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佐久市

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ブログタイトル
リスク社会の科学教育―科学を統治する市民を育てるー
ブログURL
https://gnekoneko.hatenablog.com/
ブログ紹介文
科学技術は新型コロナ・ワクチンに見られるように社会を劇的に変える力を持っている.しかしこの力は大きなリスクをももたらしている.科学技術のリスクに対して社会は,市民はどのように対し,コントロールすればよいのか,教育はどうあるべきかを論じる.
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ブログ村参加:2021/07/11

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リスク社会の科学教育―科学を統治する市民を育てるー
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リスク社会の科学教育―科学を統治する市民を育てるー

gnekonekoさんの新着記事

1件〜30件

  • 科学技術の政治化―技術システム選択への市民参加とDP(討論型世論調査)

    改めて本章冒頭に述べた「民主主義社会においてはすべての市民が、その社会が将来どうあってほしいか、どうあるべきかという社会像の選択に関与する権利と義務を持っている。そして上述のように科学技術は「何が社会にとって良いことなのかという価値観の選択」、社会像の選択に深くかかわっている。この2つを前提とするならば、すべての市民は科学技術に関与する権利・義務を持っていることになるのは必然である。」に立ち戻ってみよう。 社会像の選択、別の言葉で言えば社会のあり様を決めていくということは、政治と深いかかわりがある、と言うよりも政治そのものと言ってよいかもしれない。つまり「すべての市民は科学技術に関与する権利・…

  • 市民参画の根拠-科学技術の政治化 悪しきロックイン

    前節で触れたロックインとは「一定の技術を社会が選択した場合、その技術がその後の社会の技術選択を一定期間選択する」(城山英明)(1)現象である。ロックインの例としてよくあげられるわかりやすい例はタイプライターのキーボードの文字配列であろう。安岡孝一(2)によれば、文字配列が現在の配列(Qwerty 配列)に固定されたのは、第一にQwerty 配列を取っていたレミントンと別の配列を取っていたカリグラフのそれぞれの製造会社が一つの持ち株会社の傘下に入り、その際にレミントンの配列に統一したこと、第2にレミントンとの互換性を重視してQwerty 配列を採用した同業他社のアンダーウッドが開発したタイプライ…

  • 市民参画の根拠ー科学技術の政治化― 選択のダイナミクス

    前節で科学技術が民主的統制の外側にはみ出していく、つまり脱政治化していくことを取り上げたが、では政治とは何だろうか、様々な定義があろうが、ここでは「学術会議政治学委員会政治学分野の参照基準検討分科会」の大学教育に関する報告(1)中の「政治現象とは、人間集団がその存続・ 運営のために、集団全体に関わることについて決定し、決定事項を実施する活動を指す」とひとまず考えておこう。つまり政治とは人間集団が何らかの意思決定を行い、その決定を実施していく過程と解される。そして同報告に「現代の政治学は、このように多様化し複雑化する状況を踏まえつつ、それにもかかわらず、人間集団が自らに関わる意思決定を人為的に行…

  • 市民参画の根拠ー科学技術の政治化― サブ政治化する科学技術

    まずは科学技術の進歩の不可避性及びその進歩が善をもたらすという信念について考えてみよう。これまで何回か触れているウルリッヒ・ベックは、経済や科学技術が民主的統制の範囲外となり、政治が科学技術やグローバル経済にかかわる諸セクターが生み出すリスクをコントロールできなくなってきている状況、諸セクターが政治のコントロールを離れて半ば自律的に作動することをさす概念としてサブ政治という概念を提示した。その動因は「一つには技術的進歩イコール社会的進歩そのものであると見なされるからである。もう一つには、技術的変化の発展方向とその成果というのは、 技術=経済上の必然性が具体化された避けられないものと見なされるか…

  • 市民参画の根拠-科学技術の政治化 社会像の選択

    社会像の選択 科学技術は、他の様々な社会経済的要素と組み合わされたシステムとして、さらには何が社会にとって良いことなのかという価値観の選択や社会変革へのビジョンとともに社会に実装される。例を見てみよう。 「リスク社会とその特性」という節で、スチュワート・リチャーズを援用し、「プルトニウムは核爆弾の製造が容易であり、核爆弾に準ずる厳格な管理・警備と情報統制が必要となる。それは警察や軍を含む官僚機構とそれをコントロールする政治に権力を集中させることになるだろう」、「集権化に慎重な官僚や政治家であっても、「テロへの対抗」という論理に誘引され、やがて人権侵害に対してためらわなくなっていく。「怪物と戦う…

  • そっと行う 科学技術へのバランサー

    ここからは、そっと行う(順応的管理)ことについて考えてみよう。そっと行う(順応的管理)ということは、耳を澄ませることと一対である.事態の進行に対して耳を澄ませる(モニタリング)ことにより、成果や副作用を評価して,計画にフィードバックさせていく過程の全体である。計画を大きく変更する場合があるし、場合によっては代替案に乗り換え、当該科学技術から撤退することもありうる。このことが可能であるためには、当該科学技術が修正・撤退の必要性を無視して暴走する自動機械に化してしまわないよう平衡をとる錘(バランサー)を社会に組み込んでおくことが必要となる。 科学技術研究も他の社会活動と同じく、分野が立ち上がり、拡…

  • 耳を澄ませる 見せかけの知との対峙

    経済学者のフリードリヒ・ハイエクは、賢明なエリートが社会を俯瞰的に把握し、設計し、指導することができるという前提に立つ設計主義・計画主義を「進歩を続ける理論的知識が、今後あらゆる分野において複雑な相互関係を確証可能な事実へと還元してくれる妄想」として批判した。また彼は「見せかけの知」と題するノーベル賞受賞記念講演で「経済学者が政策をもっと成功裏に導くことに失敗したのは、輝かしい成功を収める自然科学の歩みをできるかぎり厳密に模倣しようとするその性向と密接に結びついているように思われます。しかしそれはわれわれの専門領域においては完全な失敗へと導きかねない企てです」と述べ、厳密な条件統制を行うことが…

  • 耳を澄ませるために

    耳を澄ませるために 現場の知に耳を傾ける 野生のシカやウマは群れを作る。その理由の一つは群れを作ることにより、たくさんの目や耳を持つことができ、警戒監視機能が向上することである。そして大きな群れでは小さな群れよりも捕食者検出率は高いとされている。いわゆる「多くの目」効果である。 かなり荒っぽい比喩だが、何かリスクが存在する場合、それを検出するには多数の目や耳、つまり多くの人々の知見が集められ、活用されることが望ましい。 もちろんシカやウマの集団とは異なり、人間がリスクに対峙する場合、様々なリスクに対して、多くの場合、それに対応する専門家、たとえば化学物質に対しては化学物質の専門家が、原子力にた…

  • 対話と関与のモデルへ―耳を澄ませてそっと行う

    前節と重複する部分が多いが、この節では社会的判断を行う際の有力な判断基準・行動基準となる予防原則と順応的管理について述べておこう。 リスク論においては「望ましくない事象」を一般にリスクと呼び、リスクの大きさを(望ましくない事象の生起確率)×(その事象の重大さ)と定義する(益永)。リスク管理においては、リスクをどの程度に抑えるかというリスク管理目標を設定し、「望ましくない事象の生起確率」と「その事象の重大さ」を正確に見積もって、その積であるリスクの大きさを管理目標以下に抑えることが要求される。たとえばイギリスでは鉄道輸送について、許容できる最大限の死亡確率を従業員については年間1000人に一人、…

  • 対話と関与のモデルへートランスサイエンスと社会的判断ー

    核物理学者のアルヴィン・ワインバーグは「Science and Trans-Science」(1)という論文の中で「科学に問うことはできるが科学によって答えることができない問題」を「Trans-Scientific Questions」(トランスサイエンス的問題)と呼び、次のような例をあげた(5つ挙げているが、この節の問題意識に適合する2例を述べる) ・低レベル放射線の生物への影響 放射線が生物に起こす突然変異率が放射線の量に比例するとした場合、150ミリレムの放射線被曝は0.5%の突然変異率の上昇を起こすはずだが、それを実験的に確かめようとすれば80億匹のマウスを必要とすることになり、実験は…

  • 専門家と市民の界面―欠如モデルの限界と転換 欠如モデル

    前章で現代の科学技術の抱える様々な問題を見てきた。共通して言えることは、科学技術は社会に深く組み込まれており、同時に社会を根底から支える存在であるということだ。別の言い方をすれば科学技術は社会を一変させるポテンシャルを持つ存在であり、同時にその方向性を社会によって強く規定されていると存在であるということである。したがって科学技術のステークホルダー(利害関係者)は社会構成員全員、つまりすべての市民である。ここまでは多くの人が合意できるであろう。しかし、では科学技術の方向性を決め、資源を配分し、発生した問題を解決する、つまり科学技術の統治を誰がどのように担うのかというと意見は分かれる。 序章でも少…

  • 社会―科学システムの問題点―資本主義の古典的悪徳― 貧困と汚染どちらを取るんだ?

    1960年代の日本は水俣の有機水銀汚染、四日市の大気汚染など多数の死者がでる重大な公害が相次いで起こった。近代化に伴うあらゆる公害が見られる「公害先進国」だったのである。当時の日本企業は高度経済成長に伴い、設備投資は年率20%増以上と拡張に拡張を重ねたが、公害防止投資はほとんど行わず、設備規模の拡大はそのまま公害被害の急増へとつながっていった。政府も自治体も大気や水の汚染を経済が発展することに伴うやむを得ないコストとみなし、明らかな健康被害にすら、因果性がはっきりしないとしてその補償や汚染の規制に消極的な態度をとっていた。ようやく1967年に公害対策基本法が成立し、環境基準が設定されて対策に乗…

  • 社会・科学複合体の問題点 民主主義の目詰まり

    ベックは現代社会の分析に有用な様々な概念を提示したが、そのうちの一つがサブ政治という概念である(1)。近代社会において経済や科学技術が民主的統制の範囲外となり、政治が科学技術やグローバル経済にかかわる諸セクターが生み出すリスクをコントロールできなくなってきている状況、諸セクターが政治のコントロールを離れて半ば自律的に作動することをさす概念である。議会制民主主義の機能不全を指摘した概念と考えることができるだろう。 議会制民主主義に基づく政治は、議員として選出されてくる人々(立法府) が、社会の安危にかかわる問題、社会の方向性にかかわる問題に対して国民を代表して議論し、その議論の結果である法律が行…

  • 2 組織の慣性―もう決まったことだー

    大きな組織には一種の慣性(現在の運動状態を続けようとする性質)がある。慣性はとりわけ巨大な官僚組織、つまり国や都道府県といった行政組織において著しい。科学技術政策もその例外ではない。というよりも、長期にわたる投資や安定した制度が必要であるため、典型的に大きな慣性を持つ政策であるといえるだろう。 慣性には善悪両面がある。ある分野に長期的・計画的に投資を行い、その分野を支えることはたとえば宇宙開発や海洋調査を大きく進展させることになった。その功績はほとんどの人が認めるところだろう。また一方で、何回も使う用語だが「筋の悪い」分野に資金・人材を大量に注ぎ込んでしまったために引き返せなくなってしまったり…

  • 社会・科学複合体の問題点 責任なき支配その1 ー皆の責任だ だから私の責任ではないー

    丸山真男は「軍国支配者の精神形態」の中で、極東軍事裁判における軍幹部、官僚、政治家の証言を分析し、指導者たちが、それぞれのセクターの利害を背景としながら、妥協とあいまいな集団的意思決定を行い、誰一人として責任意識を持たないまま、流れに飲まれるようにして開戦をはじめとする重要事項がなんとなく決定されていく「無責任の体系」を活写している(1)。 日本社会の権力構造を研究したカルフ・ウォルフレンは、1990年(終戦後45年)こんな文章を書いている。「今日もっとも力のあるグループは一部の省庁の高官、政治派閥、それに官僚と結びついた財界人の一群である。」「個々のグループはどれも究極的な責任は負わない。」…

  • 社会・科学複合体の問題点 先送りの論理と技術楽観論ーそのうち何とかなるだろうー

    ここでは、原子力を例に科学技術と社会の関係を不健全なものにしている先送りの論理と技術楽観論について述べてみたい。 この節を執筆する少し前に原子力規制委員会が青森県六ヵ所村の再処理工場の安全審査を終了し、この夏(2020年)にも認可する方針であることが報じられた。これを受けて、梶山経済産業大臣は核燃料サイクル政策の推進を表明している。しかし使用済み核燃料を再処理して、ウランとプルトニウムを取り出し(MOX燃料)、それを高速炉(高速中性子による核分裂反応を利用する炉)の燃料として利用するという核燃料サイクル政策が破綻していることは多くの研究者やメディアによって指摘されている。話が複雑になるので、プ…

  • 社会・科学複合体の問題点 研究者社会を席捲するアカデミック・キャピタリズムー私にはきめられない 決める力もないー

    スローターは大学をめぐる研究環境の変化が大学教員の意識や大学内の権力構造に与えた影響を研究し、1980年代以降、外部資金獲得が大学及び大学教員を動かす主要な動因となってきたことを指摘し、「大学および大学教員の,外部資金を獲得しようとする市場努力ないし市場類似努力」をアカデミック・キャピタリズムと呼んだ(1)。ややショッキングな表現ではあるが、科学技術の国家と資本への従属に対応して大学(同様のことは国立研究所など他の研究組織でも起こっている)組織内部、研究者の共同体内部で起きる変化をこの語はよくとらえている。 研究資金は競争を通じて勝ち取られるものであり、そこにはある種の疑似的な市場が成立し、勝…

  • 社会・科学複合体の問題点 国家と資本(産業)の論理による科学技術の公益性の独占―知は奴隷なりー

    科学史研究者の古川安は科学の産業化について次のように述べている。 ―1920年ころから科学は急速に産業の「奴婢」になったというアメリカの経営史家ノーブルの指摘は誇張はあるものの、ポイントをついている。時期のずれこそあれ、こうした傾向はどの科学技術の先進国にも共通したものとなった。産業科学の興隆とともに、良きにつけ悪しきにつけ、科学そのものが質的にもスタイルにおいても産業化・商業化されてきたという。科学が産業の性格を変えたように、産業もまた科学の性格を変えたのである。科学研究はもはや人間の知識の拡大にどれだけ貢献したか。「真理の探究」にどれだけ寄与したかという古典的な価値基準よりも、産業にどれだ…

  • 科学の変質過程-3つのモデル

    近代細菌学の基礎を築いたことで知られるルイ・パスツールは「科学には国境はないが、科学者には祖国がある」と語ったという。この言葉は、戦争にまで至った当時のフランスとプロイセン(現ドイツ)の対立を反映している。彼は好戦的であったというわけではないが、フランスの科学力がドイツに劣っていたことをフランスがプロイセンに敗北した原因の一つとして考えており、科学の振興に国力を注ぐことを強く訴えた。アンモニア合成の業績でノーベル賞を受賞したドイツのフリッツ・ハーバーも戦時には科学者が軍に協力することを当然と考え、毒ガス開発の指揮を取った。近代の国民国家の成立と、国民国家どうしの覇権をかけた国力増進の競争が進行…

  • 専門性という檻

    日本が近代大学制度を導入した時、ヨーロッパでは、すでに自然哲学からの自然科学の専門分化が進行し、工学や農学も学問としての専門性を確立しはじめていた。日本の大学は基本的に、その当時のヨーロッパの学問の枠組みをそのまま日本に移植したものであったため、日本の自然科学は自然哲学の色彩をほとんど持たず、最初から専門分化していた。また「帝国大学ハ国家ノ須要ニ応スル学術技芸ヲ教授シ及其蘊奥ヲ攻究スルヲ以テ目的トス」(帝国大学令)にあるように、学問によって国家を軍事的・経済的に発展させるという目的で設立されたため、「何のために研究するのか」ということはほとんど自明であり、深く問われることは乏しかった。「自らが…

  • 二人の科学者

    マイケル・ファラデーは、電磁場の基礎理論を確立し、電動機技術の基礎を築いたイギリスの物理学者である。クリスマス・レクチャー「ろうそくの科学」でも知られている。アインシュタインやニュートンと並ぶ科学界の巨人であるが、世俗的名誉には関心がなく、ナイトへの叙爵も王立協会会長職も固辞した。権力とも距離を保ち、クリミア戦争 (1853–1856) の際に政府から化学兵器を作ってもらえないかという要望がきたとき、彼は机をたたいてこう断ったという。「作ることは容易だ。しかし絶対に手を貸さない!」(1)。引退するまで、1日のほとんどを実験室で過ごし、一研究者としての生涯を貫いた。召命という言葉がある。神に召さ…

  • リスク社会とその特性―全体主義の誘惑

    スチュワート・リチャーズは「科学・哲学・社会」の中で、高速核増殖炉が実現した未来を想定し、「巨大増殖炉計画はプルトニウムの頻繁な輸送を必要とするが、それは偶発的事故とテロリストの攻撃という当然の危険を伴うのである。そのために列車と原子炉用地の警戒のために大部隊の憲兵が必要になるであろう。これは原子力と個人的自由との非両立性という恐れをやがて起こすであろう」と述べている(1)。高速増殖炉はプルトニウムを増殖する炉である。非常にコントロールが難しく、技術的な理由で頓挫しているが、核燃料の主体を現在のウラン235からウラン238とプルトニウム239に転換する核燃料サイクルの中核をなす炉である。仮にこ…

  • リスク社会とその特性―リスクの不平等な配分とリスクの受苦の不可視化

    「ひび割れたNUCLEAR POWER 雨に溶け風に乗って 受け止めるか 立ち止まるか どこへも隠れる場所はない It’s A NEW STYLE WAR」 浜田省吾 A NEW STYLE WAR ベックの言う「「他者」の終焉」を端的に表した詞ではないだろうか。リスクは地球的規模で遍在しているのである。しかしこれはすべての人が同程度のリスクにさらされているとことを意味しているわけではない。 アメリカでは、貧困層や有色人種の集中する地区に産業廃棄物埋め立て施設、化学工場、ウラン鉱山などの危険施設が集中していること、「破壊の踏み車」という言葉に見られるように、一度汚染が起こると、それがさらに別の…

  • リスク社会とその特性―リスク認知・リスク処理の科学技術への依存

    1928年に開発されたフロンは、人体に毒性がなく、不燃性で化学的に安定している理想的な冷媒として、あるいは断熱材、発泡剤、半導体等の洗浄剤として1960年代以降急激に普及した。しかし、1974年にアメリカのローランドがNature誌に提出した論文がきっかけとなり、フロンによる環境破壊に懸念が抱かれるようになった。ローランドは、フロンが成層圏で放出する塩素原子がオゾン層を破壊し、地上に到達する有害紫外線の量が増える可能性を指摘したのである。その後、この懸念を裏付けるデータが、日本を含む数か国の南極観測隊やNASAから報告され、オゾン層破壊が現実のものであり、極上空では極端にオゾンが減少したオゾン…

  • リスク社会とその特性―遍在と破滅―

    ベックのいうリスク社会とは、富の分配とそれをめぐる争いが社会の中心的課題であった「貧困社会」が「人類の技術生産力と社会福祉国家的な補償と法則がある水準に到達」し、貧困が緩和され、同時に「危険と人間に対する脅威の潜在的可能性が、今までになかったようなスケールで顕在化する」社会である(1)。リスク社会においては「「日々のパンをめぐる争い」の重要性は低下し、そのかわりにリスクの分配が人々の、そして政治の大きな関心事となってくる。生産力の飛躍的増大をもたらして貧困を緩和した主たる要因は科学技術であるが、リスク社会におけるリスクをもたらしたものもまた科学技術である。もちろんリスクは科学技術が発展する以前…

  • 社会の科学化 科学の社会化

    1989年11月9日、東ドイツ政府は東西ベルリン間の国境検問所を開放し、翌日、ベルリンの壁の撤去作業が始まった。この事件を契機にすでにポーランドやハンガリーで進みつつあったいわゆる東欧革命が加速し、1990年には全東欧で社会主義政権が消滅した。革命は東欧にとどまることなく、1991年には社会主義国の中核であったソビエト連邦が崩壊した。わずか数年で世界は激変したのである。顧みれば、20世紀は2度の世界大戦、ロシア革命などこのような世界の劇的な変化が立て続けに起こった人類史上、未曽有の世紀であった。 しかしこのような政治上の巨大な変化も20世紀から21世紀にかけて科学技術が人類にもたらした変化に比…

  • 「文明社会の野蛮人」と科学教育

    科学論研究者の小林信一は、スペインの哲学者、オルテガ・イ・ガセットの「文明社会の野蛮人」(科学技術の産物をあたかも自然物であるかのようにみなし、科学技術の成果は享受するが、科学技術を生み出す努力やプロセスには無関心な人々)という概念を援用して若者の科学技術離れを説明する研究を行った。小林は高校生調査の因子分析から「文明社会の野蛮人」の特徴を抽出している(1)。 ―安定志向で、社会的関心は弱いが、人と付き合うのは好き、機械いじり、工作、パソ コン操作、理科の実験などはあまり好きではなく、文章の読み書きも苦手、自然もそれ ほど好きでない。そして、世の中を動かすのは、科学技術より政治経済だと思ってい…

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