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ブログタイトル
うつ病看護師と子育てのリアル日記~のちに旦那もうつ病になる~
ブログURL
https://japannonalcohol.hatenadiary.com/
ブログ紹介文
うつ病看護師の日記。子育てと仕事に追われもう限界。 旦那もうつ病で、夫婦でうつ病です。
更新頻度(1年)

9回 / 74日(平均0.9回/週)

ブログ村参加:2020/01/21

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ハンドル名
アフロさん
ブログタイトル
うつ病看護師と子育てのリアル日記~のちに旦那もうつ病になる~
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9回 / 74日(平均0.9回/週)
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アフロさんの新着記事

1件〜30件

  • 電話することの恐怖。勇気。

    うつ病になってから 身内(兄弟、義理の両親)に対しても 恐怖心があり 電話で話をすることもできず 今まで会えていない。自分が毎日憂鬱なのは仕事へ行けず、職場の人と音信不通になっている状態身内と話せない状態そういった色々な状態が 自分の中で複雑に絡み合っていて 前のように話せず殻に閉じこもっている自分がいるのだと思う。こんな状態を自分はいつまで続けているんだろう。自分の気持ちに整理がつくまで待ってはみたが 心のモヤモヤはいつになっても なかなか消えない以前心療内科の先生から 「あなたは想像の世界が多すぎる」 「マイナス思考で、実際に起こるか分からないことも悪いほうに悪いほうに先に想像してばかり」…

  • HSPと分かると見えてくる

    病棟勤務において 「人員不足の中での仕事量の多さ」 「愚痴や人の悪口ばかりの人間関係」 「急変時の患者様の対応」 「患者様の死」 様々な経験をしてきた HSPだったと分かってから色々考えたが、 この病棟勤務の環境は自分にとって過酷すぎたのかもしれない。 それに加えて育児との闘い。 限界だった。 休職してからは 社会からの孤立感が半端ないが、 今まで分からなかった自分の事が 少しずつ分かってきたように感じる。 常に自分の事より人の事を考えてきた自分。 神経ピリピリしてない時なんて 寝てるときだけ。 寝ていてもすぐに起きちゃう、不眠症。 私っていつ休んできたのかな。 休みの日にどこかへ出かけても、…

  • HSP(ハイリー・センシティブ・パーソン)知ってますか?

    先日、心療内科の先生に 自分の今の気持ちを打ち明けた。 しかしこのとき先生の 「表情」 「うなづき」 「態度」 が納得いかないものだった。 なんとなく冷たく流された感覚があったのである。 自分の気持ちに共感してくれていない。 そんな感覚。 この日は、先生に話を聞いてもらい 気持ちが軽くなるどころか 先生の態度を敏感に感じ取ってしまい 正直嫌な気持ちになって帰った。 長い待ち時間だったのに・・・ 待って待ってやっと呼ばれて話をしたのに 何でこんな思いしなくちゃいけないんだろう。 悲しかった。 それからずっと自分の事を考えていた。 人の表情、態度、細かいことが気になり敏感に受けとってしまう自分。 …

  • 生きづらさ

    今日は朝から曇り空。 相変わらず頭痛があったりなかったり。 痛み止めの薬もなかなか効かず。自然に治るのを待つのみ。 うつ病になりいまだに話せていない人と話をしてみようかと・・ 思い切って行動しようとする気持ちがありながらも どうしてもできない。 特に電話となると勇気がいる。 物心ついたころからかな電話って嫌いだったなー そう思う。 やはり直接会って話す方がまだいいのか。 電話だと顔が見えない分、自分の思いも伝わらない。 電話はやめておこう。 その人たちに会うことができるまで 気持ちがいつか落ち着く日がくるまで ゆっくり ゆっくり今は待つしかない。 職場の人が心配して電話やメールをくれる。 電話…

  • うつ病になり知ったこと。感覚。

    心療内科には週に1度通っている。 先生と会話をする前までは 泣くことはないのに 先生を目の前にして今の気持ちをさらけだすと 溢れるように涙が零れ落ちる。 治ったようで治らない現実。 いつになったら本当の自分を取り戻せるのか 焦る気持ちがありながらも 今回ばかりは長期戦になるだろうと ゆっくりと・・・ 気持ちを落ち着かせるよう自分で自分に言い聞かせた。 いつ行っても患者さんが多い 待ち時間が長い 心療内科。 老若男女かなりの人が受診している。 待ち時間の間 誰の顔も見ることなく 自分のひび割れたガサガサの手を見つめ 爪を眺めてみたり。。。 病院を出入りする 他の患者さんを見ることもなく 時が流れ…

  • 周囲の視線、気になりますよね?

    幼稚園の行事自分にとってはとても力を要するものであった。 生活発表会の準備ではお母さんたちが集まり、 役の衣装の打ち合わせなどをしなくてはならない。 幼稚園に行くと、仲のよくなっているお母さん同士が楽しそうに話をしていて、自分の入れるスペースは全くなかった。 娘の事より、 今は自分の病気のことを考えて自己中心的になり行動していこうと、 正直に今自分はうつ病になっていて 行事ごとに行くのはとても辛く 休ませてもらいたい・・・ 言うべきかどうか何度も思ったが、 自分がうつ病であることを言うことができなかった。 自分の病気の事を言うと、これからどんな風に自分に接してくるだろう。 精神的なことを話すと…

  • うつ病=なった人にしか分からない

    うつ病になってからの自分の精神状態は、 完全にイカれていた。 普通の状態ならば、 自分に対して嫌な態度をとってきたマウンティング女子だけに会いたくないと思うのだろうが、 職場の人みんな、 また身内さえも敵に思えた。 外に出ることすら恐怖心を感じ、 家に引きこもるようになる。 誰からも見られることのないベランダに出ることさえも恐怖心があり、 常に下を向き、 笑顔を完全に失い毎日を過ごした。 無表情か・・・ 号泣するか・・・ を繰り返す毎日。 表現できない辛さだった 自分の中の魂がなくなるような 自分が自分ではないカンカク 看護師として勤務していたころ、うつ病の患者様もいた。 その頃の自分は正常で…

  • 完全に崩れ落ちた日・・自分はうつ病だった

    疲れ果てていた晩、娘をやっとの思いで寝かしつけ・・・ さあ寝ようと思ったときに久しぶりに友人からメールが届く。 遠く離れているため、たまにしか会うことができずメールをするぐらい。 届いた内容を読み布団の中で泣き崩れた・・ 「毎日仕事も大変だと思うけど、そろそろ二人目を考えたほうがいいと思うよ。 どんどん年をとっていくし。 自分も男の子を二人育ててきて本当に大変だったけど、 今思えば子供は二人いてよかったと思うし。 一人は本当に寂しいよ。 特に女の子で独りっ子は、わがままになるよ。 仕事から帰ってきて毎日子供の機嫌が悪いのは、 仕事で疲れ果てた親の姿を見ても子供は楽しくないからだよ。」 そういう…

  • 夜驚症の子供と夜勤、体が悲鳴を上げる・・・

    娘が毎晩毎晩・・・夜中に起きては両足を地面に打ち付けバタ狂い大泣きする。 何かにとりつかれてしまったのではないか。 「幼児 夜泣き」と検索し、たどり着いたのが 『夜驚症』というものであった。 夜驚症:睡眠中、突然おびえたように叫び声や悲鳴、泣き声をあげ、起き上がったりパニックを起こす。そんな状態が続いて生活に支障が及ぶ状態。とある。 今まで聞いたことのないもの。 でも、読むとすーっと引き寄せられるものがあった。 「娘の症状と全く一緒・・・これしかない。」そう思った。 治療法はなく、自然と症状が落ち着くのを待つしかないとのこと。 産まれ持った娘の性格もある。。。待つしかないんだ。 自分の体にムチ…

  • 心が崩壊するとこんな症状が?!

    娘が床についても毎晩2、3時間おきの夜泣きが毎晩続いた。 娘の夜泣きは、生後6か月~5歳になるまで続いた。 それに加え、私は夜勤もこなしていた。 人手不足から、夜勤の数も増えていく。 病棟の患者様はいつ急変状態になってもおかしくない方ばかり。 モニターを装着している患者様も多く、人工呼吸器の患者様もいた。 夜中眠らず徘徊し、廊下に排泄したり、 ベッド上での脱衣行為、尿失禁、便汚染、高熱患者様への薬対応など、常に歩きっぱなし。そのため、夜勤中は仮眠などできない。 本当に激務である。 夜勤の入り、明けで、38時間程起きていた。 家事、育児、患者様の対応、全てに力を注いだ。 看護師の仕事は、実際に働…

  • 癇癪が異常に凄すぎる子供を育てる辛さ・・・

    お互いの両親は遠くに住んでおり、 子供に何かあっても助けてもらうことができず、 全て自分達だけで子育てをしている。 娘は、生後6か月からひどい夜泣きが始まる。どこへ行っても癇癪がひどく、心身共に限界の毎日だった。 たまに会う両親は、乳飲み子の可愛さに 「可愛いときは今だけ、子育てなんてあっという間よ、今が一番大切な時間」 と言われるばかり。 傍にいない両親、たまに会う両親の言葉がいつも自分たち夫婦の心を傷つけていた。お互いの兄弟も、自分達夫婦とは価値観が合わず。 「自分の子育ての時もそうだった、女の子は楽よ、男の子はもっと大変なんだから」 子育ての相談をしても、帰ってくる言葉はこればかり。相談…

  • やっとなれた看護師・・・必死でした。

    今から10年程前 私は看護師を目指し看護学校へ行く。 卒業後、すぐに結婚。 正社員で病棟勤務を開始し、2年後に娘を出産。 娘が1歳になり職場復帰し、夜勤もこなしていた。 自分の身体にムチを打ち、 無理をしつづけ、 頑張り抜いた結果、 10年後の今の私は『うつ病』である。10年前の自分は、 本当に必死で 未来の自分がどうなっているのか楽しみで 輝いていた。どうして今こんなことになったのだろう。なかなか完治しない自分が悔しい毎日・・ 元の自分に戻りたい。 患者様に笑顔でいた、 仕事を頑張っていたときの自分に戻りたい。 孤独と耐えながら、自分はいつ治るのだろうかと日々問い続けている。10年前の自分が…

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