学歴なし、コネなし、お金なし、愛なし。 バツ1シングルマザーが、年収1000万&貯金1000万を達成し、 脱サラし、経営者になり、愛をつかむまで。
私が入社した会社は、飛ぶ鳥を落とす勢いの社長が、業界改革を理念に掲げて興した、革新的な会社だった。だから私は、「私でも入れる」と見込んだのだった。入社後、採用面接をしてくれた役員から「この業界、1000倍の倍率だよ」「うちは人気あるからバイ
実家で初めての育児をする毎日。新生児の息子は天使そのもので、私はある意味、「母親」として、女性の特権を最大限に味わい、幸福の絶頂にいた。授乳するときの、あまりに幸福な、我が子との一体感。息子に乳を吸われるたび、私は生まれて初めて、自分の存在
憧れの社長が立ち上げて、ぐんぐん成長している会社。そこに、「まさか」入社できた私は、張り切って働いた。最初の一ヶ月は「試用期間」で、大学生のアルバイトさんと一緒に、ひたすら電話をとったり、掃除をしたり、お茶を入れたり、自転車に乗って届け物を
20歳の時、書店に立ち寄り雑誌を立ち読みしていたら、あるベンチャー企業の社長インタビューが目に入った。その社長は明らかに眼光が鋭く、眉間にシワを寄せて、世の中に対しての不平不満と、自分のビジョンを語っていた。文章から、怒鳴り声が聞こえてくる
小学校から大学までエスカレーターの女子校で育った私。小1から一緒に育った友人たちとは、まるで家族だ。卒業して何年経っても、しょっちゅう皆で集まってきた。20代半ば、そんな家族会ならぬ女子会で、一番ホットな話題は、「結婚」だった。早い者は、大
産後、実家に身を寄せた。夫との結婚生活がうまくいっていなかったから。いや、正しくは、夫との結婚生活はうまくいったことがなかった。交際直後に妊娠し、母になる準備も妻になる準備もできぬまま、結婚。結婚相手には「離婚することになると思う」と、最初
2007年2月7日午前10時02分。36時間の陣痛を経て誕生したのが、私の息子。出産は、想像していた苦しみも痛みもなくて、自然なことだった。陣痛開始してから病院に電話したら、「いまベッドがあいているからすぐ入院しましょうか」、...
「ブログリーダー」を活用して、Mijoさんをフォローしませんか?