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  • ルター ローマ書講義 聖書 引用部分とその本。 第一章一節 イエス・キリストの僕パウロ(一・一)

    〈聖書引用部分〉私は自分で自分をさばくことさえしません。私をさばく方は主です。ですから、主が来られるまでは何についても先走ってさばいてはいけません。〈ローマ書講義〉さればこそ、人はこうしたすべてのことにおいて、謙遜に身を保つこと、あたかも、これまでなにも所有していなかったかのようにすべきである。そして、人を義しい・賢いものとしてみなしたもう神の赤裸々なる憐れみに依り頼むべきである。神がそのようにし...

  • ルター ローマ書講義聖書引用部分とその本。

    〈聖書引用部分〉娘よ聞け。心して耳を傾けよ。あなたの民と あなたの父の家を忘れよ。(詩篇四五・一〇)主はアブラムに言われた。「あなたは、あなたの土地、あなたの親族、あなたの父の家を離れて、わたしが示す地へ行きなさい。」(創世記一二・一)花嫁よ、私と一緒にレバノンから、私と一緒にレバノンから来ておくれ。マアナの頂から、セニルの頂、ヘルモンの頂から、獅子の洞穴、豹の山から下りて来ておくれ。(雅歌四・八...

  • ルター ローマ書講義 聖書引用部分とその本。

    <聖書引用部分>見よ、わたしは、わたしのことばをあなたの口に与えた。見なさい。わたしは今日、あなたを諸国の民と王国の上に任命する。引き抜き、引き倒し、滅ぼし、壊し、建て、また植えるために。(エレミヤ一・一〇)あなたが見ておられると、一つの石が人手によらずに切り出され、その像の鉄と粘土の足を打ち、これを粉々に砕きました。(ダニ二・三四)<ルター ローマ書講義>すなわち、われわれの中なる(言いかえると...

  • ルター ローマ書講義 聖書引用部分とその本。

    <聖書引用部分>また明かりをともして升の下に置いたりはしません。燭台の上に置きます。そうすれば、家にいるすべての人を照らします。山のうえにある町は隠れることができません。<ローマ書講義>ここでは、むしろ、逆であることが教えられねばならぬ。つまり、教会においては、ただ単にわれわれの義しさやかしこさが無であって、決して誇りかに持ち出されないよう、また、名声のためにほめられないようにと懸命になるのみでは...

  • ルター ローマ書講義 聖書引用部分とその本。

    <聖書引用部分>彼らは自分たちは知者であると主張しながら愚かになり、<ローマ書講義>むしろ、徳と知恵とに対する純粋な愛をもってこれに執着していたにしても(彼らのなかには極めて優秀・きわめて誠実な人がある。そしてソクラテスのほかはあまり知られていない)、しかも彼らは己が内心においては自ら悦に入ることを禁じ得ず、少なくとも己が心では、あたかも自ら相当賢い。相当義しい。善良な人間として誇ることを禁じ得な...

  • ルター ローマ書講義

    <ルター ローマ書講義>この手紙の要旨は、肉のかしこさと義しさをば(たとい、それが人々の眼に、またわれわれ自身の前にあってすら、どのようにありえようとも)、その多くがいかに衷心から出ており誠実から出ていようとも、それをば、いっさい破壊し・引き裂き・瓦解させるにあり、また、罪をば(それがいかにわずかしか彼らに存せず・着せられぬにせよ)こしらえ・構成し・大きくするにある。...

  • ルター ローマ書講義

    <ルター ローマ書講義>この手紙における使徒の要旨、また意向は、自己のあらゆる義しさと賢さを打破することと、かつては存在しなかったところの(すなわちこのような義しさのゆえに、決して存在しないとわれわれには思われていたところの)罪〔ならびに愚かしさ〕を確認し・多くし・大きくすること(すなわち、今なお存続しており、また、多くあり多くあることが認知されるようにすること)と、このようにして、これを〔真に〕...

  • ルター ローマ書講義 聖書引用部分とその本。

    <聖書引用部分>アベルもまた、自分の羊の初子の中から、肥えたものを持ってきた。主はアベルとそのささげ物に目を留められた。 (創世記4:4)<ルター ローマ書講義>つまり、神の御前では、愚かなユダヤ人・異邦人・全ての功績主義者(イウスチチアーリ)らがおこがましくも信じているように、だれかが義しいことを遂行することによって義しくなるというような具合にはならないのであって、むしろ義しく存在することによっ...

  • キリスト教綱要1·11·2

    読了神が禁止命令に付け加えたもうた理由にもとづき、次のことが容易に結論される。第一に、モーセの書にこう言われている。「ヤーヴェがホレブの谷であなたに語られたことを忘れるな。あなたは声を聞いたが、体は見なかった。だから、あなたは自ら戒め、欺かれないようにし、自分のために何の似姿もつくらぬようにせよ。云々」(申命記4:15)神が明らかにその御声を一切の形あるものと対置しておられるのを我々は見る。アウグ...

  • キリスト教綱要1·11·1

    読了曰く「神に何らかの形が帰せられるごとに、神の栄光は不敬虔な虚偽によって侵害される」と。...

  • キリスト教綱要1・7・3

    読了そういうわけで、アウグスティヌスは、敬虔な人たちの信仰が教会の権威によって基礎づけられていると説くのでなく、福音の確かさがここに依存していると理解しているのでもない。<キリスト教綱要1・7・3>...

  • キリスト教綱要1・7・2

    読了けれども、このような駄弁は使徒のただの一言で見事に反駁されてしまう。すなわち、「教会は預言者と使徒の礎に支えられる」(エペソ2:20)と証しされるのである。そういうわけで、教会は聖書を受け入れ、これに同意することを確認するが、それは本来疑わしいもの、あるいは係争中のものをこのようにして権威付けるという意味ではない。<キリスト教綱要1・7・2>...

  • キリスト教綱要1・7・1

    読了主は御自身の真理がこれによって永久に記憶に留められるよう聖別されることを良しとしたもうた。それ故、神御自身の生ける御声がそこで聞かれるために天から注がれたと確信されるものでないならば、これは新校舎に対して十分な権威を要求することはできない。ところが、「聖書は教会の承認を得る限りにおいてのみ重要性を持つ」との、これ以上破滅的であり得ない、誤った見解が広く流布されている。<キリスト教綱要1・7・1>...

  • キリスト教綱要1・6・3

    読了それ故、世界で最も美しい形の内に刻まれている御自身の御姿も十分な効果を上げることができないのを考慮したもうたので、教えの実りを収めさせようとされた全ての者に、御言葉の援助を付け加えたもうたことは明らかである。そこで、我々が真剣に神を瞑想しようと熱烈に志すならば、この正道にのっとって進むべきである。私は言う、御言葉にこそ赴かねばならない、と。<キリスト教綱要1・6・3>...

  • キリスト教綱要1・5・15

    読了けれども、神についての純粋・明確な認識へと向上する能力が我々に先天的に欠けているとはいえ、愚鈍という悪徳が自己自身の怠慢と忘恩を常に責めるのであるから、これを無知にかこつけることはできない。とはいえ、最も真実な事情は、被造物によって立派に示された証だけでは、神の栄光について我々を教えるに決して十分でないということである。なぜなら、我々は世界の考察によって神的なものを味わい始めるや否や、早くも真...

  • キリスト教綱要1・5・14

    読了以上のようなわけで、世界の構造の中には、その造り主を明らかにすべく、かくも多くの輝く松明が光っているのであるが、それらは我々を空しく照らすだけである。すなわち、それらは我々を到る所で照らしはするが、我々を正しい道に導くことは決してできない。<キリスト教綱要1・5・14>...

  • キリスト教綱要1・5・13

    読了また「純粋な宗教を汚す者ー自己の見解に捕らわれている者は全てこうならざるを得ないのだがーは、唯一なる神から離反する」ということが主張されなければならない。<キリスト教綱要1・5・13>...

  • キリスト教綱要1・5・12

    読了また、或る人は〔異教徒の詩人〕シモニデスの返答ぶりを称賛している。すなわち、彼は僭主ヒエロンから「神とは何であるか」と問われた時、考えるための一日の猶予を請うた。次の日、僭主が同じことを尋ねた時、二日の猶予を請うた。こうして幾度も幾度も日数を倍にして延ばした挙げ句、遂にこう答えたのである。「この問題について長く考えれば考えるほど、私にはいよいよ分からなく なって来ました」と。確かに彼が自分に分...

  • キリスト教綱要1・5・11

    読了更に、たとえこれらのことから導き教えられて神を考えざるを得ないようにされたとしても(こういうことは全ての人に起こらなければならぬのであるが)、ハッと神的存在について或る感銘を抱いた時であったとしても、直ちに己自身の肉的妄想に走ったり、あるいは倒錯した虚妄に陥ったりして、神の純粋な真理を己の空しい思いによって腐敗させることがある。<キリスト教綱要1・5・11>...

  • キリスト教綱要1・5・10

    読了曰く「もしも今、あらゆる罪にあらわな罰が下されているならば、最後の審判のために取って置かれるものは何一つないと思われる」(神の国)1,8)。...

  • 食肉人種

    ...

  • 視聴 完

    ...

  • キリスト教綱要1・4・1〜4 引用聖句

    彼らは自ら知者と称しながら、愚かになり、 ローマ人への手紙 1:22 口語訳 愚かな者は心のうちに「神はない」と言う。 彼らは腐れはて、憎むべき事をなし、 善を行う者はない。 詩篇 14:1 口語訳 彼は自分の不義があらわされないため、 また憎まれないために、みずからその目でおもねる。 詩篇 36:2 口語訳 彼は心のうちに言う、「神は忘れた、 神はその顔を隠した、 神は絶えて見ることはなかろう」と。 詩篇 10:11 口語訳...

  • ルーテル同胞カテキズム 問11

    〔十戒の第一面〕   問11 十戒の第一面は何ですか。   答 最初の戒めです。それは神を愛するこ とを命じています。 イスラエルよ聞け。われわれの神、主は唯一の主である。 あなたは心をつくし、精神をつくし、力をつくして、あなたの神、主を愛さなければならない。 きょう、わたしがあなたに命じるこれらの言葉をあなたの心に留め、 努めてこれをあなたの子らに教え、あなたが家に座している時も、道...

  • ルーテル同胞カテキズム 問10

    問10 十戒の役目は何ですか。 答 十戒には三つの役目があります。 (1)十戒は、人が人として生きる道、すなわち、 神が創造されたこの世界の秩序(創造の秩序) を教えます。 「先生、律法の中で、どのいましめがいちばん大切なのですか」。 イエスは言われた、「『心をつくし、精神をつくし、思いをつくして、主なるあなたの神を愛せよ』。 これがいちばん大切な、第一のいましめである。 第二もこれと...

  • 結城アイラ violet snow あなたは雪の様に白い

    詩人 あなたは雪の様に白い...

  • 椎名林檎 ありあまる富 いのち すべてを供給し支える根源

    いのち 詩人が知らずして証したとおりいのち すべてを供給し支える根源 人はそれをうばうことができない。...

  • キリスト教綱要1・5・8

    読了 事実、神の栄光がいか に照り渡ろうとも、これを真実に見る者は百人中かろうじて一人いるかどうかであ る。 <キリスト教綱要1・5・8>...

  • キリスト教綱要1・5・7

    読了 というのは人類社会を管理するにあたって、神は摂理を確立し、万人に対 してあらゆる手段を尽して慈しみ深く優しくあられるが、しかもなお経験な者に は寛大を、不正・冒涜の輩には峻厳を宣告する明白なしかも日毎の示しがあるか らである。すなわち、神が破廉恥な行為に報復されることは疑いなく、そのよう にまた善良な者の人生を祝福によって栄えさせ、その窮迫を助け、悲しみを和ら げ、慰めを与え、禍をなくし...

  • 神の再発見 トウザー 45p

    神が宣言したもうことを、信者は、それ以上の証拠を必要とせずに信じます。(中略)それがアブラハムの態度でした。キリスト紀元の最も偉大な思想家のひとりで「第二のアウグスティヌス」と呼ばれたアンセルムスの態度でもありました。彼は、信仰は理解しようとするあらゆる努力に先行しなければならないと主張しました。当然信仰があってはじめて啓示された真理を思い巡らすことができるのです。しかし、信仰はまず聞く耳に来るの...

  • キリスト教綱要1・5・6

    読了そこで、我々は己の本性を考察する時、一人の神が在し、一切の自然を支配し、我々が彼に期待し、己が信仰を彼に向け、彼を拝み、その御名を呼ぶことを欲したもうということを常に記憶に刻んでおこう。すなわち、己の内に神的存在の息吹を感ぜしめるこのような輝かしい賜物を、寛大にも授けたもうた施し主を無視するにまして、甚だしい本末転倒はないからである。ただ私はここで、〔教会の〕内の人であろうと外の人であろうと、...

  • キリスト教綱要1・5・5

    読了彼らは、「魂の諸機能は〔外なる身体の各部に対応するための〕器官のようなものである」と言われるのを盾に取って、魂を肉体の拘束のもとに置き、肉体なしでは村立できないと論じ、実に、できる限り自然をほめあげて、神の御名を押し潰すのである。<キリスト教綱要1・5・5>...

  • キリスト教綱要1・5・4

    読了神がいかに驚くべき方法を用いて彼らの内に御業を為しておられるかを感じ、神の寛大さからいかに莫大な贈り物を受けているかを実際経験そのものによって教えられており、欲すると否とに関わらず、これらが神性に関する徴であると知らずにはおられないのに、彼らはこれを自身の内に押さえつけてしまうのである。確かに、彼らが天から与えられたものを己のものとはせず、精神を照らして神をはっきり見させる光を地中に埋めさえし...

  • 池田創造先生へ

    御霊と真理による礼拝聴きました。池田先生、私はあの手紙への応答であると受け取りました。神の愛を受け取りました。主に罪を告白し、主に膝をかがめ、自分の内に泉を保ちます。さあ 主に向かって 喜び歌おう。私たちの救いの岩に向かって 喜び叫ぼう。詩篇95篇1節✉💙☢...

  • ローマ書講義 ルター 1ー7p

    読了この手紙の要旨は、肉のかしこさと義しさをば(たとい、それが人々の眼に、またわれわれ自身の前にあってすら、どのようにありえようとも)、その多くがいかに衷心から出ており誠実から出ていようとも、それをば、いっさい破壊し・引き裂き・瓦解させるにあり、また、罪をば(それがいかにわずかしか彼らに存せず・帰せられぬにせよ)こしらえ・構成し・大きくするにある。《だから、聖アウグスチヌスは「霊と文字について」の...

  • キリスト教綱要1・5・3

    読了こういう理由で、パウロは「目の見えぬ人にも手探りで神を見出すことができる」と注意を促した時、直ちにそれに添えて、「神を遠くに尋ねるには及ばない」と言っている(使徒行伝17:27)。なぜなら、我々はそれぞれ自らの内に、己を活かす天上の恵みを疑うことなく感じ取っているからである。さて、神が何であるかを理解するためには、我々自身の外に出て行くに及ばぬとすれば、神を発見すべく自己自身の内に下り行くことを拒...

  • キリスト教綱要1・1・1〜3 引用聖句

    われわれは神のうちに生き、動き、存在しているからである。あなたがたのある詩人たちも言ったように、 『われわれも、確かにその子孫である』。使徒行伝 17:28 口語訳マノアは妻に向かって言った、「わたしたちは神を見たから、きっと死ぬであろう」。士師記 13:22 口語訳その時わたしは言った、「わざわいなるかな、わたしは滅びるばかりだ。わたしは汚れたくちびるの者で、汚れたくちびるの民の中に住む者であるのに、わたしの...

  • キリスト教綱要1・5・2

    読了確かに、星の運動を調べ、その位置を定め、隔たりを測定し、それぞれの特性を記述するためには、技術つと人一倍精緻な技巧が必要である。こういう学びをして神の摂理がいよいよ明らかになれば、精神は神の栄光を見るようにいよいよ高められる。けれども、ただ目で見るという手段しか持たない一般人や素朴な人々も、神の優れて気高い巧みさがこのように無数にあって、しかも一つ一つ区別されよく配分された天上の万象の変化の内...

  • キリスト教綱要1・5・1

    読了神の本質は確かに測り知れないものであって、その神々しさは一切の人間感覚を遥かに超え出ている。けれども、神の御業の一つ一つには神の栄光の確かな印が刻まれていて、いかに粗野で愚鈍な人であっても、知らなかったということを口実にするわけに行かぬほど明瞭に注意を引くように刻み付けられている。<キリスト教綱要1・5・1>...

  • キリスト教綱要1・4・4

    読了しかし、神の力によって避けられない悩みが突きつけられたのを悟ると、これは押しのけることも避けることもできないものであるから、彼らは恐れて退く。<キリスト教綱要1・4・4>...

  • キリスト教綱要1・4・3

    読了だが彼らは、真の宗教はいわば不変の規範である神の御意向に一致すべきものであり、そして神は常に同一の御方でありつづけ、各人が好き勝手にその形を手加減することができるような想像や空想のものでありたまわぬことに注意を払わない。また、迷信によって神を喜ばせようとしている時、偽りの装いの下でいかに神を愚弄することになるかは明らかである。なぜなら迷信というものは、殆ど神が関心なしと示したもうた事ばかりを確...

  • 神の再発見 トウザー 25p

    「あなたは神の深い事を窮めることができるか。」...

  • キリスト教綱要1・4・2

    読了さて、このような人々の狂乱ぶりをいっそう忌まわしくするのは、彼らが神からその本質を奪い取ることこそしないとしても、審判と摂理を剥奪し、神を何ら為すことない者として天上に閉じ込めるのであるから、神の在すことも結局は否定する、と言われる点である。彼らは自分自身に具わる感覚に逆らって、神をこの感覚のうちから追い出すのみでなく、天上においてさえ廃絶させようとするが、にも拘わらず、その無感覚を押し通した...

  • 神の再発見 トウザー 41p

    人はみな、それぞれの信仰によって生きています。未信者も聖徒と同様です。すなわち、一方は自然の法則への信仰により、他方は神への信仰によって生きているのです。人はみな、その生涯を通して理解することなく絶えず受け入れています。最も学問のある聖人も、一つの単純な「何?」という質問で沈黙させられます。その質問に対する答えは、いかなる人の発見能力をもっても届くことのない未知の深淵の中にいつまでもとどまってい...

  • 神の再発見 トウザー 38p

    神の統一性の教義は、ただひとりの神がおられるということを意味するばかりでなく、同時にまた、単体であられ非複合体であられ、ご自身とひとつであることを意味します。神のご本性の調和は、各部分の完全なバランスの結果ではなく、部分がないことによる結果なのです。神の種々の属性には、それぞれ何の矛盾もありません。神には、一つを押えて、もう一つを働かせるというようなことをする必要はありません。なぜなら、神にあって...

  • ハウスチャーチ反駁

    ハウスチャーチは日本の高齢化する社会での”教会の危機”として牧師の不在を訴え 牧師がいなくても運営できる教会を目指した。  だが現状は牧師の賜物への妬みをもって牧師を駆逐する欲望によって教派の立脚は砂塵と化した。 教会を私物化しようとする動機をもって家庭礼拝との垣根を壊しアメーバ的に広がっていった。  その性格上常にスケープゴートを必要とする。イエス様を角の礎石とし使徒と預言者を土台...

  • ハウスチャーチ反駁

    ハウスチャーチは日本の高齢化する社会での”教会の危機”として牧師の不在を訴え牧師がいなくても運営できる教会を目指した。だが現状は牧師の賜物への妬みをもって牧師を駆逐する欲望によって教派の立脚は砂塵と化した。教会を私物化しようとする動機をもって家庭礼拝との垣根を壊しアメーバ的に広がっていった。その性格上常にスケープゴートを必要とする。ヴァンピール...

  • キリスト教綱要1・3・2

    彼らは神の御顔の前から身を隠すあらゆる隠れ家を捜し求め、己が魂の中から神を拭い消そうとする。けれども、欲するにせよ欲せぬにせよ、彼らはいつも網に掛かっている。<キリスト教綱要1篇3章2節>...

  • キリスト教綱要1・3・1

    読了すなわち、人が心ならずも己を引き下ろして、他の被造物を自分の上に立てているのを我々は知るのである。したがって、神を何ら持たない者と見られるよりは、むしろ木切れや石ころを拝むことを喜びとする時、人間の精神から抜きがたい生来の感情、それをなくすより圧殺する方がまだ容易と言えるほどの、神々しいものについての印象が極めて強烈であることが明らかになる。<キリスト教綱要1篇3章1節>...

  • キリスト教綱要1・2・2

    読了神が一切の善の創始者でありたもうと知っているのであるから、悩みが襲い、窮迫が迫るならば、直ちに神からの助けを期待して、神の砦の内に立ち戻るのである。更に、神の慈しみと憐れみとを確信しているのであるから、堅き信頼をもって彼の内に安らぎ、あらゆる逆境の中にあっても、常に神の寛容の内に救いが備えられていることを疑わないのである。また、神が主であり父であると知っているのであるから、全てのことにおいて神...

  • アウグスティヌス著作集23 ヨハネの福音書講解説教(1) 第一説教 引用聖句

    初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった。 この言は初めに神と共にあった。 すべてのものは、これによってできた。できたもののうち、一つとしてこれによらないものはなかった。ヨハネによる福音書 1:1‭-‬3 口語訳https://bible.com/bible/1820/jhn.1.1-3.口語訳生れながらの人は、神の御霊の賜物を受けいれない。それは彼には愚かなものだからである。また、御霊によって判断されるべきであるから、彼はそれを理解...

  • 神の再発見 トウザー

    神はこの三重の啓示によって、神に関する私たちの質問に対する答えを備えてくださいました。しかし、その答えは決して上面に横たわっているものではありまえん。このような答えは、祈りや、みことばに関する長い黙想や、また熱心でよく訓練された労苦によって求められなければなりません。どんなに光が明るく輝いたとてしても、ただそれを受けるために、霊的にととのえられた人々以外は、それを見ることができないのです。 「心...

  • ルーテル同胞カテキズム 問8

    問8 十戒とはなんですか。 答 神が律法を十のことばとして二枚の石板に書 き記したものです。 出エジプト20:17、 31:18 ...

  • キリスト教神学 ミラード・J・エリクソン

    読了相対的属性とは、創造された物体にまつわる諸状況に適用された、絶対的な属性である。キリスト教神学 ミラード・J・エリクソン −11P...

  • ルーテル同胞カテキズム 問7

    問7 福音とは何ですか。 答 あなたへの良い知らせです。キリストは十字 架と復活により、あなたの罪を赦し、暗闇の 力からあなたを解放し、新しいいのちに生か してくださいます。 1コリント15:3−5、 コロサイ1:13−14...

  • 神の再発見 トウザー

    もし神が私たちの考えるとおりのおかたでないとするならば、どのような神であると考えたらよいのでしょうか。もし信条が宣言するように、神がまことに理解しがたいおかたであり、またパウロが言うように近づきがたいおかたであるならば、私たちクリスチャンは、どのようにして神へのあこがれを満足させればよいのでしょうか。「あなたは神と和らいで平安を得るがよい」という望みに満ちたことばは、何世紀も過ぎ去ったのちの今で...

  • 神の再発見 トウザー

    エゼキエルが、燃える御座に近づけば近づくほど、自分のことばが確かなものでなくなりました。 「彼らの頭の上の大空の上に、サファイヤのような位の形があった。またその位の形の上に、人の姿のような形があった。そしてその腰と見える所の上の方に、火の形のような光る青銅の色のものが、これを囲んでいるのを見た。・・・・・主の栄光の形のさまは、このようであった。」 彼らの頭上、大空のはるか上の方には、サファイア...

  • ルーテル同胞カテキズム 問6

    問6 律法とは何ですか。 答 あなたへの神の要求です。神の前におけるあ なたのあるべき姿を教えます。 レビ19:2...

  • ルーテル同胞カテキズム 問5

    問5 聖書を正しく理解するカギは何ですか。 答 神がキリストを通して、あなたを救ってくだ さることです。 ヨハネ1:17...

  • ウェストミンスター大教理問答講解 ヨハネス・G・ヴォス 3聖書とは何か (問三〜五)

    問三 神のみ言葉とは何であるか。答 旧・新約聖書が、神のみ言葉、信仰と服従のただ一つの基準である。1 聖書が「聖」と呼ばれているのは何故正当であるか。ー それは神の啓示そのものであり、神のみ教えを述べており、真の信仰をもってそれを受け入れるとき、きよい生活へ導くかれである。3 聖書は神のみ言葉を含む (contain)というときの意味は何か。ー 神のみ言葉が聖書の内容を形成しているという意味で聖書は神のみ...

  • キリスト教綱要2・1

    読了(キリスト教綱要2・1 −43P)...

  • 神の再発見 トウザー

    御霊が、私たちの知識の領域を超えたところにある何かをしらせようとなさるとき、御霊は、それが私たちのすでに知っている何かに似ていると告げられます。しかし、御霊は、私たちが文字の奴隷のように束縛されることのないように、ご自身の描写を常に注意して表現されます。たとえば、預言者エゼキエルは、天が開かれたのを見、神の幻を見つめた時に、自分自身、描写すべきことばのないものを見ていることに気がつきました。エゼ...

  • キリスト教神学 ミラード・J・エリクソン 安黒務

    読了(キリスト教神学 〜10P)...

  • ルーテル同胞カテキズム 問4

    問4 聖書の一番大切な教えは何ですか。 答 神がキリストを通して、あなたを救ってくだ さることです。 ヨハネ3:16、1テモテ2:4−6、使徒4:12...

  • 聖書の基本教理の学び フランシス・A・シェーファー

    1.聖書の神聖書の神は人格を持ったかたである。エペソ1:4 ここでは、神が計画を持ち、思考する方であることがわかる。創世1:1神は思考するだけでなく、行動する方である。...

  • キリスト教神学 ミラード・J・エリクソン

    神の性質に関する研究は、神に関するより正確な理解と、それに基づく神とのより親密な人格的関係に導く手段と見られるべきである。そのとき、神はどのようなお方であるのかを探求、熟考することを忌避する必要はない。キリスト教神学 ミラード・J・エリクソン...

  • イエス・キリストの受難 ジョン・パイパー 2天の父を喜ばせるため

    しかし、彼を砕いて、痛めることは主のみこころであった。キリストもあなたがたを愛して、私たちのために、ご自身を神へのささげ物、また供え物とし、香ばしいかおりをおささげになりました。...

  • 神の再発見 トウザー

    偶像礼拝とは、 「ただ単に目に見える礼拝の対象の前にひざまずくことだけであり、それだから文明国の国民は偶像礼拝とは関係がない」というような誤った考えを、思い上がって受け入れることのないように気をつけようではありませんか。偶像礼拝の本質は、神についてふさわしくない考えを心にいだくことです。偶像礼拝は、まず、心の思いに浮かび、明らかな礼拝行為が行なわれなくとも存在しうるのです。 「彼らは、神を知って...

  • キリスト教綱要1・3

    人は自己を神の尊厳と対置してみない限り、自らの卑しさについての自覚にさほど感銘させられたり動揺させられたりはしないということである。...

  • ルーテル同胞カテキズム 問3

    問3 人が書いたのに、聖書はどうして神のことば なのですか。 答 彼らは聖霊によって動かされ、かくべきこと とを書いたからです。 2テモテ3:16 2ペテロ1:21...

  • 神の再発見 トウザー

    人間の心が傾きやすい多くの罪のうち、神にとって偶像礼拝ほど憎むべきものはほかにありません。なぜなら、偶像礼拝は、その根底において、神の人格に対する侮辱だからです。偶像礼拝の心は、神を、ほんとうの神以外のもののように思い込みーそのこと自体の中に恐るべき罪がありますー自分自身に似せて作ったものをもって真の神の代わりにします。この神は、それを作った者のイメージと常に一致するので、それを現わす製作者の道...

  • ウェストミンスター大教理問答講解 ヨハネス・G・ヴォス 2神を知る道としての聖書 (問二)

    問2 神の存在は、どのようにしてわかるか。答 人間のうちの本性の光そのものと、神のみわざが、神の存在を明らかに示す。しかし、神のみ言葉とみたまのみが、人間の救いのために十分に、また有効に神を啓示する。1 「人間のうちの本生の光」というのは何か。ー人間の心の中にある神の自然啓示の意味である。この「本生の光」はすべての人間に共通に与えられている。神の特別啓示である聖書を受け入れていない異教の人々も本性...

  • キリスト教綱要1・2

    読了...

  • アウグスティヌス著作集23 ヨハネの福音書講解説教(1) メモ

    第一説教1 預言の確かさと本人の不可知性 2 預言の重層性 3 異端について 4 なぜ理性に神の像が映り得るのか 5 旧約の福音について 6 謙遜について 7 御言葉の純粋性をイエスより直接受け取るべきこと 魂の指向性 心は神に 耳は説教者に 8 神は言葉を通して理性に語りかける。 9 信仰 理性 計画 構造 10 御言葉をを劣化させてはいけない... 11 万物の根源であるみ言葉に目を注ぐべき。アリウス単性論へ...

  • ルーテル同胞カテキズム 問2

    問2 聖書は、誰が書きましたか。 答 預言者、使徒、福音記者などです。 ヘブル1:1...

  • イエス・キリストの受難 ジョン・パイパー 1神の怒りを吸収するため

    キリストは、私たちのためにのろわれたものとなって、私たちを律法ののろいから贖い出してくださいました。なぜなら、 「木にかけられる者はすべてのろわれたものである」と書いてあるからです。 ーガラテヤ人への手紙3章13節 神は、キリスト・イエスを、その血による、また信仰による、なだめの供え物として、公にお示しになりました。 それはご自身の義を現すためです。...

  • ウェストミンスター大教理問答講解 ヨハネス・G・ヴォス 1 人生の目的(問一)

    (本文)1 「最高の目的」の意味は何か。ーあるものが存在するための目的を意味している。3 「人間のおもな、最高の目的は幸福を追求することである」という主張はどこが間違って いるか。ーこの主張は人間の目的を人間自身の中に存在するものにしようとしている。この点においてこの主張は、万物は神によって神の栄光をあらわすために創造されたから、神のために存在するという聖書の教えとは相容れない。人間のおもな目的が...

  • ルーテル同胞カテキズム 問1

    問1 聖書とは何ですか。 答 キリストについて書かれた書物です。 ヨハネ5:39 ヨハネ20:31...

  • キリスト教綱要1・1・1−3

    神認識と自己認識は結び合った事柄である。それらはどのように相互に関連しているか。 我々の知恵で、とにかく真理に適い、また堅実な知恵と見做さるべきものの殆ど全ては、二つの部分から成り立つ。すなわち、神を認識することと、我々自身を認識することとである。ところが、この二者は多くの絆によって結び合っているので、どちらが他方に先立つか、どちらが他方を生み出すかを識別するのは容易でない。...

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