船富家の惨劇:蒼井雄 1936年(昭11)春秋社刊。 1956年(昭31)河出書房、探偵小説名作全集第9(坂口安吾・蒼井雄集)所収 昭和初期、春秋社の懸賞小説で一等を獲得した作品だが、作者の蒼井雄はプロの作家とはならず、会社員としてのキャリアを全うし、この作品が代表作とされた。緻密な骨組みと丁寧な描写、舞台となる土地の選定などいずれも傑出していた。作中に手本としたと思われるフィルポッツの「赤毛のレッドメイン家」を何度も引き合いに出しているのはかえって邪魔にも思えた。時刻表のトリックの嚆矢とも言われ、鉄壁のアリバイをいかに崩せるのかには思わず引きずりこまれる。細部の描写は重ね塗りの油絵のタッチを…