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2020/05/22

1件〜100件

  • 不安と恐怖は生まれながらにして人が持っているモノです

    以前何度か魂が腐るということを書きました。ここでいう『腐る』とは何らかの理由で元々みっちり詰まっているはずの魂の中身がスカスカになることです。 心のスキマが広がってガバガバになり、そのうち魂そのものがスカスカになるんじゃないでしょうか。そういう人は内側と外側の境目が曖昧で滲んだようにハッキリしなくなります。それは文字通り自と他の境い目が分からなくなるということです。 中身がみっちりしてないので認識もまたぼやける傾向にあるのです。一番怖いのは、ぼんやりぼやけてる人ってのは「自分がぼやけてる」なんて全く思わないところです。周りがみんなドン引きしていても一人だけ「これの何が悪いの?!」って感じです。…

  • 喉と横隔膜と自縛のエネルギー

    2020年5月にライブドアブログ (『クリアー整体ヒーリング』です) からはてなブログに引っ越しましたが、すべての記事をそっくりそのままこちらへ移す予定はありません。 向こうでは10年あまり、ほとんど毎日更新して来ましたしねぇ、古い記事は朽ち果ててもいいかなって気がするのです。 とはいえ全部消えてなくなるのも惜しい気がします。復刻版と言いますか、古い記事の一部は手直しなどして、ぼちぼちとこちらへ上げてみたいなと考えております↓ 日々量産される自分自身に向けたネガティブな想念エネルギーというものは、年月を追うごとに膨大な数に上っていきます。そのエネルギーは数量に比例してチカラを増し、本来の主たる…

  • 因果のツケと「たまたま」という名の必然

    「本質的な意味で『たまたま』はこの世にはない」と思います。すべての事柄は因果応報で成り立っているからです。何らかの現象があるならば必ずそれに見合うだけの原因があります。逆に言えば結果の現れない原因なんて何処にもないということです。それがここでいうところの『因果応報』です。なので、因果応報というものはこの世の全てに遍くあります。ただ、一人の人間の中にスッポリ収まるとは限りません。 また一人の人間の中に収まっても特定の時間の中だけに分かりやすく収まるとは限らないのです。個人のスケールを遥かに飛び越えて原因に対する結果はやって来ます。それを私は『因果のツケ』って呼んできました。『因果のツケ』が何故起…

  • 暴走モードの『善』ってヤツは恐ろしい

    人間にとっての『善悪』というのは確かにあります。しかし、それはどこまでいっても人間の人間による人間のための「善いとか悪いとか」です。だから、善だの悪だのといったってどこかに普遍不動のモノとして独立して存在しているわけではありません。どこかっていうのは人間とは全く無関係な「どこか」ってことですけどね…善悪は普遍の真理などではないってことです。十人十色の人間によって用意された『物事を計るためのモノサシ』の一つに過ぎないのです。要はどこまで行っても相対的なモノだってことです。じゃあ、何故善悪というモノが考えだされ、必要とされてきたのか?それは「社会的な生き物としての人間を律するモラルとして」だと思い…

  • 思考停止とよく知りもしないことを断言すること

    人は誰しも自分の見たいものを見たいように見ているものです。 「見たいものを見たいように見ている」とは「その人の見ている所謂『現実』というのが潜在意識やら先入観やらによって半ば無意識に集められた出来事の集積に過ぎない」ということです。 簡単にいえば、全ての人は自分仕様の色眼鏡でモノゴトを見ているということです。 人は誰しも個人的な経験を経て、その人独自の考え方を持つに至ります。 その人のかけてる色眼鏡はその人独自のモノだってことです。 人間は元々主観的な存在です。主観というものには大なり小なり偏りが存在します。その偏った主観がここでいう色眼鏡です。一人一人が見ている『世界』というモノはそれぞれに…

  • 神社仏閣の由来とエネルギー的に感じるモノ

    神社仏閣には故事来歴というものがあります。故事来歴とはいつどうしてそこに建立されて何という神が祀られているのかという風な話のことです。まぁ、簡単にいえばその宗教施設の歴史ですね。そういった故事来歴を元にして、「あっちの神社の神とこっちの神社の神は反目している」とか、「あっちのお寺とこっちのお寺はエネルギー的に繋がってる」とかおっしゃったりする人がいらっしゃいます。要は文字になって残っている歴史を主な情報源として、その場所の『エネルギー的な事情』を語られてるわけです。それを「100%見当はずれである」とまでは申しません。昔の人の言い伝えを軽視するのは良いことではないですしねぇ。しかし、実際にそこ…

  • 人生という波乗りと勘を大切にすること

    生きるということは波乗りみたいなものです。 巡りゆく運の波に上手く乗れたり、乗り損なったりしながら進んでいきます。 感情の起伏、身体の好調不調など『自分にまつわる色んな波』が死ぬまで付いて回ります。大波小波乗り越えて、乗り越えながら凌いでいくしか道はありません。 「運命を拓く」とは出会いと選択を繰り返しながら、良い波が来るタイミングをスタンバイして待ち続けることです。 それには平衡感覚が必要です。先ほども申し上げたように、人生は波乗りですからねぇ。 いざという時の危機察知能力というのはごく普通の日常生活の中にある平衡感覚に支えられています。 つまり、平衡感覚を磨くことが『勘』を鋭くすることに通…

  • 自己流のお祓いと「生兵法は大怪我のもと」って話

    この世界は生きている人の想念エネルギーだけで成り立っているわけではなく、その他にも数限りないエネルギー体が存在します。 その中にはびっくりするほどエゲツないモノもいるのです。だから、ありふれた普通の人が、ちょっとした運命の綾で得体の知れない強烈なエネルギーに遭遇することだってあり得ます。少なくとも「そんなことはなあり得ない!」という保証は何処にもありません。すすんで霊的なことに関わっていれば尚更ね… なので、自己流・我流の『お祓い』とか『除霊』の如きものはくれぐれもなさらないでほしいのです。「自分のところからパパッと追っ払うような方法を」ということをですが… ましてや他人にそんな方法を勧めない…

  • ラップ音と見えないエネルギーの圧力について

    2020年5月にライブドアブログ (『クリアー整体ヒーリング』です) からはてなブログに引っ越しましたが、すべての記事をそっくりそのままこちらへ移す予定はありません。 向こうでは10年あまり、ほとんど毎日更新して来ましたしねぇ、古い記事は朽ち果ててもいいかなって気がするのです。 とはいえ全部消えてなくなるのも惜しい気がします。復刻版と言いますか、古い記事の一部は手直しなどして、ぼちぼちとこちらへ上げてみたいなと考えております↓ 2016年3月の記事所謂一つのラップ音ていうのがあります。超自然的な原因によって家鳴りがしたりする現象です。 実際には本当に超自然的な原因かどうかは裏付けが取りにくいで…

  • 荒々しい言葉はそのうち「日常化した呪詛』を生む

    ここでいうところの『呪詛』というのは「誰かに対してエネルギー的に眼に見えないカタチでネガティヴな影響を与えようとする方法または手段の全て」とお考えください。マジナイ・ノロイ・呪術・念送りなどと呼ばれる類いのモノもすべて含みます。 一般的に使われる呪詛という言葉の意味より随分範囲が広くなっていますが、他にピッタリ当てはまる言葉も中々無いのでそんな風に使わせてもらっておりますm(_ _)m世間一般でいう呪いの類いっていうのは「古くから行われていた呪術を伴うモノ」として認識されている気がします。丑の刻参りみたいな特殊でオドロオドロしい独特な儀式を伴うようなものとしてです。っていうかそういう『儀式あり…

  • 魂と欲望という名の憑きモノ

    人は魂があるからこの世にやって来ます。 魂がある者が肉体を纏ってやって来るのが誕生というものです。 『人間の生』は肉体と魂が結びついているが故に成り立っています。肉体という器に魂というエネルギーの塊が入って結びついている状態がこの世では一番安定して強いからです。 生きてる限り肉体と魂は互いに深く結び付いています。そして、肉体と魂が結び付いたところに心が生まれます。 肉体を得た魂が歳を経てこの世に馴染むと心を得るのです。魂が心を得るまでには大抵生まれてから3〜4年の歳月を要します。 魂>肉体>心という順番に人間という者は出来上がっていきます。所謂人間らしい心ってのは成長していく過程で生成されてい…

  • いわゆる宗教的な修行と霊能力

    世の中には霊能力と呼ばれるような類いのモノがあります。 そういったチカラには大体二通りのパターンがあるように感じられます。 一つには人間が生き物として生まれながらに持っている所謂『第六感』です。 一般的には『勘』とか呼ばれるモノです。 それは例えば「(理由は分からないけど) 何だかこれ食べたら危ないぞ⁉︎」という感覚や「(特に何があったわけではないけど) この店何か良くないなぁ(ー ー;)」という感じのことです。生きるためにこの世の動物に遍く与えられた危機察知能力と申しましょうか… 勘ってのは選ばれた特別な人だけが持つ特殊能力などではないということです。それどころかどこにでも誰にでもある、もっ…

  • 鈍感と敏感と人間の二極化

    人間は「何やかや言っても自分がよく知っている『昨日までの世界』の延長線上を今も時代は進んでいると信じる人」と「否応なく新しい時間が既に始まってしまったと感じる人」とに大きく別れていく気がします。 というかもう新しい流れは始まっているのです…。最近になって益々この感覚は強くなっています。 これからもっと両極端に分かれていくのかも知れません…ならば、何故二極化していくのかといえばそれは心の居場所に起因していると感じます。 心の居場所によって波動のレベルも自ずから決まります。 所謂「朱に染まれば赤くなる」ということです。2014年に以上のようなことを述べました。それからも人の二極化、世界の二極化、は…

  • 「人間は本来完璧にできている!」なんていうファンタジー

    「すべての事象は最終的に『人間が論理的に理解でき得るモノ』として存在している」という考え方があります。 たとえ今分からなくてもいつかは必ず分かるモノだとね。 この「何でもわかって当たり前」という発想は「この世は予定調和の世界だとベーシックに捉えてること」を意味します。 ここでいう『予定調和の世界』というのは「何時でも何処でも誰にでも分かりやすくモノゴトの辻褄ってのは合うものだ」という素朴な信仰に基づいているのです。 別の言い方をするなら、それは森羅万象すべての物事に対して(ご自分にとっての)完璧な調和と整合性を求め続けている状態を指します。 またその答えを求められるものだと本気で信じているので…

  • 「霊感は使命を果たすために神様がくれるのだ」とかいう話

    スピリチュアルやら宗教やらに関係している人々の中には「自分たちが特別な使命を神とか宇宙人とかに与えられてる!」と本気で信じている方々がいらっしゃいます。人類とか地球とかの運命に関わる特別で壮大な『使命』とやらをです。でもね、その人の『使命』とやらが万が一「地球を救え!」みたいな壮大なものであったと仮定しても、その『使命』を果たすのに見合うだけのチカラが与えられているだけであり、そのチカラを使うのに見合うだけの『役目』を与えられているだけのことです。それ以上何ら特別な使命も権限も与えられはしないのです。 「ある種の選民思想を満足させるような特別感はどこにも無い」ってことです。 例えばの話、ある会…

  • 所謂言霊と人の出す音の強さと弱さ

    2020年5月にライブドアブログ (『クリアー整体ヒーリング』です) からはてなブログに引っ越しましたが、すべての記事をそっくりそのままこちらへ移す予定はありません。 向こうでは10年あまり、ほとんど毎日更新して来ましたしねぇ、古い記事は朽ち果ててもいいかなって気がするのです。 とはいえ全部消えてなくなるのも惜しい気がしますので、古い記事の一部は手直しなどして、ぼちぼちとこちらへ上げてみたいなと考えております↓ 以前にこんなことを書きました。 例えばどんな強力な呪文であろうと無機質な単なる文字として置かれているだけの言葉はエネルギー的には眠っています。しかし、それを人が意思を持って声に出したり…

  • 不安定なこの世界とすがりつくココロ

    この世はどう転んだところで不確実性の世界です。 どこまで行っても不確かな状況の中で何とかかんとかバランスを取って生きていくしか道はないのです。 でも、不確かというのは同時に流動性であり、それは自由の源でもあります。 安定と自由は反比例するってことです。 或いは不安定と自由は比例するとも言えます。 なので、安定した状態を突き詰めると最終的には『思考停止』になります。 考えなければグラグラと迷う必要がないからです。 ここでいう思考停止とは簡単にいえば「盲信すること」です。 精神的にナニカに負んぶに抱っこの状態になるのです。 そのナニカとは特定のの思想・宗教とそれを象徴する人間・集団とかです。 不確…

  • 肉体と心と魂のトライアングル

    人は魂があるからこの世にやって来ます。 魂がある者が肉体を纏ってやって来るのが誕生というものです。 『人間の生』は肉体と魂が結びついているが故に成り立っています。肉体という器に魂というエネルギーの塊が入って結びついている状態がこの世では一番安定して強いからです。 生きてる限り肉体と魂は互いに深く結び付いています。そして、肉体と魂が結び付いたところに心が生まれます。 肉体を得た魂が歳を経てこの世に馴染むと心を得るのです。魂が心を得るまでには大抵生まれてから3〜4年の歳月を要します。 魂>肉体>心という順番に人間という者は出来上がっていきます。所謂人間らしい心ってのは成長していく過程で生成されてい…

  • ツキとは運を巡らすタイミングである

    人生は絶え間ない出会いと選択の連続によって成り立っています。 出会いと選択があればそこには自ずから吉凶禍福が糾える縄の如く現れてきます。 それを人は運といいます。つまり、運とは人・モノ・場所との出会いとその際における選択から生まれるのです。 そうやって生まれた『運』が巨大なジグソーパズルのピースのように繋がっていきます。一見繋がって無いようなピースも何処かで繋がって一つの絵になるのです。それが所謂『運命』っていうやつなんだろうなと思います。 しかもそのパズルは一人の人間だけで完結するものではありません。人の一生という小さなパズルはもっとずっと巨大な世界というパズルのささやかなワンピースに過ぎな…

  • 足下にある運命と親の想念エネルギーの影響

    日々量産される自分自身に向けたネガティブな想念エネルギーというものは、年月を追うごとに膨大な数に上っていきます。そのエネルギーは数量に比例してチカラを増し、本来の主たる「顕在意識」を差し置いて本人の思考や行動をガッツリと支配しているのです。私はそれを自縛のエネルギーと呼んでいます。 自縛のエネルギーの始まりは大抵幼児期における人との関わりの中から生み出されます。まぁ、最初は母親か父親のどちらかである場合が非常に多いです。 親の言葉や行動によってトラウマが生まれ、そのトラウマを元に自縛のエネルギーが生まれていくってことがよくあります。親が子どもに与えてる影響は目に見える部分も大きいですが、目に見…

  • 運命と『心の毒』と善因善果

    人生は絶え間ない出会いと選択の連続によって成り立っています。 出会いと選択があればそこには自ずから吉凶禍福が糾える縄の如く現れてきます。 それを人は運といいます。 つまり、運とは人・モノ・場所との出会いとその際における選択から生まれるのです。 そうやって生まれた『運』が巨大なジグソーパズルのピースのように繋がっていきます。一見繋がって無いようなピースも何処かで繋がって一つの絵になるのです。それが所謂『運命』っていうやつなんじゃないでしょうか。 日々刻々様々な場面で色んな『何か』を選び取ることで人の運命は紡がれます。 そうやって紡がれた『結果』が忘れた頃に目に見えるカタチでやって来るのがいわゆる…

  • 「優勝劣敗だけがこの世のコトワリではない」という話

    個人的には何事にも競争原理と自然淘汰が付いて回るという進化論的な価値観にはずっと違和感があるんですよね…そもそも「この世界では何でもかんでも競争しなくちゃ生きていけないのだ!」ってのは本当に真実なんでしょうかねぇ?実は弱肉強食なんて、人類が見聞してきた『世界のカケラ』のそのまたほんの一部分に過ぎないんじゃないでしょうか。もっと簡単にいえば「競争原理ってのはこの世を貫く鉄の掟でも何でもないよな」ってことです。少なくとも個人的にはそう思ってます。そもそも生き物を種という『単位』で見たら「みんながみんな、そんなにシャカリキに競争なんてしてますかねぇ?」って疑問が湧くのです。例えばナマケモノみたいな生…

  • 波動的にも『自然治癒力』みたいなものはあるような気がします

    2020年5月にライブドアブログ (『クリアー整体ヒーリング』です) からはてなブログに引っ越しましたが、すべての記事をそっくりそのままこちらへ移す予定はありません。 向こうでは10年あまり、ほとんど毎日更新して来ましたしねぇ、古い記事は朽ち果ててもいいかなって気がするのです。 とはいえ全部消えてなくなるのも惜しい気がします。復刻版と言いますか、古い記事の一部は手直しなどして、ぼちぼちとこちらへ上げてみたいなと考えております↓ 2012年12月の記事 世の中には本当に色~んなエネルギーが存在します。 街に出れば携帯電話から出る電磁波だけでも物凄い数が飛び交って人の体もグサグサと突き抜けています…

  • 今そこにある『呪術』(ライン篇)

    ここでいうところの『ライン』というのは何らかのエネルギーの送受信を可能にするために仕掛けられた隠された装置のようなモノのことです。例えて言えば蟻の分泌するフェロモンみたいにA地点とB地点を眼に見えない道で結ぶようなモノなのです。 その眼に見えない道が一度結ばれるとそれを通じて色んなエネルギーがやって来るようになります。 そして、知らず知らずのうちに様々な影響を受けるのです。この『ライン』というのはこの世界の至る所に当たり前のように仕掛けられています。 実に多種多様なカタチの『ライン』が世の中にはあります。コードのようなものもあれば無線LANのようなものもあれば発信機 (盗聴器?) のようなもの…

  • すべての時空間を動かなければ引き寄せの法則は成立しません

    森羅万象すべてのモノには波動があります。 波動があるというのは常に動いているということです。 だから、人の運命も相対的なモノです。 すべてのモノが常に動いてるのですから、そうならざるを得ません。 それは、世の中のモノはすべて相対的に出来ているってことでもあります。 それぞれの運命は常に絡み合い、影響を与え合いながら存在してるってことなのです。 なので、人と交わり、この世と交わることなくして運命は切り拓けないのです。 つまり、人の運は人・モノ・場所との出会いとその際における選択から生まれます。 そうやって生まれた一つの『運』が巨大なジグソーパズルのピースのように繋がっていきます。しかもそのパズル…

  • 何でも断言する人、すぐに断定したがる人は想像力に欠けている

    人間というのは本質的に無知な生き物です。 でも、知らない部分は何かで補わなきゃなりません。 その何かとは簡単にいえば想像力です。 ここでいう想像力とは知らないなら知らないなりに一生懸命察したり慮ったりしようとする心の働きのことです。 先ず自分の無知を皮膚感覚で知ることが想像力を養う第一歩です。 逆に知ったつもりになればなるほど想像力を失っていきます。 慮るチカラが弱いというのは心の視野が狭いということです。 人間心の視野が狭くなるほど周りのことなんて見えなくなります。 見えてるのは『自分』から見て半径3メートルくらいのマイワールドです。 そして、そのマイワールドこそ『世界』そのものだと勘違いし…

  • 場所の波動とパワースポットというネーミング

    2020年5月にライブドアブログ (『クリアー整体ヒーリング』です) からはてなブログに引っ越しましたが、すべての記事をそっくりそのままこちらへ移す予定はありません。 向こうでは10年あまり、ほとんど毎日更新して来ましたしねぇ、古い記事は朽ち果ててもいいかなって気がするのです。 とはいえ全部消えてなくなるのも惜しい気がします。復刻版と言いますか、古い記事の一部は手直しなどして、ぼちぼちとこちらへ上げてみたいなと考えております↓ 前回パワーストーンについて書きました。キレイな石とかを装飾品として取り扱うことについては別に問題がないと思います。 ただ、そういった石みたいなものにオカルティックな『意…

  • 人の『ブレ続けるモノサシ』とバランス感覚のある疑り深さ

    人は誰しも自分の見たいものを見たいように見ているものです。 「見たいものを見たいように見ている」とは「その人の見ている所謂『現実』というのが潜在意識やら先入観やらによって半ば無意識に集められた出来事の集積に過ぎない」ということです。 簡単にいえば、全ての人は自分仕様の色眼鏡でモノゴトを見ているということです。 人は誰しも個人的な経験を経て、その人独自の考え方を持つに至ります。 その人のかけてる色眼鏡はその人独自のモノだってことです。 人間は元々主観的な存在です。主観というものには大なり小なり偏りが存在します。その偏った主観がここでいう色眼鏡です。一人一人が見ている『世界』というモノはそれぞれに…

  • マイルドでさりげないマイルドコントロールにやられないために

    自己啓発系やスピリチュアル系などで何か新しい価値観を強く推したいって時にこんなやり方をされる場合があります。例えば「常識に捉われなくていいよ! こんなやり方もあるよ!」って新しい生き方みたいなモノを示す。厳密にいえば新しげに見えるやり方かも知れませんが…そうして「コレってイカしてるよね!」みたいなことを言う。「でも、頭の硬い人は中々分かってもらえないんだけどね…」などと続ける。そうやって「その新しい価値観を否定する人はダサい」ってイメージの下地を作るわけです。先ずはここまでは第一段階。「もちろん色んな価値観があっていいし、新しい価値観に染まらないからといって悪いわけではない。」第二段階はそうや…

  • この世は『呪をかけあう世界』である

    森羅万象すべてのモノには波動エネルギーがあります。 だから、当然言葉にも波動エネルギーがあるのです。今まで何度か申し上げてきた「呪をかける」という行為もまたその言葉のエネルギーを使っています。 要するに「呪」というのは「言葉」であって、「言葉」によってモノや概念を縛るのが「呪」ということなのである。言葉が呪いである ここでいう「しゅをかける」とは強い言葉で相手に衝撃を与え心に『隙間』を作り、そこに不安や恐怖を打ち込んで縛ることです。 心の隙間が空いたらそこに不安の種を打ち込んで芽が出るのを待つのです。或いはわざと芽が出るように仕向けていくのです。 不安や恐怖に駆られた人間ほど正常な判断力を失っ…

  • なぜ人は所謂『悪魔の契約』をしたがるのか?

    ここでいう所謂『悪魔の契約』というモノについて説明しておきます。 人外のモノに誘導され操られて何らかの現世利益(金儲けや立身出世、超自然的なチカラの取得など)と引き換えに人外のモノとギブアンドテイクの関係になることです。念のため申し上げれば、本当に『悪魔』なるモノと契約書を交わしてたりしているわけではありません。ていうかキリスト教などで偶像化されている所謂『サタン』と呼ばれるモノが実在しているとは個人的には思っていないです。亡くなったヒト、物の怪、オニ、式神、蟲、生き霊などのエネルギー体、それらエネルギー体の合体した得体の知れないモノなどが悪魔の契約の相手です。 ここでいう人外のモノというのは…

  • 「健康に振り切れて不健康になる」という話

    以下は2018年2月、流行り病が始まる大分前に書いた文章です。とはいえ、今こそ『この話』が要る時なんじゃないかとか思いまして、再掲いたします↓最近巷ではテクニカルに健康だけを手に入れられると信じている人が増えてる気がするのです。それが全部間違いとは申しません。ただ、人間はそんなにメカニカルな存在ではないのは確かです。研究所で実験用ラットを扱うようなやり方をしても中々『答え』にはいき当たらない気がしますけどね…ていうかそういうやり方が先鋭化するほど『答え』から遠ざかるんじゃないでしょうか?不健康な要素を機械的に削り取って健康になるための要素だけを選別して残そうとしてもどだい無理があるのです。それ…

  • 「人はなぜ宗教に惹かれるのか?」っていう話

    この世はどう転んだところで不確実性の世界です。どこまで行っても不確かな状況の中で何とかかんとかバランスを取って生きていくしか道はないのです。 でも、不確かというのは同時に流動性であり、それは自由の源でもあります。 安定と自由は反比例するってことです。 或いは不安定と自由は比例するとも言えます。 なので、安定した状態を突き詰めると最終的には『思考停止』になります。 考えなければグラグラと迷う必要がないからです。 ここでいう思考停止とは簡単にいえば「盲信すること」です。 精神的にナニカに負んぶに抱っこの状態になるのです。 そのナニカとは特定のの思想・宗教とそれを象徴する人間・集団とかです。 不確か…

  • 人間はみな想像以上に『過去』に縛られている

    世の中の人の多くは「今の自分」の心の自由度についてあまり認識していません。 それについて考えてる人自体それほど多くないように感じます。多くの人は「自分の心なんだから基本的に丸ごと自分の顕在意識で以ってコントロール出来るようになってるはずだ!」と何とな〜くぼんやり信じてるんじゃないでしょうか?現実に何処までコントロール出来てるかどうかは別に、『構造』としてね… 人の心の動きというのは想像以上にその人のその時の顕在意識以外のものに操られていることが多いものです。 ここでいう顕在意識というのは現在なら現在時点でその人がハッキリと自分自身で認識出来て、しかも自由に変更可能な心の部分のことを指します。 …

  • 植物という『生き物の在り方』と弱肉強食というリクツ

    当たり前ですが、植物も生き物です。心もあれば魂もあります。人間の持っている心や魂とは大分違うものですけどね。 「心がある」というのは植物が石ころみたいに何にも感じないわけではないということです。「魂がある」というのは無生物のようにエネルギー的に中身がガランドウではないということです。なので、植物にも個性があります。同じ種類だからといってコピーされたみたいに同質ではないのです。この「植物には個性がある」ってことを認識してる人は随分少数派なような気がします。多くの人々にとっては植物はどれも同じような物にしか見えていないのかも知れません。動物好きな人なら犬や猫でもみんなそれぞれ個性があることを皮膚感…

  • この国の波動の移り変わり

    2020年5月にライブドアブログ (『クリアー整体ヒーリング』です) からはてなブログに引っ越しましたが、すべての記事をそっくりそのままこちらへ移す予定はありません。 向こうでは10年あまり、ほとんど毎日更新して来ましたしねぇ、古い記事は朽ち果ててもいいかなって気がするのです。 とはいえ全部消えてなくなるのも惜しい気がします。復刻版と言いますか、古い記事の一部は手直しなどして、ぼちぼちとこちらへ上げてみたいなと考えております↓ 名古屋へ行ったので新幹線から見た『景色』について久しぶりに少し書いてみようと思います。『景色』といっても波動的に感じたモノで肉眼で見てるわけじゃありません。 例によって…

  • 八つ当たりするのは自分の機嫌を自分で取れない人

    世の中には自分の機嫌を自分で取れない人ってのが結構いらっしゃいます。 そういう人は自分の機嫌を他人に取らせるのが日常的になっているようです。 自分の機嫌を他人に取らせるのが日常的になっているというのは、一つにはたとえば会社の上司と部下のような上下のハッキリした関係性の中で、下の者に「オレの気分を悪くさせるなよ!」みたいなプレッシャーを意識的にかけていくってことがあるでしょう。 マウンティングの一種でもあります。 もう一つは何かといえばすぐ怒るとか感情に振り回されて、ちゃんとコントロールできない人の場合です。 簡単にいえば精神が幼稚で、自制心が足りてない状態にあるということです。 前者は意識的、…

  • この世の曖昧さに耐えられない人がすがる『インスタント』

    今の世の中にはテクニカルにチョチョイのチョイで心や身体を支配出来ると信じている人々が大勢いらっしゃいます。 『インスタント』大好きと申しますか…ここでいう『インスタント』とは何時でも何処でも何にでも単純明快な答えを求めようとする心の持ちようのことです。テレビのお笑い番組で例えればシチュエーションなんて関係なく「とにかく出てきて3秒でドカンと笑わせなくちゃダメなんだよ!」みたいな感じのね…一言でいえば何よりも『手っ取り早いこと』を最優先させる発想です。 スピード感と臨機応変さが命みたいなね…で、そうなると『あやふやさ』や『回りくどさ』をヒドく嫌うようになります。単純明快さが第一なんですよね。 料…

  • 「自分の居場所を間違えるな」という話

    人は誰しも自分の見たいものを見たいように見ているものです。 「見たいものを見たいように見ている」とは「その人の見ている所謂『現実』というのが潜在意識やら先入観やらによって半ば無意識に集められた出来事の集積に過ぎない」ということです。 その人好みに取捨選択されコーディネートされない『事実』は何処にもないということなのです。簡単に言えば「見方が歪めば見ている世界もそれに連れて歪む」ってことです。そして、見ている世界の歪みが恒常化すればするほど「これこそが真実そのものなのだ!」と本気で考え出すのです。 この世の中で朱に交わって朱くならない人は一人もいません。 どんなに精神的な強さを持っていようとも、…

  • 間を取ることと完璧さを捨てること

    人間というのは本質的に無知な生き物です。ちょっと脳みそが大きいからといって何でもかんでも分かるわけがないのです。ただ、分からなけりゃ分からない部分を何かで補わなきゃなりません。そうしなくちゃ先へ進めないからです。その何かとは簡単にいえば想像力です。 ここでいう想像力とは「知らないなら知らないなりに一生懸命察したり慮ったりしようとする心の働き」のことです。先ず自分の無知を皮膚感覚で知ることが想像力を養う第一歩です。人間何となく知ってるつもりになってることが多いので。その為には俯瞰する心の眼が必要になります。何であれ対象とくっつき過ぎると見えにくいものです。少し離せば全体が見やすくなります。その見…

  • 守護霊と『おかげさま』

    「所謂『守護霊』といわれるような存在が本当にいるのか?」といえば「まぁ、いるんだろうな」とは思っています。 基本生まれた時から亡くなるまで同じ一人のヒトが守護しているみたいです。 その多くは血縁のご先祖でしょうが、それも絶対ではありません。 ただ、守っている人との間に何らかの強い縁があるのは確かでしょう。 ただ、守るといってもべったりと密着しているわけではありません。 ましてや子離れしない過干渉の親のように見えないチカラみたいなのを使って何処かに呼んだり、何かをさせたりする者ではないのです。経験上人間のやることにあれやこれやと細かく指図してくるのは9分9厘物の怪などの人外のモノの仕業だろうと考…

  • 『まっ、いっかぁ度』とストレスを貯めにくい生き方

    波動のレベルの高いモノはフワッと軽くてスカッと明るく、波動のレベルの低いモノはドヨヨ~ンと重くてジトッと暗いのです。 別の言葉で言えば波動のレベルの高いモノは穏やかで温かく、波動のレベルの低いモノは荒々しく冷たいのです。 波動のレベルが高い人ほど『まっ、いっかぁ度』が上がるという話をこれまで何度か書いてきました。ここでいう『まっ、いっかぁ度』が上がるというのは物事に対する強い執着が弱まって「まっ、いいかぁ!」とその執着を手放せるような『素直な心』の状態に近付いていくことです。言い方を変えればコダワリからの自由度が上がるということです。 「これしかない!」って『鎖で繋がれた場所』から心が解放され…

  • 復活!東京クリアー整体ヒーリング講習会開催(2022年9月)

    2019年8月を最後に中断しておりました東京&神奈川の講習会ですが今回再開できる運びとなりました! 実に丸3年ぶりとなる関東での講習会です。 講習会の頃には少しは涼しくなってるかと思いますので、宜しければご参加くださいm(_ _)m ご存知のように世情色んなことがありすぎて、皆さんも講習会どころではないだろうと感じておりましたが、もうそろそろ良いんじゃないかなと勝手に判断させていただきました。 スカイプ通話などでの個人講習はこれまでも行ってきましたが、 久しぶりに講習会というカタチでヒーリングをお教えいたします。 講習会についての参考資料 ヒーリング講習会のご感想をいただきました! : 『クリ…

  • スピリチュアルな『本末転倒』

    2020年5月にライブドアブログ (『クリアー整体ヒーリング』です) からはてなブログに引っ越しましたが、すべての記事をそっくりそのままこちらへ移す予定はありません。 向こうでは10年あまり、ほとんど毎日更新して来ましたしねぇ、古い記事は朽ち果ててもいいかなって気がするのです。 とはいえ全部消えてなくなるのも惜しい気がします。復刻版と言いますか、古い記事の一部は手直しなどして、ぼちぼちとこちらへ上げてみたいなと考えております↓ 以前こんなことを書きました。 昔の自分の経験談です。 サラリーマンをしていた最後の頃、私は心も身体も確実に『病んで』おりました。尾籠な話で申し訳ありませんがその当時は慢…

  • 競争と「他者を蹴落とすのを善し」とする思考

    例えば『現実に犯罪が多発しているのを事実として認識すること』と『現実に多発しているのだから犯罪はあって当たり前と思うこと』は全く違う話です。 実際に犯罪はあるけど、あくまでもないのが理想の姿であり、そこに向かって努力しているのが『現実』です。 置き換えると『現実に競争が自分を含めて人間社会に存在しているのを単に認識すること』と『実際競争があるのだから競争社会のエゲツない部分もあって当然なんだよ!と思うこと』は全然違う話だということです。 つまり、『現実に存在することを「そんなこともあるんだな~」と単に事実として認識すること』と『その現実を自分の心の奥まで入れ込んで「そうだ!そうだ!その通りだ!…

  • エネルギーを結びつける媒体としてのオニ

    2020年5月にライブドアブログ (『クリアー整体ヒーリング』です) からはてなブログに引っ越しましたが、すべての記事をそっくりそのままこちらへ移す予定はありません。 向こうでは10年あまり、ほとんど毎日更新して来ましたしねぇ、古い記事は朽ち果ててもいいかなって気がするのです。 とはいえ全部消えてなくなるのも惜しい気がします。復刻版と言いますか、古い記事の一部は手直しなどして、ぼちぼちとこちらへ上げてみたいなと考えております↓ 2017年12月の記事 「人間の想念の塊のようなんですが明らかに普通の想念エネルギーとは毛色が違うモノがこの世には存在する」ということに或る時気付きました。 それは「世…

  • 想像力を失わないためのカギ

    人間というのは本質的に無知な生き物です。 人間ごときが何でも分かるわけがないのですから当たり前です。 でも、知らない部分は何かで補わなきゃなりません。その何かとは簡単にいえば想像力です。 ここでいう想像力とは知らないなら知らないなりに一生懸命察したり慮ったりしようとする心の働きのことです。先ず自分の無知を皮膚感覚で知ることが想像力を養う第一歩です。逆に知ったつもりになればなるほど想像力を失っていきます。想像力とは自分の無知を知ることから始まるからです。 慮るチカラが弱いというのは心の視野が狭いということです。心の視野の狭さとは人間に本来備わった平衡感覚によって感じられるはずの感覚が十分感じられ…

  • 東京での講習会の再開を考えております(2022年9月)

    2019年8月を最後に基本対面での講習会を開催してきませんでしたm(_ _)mまあ、新型肺炎の流行等もあり、無理してまで行うことはないのかなと先延ばしにしてきた次第です。とはいえいうかは再開したいと考えておりました。で、今年秋からぼちぼち実施しようかなと始動しはじめたところです。今のところ開催日は2022年9月17日(第3土曜日)または9月24日(第4土曜日)のどちらかで検討中です。 また講習会場については江東区亀戸駅 (JR総武線・東武鉄道亀戸線) 周辺で考えております。もしご参加を希望される方がおありでしたら下のメールアドレスまでご連絡くださいm(_ _) 別に参加をこれから検討でも構いま…

  • 所謂『成仏』と未成仏

    以下は例によって例のごとく独断と妄想のお話です。眉によく唾つけてご覧いただければ幸いですm(_ _)m魂は「やるべきこと」があるからわざわざこの世界にやって来ています。前世でやり残した宿題のようなモノをやるために人はこの世にやって来ているのです。それが所謂輪廻転生することの理由です。とはいえ厳密にいえば「人は生まれ変わらない」と個人的には思っています。じゃあ、死んだらそれで終わりかといえばそうではなくて、大元の大きな魂に人生の『記録』として帰っていくのではないでしょうか?一人分の魂が生まれて死んで生まれて死んでを延々と繰り返す所謂『輪廻転生』はないってことです。そうではなくて、誕生する時は新し…

  • 揺るがないココロとかより『心のバランス』を!

    自動車にはアクセルとブレーキがセットで付いています。 だからこそ「動いたり止まったり」がスムーズに出来るのです。 アクセルがなければ加速出来ないし、ブレーキがなければ制動出来ません。 動くためにはアクセルとブレーキが2つとも必要だってことです。 人にもアクセルとブレーキに当たるモノは必要です。 何故なら人も絶えず動いているからです。 生きている限り動き続けるしかないのです。 不変不動っていう選択肢はありません。 元々あっちへフラフラこっちへフラフラ動きながら生きてるのが人間ですので、心や身体がきちんと動かなければバランスが取れなくなります。 だから、人間は生きている限り試行錯誤を繰り返し、バラ…

  • 「高級な命と低級な命がある」とかいうスピリチュアル

    スピリチュアルな世界には低級霊とか高級霊とかおっしゃる方がいらっしゃいます。その高級とか低級とかの言葉がどうもピンと来ないので少し調べてみたのです。 低級:等級や内容・品質などの程度が低いこと。また、そのさま。 簡単にいえば「低級霊とは等級が下の方の亡くなったヒト」になります。じゃあ、その等級って何だと思い、調べてみました。 等級:上下・優劣の順位を表す段階。くらい。階級。「五つの等級に分ける」「等級を付ける」 等級とは分けたり付けたりするものらしいです。元から自然に分かれてるわけではなく、何らかの基準に沿って分けたり付けられたりするものであるということです。つまり、人為的に後付けされたもので…

  • 過信と欲のコラボでハマる『マヤカシ』は憑依への一里塚

    2020年5月にライブドアブログ (『クリアー整体ヒーリング』です) からはてなブログに引っ越しましたが、すべての記事をそっくりそのままこちらへ移す予定はありません。 向こうでは10年あまり、ほとんど毎日更新して来ましたしねぇ、古い記事は朽ち果ててもいいかなって気がするのです。 とはいえ全部消えてなくなるのも惜しい気がします。復刻版と言いますか、古い記事の一部は手直しなどして、ぼちぼちとこちらへ上げてみたいなと考えております↓ 2017年8月の記事 この前こんな感じのことを書きました。 世の中には「自分に限って人外のモノになんかヤラれるわけない!」っていう人が結構いらっしゃいます。所謂スピリチ…

  • 人は誰だって心に『色眼鏡』をかけている

    人は誰しも自分の見たいものを見たいように見ているものです。 「見たいものを見たいように見ている」とは「その人の見ている所謂『現実』というのが潜在意識やら先入観やらによって半ば無意識に集められた出来事の集積に過ぎない」ということです。 簡単にいえば、全ての人は自分仕様の色眼鏡でモノゴトを見ているということです。 人は誰しも個人的な経験を経て、その人独自の考え方を持つに至ります。 その人のかけてる色眼鏡はその人独自のモノだってことです。 人間は元々主観的な存在です。主観というものには大なり小なり偏りが存在します。その偏った主観がここでいう色眼鏡です。一人一人が見ている『世界』というモノはそれぞれに…

  • 魂をできるだけ澄んだ状態に保つことの大切さ

    人は魂があるからこの世にやって来ます。 魂がある者が肉体を纏ってやって来るのが誕生というものです。 『人間の生』は肉体と魂が結びついているが故に成り立っています。肉体という器に魂というエネルギーの塊が入って結びついている状態がこの世では一番安定して強いからです。 生きてる限り肉体と魂は互いに深く結び付いています。そして、肉体と魂が結び付いたところに心が生まれます。 肉体を得た魂が歳を経てこの世に馴染むと心を得るのです。魂が心を得るまでには大抵生まれてから3〜4年の歳月を要します。 魂>肉体>心という順番に人間という者は出来上がっていきます。所謂人間らしい心ってのは成長していく過程で生成されてい…

  • 「不自由を取るかor不安定を取るか」が人の一生

    この世はどう転んだところで不確実性の世界です。 どこまで行っても不確かな状況の中で何とかかんとかバランスを取って生きていくしか道はないのです。 でも、不確かというのは同時に流動性であり、それは自由の源でもあります。 安定と自由は反比例するってことです。 或いは不安定と自由は比例するとも言えます。 なので、安定した状態を突き詰めると最終的には『思考停止』になります。 考えなければグラグラと迷う必要がないからです。 ここでいう思考停止とは簡単にいえば「盲信すること」です。 精神的にナニカに負んぶに抱っこの状態になるのです。 そのナニカとは特定のの思想・宗教とそれを象徴する人間・集団とかです。 不確…

  • 先祖供養とお盆

    今年もお盆の季節になってきましたので、いわゆる先祖供養について述べてみたいと思います。最初に、宗教儀礼としてのお盆や墓参りなどの個々人の慰霊の行いを否定するつもりはないということを申し上げておきます。以下に語ることは例によって例のごとく独断と妄想による眼に見えない世界のお話です。ぶっちゃけた話ヒーリングなんてしておりますと成仏してないヒトたちに遭遇することは決して稀れではありません。まあ、正直稀れではないって言い方も随分控えめですが…要は所謂浮遊霊や地縛霊と呼ばれるような存在は珍しくないってことです。でも、そういう人たちだって当然何処かの誰かのご先祖であることには違いないんですよね。そもそも、…

  • 所謂一つの『願望達成術』と呪詛

    2020年5月にライブドアブログ (『クリアー整体ヒーリング』です) からはてなブログに引っ越しましたが、すべての記事をそっくりそのままこちらへ移す予定はありません。 向こうでは10年あまり、ほとんど毎日更新して来ましたしねぇ、古い記事は朽ち果ててもいいかなって気がするのです。 とはいえ全部消えてなくなるのも惜しい気がします。復刻版と言いますか、古い記事の一部は手直しなどして、ぼちぼちとこちらへ上げてみたいなと考えております↓ 2016年3月の記事スピリチュアルなテクニックを伝授された人がその効果について書かれてた文章に少し「あれっ」と感じたのです。以下はその概略です。ちなみにそのテクニック自…

  • 「この世で人間が一番偉い!」っていう素朴な信仰の闇

    人間はすぐに自然を支配したがりますが、人間が自然を支配下に置くって考え方自体傲岸不遜であろうと感じます。 何故なら、人間は自然というモノのごく一部だからです。自然の中に人間がいて、動物がいて、植物がいるのです。 自然にとっては人間が特別だったことはないし、これからも特別であることはないでしょう。 私の場合「人間って地球で一番偉いんだぜぇ!!」的な世界観を抱いたことがありません。 逆に「人間ってなんて出来損ないの生き物なんだろう」という想いがずっと離れないのです。 それは大層な思索探究の末に辿り着いた結論などではなく子供の頃からずっと心の奥にあるものなんですよね。 話の前提はそこんところから始ま…

  • 不確実性の世界でものごとを言い切ることの危うさ

    この世は不確実性の世界なので、言葉も不確定で移ろいやすいモノとして人の世に存在しています。 言葉とは本来的に流動的であやふやな存在です。 だからこそ強く断言する言葉にはチカラが生まれます。ハッキリ言えば言うほど不確実の中にある不安をかき消すチカラが表向き生まれるからです。 確信のないことでも断定的に話せば確かに自信満々に見えるのでしょう。 ただし、それは一過性の儚いチカラです。刹那のうちに消えているイリュージョンのようなモノなのです。あやふやなことはあやふやなこととして「そう思う」「と推測する」とした方がベターなのではないでしょうか?変に断言して他人を信じさせられたとしても、それは刹那の時を紡…

  • 所謂ひとつのお経のチカラと霊能者の見分け方

    随分前にこんなことがありました。 ある書店の店頭で読経のCDがかけられていたことがあったのです。 誰でも覚えられる般若心経みたいな本に附属のCDです。 そこには様々な波動エネルギーが集まってきてました。 ハッキリ申し上げて波動のレベルの低いエネルギーです。 エンドレスで流れる読経はエネルギーをどんどん集めてましたが、集めたエネルギーを浄化してはいませんでした。 読経をしたりマントラを唱えたりすると亡くなられた方が所謂『成仏』をするのかといえば先ずしないんじゃないでしょうか。どうしてそう思うのかといえば、ヒーリングしている過程で今まで成仏していないお坊さんたちと少なくない回数出会ってきたからです…

  • 「人が想像力を無くすとどうなるか?」の実例

    人間というのは本質的に無知な生き物です。 でも、知らない部分は何かで補わなきゃなりません。 その何かとは簡単にいえば想像力です。 ここでいう想像力とは知らないなら知らないなりに一生懸命察したり慮ったりしようとする心の働きのことです。 このブログでは何度も想像力の大切さについて述べてきました。 「想像力こそが人間らしさの根っこである」ということをね。ここでいう『人間らしさ』とは他者に対する想像力を持っているということです。 知らないなら知らないなりに一生懸命察したり慮ったりしようとする心の働きが、他者の痛みや苦しみまた喜びや希望などに対する敏感さを生むのです。 先ず自分の無知を皮膚感覚で知ること…

  • 曖昧さを嫌がりすぎると真実からかえって遠ざかる

    生き物というものはエネルギーの出し入れを行うことで生きるチカラを得ています。 分かりやすい例で言えば呼吸です。吸っては吐いてを死ぬまで繰り返しています。でも、呼吸というのはそこら辺にある空気をざっくり吸い込むことしか出来ません。身体に良い成分のみを前もって選別して吸い込むなんて芸当は出来ないのです。 呼吸に限らずエネルギーの出し入れというのは全てそういう仕組みになっています。まとめて全部取り込んでから必要なものだけ吸収して不要なものは排泄してしまうという構造です。どんな人であれエネルギー源として様々なモノをまとめて自分の中に取り込むという作業をずっと続けています。生まれてから死ぬまで絶えること…

  • 神社仏閣の故事来歴と本当にそこに居るモノ

    2020年5月にライブドアブログ (『クリアー整体ヒーリング』です) からはてなブログに引っ越しましたが、すべての記事をそっくりそのままこちらへ移す予定はありません。 向こうでは10年あまり、ほとんど毎日更新して来ましたしねぇ、古い記事は朽ち果ててもいいかなって気がするのです。 とはいえ全部消えてなくなるのも惜しい気がします。復刻版と言いますか、古い記事の一部は手直しなどして、ぼちぼちとこちらへ上げてみたいなと考えております↓ 2017年11月の記事 墓参りや神社詣でなどの宗教的な『風俗習慣』っていうのは一言でいえば「生きている人間が生きている人間のために行う行事」です。 ただ、それ以上のモノ…

  • 完璧な根拠を求めすぎると『本当のところ』が見えなくなる

    人間生きてれば笑いもすれば泣きもします。 怒ったりも羨んだりもするものです。快楽もあれば苦痛もあります。そうした身体や心に起こる大波小波を日々乗り越え、また乗り越えてゆくのが『人間の日常』なんだと思います。そういった『人間の日常』に根ざしたありふれた平衡感覚を先ず大切にすることが心がオカシげな方向を向いて突っ走らないようにするための最終的な羅針盤になるのです。それは例えば「(理由は分からないけど) 何だかこれ食べたら危ないぞ⁉︎」という所謂『勘』や「(特に何があったわけではないけど) この店何か良くないなぁ(ー ー;)」という感覚のことです。生きるためにこの世の動物に遍く与えられた危機察知能力…

  • 鈍感をありがたがるココロと人間らしさ

    このブログではこれまで『根性論』というものについて繰り返し書いてきました。 ここでいう『根性論』とは「気力が充実さえしていればよっぽどのことがない限り世の中大抵のことは精神力で乗り切れるのだ〜! 」みたいな考え方のことです。この根性論の仲間に「問題ってのは自分で作ってるだけなんだよ!」的な『全ては気持ちの持ちよう論』があります。これはいつでも「敵は我にあり!」っていう考え方が先に立ってる感じです。「自分さえしっかりコントロールすれば何でも解決出来るのだ!」という前提が最初にあるのです。で、その『全ては気持ちの持ちよう論』の発展形が『自己責任論』です。 ここでいう『自己責任論』というのは「やると…

  • 波動的に見た『2022年の長い8月』

    時間の流れは単に物理的な気候の変化だけではなく、眼に見えない様々な変化を生みます。 その変化は片時も同じことはありません。 同じ8月でも去年と今年は当然気候は違うし、眼に見えないエネルギーの流れも違います。時間の流れによって起こるエネルギー的な変化は人間に常に有形無形の影を与えています。 人間は常に時の波動というエネルギーの影響を受けています。まあ、それは人間だけではなく『自然』そのものが影響を受けているわけですがね。 で、以前にも申し上げだことがありますが、エネルギー的に見た『お盆』ってのは普通に言われる年中行事のお盆とは時期がズレています。 ズレてるというか厳密にいえば別モノです。その現象…

  • 『本当の善』とかいうファンタジー

    善悪という概念は人間が勝手に作った『創造物』です。 善だの悪だのといったところで、普遍不動のモノとしてどこか人間とは関係ないところに独立して存在しているわけではありません。つまり、善悪は絶対的真理などではないってことです。十人十色の人間によって用意された『物事を計るための物差し』の一つに過ぎないのです。 要はどこまで行っても相対的なモノだってことです。人間は元々主観的な存在です。主観というものには大なり小なり偏りが存在します。一人一人が見ている『世界』というモノはそれぞれに常に偏りがあるということです。元々偏っているんだからその偏りを小まめに修正していかないとバランスを崩します。バランスを崩し…

  • 「神社仏閣そのモノに祓うチカラがある!」とかいう話

    「お坊さんが法要などで作法に則って読経をしたりマントラを唱えたりすれば亡くなられた方は『成仏』をするものだ」と一般的には考えられています。本当にそれで成仏出来るのでしょうか?多分多くの場合それは難しいんじゃないかと思います。どうしてそう思うのかといえば先ず第一にヒーリングなどしておりますと所謂成仏していないヒトに出会うことは決して珍しくないからです。珍しくないというのも随分控えめな言い方なんですけどね…その多くは別に卒塔婆一つも立てられない行き倒れの無縁仏ってわけではない気がします。無縁仏でも一応寺には納められてたりしますしね。どう考えても読経も法要も一度たりとも受けてないって人の方が少ないん…

  • 分かりやすい根拠ばかり求めてると『心のバランス』を失う

    「すべての事象は最終的に『人間が論理的に理解でき得るモノ』として存在している」という考え方があります。 たとえ今分からなくてもいつかは必ず分かるモノだとね。 この「何でもわかって当たり前」という発想は「この世は予定調和の世界だとベーシックに捉えてること」を意味します。 ここでいう『予定調和の世界』というのは「何時でも何処でも誰にでも分かりやすく辻褄ってのは合うものだ」という考え方のことです。 逆にいえば、物事に完璧な調和と整合性を常に求めようとするってことでもあります。 また求められるものだと信じているのです。ただ、それが如何に博覧強記の者であれ、『世界』は1人の人間の理解の範疇にスッポリと収…

  • 所謂『指導霊』と人外のモノ

    2020年5月にライブドアブログ (『クリアー整体ヒーリング』です) からはてなブログに引っ越しましたが、すべての記事をそっくりそのままこちらへ移す予定はありません。 向こうでは10年あまり、ほとんど毎日更新して来ましたしねぇ、古い記事は朽ち果ててもいいかなって気がするのです。 とはいえ全部消えてなくなるのも惜しい気がします。復刻版と言いますか、古い記事の一部は手直しなどして、ぼちぼちとこちらへ上げてみたいなと考えております↓ 所謂『指導霊』と呼ばれている存在について最近ではガイドってカタカナで呼ぶ方々もいらっしゃるようです。 まぁ、それぞれの自由なのかも知れませんが、どうもピンと来ません。 …

  • 「99%の愚か者の中心で真実を叫ぶ」とかいう話

    「自分たちだけが本当のことを知っている! 世の中の99%は無知な愚か者である!」とかいう選民臭の強い考え方を持った人々がこの世界には結構いらっしゃいます。 そして、そういう人は往々にして「本当のことを知る者は認められない!」という悲劇のヒーロー的な陶酔感を感じているのです。 例えばその『99%の人が知らない世界の秘密』とやらを教えてくる人がいたと仮定します。大抵の人はまず「これって本当のことだろうか?」と半信半疑になると思います。少なくとも、いきなり「いやぁ、よく知らせてくれました! 目から鱗です!」とはならないんじゃないでしょうか… でも、所謂一つの『教えてくれる人』はその半信半疑な人たちを…

  • 心の風通しと身体の風通し

    森羅万象すべてのモノには波動があります。 波動があるというのはずっと動き続けているということです。 逆にいえばずっと動き続けることで活性を保っています。当然ながら動きが鈍くなればなるほど活性は落ち波動的に澱みます。波動的に澱めば波動のレベルも下がります。波動のレベルが下がれば色々良からぬモノが寄ってきやすくもなるのです。もし心がドヨヨ~ンと重くなったり、ジトッと暗くなったりしたら、個人的には先ず「心の風通しを良くしよう!」と考えます。澱んでる時は心の内側に向かって引きこもりになりがちだからです。 ここでいう引きこもりとは外界との接触を極力少なくしようとする心の動きのことです。多分傷付いている時…

  • 世界はそんなに『インスタント』には出来てません

    効率主義は短期的に見れば合理的なんでしょうが、それがいつ非効率に転ずるかなんて誰にも分かりません。 変わりゆく『時と場合』にちっぽけな人間という種族が全て対応することなんて出来ないからです。ここでいう効率主義ってのは「いつでも何処でも『ムダ』を省いてスピーディにやるのがカッコいいんだぜ」みたいな考え方のことです。もっと言えば、物事を上手くやるための単なる道具ではなく、『価値観』としての効率に縛られてる思考のことです。それを個人的にはインスタントって呼んでいます。私のいうインスタントというのは「何時でも何処でもどんな場合でも単純明快な答えを出していく」という心の在り方のことです。 テレビのお笑い…

  • 『世界の不条理』に耐えられずに人は万能感を求める

    眼に見えない世界に真摯に向き合えば向き合うほどアマゾンの密林に踏み込んだ生物学者のような気分になるはずです。 『発見』がそこら中に転がっている世界だってことです。アマゾンとか行けば新種の生物がわんさかいそうですからね。多分人類の知らない生き物がそこら中に当たり前に居るんだと思います。我々のいるのはそういう世界だってことです。そういうっていうのは「人間の無知に基づく新発見に溢れた世界だ」ってことです。 発見がそこら中に転がってるってのを逆にいえば知らないことだらけだってことです。もっと簡単に言えば生身の人間ってのは一人残らず無知に溢れているということです。 種としての人間ごときが分かることなどタ…

  • 説明をわざとはしょりたがる人は要注意

    「みなさんご存知の通り…」「みんなこれくらいは知ってると思うけど…」「これは常識だと思いますけど…」 繰り返しこんな感じのことを言うか、もっと巧妙ならそういう言葉すら直接使わずにそういう雰囲気を醸しだす物言いをよくする人が自分の周りにいたら気を付けた方がいいでしょうね。日頃からそういう話し方を常としている人は「自分の言ってることは正論である、真実である」という前提で話を始めようとしてる可能性が高いからです。ある種のマウンティングなんでしょうけどね…「自分は本当のことを何でも知ってますよ!」って感じを出して、「自分の言うことと違うこと言ってるヤツは間違ってるから!」って言外に匂わしているわけです…

  • その人の周りを見れば波動のレベルが分かるという話

    2020年5月にライブドアブログ (『クリアー整体ヒーリング』です) からはてなブログに引っ越しましたが、すべての記事をそっくりそのままこちらへ移す予定はありません。 向こうでは10年あまり、ほとんど毎日更新して来ましたしねぇ、古い記事は朽ち果ててもいいかなって気がするのです。 とはいえ全部消えてなくなるのも惜しい気がします。復刻版と言いますか、古い記事の一部は手直しなどして、ぼちぼちとこちらへ上げてみたいなと考えております↓ 波動のレベルの高いモノはフワッと軽くてスカッと明るく、波動のレベルの低いモノはドヨヨ~ンと重くてジトッと暗いのです。 別の言葉で言えば波動のレベルの高いモノは穏やかで温…

  • 「正しい!」が太りすぎるとココロのダイエットが必要になる

    目の前に100人の人がいれば100通りの「正しい!」が存在します。 みんな自分が正しいと思っているからです。 もしその100人の中の1人が自分の「正しい!」を何処までも妥協なく押し通そうとすれば最終的に何らかのチカラを行使して相手を捩じ伏せるしかなくなります。 万人が心から納得する「正しい!」なんて何処にもないからです。知力・暴力・権力…如何なるチカラであれ、チカラを年がら年中行使し続けることを是とするならば、遅かれ早かれ他者に対する『オラついた気持ち』が染み付いていくでしょう。『正しいの比べっこ』というのは本質的に「やってやられて」の世界ですので、心は殺伐とせざるを得ないのです。じゃあ、『正…

  • 「物事に過剰に意味を見出そう」とする人々とエビデンスとやら

    「物事に過剰に意味を見出そう」とする人というのが特にスピリチュアルな世界には多い気がします。 「物事に過剰に意味を見出そう」というのは何にでも誰もが納得するようなオチを付けたがるということです。 怪談でいえば「由来はよく分からないけど単に幽霊が出ました」なんて話より「ああ、だから出るのね!」みたいな因縁話がくっ付いてたほうが誰もが納得します。 まぁ、そういうのは別に怪談とは限りませんがね… 眼に見えない世界の事柄なんてのは人間ごときが何時もオチを付けられるような在り様はしていないと思うのです。 むしろ掴み所の無いような感じだったりの方が普通な気がします。 一部の方々はオカルティックな叡智を手に…

  • 生きることのハードルと忘れられる『寛容』

    ぶっちゃけた話いまの世の中生きることのハードルを上げすぎな気がします。 それは個人的にも社会的にも純度100%の完璧さみたいなモノをみんなが求めすぎてるってことです。だから、「昔の人はこんなお粗末クンではなかった!」とか「日本人 (或いは人間) は劣化した!」とかおっしゃって嘆かれるのです。「そんなにハードル上げてちゃ、そりゃガッカリするだろうな」と個人的には感じるのです。人間というモノに対する期待値があまりに高すぎるだろうと… 人間に対する期待値を上げるってことは結局自分に対する期待値を上げてるということでもあります。自分に純度100%の完璧さを求め続ければ、そりゃ生きづらくもなりますよねぇ…

  • 有り得ない『引き寄せ』とやらを信じることのモノ悲しさ

    所謂一つの引き寄せの法則って呼ばれるものがあります。その法則によると何でも「方法さえ間違わなければどんなことでも無制限に引き寄せられる!」ってことらしいです。その根拠となるのは私なら私が考えたことが世界そのものを創っているって理屈みたいです。だから、何でも私の考えた通りになるのだと…でもね、古今東西どんな人間でもたった一人でこの世に存在したわけではないでしょう。「他者との関わり合いによって自分の世界も成り立っている」というのが現実だと思います。何より人間の世界では争いが絶えたことがありません。 個人は個人で、国家は国家で遥か昔から現在に至るまでず〜っと争い続けてきたのです。それが人間の世界なの…

  • 令和の時代の昭和チックな根性論

    このブログではこれまでに『根性論』というものについて繰り返し書いてきました。 ここでいう『根性論』とは「気力が充実さえしていればよっぽどのことがない限り世の中大抵のことは精神力で乗り切れるのだ〜! 」みたいな考え方です。 この根性論の仲間に「問題ってのは自分で作ってるだけなんだよ!」的な『全ては気持ちの持ちよう論』があります。これはいつでも「敵は我にあり!」っていう考え方が先に立ってる感じです。「自分さえしっかりコントロールすれば何でも解決出来るのだ!」という前提が最初にあるのです。 で、その『全ては気持ちの持ちよう論』の発展形が『自己責任論』です。 ここでいう『自己責任論』というのは「やると…

  • ココロが振り切れた人はどうなるか? (スピリチュアル篇)

    森羅万象すべてのモノには波動があります。波動があるというのは常に動いているということです。 動き続ければブレやらズレやらユガミやらが必然的に現れます。 そのブレやらズレやらユガミやらを毎日コツコツ修正する作業がある意味『生きる』ということなんじゃないでしょうか。逆に言えば、生きている限り「心のバランスを常に取り続けること」が必要だということです。 人間はその「バランスを取る」というところからズレてしまうと心が迷います。でも、バランスを取る作業っていうのはやっぱり地味でしんどいんですよね〜。達成感や充実感が少ないことの方がほとんどですから…なので、「あいつは (一方に) 突き抜けててカッチョいい…

  • 『ドヤ顔素人さん』の奇妙な確信

    別にその道の専門家でも何でもないのだけれど、「私には専門家以上の高い見識があるんだぞ!」的な雰囲気をプンプン漂わせてる人を個人的に『ドヤ顔素人さん』と呼んでいます。最近この『ドヤ顔素人さん』をお見かけすることが多くなりました。多分SNSなどでその人のおっしゃるところの『見識』を発表する機会が増えたからだと思います。 私が最初に『ドヤ顔素人さん』を認識するようになったのは歴史の分野でした。歴史の分野、特に邪馬台国とか古代史の話になると結構ぶっ飛んだ自説を述べられる『在野の史家』と呼ばれた方々が昔から結構いらっしゃいました。インターネットの無かった時代、そういう方々は書籍を出版され、それが書店の歴…

  • この世界どこへ行っても光もあれば闇もある (神社仏閣篇)

    そもそも神社仏閣にはカミサマが居るから悪いモノは近付かないと思ってる人もいらっしゃるかも知れません。ていうか神社巡り大好き系のスピリチュアルな人々は無邪気にそう信じてる人の方が多いような気がします。でも、ハッキリ言って神社仏閣にいるエネルギーってのは玉石混淆です。簡単にいえば清らかなモノもいれば穢れたモノもいます。特に大きな神社とかは本殿のものとは違う社を敷地の中にいくつも祀ってたりしますしね。そこから鬼が出るか蛇が出るか、何が出てくるかなんて分からない状態です。それに、そういう場所にいるチカラの強い人外のモノはカミサマ的に崇められていることも少なくありません。時にその勢力範囲が神社仏閣の外ま…

  • 人間の本性と心の自然治癒力

    2020年5月にライブドアブログ (『クリアー整体ヒーリング』です) からはてなブログに引っ越しましたが、すべての記事をそっくりそのままこちらへ移す予定はありません。 向こうでは10年あまり、ほとんど毎日更新して来ましたしねぇ、古い記事は朽ち果ててもいいかなって気がするのです。 とはいえ全部消えてなくなるのも惜しい気がします。復刻版と言いますか、古い記事の一部は手直しなどして、ぼちぼちとこちらへ上げてみたいなと考えております↓ 2016年11月の記事 以前にこんなことを書きました。 例えば『現実に犯罪が多発しているのを事実として認識すること』と『現実に多発しているのだから犯罪はあって当たり前と…

  • 『ジキルとハイドの物語』をリアルで再現しようとする人々

    コインには表と裏があります。 裏だけを削り取ったら、その時点ですでにコインではなくなります。表だけ削り取ってもそれは同じです。夜が明けたら朝になる雨が上がって晴れになる光があれば闇がある片翼だけの飛行機はどうやったって飛べないのです。光の中に闇を見る人は、闇の中にも光を見い出せる人です。光だけ見て闇を見ようとしない人はマヤカシにやられて闇に取り込まれる人です。闇の何たるか知ろうとすれば闇に一歩近付くしかありません。闇に近付けば近付くほど否応なく闇に触ることになるでしょう。闇は何時もおぞましいばかりの存在ではないのです。退廃的な甘美さみたいなモノも強烈に持ち合わせています。そして、その退廃的な甘…

  • 正しい!に執着しすぎると『自分の機嫌』が取れなくなる

    目の前に100人の人がいれば100通りの「正しい!」が存在します。 みんな自分が正しいと思っているからです。 もしその100人の中の1人が自分の「正しい!」を何処までも妥協なく押し通そうとすれば最終的に何らかのチカラを行使して相手を捩じ伏せるしかなくなります。 万人が心から納得する「正しい!」なんて何処にもないからです。知力・暴力・権力…如何なるチカラであれ、チカラを年がら年中行使し続けることを是とするならば、遅かれ早かれ他者に対する『オラついた気持ち』が染み付いていくでしょう。『正しいの比べっこ』というのは本質的に「やってやられて」の世界ですので、心は殺伐とせざるを得ないのです。じゃあ、『正…

  • 人は想像力を失うと『裸の王様』になる

    波動のレベルの高いモノはフワッと軽くてスカッと明るく、波動のレベルの低いモノはドヨヨ~ンと重くてジトッと暗いのです。 別の言葉で言えば波動のレベルの高いモノは穏やかで温かく、波動のレベルの低いモノは荒々しく冷たいのです。 波動のレベルが下がればどうなるかというと、簡単にいえば人としての『心』がアホになります。 知識量の多寡や知能の優劣には関係ありません。 人が本来持っているはずのココロの共感性が下がるのです。 そして、剥き出しの自我が表に現れるのです。 鈍感になったココロはそのことに気付きません。 或いは気付いてもオカシイこととは思わなくなるのです。 それが「人としての『心』がアホになる」って…

  • 所謂一つの『ファンタジー』な世界の霊感

    2020年5月にライブドアブログ (『クリアー整体ヒーリング』です) からはてなブログに引っ越しましたが、すべての記事をそっくりそのままこちらへ移す予定はありません。 向こうでは10年あまり、ほとんど毎日更新して来ましたしねぇ、古い記事は朽ち果ててもいいかなって気がするのです。 とはいえ全部消えてなくなるのも惜しい気がします。復刻版と言いますか、古い記事の一部は手直しなどして、ぼちぼちとこちらへ上げてみたいなと考えております↓ 2016年10月の記事 例えばスピリチュアル〜な世界では全く相容れない立場を取っているように見えるAさんとBさんが『人外のモノに頼る危険性』に関してはよく似たようなユル…

  • 孤立した人間ほどマインドコントロールにハマりやすい

    マインドコントロールというのは、心の弱い人をターゲットにします。 心の弱っていると判断能力が鈍るので、自己決定に自信を失って、誰かに決定を委ねたい気持ちが出てきやすくなるからです。 だから、心の弱っている人はより不安にさせ、さらに弱らせてから、依存させようとします。 その上で自分の都合のいい考えをガンガン植え付けて相手をコントロールするのです。 一言でいえば「マトモに考えられない状態にして、支配する」方法です。 そうするためのキモは『孤立』と『依存』です。 支配される方の人間を周りの友人や家族などから引き離し独りぼっちにさせるのが、ここでいう孤立です。 そして、支配する方の人間が、心が弱って周…

  • 宿命論と後づけの答え合わせ

    世の中には宿命論というモノがあります。 「この世界で起こることは予めどうなるか全て決められている」という考え方です。要するに個人の範疇を遥かに超えてこの世の物事が何処までも1ミリの違いもなく決まっているという世界観です。 世界の全て、時間なら過去から未来までの時間全て、大きさなら原子から宇宙まで全て、遍く一切がすでに決定されているという説です。誰が決定しているかといえば、「万能の唯一絶対神みたいなモノが」ってことのようです。だから、宿命論は『全知全能の神』みたいなモノが存在するというのが大前提なのです。まずそういう存在を設定しない限り、世界の細々としたところまで全ての事象が寸分違わずプロデュー…

  • 健康と心のバランスと身体のバランス

    人間の体は絶えずどこかが毀れている、そしてそれを、絶えずどこかで治している。毀したり治したりしながら生きているのである。『整体』という言葉を作った男 野口晴哉 健康を絶対不変の『真理』であるかのように思い込み、がむしゃらに突き進めば、遅かれ早かれ「不健康を徹底的に排除し、世界を自分たちの考える『健康』だけにしたい!」という衝動に突き動かされるようになるでしょう。でも、「不健康な要素を機械的にガリガリ削り取って、健康になるための純粋な要素だけを抽出しよう」みたいなやり方には、どうしたって無理があるのです。 それじゃまるで善と悪を化学的に切り離そうとした『ジキルとハイド』のお話そっくりです。 陰陽…

  • 万能感に溢れるほど危機感が無くなる

    この世とはある意味マヤカシだらけの世界です。 マヤカシだらけの世界とは裏返して見れば『もっともらしさ』を競う場です。 『もっともらしさ』を演出するアイテムの一つが「オレは何でも知ってるんだぜ!」っていう雰囲気です。それは、知らないことでも如何にも全部知ってるようなフリをするっていうことでもあります。つまり、マヤカシとは無知から目を逸らし万能感に浸ることです。 マヤカシに絶対にヤラレずに済む保証は何処にもありません。というか一寸たりともマヤカシにヤラレない人間なんてこの世の何処にもいないのです。 そんな海千山千のこの世で、出来るだけマヤカシにヤラレずに生きるための一番簡単な方法をお教えしましょう…

  • 所謂『霊能者』の簡単な目利き

    2020年5月にライブドアブログ (『クリアー整体ヒーリング』です) からはてなブログに引っ越しましたが、すべての記事をそっくりそのままこちらへ移す予定はありません。 とはいえ全部消えてなくなるのも惜しい気がします。復刻版と言いますか、古い記事の一部は手直しなどして、ぼちぼちとこちらへ上げてみたいなと考えております↓ 2017年8月の記事 タイトルの簡単な目利きとは「おおよそ初歩的な目利き」ということであって、「目利き自体が簡単である」という意味ではありません。 最初に誤解のないようにそのことを申し上げておきます。 先ず一つ目のモノサシとして「その人の 共感するものを見る」ということがあります…

  • 大人から子どもへ、支配したい心が起こす『負の連鎖』

    日々量産される自分自身に向けたネガティブな想念エネルギーというものは、年月を追うごとに膨大な数に上っていきます。そのエネルギーは数量に比例してチカラを増し、本来の主たる「顕在意識」を差し置いて本人の思考や行動をガッツリと支配しているのです。私はそれを自縛のエネルギーと呼んでいます。 自縛のエネルギーの始まりは大抵幼児期における人との関わりの中から生み出されます。まぁ、最初は母親か父親のどちらかである場合が非常に多いです。 親の言葉や行動によってトラウマが生まれ、そのトラウマを元に自縛のエネルギーが生まれていくってことがよくあります。親が子どもに与えてる影響は目に見える部分も大きいですが、目に見…

  • 健康と根性論

    このブログではこれまでに『根性論』というものについて繰り返し書いてきました。 ここでいう『根性論』とは「気力が充実さえしていればよっぽどのことがない限り世の中大抵のことは精神力で乗り切れるのだ〜! 」みたいな考え方です。 この根性論の仲間に「問題ってのは自分で作ってるだけなんだよ!」的な『全ては気持ちの持ちよう論』があります。これはいつでも「敵は我にあり!」っていう考え方が先に立ってる感じです。「自分さえしっかりコントロールすれば何でも解決出来るのだ!」という前提が最初にあるのです。 で、その『全ては気持ちの持ちよう論』の発展形が『自己責任論』です。ここではそれをスピリチュアル系『自己責任論』…

  • 『ファンタジー断言盛り』とスピリチュアル

    私の造語に『仮定盛り』ってのがあります。 「こうに違いない!」という思い込みを土台にして、その上に「ならば、こうなるはずだ!」という仮定の話を『ブレない真実』のように盛り付けていくっていうやり方を表す言葉です。 で、盛り付けた話は仮定のはずが直ぐにその場で「そうに違いない!」という『確信』に変質していきます。 っていうか盛られてる途中で、もうすでに『ブレない真実』のように扱われていますけどね… そして、またその『確信』の上に仮定の話が盛られていくのです。 ネバーエンディング盛り盛りストーリーです。 まぁ、思い込みと決めつけのコラボレーションですけどね… で、この仮定盛りにおいて一番問題なのは、…

  • 安易に効率主義に走らない方がいい理由

    人間万事塞翁が馬って故事があります。 幸は不幸となり、不幸はまた幸となり変転止まるところを知らないって諺です。その変転が結局どういう結末を迎えるかは誰にも分からないのです。 効率主義は短期的に見れば合理的なんでしょうが、それがいつ非効率に転ずるかなんて誰にも分かりません。変わりゆく『時と場合』にちっぽけな人間という種族が全て対応することなんて出来ないからです。ここでいう効率主義ってのは「いつでも何処でも『ムダ』を省いてスピーディにやるのがカッコいいんだぜ」みたいな考え方のことです。もっと言えば、物事を上手くやるための単なる道具ではなく、『価値観』としての効率に縛られてる思考のことです。それを個…

  • 「人は亡くなってもヒトである」という話

    2020年5月にライブドアブログ (『クリアー整体ヒーリング』です) からはてなブログに引っ越しましたが、すべての記事をそっくりそのままこちらへ移す予定はありません。 向こうでは10年あまり、ほとんど毎日更新して来ましたしねぇ、古い記事は朽ち果ててもいいかなって気がするのです。 とはいえ全部消えてなくなるのも惜しい気がします。復刻版と言いますか、古い記事の一部は手直しなどして、ぼちぼちとこちらへ上げてみたいなと考えております↓ 2017年2月の記事 波動のレベルの高いモノはフワッと軽くてスカッと明るく、波動のレベルの低いモノはドヨヨ~ンと重くてジトッと暗いのです。 別の言葉で言えば波動のレベル…

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