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明治大正埋蔵本読渉記 https://ensourdine.hatenablog.jp/

明治大正期の埋もれた様々な作品を主に国会図書館デジタル・コレクションで読み漁っています。

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2022/01/13

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  • 『船幽霊:怪談百物語』 高山怨縁

    船幽霊:高山怨縁 1917年(大6)大川屋書店刊。 怪談百物語のシリーズの一冊。表題作「船幽霊」のほかに「死人喰ひ」と「お清が淵」の計3篇を収める。 主人公の武雄は両親が航海に出て行方不明となったため、叔父夫婦に育ててもらっていた。叔父も船員で、武雄も将来船員志望で、商船学校に通っていた。ある時航海から帰った叔父から船幽霊に遭遇したという話を聞いた。その後叔父は病気で亡くなったため、生計のため武雄は学校を中退し、船員に働き口を見つけた。給料はいいが、なぜか行動制限が多い船で、行先もはっきりしなかった。霧の出る晩には乗組員が強制的に船室に閉じ込められる。その謎を解明しようと、彼は荷物の中に隠れて…

  • 『夏やすみ』 東草水(+川端龍子・画)

    夏やすみ:東草水(+川端龍子・画) 1911年(明44)実業之日本社刊。 筆者の東草水(ひがし・そうすい、1882~1916)は実業之日本社の発行していた「日本少年」などの少年少女向け雑誌の編集に携わっていた。29歳のときに書いたこの作品は、中学生の傳次を中心に、兄の高校生団助、姉のキサ子、弟の二三作の助川一家の夏休みの生活風景を、少年の視点から描いている。特に家族全員で海辺の別荘地へ避暑に出かけ、のびのびと過ごす様子は現代では珍しくなった大自然と暮らす時間の悠久さも感じさせた。 夏やすみ:東草水、川端龍子・画 さらにこの本には、後年日本画壇の巨匠となった川端龍子(りゅうし、1885~1966…

  • 『春日野若子』 菊池幽芳

    春日野若子:菊池幽芳 1893年(明26)駸々堂刊。 1913年(大2)駸々堂、大正文庫(第16編) 菊池幽芳(1870~1947)は明治・大正期の人気作家の一人だった。21歳で大阪毎日新聞社に入社し、記者として活動する傍ら文芸作家として作品を書いた。この小説は、ヒロイン若子が艱難辛苦を乗り越えて幸福に至るという、ジェットコースター型少女小説であり、作者がまだ23歳の頃の初期の若々しさと筆の勢いが感じられた。 父親が病臥する生活苦と闘う若子は、新聞広告にあった職工に応募して、他の競争者を退けて合格する。しかしそれは彼女の美貌に惹かれた社員青木の下心でもあった。彼はあの手この手で若子を手に入れよ…

  • 『狂へる恋』 吉井勇

    狂へる恋:吉井勇 1921年(大10)4月~ 中央新聞連載。 1922年(大11)新潮社刊。 1929年(昭4)新潮社、現代長編小説全集第15巻(吉井勇篇)所収。 吉井勇(1886~1960)は何よりもまず歌人であり、劇作家だった。35歳のとき初めて長編小説に手を染めたのがこの『狂へる恋』である。 主人公の扇之助は、歌舞伎役者の息子として幼い頃から芝居の世界で生きてきたが、新劇運動の潮流に乗り、西欧の翻訳劇も出し物に取り上げる「無形劇場」に加わっていた。その彼に毎日のようにファンレターを送ってくる匿名の女性ファンがいた。その文面は恋情にあふれたもので、不気味にも思われ、扇之助はまともに取りあお…

  • 『幽霊賊』 三上於菟吉

    幽霊賊:三上於菟吉 1935年(昭10)サイレン社刊。 1948年(昭23)まひる書房、少年少女文庫選。 「幽霊賊」というタイトルからすれば怪盗物という定石通り、悪徳富豪の隠し場所から予告状の時刻に重要書類が盗まれる。しかも屋敷には外から出入りした形跡は全くない。続いて令嬢良子の誘拐や精神病院に閉じ込めていた研究者が逆に連れ去られるなど、富豪を追いつめるのだが、旧悪の露顕を恐れる彼は警察に通報することなく、私立探偵の朝日明太郎に娘の救出を依頼する。 幽霊賊:三上於菟吉、高木清・画 この辺から小説は、怪盗物から復讐物に大きく梶を切る。それなら何もわざわざ「幽霊賊」などと名乗らせる必要はなかったの…

  • 『化物語:妖怪奇変』 杉浦野外坊

    化物語:妖怪奇変 杉浦野外坊 1907年(明40) 磯部甲陽堂刊。 文筆家の杉浦野外(ここでは末尾の「坊」を外した)という人物に関しては、国木田独歩と一緒に雑誌の編集を行っていた人らしい。単行本としてはこの作品しか見当たらない。達意の文章で、まだ所々に文語体風の格調の高い表現が残っているが、ほとんど現代口語文体が確立しているように思う。 作者が伝聞などで集めた怪談・奇談集だが、ほとんどが明治の世の中での話だという。折に触れて何度も記述しているが、明治維新の文明開化から40年経過した20世紀の世の中になっても、妖怪・怪奇話が絶えることなく語られていたということが興味深い。現在の視点からは、江戸も…

  • 『礒川兵助新功名噺』 野村胡堂

    礒川兵助新功名噺:野村胡堂 1957年(昭32)東方社刊(新編6作と道中記、及び他の時代短篇2作) 1963年(昭38)青樹社刊(本編9作に加え、新編6作と道中記を含む) 「礒川兵助」物の続篇である。読む側の個人的な思い入れになるが、同郷の仙台藩の人の話となると、江戸屋敷での事件でさえ親しみがわく。彼の出世というか録高の加増を妬む仲間からの足を引っ張る謀略に兵助は簡単に騙されるほどの好人物で、切腹や浪人となる危機に何度も陥るが、それを救うのが妻のお津枝を始めとする女性たちの機知であり、それは併収されている「道中記」でも決まりパターンだった。しかしその安易さが繰り返されると段々鼻についてくる。頓…

  • 『怨めしや』 三宅青軒

    怨めしや:三宅青軒 1897年(明30)松声堂刊。 タイトルから連想すれば怪談物になるが、物語の内容は、人を殺めてしまった女性が事件の発覚を逸れながらも、折に触れて被害者の亡霊の幻影に苛まれ、精神的に追い込まれていく過程を描いたものだった。この時期にはまだ文語体が主流で、言文一致体の定着まではあと数年かかる。 ヒロインの五百枝は貧乏士族の娘だが、勝気な性格で、学問や芸事を修め、商家の道楽息子の泰三と結婚した。根が風流人の泰三は妻を疎ましく思い始めるや、妾を持って家に居つかないようになった。五百枝は次第に嫉妬心を燃やし、ある日妾の家に押しかけ、口論の末に彼女を刺殺する。丁度その時、近所で火事があ…

  • 『無言の誓』 菊池幽芳

    無言の誓:菊池幽芳 1894年(明27)駸々堂刊。 1914年(大3)駸々堂、大正文庫20 明記していないが、この作品も英国小説から翻案したようなバタ臭さが感じられた。東京のお屋敷町の一角に化物屋敷と噂される洋館の主鷺塚青年と、それに隣接する吉田家の令嬢千代子との愛と成長の物語。ミステリーとホラーの風味付けはあるが、自分の社会的な地位や将来への希望を捨ててでも、信義に基づく沈黙を堅持しようとする千代子の苦悩は異常なほど純粋だったのが印象的だ。 無言の誓:菊池幽芳、筒井年峰・画 お転婆な千代子は、両親からお仕置きとして二階の部屋に閉じ込められ、両親は芝居見物に出かけてしまう。腹いせに窓から投げ捨…

  • 『礒川兵助功名噺』 野村胡堂

    礒川兵助功名噺:野村胡堂(開明社版) 1946年(昭21)開明社刊。 1963年(昭38)青樹社刊(本編9作に加え、新編6作と道中記を含む) 岩手県出身の野村胡堂(1882~1963)には仙台藩の人物を描いた作品も少なくない。この「礒川兵助」物もその一つで、戦中の1940年(昭15)から雑誌に連載されていた。飄々とした粗忽者の下級藩士兵助が、その人の良さからしくじりを起こし、様々な弥縫策で切り抜けるという連作短篇集9篇である。 礒川兵助功名噺:野村胡堂(青樹社版) 毎話ごとに冒頭には、二人の青侍による対話で、礒川(しばしば臍(へそ)川と悪口される)の動静についての噂話や彼を陥れるための策略が話…

  • 『七人の惨殺』 孤舟漁隠

    七人の惨殺:孤舟漁隠 1896年(明29)駸々堂刊、探偵小説第13集。 明治中期に盛んに刊行された駸々堂の探偵小説シリーズの一つだが、この作品に関しては、中身は探偵小説ではなく、犯罪実録もしくは事件記録、今でいえばノンフィクションに近いものだった。明治29年8月に、讃岐国のある村の代々庄屋を勤めた素封家の福崎一族を、日頃怨嗟の念を抱いていた分家の兄弟が襲撃して惨殺に及び、屋敷に放火した後、墓地に赴いて自決したという事件である。出版されたのが事件の3カ月後という生々しさであり、この福崎一族の本家と数軒の分家の感情的な対立を過去の代に遡って、その親族間の些事を詳細に記述している。大家族時代の親戚づ…

  • 『宇都宮釣天井』 神田伯龍

    宇都宮釣天井:神田伯龍 1896年(明29)駸々堂刊。 講談では有名な三代将軍家光に対するクーデター未遂事件である。原因となったのが、二代秀忠の嫡子三人のうち、長男が早世し、次男竹千代と三男国松のどちらに将軍位が継がされるかにあり、家臣の中に派閥ができた。特に秀忠は国松の方を溺愛したためでもあったが、結果的には順当に竹千代が家光となり、国松は忠長と称して駿河大納言を拝領した。しかし忠長には野心があり、父秀忠に国家東西二分割統治案を申し入れて逆鱗に触れ、長期にわたる閉門となった。 幼少時より忠長派であった宇都宮城主本田正純は、家光を亡き者にしようと、日光社参の機会に城内に宿泊したときに、釣天井を…

  • 『愛情の星』 菊田一夫

    愛情の星:菊田一夫 1954年(昭29)8月~11月、雑誌「読切俱楽部」連載。 1957年(昭32)東方社刊。 戦後期のメロドラマのうちで最も有名な「君の名は」を書いた菊田一夫は、他にも非常に沢山の作品を書いた売れっ子作家だった。この「愛情の星」もその一つなのだが、放送作家として起伏の富んだ、あるいは波乱万丈のプロットを展開させるパーツを生み出していく力量と才能は十分にありながら、作品そのものの構成に関しては、まるで砂上の楼閣のようにちょっとした地震や台風でバラバラに崩壊してしまうような骨組の弱さが見え見えだった。 愛情の星:菊田一夫、伊勢田邦彦・画 神戸の富豪令嬢由起枝は、実は妾の子で、生母…

  • 『振袖剣光録』 高木彬光

    振袖剣光録:高木彬光 1956年(昭31)5月、雑誌「小説倶楽部」臨時増刊号掲載。 1956年(昭31)東京文芸社刊。 表題作の中篇「振袖剣光録」と短篇6作を含む高木彬光の時代小説。 振袖剣光録:高木彬光、木俣清史・画 八代将軍吉宗はその権力を確かなものにするために、御庭番と称する公儀隠密を組織し、全国から情報を集めさせた。尾張徳川家の機密文書「青龍秘帖」を入手した隠密は箱根で追手に殺害されたが、文書はその妻が江戸に持ち帰ったと考えられた。隠密は変装が身上で、その妻も大蛇のお源という名で賭場を渡り歩いている。彼女はある夜、覆面の侍の襲撃を受ける。その窮地を救ったのが若衆姿の竜之丞だった。彼は曲…

  • 『園井警視総監:探偵奇談』 竹葉散人

    園井警視総監:竹葉散人 1909年(明42)此村欽英堂刊。 『S巻美人』の完結編。比叡山中で発見されたS巻美人の他殺体がなぜ名古屋の富貴令嬢おきぬに酷似しており、親族でも見分けがつけられなかったのかが解き明かされる。原作の書き方がそうだったのだろうが、場面の進行に丁寧過ぎるまだるっこさがあって、緊迫感が薄い印象になった。テロ活動家たちの手口や動向を内部から詳述しているのは珍しい。殺人事件の捜査と解決としては後味が今一つだった。☆☆ 園井警視総監:竹葉散人、鈴木錦泉・画 国会図書館デジタル・コレクション所載。 https://dl.ndl.go.jp/pid/887079/1/1 口絵は鈴木錦泉…

  • 『佐賀猫退治』 神田伯龍

    佐賀猫退治:神田伯龍 1899年(明32)田村熙春堂刊。 古来有名な鍋島藩の化け猫騒動の一部始終を語った一篇。出版年から推察すると神田伯龍は3代目と思われる。これまでにも化け猫をテーマにした作品を読んできたが、(下掲)予想以上に多かった。なぜか九州の物語が目立つ。最近読んだ橘外男の『怪猫屋敷』は大村藩としているが、この鍋島藩の話を借用していた。 囲碁の勝負がこじれて殺傷沙汰になるという因縁の碁盤から始まり、その碁盤が藩主に献上されると、殿は相手となった旧家の検校を斬り捨ててしまう。息子をうやむやに抹殺された母親の遺恨が飼い猫に乗り移る。猫の怨念はやがて藩内の用人の老母や城主の妾に入れ替わって様…

  • 『俊傑神稲水滸伝』第1巻 岳亭丘山

    俊傑神稲水滸伝:岳亭丘山 1893年(明26)扶桑堂刊。 1903年(明36)博文館、続帝国文庫、第44巻(挿画なし) 「俊傑神稲水滸伝」(しゅんけつ・しんとう・すいこでん)は江戸期から明治中期まで書き続けられた稗史小説の一つ。作者の岳亭丘山(がくてい・きゅうざん)は北斎の門人の浮世絵師であると同時に戯作者として多くの作品を書いていた。多様な筆号を有し、Wikiでは岳亭春信として紹介されている。 俊傑神稲水滸伝:岳亭丘山 この小説は文学史上一二を争う大長編として知られていた。江戸期の和綴本で150冊を数え、明治中期に扶桑堂から活字本として合冊で全15巻で刊行された。実は丘山は最初の2巻20冊ま…

  • 『杉田文学士:探偵奇談』 竹葉散人

    杉田文学士:竹葉散人 1909年(明42)此村欽英堂刊。 タイトルからは判りにくいが、同じ作家による『S巻美人』の続篇になる。前作で失踪した令嬢おきぬの恋人として一緒に東京へ駆落ちをしたが、テロ結社の社会党との関係を警察から疑われた。大卒の学士は明治ではまだ珍しく、身分としては箔が付いており、転職の場合でも有利に遇された。 タイトルがそのまま「杉田文学士」となっているので、推理小説の「〇〇博士」と同じように名探偵として活躍するのかと想像されるのだが、試しにAIに「どんな小説か?」と質問すると、通り一遍の「名探偵として事件の解決に活躍」という返事をしてきた。「でもこの人は警察から社会党員として疑…

  • 『可否道』 獅子文六

    可否道:獅子文六 1962年(昭37)~1963年(昭38)、読売新聞連載。 1963年(昭38)新潮社刊。 1969年(昭44)「コーヒーと恋愛」と改題して角川文庫刊。 獅子文六(1893~1969)の晩年の一作である。無類のコーヒー好きが集まる日本可否会の会員たち5名の生態を淡々とした筆致で描いている。会長の有閑老人の管、女優のモエ子、画家の大久保、教授の中村、落語家の珍馬の言わば趣味サークルだが、管会長は密かにコーヒーを淹れる作法を茶道に近づけるべく「可否道」を立ち上げたいと考えている。 可否道:獅子文六、宮田重雄・画 主として描かれるのは中年女優のモエ子で、当時隆盛期にあったテレビ・ド…

  • 『S巻美人:探偵奇談』 竹葉散人

    S巻美人:竹葉散人 1908年(明41)此村欽英堂刊。 作者の竹葉散人(ちくよう・さんじん)は生没年、本名、出身地などまったく不詳。明治後期にシェイクスピア作品を翻案紹介した翻訳家とされるが、探偵小説も何点か書いている。この『S巻美人』もその一つで、「はしがき」によれば、「露国内の出来事」を日本の地名、人名に置き換えて訳出したという。彼は英語の専門なので、仮に元々ロシアの探偵小説だったとしても、その英訳本を基にしたと思われる。 最初に語られるのは髪を「S巻」に結った美人おきぬについてである。この「S巻」とは明治後期から昭和初期まで流行した女性の洋髪の髪型の一つである。他に「ハイカラ巻」などもあ…

  • 『樹上廼死骸:幕府奇談』 柳崕亭友彦

    樹上廼死骸:柳崕亭友彦 1894年(明27)扶桑堂刊。 柳崕亭友彦(りゅうがいてい・ともひこ、?~1909)は萬朝報の記者であり、作家だった。本名は片山友三郎。戯作者柳亭種彦の流れを継ぐ高畠藍泉の門人として、柳の字を号としたと思われる。柳崕亭としてはこの作品以外に現在目にできるものは見つからない。 一見して、時代劇仕立ての探偵小説とも言える。これが書かれた明治中期から60年ほど遡るとまだ江戸の文化文政時代。事件の関係者で生き永らえている人は皆無ではない。ここで探偵役となるのは幕府御庭番、村上淡路守の配下の二人、実質的な公儀隠密、江戸川秀太郎と増田孝太郎である。淡路守の密行調査の途中、夜中の板橋…

  • 『新訳絵入伊勢物語』 吉井勇

    新訳絵入伊勢物語:吉井勇、竹久夢二・画 1917年(大6)阿蘭陀書房刊。 「伊勢物語」は高校時代の古典の教科書あるいは学習参考書などで部分的にしか接していなかった。本書を見つけたおかげで、一応全文を通読することができて良かった。吉井勇が訳したのは原文の叙述部分で、和歌の部分は最小限の訂補にとどめ、やや大きな活字で表記されていた。いにしえの和歌については普段見慣れないこともあって、背景説明はあっても、特に語句の強調助詞など難解なものが多かった。平安時代の人々の生活ぶりは類推するしかないのだが、人間の感情、特に男女の恋愛感情に関しては、世の古今東西を問わぬ思いを共感できる個所も少なくなかった。竹久…

  • 『決闘街』 宮本幹也

    決闘街:宮本幹也 1958年(昭33)桃源社刊。 主人公の雄二は戦災孤児で、終戦直後は有楽町のガード下で靴磨きをしていたが、駐留軍の米兵に拾われて12年間沖縄で暮らした。空手の技も身につけた。久しぶりに帰ってきた有楽町は懐かしさもあったが、大きく変貌していた。ふと目の前を歩いていた男が、別の男たちに車道に突き飛ばされ、轢死する。男たちはタクシーで逃げた。明らかに殺人だった。 雄二は小さな喫茶店を経営する兄妹の世話になりながら、殺されたのが地元のヤクザだったことを知り、背後に東京の繁華街ごとのヤクザの勢力争いがあることを知る。間もなく兄の孝吉も殺され、孤立無援となった妹の桃子を助けて、雄二は単身…

  • 『探偵手塚竜太』 甲賀三郎

    探偵手塚竜太:甲賀三郎 1956年(昭31)東方社刊。 怪しい弁護士手塚竜太の活躍する連作短編集。戦前昭和期に書かれたもの。ここでは7篇と他の短篇2篇が収められているが、専門的なサイト「甲賀三郎の世界」にある記事『私の甲賀三郎・雑記録3 第三話 怪弁護士・手塚龍太に迫る』によると手塚竜太だけで9篇あるという。 興味深かったのは手塚竜太の容貌のことで、各篇ごとに丁寧に繰り返し語られている。ひと言で「醜男」なのだが、鼻の大きさからするとシラノ・ド・ベルジュラックを連想させる。各話ともその事件の関係者が語り手となって、途方に暮れるか、諦めるかという局面で彼が登場し、自信満々の態度で解決するといった、…

  • 『猫間明神』 高山怨縁

    猫間明神:高山怨縁 1917年(大6)大川屋書店刊、「怪談百物語」第8巻。 大川屋書店では「怪談百物語」をシリーズとして100巻出すつもりだったらしいが、計10巻止まりとなった。(下掲の広告参照) この巻では、表題の「猫間明神」のほか「水沢の化け地蔵」と「白金の怪猫」の3篇を収める。著者の高山怨縁(おんえん?)といういかにも怪談作者のような名前は、以前にも『幽霊の手引』を出しているが、このシリーズ用の便宜的な筆名として使った作家だったようだ。 猫間明神:高山怨縁 「猫間明神」の名前は江戸時代の史実としても伝承されている。猫とは直接の関係はない。奥州白河の在にある薮木村と猫間村との間にある猫間明…

  • 『平和?戦争?シビリゼーション』 高橋筑峰

    平和?戦争?シビリゼーション: 高橋筑峰 1917年(大6)春江堂書店刊。 タイトルの「シビリゼーション」または「シヴィリゼーション」は、辞書では ”civilisation”「文明」とかの意味になるだろうが、ここでは同時期に日本で上映されていた外国映画のタイトルをそのまま使ったいわゆるノベライズ本として出版されたものだった。この時代の映画はサイレント(無声)であり、活動弁士が語るとか、時々字幕の映像が挿入されていた。ノベライズとしては映画のスクリプト(台本)を訳しながら叙述して行ったと思われる。外国の地名や人名のカタカナ表記がコロコロと変動するのも煩わしかった。 ちょうど第一次世界大戦の最中…

  • 『傷ついた乙女椿』 竹田敏彦

    傷ついた乙女椿:竹田敏彦 1954年(昭29)1月~7月、雑誌「読切俱楽部」に連載。 1954年(昭29)東方社刊。 終戦直後の特異な愛の姿を描く。主人公は苦学生の慎吾。同郷で同大学に通う雪子と親しいが、名士令嬢との経済環境には大きな落差がある。彼は就職が内定しているが、授業料の滞納で卒業が危うい状況にある。下宿の隣部屋に引っ越してきた若い娘真知子と顔見知りとなるが、実は彼女は街娼として暮らしており、時々男を部屋に連れ込んできたりした。 傷ついた乙女椿:竹田敏彦、伊勢田邦彦・画1 ある時、慎吾が風邪をこじらせて寝ているのを見舞うと、医者を呼んだり、高価な薬を与えて懸命に看病するのだった。また彼…

  • 『幸福は虹の色』 北村小松

    幸福は虹の色:北村小松 1954年(昭29)1月~12月、雑誌「読切俱楽部」に連載。 1954年(昭29)東方社刊。 北村小松(1901~1964)は戦前戦中期まで映画のシナリオを数多く書いていた。戦後はユーモア小説を中心に活動した。雑誌連載では絵物語風に色刷り挿画を縫うように本文が配されて、一部では印刷が重なって読みにくい個所も多々あった。表題の『幸福は虹の色』も終戦直後の時期のホームドラマで、当時主流だったラジオドラマとしてもいいような明朗軽快な一篇だった。 幸福は虹の色:北村小松、土井栄・画1 女性の立場でパイロットの資格を取りたいと願うヒロインの美保子の隣家に外人夫婦が引っ越してくる。…

  • 『円朝人情噺』 三遊亭円朝

    円朝人情噺:三遊亭円朝 1913年(大2)日本書院刊。 「人情噺、闇夜の梅」「怪談噺、怪談阿三の森」、「心中噺、心中時雨傘」の三題を収める。 闇夜の梅:三遊亭円朝、大蘇芳年・画(円朝全集1) 「闇夜の梅」は、大店の娘お梅と手代の粂之助が恋仲となった事から生じた人情噺。それを知った母親のお杉は、粂之助を谷中の寺に追い出し、別途婿養子を探すことにする。粂之助は泣く泣く立ち去ったが、お梅は彼を思い続け、ある日家を脱け出して、寺を尋ね歩く。物知り顔の男に声をかけられたのを最後に、彼女は懐中の金子を奪われて絞殺された。この男はさらに寺にいる粂之助を訪ね、お梅と駆落ちするため、寺の金を流用するよう仕向ける…

  • 『大熱風』 牧野吉晴

    大熱風:牧野吉晴 1955年(昭30)1月~、雑誌「読切俱楽部」に連載。 1957年(昭32)同人社刊。 単行本には表題の長編『大熱風』のほか、3つの短篇を収める。いずれも戦中から戦後にかけての混乱の時代を描いている。 大熱風:牧野吉晴、下高原健二・画1 『大熱風』は終戦直後の愛と冒険と贖罪の物語。ヒロインの君江は都会での生活を断念し、幼時を過ごした瀬戸内の小島の実家の旅館春山楼に戻ってくる。そこには留守番の老夫婦とともに、果樹園の小屋に住みついた謎の男大島がいた。彼は精力的に働き、戦災孤児たちの面倒を見たりして、村民の評判も良かった。君江はいつしか彼に心が惹かれるが、実は大島は台湾独立軍へ加…

  • 『悲しき運命』 稲庭恒子

    悲しき運命:稲庭恒子 1914年(大3)日吉堂本店刊。 大正期の女流作家、稲庭恒子(いなにわ・つねこ)の家庭小説。山師の叔父に騙されて大きな借財を背負ったまま病気で死んだ両親。後に残された三人の子は、長女の静子が小学校の教員として働き、弟良輔は会社の給仕、そして妹の艶子は小学生で、つましい暮らしをしている。静子には従兄の勝という許婚者がいるが、彼は薄給の身で結婚に踏み切れないでいる。静子の美貌ゆえに、他からも結婚を望む声がかかるが、彼女は断固拒絶する。良輔の会社の上司の策謀で、勝が横領の嫌疑を掛けられ、投獄される。さらに彼女の勤務先の学校から解雇され、茫然自失となる。 悲しき運命:稲庭恒子、田…

  • 『仮面の商標』 邦光史郎

    仮面の商標:邦光史郎 1963年(昭38)文芸春秋新社刊、ポケット文春。 邦光史郎(1922~1996)の社会派推理小説。繊維メーカー「国際レーヨン」の調査部所属の主人公杉野浩治は、自社ブランドの贋物の粗悪品を製造販売している会社を突きとめるため、長期欠勤を申し出て大阪に向かう。彼がそこまで思いつめたのは、先に調査に出た同僚が列車内で殺害されたためであり、取引業者の人物の自殺とともに、それらの死に何らかの背景があるのではと疑われた。 60年代には大型スーパーが林立し、従来の商習慣を打破する販売戦略がしのぎを削っていた。この辺は昭和の成長期における人々の活気がうかがえた。その安売りの目玉としての…

  • 『さかるゝ仲』 小川霞堤

    さかるゝ仲:小川霞堤 1916年(大5)贅六堂刊。前後全2巻。 作者の小川霞堤(おがわ・かてい)については以前、デビュー作と思われる『悲しき仇』(1911年・明44)渡辺霞亭と共作で読んだことがある。大阪の出版社との関係も多く、関西が活動の地盤だったようだ。この作中の舞台も大阪、神戸、堺、和歌山となっている。 絵画芸術に純粋過ぎる探究心をもって精進する薄省吾は、妻子を抱えながらも、生計のために絵画を売ることを嫌い、生活苦にあえいでいた。逆の道を歩むのが同門の画家香波であり、文展入選を繰り返して、売れる絵を多作し、放埓な生活を送っている。その香波が苦々しく思っていることは、かつて思いを寄せていた…

  • 『青春の扉』 鹿島孝二

    青春の扉:鹿島孝二、田中比左良・画1 1956年(昭31)雑誌「読切俱楽部」に『掌の恋占い』掲載。 1947年(昭22)雑誌「男女}に『兄の手紙』掲載。 1953年(昭28)東方社刊、全13篇。 青春の扉:鹿島孝二、田中比左良・画2 鹿島孝二(1905~1986)の文筆活動は戦前から始まり、戦中期から戦後昭和期に膨大なユーモア作品を残した。この単行本では13篇を集めているが、個々の短篇は独立完結している。終戦直後の6~7年間の世相を反映していて、米を始めとする生活物資の配給制や、戦災で焼失したための住宅難で、国民の大多数が日々の生活に追われていた時代だった。 掌の恋占い:鹿島孝二、上西憲康・画…

  • 『白衣の女:冒険探偵』 橘刺紅(訳著)

    白衣の女:橘刺紅 1918年(大7)真文社刊。 作者の橘刺紅(たちばな・しこう)については、大正期の文筆家として著作が数点見られるが、小説家ではなかった。『白衣の女』は英国のウィルキー・コリンズの名作と同じ題なので、当初翻案かなと思ってみたが、設定がかなり異なっていた。しかし「訳著」となっていることから、何らかの外国小説の翻案であろうと思われた。 語り手は若い貧乏医者で、名前を匿して竹林としている。彼が友人の診療所で代診の医師として過ごす間に、急患で呼ばれた邸宅の瀕死の令嬢と死の間際に結婚するよう依頼される。その報酬として大金を約束されるが、彼は中途で悪事に加担するのを嫌い、格闘に至る。しかし…

  • 『忠治三国志』 宮本幹也

    忠治三国志:宮本幹也 1953年(昭28)6月~1954年(昭29)5月、雑誌「読切俱楽部」連載。 1954年(昭29)桃源社刊。 最初は「国定忠治銘々傳」と称して国定忠治の子分たちを一人ずつ紹介する話を掲載していた。講談などでも有名な「日光の円蔵」「清水の頑鉄」「三ツ木の文蔵」「八寸の才市」「板割の浅太郎」「山王民五郎」などが取り上げられている。国定忠治は本来主役でありながら、ここでは共通した賓客のような立場で毎回登場し、しかもそれなりの存在感を示していた。 忠治三国志:宮本幹也、岡本爽太・画1 単行本化されるにあたってタイトルを『忠治三国志』に変え、連載から10篇を選んでいる。面白いのは男…

  • 『夜霧の顔』 菊田一夫

    夜霧の顔:菊田一夫 1947年(昭22)12月~1948年(昭23)5月、雑誌「男女」連載(中止?) 1949年(昭23)4月、雑誌「婦人ライフ」に『花に降る雨』掲載。 1955年(昭30)1月~7月、雑誌「読切俱楽部」に再連載。 1955年(昭30)東方社刊、東方新書。 表題作の『夜霧の顔』は最初、終戦直後の1947年12月に創刊された雑誌「男女」に連載されたが、最終回の前に廃刊された可能性がある。その後、雑誌「読切俱楽部」に再連載され、同年東方社から単行本で出された。短篇の「英吉女房」と「花に降る雨」が併収となっている。 夜霧の顔:菊田一夫、伊勢田邦彦・画1 終戦直後の混乱期に、戦災孤児の…

  • 『池田大助捕物手柄話』 野村胡堂

    池田大助捕物手柄話:野村胡堂 1950年(昭25)矢貴書店刊、野村胡堂捕物名作選集第3巻。 1954年(昭29)2月~12月、雑誌「読切倶楽部」連載。 池田大助捕物手柄話:野村胡堂、中一弥・画 大岡越前守の股肱の一人として、池田大助の名前は、例えば天一坊事件などに関わる人物として古くから講談でも語り継がれてきた。野村胡堂の創作ではない。胡堂が書いた池田大助捕物帖は100篇余りとなるが、最初は戦中期の昭和16年(1941)にすでに単行本「池田大助功名帖」が出版されている。この「手柄話」全20篇も単行本として戦後まもなく出版されていたが、その後、その半数ほどが雑誌「読切俱楽部」でも連載された。以前…

  • 『夜歩く』 横溝正史

    夜歩く:横溝正史 1948年(昭23)2月~ 雑誌「男女」連載。 2016年(平28)角川文庫 最初は偶然、NDLのデジタルコレクションに収容されたプランゲ文庫中の戦後雑誌「男女」を覗いているうちに、横溝の「夜歩く」の初出記事の最初の数回分を読めることがわかった。この「男女」という雑誌については、おそらく終戦直後の泡沫雑誌の一つと考えられ、長くは続かなかったようだ。横溝作品については、昭和末期に一大ブームを成したこともあり、NDLなどでデジタルで閲覧できる作品は皆無に近い。それだけ現在進行形で流布している感じがする。従って図書館から文庫版を借りて、読み続け、読了した。 雑誌「男女」(1948年…

  • 『君は今宵も』 竹田敏彦

    君は今宵も:竹田敏彦 1954年(昭29)8月~1955年(昭30)5月、雑誌「読切俱楽部」連載。 1955年(昭30)東方社刊。 タイトルとしてはメロドラマ風なのだが、作品としては乙女チックな純愛物語だった。代議士令嬢俊子が思いを寄せる苦学生省吾はアルバイトとして毎晩火の用心の夜回りで家のそばを通るのだが、親からは固く交際を禁じられ、心を焦がす日々が続く。彼女は親の政略で、実業家の御曹司との結婚を強いられていた。苦学生の省吾は彼女の家とは戦前親しく交際していたのだが、戦後父親が戦犯として処刑されたのを機に、手のひらを返すように疎遠になっていた。 君は今宵も:竹田敏彦、成瀬一富・画1 ある夜、…

  • 『婚約三人娘』 中野実

    婚約三人娘:中野実 1948年(昭23)5月~1949年(昭24)6月、雑誌「婦人生活」連載。 1952年(’昭27)東方社刊。 発表された時期が終戦後丸3年経った頃、雑誌の紙質も最低限で、文字も挿絵もかすれていた。結婚難の世相を反映して、ユーモア小説界には、「結婚」「婚約」「花嫁」などのタイトルが氾濫した。食糧配給制などが安定して来て、人々の生活にも希望が見えてきたのかもしれない。 婚約三人娘:中野実、田中比左良・画1 この小説の三人のヒロインは同じ女学校を出て、一人は乃婦子で法科大学生、一人は輝子で医者の卵、もう一人の茂莵子は音大でヴァイオリンを専攻中。女学校で彼女らの恩師だった角野女史が…

  • 『隣り合せ』 春風楼主人(小川栄)

    隣り合せ:春風楼主人 1916年(大5)樋口隆文館刊、前後終全3篇。 作者の春風楼主人(しゅんぷうろう・しゅじん)とは、戯作者の称号のようだが、大正期でもそうした称号を用いる作家は少なくなかった。おそらく別人と思われる人が、明治中期頃史実物を書いた記録がある。一番わかりやすいのは各巻の奥付を見ることであり、それによれば「小川栄」となっている。もちろん生没年は不詳。同時期に活躍した小川霞提や小川煙村とも考えられたが、同一本名の人物ではなかった。 隣り合せ:春風楼主人、八幡白帆・画 前後終篇の全3巻、600頁超の長編家庭小説、悲劇小説だが、男が大事な一言を伝え漏らしたことが、悲劇の発端となる。美術…

  • 『はつ恋』 篠原嶺葉

    はつ恋:篠原嶺葉 1915年(大4) 湯浅春江堂刊。 当代人気随一と呼び声の高い新派女優玉乃輝子は、贔屓客の甘言に騙され、待合で狼藉に遭うところを逃げ出し、折よく通りかかった東山侯爵家の馬車に助けられる。馬車の主は嗣子の具麿という大学生だったが、互いに身元を明かすことなく、彼女を自宅まで送り届けた。彼女は美貌でありながらも男嫌いで通り、演劇一筋に打ちこんでいたが、この事件を境に命の恩人が誰だったのか、その身元を捜し始める。 一方で侯爵家の当主具定は享楽癖があり、芸妓遊びの他、小間使いの政子に手をつけ、妊娠させたのを機に妾宅に住まわせる。しかし政子にはかねてから情夫がおり、その巧妙な指金で、正夫…

  • 『忍術三四郎』 関川周

    忍術三四郎:関川周 1950年(昭25)~1951年(昭26)雑誌「小説倶楽部」連載 1956年(昭31)文芸評論社刊。 冒頭からの「この男十万円で売ります」というポスターを身体に掛けて、銀座の街を歩く男の姿は印象的だ。結核で病臥している恋人の治療費を捻出するための身売り策だったが、最後に声をかけてきたのは老科学者で、「透明人間」になるための薬の実験台として彼を買ったのだった。主人公の女々良三四郎は、柔道家ではない普通の青年だが、短時間でも透明体になることで自信をつけて行く。恋人ルミが住むボロ屋には、戦災孤児の甲助少年が住みついており、何かとルミを助けているが、この少年の身のこなしの素早さのほ…

  • 『天使の罪』 山岡荘八

    天使の罪:山岡荘八 1950年(昭25)7月~1951年(昭26)5月、雑誌「主婦と生活」に連載。 1953年(昭28)東方社刊。 山岡荘八による現代小説の一つ。タイトル作の『天使の罪』のほかに中篇『花ある銀座』を併収する。いずれの作品も戦後女性の生き方をめぐる問題点を考える葛藤に満ちていた。 作曲家でありピアニストの小野木雄策は、実家が戦後没落し、ピアノも買えないで仕事をしていた。彼は最初の妻淑子と離婚し、彼女は子供を置いて家を出て行った。彼はまもなく広岡夏子と恋仲になり、こちらの彼女とは結婚と同時にピアノを搬入する約束をした。しかし夏子の実家で刑務所の教誨師を勤める父光照はその資金を別の使…

  • 『泣虫記者』 入江徳郎

    泣虫記者:入江徳郎、三芳悌吉・画 1955年(昭30)鱒書房刊。 入江徳郎(1913~1989)は昭和を代表するジャーナリストの一人。時事評論やニュースキャスターとして活躍したが、最初は朝日新聞社の社会部記者としてニュース現場での豊富な経験を綴ったのが本書になる。全17篇。奇矯な事件への遭遇もあるが、一見単純な事象として見逃されるような出来事の背後に隠されていた別の真実を明らかにする記者の真骨頂は、本職でなければ味わえない迫力があった。多少の脚色はあるだろうが、新聞社内の緊迫感とともに、達意の文体の完成度に敬服する。当時ベストセラーとなり、1952年東映で映画化された。また同書は「続」「続々」…

  • 『怪猫屋敷:山茶花屋敷物語』 橘外男

    怪猫屋敷:橘外男、伊藤幾久造・画 1952年(昭27)偕成社刊。 1958年(昭33)東京ライフ社刊、(『亡霊怪猫屋敷』と改題) 橘外男(1894~1959)は戦前、戦中を通して貿易会社で働く傍ら文筆活動を続けた。1938年『ナリン殿下への回想』で直木賞を受賞。戦後はカストリ雑誌から少年少女雑誌までの寄稿や連載も多かった。 この小説について、ウィキペディア「亡霊怪猫屋敷」の項目から下記に一部引用する。 <1951年(昭和26年)から1952年(昭和27年)まで藤崎彰子の筆名で『少女の友』に『山茶花屋敷物語』の題で連載された。1954年(昭和29年)に偕成社から出版される際、橘外男名義となり、『…

  • 『無敵坊ちゃん』 三橋一夫

    無敵ぼっちゃん:三橋一夫 1951年(昭26)~1952年(昭27)雑誌「小説俱楽部」連載。 1954年(昭29)豊文社刊。 1971年(昭46)春陽文庫。 作者三橋(みつはし)の名をもじった主人公満星(みつぼし)勇之介の青春記。少々ぶっきらぼうで直情的な性格は、漱石の「坊っちゃん」とどうしても対比されるのを承知の上で、あえてタイトルに流用している。こちらの場合は少年期からの思い出を、作者自身の自伝的と思われる要素を織り込んで語っており、軽妙洒脱だった。 無敵坊ちゃん:三橋一夫、鈴木清・画 ひ弱ならっきょう頭の少年は、それでも柔道を習っているうちに、師範の先生との交友を深め、めきめき強くなり、…

  • 『女学生群』 田村泰次郎

    女学生群:田村泰次郎 1949年(昭24)6月~1950年(昭25)5月、雑誌「りべらる」連載。 1951年(昭26)東方社刊。 終戦直後の東京。新時代の教育理念を抱いて自由学院を運営する院長の宮部、その実娘の三紀はそこの専門部の学生だった。普通部は3年制の女子高、その上の専門部は男女共学になっている。三紀は普通部3年の千恵子と仲良しだったが、千恵子の身体の異変を境に溝が出来る。彼女はちょっとした過ちで妊娠してしまったのだ。戦災孤児で伯父の家から通う彼女は、ひとりで出産か中絶かを悩む。専門部の男子学生達也は彼女から下宿にかくまってほしいと頼まれて断われず、奇妙な同棲生活が始まる。 女学生群:田…

  • 『美人魔』 渡辺黙禅

    美人魔:渡辺黙禅 1910年(明43)樋口隆文館刊、前後全2巻。 時代は明治末期、日清戦争直後の頃。横浜の花柳街として有名な真砂町の貸家に入居を申し込んできたのは、目の覚めるような美貌の芸妓上がりのような若い女性。金に糸目をつけず、単独で次々と交渉をまとめて行く姿は謎だらけだった。彼女はすぐに待合の営業許可を取りつける。不審に思った家主は遊び人の甥や、その友人に頼んで、その内情を偵察させるが、いずれも失敗する。まもなくこの女に財産を掠め盗られたと称する男が田舎からやって来るが、別の三百代言の男に騙されて有金を取られて絶望する中で、殺人事件が起きる。 簡単に言ってしまえば、美貌を武器に、寄ってく…

  • 『南風』 富田常雄

    南風:富田常雄 1951年(昭26)湊書房刊。 図式の明確な柔道物。主人公の浜誠一郎は大学生で柔道六段。九州の出身でその大らかな性格から「南風」(読みが「なんぷう」なのか「はえ」なのかは明記されていない)という渾名が付いていた。恩師に紹介されたアルバイト先は有名な割烹店の息子の家庭教師だったが、そこの姉娘の環はレコード歌手で、誠一郎とは列車内で偶然知り合っていた。誠一郎と環は急速に親密になって行くが、ここに彼の恋敵が出現する。それは同じ柔道六段の伊丹であり、環の実家の割烹店に多額の貸付をしていた土建屋の息子だった。伊丹はその立場を利用して環に結婚を迫る。拒絶する理由を探しあぐねた末に、彼女は柔…

  • 『まだら頭巾剣を抜けば』 柴田錬三郎

    まだら頭巾剣を抜けば:柴田錬三郎 1957年(昭32)同光社出版刊。 いわゆる「怪傑頭巾物」の中篇2つと『剣豪にっぽん』などの短篇3つを収める。書名タイトルは最初の『乱れ白菊』の惹句でしかない。葵の御紋を散りばめた頭巾を被る謎の剣士「まだら頭巾」が活躍するが、ほとんど鞍馬天狗の類型でしかない。無実の科で切腹に追い込まれた九州大村藩の領主の娘菊姫が老臣とともに将軍家治の鷹狩を機会に一矢報いようと挑むが、多勢に無勢、命の間際にまだら頭巾に救出される。安価な娯楽時代劇の原作で、読んで痛快だがそれ以上ではない。1957年に松竹で映画化された。☆ 乱れ白菊:松竹(1957) もう一つの『夜叉街道』でもや…

  • 『自殺を売った男』 大下宇陀児

    自殺を売った男:大下宇陀児 1958年(昭33)光文社刊。 薬物中毒者のヤクザな男、四宮四郎が一人称で語るミステリー。生きている意味が見出せないと感じて、彼が伊豆で自殺を図った矢先に、別荘に来ていた社長令嬢に助けられ、自邸の下男兼犬係になる。ある時、訪ねてきた謎の男に、自殺を装って死ぬ代わりに東京から失踪するようにと大金で誘惑される。カノ女の美容師ユキ子のために田舎の店舗が売りに出されていたのを機に出発する。のんびりした日々が続いたが、薬物中毒でクスリをどうしても入手する必要から四宮は密かに上京する。世の中から消えたはずの彼が出くわしたのは・・・ クスリと賭け事以外に何の意義もない自殺願望者の…

  • 『幽霊旅館』 押川春浪

    幽霊旅館:押川春浪 1907年(明40)本郷書院刊。 『海底軍艦』で有名な押川春浪(1876~1914)による冒険怪奇譚集。表題作『幽霊旅館』の他、中篇『巌窟の海賊』と短篇8作を収める。彼はすでに24歳で代表作『海底軍艦』を著し、その後は雑誌編集者を兼務しながら創作を続けたが、38歳で早世した。少年少女向けの海洋冒険譚や怪奇冒険譚が多い。 『幽霊旅館』はロシアの荒野を旅する日本人画伯が遭遇した旅館での恐怖体験に加えて、そこから逃げる途中で山賊に遭い、有金をすべて奪われたという話を聞いて、語り手自身が十分な準備を整えてその旅館に乗り込んでいくという展開。ロシアの平原の荒涼さと広大さの中で怪奇趣味…

  • 『薔薇の木にバラの花咲く』 芝木好子

    薔薇の木にバラの花咲く:芝木好子 1958年(昭33)6月~1959年(昭34)8月、雑誌「新婦人」連載。 1959年(昭34)光文社刊。 1966年(昭41)東方社刊。 タイトルは「薔薇ノ木ニ 薔薇ノ花サク ナニゴトノ不思議ナケレド」という北原白秋の詩に拠っているという。ヒロインの女子大生藜子(れいこ)は空襲で親を亡くし、親戚に預けられて育った。大学に進んで学資を自分一人で賄う努力をしたが、生活は苦しかった。彼女には姉の銀子がいたが、離れ離れで暮らすうちに姉は酒楼で身を持ち崩し、連絡は途絶え気味だった。友人の紹介で富豪の家庭教師の口を紹介され、境遇の違いを思い知らされながらも、学資を稼げる好…

  • 『獣の通る道』 中村八朗

    獣の通る道:中村八朗 1958年(昭33)光風社刊。 主人公の鹿沢は、新宿の歓楽街にある喫茶店でバーテンとして働き、終業後は柔道場で汗を流す真面目な青年だが、人に話せない暗い過去があった。新宿は暴力団がはびこる無法地帯で、喫茶店がチンピラがたむろして商売にならないことを警察に相談するが、逆効果になる。そこで町の防犯協会を標榜する「白雪会」に加盟すると潮が引けるようにたちまち彼らは手を引いた。 獣の通る道:東映(1959) 鹿沢は通っているバーの女マリに好意を抱くが、その恋敵は暴力団の桑山で、彼はマリの弟の不良少年勝男を麻薬密売グループの手先として使い、勝男も彼の存在に憧れている。喫茶店の女店主…

  • 『可憐嬢』 篠原嶺葉

    可憐嬢:篠原嶺葉 1906年(明39)~1907年(明40)大学館刊、正続全2巻。 ヒロインのタマエは、駐仏国公使栗栖伯爵とパリの女優ビロンとの間に生まれた庶子だった。父公爵は国命で日本に帰り、母娘はパリで暮らしていた。嗣子のいない公爵は正夫人の死後、母娘を日本に呼び寄せることにしたが、母のビロンは結核を病んでいた。マルセイユで出航前にヨシノという日仏混血(これは差別用語になっているが今のところ適当な別用語が見つからない)の娘に会い、一緒に日本に連れて行くことにする。航海の途上で母親は病気が悪化して死去する。火葬で遺骨にするため、上海で下船し、ヨシノの顔見知りと言う中国人の家に泊まるが、ヨシノ…

  • 『瓢人先生』 八田尚之

    瓢人先生:八田尚之 1946年(昭21)~1947年(昭22) 雑誌「談論」に断続的に連載。 1948年(昭23) 談論社刊。 1951年(昭26) 春陽文庫 雑誌「談論」表紙:牧野虎雄・画 瓢人先生(ひょうじんせんせい)とは戦前戦中期に帝展の審査員を歴任し、美大の教授でもあった洋画家の牧野虎雄(1890~1946)をモデルとした小説の主人公である。作者の八田尚之(1905~1964)は映画の脚本作家として多くのシナリオを手がけていたが、教育映画で牧野の絵を使用許可を得るために訪れて以来、親交を深めることとなった。終戦直後に札幌の「談論」という雑誌が創刊され、その表紙絵とカットを牧野に依頼した…

  • 『えくぼ人生』 中野実

    えくぼ人生:中野実 1956年(昭31)東京文芸社刊。 1963年(昭38)春陽文庫 ドタバタ喜劇の一品。終戦直後に中野実の作風は人間の生き方を問い直すような深みが見られたが、戦後10年を経た復興期に入ると、世相のゆとりとともに軽妙なコメディを量産するようになったような気がする。 バラック建ての長屋造りの商店街の一角にヒロイン澪子(みおこ)は妹と共同で歯科医院を経営している。妹が早々に婚約者を見つけたのだが、彼女の方は見合にも乗り気でなく、周囲を騙すため、架空の恋人の存在を公言し、偽装デートの相手として偶然知り合った調査会社員の塚本に頼み込む。その際の言動のどこまでが本気なのか偽装なのか、双方…

  • 『幽霊沼の黄金』 三上於菟吉

    幽霊沼の黄金:三上於菟吉 1957年(昭32)同光社出版刊。 隠匿された由井正雪の軍資金百万両をめぐる人々の争いを描く三上於菟吉の伝奇小説。タイトルから見ると怪奇趣味と宝探しの安っぽい時代劇を思わせるが、四季の移ろいや風物描写に味わいがあり、さらに登場人物を極端に絞り込んだ対話による心理劇という手応えがあった。 主人公の春水主税は恩師の軍学者の遺言から、軍資金百万両の埋蔵先を教わり、関宿の東、下総の荒涼たる野原の古塚を掘り起こす。しかしそこには在り処を暗示する和歌しかなかった。 その埋蔵金の話を偶然盗み聞きした江戸の盗人半次は、地回り口入れ屋の組頭吉兵衛に協力を仰いで、主税の足取りを追う。 一…

  • 『春を知らぬ女』 大林清

    春を知らぬ女:大林清 1955年(昭30)東方社刊。 1949年(昭24)8月~12月、雑誌「りべらる」連載。元のタイトルは『産婦人科医』 表紙のタイトルには「を」が入っているが、本文では『春知らぬ女』で奥付までそれで通っている。表題作の他、中篇『女医』と短篇『女外科医』を併収して、医療物でまとめられている。連載の雑誌「りべらる」は終戦直後のカストリ雑誌の一つで、性科学や性風俗の特集記事や情報をメインに打ち出していた。連載小説もこうした女性の生態や心理に言及するものが多かったが、ドギツいエログロに堕することはなかった。中篇の『女医』も姉妹編として「りべらる」の1950年1月から連載が続けられた…

  • 『血染の革包:探偵講談』 山崎琴書

    血染の革包:山崎琴書 1896年(明29)駸々堂刊。 講談師、山崎琴書(きんしょ、1847~1925)の口演速記本の一つ。明治中期から後期にかけて探偵講談と称する探偵活劇の速記本を多く出版した。言い方によっては口述筆記スタイルの探偵作家とも言える。講釈師の口演には、漫談や脱線の多いものもあるが、琴書の語りはよく整理されており、口語体の小説と遜色なく読めた。 明治期の探偵小説には「血染の○○」というタイトルも多く出ていて、琴書にも別に『血染の片腕』という作品がある。警視庁の二人の敏腕探偵(まだ刑事とは言わない)の大村延蔵と速水左一郎が協力して事件に立ち向かう。 血染の革包:(広告) きっかけは巡…

  • 『望』 北島春石

    望:北島春石 1916年(大5)春江堂刊、前後終編の全3巻。 北島春石は硯友社系列の二流作家と見なされていたが、地方紙に新聞小説を書き、家庭小説の分野でも多くの作品が出版されており、文字通り「筆達者」な人物であったと思う。この『望』(のぞみ)も九州日報に連載された長編家庭小説で人気を博していた。 望:北島春石、川北霞峰・画 ヒロインの三枝子は娘の美作保を生んで幸福な家庭生活を送っていたが、ある時から夫の録弥の生活が乱れ出し、芸妓の艶香と身を持ち崩す状態となった。その原因は三枝子が従兄の大学生欣一と不義の交際をしていたという疑念からであり、娘も自分の子ではないと思い込むようになった。欣一は卒業後…

  • 『大蛇美人』 島田美翠

    大蛇美人:島田美翆 1896年(明29)駸々堂刊。(新撰探偵小説第9集) (だいじゃびじん)明治20~30年代に流行した最初期の探偵小説の一つ。大阪の大手版元の駸々堂からも春陽堂の向うを張って小冊子の形で続々と出版された。作者の島田美翆は柳川とも号し、精力的に書き散らした。内容は強盗や毒婦などの犯罪実録に準じたものがほとんどで、探偵(警察)の捜査も江戸の岡っ引の延長線上で、目の覚めるような推理や計略は皆無に近かった。この時期は言文一致体への移行期に当たるが、この作品に関しては純然たる文語体で終始し、読みにくいなりに格調が高い味わいがあった。 淀川の通い船に乗った商人文助が、相室となった美人客に…

  • 『妖精は花の匂いがする』 藤沢桓夫

    妖精は花の匂いがする:藤沢桓夫 1952年(昭27)東成社刊。(ユーモア小説全集第9) 長いタイトル。戦後の大阪を舞台とした二人の女子大生と独身助教授との恋愛感情の絡み合いと変容を描く。米川水絵と小溝田鶴子は仲良しだが、水絵は老舗菓子屋の令嬢で、一方の田鶴子は貧しい境遇で授業料も滞納していた。演劇仲間の男子学生唐木の紹介で、田鶴子は高額アルバイトの話に乗ることにした。それは美術写真のヌードモデルで、若い実業家のカメラ道楽のためという。その話を聞いた水絵は田鶴子に思いとどまるように忠告するが、田鶴子は唐木に見張り役を頼んで、撮影場所に向う。問題は写真が展示された後に起こる。彼女は学校側から退学を…

  • 『ごろつき船』 大佛次郎

    1928年(昭3)6月~1929年(昭4)6月、大阪毎日新聞及び東京日々新聞に連載。 1929年(昭4)改造社刊、上下2巻。 1970年(昭45)読売新聞社、大佛次郎時代小説自選集第4、5巻。 江戸末期の北海道、松前藩の廻船問屋八幡屋の当主の殺害と焼打ちは、家老蠣崎と競争相手の赤崎屋が結託した陰謀だった。藩士の三木原もその捨て駒として謀殺されるところだったが、八幡屋の遺児と共に逃亡を試みる。それを助けるのがうさぎの惣吉という盗人だが、藩を挙げての探索・討伐の勢力が迫り、危機スレスレの回避が続く。 舞台は北海道から津軽、江戸、大阪、京都さらには樺太まで広がる。筋運びはゆったりと進み、丁寧な叙述に…

  • 『いいわけ夫人:舶来小咄集』 玉川一郎

    いいわけ夫人:玉川一郎 1955年(昭30)久保書店刊。 フランス伝統の「小咄」いわゆるコント集。戦前の昭和13年(1938)にすでに『弁解夫人:風流紅毛短編集』というタイトルでほぼ同内容のものが出版されていた。そこでは一篇ごとに作者名が記載されていたが、戦後の新版では省かれている。 内容からすると、取るに足らないような話の連続なのだが、その限られた原稿枚数の中で、如何に話を切り出して読者の注意を惹きつけるかが、その作者の腕の見せ所なのだ。 弁解夫人:玉川一郎 ワンフレーズの言葉の勢いとか、魅力の持たせ方とかが興味深かった。大半が情話がらみの艶笑譚なのだが、戦前版においても発禁や伏字にならなか…

  • 『やがて青空』 北条誠

    やがて青空:北条誠 1955年(昭30)東方社刊、東方新書。 表題作『やがて青空』のほか、『女心を誰が知る』、『恋の十三夜』の中篇3作を収める。 やがて青空:東宝(1955) 『やがて青空』は1955年に東宝で映画化された軽妙なタッチのラブコメディ。高校教師の家庭に住む姉と弟。姉のいづみは流行誌のヤリ手記者、弟の喬夫は大学のボート部の選手。いづみは張り切って出向いた取材先でライバル社の記者の岩谷を人違いする失敗をするが、ろくに謝りもせず、むしろ反抗心を抱く。その岩谷がOBとして喬夫の合宿の面倒を見る。気の強かったじゃじゃ馬娘の気持が次第に恋情へと変化していく明朗篇。☆ 恋の十三夜:松竹大船(1…

  • 『悪美人』 渡辺霞亭(?)

    悪美人:渡辺霞亭(?) 1895年(明28)日吉堂刊。 この作品はNDLのデジタル・コレクションで偶然に見つかった。表紙の次にいきなり本文が始まり、故意か過失か、作者名が表記されるはずの中表紙もなかった。しかも最後尾の奥付にも著者名は省かれていた。想像するにこの版元日吉堂は、どこか別の版元で出した本の中身の版型だけを譲り受け、いわば海賊版のようにして売り出したのではなかろうか、ということになる。この中身の転売は明治期にはそこそこ頻りに行われていたようなので、お互い様だったのかも。 明治中期の出版で、まだ言文一致体は定着しておらず文語体が基本。この作品でも叙述文と会話文の区別をつけず、句読点も改…

  • 『東京ルムバ』 中野実

    東京ルムバ:中野実 1949年(昭24)週刊「サンデー毎日」連載。 1953年(昭28)東方社刊。 ヒロインの淡路笙子は窃盗の罪で刑務所に入っていたが、妊娠中で出産のため、仮出所した。結果は死産だった。彼女はそのまま入院先から逃亡し、安アパートに隠れていた。ある晩、彼女は線路際で銃に撃たれて苦しんでいる男佐伯を見つけ、アパートに連れ帰って、隣人の元軍医の医師に手当を頼み、自分の血を輸血して、佐伯は命が助かる。彼女は生活費と男の治療費を稼ぐために、友人の紹介でキャバレーの歌手として働くことになる。 東京ルムバ:大泉/東映(1950) 作中に「東京ルムバ」の歌詞が流れる。このタイトルの曲はこれが2…

  • 『秘密の鍵』 春日野 緑

    秘密の鍵:春日野緑 1926年(大15)サンデー・ニュース社刊。「探偵趣味叢書」第2編。 作者の春日野緑(かすがの・みどり、1892~1972)は大阪毎日新聞の社会部副部長だったが、2歳年下の江戸川乱歩に働きかけ、1925年(大14)に「探偵趣味の会」を発足させ、機関誌として「探偵趣味」を発刊した。これには当時の探偵作家のほとんどが参加し、昭和初期の探偵小説の隆盛の先駆けとなった。 春日野は同誌やサンデー毎日などに短篇を発表したが、ここに収めた「Bの亡霊」「真珠の値」「一本脚の徳さん」など数篇は、いずれも事件の発生とその捜査というよりも、事件の周辺に関わった人々の心情を語るスタイルで、探偵風味…

  • 『社会部記者』 島田一男

    社会部記者:島田一男 1959年(昭34)春陽文庫刊。 第4回探偵作家クラブ賞受賞作。「午前零時の出獄」、「遊軍記者」、「新聞記者」、「風船魔」の4つの連作短篇集。全体を通して東京日報社会部の記者たちの事件を追う姿を描く。中心人物として部長の北崎が部席に居座り、記者たちに次々と指示を飛ばし、警察との連絡、関係部署との調整等リーダーシップを発揮する。個々の記者たちの個性はあまり深く追わず、ドライなドキュメンタリー調で進めるのも当時の手法の一つだった。 午前零時の出獄:大映(1950) 1950年大映、1963年日活と二度映画化された「午前零時の出獄」は、刑務所から出所する男が顔役ににらまれて、消…

  • 『きんぴら先生青春譜』 鳴山草平

    きんぴら先生青春譜:鳴山草平 1954年(昭29)4月~1955年(昭30)6月、雑誌「婦人生活」連載。 1959年(昭34)講談社、ロマンブックス。 鳴山草平(なるやま・そうへい、1902~1972)は戦中期に時代小説で直木賞候補にもなったが、戦後は自身の教員としての経験を反映させた「きんぴら先生」のシリーズで人気を博した。この作品もその一つで、横浜市の希望ヶ丘にある女子高校に赴任した主人公坂田金平の身辺に起きる様々な事件と関係者との対応を描く。富豪の我がまま娘、理知的で持論を曲げない女生徒、教え子で金平を慕う映画女優、整い過ぎた美人教師と、彼の周囲は多事多難の連続となる。 きんぴら先生青春…

  • 『脱獄囚』 大下宇陀児

    脱獄囚:大下宇陀児 1938年(昭13)皇文社刊。 戦中期の抑圧された時期にさしかかる頃の出版。短篇小説一つだけの小冊子だった。地方の町や村を巡業する旅回りの一座。客の入りは芳しくない。女優の百合子のもとに家出をしてきた少年信吉が現われる。彼は百合子に年上ながらも慕情を抱き、近くの町から公演に通い詰めていた。彼女は少年の愚挙をたしなめ、弟に対するように諭すのだが、駅にはなぜか大勢の警官がいたので、車を雇って峠越えに付き添う。しかし一座の男優が少年の持つ札束を見かけて悪巧みをしようとする。少年を助けようと無意識に身を挺した女の行動には人間味の尊さが感じられた。悪事がいかに露顕して応報を受けるのか…

  • 『三面鏡の恐怖』 木々高太郎

    三面鏡の恐怖:木々高太郎 1955年(昭30)春陽堂書店、探偵双書。 探偵小説に文芸味も盛り込ませた木々高太郎の中篇。表題作『三面鏡の恐怖』の他『銀杏の実』を併収する。 水力発電に電源開発の夢を抱き続ける真山十吉は、財閥令嬢との結婚により資金面の後ろ盾を得られるとして、恋人の嘉代子と手を切る。失意の彼女は弁護士の平原と結婚するが、まもなく結核で死去する。真山の方も妻が早世するが、財閥家に残ったままで仕事を続ける。ある時、死んだ嘉代子の妹と称する伊都子が訪れ、姉の思いを伝え、資本の協力を申し出る。真山は少しずつ伊都子の魅力に惹かれて結婚する。弁護士の平原は伊都子が死んだはずの嘉代子の偽装ではない…

  • 『緋牡丹記』 有田治

    緋牡丹記:有田治、岩田専太郎・画1 1949年(昭24)1月~5月、『朱唇帖』のタイトルで小島政二郎が雑誌「婦人生活」に連載そして中断。 1949年(昭24)6月~1951年(昭26)9月、『緋牡丹記』のタイトルで有田治の草稿のまま、同雑誌に連載を継続。 1954年(昭29)同志社から有田治の全草稿を出版。冒頭の5回分は小島の文とは微妙に異なっている。 有田治は、雑誌「婦人生活」の社長原田常治(1903~1977)の筆名である。筆の立つ彼は雑誌にコラム記事なども載せていたが、実話をもとにした小説の草稿を書き溜めていたのを、小島政二郎が引き受けて『朱唇帖』というタイトルで連載を開始した。これは人…

  • 『ハートの3』 高橋筑峰

    ハートの3:高橋筑峰 1916年(大5)春江堂書店、冒険叢書第7.8編、前後2巻。 大正初期に数多く輸入上映された米国製無声映画のノベライズ本のようにも思えた。原作者名も明記されておらず、活動弁士が語るような記述になっている。高橋筑峰には講談の速記者という経歴もある。 物語の背景は米国紐育(ニューヨーク)とカナダ(加奈陀)。恋敵の乗った自動車に轢かれて不具の身となった男トラウンが、激しい憎悪と復讐心を持ってその男と息子アランを殺害しようと画策する。トラウンには娘が二人いるが、妹のローズはアランを愛するようになったのに対し、姉のジュディスは父親譲りの執念をもって家令たちの助勢を受けながら追撃する…

  • 『愚弟賢兄』 佐々木邦

    愚弟賢兄:佐々木邦、田中比左良・画 1942年(昭17) 大都書房刊。 1953年(昭31) 大日本雄弁会講談社刊。 佐々木邦(くに、1883~1964)は日本のユーモア作家の草分けとも言われ、明治末期から大正、昭和そして戦後まで、長年にわたる作家活動を続けた。 愚弟賢兄:佐々木邦、田中比左良・画愚弟2 この『愚弟賢兄』は最初、昭和初頭の1929年に出版されたが、田中比左良の挿画とともにその後戦中期、戦後期に繰り返し再刊されている人気作だった。主人公の語り手は成績がパッとしない大学生で、成績優秀で頭の良い兄からはいつも「お前は馬鹿だ」と言われ続けて育った。ここにタイトルの「愚弟」と「賢兄」の由…

  • 『女ジゴマ:探偵奇談』 高橋筑峰

    女ジゴマ:高橋筑峰 1912年(大1)春江堂書店刊。 「ジゴマ」(Zigomar) とはフランスの新聞連載小説の一つで、強盗、殺人などの凶悪犯罪を行う怪人のことで、警察や探偵を翻弄する姿勢が人気を呼び、映画化された。日本では1911年11月11日に初めて公開され、人々に大きな衝撃を与え、異常な評判となる社会現象となった。(下掲の「キネマ・レコード」誌の記事参照) 書物としても映画のノベライズ本や、翻案本、あるいは単なる便乗本、つまり「ジゴマ」が入っただけの書名で売ろうとした出版社が続出し、この時期(大正初期)だけでも20数点が出された。 この「女ジゴマ」もそうした便乗本の一つだった。京浜地区の…

  • 『大東京四谷怪談』 高木彬光

    大東京四谷怪談:高木彬光 1978年(昭53)光文社刊、カッパノベルス。 高木彬光の生み出した名探偵の一人、墨野隴人(すみの・ろうじん)の活躍する事件簿の第3作。その名前はバロネス・オルツィの名探偵「隅の老人」にあやかっているが、本業は企業コンサルタントで、ピアノ演奏はプロ並み、探偵は余技として、あまり自身の身辺を明かさない。 物語の語り手は有閑未亡人の村田和子。「四谷怪談」の現代劇バージョンを依頼された作家が、夜な夜なお岩と名乗る謎の女からの電話で仕事を妨害されている。供養のための墓参りの後で、蝋人形作家のアトリエを訪ね、お岩の人形に刺青を施しているのを見学するが、その夜、その蝋人形作家と彫…

  • 『秘密の宝:探偵奇譚』 三原天風(守田有秋)

    秘密の宝:三原天風 1914年(大3)日吉堂刊。 作者の三原天風(みはら・てんぷう)の名前は、大正初期に大人気の出た仏映画『ジゴマ』のノベライズ本や探偵活劇の著者として知られる。しかしそれは陰の顔であり、表の顔は守田有秋(もりた・ゆうしゅう、1882~1954)という評論家、翻訳家であった。守田は二六新報の記者を経て、戦争論や自由恋愛論の著作、そしてシェークスピアからデュマ、ホフマンスタールに至る広範な翻訳書も出している。 この『秘密の宝』というタイトルの意味は、満州にある老鉄山の虎来窟という洞窟に清朝歴代の宝庫が隠されているという、宝捜しの話なのだが、そこに至るまでの前置きが長かった。巻末に…

  • 『あら浪』 中井苔香

    あら浪:中井苔香 1914年(大3)日吉堂刊。 作者の中井苔香(たいこう)については詳細な情報が皆無に近い。大正期に著作が集中しているが、当初は悲劇小説、家庭小説が多く、その後滑稽本に移って行った。この小説は初期の悲劇小説の一つと考えられる。 あら浪:中井苔香 幼くして親に先立たれた兄弟が、唯一の身内である叔父を頼って東京に出たものの、その叔父は養育するどころか、奴隷のように酷使したので、彼らは夜逃げをする。馴染みの村へ帰る途中、今度は男の甘言に乗せられて東京に戻り、身体を売り飛ばされて兄弟共に離れ離れになる。兄はクズ拾い、弟は中国に連れて行かれてしまう。こうした社会の底辺での困窮生活を詳細に…

  • 『六一八の秘密』 野村胡堂

    六一八の秘密:野村胡堂 1953年(昭28)偕成社刊。 1968年(昭43)偕成社、ジュニア探偵小説 第14巻 頭の切れる女子中学生の恵美子が探偵役として活躍する。前に読んだ胡堂の少女探偵物『金銀島』と同じように少女雑誌に連載されたものの同類の一つと思われる。女子探偵の恵美子とともに警視庁を退職した柳文平老人が協力して、怪盗団が次々と繰り出す凶行に対し、知略をもって対抗する。ジュニア向けながらも無惨な殺傷場面が多く、少年少女がここまで前面に出ることはありえないのだろうが、胡堂は派手なアクション場面を含めて描き切っている。 タイトルの数字「618」から連想するのは、ルパン物の名作「813」だが、…

  • 『欧羅巴女一人旅』 馬郡沙河子

    欧羅巴女一人旅:馬郡沙河子 1924年(昭7)朝日書房刊。 著者の馬郡沙河子(さがこ)については情報が皆無である。地方の医者の家に生まれ、女学校は東京で進取の精神を培ったようだ。名前は文中にもあるように満州の大河の一つ沙河から取ったらしい。彼女が一人で欧州旅行を企てたとき、親は婚資を旅費に充てるので結婚時には何もないから、と言いながらも旅行を許してくれるほどの寛容さだった。昭和初期の、欧州では両大戦間の時期に当たり、世界恐慌の前で、比較的世情が安定していた頃になる。船で朝鮮に渡り、列車を乗り継いで満州からシベリア経由、陸路で欧州に着き、ドイツ、フランスを経て英国で数カ月過ごし、帰路は船でという…

  • 『なるほど』 小島政二郎

    なるほど:小島政二郎 1956年(昭31)1月~8月、雑誌「読切俱楽部」連載。 1956年(昭31)東方社刊。 雑誌には「巨匠の野心作」という触れ書があった。単行本には表題作の他に短篇4作を収める。 主人公の美青年幸三は、ホテルのボーイとして働いていたが、休日の銀座でスリが掏った財布を取り返して、貴婦人の許に届けた。それがきっかけで彼は雑誌社へ転職する。物怖じしない彼は作家の郡司先生と不思議と気脈を通じる。片や莫大な遺産を継ぐことになった女給の身辺に起る不審な動きなど、全編にミステリーが加味され、更には意表外のどんでん返しまで盛り込まれていた。盛り過ぎかも。☆☆ なるほど:小島政二郎、栗林正幸…

  • 『死頭蛾の恐怖』 甲賀三郎

    死頭蛾の恐怖:甲賀三郎 1935年(昭10)春秋社刊。 1935年(昭10)1月~6月、雑誌「日の出」に『死頭蛾の恐怖』を連載。 昭和日報の新聞記者、獅子内俊次が身体を張って活躍する事件。彼については以前読んだ『姿なき怪盗』の事件でも登場している。目に見えない謎の致死病の正体を突き詰めて行くプロセスが卓越した筆さばきで描かれていた。昭和初期の下北沢(世田谷区)が、当時は材木置き場や成金実業家の邸宅などとして事件の舞台となっていたのが個人的には親近感を覚えた。確かに造化の妙で、死頭蛾の模様は髑髏に見えるのだが・・・☆☆☆ 他に連作集『暗黒紳士』、短篇『血染の裸女』、『臨終の告白』を収める。 De…

  • 『血染の美人』 渡辺黙禅

    血染の美人:渡辺黙禅 1912年(明45)日吉堂刊。 渡辺黙禅は、歴史の荒波に翻弄されながらも生きる人々の姿を広大な構想の下に描くのをスタイルとしていた。この作品は一見すると探偵小説のように思えたが「題名はずれ」の黙然風小説だった。物語の進行を見守る視点を女中奉公に出た素直な性格の利発そうな娘、富貴子に置いたのも面白い。 若後家だという女主人が一人で住むその家は、女中が三日で次々と辞めて行く化物屋敷であるという噂を聞かされ、彼女は最初の数日間の夜を恐々と過ごすが、持ち前の好奇心と賢さで怪奇の正体を見極めようとする。 物語の後半は、日清戦争後、中国で辛亥革命を画策する革命派の闘士が清国の官憲の追…

  • 『青自働車:探偵奇譚』 俊碩剣士(北島春石)

    青自働車:俊碩剣士 1916年(大5)春江堂刊、探偵文庫。 俊碩剣士(しゅんせき・けんし)の3冊目を読んだ。この人は探偵活劇専門の作家として米国製活劇映画のノベライズ本を含め、大正時代の初期に十数冊の本を出している。奥付を見ると本名北島俊碩とあるので、同時代の作家、北島春石と同一人物ではないかと考えられる。要するにサイドビジネスとして探偵活劇を書く時の別称だったのかと。元々硯友社の門人の一人であった北島春石(きたじま・しゅんせき、?~1923 ?)は家庭小説を量産した通俗作家と見なされているが、古書研究家の故小田光雄氏の記述(下記抜粋)以外には詳細を知る術がなかった。非常に「筆の立つ」人だった…

  • 『頓珍漢十手双六』 玉川一郎

    頓珍漢十手双六:玉川一郎 1956年(昭31)1月~5月、雑誌「読切俱楽部」連載。 1956年(昭31)東方社刊。 1960年(昭35)12月、雑誌「読切倶楽部」に「夜光珠事件」を再掲載。 (とんちんかん・じゅってすごろく)初出当時は通しタイトルが「藤吉捕物帖」となっていたが、単行本では表記に変わった。藤吉物9篇と「黒門町の伝七」物2篇を収める。 藤吉捕物帖:玉川一郎、神保朋世・画 本郷の妻恋稲荷の近くのある湯屋「さくら湯」の家付き娘に見染められた藤吉は入婿となるが、釜焚きの手伝い以外に仕事がないので、新花町の半六親分(半七ではない)の下っ引きになっている。彼は奇しくも銭形親分の手下、ガラッ八…

  • 『君よ知るや』 藤沢桓夫

    君よ知るや:藤沢桓夫 1956年(昭31)9月~1957年(昭32)8月、雑誌「読切俱楽部」連載。 1957年(昭32)東方社刊。 大阪の繁華街を舞台としたロマンス篇。ヒロインの朱美子は平凡なサラリーガール。甲斐性のない兄が使い込んだ資金の穴埋めのため、その旧友は大金を融通する代わりに、彼女に道ならぬ恋を打ち明けて迫る。彼女はそれを拒否し、金を返すことにするが、札束を入れたハンドバッグを置き忘れて絶望する。この「バッグを置き忘れる」という設定が一般女性の性質上あまり起こり得ないことで、作為的に感じた。 君よ知るや:藤沢桓夫、下高原健二・画1 バッグは幸いにも真面目な青年順一に拾われるが、それを…

  • 『秘密島:怪奇小説』 鹿島桜巷

    秘密島:鹿島桜巷 1907年(明40)大学館刊。 大学館という版元はその名前とは違って、趣味娯楽書、実用書、家庭小説、探偵小説、冒険小説といった当たりの柔かな書籍の発行が大勢を占めていた。その常連作家の一人、鹿島桜巷(かしま・おうこう、?~1920)は茨城県の鹿島神宮の宮司の家系に生まれ、地方紙の記者を経て作家となった。若い頃は探偵小説や冒険小説を書いてそこそこ親しまれたが、大正期の晩年は情念を掘り下げた手応えのある作風となった。また、幕末の志士たちにまつわる史伝なども高く評価されている。 この小説は「怪奇小説」と銘打っているが、押川春浪並みの海洋冒険小説三部作の第一篇だった。日露戦争中に旅順…

  • 『有楽町で逢いましょう』 宮崎博史

    有楽町で逢いましょう:宮崎博史 1958年(昭53)東京文芸社刊。 1957年11月~、雑誌「週刊平凡」で連載。 このタイトルは、東京に進出した「そごうデパート」の広告キャンペーンのキャッチフレーズだった。デパートは有楽町の西口に開店したが、それに前後してテレビの歌番組、歌謡曲、連載小説、映画などで広まり、特にフランク永井の歌う歌謡曲が大ヒットした。 ※有楽町で逢いましょう フランク・永井 www.youtube.com ※Wikipedia 有楽町で逢いましょう(広告キャッチフレーズ) 有楽町で逢いましょう - Wikipedia 小説では、大学のサッカー選手と富豪令嬢の短大生との若いカップ…

  • 『女優殺し:探偵小説』 無名氏

    女優殺し:無名氏 1907年(明40)大学館刊。 表紙の傍題に「二六新聞懸賞小説」と表記されているが、作品コンテストではなく、いわゆる「犯人当てクイズ」の懸賞付きだった。解決篇の直前に応募締切後の「怪しい人物」の投票結果が掲載されている。それを見ると、真犯人は本命から大きくハズレていたので、新聞社や作者としてはニンマリと満足だったに違いない。しかも伏線があるので、納得性も十分だった。投票総数は3万通を超えており、そこそこの人気だったようだ。 これは英国小説からの翻案と思われる。例によって原作者は不明。「倫敦」以外の地名や登場人物名はすべて和名に置き換えられ、想定する手がかりすらない。地方の名士…

  • 『怨の恋』 篠原嶺葉

    怨の恋:篠原嶺葉 1908年(明41)大学館(うらみのこひ) 篠原嶺葉(しのはら・れいよう)は硯友社の門人として知られるが、なぜか生没年を含め、その人物像が語られることが皆無に近い作家の一人である。明治後期から大正時代にかけて、家庭小説と称された作品が多数刊行されたことを見ても、当時は人気作家だったと思われる。 この小説の「はしがき」にあるように、「富豪の家に生まれ、春秋に富み、健康人に勝れ、容貌衆に肥えたる」という跡取り息子が突然自殺するという事件から物語は始まる。海外留学を終え、華族の美しい令嬢との結婚を目前としていた。その死の謎を解くには、時間を遡る必要があった。富豪の当主の懇願に応じて…

  • 『男は沢山いるけれど』 北村小松

    男は沢山いるけれど:北村小松、田中比左良・画1 1955年(昭30)1月~8月、雑誌「婦人生活」に連載。 1955年(昭30)1月~6月、雑誌「新婦人」に「どこであなたと」連載。 1955年(昭30)東方社刊。 北村小松(1901~1964)は、戦前は映画のシナリオ作家、戦後はユーモア作家として活躍した。戦後の婦人雑誌では何本もの連載小説を載せるのが主流だったが、メロドラマの他にユーモア小説も多く、二色刷りの挿絵が豊富な絵物語スタイルは、田中比左良などが数年にわたって各作家の作品に色どりを添えた。これらの作品はその後単行本化されているが、挿絵は除外されているために、雑誌で読む(見る)楽しみに比…

  • 『石の下の記録』 大下宇陀児

    石の下の記録:大下宇陀児、永田力・画 1948年(昭23)12月~1950年(昭25)5月、雑誌「宝石」連載。 1951年(昭26)岩谷書店刊。 1953年(昭28)春陽堂書店、日本探偵小説全集 タイトルの「石の下」とは、屋敷跡の庭石として残された大きな青い石の下に空洞があって人目につかないので、その場所を「交換日記」のノートの隠し場所として使ったことを指す。 終戦直後の東京。新しい社会秩序も価値観も定まらない状況で、不良学生たちは酒や麻雀に明け暮れ、娼宿に通ううちに金欠となり、集団強盗を企てる。彼らは仲間の符牒のようにスラングを多用し、結束を固める。代議士の息子有吉もそこに加わるが、まだ少年…

  • 『千両文七』 高木彬光

    千両文七:高木彬光 1956年(昭31)東方社刊。 1967年(昭42)2月、雑誌「小説倶楽部」に「羽子板娘」再掲載。 1968年(昭43)2月、雑誌「小説倶楽部」に「雪おんな」再掲載。 1960年(昭35)12月、雑誌「読切俱楽部」に「花嫁の死」再掲載。 高木彬光は数多くの名探偵を作り出している。現代物ではこれまで読んだ神津恭介や大前田英策などだが、時代捕物としてはこの千両文七ということになる。千両という渾名がついたのは、当時人気のあった千両役者、尾上菊五郎に顔が似ているということで、普通の目明し同様、宵越しの金は持たなかった。手下の合点勘八との息の合ったコンビでソツなく次々と事件を解決して…

  • 『この日美わし』 大林清

    この日美わし:大林清 1959年(昭34)東京文芸社刊。 戦後昭和期の紋切り型メロドラマの一つ。登場人物の設定が今どきの少女コミックに通じるのと、プロットの組立てにやや安易すぎる面もあった。 満州で孤児になった兄妹。帰国後、兄は若手作曲家として売り出し、妹は美容学校を経営する女傑の秘書として働く。彼らはこの女傑に世話になったので頭が上がらないが、彼女は性格的に強引で高圧的な言動で彼らの心まで支配しようとする。妹の朝美がヒロインだが、これに陰湿な性格の自分の甥を結婚させようと画策する。朝美には別に相思相愛の恋人和也がいるが、彼の方は、勤務先の収賄事件に巻き込まれた上に、乗る予定の連絡船の沈没事故…

  • 『さまざまの夜』 菊村到

    さまざまな夜:菊村到 1962年(昭37)1月~12月、雑誌「新婦人」連載。 1963年(昭38)河出書房新社刊。 1957年の芥川賞受賞作家、菊村到(1925~1999)によるサスペンス味の効いた恋愛小説。結婚するつもりで恋人と交際を続けているヒロインのまゆみだが、愛を深めるための婚前交渉には消極的だった。ある日社用でデートを断った彼女は、銀座で恋人の潔が見知らぬ若い女と連れ立って歩く姿を見た。思わず後をつけた彼らの背後には別の男が同じように追尾していたことがわかる。 さまざまな夜:菊村到、宮永岳彦・画1 別の日には自分の父親が若い女性と温泉街を歩いているのを見てしまう。彼女は平凡な波風の立…

  • 『三万両五十三次』第1巻・愛憎篇 野村胡堂

    三万両五十三次:野村胡堂、志村立美・画 1932年(昭7)3月3日~1933年(昭8)7月29日、「報知新聞」連載。 1948年(昭23)湊書房刊。 野村胡堂の長編小説の一つ。銭形平次のシリーズに比べれば知名度は低いが、昭和7年から8年にかけて報知新聞に連載されて人気を博し、映画化もされて親しまれた。 幕末の黒船来航期、高まる倒幕論を懐柔するために、老中堀田備中守は三万両を京都の公家たちの許に運ぶ計画を立てた。それを阻止して軍資金にしようと企む討幕派の志士たちに加えて、陽炎のお漣の盗賊団の一味、三万両の警護役を拝命した馬場蔵人、その彼を仇討目的で狙う武家の娘と下男、江戸の侠客などが複雑な利害関…

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