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プロフィール
PROFILE

紫竜さんのプロフィール

住所
諏訪市
出身
石川県

大社が鎮座するこの地にあるはずのもの、それを捜し求め、諏訪湖を囲む道無き山中を彷徨い続けました。そして、いくつかの遺構を推定(個人的に)しましたが。未だそれは証明されず・・・

ブログタイトル
蘇竜聖園
ブログURL
http://blog.livedoor.jp/takeminakata1120/archives/5706072.html
ブログ紹介文
諏訪という土地から古代を眺めています。そして、古層(縄文以来の)・新層(弥生以降の)の神々がこの土地で融合する様を、再現してみたいと思っております。さらに、建御名方とはどのような人物であったのか?出来る限り明確にしたいと願っております。
更新頻度(1年)

26回 / 176日(平均1.0回/週)

ブログ村参加:2020/07/19

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ハンドル名
紫竜さん
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蘇竜聖園
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蘇竜聖園

紫竜さんの新着記事

1件〜30件

  • 富家伝承と考古学 其の三

     当シリーズの「其の一」と「其の二」では、どちらかといえばその伝承に否定的ととられる内容となりました。 私は考古資料に重点をおいて古代史を研究していますから、それと符合しない内容に関しては当然ながら厳しい意見となります。 しかし、考古学は絶対かといえば、

  • 可児市・御嵩町の前期古墳

     前回まで二編にわたって「八坂入彦シリーズ」を投稿いたしましたが、最後の後編に関しましては少し時間がかかりそうなので(掲載したい資料の入手)、先に別の記事を投稿いたします。 で、今回の記事は可児市・御嵩町の前期古墳。可児市といえば八坂入彦に縁の地(記紀で

  • 八坂入彦一族縁の地を訪ねて 中篇

     瑞浪市の高台に佇む径60mの大型円墳、東濃地方では異色のその存在。 この古墳の被葬者は、八坂入彦の縁者と推定されている。しかしそれは、伝承を読み違えた勝手な憶測であろうと私は思う。 ただし、八坂入彦という存在が、この古墳を造らせる要因であることは否定しな

  • 八坂入彦一族縁の地を訪ねて 前編

     岐阜県可児市、土岐市へと向かう峠の途中に、その人の墓と伝わる古墳が在る。景行天皇の皇后「八坂入姫」の父、「八坂入彦」という人物。  前回の記事でも書いたことですが、この古墳は5世紀代の方墳であり、八坂入彦の墓とするには年代が全く合わない(年代だけではない

  • 川合次郎兵衛塚1号墳(可児市)

     どうですこの姿、美しいではありませんか。まるで小さなピラミッド。 おっと、、いきなり個人的感想から入ってしまいましたが、冒頭の写真は岐阜県可児市の「川合次郎兵衛塚1号墳」。ご覧のとおり方墳でございます。 ここのところ前期古墳や弥生墓の記事が続きましたが、

  • 小羽山30号墓(福井市)

     冒頭、いきなり説明板の画像からはじまりましたが、そこに書かれているとおり、福井県福井市の「小羽山(おばやま)30号墓」です。 出雲の象徴ともいえる「四隅突出型墳丘墓」。ここ(福井)にそれ(四隅突出型墳丘墓)があるということは、古の出雲王国の勢力(又は交流

  • 夕田茶臼山古墳(富加町)

     岐阜県加茂郡富加町(とみかちょう)、低山に囲まれた里の奥に、小さな丸い独立峰。その頂部に、それは在る。 標高127m、集落との比高差27m。 その手前には(上の写真で左側の道沿い)、式内社「佐久太神社」が鎮座する。 佐久太神社の創始は不詳。主祭神は「保食神(

  • 諏訪の正月(2021年)

     2021年、明けましておめでとうございます。 1月2日、本年の初詣は「足長神社(諏訪市四賀)」です。 足長神社境内裏側(駐車場側)にあるこの磐座。大元出版を主催する「斎木雲州」氏(旧出雲王家「富家」の血筋)によれば、信州における「幸の神信仰(道祖神につながる

  • 諏訪は何処に?

     夜の諏訪大社上社本宮。諏訪の古代について探ろうとすれば、このように暗闇に中に明かりを求めるようなもの。 そこにいるから見えるものもあれば、そこにいるから見えないものもある。 だから、諏訪を捜しに旅に出た。  ここで私は何をいおうとしているのか?それは珍

  • 大森古墳と姫塚古墳(長浜市)

     2020年11月23日、滋賀県長浜市の北部、古保利古墳群を散策。{前記事・小松古墳(古保利古墳群)} 古保利古墳群を散策した後、近隣のいくつかの古墳が見たくなった。 その場所について、先ずは古保利古墳群が在る丘陵から東への山並みをご覧になっていただきたい。以下

  • 小松古墳(古保利古墳群・長浜市)

     北陸に近い滋賀県北部、琵琶湖岸に連なる丘陵がある。あの丘陵の尾根上、約3kmに渡り、3世紀中葉から7世紀末までに造られた130基以上の古墳が並ぶ。「古保利(こほり)古墳群」という。 下の写真、赤い楕円で囲った所が、古保利古墳群のおおよその範囲です。*上3枚の

  • 美濃観音寺山古墳と喪山天神社

     懐かしい景色。岐阜県美濃市、長良川沿いの景色。 この辺りとは古い縁がありましてね、二昔以上前、長良川沿いの道をよく通ったものです。古墳は何処? さて、懐かしい景色が広がる長良川沿いの堤防道路沿いに(右岸)、江龍禅寺という寺があり、その入口に何やら説明板

  • 乎加神社と神郷亀塚古墳(東近江市)

     滋賀県東近江市神郷町、静かな集落の中に鎮座する古社。その入口にある大きな石灯篭が目を引く。 この神社は乎加(おか)神社といいます。 大鳥居の側に、摂社と思われる社の鳥居。その詳細はよく分からない。 視線を本社へ戻そう。 さほど有名ではないこの神社に、遠

  • 象鼻山1号墳(象鼻山古墳群)

     美濃国一ノ宮「南宮大社」、その周囲はかつての美濃国行政の中心地であり(美濃国府等)、大型古墳の密集地でもある。 そんな美濃西部に最初に造られた古墳は、南宮大社背後の山塊上に在る。上の写真の象鼻山(ぞうびさん)という山の上がその場所です(東側から撮影)。

  • 南宮大社

     南宮御旅神社大鳥居の前の道を南へ行けば(御幸通)、垂井の町並みの中に南宮大社の鳥居が立つ。{前記事・美濃国府と南宮御旅神社}  人影の無い早朝の町。 鳥居周辺は旧宿場町であり、所々古民家も点在する。 古民家が連なる町並みではないが、懐かしさを感じる佇ま

  • 美濃国府と南宮御旅神社

     岐阜県不破郡垂井町、かつての美濃国府からほぼ真東に約500m(直線距離にして)、ひっそりと佇む森がある。「喪山」と呼ばれる小山。 喪山、と聞けばピンと来る方もいらっしゃるでしょう。 古事記神話にある、「アメノワカヒコ」の葬儀の時に死人と間違われた「アズスキ

  • 上社周辺の遺跡について

     冒頭の写真は頼岳寺(茅野市)駐車場から上社(諏訪大社)一帯の遠望です。この頼岳寺の周りは弥生時代以降の遺跡が豊富でしてね(諏訪地方では)、諏訪の古代を探るうえで、むしろ大社周辺よりも重要だと思われます。 では、大社の周りはどうなのか?正直にいいますと、

  • 御社宮司遺跡

    *当記事は、2020年5月22日、「竜と兎のハーモニー」に投稿した記事を、一部修正して転載。 茅野市宮川、高速道路の脇にひっそりと佇む小社あり。御頭御社宮司社(おんとうミシャグジしゃ)、諏訪地方に多く存在する同名神社の中の一つ。 神社に関してはこちらのサイトの参

  • 新海三社神社

     2020年9月29日(火)、佐久市に鎮座する「新海三社神社」を参拝。  木の鳥居、良いですね。この鳥居をくぐれば、素敵な雰囲気の民家の間を通り、その向こうには参道の並木が見える。先頭は欅の大木。その先は針葉樹の並木。所々欅が混じる。素敵な参道です。 参道から

  • 東之宮古墳

     2020年9月26日(土)、犬山市に所在する「東之宮古墳(ひがしのみやこふん)」を訪問。 冒頭の写真は「犬山成田山(成田山名古屋別院)」の門ですが、その背後の山頂に古墳は在ります。 犬山成田山境内の長い階段を上り、ふりかえると、「妙感寺古墳」が見えます(写真中

  • 高座結御子神社

     2020年9月26日(土)、名古屋市に鎮座する「高座結御子神社(たかくらむすびみこじんじゃ)」を参拝。こちらの神社も熱田神宮の境外摂社です。(熱田神宮に関してはこちら→熱田20200926) 熱田神宮の摂社ではありますが、その創始は熱田とほぼ同年だといわれ、延喜式には

  • 熱田神宮 後編

     熱田神宮三の鳥居、これをくぐればいよいよ本宮。本宮を参拝する前に、これまでの経路をおさらいしてみましょう(下図によって)。図中、赤線と赤丸が中篇→{前記事・熱田神宮中篇}黒線と黒丸が前編→{前記事・熱田神宮前編}  今回は図による説明はいたしません。本

  • 熱田神宮 中篇

     熱田神宮南門(正門)、ここから再び境内へと入ります。{*これより前は前編参照} 本宮へ向かい、主参道を北へ。参道右側(東側)には常夜燈が並びます。 正門をくぐって本宮に向かい、参道沿いに最初に現れる境内摂社は、「楠御前社」。遠目に見える赤い社殿は「南新

  • 熱田神宮 前編

     2020年9月26日午前、名古屋市に鎮座する「熱田神宮」を参拝。 冒頭の写真は大きい駐車場がある東鳥居。ここから神域へと入らせていただきます。 鎮守の森に包まれた広い境内は清清しい。 神の使いのお出迎え? この使者(?)に案内されるように、主参道の少し手前を左

  • 富家伝承と考古学 其の二

    *当記事は、2020年6月4日、「竜と兎のハーモニー」に投稿した記事を転載したものです。 大元出版の書籍によれば、出雲王朝は17代続いたという。その終焉は3世紀中頃であり、九州から東進して来た「ヒミコ」の勢力に攻め滅ぼされたらしい。→{大元出版・魏志和国の都}それ

  • 富家伝承と考古学 其の一

    *当記事は、2020年5月27日、「竜と兎のハーモニー」に投稿した記事を転載したものです。 旧出雲王家「富家」の伝承。それは古代史に興味を持つ人々に少なからず衝撃を与える内容でした。 正史として扱われ続けた記紀の内容が誤りだらけであることは多くの方々が予想してい

  • 東伊那遺跡群(駒ヶ根市) ~前編~

     天竜川左岸、駒ヶ根市東伊那地区の高台、復元された竪穴式住居が一軒。 背後に高鳥谷山(下の写真中央)を望むこの場所東伊那遺跡の中核をなす「狐久保遺跡」。 この説明板と復元住居は、駒ヶ根市立東中学校の入口に在ります。  東伊那遺跡は弥生時代後期の大遺跡地で

  • 三つ塚古墳(上伊那郡宮田村)

     宮田村から駒ヶ根高原へ向かう方々は、こんな所にこんなものがあるとは知らずに通り過ぎることでしょう。 それもそのはず、ここはその通り(こまゆきロード)から細い道に入り、高台に広がる田園風景の中にひっそりと佇みます。 そこに在るものは、かつてこの風光明媚な

  • 小鍛冶古墳群(駒ヶ根市)

     大御食神社から東南に約1km、工業団地の中に数基の古墳が佇む。{*大御食神社と周辺遺跡についてはこちら} 元々9基の古墳が存在したらしいのですが、現存するのは3基と、石室遺構が一基のみとなっています。 ちなみに、私が確認できたのは、1号墳と7号墳の2基のみで

  • 美女ヶ森 ~遺跡と歴史編~

    *当記事は、2020年6月13日、竜と兎のハーモニーに投稿した記事を移転したものです。 駒ヶ根市に鎮座する「大御食神社」、その境内は「美女ヶ森」と呼ばれる→{竜と兎のハーモニー・美女ヶ森} 美女ヶ森という名称の由来は、応神天皇の治世時、ここに「ミヤス姫」を祀った

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