アヴィニョンからシャトーヌフ=デ=パブからを訪ねた話をしたい。この時は嫁さんと二人で出かけた。 ホテルは村から少し離れたところにした。 ホテル・シャトー・デ・フィーヌ・ロッシュHostellerie Chateau des Fines Roches(1901 Rte de Sorgues, 84230 Châteauneuf-du-Pape)という。 アヴィニョンを出て、サンベネゼ橋の前を通るローヌ通りからD907へ入りローヌ川に沿ってひたすら北上する道である。 「今でも町を囲むように城壁が有るのね」 「ん。1000年の重みだ。ヨーロッパの古い町並みは城塞都市時代の面影を残していると

14世紀初頭、アヴィニョンに教皇庁が移転（1309年、クレメンス5世）した際、ローマ教会は南仏の地に新たな政治的・経済的基盤を築く必要に迫られた。従来のローマ都市国家の文脈とは異なり、アヴィニョンとその周辺は教皇庁にとって「与えられた場所」ではなく「自ら統治を組み立てていく必要のある辺境」だった。 その中で、アヴィニョン北方の小村「カステルヌオフム（Castro Novo、のちのChâteauneuf）」は、教皇庁の土地経営にとって理想的な候補地として浮上した。理由は、以下の複合的な背景による。 ① すでにブドウ栽培が行われていた まず、同地はすでに13世紀までにローカルな教区教会の

アヴィニョン教皇庁は、1309年に教皇クレメンス5世がローマを離れて以降、7代・約70年にわたって南仏のアヴィニョンに置かれた。そこでは強力な官僚機構と財政制度のもと、ローマよりも整然とした統治が展開され、教会の行政機能は高度に集権化された。しかし、この体制は次第に問題を抱えるようになっていった。 最大の問題は教皇庁の「フランス化」であった。歴代教皇7人すべてがフランス人であり、教皇庁の高官もほとんどがフランス系で占められ、ヨーロッパ各地から「教会はフランス王の道具に成り下がった」との批判が高まっていった。特に、イングランド、神聖ローマ帝国、イタリア諸都市国家などからの信頼は著しく低

13世紀末から14世紀初頭にかけて、カトリック教会は重大な転換期にあった。 特に、教皇ボニファティウス8世（在位1294–1303年）の時代、教皇権の強化を掲げてフランス王フィリップ4世（「端麗王」）と激しく対立したことで、ローマ教会の権威は大きく動揺していた。 1296年、ボニファティウス8世はフィリップ4世による聖職者への課税に反対して教皇勅書『Clericis Laicos』を発布したが、これに対しフランス王は教皇の資金流通を遮断して反発。1302年には『Unam Sanctam（唯一の聖なる教会）』を発表し、「すべての王も教皇に服従すべし」とまで主張するが、フィリップ4世は教皇

シャトーヌフ＝デュ＝パプは、ヴォクリューズ県のローヌ右岸、アヴィニョンの北方約15kmに位置する、南ローヌ地方を代表するクリュのひとつである。この地を語るうえで最も象徴的なのが、「ガレ・ルレ（galets roulés）」と呼ばれる丸石混じりの沖積土壌の存在である。 これらのガレ・ルレは、更新世における古ローヌ川の流路変動によって運ばれ、丘陵地の表土に厚く堆積したもので、主に石英を含む砂岩の丸石から成る。これが地表を覆うことで、昼間の太陽熱を蓄積し、夜間に放射することで地温を安定させ、ブドウの成熟を促進する。この「夜間の保温効果」は、昼夜の寒暖差が少ない南ローヌの気候においては重要な

ジゴンダスは、現在では南ローヌを代表する赤ワインの産地として知られているが、その形成は単なる近代的ワイン政策の産物ではない。むしろ、鉄器時代からローマ期、修道会支配を経て現在に至るまで、二千年以上にわたる土地利用と文化の積層が、この地を独自の「ワイン文化圏」として成立させてきた。 地理的に見て、ジゴンダスはローヌ川右岸、デンテル・ド・モンミライユ山塊の南麓に位置する。これは中央ヨーロッパからローヌ渓谷を経て地中海へと至る鉄器文化の伝播ルートの終端近くにあり、ハルシュタットやラ・テーヌといった鉄器文明の中心地に比べれば明らかに周縁的な位置にある。だがその「周縁性」こそが、金属技術を定住

シャトーヌフ=デ=パブからジコンダスを訪ねた話をしたい。この時は嫁さんと二人で出かけた。 御願いしたVTCにダンテル・ド・モンミライユが見たいと行ったので、クルマはジゴンダスの村を迂回する感じでバロレ通りをBarruol上がってくれた。道はChateau de Saint Cosme(126 Rte des Florëts, 84190 Gigondas)の横を抜けた。 「あら!ここ!!来たこと有るわ」嫁さんが言った。 「サンタ・コスメだよ。ルイ・バルオールLouis Barruolさんの畑だ」 「ええ憶えているわ。とても聡明な方だったわ。なぜグルナッシュを選ぶのかという話と土の話

ジゴンダスは、シャトーヌフ＝デュ＝パプの北東に位置する、面積1230haのクリュである。ローヌ川右岸、アヴィニョンの北東約35kmにあり、デンテル・ド・モンミライユ（Dentelles de Montmirail）と呼ばれる石灰岩の山塊の南斜面に広がっている。この地は、南ローヌの丘陵帯において、地政学的にも地質学的にも特異な立ち位置を占める。 ローヌ川下流域の交易圏と、内陸アルプス方面へ向かう山岳路との接点にあたる地理的条件により、古くから修道院や巡礼路、軍事要衝が集中していた。標高は100〜430メートルに及び、地形は起伏に富む。乾燥した地中海性気候に加え、昼夜の気温差が大きく、ブド

➄醸造面では 南ローヌの主要AOCにおける醸造スタイルは、ブレンドを前提とした多品種の調和追求という理念のもとに成立しており、その技術的基盤と思想的背景には、長期的な地域慣行と20世紀後半以降の革新が複合している。とくにシャトーヌフ・デュ・パープは、その醸造方法とスタイルの多様性において、南ローヌの「制度的実験場」としての性格を有してきた。 まず、赤ワインの醸造においては、果皮・種子由来の構造（タンニン・色素・香味）を最大限に引き出すためのマセラシオン（果皮浸漬）技術の選択が重視される。伝統的には除梗せず全房での発酵（vinification en grappes entières）が

③土壌に関しては。 まず見るべきは、ローヌ川流域に固有の堆積土壌構造だ。その象徴的存在が、いわゆる「ガレ・ルレ（galets roulés）」と呼ばれる、直径10～30cm程度の丸みを帯びた礫が地表を覆う沖積土壌である。この地質は主に第四紀氷期におけるローヌ川の急流がアルプス起源の花崗岩や石英岩を削り、川床に堆積・転圧されたもので、旧ローヌ川の流路跡に限局的に存在する。とくにシャトーヌフ・デュ・パープ（ラ・クラウ地区やガルド地方寄りの台地）ではその分布が顕著であり、リラックやタヴェルの一部区画にも見られる。 この「丸石土壌」は、単に岩が多いという物理的特徴だけではなく、熱保持機能におい

南ローヌのワインを考えるとき、まず注目すべきは、地理・気候の条件と、それに適応した栽培・醸造の蓄積である。南ローヌの主要AOC──ジゴンダス、シャトーヌフ＝デュ＝パプ、タヴェル、リラック、ヴァケイラス──はいずれもローヌ川右岸の丘陵地帯に位置し、地中海性気候のもとでブドウを育てている。主力品種はいずれもグルナッシュであり、赤ワインまたはロゼの生産に特化している点でも共通している。 乾燥した気候、北から吹き下ろすミストラル風、そして石混じりの沖積土壌やガレ・ルレ（galets roulés）と呼ばれる丸石による地質は、この地域に特有の条件である。こうした環境は、ブドウの水分ストレスと果実

このモンテリマールに最も近いAOCとして、Grignan-les-Adhémar（グリニャン＝レ＝アドゥマール）がある。 モンテリマールの南東〜南方向に広がるこのアペラシオンは、ドローム県南部のなだらかな丘陵地に位置し、サン＝ポール＝トロワ＝シャトー、グリニャン、ヴァロリー、モンセギュール＝シュル＝ローゾンなど約20の村を含む。地中海性気候とアルプス山麓に由来する昼夜の寒暖差、石灰質や粘土質を含む多様な土壌が重なり、穏やかで調和のとれたワインを生む土地だ。 1973年には「コトー・デュ・トリカスタン（Coteaux du Tricastin）」としてAOCに認定され、2010年には現

Gare de Montélimarに着くには、パリからヴァランスまでは2時間ていど。ヴァランスからモンティマールまでは20分程度かかる。つまり乗り換え時間を見てもパリ・リヨンを出て3時間後にはモンティマールに辿り着く計算になる。 モンティマールへのTERは2両編成、青と白のラインが印象的なローカル線だ。発車してすぐ、車窓にローヌ川の流れが寄り添う。川の向こうには、乾いた風に揺れる低木林や、丘の上に連なる村の屋根が見える。 ドローヌ川を越えて、そこから先は、地中海気候の領域だ。列車の降り口に立つと、空気の匂いが違う。夏は非常に乾燥し、冬も温暖。この地方特有の「ミストラル」と呼ばれる北風

ところが20世紀半ばを過ぎると、GSM型ワインの構造的合理性は、世界の中でスタンダード化するようになった。 最も早く「GSM」の呼称を商業的に用いたのは、オーストラリア・バロッサ・ヴァレーの生産者たちである。1970年代後半、既に植えられていたグルナッシュ（旧シャリーとして知られていた）とムールヴェードル（Mataroと呼称）に加え、冷涼気候区で成功していたシラーズ（Syrah）を組み合わせた混醸が「南ローヌスタイル」として注目され始めた。 1980年代になると、Yalumba（ヤルンバ）社が公式に「GSM（Grenache Shiraz Mourvèdre）」のラベル表記を導入し、

何回か書いているが、Appellation d’Origine Contrôlée（AOC）制度が正式に導入されたのは1936年である。 これは、土地・品種・栽培法・収量・アルコール度数・醸造法といった条件を「原産地名称」によって保護・規制する制度であり、その初期モデルの一つが、ローヌ南部のシャトーヌフ＝デュ＝パプ（Châteauneuf-du-Pape）だった。 このAOC認定は、制度発足の同年、1936年5月15日に公布された。その背景には、同地の大地主であり、ワイン法整備の中心人物でもあったバロン・ル・ロワ（Baron Pierre Le Roy de Boiseaumarié）

こうして17世紀末までに、地中海港湾から直接積み出されるローヌ下流ワイン（vin du Rhône inférieur）は、内陸再輸出を経由しない港湾直結型の流通カテゴリとして定着していったが、もう一つ見逃せないのは、ワインそのものの味わいや構成要素が、その流通構造に応じて最適化されていったという技術的・歴史的経緯だ。 18世紀初頭までに南ローヌ地域の赤ワインは、グルナッシュ（Grenache）を基軸とし、そこにシラー（Syrah）とムールヴェードル（Mourvèdre）を補助的に加えるGSMブレンドの比率構成を定着させた。これは偶然の帰結ではなく、17世紀中葉以降の輸送・貯蔵・消費構

このように、17世紀までにローヌ・ワインは地中海内外の港湾都市へと流通網を広げ、交易品としての地位を確立していったが、ここで特筆すべきは、その供給基盤を担った南ローヌ地域の動態である。 中世から近世にかけて、南ローヌ地方、すなわちアヴィニョン周辺、タヴェル、ロックモール、オランジュ、さらにはヴァントゥー山麓の村々では、ブドウ栽培とワイン醸造が修道会や司教領の管理下で行われていた。とりわけ、14世紀の教皇庁アヴィニョン滞在期（1309–1377）には、聖職者による上質なワイン需要が高まり、周辺村落において選抜栽培や圧搾技術の向上が促された。こうした背景のもとに発展したのが、後にフランス

16世紀に入ると、ソーヌ川はフィリップ善良公の構想を引き継ぐかたちで、フランス王権によってさらに整備が進められた。ヴァロワ朝の終焉とともにブルゴーニュ公領の多くはフランス王国に併合され、ソーヌ川流域もまた王領の管理下に組み込まれる。特にフランソワ1世（在位1515–1547）の治世下では、リヨンを中心とする金融都市ネットワークの拡張に合わせて、内陸水運の近代化が促進された。リヨンはイタリア諸都市からの資本と技術を受け入れ、帳簿取引や為替業務を担う商館が数多く設けられ、ソーヌ川航路はそれらの物的基盤を支える要素として機能した。 この時期、ソーヌ川沿いの都市、たとえばマコン、トゥルニュ、

15世紀中葉、ブルゴーニュ公国を治めていたフィリップ善良公は、低地地方──現在のベルギー・オランダ地域にあたるネーデルラント、フランドル、ブラバント──との交易強化を政策の中核に据えた。ブリュッヘやヘント、アントウェルペンといった北方の有力都市に、自領のワイン、穀物、羊毛を安定供給するため、彼は内陸部から北海沿岸への物流ルートの整備に注力した。その際、南仏やローヌ渓谷産の上質な赤ワイン、特にヴァランス、ヴィエンヌ、サン＝ジョゼフ、コンドリューなどからの輸送にも着目し、それらをブルゴーニュ経由で自領の国際港へと結びつける構想を打ち出した。 この戦略において、ソーヌ川は決定的な役割を担う

次に向かったのはオリヤック＝シュル＝シー（Aouste-sur-Sye）方面だった。ディエの町を一度西に抜け、県道D93号線に合流してから、ドローム川を渡って北西方向へ戻るかたちになる。道は川沿いに緩やかに続き、両岸にはところどころ灌木と畑が交互に現れた。 「こっちの地域では、クレマン・ド・ディー向けのブドウが多く栽培されてますね。シャルドネ、ピノ・ノワール、アリゴテあたりが中心です」 運転席のドライバー氏が、ハンドルを握りながら説明を加える。 「クレレットとはまた違うんですか」 「ええ。こっちは“クレマン”製法、つまり瓶内二次発酵を使った辛口の発泡酒。甘さ控えめで、よりシャンパーニュ