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2021/08/04

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  • 新しい母恋い (1/2) 谷崎潤一郎 ー 音曲の活用

    新しい母恋い (1/2) 谷崎潤一郎 ー 音曲の活用

    谷崎潤一郎の作品群ではしばしば母恋いのテーマが展開される。これは評論家江藤淳も指摘することである ― 「(谷崎潤一郎)氏の心の底には、幼いうちに母を喪ったと感じさせる深い傷跡が刻印されていたはずである。そうでなければ「母を恋い慕う子」というライト・モチーフが、谷崎氏のほとんどすべての作品に一貫するはずがない」(「谷崎潤一郎」「江藤淳著作集 続2」所収)。江藤淳自身、4歳の時に実母廣子を失い、晩年に美しい「幼年時代」を著した母恋いの人であり、晩年に長い谷崎論執筆を準備していただけに、この指摘は鋭い。 抱擁してくれるはずの母親は外出を好み、その不在は常態化し、乳母とふたりで寝る谷崎は悲しみを抱え込…

  • クリスマス(2/2) ザルツブルグ

    クリスマス(2/2) ザルツブルグ

    ザルツブルグ在住の友人に招かれて、クリスマスを一緒に過ごしたことがあった。パリから夜行列車に乗って約8時間だったか。パリに比べてアルプスの北に位置するオーストリアだから、金髪で長身の人が多いはずと思って駅に降り立ったが、意外にも北に来たという感じがしない。イタリア人のような南ヨーロッパの人を思わせる体型の人が多い。長くザルツブルグに住む友人に聞くと、中世の頃ローマ帝国が南からアルプス越えをして侵入してきてザルツブルグに長く居座ったからだ、ローマの遺跡もいくつかあると言う。人口は15万人で、こじんまりとしている。夏にはフェスティバルに参加する音楽巡礼者も多いはずだ。店の看板の中には昔のものに手を…

  • クリスマス(1/2) パリ

    クリスマス(1/2) パリ

    パリに留学していた時、クリスマス・イヴにシャルトル大聖堂に向かった。真っ暗な麦畑を友人の車で一時間走った。やがて遠くに何か黒々としたものが屹立するように見えてきた。実のところ、大聖堂で行われていたはずの深夜ミサは、まったく記憶から消えてしまっている。でも、ステンド・グラスを見上げた時におぼえた不思議な感覚は今でも鮮明に甦ってくる。 Embed from Getty Imageswindow.gie=window.gie function(c){(gie.q=gie.q []).push(c)};gie(function(){gie.widgets.load({id:'wtkaCgqgSGB…

  • 書評 芳川泰久「謎とき『失われた時を求めて』」新潮社2015年

    書評 芳川泰久「謎とき『失われた時を求めて』」新潮社2015年

    本書「謎とき」の前半と後半で論じられている二点に絞って、感想を述べたい。本書の後半で著者は、主人公と母親がヴェネチア滞在中に訪れる洗礼堂の場面(第6篇「逃げ去る女」)に注目する。このサン=マルコ寺院では、母親は聖母のイコンとして描かれ、母の聖別式も行われたと著者は主張する。また、聖別された母親のモデルを実際に当地に出向いて探した著者は、それを洗礼堂内で突き止め特定することができたと主張する。 しかし、先を急がずに、まずは母と息子のヴェネチア滞在の場面の最後の文を引用しよう。 いまその洗礼堂とモザイクを思い浮かべると、ひんやりとした薄明かりに包まれて私のかたわらにひとりの婦人がいたことを無視する…

  • 「失われた時を求めて」第1篇「スワン家のほうへ」を読む

    「失われた時を求めて」第1篇「スワン家のほうへ」を読む

    「失われた時を求めて」の第1篇「スワン家のほうへ」を読む愉しみはどこにあるのだろうか。第一部の田舎町コンブレや第三部のパリの平凡とも見える日常の描写にも魅力は潜んでいる。その生活描写には実は主人公を創造行為へと誘い導いてゆく力が底流となって潜んでいる。読者は推理や記憶を刺激され、共感をおぼえながら創造へと向かう長いプロセスを追い始める。 「スワン家のほうへ」冒頭からエピソードをいくつか選び出し、それらがどのように反復されつつ長編小説全般におよぶ底流を形成してゆくかを見てみよう。(なお、邦訳では第一篇のタイトルが「・・・の方へ」と訳されることが多いが、ここではひらがな表記を使用したい。第一篇の仏…

  • 街を歩く フィレンツェを有元利夫と

    街を歩く フィレンツェを有元利夫と

    ローマやヴェネチアよりも、私はフィレンツェの町を歩くのが好きだ。ローマには、ローマ帝国の威容を誇る巨大な建造物が多いし、遺跡群も規模が大きい。そのためか生活の匂いがするようなおもしろい街角や広場を見つけることがややむづかしい。哲学者ベンヤミンも、ローマよりもパリの室内の感覚にも触れることができるパサージュのほうを好んでいる。ヴェネチアはどうか。確かに素晴らしい。でも、ヴィスコンティ監督の名画「ヴェニスに死す」から受けた印象が強く、その余韻がまだ消えないでいるので、私のヴェネチアには、19世紀末豪華ホテルの時間が止まったような爛熟した雰囲気がたちこめている。有名なサン・マルコ大聖堂も重々しく、権…

  • (2/2) 「銀河鉄道の夜」続篇創作 「(十、)銀河ふたたび」

    (2/2) 「銀河鉄道の夜」続篇創作 「(十、)銀河ふたたび」

    カムパネルラはきっと銀河のほとりで生きているのです。カムパネルラはいつもそうして少し遠くから振り返るようにしてジョバンニを導いてきたし、何かとジョバンニのことを気遣ってくれたのです。カムパネルラの友情に報いなくてはなりません。 ジョバンニはもう何も云うことができず、家を飛び出し、町のほうへ走りました。そこに立っていた天気輪の柱めがけてです。この前は、その柱を上って銀河鉄道に乗りこんだからです。でも、今度は陽はすでに沈んでいて、太陽柱は現れません。いくら待っても待っても、銀河鉄道の汽車はやってきません。 しびれを切らしたジョバンニは、今度はみんなが海岸と呼ぶ川の河岸のほうに向かって走り出しました…

  • (1/2)なぜ「銀河鉄道の夜」の続篇「銀河ふたたび」を創作するのか

    (1/2)なぜ「銀河鉄道の夜」の続篇「銀河ふたたび」を創作するのか

    www.youtube.com 「銀河鉄道の夜」は、作者宮沢賢治が亡くなる1933年(昭和8年)までの10年間、繰り返し書き直されました。現在残されている最終稿にしてもそれは決定稿ではなく、賢治が生きていれば、その後にも加筆や訂正が行われたはずの未定稿と考えられています。 「銀河鉄道の夜」は死後出版された未完の童話ですが、その枠を越えるような傑作です。大正時代に全盛を迎えた私小説には見られなかったような、社会への問いかけが含まれた、斬新な詩情に富む作品です。私小説では多くの場合、ウエットな風土において作家個人のが執拗に凝視されましたが、昭和に入ると、そうした狭い殻は打ち破られ、新しい創作の時代…

  • 絶品 鴨とクレソンの山椒鍋

    絶品 鴨とクレソンの山椒鍋

    www.youtube.com コロナ禍もピークを越え、店にも客足が戻り始めた4月、中軽井沢の村民食堂に行きました。村民食堂入り口の季節限定ランチ・メニューに、目が釘付けになりました。そこには、「鴨とクレソンの山椒鍋」というメニューが大きく書かれています。鴨も、クレソンも、山椒も、いずれも私の大好物です。これを頼まないわけにはいきません。 まずは、リボン状にそがれた春ごぼうと薄切り長ネギを、薄味のおだしに入れ、あたためます。お鍋には ― ちょっと驚きましたが ― 山椒の実も入れます。和食の木の芽和えなどでは山椒の葉のほうが使われますが、ここでは実のほうを、それもかなり沢山入れます。すると、香り…

  • 私の好きな俳句 加藤楸邨と芭蕉

    私の好きな俳句 加藤楸邨と芭蕉

    私は加藤楸邨の俳句に惹かれる。表現される世界は多様で多彩で、俳句特有の俳味に溢れる句も少なくない。 くすぐつたいぞ円空仏に子猫の手 「吹越」 円空が彫った精神性に富む仏に、子猫の手がじゃれている。親しみを含んだ笑いが広がるが、謹厳な仏が、「くすぐったいぞ」と実際に子猫に向かって口にしているようで、まるで加藤楸邨が仏になり代わったかのようだ。「すべての物の中にひそんでゐ声は、こちらが聞きとめる心の耳を持ちさえすれば、かならずきこえてくるはずのものである」と楸邨は書いている。 梨食ふと目鼻片づけこの乙女 同前 梨に少女が無中になってかぶりついていて、その大きく開けた口だけが眼に止まる。目や鼻などは…

  • プルーストの文はなぜ長いのか

    プルーストの文はなぜ長いのか

    『失われた時を求めて』の文体は長い。平均的な文の長さの二倍にもなることもしばしばだ。冒頭のまどろみや、それに続く小さな田舎町コンブレの描写においても、使われる表現はむしろ平明なまま静かにゆったりと文章が繰り広げられてゆく。難解な語彙や美辞麗句が連なるのでもなく、また知性による分析が続くだけでもない。 しかし、読み進むにつれ、われわれ読者はこの長い文章が、作者プルーストの精神の息遣いのようなもので構成されていて、それが間隔をおきつつも反復されてゆくことに気づくようになる。小説の主要テーマが文章の中にすでに表現されるのだ。文はそれだけで作品のヴィジョンを語っている、とプルーストは最終篇『見出された…

  • 戦時下のフランスに島崎藤村が見たもの

    戦時下のフランスに島崎藤村が見たもの

    小説家島崎藤村(1872−1943)は、第一次世界大戦前後の混沌としたフランスに3年間滞在する。藤村はすでに『家』などの自伝作家として評価を得ていた。社会の偏見に苦しみつつ目覚めてゆく個人の内面を凝視する求道的作風で知られていた。しかし、「家」は家父長という旧弊に取りつかれた人の悲劇を描いたものであり、家を包む大きな時代状況を描く視座はまだ獲得できないでいた。また、藤村は実生活において姪との不倫の恋に悩んでいた。葛藤を抱え、壁に取り囲まれるような思いにとらわれ、深い危機に陥っていた。私生活に関わるスキャンダルから逃れるようにして、藤村は42歳の時に神戸港からフランスに向けて旅立つ。華やかな門出…

  • ディープなフランス

    ディープなフランス

    1972年にフランス政府給費留学生試験なるものを受けたら、運よく合格。26歳の時にパリの高等師範学校(エコールノルマルシューペリウール)とパリ第四大学大学院に在籍することになった。印象派の美術館オランジュリやルーブル美術館にしばしば歩いて通ううちに、ゴッホやレンブラントの絵画に魂を奪われるような体験をした。絵の前に立ち尽くし、原画が奥深い魅力を秘めていることを知った。画布の奥から画家の精神の息遣いというのか、声のようなものが聞こえてくるではないか。別世界に連れ去られてゆくような、生々しくもある経験を何度かした。東京にいたときは、絵は教養のため、また珍しい光景や美を味わうためだけのものだったのだ…

  • 『失われた時を求めて』 もうひとつの愛

    『失われた時を求めて』 もうひとつの愛

    この長編小説では当初主役として舞台前面で照明を浴びて目立っていたものが、読み進むにつれやがて少しずつその存在を希薄にしてゆきます。反対にそうした全般的な流れに逆らうようにして、それまで目立たなかった脇役たちが舞台の袖から登場してきます。長く主役をはってきたものは翳り、それに代わりそれまで役割も明確ではなかったものが新たに活躍を始めます。 まず社交界で、次に恋愛において起きる大きな変化を追ってみますが、それに重なるようにして主人公マルセルの内面においても大きな変化が起き、主人公は変貌することになります。<ゲルマント公爵家の没落> 社交界の中心となるのは、なんといってゲルマント公爵家です。王家とも…

  • 酉の市の招福熊手、パン生地、土鍋

    酉の市の招福熊手、パン生地、土鍋

    www.youtube.com 神社で開かれていた酉の市に行ってきました。以前にもまして賑わっていて、招福熊手もよく売れているようで、商談成立後の威勢のいい三本締めの掛け声が小雨模様の露店のあちこちからはじけました。手締めによって売り手は活気溢れるパワーを買い手に返礼として送っていました。招福熊手は、商売繁盛や開運を祈り「福をかき集める」熊手とされ、そこにはお多福や七福神や宝船や大判小判などの縁起物が豪華に盛り上がるように飾られています。 残念ながら今ではほとんど廃れましたが、おもしろいのは、その買い方の作法です。招福熊手を安く買うほど縁起が良いとされていたので、買い手はまず売り手と値切り交渉…

  • 甦る山荘風別荘

    甦る山荘風別荘

    www.youtube.com 山荘風の旧別荘を、久しぶりに訪ねてみた。近親者が所有していた縁で、三十年以上毎年夏になると家族でその別荘に通った。しかし、九十年も前に建てられた木造の別荘は、骨組みこそしっかりしたものではあったが、軽井沢特有の湿気にやられ、さすがに少しずつ傷み始めていた。 維持するにしても、二階には部屋が四つもあり、補修や管理には大きな困難が予想される。一家族で使い続けることは不可能だ。ポストモダンの先例として再評価されている建築家ウイリアム・ヴォーリズによる設計であったために、保存することも検討しなくてはならない。となると、どうすべきか。 別荘の所有者の代替わりを機に、別荘全…

  • 創作 「火の鳥」

    創作 「火の鳥」

    www.youtube.com 東京からようやくキャンプ場に着く。友人Kの小さなワンボックスカーのカーナビが不調で、長野県に入ったあたりか、ディスプレイのマップが突然真っ白になる。道案内の標識を誤読して大回りする羽目になり、夕方遅くになってやっとテントにたどり着く。 あたりはすでに薄暗い。夜が迫っていて、目の前の池も月を浮かべて鈍い銀色だ。釣りはもうできない。北アルプス連峰はすでに姿を消している。四方の低山が黒々と盛り上がり、豚の背に見える。峠近くの冷気が肌を通して浸みてくる。周りのサイトに人はいない。東西南北の方位がわからない。見上げると、夏の主役の白鳥座が天の川の上に大きな翼を広げている。…

  • 堀辰雄『風立ちぬ』に誤訳はあるか

    堀辰雄『風立ちぬ』に誤訳はあるか

    大野晋・丸谷才一『日本語で一番大事なもの』の中で、丸谷才一は堀辰雄の小説『風立ちぬ』(1938)を取り上げて、言います、「巻頭にヴァレリーの ”Le vent se lève, il faut tenter de vivre.”という詩が引いてあります。それが開巻しばらくしたところで、語り手がその文句をつぶやく。そこが「風立ちぬ、いざ生きめやも」となっている。「生きめやも」というのは、生きようか、いや、断じて生きない、死のうということになるわけですね。ところがヴァレリーの詩だと、生きようと努めなければならないというわけですね、つまりこれは結果的には誤訳なんです。「やも」の用法を堀辰雄は知らなか…

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  • イサム・ノグチ 幻の傑作

    イサム・ノグチ 幻の傑作

    広島原爆死没者慰霊碑案 毎年8月6日になると、広島平和記念公園の原爆死没者慰霊碑がテレビに映し出される。それを見るたびに、もうひとつの忘れ去られた慰霊碑案がわたしの目に浮かんでくる。実現されなかったイサム・ノグチの原爆死没者慰霊碑案(1952)のことだ。幻の代表作とも評価されている。 広島の原爆死没者慰霊碑 模型 模型を写真で見るだけだが、ノグチの慰霊碑案にはみなぎる創作力が凝縮され、迫力に富んでいる。それが写真からでも強いインパクトとなって伝わってくる。 4mのコンクリート打ちはなしの二本の柱がそびえ立つが、それはさらにたくましく膨らみさらに長くなり、地下にまで打ちこまれるはずだった。柱は女…

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