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2020/05/15

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  • アウエルシュタット 16

    アウエルシュタット 16

    第3ターン。フランス軍の手持ちのカードは「移動」「回復」「回復」の3枚。補充したカード3枚は「攻撃」「機動」「方陣」。「方陣」を捨て札とした。フランス軍プレイヤーは「攻撃」カードを使用。プロイセン軍プレイヤーは「反撃」で応じた。プロイセン軍の攻撃、1d6=5,4,5,2,6,3で損害1。フランス軍の攻撃、1d6=5,1,4,3,1,2で損害0。「回復」、1d6=2で成功。アドバンテージは±0。プロイセン軍の手持ちのカードは「攻撃」。補充したカード2枚は「回復」「機動」。「攻撃」を捨て札とした。プロイセン軍プレイヤーは「回復」を使用。1d6=6で失敗。アドバンテージ決定フェイズ。双方ともに「機動」を使用して相殺。1d6+2=5で成功。プロイセンのアドバンテージは+2となった。アウエルシュタット16

  • アウエルシュタット 15

    アウエルシュタット 15

    第2ターン。フランス軍の手持ちのカードは「移動」「移動」「回復」「回復」の4枚。補充したカード3枚は「回復」「反撃」「増援」。「回復」を捨て札とした。フランス軍プレイヤーは「増援」を使用。予備ゾーンに第2師団(3-4-7)が登場。「移動」、第2師団は前線に移動。「回復」、1d6=3で成功。アドバンテージは±0。アウエルシュタット15

  • アウエルシュタット 14

    アウエルシュタット 14

    プロイセン軍の最初のカード5枚は「回復」「増援」「反撃」「攻撃」「移動」。補充したカード2枚は「反撃」「移動」。「反撃」を捨て札とした。プロイセン軍の最初のカード5枚は「回復」「増援」「反撃」「攻撃」「移動」。補充したカード2枚は「反撃」「移動」。「反撃」を捨て札とした。プロイセン軍プレイヤーは「増援」を使用。予備ゾーンに砲兵師団(2-(1)-5)が登場。「移動」、第1師団は前線に移動。「移動」、砲兵師団は側面展開をこころみる。2d6=5で成功。プロイセン軍プレイヤーは「攻撃」カードを使用。フランス軍プレイヤーは「反撃」で応じた。フランス軍の攻撃、1d6=3,5,2で損害1。プロイセン軍の攻撃、1d6=1,4,6,1,4,4で損害1。「回復」、1d6=3で成功。アドバンテージ、1d6+4=6で成功。両軍の...アウエルシュタット14

  • アウエルシュタット 12

    アウエルシュタット 12

    カードを自作した。前線には仏第2師団(攻撃3-耐久4-移動7)と普第3師団(3-3-6)。プロイセン予備ゾーンに普第1師団(3-3-6)。フランス軍の最初のカード5枚は「突撃」「回復」「突撃」「突撃」「反撃」。補充したカード3枚は「回復」「移動」「移動」。「突撃」を捨て札とした。フランス軍プレイヤーが命令フェイズで選択できるカード無い。手札調整でさらに「突撃」「突撃」を捨て札とした。アドバンテージ(プロイセン軍プレイヤーは「機動」を使用しなかった)のロールは「6」で、フランス軍のアドバンテージは+1となった。アウエルシュタット12

  • アウエルシュタット 12

    アウエルシュタット 12

    戦闘の経緯については省略。大尉はフランス軍の勝因、プロイセン軍の敗因を以下のように分析した。「フランス軍を勝利に導いたものは何でしょうか。それが兵力か、戦闘体験か、それとも軍人の勇気かについては多くの人にとって判断するのが困難でしょう。プロイセン側が忍耐と勇気をもって、(大言壮語せず言うのですが)戦ったことは事実です」クラウゼヴィッツ大尉は兵力差はほぼ同等であったとしている。大尉によるとプロイセン軍の敗因は兵力差ではなく、予備師団が投入されなかったことであるらしい。「私の経験からも、また最近の情報が伝えるところによっても、敵軍のダヴー将軍麾下の兵員が5万であり、これらの全員が戦闘に加わったことは、まったく疑う余地がありません。たしかに、ブラウンシュヴァイク公軍の兵力も同等でした。しかしカルクロイト将軍麾下...アウエルシュタット12

  • アウエルシュタット 11

    アウエルシュタット 11

    クラウゼヴィッツ大尉によると、戦闘が開始されたときの状況は以下のとおり。「シュメタウ伯師団は、出撃したあと、早朝、敵軍に遭遇しました。しかもその地点はバート・ケーゼンからかなり離れた所(1.6kmから2.4km)です。これは予測されなかったことではありません。ここに敵軍がいることは予想されていました。しかしその兵力の多寡はわかりませんでした」戦闘の経緯については省略。大尉はフランス軍の勝因、プロイセン軍の敗因を以下のように分析した。「フランス軍を勝利に導いたものは何でしょうか。それが兵力か、戦闘体験か、それとも軍人の勇気かについては多くの人にとって判断するのが困難でしょう。プロイセン側が忍耐と勇気をもって、(大言壮語せず言うのですが)戦ったことは事実です」「私の経験からも、また最近の情報が伝えるところによ...アウエルシュタット11

  • アウエルシュタット 10

    アウエルシュタット 10

    さらにクラウゼヴィッツ大尉の手紙を読みすすめていこう。「プロセイン国王も加わられたブラウンシュヴァイク公軍は1807年10月13日、左方に向かって行軍しました。シュメタウ伯麾下の左翼師団は、先頭部隊であり、バート・ケーゼン近くの橋を利用し、強行渡河するか、あるいは、常に困難な場合には、自軍に引き続き軍主力がフライブルクに進出するのを援助するために、隠密行動をとるよう定められました。」「13日の夜、ブラウンシュヴァイク公軍は野営地に到着しました。ここはアウエルシュテット村を通る谷間道の背後にあたりました。」アウエルシュタット10

  • 2024/02/20

    2024/02/20

    「ボクボド」情報。日本語版「アクワイア」が発売されるらしい。https://boku-boardgame.net/acquire2024/02/20

  • アウエルシュタット 9

    アウエルシュタット 9

    クラウゼヴィッツ参謀大尉の指摘によると、このときプロイセン軍は即時に攻撃を開始するべきだった。「私は対抗する両軍の兵力を比較した時、敵をすばやく攻撃するのが得策であると考えました。もともと補給線が長すぎるゆえに退却が困難というのが敵軍の弱点でしたから、これを運命のたまものと考えねばなりませんでした。したがってザーレ川下流地域に対し、各種各様の威嚇戦を展開しつつ、兵力を集中し、できるだけ迅速果敢な攻撃を敵の左翼に対して行うことが肝要でした。」しかし、プロイセン軍司令部はそれとはまったく異なる判断をくだしたのである。「プロイセン国王は、私の判断とはまったく別の方途を来るべき決戦でとられることになりました。すなわちブラウンシュヴァイク公軍は1806年10月13日ヴァイマールを出発しました。それはホーエンローエ侯...アウエルシュタット9

  • アウエルシュタット 8

    アウエルシュタット 8

    プロイセン軍はフランス軍の攻撃をおそれて散開した。「全軍の長さはちょうど軍の1日分の行軍距離に達しました。個々の軍団の内訳をみますと、ホーエンローエ侯軍が約40000、ブラウンシュヴァイク公軍が約50000、そしてリュッヘル将軍の部隊が約30000で、それぞれ梯団をつくりました。」「1806年10月12日、全軍は停止しました。その時、フランス軍がナウムブルクを占拠したとの報が伝えられました。いよいよ、今回の戦闘の歴史の中で、事態が統合され、この時点で新作戦計画が必要になるような戦略的状況が生じました。」アウエルシュタット8

  • アウエルシュタット 7

    アウエルシュタット 7

    この不幸な合戦の報に接し、国王はブランケンハインの位置に軍隊を集結させることは、もはや危険であると考えられました。なぜなら、全軍が到達するまでに、敵に攻撃されることを恐れねばならなかったからです。そこでブラウンシュヴァイク公軍を、1806年10月11日、かつての宿営地であるヴァイマールに転進させることが決まりました。バイロイト地方から進撃してきた部隊を率いるタウエンツィーン将軍を自軍に合体させたホーエンローエ侯軍は、この日にはヴァイマールとイエナの中間にあるカペレンドルフにいました。またリュッヘル将軍はヴァイマールとエルフルトの中間に位置しました。アウエルシュタット7

  • アウエルシュタット 7

    アウエルシュタット 7

    「これらすべてのことからして、事情をよく知らない者は、プロイセン側の敵情についての発表以外に、何らはっきりした状況を把握することはできませんでした。そして、フランス軍がその宿営地を出発し、マイン川に沿って集結した時点になって、やっと事情がわかったという有様でした」「この頃プロイセン国王並びにブラウンシュヴァイク公爵の司令部は、ヴァイマールを経て、ブランケンハインへ、すなわちヴァイマールからイエナへ向かう道路上に変更されました。それは軍団を一つの陣地に統合するためでした。1806年10月10日、戦闘が行われ、プロイセンのルートヴィッヒ親王の軍は敗退し、親王は戦死されました。この戦闘の原因と経過については、私は詳述できません。軍にとっても状況が依然として明らかでなかったからです」アウエルシュタット7

  • アウエルシュタット 5

    アウエルシュタット 5

    「ところがヴェストファーレンの軍隊を率いるリュッヘル将軍がブラウンシュヴァイク公の率いる主力に完全に合体する以前に、フランス皇帝ナポレオンの全軍は、ホーフを越え、山岳地帯の主要部分を右側から迂回し、ザールフェルト及びルードルシュタット地域に突入しました」「ブラウンシュヴァイク公の軍隊は、進撃方向を変え、ゴータの高地の左側から左方向に転じ、ザーレ川に向かって進撃しました。(戦略的に)ザーレ川をひかえて、右翼が山岳地帯になるように布陣しました。リュッヘル将軍もまたそれにならいました」「これらすべてのことからして、事情をよく知らない者は、プロイセン側の敵情についての発表以外に、何らはっきりした状況を把握することはできませんでした。そして、フランス軍がその宿営地を出発し、マイン川に沿って集結した時点になって、やっ...アウエルシュタット5

  • アウエルシュタット 4

    アウエルシュタット 4

    プロイセン軍とザクセン軍をあわせた兵力は135000。連合軍は当初、ナポレオンに支配されたライン諸邦の解放をめざした。以下、クラウゼヴィッツ参謀大尉の書簡より抜粋。「ともあれ、プロイセン軍の主力は10月初め、ナウムブルクからエルフルトを経てアイゼナハに向かい、他の軍団もそれに続くことになっていました。ところがこうした経路はチューリンゲンの森の巨大な部分を右側から迂回することであり、それは攻撃作戦をとる以外の何物をも意味しないことになります。おそらく、この際同時にヘッセンとフルダを再び結びつけ、これらの諸邦を開放し、その軍隊をわれらの連合軍に組み入れようとしたのでしょう」アウエルシュタット4

  • アウエルシュタット 3

    アウエルシュタット 3

    プロイセン軍からみたアウエルシュタットについて。以下、この戦闘でフランス軍の捕虜となったクラウゼヴィッツ参謀大尉が1806年12月19日、友人にあてた書簡より抜粋。「(1806年10月)、プロセイン国王はその頃全軍を編成する3軍団の司令官をされました。私の知る限りでは、兵力は50000人です。それとともにザクセン軍はホーエンローエ侯爵の下、ドレスデンを出発し、ザーレ川平地に進出しました。ブラウンシュヴァイク公爵の率いる軍団の兵力は60000人、ナウムブルクの近くに駐留し、リュッヘル将軍麾下の30000人は、ヴェストファーレンから進撃しました。防衛陣地のことは問題になりませんでした。たとえばイギリスの新聞によれば、局地的防衛がなされる陣地などはまったくつくられなかったようです」アウエルシュタット3

  • アウエルシュタット 2

    アウエルシュタット 2

    何度かソロプレイをしてみた。戦力で不利だが指揮官の能力にすぐれるフランスと、戦力で優位だが指揮官の能力におとるプロイセンという、絶妙のゲームバランス。「反撃」カードを相手が持っていた場合(ほぼ持っていないことは無い)、攻撃を仕掛けた側は1回のサイコロ振りで負けてしまう可能性がある。2人プレイでは双方が予備エリアに戦力を配分するだけで戦闘は発生しない。それはそれでよいのだが、もしもアウエルシュタットを再現するのならば、一部のルールを改変しなければならないだろう。アウエルシュタット2

  • アウエルシュタット 1

    アウエルシュタット 1

    ちょっと珍しいアイテムを入手した。隔月刊ゲームジャーナル42号付録、「Battlefield-Auerstadt1806-」。デザイナーは井村正佳氏。アウエルシュタットにおける指揮系統の混乱と、情報の不確実性をカードゲームで再現しようとするもの。ただしカードは切り離せないので自作が必要である。アウエルシュタット1

  • 武侯北伐 30

    武侯北伐 30

    以後の展開。孔明の奇策により西羌の戦車部隊は全滅。西方の異民族は蜀に帰服した。魏皇帝は司馬懿に出馬を要請。司馬懿は電光石火のはたらきで孟達の謀反を未然におわらせる。司馬懿はさらに「街亭をおさえれば蜀軍は撤退するしかない」ことに気が付き、張郃を向かわせる。しかしここにはすでに馬謖が陣をしいていた。張郃は山の上に陣取る蜀軍の水の手を断ち、これを打ち破る。やむをえず、孔明は全軍撤退を命じた・・・という流れ。「武侯北伐」には西羌のユニットは出て来ないし、シナリオ1には司馬懿も出て来ないので、このゲームで吉川英治『三国志』五丈原の章を再現するのは難しいようだ。武侯北伐30

  • 武侯北伐 29

    武侯北伐 29

    数十年ぶりに吉川英治『三国志』を読んでいて、(こんな話だったっけ??)と当惑している次第である。ちょうど先ほど、年末に録画してあった朝ドラ『ブギウギ』総集編を見て察したのだが、やはり戦争中は自由な表現活動が規制されてしまうのだろうな。吉川英治『三国志』における西羌の戦車部隊は、ノモンハン事件のときのソ連軍を想起させるものであるが、原作(羅貫中『三国志演義』)にこんな展開はあるのだろうか。西羌の軍をひきいる「元帥」と呼ばれる人物(おそらくジューコフ元帥をイメージしたもの)には政治将校(コミッサール)らしきものが付けられているのも、ソ連軍の軍事編成っぽいような気がする。考えすぎだろうか。武侯北伐29

  • 武侯北伐 28

    武侯北伐 28

    蜀軍は西羌の戦車部隊の前に大敗北をきっした。ところで、吉川英治『三国志』の連載開始は1937年8月であるから、日中戦争におもむいている日本兵のおおくは吉川英治『三国志』を読んでいるはずだ。西羌との戦いは1939年5月〜9月のノモンハン事件を彷彿とさせるものである。以下、抜粋。「『かくて西平間に着くや、孔明は、直ちに出迎えた馬岱を案内として、高地にのぼり、羌軍の軍容を一眄した。そしてかねて聞く無敵鉄車隊の連陣をながめると、呵々と一笑し、『量るに、これはただ器械の力。これしきの物を持つ敵を破り得なくてどうしよう。姜維はどう思うか』と、傍らを見てたずねた。」武侯北伐28

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