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NHK連続ドラマ『エール』を真面目に、愉快に楽しむブログ
更新頻度(1年)

125回 / 120日(平均7.3回/週)

ブログ村参加:2020/06/25

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ケイさんの新着記事

1件〜30件

  • 永井隆とヘレンケラーと昭和天皇

    永井隆とヘレンケラーそして昭和天皇 ■永井隆とヘレンケラー 昭和23年10月、秋の日がもう西にかたむいたころ、その人は現れました。 その人とは、三重苦を克服した偉人として世界的に有名になっていたヘレン・ケラーさんでした。 三重苦とは、目が見えず、耳が聞こえず、口で話すこともできない障害のことです。 ヘレン・ケラーさんは、とても努力して、障害を克服し、自分のように障害をかかえている人々を励ますため…

  • 永井隆『原子爆弾合同葬弔辞』が古関裕而、祈りの『長崎の鐘』を生んだ。

    1945年11月23日長崎の浦上天守堂の廃墟で合同葬が行われ、永井隆は浦上カトリック信徒代表として『原子爆弾死者合同葬弔辞』を述べている。 ■『原子爆弾死者合同葬弔辞』 「昭和20年8月9日午前10時30分から、大本営に於いて戦争最高指導会議が開かれ、抗戦か終戦かを決定することになりました。この会議の結果に日本の運命のみならず世界の運命がかかってきました。世界に新しい平和をもたらすかそれとも人類を更に悲惨な戦…

  • 原子爆弾と戦った一人の医師永井隆。愛の世界に敵はない。

     1945年(昭和20年)8月9日11:02アメリカ軍が長崎に原爆投下。長崎市の人口24万人の内7万4千人(推定)死亡建物は35%が全焼または全半焼しました。  長崎医科大学助教授、永井隆は爆心地から700メートルしか離れていない長崎医大の診察室で被爆した。彼は飛び散ったガラスの破片で頭部右側の動脈を切断しましたが、簡単に包帯を巻いただけで、生き残った医師や看護婦たちとともに、被災者の救護に奔走しました。
 永井隆ははま…

  • 社会派ラジオドラマ「鐘の鳴る丘」が青少年に悪影響と社会問題になる。

     NHK連続ドラマ『エール』では主人公、古山裕一(窪田正孝)と池田二郎(北村有起哉)の二人が、力をあわせて、あの名作NHKラジオドラマ「鐘の鳴る丘」を作っていくことになります。  1947年(昭和22年)7月5日17時、菊田一夫脚本、古関裕而音楽にて始まりました。  ラジオドラマは,最初は土日の夕方の15分番組でしたが、大人気となり1回30分・週5回の放送となりました。  やがて、舞台化されたり(創作座公演,有楽座,1948年7…

  • 国に捨てられた戦争孤児と「鐘の鳴る丘」

     NHK連続ドラマ『エール』ではドラマは終戦後となっています。  池田二郎(北村有起哉)が闇市を歩くと戦災孤児たちの姿が、なかには二郎のズボンのポッケから財布をぬすとする孤児までいました。  池田二郎の史実のモデルは菊田一夫です。 ■国に捨てられた戦災孤児と「鐘の鳴る丘」  戦争が終わった時に、戦争孤児は12万人とか…。  昭和20年3月10日の東京大空襲は、沢山の戦災孤児を生み。  戦後の街に戦災孤児は溢…

  • 終戦後配給制度では食べられない。衝撃の山口判事餓死事件!

     NHK連続ドラマ『エール』では池田二郎(北村有起哉)が終戦後、登場し闇市が出て来ました。  終戦後の日本は食糧難に苦しんで居り、闇市で高値の食べ物を手に入れるしかありませんでした。 ■「配給制度」はあるが配給する食糧がない  日本は戦争中、「配給制度」をとっていました。米、味噌、醤油、砂糖などの食料、調味料からマッチ、石鹸、ちり紙などの日常品までが、配給されていました。  各家庭に、あらかじめ人数…

  • 古関裕而と菊田一夫「鐘の鳴る丘」ラジオドラマが戦争孤児に明るい未来を与えた。

    NHK連続ドラマ『エール』先週の金曜日のラストシーンでは池田二郎(北村有起哉)が最後に「待ってろよ、君のドラマを作ってやるからな」で終わりました。  終戦を迎えたとはいっても、戦災で父母を失った子供たちが巷にあふれ、誰しもが食糧難で生きることに精一杯だった時代です。  子供たちも生きるのに必死でした。  二郎の後ろポッケより財布を盗もうとした子供もその一人です。二郎には彼らの苦しい思いが良くわかって…

  • 池田二郎のモデルは菊田一夫。「NHKは嘘をつかない」なんて冗談!

     NHK連続ドラマ『エール』では主人公古山裕一(窪田正孝)は曲を書くことができなくなってしまった。  彼は戦争中に自分の作った音楽が人々を戦うことに駆り立て、その結果若い人の命を奪ってきたことを自分のせいだと後悔…。  一方、劇作家の池田二郎(北村有起哉)は、戦争孤児のドラマの企画をNHKに持ち込んでいました。 ■池田二郎のモデルは菊田一夫  この池田二郎は古関裕而とコンビを組み数々のラジオドラマ、…

  • 藤堂先生の手紙。ドラマ『エール』は愛のラブレター物語。

     NHK連続ドラマ『エール』主人公、古山裕一(窪田正孝)は)は音楽慰問から帰国。  その足で戦死した藤堂先生(森山)から託された手紙を妻・昌子(堀内)に届けるため、故郷・福島に向かいました。  ドラマ『エール』主人公古山裕一と音との出会いも1通の手紙から、手紙っていいですね。相手が見えないだけに気持ちが良く伝わります。 ドラマ『エール』の脚本家の方々も良くそれがわかっていて藤堂先生の戦死と妻への手紙と…

  • 軍部が無理強いした「比島決戦の歌」古関裕而の全集入り拒否!

     NHK連続ドラマ『エール』主人公、古山裕一(窪田正孝)は大事な小学校の藤堂先生(森山直太朗)がビルマで戦死しました。  古山裕一にとっては小学校時代より自分を励まして、音楽の道に導いてくださった先生です。とても辛く悲しい気持ちでいっぱいでした。とても作曲するような状況ではありません。  しかし、帰国していた彼を待っていたのは軍部からの軍歌の作曲依頼でした。  NHK連続ドラマ『エール』と同様、古山裕一モ…

  • 本土決戦も竹槍で…首相も驚いた。軍部の縦社会に嫌気がさす。

     NHKドラマ『エール』ビルマでは、中井が戻って来た。 「全戦は地獄です。  険しい山・濁流の大河・食糧不足、戦う以前に命を保つのが難しい。」 物資の揃わない中、突撃命令が下されていた。  1杯の水もなく死んで行く者もいた。  『古山さん、日本は負けます。命を尊重しない戦いに未来はありません。」 ■最も無謀なインパール作戦  インパール作戦が大本営が作戦中止をようやく決定したのは1944年(昭和19年)7月1…

  • 「老人が始めた戦争に死ぬのは若者」全く酷い話しです。

    NHK連続ドラマ『エール』古山裕一(窪田正孝)はビルマに慰安に行き、帝国陸軍のインパール作戦で戦争の悲惨さを経験します。 誰もが思うことですが、日中戦争が継続していながら、なぜ無謀なアメリカとの戦争に突入するのか…。 ■太平洋戦争の政府の責任 歴史を振り返ると、1941年9月6日の御前会議は、10月下旬を目標に対米英戦の準備を「完整」すること、日米交渉が10月上旬になっても目途のつかないときには開戦決意をする…

  • 1944年(昭和19年)毎日新聞「竹槍では戦争は勝てない」正論を書いていた。

     NHK連続ドラマ『エール』主人公古山裕一(窪田正孝)はビルマのインパール作戦に従軍することになる。       1944年(昭和19年)3月帝国陸軍はインドのインパールに向けて進軍を開始していた。  インパール作戦こそ食料・弾薬の補給が全くない精神論だけで突撃(竹槍作戦)をし約3万人の命が奪われた大惨事となった地上最悪の作戦でした。  日本のマスコミではインパール作戦が開始する前に陸軍の竹槍作戦を痛烈に批判…

  • 「アベノマスク」と「インパール作戦」縦社会の原理原則。

     2020年8月28日朝日新聞デジタルでコロナ対策のアベノマスクの記事  『政府の新型コロナウイルス対策は成果を出しているのか、反省点はないのか。28日の記者会見で問われた安倍晋三首相は、「アベノマスク」と揶揄(やゆ)された布製マスクの全戸配布問題に言及した。 「マスクについても様々なご批判もいただいたが、マスクの配布を始めることによって、需要と供給の関係から、相当供給も出てきた。ネットでも価格も大きく…

  • 古関裕而の第3回目の従軍はあの大惨事のインパール作戦だった!

     NHK連続ドラマ『エール』では主人公、古山裕一(窪田正孝)に音楽協会を通じて軍から慰問の依頼が。  自分よりも若い人たちが死を覚悟し、訓練に励む姿を目の当たりにしてから安全な場所で音楽を続けることに後ろめたさを感じている裕一は、複雑な感情を抱きながらも戦地に赴く決意を固めていた。  古山裕一モデル古関裕而は音楽の作曲家として3回も外地に従軍しています。最後の3回目が最も危険なインパール作戦への従軍で…

  • 古山裕一の責任を問う五郎。古関裕而とキリスト教とNHKの戦争責任。

    NHK連続ドラマ『エール』では主人公、古山裕一(窪田正孝)の家に梅(森七菜)と五郎(岡部大)は結婚報告に訪れた。五郎はキリスト教に入信した。  彼は梅と結婚ができた幸せをかみしめつつも、馬具職人として軍に協力していることへの葛藤を語り始める。  五郎は裕一の前に正座をして「先生には、戦争に協力するような歌を作ってほしくありません!」「先生の歌を聴いて、軍に志願した若者がたくさんいます…」  「戦争に行く…

  • 米軍から見た戦争末期の帝国陸軍の姿。終戦直後はもう限界です。

     NHK連続ドラマ『エール』では主人公、古山裕一まで赤紙が、モデル古関裕而に赤紙が届いたのは昭和25年終戦の年です。  軍部が作曲家名古関裕而と知らず、本名古関勇治を招集したのだとしても、彼は既に36歳であり、身体検査も丙種合格。丙種とは身体上極めて欠陥の多いと言うことであり、普通であれば招集されない。  しかし、既に日本には招集すべき若者がほとんど残っていなかった。  終戦直前には、病気でないほとん…

  • 太平洋戦争中の宗教弾圧。杉原千畝のピザを発行したユダヤ人のその後。

     NHK連続ドラマ『エール』では1943年(昭和18年)、古山裕一(窪田正孝)のもとにも召集令状が届く。  その頃、妻の音(二階堂ふみ)の実家、愛知県豊橋にある関内家では、信徒仲間らしい婦人が窓から外の様子をうかがいながらカーテンを閉め、母親の光子(薬師丸ひろ子)に、「次の礼拝は、瓜田さんとこでやることになったで」に伝えるシーンがある。  光子が「大丈夫なの」と心配すると、「瓜田さんとこでやるのは初め…

  • 1945年(昭和20年)終戦の年の古関裕而。変わらない生き方は素敵です。

     NHK連続ドラマ『エール』主人公古山裕一に赤紙が届きましたが国に対して曲作りで多大な貢献をしていると兵役が解除となります。  NHK連続ドラマではモデルを古関裕而としながら作曲家の史実を大きく書きかえています。  東宝映画「決戦の大空へ」の主題歌「若鷲の歌」(予科練の歌)が1943年(昭和18年)のことですが、古関裕而に赤紙が届いたのは1945年(昭和20年)のことです。  また、国に作曲で貢献しているからと言って即…

  • 「若鷲の歌」を歌った予科練生。約1万9千人が戦死。

    NHK連続ドラマ主人公、古山裕一コロンビアの依頼を受け作曲をしたのが「若鷲(わかわし)の歌」だった。別名「予科練の歌」です。  海軍飛行予科練習生は略して「予科練と言われた。その海軍のパイロット養成学校の少年飛行兵士の生活を描いた1943年(昭和18年)9月16日公開の東宝映画『決戦の大空へ』の劇中歌が「若鷲の歌」でした。  映画が終わって出てきた大勢の小学生が「若い血潮の予科練の——」と歌いながら出てくるの…

  • 古関裕而、国策映画「決戦の大空へ」主題歌「若鷲の歌」作曲への後悔の念。

     NHK連続ドラマ『エール』では主人公、古山裕一(窪田正孝)のもとに東都映画の三隅(正名僕蔵)と言う人物がやって来ます。  三隅は航空兵を目指す若者たち予科練生の成長を描く映画を企画していると言い裕一に主題歌を依頼するのでした。  ※予科練(海軍飛行予科練習生の略)では14〜17歳の少年を募集し、航空兵としての基礎訓練をしていた。 ■東宝映画「決戦の大空へ」  史実では東都映画は東宝映画です。製作担当の…

  • 古山裕一に赤紙。古関裕而の真実、軍部の手違いで届いた招集令状!!<br />

     NHK連続ドラマ『エール』主人公古山裕一(窪田正孝)についに赤紙が届きました。  ドラマの主人公、古山裕一の史実モデル古関裕而にも終戦間近の1945年 (昭和20年)に赤紙が届いています ■古関裕而と赤紙  1945年(昭和20年)3月硫黄島でのアメリカ軍と死闘を繰り広げた栗林忠道陸軍大将が指揮した硫黄島がついに陥落します。  古関裕而は栗林忠道大将を知っていました。1940年映画「暁に祈る」の主題歌を依頼したのが陸…

  • 古山裕一に赤紙。古関裕而の真実、軍部の手違いで届いた招集令状!!<br />

     NHK連続ドラマ『エール』主人公古山裕一(窪田正孝)についに赤紙が届きました。  ドラマの主人公、古山裕一の史実モデル古関裕而にも終戦間近の1945年 (昭和20年)に赤紙が届いています ■古関裕而と赤紙  1945年(昭和20年)3月硫黄島でのアメリカ軍と死闘を繰り広げた栗林忠道陸軍大将が指揮した硫黄島がついに陥落します。  古関裕而は栗林忠道大将を知っていました。1940年映画「暁に祈る」の主題歌を依頼したのが陸…

  • 音(二階堂ふみ)モデル古関金子さん防空群長となり大活躍。

     NHK連続ドラマ『エール』では音(二階堂ふみ)が音楽挺身隊に参加し慰問をしているシーンが出てきました。  主人公、古山裕一(窪田正孝)妻、音(二階堂ふみ)のモデル古関裕而の妻、金子さんの戦争中はどうであったのか。 ■古関金子は防空群長で大活躍  音のモデル古関金子さんもドラマの音とそっくり、明るくて活発でした。金子さんも積極的に世田谷代田の地元の組織に入っては隣組をまとめていました。彼女は防空群長を務…

  • 音と軍服姿で音楽挺身隊の指揮をする志村けん。ビックボスと対決はあるのか?

     NHK連続ドラマ『エール』では音(二階堂ふみ)は梅(森七菜)に「せっかく歌を歌える機会があるのになぜ生かさないのか」と言われ自分には向いてないと思った音楽挺身隊に参加することになりました。  音は懐かしい音楽学校の仲間たちとも会え、慰問にも喜んでもらえ楽しみも感じたのですが…。  軍人とともに軍服を着た威圧感を放つビックボス小山田耕三(志村けん)が登場、違和感を感じる音(ドラマを予想してみました)  小…

  • アメリカに日本街がない理由、海の向こう日系人の太平洋戦争。

    NHK連続ドラマ『エール』では太平洋戦争に突入し、主人公古山裕一も音も生活がだんだん苦しくなり、音楽も自由に歌ったりする雰囲気ではなくなりました。  日本中が戦争に巻き込まれてしまって、もう個人のことなど考える余裕がなくなっていたのです。 ■戦争の相手国アメリカはどうだったのか。   自由の国、人権のある国アメリカですから日本とは違って個人の人権や自由が守られていたのかと思いましたがどうもそうでは…

  • 音と白い割烹着と襷の大日本婦人会。

     NHK連続ドラマ『エール』音(二階堂ふみ)は吟(松井玲奈)に連れられて、さぼりがちな婦人会に半ば強制的に参加することになるが、婦人会の班長、克子(峯村リエ)に圧倒されます。  しかし、婦人会の班長たちはみんな白い割烹着(かっぽうぎ)ですね。今は白い割烹着を見ることはほとんどありませんが、昔のお母さんはみんな白い割烹着を着ていました。お母さんと言えば白い割烹着なんです。 ■割烹着とは  割烹着は、衣服…

  • 音と食糧難、喫茶バンブーにコーヒー豆がありません。

    NHK連続ドラマ『エール』では戦争が激しさを増すにつれ、日本は次第に苦境に立たされて食料の配給も少なくなり、音(二階堂ふみ)も日々の食事づくりに苦労するようになります。  1940年(昭和15年)5月になされた閣議決定「消費規正に関する件」に基づき、翌月から配給制が導入されました。国からの配給があったのではとおもわれますが、配給券は配られましたが食料品はまわってきませんでした。  戦争のため軍隊に食料品が…

  • 太平洋戦争開戦と古関裕而。久志(伊藤久男)に赤紙。古山裕一にも届く。

     NHK連続ドラマ『エール』では昭和16年、太平洋戦争が始まりました。  「臨時ニュースを申し上げます。臨時ニュースを申し上げます。大本営陸海軍部、十二月八日午前六時発表。帝国陸海軍は本八日未明、西太平洋においてアメリカ、イギリス軍と戦闘状態に入れり。」1941年(昭和16年)12月8日5時太平洋戦争開戦した旨、大本営のからの「大本営発表」臨時ニュースを日本放送協会(NHK)のアナウンサーが読み上げていました。  日…

  • 久志の土産は「うさぎや」?戦時中は貴重品だったどら焼き。

    NHK連続ドラマ『エール』福島の実家へ鉄男を連れて帰った裕一は、なぜか先に家に居た佐藤久志に驚きました。古山裕一の行くところ久志あり、不思議です。 そんな久志は、裕一の母親のまさに抜かりなくどら焼きの手土産を持参しました。 どら焼きのお土産は大きな箱ですね。 佐藤久志 「ここのどら焼きあんこがとてもおいしいんです」 どこのどら焼きでしょうか。 昭和の初期のどら焼きと言えば上野の「うさぎや」が真っ先…

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