HOME O&O INDEX ふたたび付き合いはじめてから季節はめぐり、ふたりとも三十歳になっていた。「いいかげん結婚の話も出てるのでは?」と親友の路子に問われても、陽子は答えあぐねてしまう。 CONTENTS COMING SOON...無断転載を禁じます。Copyright © 小田桐直 sunao odagiri All Rights Reserved. TOP O&O INDEX ...
オリジナル恋愛小説。O&O。H。となりに住んでるセンセイ。ワレワレはケッコンしません。など。
コツコツと執筆中。 北海道を舞台にしたものが多めです。
→この話をはじめから読む すぐに電話の相手がチェンジした。怯えた男の声から、厚かましそうな女の声へと。「あっ、怜二ぃ? お母さんだけどぉ」「……」 お出ましになったか女王め。いや、女王って例えは控えめすぎる。魔王だ。もはや大魔王だ、この母親は。 「……何してくれてんだよ」「は?」「は? じゃねえよワザとらしいな。何で掛井店長をダシにしてんだよ、やること汚えぞ」「だって怜二、あんた全然取り合ってくれない...
→この話をはじめから読む カウンター前の待合スペースに誰も患者がいないからと油断していた。今、だいぶ険しい表情をしているんじゃないだろうか。頬がカチコチに張っているのが触らずとも分かる。 いったん深呼吸をして、へっ、と笑みをつくってみせる。 アホくさい。 世の中に色んな人間がいるのは至極当然。こんなことぐらいで腹を立ててどうする。次だ次。仕事をしよう。「ヤマモトルイ」の薬歴に追記を加えてお...
この話をはじめから読む 「すみません!」 とげとげした声に呼びかけられて我に返る。 やばい。ぼうっとしていた。 見ると、目の前。カウンターの向こうに、いつの間にか別の引っつめ髪の女が立っていた。 さらにカップ麺とラップおにぎりと紙パック入りの野菜ジュースとがすでにカウンターに置かれてもいた。「これ。急いでるんで」 早くアンタ会計しなさいよ。とでも言うように、女が顎でしゃくってくる。 同年代っぽ...
「ヤマモトルイちゃんに出されたお薬の説明は以上になります。何か他にお聞きになりたいことはありますか?」 ドラッグストア内の一角。保険調剤の受け渡しカウンターの向こうにいるのは、小柄な女だった。ウェーブしたふわふわの髪を一本に引っつめた「ヤマモトルイ」という女児の母親。 「あ、はい特には。大丈夫、だと思います」 ちらり、下方へ視線を向かわせながらその母親は答えた。かたわらにベビーカーを従えてい...
vague_shizupika うちに来た保護ねこちゃんがかわいすぎて、家族全員何も手につかない😂 03-23 08:41 夫は2日連続在宅勤務にチェンジ。オンライン会議、ほぼ聞いちゃいない😂 03-23 08:43 後ろ髪ひかれながらわたしは出勤😂 03-23 08:44...
vague_shizupika 猫さまを家族に迎えいれることが急きょ決まって、バタバタバタっと準備してるところ。スマホで検索して情報入手に躍起。youtubeでノウハウを見まくり。 03-18 19:06 雨のなか☔猫さまのケージを買いに 03-18 19:24...
vague_shizupika 3/17の奥村先生は2Pにわけての更新でした。(にしても相変わらずスロウな展開だなあ💦)わたしもそうなんですが、読者さんもスマホで見ている方がほとんどだと思うので、「スマホファースト」ということで1Pの文章量はあまり多めにならないようにしています。なので2Pにわけての更新となりました。 03-17 11:33 PCで見てる時は「どんだけ多くでも読んでやるぜ!」な気概でいられるのですが、スマホだとどうも、せ...
→ イントロダクション CONTENTS 01・うちの前にいたイケメンくん 1 2 3 4 5 6 7 8 02・売店先生、机の下からすみません 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 03・玄関出たなら、すぐセンセイ宅 1 2 3 4 5 6 7 8 04・...
「奥村さーん。いま手術室から出ましたよー。これからエレベーターに乗って病室に戻りますねー」 さっきの看護師さんが先生に話しかけている。声を張りあげるようにして。「妹さんも、応援団のみなさんも、奥村さんを待ってたようですよー」 との呼びかけに、先生がわずかに反応する。 といっても一、二回まばたきをしただけだ。先生を乗せたベッドは急くように進んでいく。エレベーターホールがある方向...
そうこうしているうちに「手術中」の標示灯が明るく点りだした。 あたしと姉と坂本さんは、壁ぎわの長椅子に腰かけて待つことにした。手術室のすぐそばの。(来れるかみょ、しれぇまてん) 間抜けにも噛んでしまったあたしに吹き出して笑ったまま、自動ドアの向こうへ行ってしまった奥村先生。 だいぶリラックスした様子だった。あの時は。 でもやっぱり、自動ドアの向こうでいま、先生が頑張ってい...
vague_shizupika 3/10のツイートでアップした画像はやはり、うちのブログではちゃんと表示されてなかったかー。「今年、厄年、俺、死ねない」は、もうなくなってしまったホームページにアップしていたお話です。O&Oです。ツイッターにはラストの部分だけ編集してアップしてみました。 03-13 00:14 当時、目を通してくれたのはたぶん10名にも満たないと思います。 03-13 00:28...
vague_shizupika 引っ越し先ブログでの見え方、どうなのでしょうか💦一応これ、レスポンシブデザインといって、PCでもスマホでも同じように見えているはずなのです。 03-14 12:12 アメブロではPCとスマホでの見え方がまったく違っていましたよね。わたしはいかにも「ザ・ブログ」というスマホ版アメブロの見え方が好きではなくって。それもfc2へ引越ししてしまった理由のひとつです。でもアメブロのほうは更新記事がすぐ目にとま...
HOME となセン もくじ 佐野が、慌てたように三澤先生を追いかけているのが目に入る。 視界のすみにいた姉が、あたしの胸元をとらえてハッとしているのも。 逃げなきゃいけない気がするのに、固まってしまって動けない。しかも目までつむってしまう。 案の定すぐ。あたしのカットソーの胸元に、三澤先生の手であろう感触が伝ってきた。「紐」「ひ、ひも?」「ほどけちゃってる...
vague_shizupika https://t.co/sYCbwyvPlm 03-10 14:58 https://t.co/u7X7CRhtks 03-10 14:59 https://t.co/qlsozCxzBt 03-10 15:01 https://t.co/6RfBUomV2a 03-10 15:09 https://t.co/1slrnVMA1w 03-10 15:11 https://t.co/VKcBzz73ju 03-10 15:13 https://t.co/CmbCYdy0Kj 03-10 15:14 Twitterで色んなことがしてみたく、試しに遊んでみました。明日、↑がどのように表示されるかテストの意味もこめて。 03-10 15...
vague_shizupika このアカウントでTweetしたものはブログの「DIARY」にまとめてアップされるように設定しておいた。どんな感じでブログ表示されるのかなー。と先ほど見てみたら、みっちみちやんけ〜。改行もされてないし。いますぐ編集画面へ飛んで<br>をつけたい気分だ。というわけでおはようございます。 03-09 08:41 春めいてきたなあ。でもまだ寒いけど。花粉が飛散してるみたいだけど、わたしは今年も無症状。いきな...
vague_shizupika アメブロから今ブログへ記事を移してるところ。O&Oはビタスイ以降は、今ブログにはインポートされてないから、ひたすら手作業。スマホじゃ無理。PCじゃないと。うわ、めんどーい。とは思うのだけど、作中に目を通してしまうと結局読みこんでしまうという😅 03-08 18:59 O&Oは個人的に1章と3章が好き。1章はふたりが見合いで出会うシーンが好きで、3章は陽子が病院のエレベーターで7階へのぼってからのふ...
・「大丈夫っすよ、奥村先輩。手術なんて寝て起きたらもう終わっちゃってるんで。そん時にはみんなで先輩の顔を覗きこんでる光景が待ってますんで」 第二手術室。いままさにそのドアが開かれようとしていた時だった。先ほどとはまた違う看護師さんに付き添われ、奥村先生がみずから歩いて中へ入ろうとしていた時。 明るすぎる坂本さんの呼びかけを背中に受けて、うんざりしたように振り返ってきた。「適当なこと言ってる...
・「大丈夫っすよ、奥村先輩。手術なんて寝て起きたらもう終わっちゃってるんで。そん時にはみんなで先輩の顔を覗きこんでる光景が待ってますんで」 第二手術室。いままさにそのドアが開かれようとしていた時だった。先ほどとはまた違う看護師さんに付き添われ、奥村先生がみずから歩いて中へ入ろうとしていた時。 明るすぎる坂本さんの呼びかけを背中に受けて、うんざりしたように振り返ってきた。「適当なこと言ってる...
ブログのお引っ越しをすることにしました。突然ですみません。決して、いえ、まったくと言っていいほど読者さんの多くない私のブログ。それでも、わざわざ訪問してくださってる方にはご迷惑をおかけすることになってしまいました。以前の○○ブロさん。このご時世だし当たり前なのでしょうが、にしたって広告が目立ちすぎて。見た目がごちゃごちゃしているのが本当に嫌で、有料で自ブログの広告を取り払ってたんですよ。にしたって年...
・ 奥村先生のあいてるほうの右腕から、マジックテープつきのバンドが外されていった。看護師さんの手によって。 「体温も血圧も大丈夫ですね。けどやっぱりちょっと緊張されてます?」 「え?」 「脈が早いので」 「……ああ、はい。緊張は、まあ」 「もうすぐ手術ですもんね。準備ができ次第、下の手術室へ移動しますから。お声がけするのであと少しだけお待ち下さいね」 時間によって担当看護...
もちろん行く。母からのお達しがあったから――というわけじゃなく、シンプルに奥村先生のことが心配だったから。 だから佐野には「うん。お母さんと一緒にあたしも明日行くよ」と返信してみたのだけれど。 翌日。蓋を開けてみれば、だ。 アパートの大家あるあるで、不動産屋さんと急きょ打ち合わせが入ってしまったとかで母は都合がつかなくなり。 かわりに姉が、あたしと一緒に病院へ行くこと...
・ サンドウィッチとか。ウィダーインゼリーとか。飲むヨーグルトとか。 食欲がなくてもサクッと口にできそうなものをセイコーマートのかごに入れて。 箱ティッシュとか。タオルとか。コップとか洗面用具とか。母が羅列していた入院に必要とされるモノ一式もザッとかごに放り入れて。 会計を済まして。たっぷりモノがつまったポリ袋を携えて。奥村先生と顔を合わせるのが当然気まずいからなるべくゆーっくり...
信じがたい、という表情をした奥村先生と見つめ合ったのは何秒間だったろう。 あたしも、息ができないくらい驚いていて。それでいて心臓はあきれるくらい早く拍動していて。手指は冷えているのに顔だの身体だのは熱く火照っているという謎の現象を実感しているさなか、聞こえてきたのは廊下からの足音だった。 この513号室に近づいてくる足音。 「奥村さぁーん?」 ノウテンキな声と同時に...
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連載中の小説last update2023.8.05再掲載中。6章・319完結しました。番外編・7「暗くも、渇いてもいないはず」最終話まで更新しました。最新はEpisode8から。思いがけず出会っていた二人は、はたして、ケッコンすることになるのか……?last update2022.3.17フォッグ続編的なお話。先生と生徒のお話になる予定。連載途中でお休み中です。(フォッグもアップ予定です)エブリスタさんにも作品を投稿しています→Twitterで更新報告して...
――あんたの人生なんだから好きなように進め。 さきほど。陽子とのことは格好よく進言してくれたのに、見事なまでの手のひら返し。 ははは。と笑ってしまったが何も突っ込まなかった。突っ込めなかった。 母は、以前よりもだいぶ肉々しさを失った手でもって、ショルダーバッグからあるものを取り出していた。 緑の使い捨てカメラ、写ルンです。 なぜにいま。 上のほうで音がした。 ログハウス造りの喫茶店。そのドアがあい...
犬が、おそろしい喜びようで腹を見せながら緑に背中を擦りつけている。 わしゃわしゃと撫でながら母は犬に囁いていた。 めんこいわあ、めんこいわあ。と。「――でも。また母さん、陽子さんに会いたいなあ」「ん?」「旅行来たついででいいから、またふたりで会いに来て。陽子さんがあんたのこと見て笑う可愛い顔を、目におさめときたいんだよ、母さん。だからまた、連れて来て。それまでちゃんと元気でいるから」 母の手から「...
・ 陽子とのドライブ旅行はもうすぐ終わる。明日、彼女を札幌の自宅へ送り届けたらそれでお終い。 ひとりで函館へ戻ったら、翌日にはまた仕事が待っている。 これから釧路へ移動して予約した宿に向かうつもりだ。まだ明るいうちに北見ここを発って、暗くならないうちに峠道を抜けてしまいたい。 だから「もう俺ら行くわ」と母に伝えていた。 煮込みハンバーグセットはとっくに食べ終えていたし、コーンポタージュスープが...
・ (要らないと言ったのに)気を使った陽子がわざわざ調達してきた「まりも羊羹」は、パーマおばさんの手に渡った。黒のショルダーバッグとともに母の隣席に置いてある。 北見市の小高い場所にあるログハウス造りの喫茶店は、(母が案内してくれたわりには)お洒落な雰囲気だった。雑貨も販売しているらしく、カトラリーや陶芸品が置かれてあったりして。 そして人気店らしい。通されたテーブルは空いていた最後の席だった。...
-- side : Takashi -- 交通整理の人間を置かなければならないほど、病院の駐車場は混んでいた。 左奥のほうなら空いてるから入れ。と係員にジェスチャーされたが首を横に振る。 すでにいたからだ。 駐車場へ入ってまっすぐに進んだ先。病院の出入り口前に、白い服を着たオバチャンが。「家族を迎えにきてて。拾ったらすぐに出るんで」 開け放った窓から係員へ伝え、少しだけ車を加速させる。何台も駐車された中を縫うように...
前回の「お知らせ」でO&O#6「319」以降の番外編は三部作になると記していましたが、間違いでした。もう一編追加がありました。⇒「暗くも、渇いてもいないはず」某ショートストーリーの翌朝からの話――ということで、タイトルは無理やり似せたものにしたという。10P程度になると思います。番外編がもうひとつあったことを、私ってばド忘れしていました(´・_・`)さらに、たった先ほど気づいたことがありまして……。各小説のトップペ...
自分でもどうしたらいいか分からないほど、奥村が好きだ。 この熱量をグラフで表せるとしたら、最高到達点に達しているのだと思う。いまは。 とかいいながらまだまだ最高到達点を超えてしまいそうな勢いがあるけれど。 札幌から函館まで毎週末通うことがまったく苦にならないし、合鍵で入った奥村の部屋が散らかっていても喜んで片付けてしまうし、下手くそながら料理を作って部屋の主が仕事から帰ってくるのを待つのも楽しい...
-- side : Yohko -- やはり診察が遅れているそうだ。 ――昼までに自宅へ戻るのは難しいから、病院まで直接迎えに来てほしい。 との連絡が奥村の母親から入ったのは、車が北見市に入る手前だった。 電話の着信を受けて停めた道路脇。あたりは鮮やかな緑の畑が広がっていて、培っているのが馬鈴薯なのか甜菜なのか何なのか、土から生え伸びた葉っぱだけで見当をつけるのは無理だった。 というか緑を楽しむ余裕なんて皆無だった。...
どれだけ喋っていたのだか。 この母親の、トンチンカンな話に応じるのはなかなかのエネルギーがいる。 目覚めの直後から渇きを感じていた喉が、ますます渇いてしまっていた。 掛け布団が目の前を舞って、下半身を覆うように落ちていく。 そういえば素っ裸だった。ずっと。 こんな姿のまま、胡座をかいて喋り続けていたのだ。 左を見れば、陽子はすでに浴衣姿だった。腰に紺色の帯をきゅっと締め、着こなす姿はなかなかいい...
-- side : Takashi --「あ、もしもし高志ぃ? いやー母さん、びっくりしちゃったさあ! あんたの電話にかけたつもりが、いきなり女のひと出るんだものぉ」 朝っぱらから。携帯電話の向こうから、やかましい声が耳を襲う。「……びっくりしちゃったさあ、って母ちゃん」 何なんだよこのババアは。 と心の中で悪態をついてクッと笑う。 電話を渡してきた陽子にも聞こえていそうな大きな声だ。 ――とりあえず、今日もこの母が元気...
また音が鳴りだして現実へ引き戻されていく。乱暴に。 しっかり目覚ましを解除しなければ、何分か後にまた騒がしくなるよう設定した。 ――そんなようなことを奥村が言っていたっけ。寝入りばな。 嫌々ながらも手をのばし、そこらに放置していた電話機をふたたび手にとっていく。 重くて片がわしかあけられない目。いまだにやかましい携帯。 画面に表示されていたのは、時刻を伝えるものではなく、着信を告げるものだった。 ...
――「暗く、乾いた部屋」からの-- side : Yohko-- 鳴っている。 枕もとから音がする。 目覚まし時計なのだろう。 ああ止めなきゃ。 と、思うのだけれど寝ていたい。 まあいいや鳴らしとけ。 と、目をあけもせず放っておいたら肩から腕を撫でられた。というより軽くゆすられた。裸の肌に感じる、大きな手のひらが心地いい。「陽子」 真後ろから奥村の声がする。頭に髪の毛に耳に、吐息がふれている。一緒にくるまっている掛...
無言でいればいいのか、処理をしている間は困る。 結局なにも言わないで素早く済ませ、横たわる彼女のもそっと処理してやる。 汚いというのではなく何だろう、見てはいけない物のようなぐしゃぐしゃの白い固まり。それを敷布団の脇に投げ置いて、しばらく忘れることにした。 疲れた。だるい。息もまだ荒い。 だがすでに頭は冷静で、残してきた仕事のことを考えてしまっている。明日、確認の電話を入れようなどと...
「……あー、分かった陽子ちゃん」 と、抱きついた先の人が、耳元でささやいてくる。「きみ、抱っこしてほしかったんだろ」 うん。 と返した声がかすれてしまった。 ちゃんと伝わらなかったかも。と憂いたのは一瞬だった。奥村がすぐに抱き返してくる。両手を背中に回してくる。やさしく。 この部屋の中も、耳にふれている奥村の顎か首すじあたりの肌も、あたたかい。 のに、手にふれているカーキ色のブルゾンはまだ、ひんやり...
「それじゃあ失礼いたします。あっ――はい、どうも。おやすみなさい」 エレベーターの箱の中。 母に別れを告げながら、奥村は6のボタンを押していく。 扉が閉まり、一階から上昇する際。箱全体がガタゴト揺れたものだから、バランスを崩してよろめいてしまう。 そこを、とっさに支えられていた。奥村に。 流しこんだアルコールはまだ分解できていないはず。でも醒めている。酔ってはいない。 からだ全部がふわふわしているの...
もうこちらがまともだと分かっているから、奥村は介抱なんてしてこない。誰かの携帯を耳にあてたまま、先に車から降りてしまった。 渡された革財布からわたわたと千円札を取り出して、渡して、釣りを受け取って。会話の一部始終を耳にしていただろうに素知らぬふりをしてくれる運転手に軽く礼を告げ。 ホテルの入口前で待っていてくれていた人のもとへ、駆けていく。 回転ドアの向こうから、やわらかな光がのびている。華やか...
覚醒してみれば、携帯の向こうが話す内容まで難なく聞こえてきてしまう。 はきはきと喋る母の声は大きい。タクシー運転手の耳にも届いていそうなほどに響いていた。一言一句、余すことなく。(うちの陽子、家の鍵忘れてってるのよ、家の鍵。あのね、玄関の靴箱のうえに、ポーンて、置いてあってね?)「家の、鍵ですか?」(そうそう。あのね? 小学校のお友達の集まりで遅くなるとは聞いてたんだけどね? あのー。私のほうはね...
・ よいしょ、とシートの奥へ抱えられるように押し込められた。もう遠慮することなく目をつぶる。 タクシーの中は幸せなくらいあたたかい。何も心配することなく羊水に浮かぶ、胎児にでもなったかのよう。 バタン、とドアが閉められていくのを、夢うつつで聞いていた。「すみません。近くで申し訳ないんですけど、大通のホテルAサッポロまで」「あっ、全然全然。ホテルAサッポロですね。分かりました」 奥村と優しそうなタ...
・ だんだんと空が白み、電灯が際立つこともなくなった住宅街。アパートや一戸建ての壁色が明らかになっていく。屋根にはこんもりと積もった雪。あちこちでぶら下がっているつらら。 車の中でたわいない話をし続け、ふと会話が途切れた時。 おもむろに、陽子が切り出してきた。 じゃあ。「そろそろあたし、行こうかな」「はい、うん」 彼女のマンション前に着いてから実のところ、気ぜわしくそわそわしていた。まさぐり続...
[Episode11.今日は結構です] −−−−−− はじめてここへ来たのは夏に向かう頃。 晴れ上がり、青が澄んだ日だった。 いまは道路脇にわんさかと雪が積もり夜明け前。人工の光に包まれた道のりは、あの日とまったく雰囲気が違う。 それでも、迷わずにたどり着くことができた。陽子の家に。何世帯も入っているであろうマンション前に。「着きましたよ小笠原さん」 小さく告げれば、助手席もささやかに返してくる。「ありがとう、ね...
だんだんと近づいてくる女に、いいように振り回されているとあらためて自覚してしまう。悔しいけれど笑みがこぼれてしまう。しょっちゅう拗ねてしまう女。よじれ合った雰囲気のところを構わないでと言わんばかり、黙りこんで目を閉じてしまう女。 そんな女だけれど、自分のもとへ寄ってこられるのが嬉しくて仕方ないのだ。 笑いかけてくるわけじゃない。ただこちらを見据えているだけ。けれど、まっすぐ歩み寄ってくる彼女に、...
「富浦」と記された上に大きな「P」。 用を足すためにいったん高速を離れ、滑り込んだパーキングエリアを灯す明かりは寂しかった。除雪車が来ていったのはいつだろう。路面は整備され、すがすがしいほど真っ平ら。けれどその、スケートリンクのような白が視界の助けだ。 裸の木々に囲まれた駐車場には驚いたことに、他の車が一台もなかった。端っこにわびしく、トイレと思われる白い建物。緑に発光した非常用電話ボックス。た...
・ 案内標識は緑。 室蘭インターチェンジへの降り口が左に現れた途端、すぐ過ぎ去ってしまう。 有珠山サービスエリアで一度休憩すれば良かった。そこを過ぎたあたりで用を足したくなってしまったからだ。次のパーキングエリアまであとどれくらいかかるだろう。 幾度も目にする交通情報には「凍結による速度規制 50km/h」。仰せのまま、手元のスピードメーターはずっと50だった。それ以上速く走るつもりもなかった。どこ...
「俺さ、なんて言ったら。どう、小笠原に伝えていいかあの時、分かんなかったんだわ」 母の病状がかなり悪いと聞かされていた、去年の秋。「こう俺がさ? 悩んでる事を全部言ってさ? 俺の家族のことだけどさ、母親のことを一緒にこう、なんだろ。不安を分かち合うって言うのも変だけど」 変じゃないよ、と陽子。「……考えたもの俺。実際小笠原に言おうとしたし。あの時は母親のこと聞かされて、やばいどうしようって結構落ち込ん...
・ 海岸線は現れない。 標識にはまだ「札幌」の文字もなく、繰り返される雪景色。ただ暗く、真っすぐに伸びている国道五号線。飽きて、ともすれば緊張が緩んでしまいそうな道のり。 けれどひたすらにハンドルを握り続けていた。結露で窓が曇っていたのにも気づかなかった時のように。 陽子が隣にいる。 纏っていたグレイのロングコートも、小さなハンドバッグも、後部席へ置かせていた。助手席はすでに、すらりとしたワン...
[Episode10.零下に二人] −−−−−− 窓が曇っている。 フロントガラスは気にならないが、サイドとバックは湯気で蒸されているかのよう。ミラー越しに周りを確認しようにも出来ない。エアコンの温度はそれほど、高くしていないはずなのに。 左手を伸ばして空調ボタンを押せば、吹き流れてくる風。へばりついていた白のもやが、ガラス窓からおもむろに消えていくのを横目で見る。一体、何に夢中になっていたのかと笑いそうになった...
ひとしきり喋ったら火照ってしょうがなかった。冷えたのにふたたび温まり、汗ばむ背中。 あつい。 陽子に了解をとらずに勝手にエアコンを切れば、送風がぴたり止む。「もう。頼むから」 どうにかしてくれ。 ずっと髪に触れていた手を、今度は顔へ持っていって覆う。熱い頬に、自分の手が冷たくて気持ちいい。 熟慮の言葉ではなかった。頭に浮かんだことをストレートに口にしただけ。とりあえず、気持ちは伝えた。「……でもち...
脱いで、後部席に置いたジャケットのことが気になった。汗で湿り、背中にはりついていたワイシャツが、今度は冷たく感じる。「どうやって小笠原は札幌に帰るつもり? 電車? バス?」 尋ねる口調も冷たくなってしまう。 休め。なんて言わなければよかった。 陽子は自らの左肩をさすっていた。うん。とうなずき、少し間をおいてから告げてくる。「電車」と。 淡々と。 助手席から視線をずらしていく。ガラス窓の向こう、白...
・ 左手にセブン-イレブンが見えてきた。その隣は回転寿司屋。 セブン-イレブンと寿司屋の共用となっているらしい駐車場。車も人もいないと思いきや、いた。 まだ夜食の時間と言われればそう。満員とはいかないまでも回転寿司屋は賑わっていた。積み重ねた皿を持って、店員が歩いているのがガラス越しに窺える。 オレンジ、緑、赤に白のライン看板。セブン-イレブンのほうは空いているようだ。アルバイト募集の紙が貼りつけ...
[Episode09.行くあてもない二人] −−−−−− 函館駅前に車を停めたままにしておくわけにもいかない。 陽子を助手席に乗せてふたたび走りだしていた。彼女のボストンバッグをうしろに積んで。 大手町では対向車が数えるほどしかなかった。 歩く人影もない。それでも真っ暗々で寂しい限りというわけではない。やわらかにライトアップされている建築物。人通りがなくとも煌々と照らされている並木道。薄気味悪さはひとつも感じなかっ...
ない。おかしい。 何歩か下がってさらに上部に掲示されている、発車時刻表を注視してみる。函館本線、旭川方面。夜七時台の札幌行きは一つだけだった。 特急スーパー北斗21号。 19:23発。 大急ぎで再度、腕時計に目を走らせる。デジタル文字は24。それが進んで、25になっていく。 午後7: 25。 カツカツと慌しい足音がし、ぎくりとする。 陽子だった。ボストンバッグを持ってこちらへ寄ってくる。うつむきながらも急いだ...
・ 駐車場に停めている余裕はさすがにない。 駅のまん前。実は茶色だった柵の脇にレガシィを横付けしたまま外に出る。 もとの地面が分からなかった。足元は、何人にも踏み潰されて汚れてしまったザラメ雪。 革靴の足を運べば嫌な感触。凍った地面がザラメの下に隠れている感触。いまの彼女には酷だろうと思いながら前を見る。 歩くたびにはためくグレイのロングコート。裾からのぞく足首に、華奢な靴。右の踵がもげてしまっ...
隣は何も言わなかった。 けれど横顔のまま少し、うなずいたようには見えた。わずかに揺れた髪の毛が耳にかけられていくと、小さな真珠のピアスが現れた。「……あのさ。俺自身もなんかずっとモヤッとしてて、気持ちの整理ついてないから上手く言えないけど。ガーッて言っちゃうけど」 咳払いしていったん姿勢を正せば、陽子がそっと目を向けてくる。 いったいこの人は何を言ってくるのだろう。隣の瞳はそんな戸惑いの色。「俺、...
・ 北洋銀行、ハーバービューホテルの横を通る。ホテル一階の角にある土産物屋はまだ営業しているようだ。 函館駅前にすうと車を滑らせた。 道路と歩道を隔てている黒の柵。そのまん前に車を停め、はあ、と訳もなく溜息をつく。 7時20分。 驚くほど早く着いてしまった。列車の時刻まであと十二分もある。 サイドブレーキを引いた。さらにエンジンも止めてしまうと、いっそう静寂に包まれてしまう車内。 シートベルト...
[Episode08.帰ってほしいの?] -------- 懸念していたほど路面状態は悪くなく、スムーズに進んだおかげで19:16。札幌行きの最終には充分間に合うだろう。 市電通りは空いていた。 ここからでも函館駅が見えている。海風に耐え続け、古色を帯びた駅舎が。消費者金融の赤い看板広告が、ライトアップされて目立っていた。 乗客を待つタクシーの群れで駅前が埋まっている。残りは発車を待つ二台の路線バス。有料駐車場に停めて...
・ 遅い。 詩織との話は軽い挨拶程度で終わるかと思いきや、意外と長びいている。先に車に乗り込んでからもう、二分は経過していた。 エンジンはじゅうぶんあたたまっていない。だがそんなことも言ってられない。最終列車に間に合わせなければ。と店の前まで車を出して待っているのに、陽子は来ない。いったい詩織と、何を話しこんでいるのだか。 真っ暗な車内で光る、緑のデジタル表示は19 : 04。 すぐにでも、走り出さな...
「え、陽子ちゃんあともう」 少ししか時間ないじゃない。とでも詩織は続けていたのだろうか。 それを遮って口を切っていた。6:58のデジタル表示を目にしたまま。「おい」「……はい」 陽子からは神妙な返事。「もう、駅に行ってなきゃやばいんでないのか。結構な時間だぞ」 そこまで告げて顔をあげてようやく、真向かいの女と視線が合った。いじけたように眉をひそめている女と。「なにお前、ちんたらダーツなんてやってんだよ。...
いまほど、人に、顔を見られたくない。 と、思ったことはない。 どうして別れたかのと聞かれても。 まだまだ大好きそうだと言われても。「……いろいろとなあ」 あったんだよ。 とこぼしながら髪を触って誤魔化し笑い。 落ちつきなく目線がさまよっているのを自覚していた。見つめる先にあるのは、アルミニウムテーブルであったり。並べられていた料理であったり。氷たっぷりのグラスであったり。 それらを眺めながら思い出...