さんも僕に同意するように微笑んだ。僕たちは寝室を出て、リビングに戻った。僕は「都さんは座ってて」と言うと、冷蔵庫の前に立った。「いや、僕も何か手伝います」「いいんですよ。スイカ切るだけですし...

  • 平等な夜 #14

       そのまま、衝動に任せてしまおうかと考えた。だけど、その前に僕が絶対に聞かなければいけないことを。どうしても確かめてみたかったことを、僕は口にした。 「都さんは僕のこと、どう思ってますか」 目の前の体が石膏のように固まる。僕がとっさに離れると、濡れた前髪から水滴がいくつか落ちた。それは都さんのうなじに真っ直ぐ落ちて、彼は大きく身震いする。 ゆっくりと都さんは僕の方へ振り返った。 ...

  • 平等な夜 #13

    僕は都さんのそばに近づいていくと、膝を折り、彼の目線に合わせた。 「都さん」 「はい」 「髪を乾かしてもいいですか」 え、という表情で都さんが固まった。急なお願いに驚き、意図を掴みかねているようだった。僕は視線をそらさず、じっと返事を待つ。戸惑いながらも彼が頷いたのを確認して、すぐにドライヤーを手に取った。 都さんの後ろに膝立ちになって、丁寧に髪を乾かし始める。ごうごうと音が響く中、水分を含ん...

  • 平等な夜 #12

        僕は床に散らばった荷物と都さんのスーツを拾い上げて、近くのコートスタンドにかけた。心臓が口から出そうなほど緊張していた。都さんが、僕の家にいる。廊下に立っている都さんの涼しげな横顔を見ていると、とても現実のこととは思えなくてゾクゾクする。 「どうぞ」 僕がリビングのドアを開けると、都さんは小さく声をあげた。わあ、三島さんの部屋、すごくお洒落ですね。ゆるりと微笑まれて、僕は赤くなって...

  • 平等な夜 #11

    僕は店のブラインドを全て閉めてしまうと、自分と都さんの荷物、そしてスーツ一式を手に取り、出口へ向かった。その間も僕は都さんの手をきつく握って離さなかった。店の前の黒板に、7/17(土)臨時休業と大きく書く。字が歪む。すぐにスマホを取り出してお店用のTwitterとInstagramを開くと、片手で打つ。急な話で大変申し訳ございませんが、本日はお休みをいただきます。1分もかからない。僕はズボンのポケットに携帯を押し...

  • 平等な夜 #10

    僕もフォークとナイフを手に取った。しばらくはお互いが食器を使う形式的な音だけが響いた。都さんは食べるのに夢中で、特に何も言わなかった。僕は食事を楽しむというよりは、都さんの優雅で流れるような所作に見惚れたり、可愛い表情を楽しんだりしていた。気がつけば僕の皿も空になっていて、あまり食べた気はしていなかった。胸がいっぱいだった。好きな人と一緒に朝ごはんを食べている。僕の作った朝ごはんを都さんが一生懸...

  • 平等な夜 #9

    そうして僕はほとんど眠れないまま朝を迎えた。狭いシングルベッドに大人の男2人、ぎゅうぎゅうに隣り合って、眠れるわけがない。抱きしめることも、体の向きを変えることすらできないまま、僕はひたすら目をギュッとつぶって固まっていた。夏だから、剥き出しの肩や腕が絶えず触れ合っていて、眠っている都さんの高い体温が、僕の肌にしっとり移る。時々都さんが寝返りを打つたび、反射的に僕の首筋に顔を埋め、健やかな寝息を...

  • 平等な夜 #8

    文庫本はページの端に皺が溜まって膨らみ、何度も何度も都さんがめくった痕跡が残っていた。一体、何回読んだのだろう。途方もない。物言わぬそれらが胸元まで迫ってくるようで、僕はぼうっと本を見下ろした。タイトルをめくって、小さく息を吸った。 僕は普段外国の小説ばかり読んでいる。翻訳された日本語はどこかヘンテコで、1度自分の中で噛み砕く必要がある。その煩わしさが僕は好きなのだけど、先生の文章にそんなもの...

  • 平等な夜 #7

    そのまま僕は都さんを胸の中に戻してしまうと、もう1度強く抱き締め直した。都さんはまだ泣いていた。 都さん、僕はあなたのことが好きですと、祈るような気持ちで口にしていた。 あなたは消えたいと思っていたとしても、僕はあなたと一緒にいたい。あなたに死んでほしくない。返事はいらない。いいんです、そのまま眠ってしまっても。僕はずっと起きてるから。 僕は都さんを胸に抱きながら、窓越しの夜空を眺めていた。今は...

  • 平等な夜 #6

    「夜中までやっているし、カフェなのに割高じゃない。ここまで来て、最初はさすがに本から離れようと思ったのに、結局僕の趣味は読書しかないんだと気づいて、ほとほと自分のつまらなさに呆れました。だけど三島さんが淹れてくれた美味しいコーヒーを飲みながら、好き勝手に本を読んでいるうちに、僕は自分の手足に力が戻ってくるのを感じました。こんなに本を面白く読んだのっていつぶりだろう。結局、自分のせいで自分の1番好き...

  • 平等な夜 #5

    都さんはそこまで言うと、一旦僕から身を離して「もう大丈夫です」と照れくさそうに笑った。 僕も同じように笑顔を返すと、少しだけ距離を取って、都さんの言葉を待った。多分、その先生も僕と同じ種類の人間だろうと思った。僕以外の、世話好きの狼。情愛ではなくても、一目会った瞬間から、若い都さんが可愛くて可愛くて仕方なくて、彼のために何かしたくてたまらなかったんだろう。実際、自分が手に持っているもの全てが彼...

  • 平等な夜 #4

    想像したとおり、ただ抱擁しただけでうっとりしてしまうほど、都さんの体は僕にしっとりと馴染み、感覚がどこまでも落下していきそうなほど気持ちが良かった。僕はもっと色々すればと想像するだけで、腰奥から首の後ろまでとろけるような感覚が一周して恍惚とした。ぴったりとくっついた胸からは、都さんの破裂しそうな心臓の音が僕の皮膚をびりびり焼いている。僕は都さんの息遣いに耳を澄ました。彼からは驚きや困惑が伝わって...

  • 平等な夜 #3

    からになった皿を見つめ、フルーツティーを飲み干す。少しあとに彼もナイフとフォークを皿の端においた。そして、また手のひらを合わせ直すと、自分の中の深い部分からとても貴重なものを、僕だけのために取り出すように「ごちそうさまでした」と丁寧に言って、長く頭を下げた。 「お粗末様でした」 彼は顔を上げると、遠くの海を眺めるように僕を見た。 僕は彼についてある種の事実を確信していた。おそらく、これまでもず...

  • 平等な夜 #2

    後ろ髪ひかれる思いで彼の横を通り過ぎると、僕は定位置のキッチンへいそいそ戻った。鼻先に残る甘い匂いは強烈で、明日の仕込みをしなければならないのに、どれから手をつけたらいいかわからなくなってしまった。僕はとりあえず食器を洗うことにして、遠目に彼の観察を続けた。 彼はカフェオレをゆっくりすすりながら、ぼんやりと真夜中の街を眺めていた。いつものように本を開く様子はなく、膝の上で頬杖をつき、ひたすら物思...

  • 平等な夜 #1

    なまぬるい午後だった。 誰かがテーブルに残していった瓶のコーラはすっかり炭酸が抜け、毎日14時に決まって店の前を徘徊する三毛猫も、今日だけは日陰で腹を晒していびきをかいていた。空気そのものがとろりとしていて、気だるい時間が蜃気楼のように人々の頭上を過ぎていった。 1年前に始めた夜カフェは、午後4時に開けて午前2時に閉める。まだ、青空と夕焼けがはんぶんこの時間は、月が白く小さい。じわじわと水色...

  • 音の無い映画 ♯10 −終–

    途方のない時間が過ぎた。もしくは一瞬だったのかもしれない。 言ってしまえば取り返しがつかなかった。 時安は身を起こして僕から離れると、夢の中にいるような顔をしていた。その表情が再び現実に戻ってくると、時安の瞳の中の色は複雑に揺れた。眉根が寄った。口元が悲しく歪んだ。 僕は覚悟した。 「そっか」 しばらく沈黙が流れた。時安は僕を見ていたけれど、僕が時安を見ることはなかった。できるわけが...

  • 音の無い映画 #9

    時安がそう言ったとき、僕は唐突に考えがつながるような気がした。 もしかして、時安にはもう全部バレているんじゃないか。 僕の気持ちも、僕がそれをなんとか伝えようと必死で思い出話を引き伸ばしていることも。全部知っていて、僕の一人芝居に付き合ってくれているんじゃないか。 友達だから、ずっと仲良くしてきたから。それで僕が告白するのを辛抱強く待ってくれている。 その瞬間、カッと頭に血が上...

  • 音の無い映画 #8

    確かに楽しかったけれど、僕からしたらあの5日間はジェットコースターのように喜びと絶望を繰り返した地獄でもあった。 僕たちは同じグループで、最初は5日間も泊まりで時安と旅行に行けるなんて、楽しみすぎて「神の恵みよ」と唱えるくらいには浮かれていた。 なのに、1日目の夜、USJでたっぷり遊び、被り物をみんなで脱がないまま歩いていたホテルへの帰り道で、時安は同じクラスの安達さんに告白されたのだ。いつ...

  • 音の無い映画 #7

    2年生に上がると、僕たちの高校は文系と理系にクラスが分かれ、僕たちは2人とも文系を選んだ。文系は3クラスあったけれど、幸運なことに同じ2-7になった。あの時ほど願ったことはない。時安と同じクラス、時安と同じクラス。てるてる坊主も神頼みも消しゴムの裏のおまじないも、全て試して、僕は時安と同じクラスになれなかったら本当に死んでしまうと、必死だった。 「お前さ、まじおかしかった」   今思い出しても笑え...

  • 音の無い映画 #6

    行こうぜと言われた時、僕は呆気に取られたのと、どうにか切り抜けられた安心感で、内心ぐちゃぐちゃだった。 「結果見に行ってよかったよな」 「星じゃなくて蛍だったけどな」 僕が星だと勘違いした看板は、よく見ると蛍の光が書かれた看板で、僕たちは真夜中に膝丈の草むらをかき分け、看板の指す方向へ歩いて行った。 普段聴いたことのないくらい虫の音が轟々と響いて、自分の心臓の音と交差する。内側と外側から...

  • 音の無い映画 #5

    屋上にも図書室にも時安はいなかった。ここ1週間毎日通っていて、すっかり歩き慣れた廊下を進む。階段を上って、長い長い渡り廊下へ。 ガラス張りで燦々と日差しが差し込む渡り廊下の先に、時安がいた。 時安を捉えると同時に、バタバタバタと慌てたような足音が聞こえて、僕の真横を甘い匂いが通り過ぎた。僕は振り向いて、後ろ姿を見送る。中西さんとは違う女の子だった。 「何人目だよ」 「4人」 「バカじゃね...

  • 音の無い映画 #4

    その奇妙な静けさに、自然と僕の周りは注目を集めていたみたいで、何人かが僕の方へ向かって近づいてきた。 「なあなあ」 「なに」 「今の告白だよな」 「多分」 玉砕確実〜と誰かが揶揄って、みんなが笑う。 「俺さ、実はお前と時安がデキてんじゃないかと思ってたんだよ」 卒業式の特殊なハイテンションのせいだろうか、もしくはもう2度と会うことはないとわかっている気安さからだろうか。あまり話したことのな...

  • 音の無い映画 #3

    退場が終わり、担任も教室に戻ってきて、最後のロング・ホームルームが始まった。 ここにいる全ての人間が、終わりかけの砂時計を必死に見つめるように惜しんでいた。もう砂は尽きる。だが終わりたくない。担任はしばらく何も言わなかった。ぼうっと立ち、僕たちには計り知れない過去に思いを馳せているようだった。まだ3年しか経っていないのに、入学当初よりも担任はあきらかにくたびれ、疲れていた。 担任はおもむろに...

  • 音の無い映画 #2

    時安は予想通り卒業式で見事な演奏を披露した。完璧な「旅立ちの時」だった。 緩急つけられた切ないメロディー。滔々と響くピアノの音。最初の音が鳴り、イントロが流れるように始まると、会場中の意識がピアノに集中するのがわかった。時安の横顔は真剣だった。 指揮者の動きに合わせ、息を吸う。合唱が続く。 時安のピアノには胸をつく切なさが絶えず滴るように鳴っていて、否応無しに思い出の中へ引きずり込まれる。想像は...

  • 音の無い映画 ♯1

    夢中でピアノを弾く時安の後ろ姿を見ると、いてもたってもいられない気持ちに駆られる。 何を弾いているのかはわからない。ただ、感情が揺さぶられて、頬杖をついてぼーっと座ってはいられなくなる。どうしてそんなに集中できるのか。どうしてピアノに大切な時間や情熱を捧げられるのか。真剣に何かと向き合った経験なんて持ち合わせていない僕には、時安の張り詰めた横顔が一生手の届かない惑星のように感じる。 時安の腕...

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