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  • 辰砂:文化と知識のネットワーク

    空海と水銀、鍍金技術の関係 丹生明神……水銀 虚空蔵加持……黒雲母、ウナギのタブーと「ヲ」を持つ蛇のアナロジー 尾張-美濃‐近江‐山城-丹後:辰砂文化圏と 大和-葛城(生駒)-和泉-紀伊(熊野)-伊勢:辰砂文化圏との、 平安期における統合 その前段階としての「文学」 「古事記」 真言宗寺院に保存された、古代の鉱脈の歴史 「ヲ」の思想…「ヲ」の霊である大蛇、「ヲ」の生えた人間 オオクニヌシとスクナヒコナ ヤマトタケル、白鳥伝説 道教的な文脈、ペルシア、バビロニア神話との連関 「日本霊異記」……著述した景戒は紀州の人で行基の門人? 神仏習合にいたる道のり、神と仏の資源争奪戦 目一つの鬼 役行者 「…

  • 言語:信用とあそび

    これの続き。 matsunoya.hatenablog.jp 言語は「信じられていること」の体系である。それはちょうど貨幣や金券のように、その共同体の空間的「境界」と時間的「限度」を維持しながら表象され、やり取りされている。貨幣だと「信じられていること」は、貨幣だと「信じられているもの」を用いて、対等なモノやサービスを受けることのできる境界と限度をその額面のなかに表示する。貨幣は、より時間のかかる商取引や法などの言語によるシステムを端的に簡略化した事象であるといっても過言ではない。 従来、言語は「記号」や「物語」という側面で、しかもどちらかと言えば信じられている「͡こと」よりも信じられている「…

  • 韮と丹生(草稿)

    吉野裕子『陰陽五行と日本の天皇』の中に、中臣寿詞の解釈が出てくる。 そこで問題とされているのが、天孫の統治に必要な「天津水」を得るために、秘義とされている「韮と竹叢」の意味である。玉櫛を占庭に挿し、祝詞を唱えると韮と竹が生えてきて、そこを井戸として湧き出る水が「天津水」なのだという。 吉野は五行説の火金干合から、そして唐の『酉陽雑俎』から韮の伝承を引き、この記述を説明しようとした。 「竹」が「高」ないし「多賀」という地名を経て、「辰砂」や「水銀」産地と関係があるのではないか、という愚考を前回述べた。「中臣寿詞」にも、「…大倭根子天皇が天つ御膳の長御膳の遠御膳と、赤丹のほにも聞こしめして…」と、…

  • 辰砂の社会文化史・試論――平城京と平安京を例として

    この記事は前の万葉歌謡史の補完のようなものである。 matsunoya.hatenablog.jp matsunoya.hatenablog.jp どの国のどの文化もほとんどは「伝統」「慣習」「古典教養」として農耕文化を基礎としている。ヘシオードスやウェルギリウスの農耕詩、中国の詩経、そして万葉集や記紀の世界は、純朴な「農民」の精神を反映しているとみなされ、これらを基礎とした経済学や儒学、国学に「回帰衝動」をうながすこととなった。 資本家が商工業を自由に行い、貧富の格差が拡大することへの危惧、国家による経済の統制、軍事的伸長の達成といったアイデアの根源には、知識人が修辞として刷り込まれる教養が…

  • The Beatles(White Album)偏向的完全ガイド

    ザ・ビートルズのザ・ビートルズ――通称ホワイト・アルバムは2枚組(アナログ盤では4枚組)のアルバムである。曲数がやたら多いせいで、1枚にまとめきれなかったのか、オレならこの曲を抜く、という議論がたびたび起こる。「ビートルズに捨て曲無し」の立場を貫く筆者は、こういう議論を見るたびにひそかに心を痛めてきた。 ジョンの革新性、ポールの守旧性にクローズ・アップして論じるレビューも数多見てきた。音楽ライターが口をそろえて言うには、ジョンは前衛的な「悪い子」、ポールは伝統的な「いい子」の音楽だという。 しかしそういうありきたりな通説は間違っている。あの66年から68年のサイケデリック・イヤーを経験し、薬物…

  • 名誉フェロー号 授与について

    ご愛読の無識者(むーしきしゃ)の皆様 ツイッターでも告知しましたとおり、この度マツノヤ財団 知域総合人文学研究所は名誉フェロー号を愛読者全員に授与しております。 無料、無制限、無駄の三無がそろっており、特典としてこのブログ及びnote、pixivの無料購読権、コメント権、拡散権およびネーミング・ライツ(後述)を付与いたします。 www.pixiv.net 無料で名誉研究員のポストが得られることはメリットでしかありません。まず、稲盛財団など、ごく少数の富裕層や教祖にしか満たせなかった名誉欲、自己顕示欲が満たせます。さらにもし皆様が不祥事を起こしたとしても、論点を「研究所の不祥事、自浄作用」という…

  • 情報操作概論――どうすれば有名になれるか、または「無識者(むーしきしゃ)」心得

    文系研究者は基本的に無名である。無名だと出版物を出そうにも出せない。研究者としての成功や科研費やなんだのやりくりのために、大学や学会のアカデミズムに歩調を合わせることとなる。そうすると内輪での評判はよくても、一般の知名度が皆無となる。これでは出版社も渋ってしまう。結果、文系学問は無益だと切り捨てられる。 とにかく、このままでは情報化社会は活字文化社会と同じ道をたどりかねない。匿名で何でもありの雰囲気が消えうせ、自由な議論を謳いながら、心理的、社会的にものを言えなくするシステムが、このソーシャル・ネットワークの時代にもやってくる。だれもがヴォルテールのように相手が異なる立場で発言することを許して…

  • 6・1知域総合人文学研究所設立宣言

    ブログご愛読者の皆様へ いつもご声援とご愛顧を賜りまして誠に感謝いたします。 マツノヤ人文学研究所は、この度11月11日の設立より半年と20日くらいを迎え、より研究内容の深化と発展を期すべく、2020年6月1日付けで名称をマツノヤ財団 知域総合人文学研究所に改称し、研究方針の明確化のために設立宣言を発表します。 グローバル化の退潮と孤立主義の台頭のさなか、人文系学問は食えない、実生活の役に立たないという烙印を押されています。書店には売れるマンガとゴシップ雑誌、有名人のゴーストライター新書本しか置いておらず、人文教養がかつて果たしていた社会的統合、知の普遍化というから役わりからは遠のくばかりです…

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