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星大地さんのプロフィール

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自称「星さん」こと、星大地です。 30代クリスチャン男子です。 信仰の話、神学的な話、葛藤、迷い、くだけた話などなど徒然なるままに綴っております。 お楽しみくださいませ。ではでは。 <追記> 放送大学の単位認定試験終わりました。合格するといいなぁ。

ブログタイトル
星さん.net
ブログURL
https://hoshi3.net/
ブログ紹介文
恋人はいないけれどリア充なクリスチャン星大地のブログです。放送大学在学中!!熱い文章をあなたに届けたい!!
更新頻度(1年)

36回 / 76日(平均3.3回/週)

ブログ村参加:2021/05/12

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星大地さん
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星大地さんの新着記事

1件〜30件

  • 精神科の外来へ行ってきました

     さあ、何を書こうか。ってなわけでおよそ10日ぶりのブログである。何を書こうか、書くことがあまりにも多すぎて、ではなくあまりにも平凡な日々を過ごしていたので、特にこれと言って書くことはないのだ。 そうだ。今日、久しぶりに精神科の外来へ行ってきたので、そのことでも書くことにしようか。 わたしのブログを読み始めて間もない人は、「え? 星さんが精神科に何の用?」と思われたかもしれない。だから、あらためて言います。わたしは精神疾患なんです。(あらためて告白するというまでもないが)そ

  • 恋人はいないけれどまさにリア充な日々です

     ただいまの時刻は午後3時半。夏の日差しがまぶしい時間帯だ。曇っているならまだしも晴れるとあの特有の夏の蒸し暑さに包まれる。 わたしはこんな暑い中、何をしているのか。何と、散歩なのである。散歩。よい子の皆さんにはあまりお勧めできないのだが、時間の都合上、この時間に歩くしかないのである。だから、帽子をかぶって、500mlの水筒に水を入れて、万全の態勢で出掛ける。 暑い。暑い。それにしても暑い。 本当は1時間くらい歩きたいのだけれど、40分くらいが限界だ。そういうわけで40分で

  • 神がナイチンゲールの生き様を通してわたしに語りかけてくださっている

     わたしたちは幸せになりたいと願う。それは誰にとってもごく自然な本能である。 幸せを追求していった時にある地点に立ち止まるのではないか、というのがわたしが最近思うことである。それは自分だけが幸せならそれでいいのか、という決定的な問いかけである。 人間が幸福を求めていくこと。それ自体は悪いことでも何でもない。人間には誰しも幸福を追求する権利があるのだから、それは自由だし自然なことだ。けれど、自分とその周りの人だけが幸せでもどこか空しいような、そんな気持ちにわたしは包まれ始めた

  • メリットなしの信仰?-信仰についてわたしが考えたこと

     強くなろう。知識を貪欲に吸収して理論武装しよう。それから体も鍛え上げて強靱な肉体を手に入れよう。 自分を強くして敵との戦いに備える。敵と戦うためにはそういったことも必要だろう。それは認める。けれども思う。それでいいのか?、と。 弱いよりも確かに強い方がいいと誰しも思う。しかし、その強さを手に入れたことによって失ってしまうものもあるのではないだろうか。 神様との関係において強いことはいいことなのだろうか。今日の礼拝のメッセージでそのことが語られた。神様との関係において一番必

  • 吃音(きつおん)持ちのわたしだけど結構物事うまくやれてるじゃん

     わたしには吃音(きつおん)という言語障害がある。吃音とは簡単に説明すると、「ぼ、ぼ、ぼ、僕は」みたいに最初の音を繰り返してしまう。あるいは最初の音がなかなか出せなくて数秒間の沈黙が生じてしまうといったところだろうか。 吃音は器質的な面では異常がないので(のどなどには異常がない)、声をのどの手術などをして出せないとか、そういった人たちと比べると大したことがないと思われるかもしれない。「それくらい我慢しろよ。」「気にしすぎだよ。」「世の中にはもっと大変な人がいるよね。」こう軽

  • 自分の力でキラキラ輝けると思ってしまう恩知らずなわたし

     キラキラ輝いている人。みんなが憧れるそんな人。そんな人にわたしもなりたい。そう思って毎日邁進しているわたしだが、最近息切れし始めている。と言うよりも、毎度の息切れなのである。 キラキラしたい。キラキラになりたい。そう思ってハイペースで飛ばして、「し、しんどい」てな具合になって、また休んで、でまたキラキラしたいと思って頑張って、とやってと無限ループなのである。 キラキラするのは楽じゃない。普通にやってたらキラキラできないからだ。キラキラするためには、普通の人よりも頑張らなけ

  • 高卒の星さん名誉教授に嫉妬する

     何か釈然としない。 今朝の新聞の下の書籍欄にある人が本を出したらしく、広告をのせていた。それがまた何とも頭にきた。これが負け犬の遠吠えであることは明らかだ。わたしは高卒でその人は最高学府の名誉教授。わたしなどその人から見たらカスにもならない、吹いて飛ぶような人間としか映らないだろうと思う。てんで話にならない。わたしとその人を比較するとそれだけの差がある。 わたしはそう、うらやましいのだ。そして、嫉妬するのである。 もうさぁ、お金もあるだろうし、生活には困っていないだろうし

  • 読書? 飽きっぽくて移り気なんです

     ブログのアクセス数が閑古鳥ということはなくなってきた。新しい記事をアップすると10人から15人くらいの人が読んでくれる。時々、ヒットがあると30~40。そんな感じで細々としたブログである。アクセス数がゼロだとしんどいものがあるが、毎日誰かが読んでくれている。本当にありがたい。 わたしが更新をしない時は、大方、多忙か、読書に入り浸っているか、のどちらかである。昨日は読書をしていた。放送大学の試験が近づいているというのに一向にやる気がしない。そんなわけで、ダラダラと本を読んで

  • 生きよ

     大切なのは人からどう思われるか、じゃなくて、自分がこの人生を納得できたかどうか、ということじゃないのか。 わたしは死ぬ前に「あぁ、いい人生だったな」と後悔することなく安らかに死んでいけるのか。 わたしがやりたいこと。それは文章を残すこと。自分の存在意義をそこに示すこと。 仮にわたしが文章を残したとして、それが一体何になるのか? だから何? それがどうした? という話になるのかもしれない。 人生はある意味、割り切って考えてしまうなら自己満足なのかもしれない。 だから、「それ

  • いい文章を書くにはどうしたらいいのか考えてみた

     石田ゆり子さんのエッセイを少しばかり読んでみて、気付いたことがあった。それは、勉強だけしてもいい文章は書けないんじゃないかということだった。文章というものはその人がストレートに現れる。文は人なりという言葉を思い出したわたしだった。 たたずまい。石田さんの文章にはたたずまいがある。やわらかいたたずまいと気品があるのだ。物腰と言ってもいいかもしれない。言葉の一つひとつにその書き手の品のようなものが出てくる。だから、その人のすべてが文章には筒抜けになる。芝居をすることもできるだ

  • わたしが死ぬまでにやりたいこと

     わたしには死ぬまでにやりたいことがある。それは何かと言うと、文章を書くことである。文章を書きたい。そして、それを自分の生きた証として残したい。そんな思いがある。 だから、もうわたしはやりたことをやっているし、やりたいことに向けて動き出している。「もう星さん、記事もいくつか書いてるし満足じゃないですか?」 そう聞かれるとまだまだ書き残せていないと答えざるをえない。まだまだ、まだまだ。 わたしの目標。小説200作にブログ記事1万記事。これだけ書けば満足して安らかな眠りにつける

  • ここで一句。「静けさや星さんブログ閑古鳥」

     星さんは最近、放送大学のテキストを読んでまとめ記事を書いていたとさ。んで、そのまとめ記事が大変反響が悪くて、まさに閑古鳥が鳴くようだとさ。(記事のアクセス数1だからね。1。で、その1は母がアクセスした1だった。)だから、星さん、やる気がなくなってきてるとさ。そんで、ブログの方向性を考え直してるとさ。 てなわけで、わたしの放送大学のまとめ記事、非常にウケが悪いのであります。まずタイトルからして面白くなさそうだと。工夫のないタイトル。かたそう。難しそう。つまり、とっつきにくく

  • 【放送大学】『家族問題と家族支援』第10回 DV(ドメスティック・バイオレンス)の問題構造

     1.DVとは DV(ドメスティック・バイオレンス)とは配偶者やパートナーなど、親密な関係にある(または、親密な関係にあった)相手から振るわれる暴力のことをさす。この回では、おもとして配偶者間の暴力として考えていく。 DVは、夫婦という関係の中で起こるため、表面化しにくく、表面化しても夫婦喧嘩などと軽視されがちで、私的で個人的な問題とみなされやすい。しかし、DVは暴力であり許されるものではなく、社会的に対応すべき深刻な問題である。 DVにはいくつか種類があり分類でき

  • 讃美歌を1時間半歌い続けて

     今日、教会で讃美歌を歌う集いがあった。それがまた本格的でほぼひたすら讃美歌を歌い続ける会なのである。とはいえども、ちょくちょく曲の合間に讃美歌に詳しいうちの牧師が解説を挟んでくれる。牧師が進行役である。それから一人ひとりに「歌いたい曲ありますか?」と牧師が尋ねて、それをみんなでオルガンの伴奏付きで歌っていくのである。 充実していた。とても充実していた。ただ、1時間を過ぎたあたりからわたしは疲れが出てきて少ししんどかった。何せ日々の生活の中で讃美歌を1時間以上も歌うという機

  • 【放送大学】『人間にとって貧困とは何か』第9回 貧困と友人関係-「伴を慕う心」の行方

     1.秋葉原無差別殺傷事件 2008年6月8日、東京の秋葉原で、25歳の青年が2トントラックとダガーナイフによって7人を殺害、10人を負傷させる事件があった。犯人の加藤については、ネット上での彼による書き込みや彼の生育環境などに関連して様々な議論が人々によってなされた。 「見られているかもしれない不安」と「見られていないかもしれない不安」の2つの不安が同時に彼につきまとっていたのではないか。 2.親密圏としての友人関係 人間関係の中に占める友人関係の

  • 【放送大学】『中高年の心理臨床』第8回 こころとからだのエイジング-からだを中心にして-

     1.はじめに エイジングとは、体の成熟が終了したあとに起こる生理機能の衰えのことである。エイジングによって、身体機能が衰えてきて環境の変化やストレスに対する適応能力が低下してくると、病気にかかりやすくなったり、病気にかかってから改善しづらくなったりする。多方面にわたり低下してくるのである。 同じ年齢で同じように成長する発達とは異なり、エイジングは個人差が大きい。エイジングは遺伝的要因に加え、生活習慣や環境要因などが大きく影響する。 また、身体機能の変化に適応するこ

  • 【放送大学】『家族問題と家族支援』第9回 人生の終末期にある人の家族-支援のあり方-

     1.「死にゆくこと」をケアするホスピス 死にゆく人やその家族を支援する活動は古くから行われていた。その一つがホスピス(hospice)である。ケア活動やその拠点となる施設のことをホスピスという。 それは言葉としては4世紀ごろからあり、中世において旅人や巡礼者、十字軍兵士たちを対象とした修道院の宗教者などによるケア活動であった。そして、それはヨーロッパに広まった。 19世紀後半には、医学や医療技術を導入した「死にゆくこと」へのケアに焦点をあてた近代ホスピスが作られる

  • 悪魔の誘惑

     わたしは何のために生きているのだろうとふと思う。そして、もしも話を考えてしまう。 もしも、世界のすべてがわたしのものになったら。嬉しいのかな? それともうんざりするのかな? 世界のすべてがわたしのものとは世界征服が達成された状況である。世界中のすべてのものが全部自分のもので、世界に住むすべての人間も何もかも全部自分のもの。そうなったらウハウハものだろう。単細胞なわたしは最初のうちはそう思っていることだろう。しかし、もって三週間くらいで飽きるんじゃないか。そんな気がする。 

  • 【放送大学】『人間にとって貧困とは何か』第8回 子どもにとって貧困とは何か

     1.社会問題としての子どもの貧困 ようやく子どもの貧困が社会問題として議論されるようになってきた。自由ならびに平等という価値を追求する時、14%という子どもの貧困率は優先度の高い課題である。子どもはどこに生まれおちるのか自分で決めることはできない。そして、そこでの条件の有利不利はまさに不平等としか言うことができない。また、子どもの貧困は社会問題としての側面をも持っている。 こうした議論に反論する人々もいる。それは日本の新自由主義者である。彼らは「親が悪い」のだから

  • 【放送大学】『中高年の心理臨床』第7回 定年退職にかかわる心理臨床

     1.定年退職にかかわる近年の動向 2025年には年金支給開始年齢が65歳になる。60歳から65歳へと引き上げられるのだ。 2012年に高年齢者等の雇用の安定等に関する法律(高年齢者雇用安定法)が改正された。この法律は、定年の引上げ、引き続き雇うこと、再就職をうながす、仕事につく機会を確保するなどを行うことを旨とした法律で、高年齢者の職業の安定と彼らの福祉の増進をはかり、経済や社会を発展させることに貢献することを目的としている。なお雇用の継続については、就業規則にあ

  • ノンストップ貧乏揺すり

     私事で恐縮だが、今、貧乏揺すりが止まらない。ひたすら揺すりまくっている。 ここのところ、気持ちが落ち着かないことが多い。頻繁に貧乏揺すりをしているし、そわそわしていることが増えてきている。 どうしたものかと思う。脳内でセロトニンやドーパミンなどの神経伝達物質が増えすぎてしまっているのだろうか。その可能性もある。十分にありうる。 今、この文章を書き始めて、だんだんと貧乏揺すりも治まってきた。平静を取り戻し始めたと言っていいだろう。と思ったらまたもや貧乏揺すりが。貧乏揺すり再

  • コロナワクチン打つか打たないか

     ここんところわたしが取り組んでいた課題。それはコロナワクチンを打つか打たないかということについての検討だった。実に難しい課題であった。そもそも、わたしの理科の教養は中学校2年生から何も進展していないのだ。だから、少し科学的な話が込み入ってくると分からなくなってくる。科学リテラシーほぼゼロなわたしなのである。 コロナワクチンはmRNAワクチンだそうだ。だが、高校の理科をさぼったわたしに分かるわけがない。理科って積み上げ式の勉強だよね。うん、本当そう思うよ。 でも、ワクチン打

  • 「やらなければならない」を乗り越える

     だるい。何か調子がよくない。天気も悪く、雨が降っていて気分も滅入る。こういう日はアクティブな活動はせず寝ていたい。 けれど、わたしにはやらなければならないことがある。昨日、今日やることを書いたんだった。それによると、今日のノルマは、執筆2時間に、放送大学の勉強3時間に、運動を1時間ということらしい。「らしい」と書くのは昨日のわたしが計画したスケジュールだからだ。毎日フルタイムで仕事をしている人から見たら、わたしのノルマなど大したことはないのかもしれない。しかし、わたしにと

  • 時間、神様が与えてくださったもの

     時間は不思議なものだとつくづく思う。同じ1時間でもあっという間に過ぎてしまう時もあれば、待てど暮らせど時間が過ぎない時もある。物理的には両方、同じ1時間なのである。けれど、時間の質というか、何かが異なっているのだ。 さらに加えて時間の不思議なところは、常に今しか体感することができないというところにある。過去、現在、未来とあるわけだが、今が積み重なって過去となり、今が未来となっていく。 今、今、今。今があるだけで過去も未来も存在しない。たしかに過去が存在したことをわたしは否

  • わたしの土の器を空にしますから、恵みの雨を豊かに降り注いでください

     ここ最近、祖父母のことで毎日が目まぐるしくて信仰を育てる営みをないがしろにしてしまっていた。 わたしにとって信仰とは何なのか。ここまで信仰と離れて距離を置いていると、本当に自分には信仰があるのかどうかと疑わしくなってくる。一応、というか毎週の礼拝は守れている。けれど、それもどこか身が入らず、受け身のような感じで能動的に参加できていない。「信仰は受け身の面が大きいのだから、そんなに気にすることはない。自分の意志よりも神様の御心だ。」そう言いたくなる気持ちもわかる。けれど、何

  • おじいさんが家にいなくなって

     おじいさん、祖父が家にいなくなってからだいぶ時間が経っている。祖父なしの生活なのである。もっと寂しくなるかと思っていたが、意外とそうでもなく、何とかわたしたちは毎日の生活を送っている。 本人には悪いのだが、生活が効率的にスムーズになったと思う。と言うのは祖父は何をするにも時間がかかったからだ。 まずトイレ。30分以上かかることはざらであった。「漏れる。漏れてしまうんだ。トイレから出てきてくれなければ漏れてしまう。早くしてくれ。」そんなわけで失禁寸前までトイレを我慢したこと

  • 自然はアクセス数なんて気にしない

     今日、数日ぶりに散歩をした。20分ほどの短い散歩だったけれど、とてもリフレッシュできた。よかった。 実は今日のこのブログのアクセス数が何と何と1なのである。(5月31日午前11時現在)まじで?まじすか、まじすよ。てなわけで、落ち込んでいた星さんなのであった。 でも、散歩をして気分を取り直すことができた。散歩前には「アクセス数 増やすには」というワードで検索して指南をあるサイトから受けていたのだった。 だが、だが、そのサイトの文章を読んでいるとイライラしてくるのだ。どうやら

  • 祖父が退院して施設入所へ-高齢者の自立生活について考えた

     このブログでたびたび言及している祖父が本日、入院先の病院を退院した。あれからだったので驚異的なスピードである。 病院で執刀医だった医者と話をしたのだが、「ものすごく治りが早くて驚いている。」とのことだった。今まで何人もの患者を手術してきて経過も見てきたであろう医者がそう言うのだから、祖父の生命力にはすごいものがあるのだろう。しきりに医者はそのことにふれて感心していた。 そんなわけで病院を後にしたわたしたちであった。しかし、祖父は家に帰ることができるわけではない。施設へと向

  • 苦難の意味-悪の問題についての考察

     人間誰しも欲望があり、それは歯止めをかけないと、どこまでも際限なくエスカレートしていき、貪欲に飽くことなく要求し続けることになる。 事あるごとにわたしたちは神に要求する。「お金をもっとくれ」「病気を治せ」「痛みを与えないでくれ」「死にたくない」「不老長寿にしてくれ」「永遠に生きたい」 そして、極めつけは、「なぜ最初から天国にしてくれなかったんだ」である。特に一番最後の要求はクレームの中でも特大のものだ。神様の万物創造という行為を否定しているのだから。この要求は核心をずばり

  • 苦難の効用

     苦難。できることなら大きな苦難に襲われることなく、平穏無事に過ごして暮らしたい。誰しもがそう思うのではないだろうか。苦難なんて無い方がいいに決まっていて、いいことなんて何もない。ただ苦しいだけ。そんな風に捉えている人が多いのではないだろうかと思う。 けれども、今回我が家の一連の出来事を通して苦難にもプラスの意味合いがあるということがわかってきたので、そのことを書きたい。 最近の記事にも書いたが、おじいさんが腸捻転になり緊急手術となって命は長らえたものの施設に入所することに

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