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九月の夜想曲 ~ブルームーン<九十九の涙に彩られた刻の雫>~ https://blog.goo.ne.jp/tears99-september-rain

行間に綴られた言葉を、共に知る方へのメッセージ。 ブルームーンに映るあの記憶を。 そして、これからの道のりを。

ポエムブログ / 心の詩

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九月のZ
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2019/12/25

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  • 『節目』

    ☆☆☆<始まりは、あの夜>『九月の夜想曲』の開演は2010年7月7日。同年6月6日にご案内を掲載し、開演までにいくつかのメロディを奏でました。多くの方に訪れていただくことを必要としない扉ですので、当初はひっそりと在りました。途中で道端に期間限定の看板を掲げ、必要な方はお入りいただけるようにさせていただいたこともありました。あれから十三年近く、途切れ途切れに続けてまいりました『九月の夜想曲』は、最初から幕引きについて考えておりました。それは、訪れてくださる方がいなくなれば・・・というものです。元々、代筆で始めたこの扉、語り部としての使命も持ちつつ、必要な方に少しでもレクイエムが聴こえましたら幸いです。近年、独り、この扉の前で旅人に一杯のお水を差し上げる仕事を続けておりましたが、不在のことが多いこともあり、よ...『節目』

  • 『糸の切れたマリオネット』結

    【結】『道化師の夜想曲』☆☆☆聖なる夜。暖炉の前に置かれた大きな箱。光沢のある緑の包装紙に包まれています。ご馳走を食べながらも、中が気になってしかたがない女の子。最後のケーキを口に押し込むと、一目散に駆け寄ります。包装紙を剥がすのももどかしく、大きな蓋を開けると、中から見つめる大きな瞳。「わあ~、くまさんだ!」クリスマス限定のテディベアが、愛らしい瞳で見つめています。「今夜は、くまさんと一緒におねんねしたら?」「うん、そうする。ありがとう!」☆☆☆いつもと同じ夜。スーパーの紙袋が少し膨らんでいます。いつもより少しだけ贅沢な夕食。食後には1カットのショートケーキが出てきました。「もうお腹いっぱい。」「遠慮しないで、食べていいのよ。」苦いケーキを口に押し込むと、見ないようにしていた紙袋がちゃぶ台に乗ります。「...『糸の切れたマリオネット』結

  • 『糸の切れたマリオネット』転

    【転】ピエロの言葉ピエロに声はありません。マリオネットのときからありません。マリオネットの叫びは潮騒にかき消されてしまいますが、ピエロの声は落ち葉と一緒に濡れた舗道に重なります。舗道に記された音符のようです。誰かがそれに気づきました。頭の中で鍵盤をたたいてみると、懐かしい子守唄が聴こえてきました。途中で風が音符を連れ去ってしまいました。あのメロディは、風に乗って消え去りました。最後まで奏でることの出来ないメロディ。ピエロは、失敗を演じるのが仕事です。最後まで奏でることが出来るからこそ、それだけが出来ないのです。音符に気づいた人が振り返ると、木陰に隠れたピエロを見つけました。近づき、木陰をのぞいてみると・・・そこには、糸の切れたマリオネットがありました。抱き上げようと手を伸ばすと、手のひらを舐める老犬がいま...『糸の切れたマリオネット』転

  • 『糸の切れたマリオネット』承

    【承】哀しい刻糸の切れたマリオネット。マリオネットには、帰る家がありません。だから、帰る家を探して歩き続けます。永遠に彷徨うのは、帰る家が無いからです。マリオネットには、言葉がありません。言葉を伝える人がいないからです。だから、いつも言葉を抱いています。そして、その言葉を伝える人を探し、独りで歩き続けます。無人の舞台を歩き続けます。マリオネットには、声がありません。どれほど叫んでも、気づく人がいないからです。それでもマリオネットは叫び続けます。誰かに届けたくて叫び続けます。マリオネットには、その叫びが聴こえません。声を失っていたからです。失っていたことさえ気づかず、叫び続けていました。マリオネットは、糸が切れていることにも気づかず、朽ち果て、燃え尽きていることにも気づかず、叫び続けています。声を失ったマリ...『糸の切れたマリオネット』承

  • 『糸の切れたマリオネット』起

    【起】マリオネットの涙舞台の上で、マリオネットが元気に踊ります。いつもと変わらぬ光景。客席はありません。誰もいない古い劇場で、マリオネットが踊り続けます。舞台の上のマリオネットは、いつまでも踊り続けます。無人の劇場に誰かの声が聴こえてきます。「誰もいないのに、なぜ踊り続けるの?」マリオネットが答えます。「あなたの声が聴こえるから。」ある日、舞台のマリオネットが突然倒れます。必死に顔を上げるマリオネット。笑顔が小刻みに震えています。背中の糸が一本切れました。マリオネットは立ち上がり、踊り続けます。来る日も来る日も、踊り続けます。そして一本、また一本と、糸が切れていきます。無人の劇場に誰かの声が聴こえてきます。「もう十分でしょう。踊るのをやめましょう。」マリオネットが答えます。「踊りをやめたら、あなたの声が聴...『糸の切れたマリオネット』起

  • 『つづり紐』

    前略初めて描いた絵は、古びた運動靴のデッサンでした。初めて絵具を手にしたとき、木陰が真っ黒になりました。鉛筆一本が、世界の全てだったようです。鉛筆一本あれば、描きたいものが描け、伝えたい言葉を記すことができます。拙い文字で綴られた便箋を、そっと机の中にしまいます。季節の移ろいは、机の中を便箋でいっぱいにします。一度も投函されることなく、机の中で眠ったままの言葉たち。秋の木洩れ日の中、古びた机は木材に還ります。行き場を失った言葉たち。散り散りになって、舞い散る木の葉になりそうです。枯れゆく庭の木が囁きます。やせ細った枝の皮から、一本のつづり紐ができました。風に飛ばされそうな便箋たちは、つづり紐で一冊の本になりました。鉛筆一本で描ける世界は、一本のつづり紐で本になります。誰にも読まれることなく、古本屋の片隅に...『つづり紐』

  • 『手をのばせばそこに』第三夜

    同じ話を繰り返す人がいます。人は、何十回と聞かされるうちに、途中で遮り、結末を知っていることを伝えます。それが良くないことは、誰でも知っています。それでもそうしてしまうのには、理由があります。その理由は、本人にしかわからないものです。傍から「耳を傾けるべき」など、当たり前の助言をすることは無意味です。わかっているのですから。哀しいのは、話を遮られること。哀しいのは、話を遮ること。哀しいのは、そんな刻。☆☆☆同じ話ではないのです。結末は同じでも、その話の筋道は、大切なところへと導いています。その尊いところへ一緒に行けないことが、哀しいのです。もう一度聴きたいと願うとき、その道の先は、行き止まりになります。道は、歩くためにあるのではなく、立ち尽くすためにあるものと知ります。どれほど険しい道のりも、歩けるだけ幸...『手をのばせばそこに』第三夜

  • 『手をのばせばそこに』第二夜

    手をのばせばそこにあるもの。手をのばせばふれることができるもの。手をのばせば幸せに包まれるもの。わかっていてもためらう理由が、世の中にはたくさんあります。高く積まれた積木のように、そのひとつを手に取ると、崩れ落ちるのが人の世です。そのワンピースが、どれほどかけがえのないものだとしても、それでも手をのばせないことがあるものです。後悔することがわかっていても、間違いだとわかっていても、それが意味の無いことだとわかっていても・・・崩れ落ちるのが自分のものであるのなら、ためらうことはないでしょう。失うのが自分の利益や楽しみなら、迷うことはないでしょう。でも、高く積み重なった積木は、自分事ではないことが多いのです。そして、それが崩れ落ちるのを、その大切なワンピースは望んではいないのです。手をのばせば、かけがえのない...『手をのばせばそこに』第二夜

  • 『手をのばせばそこに』第一夜

    紅梅を前に螺旋を描くのは、梅ソフトクリーム。梅の花を愛でて、梅味のソフトクリームを眼の前にすれば、どんなワンコも目が釘付けになりますね。人だって、きっとそう。これひとつで、どれほどの幸せを紡ぐことができるのか・・・「食べたいな」どこからともなく聴こえてくるような気がいたします。いいですよ。好きなだけお食べなさい。美味しいかい?ほっぺについたクリーム。こぼれる笑み。百円玉をいくつか手に取り、笑顔と交換。これひとつで、どれほどの笑みが見られるのか・・・梅味ですよ。以前よりも大人しくなった印象ではありますが・・・梅味のソフトクリームは、想い出のメリーゴーラウンド。どんなに回っても、どこへも行けないのです。それでもよいのです。誰かが楽しいなら。「食べたいな」どこからともなく聴こえてくる声。思いきり手をのばしたら、...『手をのばせばそこに』第一夜

  • 『頬を染めて』

    雪の降った翌朝、頬を桃色に染めてこぼれる笑顔。伝えたい気持ちを口に出せず、うっすらと色づく頬を隠すように、うつむきながら他愛もない言葉を交わす少女。人工甘味料とITという言葉に埋め尽くされ、必要を感じる暇もないほどに溢れる物質、情報に流され、他人の命さえも「数」で表現される時代。人には体温があり、心の温度は頬に表れる・・・そんなことが、遠くの景色に霞んで見える日々。LINEでは、体温は伝わらず、CGでは頬の色は表現できても、心は伝えられず。梅は一年の間、ずっとそこにいて、春のほんのひととき、頬を桃色に染めます。そして、人知れず花びらを閉じ、大切な命を育み、再び長い刻をひとり静かに受け止めます。梅の花が色づくことを、ありがとうの気持ちで応えられたら、人は余計な事を考えずに済むのかもしれません。「戦略」という、もっ...『頬を染めて』

  • 『頼みたいことがあるんだ』

    きみに頼みたいことがあるんだ。きみにしかできないことなんだ。しばらく守っていてほしいんだ。大切な大切な・・・ぼくが守れなかった約束少しの間、待ってほしいんだ。ぼくが果たせなかった夢少しだけ、預かってほしいんだ。ぼくが行くまで少しの間少しだけ。きみにしか頼めないんだ。ずっと一緒にいたきみにしか。またみんなで一緒にいよう。それまで守っていてほしいんだ。きみにしか頼めないんだ。WrittenbyZ『頼みたいことがあるんだ』

  • 『あなたの重荷にならないように』

    きみは、何も求めなかったね。美味しい料理も、楽しい旅行も、綺麗な服も、豪華な暮らしも、何も・・・まるで、『あなたの重荷にならないように』心の中にずっと、その言葉をしまいこんでいたように。お天道様が微笑むときは「明るくてうれしいな。ちょっと暑いけど」どしゃ降りの日には「こんな日でも来てくれてありがとう」大地が揺れた日には「『そばにいてくれてありがとう』不安だったんだ・・・」すがるような眼でそう言っていたね。『あなたの重荷にならないように』きみが最期まで、心の中にしまいこんだその言葉受け取るには重た過ぎる。一番重い荷物は、重荷にならないようにと、しまい込んだ想い。受けとめることさえできないほど。だから背負っていきましょうきみと一緒に。『いつも、そばにいてくれてありがとう』WrittenbyZ『あなたの重荷にならないように』

  • 『そばにいてくれてありがとう』

    『そばにいてくれてありがとう』きみは、そう言っていたね。いつの日もいつの日もお天道様が満面の笑みをたたえていた日。きみの黒い毛はとても暑そうだったけれど元気にそう言っていたね。どしゃ降りの日には打ちつける雨粒に眼を開けるのも大変だったろうに外に出てきて、そう言っていたね。大地が揺れた日には臆病なきみは固まったまますがるような眼でそう言っていたね。とても大切なときにそばにいられなかったことを恨むことなくそう伝えてくれたね。衣食住・・・満ち足りたものなど何もなく旅することもなく得られることもなく、失うことばかりの生涯に一度も誰かを責めることなくいつもこう言っていたね。『そばにいてくれてありがとう』それだけでよかったのだろうか?それすらできなかったのに。それでもよかったのだろうか?その笑顔がどれほどやさしさに満ちてい...『そばにいてくれてありがとう』

  • 『静かなメリークリスマス』

    世界中が同じ音楽に溢れ、どの街もイルミネーションや煌びやかな装飾品に埋もれ、行き交う人々が一様に駆り立てられる日。誰もが特別に過ごす日。随分と前から盛り上がりを見せる大きなイベント。特別な日に向けた、特別な時期。高鳴る鼓動と入念な準備。遂に訪れる特別な日。家路を急ぐ足。高級なレストランに向かう足。ご馳走と色鮮やかな景色に包まれ、夜は更けてゆく。そして、時計の針がほんの少し境目を横切っただけで、全てが消えうせる現実。居場所を失い、捨てられるケーキたち。ほんの少し前まで、スポットライトに照らされ、輝きを放っていたもみの木。役目を終え、どこに向かうかを知らされることなく、姿を消していく。☆☆☆いつもと同じように始まり、いつもと同じように幕を閉じる日。大きな舞台の裏で、慎ましく過ごす日々。静かに過ごす舞台裏の日々。訪れ...『静かなメリークリスマス』

  • 『人魚の刻』

    古来より、伝承されている人魚なる生きもの。人なのか?魚なのか?陸で人類と暮らすには違和感があり、海で魚たちと暮らすには心寂しく。何とも不自由な印象です。人類は、『似て非なるもの』を忌み嫌う性質があります。人として言葉を発すれば、『似ているもの』。しかし、陸に生息する人類の知らない“海”を知っていれば、『非なるもの』。先の条件が揃ってしまいます。「では、海で暮らせばよいだろう。」ところが、人魚は歌姫でもありますので、その音色を届けるには風が必要です。だから、三日月の夜、海辺にて歌を奏でるのでしょう。ヴァイオリンの弦を震わせるように・・・トランペットに命を吹き込むように・・・ピアノの鍵盤を紡ぐように・・・「結局、人魚は人なのか?魚なのか?」無粋な問いは必要ありません。人魚は、人魚以外のなにものでもありません。あるが...『人魚の刻』

  • 『音符』

    前略初めて目にした景色は、笑顔でした。そして、最期に見えた景色も、笑顔でした。不思議なものです。笑顔のない道のりだったのに。いつも口ずさむ唄が聞こえなくなると、聴こえてくるメロディのように。砂利を踏みしめる音が聞こえなくなると、聴こえてくるあの夕立のように。ここにも、音はありません。絞り出す声がもう尽きているのです。ここにも、香りはありません。懐かしさは、古びた写真と一緒に燃え尽きているのです。ただ、回転木馬は、廻り続けます。どこにも行けないのではなく、いつまでもここで紡いでいます。幸せな季節はなくとも痛みを止める薬はなくとも小さな手で握りしめた、ささやかな想いだけが、この刻に留まっているのです。ほんのわずかな刻。永遠の刻。こちらは桜舞う季節です。声を失っても、笑顔こぼれる季節です。真っ白な便箋に音符をしたため...『音符』

  • 『手紙』

    前略そちらは桜舞う季節でしょうか。それとも、銀杏の葉が舞い降りる季節でしょうか。こちらは、雲の絨毯に銀色の陽の光が差し込んでいます。ご心配なく。日に焼けて皮膚がただれることもなく、寒さに手足がかじかむこともありません。間もなく群青の掛布団に包まって、金平糖のような星たちに見守られ、永い眠りにつく刻が訪れます。ここには、音も香りもありません。ただ、ときおり雲の絨毯に映し出される短編映画や、辿り着かないドームの天井に広がる真実のプラネタリウムが、前後の無い刻を流れていきます。そちらは蛍が彩る季節でしょうか。それとも、すすきがさらさらと揺れる季節でしょうか。こちらは、湿った雲の絨毯に銀色の星の雨が降り注いでいます。ご心配なく。雨に濡れたまま眠りについて、風邪をひくこともなく、雨に濡れたまま立ち尽くすこともありません。...『手紙』

  • 『命の瞳』

    ☆☆☆<始まりは冬の夜>冬のある日、車を下りると、眼の前に大きなゴールデンレトリーバー。「んっ?どうした?」つぶらな瞳は一瞬たじろぐ素振りで、でも興味津々で傍にいます。頭を撫で、お腹をすかせているのかな?と思い、コンビニの袋を覗くと、中にあるのはアイスクリームだけ・・・せっかくなので、ふたを開け、雪の上に置いてあげました。その子はペロペロと舐めていましたが、真冬の夜の屋外のアイスクリーム・・・お腹をこわさなければよいが・・・思えば、仕事柄、人間に嫌われることは多いですが、人間以外とは相性が良いようです。いつも動物はフレンドリーに近づいてきてくれます。一説によると、同類と思われているらしいです。☆☆☆<ひとりぼっちの子猫>あれは、夏の夜。とある場所にて車を下りると、足元に体をすりつける子猫。生後、ひと月くらいでし...『命の瞳』

  • 『マリオネットの刻』

    マリオネットが届けたかったもの・・・それはマリオネットが届けられないものでした。小さなその手では届けられない、それはそれは大きなものでした。マリオネットが届けたかったもの・・・それはマリオネットが見つけられないものでした。哀しみに満ちたその瞳では見つけられない、それはそれは眩いものでした。マリオネットが届けたかったもの・・・それはマリオネットが伝えられないものでした。深すぎるその想いでは伝えられない、それはそれは限りない大切なものでした。☆☆☆糸の切れたマリオネット。笑顔が描かれたその人形の瞳は、その笑顔を探していました。今も変わることなく流れる季節があります。今も途切れることなく流れるメロディがあります。そして、今も笑顔を探し続ける瞳があります。きっと辿り着くと信じて歩き続けています。☆☆☆マリオネットは知っ...『マリオネットの刻』

  • 『マリオネットの瞳』

    マリオネットに声はありません。どれほど叫んでも、その波は潮騒にかき消されてしまいます。それでもマリオネットは叫び続けます。誰のため?それは、大切な、大切な、本当に大切な人のため。笑われたっていいのです。ばかにされたって気にしないのです。その声を届けたいのは、マリオネット自身のためではありません。心配で心配で、居ても立っても居られないのです。糸が切れていることにも気づかず朽ち果て、燃え尽きていることにも気づかず叫び続けています。それは、とても静かな調べ。潮騒に耳を澄ますと聴こえてくる、それはそれは静かなメロディ。声無き声が聴こえるとき。声亡き声が聴こえる時。声泣き声が聴こえる刻。☆☆☆糸の切れたマリオネット。どこにも行けなかった人形は、帰る場所を知っていました。どこにも無いその場所を知っていました。笑顔が描かれた...『マリオネットの瞳』

  • 『永遠の刻』⑨ ~ 最終夜 ~

    【第九夜】『今日』という日は、特別です。『明日』は、もう通り過ぎています。『昨日』は、これからやって来ます。それを変えることは出来ません。しかし、『今日』だけは自由です。『今日』は、『明日』の奴隷ではなく、『昨日』の囚人でもなく、自由なのです。あなたの『今日』と、隣人の『今日』は、同じではありません。川の流れを眺めるように、時間の流れに身を委ねれば、行き着く処は同じでしょう。でも、川から出て、自らの脚で歩けば、源流を知ることも可能です。「それが、何の役に立つ?」「さて、役に立つかどうかは旅の目的ではないので、わかりません。」「では、何のために歩くのか?」「それを知るためです。」真紅に染まる小川に出逢えたら、丘に上がり、小さな白い花を摘んでいきましょう。~真っ白なかすみ草に、真紅のワインを携えて~九月のZ『永遠の刻』⑨~最終夜~

  • 『永遠の刻』⑧

    【第八夜】人知れず緑に包まれた丘の上には、小さな白い花が咲いています。『命の水』は、赤茶色の土に緑の絨毯を敷いていきます。丘の下を流れる小川は、赤みがかっています。麓の住民は、気味悪がって近づきません。地質学者が、「鉄分を含んだ土壌を流れるうちに、赤く染まったのだ」と説明しました。醸造家が、「山裾の葡萄樹から熟した葡萄が落ちて、色づいたのだ」と話しました。女の子が、おばあちゃんにもらった花柄の水筒に、小川の水を汲んで帰りました。「おばあちゃん、このお水、甘いんだよ。」「どれどれ、きれいな紅い水だね。」口に含んだおばあちゃんは、笑顔になりました。「本当だね。甘くて、体がポカポカするよ。」翌朝、おばあちゃんは、いつも痛む背中が楽になっていることに気づきました。痛み止めも効かないほどの痛みが、まるで真綿に包まれたよう...『永遠の刻』⑧

  • 『永遠の刻』⑦

    【第七夜】『命の水』は、赤茶色の土の中で永い眠りについていた、小さな種を目覚めさせました。やがて、控え目に咲く小さな花。その丘を訪れる人たちにしか見えない、『絶望』という名の小さな花。小さな子どもは気づく、小さな花。迷い犬には感じる、微かな香り。その丘は、街の喧騒から離れ、のどかに佇んでいます。ある日、小さな女の子が、病に伏したおばあちゃんのために、小さな花を摘んでいきました。ガラスのコップに入った白い花。その花は、一週間経っても咲き続けました。不思議なことに、おばあちゃんの病は少しずつ快方に向かいました。ひとりで歩けるようになった頃、女の子と連れ立って散歩に出かけるおばあちゃんを見送るように、白い花は萎れていきました。種を残すことなく、役目を終えた花は、静かに閉じていきました。九月のZ『永遠の刻』⑦

  • 『永遠の刻』⑥

    【第六夜】☆☆☆人は、失望すると、うなだれます。花が萎れるかのように。人は、絶望すると、うなだれません。もう、萎れる花すらないからです。『失望』には、回復や挽回という道が残されています。しかし、『絶望』には道がありません。辿り着くところが無いからです。ですが、『絶望』という名の花が咲くことがあります。絶えて咲く花は、新たな道の始まりとなることでしょう。耐えて咲く花の美しさ。絶えて咲く花の哀しさ。九月のZ『永遠の刻』⑥

  • 『永遠の刻』⑤

    小さな花が咲く頃。☆☆☆【第五夜】旅人の手の中にある『命の水』は、行き場を失いました。町では、こうしたことを指して、「徒労に終わった」と言います。旅人は、自らの脚で歩まなければ得られないものがあることを知りました。その一方で、得られることと報われることは、同じではないことも知りました。そして、それだけでもないことを、知ることになります。★★★旅人は、行き場を失った『命の水』を、亡き人が眠る丘の上に撒きました。最初に小さな花が咲き、やがて、赤茶色の土で覆われた丘は、新緑に包まれました。虫たちが集まり、鳥がさえずり、無機質に見えた山肌に、生命の息吹が感じられるようになりました。丘の上に眠る命もまた、それを愉しんでいるかのようです。★★★形あるものは、壊れるのが自然。命あるものは、尽きるのが自然。得たものは、失うのが...『永遠の刻』⑤

  • 『永遠の刻』④

    「アリとキリギリス」の話を別の角度から見ると、別の姿が浮かび上がることでしょう。人は、自ら歩くことなく、『運』という名の列車に乗りたがる生きものなのかもしれません。☆☆☆【第四夜】商人が村の酒場通いを始めて1年近く経った頃、不思議に思うことがありました。「この村の住人は、老若男女を問わず、何故、皆、元気なのだろう?」そこで、何か秘密の薬でもあるのではないかと探索しました。しかし、村中探してもそれらしいものは見つかりません。疲れて渇きを覚えた商人は、村はずれの共同の井戸から水を汲んで、喉を潤しました。「ああ、これは美味い。体が生き返るようだ。」そして、商人は、考え込みました。その夜、いつものように村の酒場に行き、顔見知りになった村人に、大層気前よく酒をご馳走しました。もう、商売の運転資金も尽きかけているところです...『永遠の刻』④

  • 『永遠の刻』③

    世の中には、様々な出来事があり、物語が紡がれます。人々は、喜劇に笑い、悲劇に涙することでしょう。見方を変えますと、笑いが起こるのが喜劇、涙が流れるのが悲劇なのかもしれません。多くの人は、努力が報われると運命に感謝し、理不尽な現実に直面すると、運命を呪う・・・運命とは・・・真実とは・・・運命は、『神』という文字に置き換えられることもあります。では、真実は?☆☆☆【第三夜】旅人は、『命の水』を持ち帰りました。急いで、病に伏した人の元へと戻りました。砂と垢にまみれ、ボロを纏った旅人の前には、純白の布を被せられた人がいました。立ち尽くす旅人に、医師が言いました。「昨日、お亡くなりになりました。」。やがて来る『昨日』と、間に合わなかった『昨日』。1年間、休まず懸命に歩き続けた日々。そのわずか1日でも、もっと歩くことが出来...『永遠の刻』③

  • 『永遠の刻』②

    『昨日』はもう過ぎ去った・・・これもまた、人類が思い込み、刷り込まれてきた考えなのかもしれません。☆☆☆【第二夜】旅人は『昨日』も歩き続けました。容赦なく照りつける日差し。乾き切った肉体。砂にまみれ、汗は粒状の塩を体表に残すのみ。疲労を考える体力すらなく、力尽きるように眠りについた『昨日』。『命の水』を目指した旅人の『昨日』は、やがて訪れます。もう、眼の前まで来ています。村に留まり、寄合所と酒場を往復する日々を過ごした商人の『昨日』は、通り過ぎました。商人の『昨日』は、快楽を満たすためのものだったため、それはすでに実現しました。期待や願望だけの『昨日』が、商人を『命の水』へと導くことは、ありません。九月のZ『永遠の刻』②

  • 『永遠の刻』①

    太陽という小さな星から見ても、この星の自転は、些細なことにすらならないでしょう。『明日』や『昨日』という日は、一本の糸の右か左かに依るだけのことかもしれません。どちらが右か左か、その糸の上からは、確かめる術もありません。人類に『明日』や『昨日』という言葉があるのは、不確かな意識の流れに過ぎず、それは、ある種、蟻の行進に似ています。そこから一歩離れると、世界は無限に広がります。『明日』はまだ到来していない・・・これは、人類が思い込み、刷り込まれてきた考えなのかもしれません。加齢という一本の糸から離れ、“生きる目的”から『明日』を見てみましょう。☆☆☆【第一夜】砂漠の端にある、小さな村。ここを訪れたのは、一人の商人と、ひとりの旅人。目指す場所は同じ。病に伏した人を救うことができるという『命の水』に満ちた泉。村長が言...『永遠の刻』①

  • 『そして、真実は』

    どれほど目を凝らして見ても、決して見えないもの。それは、見ている自分。鏡を見れば映っている?それは、他人に見られたい自分かもしれません。そもそも、利き手が逆の世界。左利きの方は、この国で不自由なく生きられたかもしれない自分を見ることでしょう。その自分は、存在しないとしても。右利きの方は、鏡に映った自分の姿が気になるでしょう。何が見えるとしても、見えるものは、自分の知っていること。それは、事実の一面ではあっても、真実とは異なる世界。真実は、そこに在って見えないもの。それを知るには、万里の道無き道を、自らの脚で歩く以外にはなく、しかしながら、歩いた先に在るものでもなく、歩き続けた果てに、“歩かない”ことで見える刻ではないかと思うのです。まるで、禅問答のような表現ですが、真実は矛盾の向こう側に佇んでいるのかもしれませ...『そして、真実は』

  • 『真実の在るところ』其の三

    真実は明かりですが、それは眩いほどに光り輝くものではなさそうです。真実の在るところを考えると、それは当然のことです。人間にも走光性があるようですので、十分な光があると、それを超えた過度な光を求める習性があるのも、仕方のないことかもしれません。「足るを知る」「分をわきまえる」・・・肝に命じたいところです。ところで、深海以外にも、真実の在処を示すものがありました。ベートーベンのピアノソナタに、表れていますね。暗闇だと何も見えないのですが、目が慣れてくると、見えるようになります。むしろ、明るすぎる方が、何も見えないのかもしれません。「過ぎたるは猶及ばざるが如し」でしょうか。物事には道理というものがございます。おそらく、そういうことなのでしょう。★★★光は中毒性があり、より強いものを求めてしまいます。光は自分の外にある...『真実の在るところ』其の三

  • 『真実の在るところ』其の二

    どの分野でも、客観か主観かは別としまして、“トップ”に君臨すると、その分野の全体像を見渡すことができます。ただし、そのことで、見えていないことに気づかないという、皮肉な結果も生まれることがあります。同じ頂に立ったとしても、麓から自らの脚で歩いたのか、ヘリコプターから降りたのか、山頂近くで生まれ育ったのか、そこに至る過程で、見える景色は別次元のものとなりましょう。意欲のある人は、高い山を目指す傾向にあります。自らの脚で歩むのであれば、それは尊いことです。しかし、残念なことに、山の頂には、称賛はあっても真実は在りません。真実を見つけるには、山を下り、深く、光の届かない深海へと身を投じる必要がありそうです。仲間と一緒に登山は出来ても、海はひとりでしか行けません。声をかけ合い、励まし合って登山は出来ても、海には声も音も...『真実の在るところ』其の二

  • 『真実の在るところ』其の一

    暫らく眠りについていましたら、路傍の石となり、静かな刻だけが漂っているかのようです。ランキングサイトからも離れ、ある意味、本来の『九月の夜想曲』になった感があります。それでも訪れてくださる方がいらっしゃることに、感謝と不思議な感覚を覚えます。偶然、この記事に辿り着いた方は、対となる表側の『ウイスキーの刻』もご覧いただくと有難いです。表を知ることで奥を知ることもあろうかと思います。☆☆☆真実は、創り上げるものではないようです。どれほど高価な宝石で飾り立ててもどれほど希少な鉱石を散りばめてもどれほど強固な素材で覆ってもいずれも真実から遠ざかるだけです。真実は、削ぎ落すことで現れるのかもしれません。最初から、そこに在るが故に。何だか簡単に手に入りそうですね。なのに、真実を知る人はごくわずかです。①「私は不屈の精神で正...『真実の在るところ』其の一

  • 『思い留まる・扉の前』

    いつも『九月の夜想曲』にお越しいただき、有難うございます。2020年6月12日に告知させていただきました通り、第三章は、『九月の夜想曲』のみの掲載で、『ウイスキーの刻』には掲載しておりません。その理由を、『ウイスキーの刻』がアカデミックな内容を主としているため、第三章は馴染まないためとお伝えしておりました。第三章が、人によっては、目を背けたい内容も含まれていることを考慮したものです。そして、『九月の夜想曲』に掲載を続けるうち、ここでも、ここまでに留めた方がよいとの考えに至りました。物語に完結は無いものですが、第三章は、これにて閉幕とさせていただきます。扉には、ときにその前で立ち止まり、開くことを思い留まることも必要かと思います。☆☆☆少し、戯言におつき合いいただけますと幸いです。人は、自分の見えるものを真実と思...『思い留まる・扉の前』

  • 『刻の螺旋階段』 第十九夜

    日常の中で不思議なことが起きているのか、それとも不思議な世界に日常があるのか、それはまるで、コインの表裏のよう。そんな折、懐かしくも賑やかな楽団がご来店。「まあ、ようこそお越しくださいました。」「いやあ、俺たちみたいな田舎もんが来ていいんだろうかね?こんなハイカラなお店に。」「敏さん、それはもう、死語ですよ。」「えっ?今はもう“田舎もん”って言わないのかい?」「いえ、八さん、そっちじゃなく・・・」やっぱり私はあのツアーに参加していたと、確信させてくれたのは、北千住の居酒屋三人衆の方々だった。御三方は、BAR『ブルーツリー』中央にある、アーチ型のカウンターに腰を下ろした。「いろんな酒があるね。」最年長の敏さんが、しみじみと仰る。「せっかくだから、彼女にカクテルをつくってもらいましょうよ。」「えっ?」森下さんのこの...『刻の螺旋階段』第十九夜

  • 『刻の螺旋階段』 第十八夜

    マスターからいただいた、一枚のチケット。それは、蒸溜所という“つくりの場”への招待状のようだった。でも、この街に戻ってからの不可解な出来事は、あの旅が本当にあったのかどうか、確信を失わせる。ただ、BARで仕事をしていると、常識では推し量れないことが多く、そもそも、“常識”とは何かを考えさせられる。BAR『ブルーツリー』には、常識の範囲で、物事に精通した人が多く訪れる。様々なお酒を嗜んでこられた方々や、独特な世界を極めつつあるような、そう、個性的なお客さまが多い。個性が当たり前で、もはや、“個性的”という言葉も不要かもしれない。そして、そうした個性が集うことで、BARを埋め尽くす空気は、独特なものになる。マスターも私も、そこに何一つ影響してはいけない・・・自然と、そう感じる。一方、『名も無きBAR』は、“個性”と...『刻の螺旋階段』第十八夜

  • 『刻の螺旋階段』 第十七夜

    モグラとペンギンの迷コンビは、いつも楽しませてくれる。ふたりのドタバタ劇は、シナリオが無いだけに、ナチュラル。でも、あのふたりは、一体どういう関係なのか?バーテンダーは、お客さまの関係を詮索しない。もちろん、それはわかっている。ただ、あれだけのインパクトを毎回残していくふたりは、やはり気になるのも人情。マスターに尋ねたら、きっと叱られる・・・でも、気になる。それは、興味本位とは少し異なる心の機微のようなもの・・・☆☆☆開店準備は整った。お客さまは、まだ誰も来ない。先日のどしゃ降りを思い出すような雷雨。それだけに、BARの静けさが際立つ。それとなく、聞き出せたらラッキーかな?「マスター、先日のウイスキーソニックですが、あれは、いずれも『バランタイン』のキーモルトですよね?帰ってから調べてみました。」「ええ、そうで...『刻の螺旋階段』第十七夜

  • 『刻の螺旋階段』 第十六夜

    数日後、『名も無きBAR』に、モグラとペンギンの迷コンビが登場。「いらっしゃいませ。あら、今日は・・・」「いらっしゃいませ。雨にあたりませんでしたか?」助かった。マスターは、他人の言葉にかぶせて話すことはしない。でも、私の「今日は」の次の言葉を察して助けてくれた。モグラが不思議そうな顔で答える。「はい。雲一つない晴天でしたよ。そうか、ここには窓が無いからわからないですよね。」そして、私の方を見て、「今日・・・何か」と言いかけたところで、スーパーマンにコスチュームチェンジする前のクラーク・ケント風の男性が飛び込んできた。「ああ、助かった。急にどしゃ降りで、この時期は天気予報も当てになりませんね。」振り返る迷コンビ。モグラが新しい客人に話しかける。「ほんの少し前までは、晴天だったんですよ。不思議ですね。」人のよさそ...『刻の螺旋階段』第十六夜

  • 『刻の螺旋階段』 第十五夜

    マスターのお気に入りのアニメは、『マンガ日本昔話』。あれに出てくるコトコトと煮た大根が、BAR『ブルーツリー』の隠れお通しメニュー。通常は、ビジソワーズをお出しするのだけれど、ご年配の方々には、小鉢でこの大根をお出しすると、とても好評。しみじみと味わう方もいて、大根?の底力を思い知らされる。そのマスターが、今夜、ポツリとつぶやく。「『鶴の恩返し』も、深い話だね。」キョトンとする私。でも、次第にその意味がわかってきた。以前、一生懸命勉強して、たくさんの知識を得ることが、この仕事に役立つと信じていたころ、マスターから意外な言葉を聞いたことがある。「世の中には、知っておいた方がよいこと、知らなくてもよいこと、そして、知らない方がよいことがあるのだよ。」これは別に、勉強が無駄だと言っていたとは思えない。むしろ、そんなこ...『刻の螺旋階段』第十五夜

  • 『刻の螺旋階段』 第十四

    深夜のアパートの鏡の中。そこには、クマを1頭ずつ飼っている二つの目と、右手に持った歯ブラシ。見慣れた光景。「肌のケアは怠らないようにしているけれど、それでも寝不足は新陳代謝に影響が出るのよね・・・」・・・それどころではない。あのとき、手鏡に映ったマスターの後ろ姿。静かに流れるような旋回は、いつもながらお見事な所作。そして、マスターは、私と同じサウスポー。だから、違和感を感じなかったのかもしれない。でも、鏡の中のマスター(の後ろ姿)は、左手でステアをしていた・・・間違いない。そして、手鏡をしまい、振り返ったときのマスター(の後ろ姿)も左手でステアを続けていた・・・「あり得ない・・・」蒸し暑い夜に、背筋をつたう冷気・・・WrittenbyZ『刻の螺旋階段』第十四

  • 『刻の螺旋階段』 第十三夜

    そして迎えた週末。BAR『ブルーツリー』は、様々な国からお客さまが集う。食べログにも、どなたのブログにも登場しないBARにも関わらず、何故か噂を聞きつけた人たちが来る。比較的早い時間帯には、『名も無きBAR』を訪れるお客さまはいらっしゃらないことが多いので、マスターも私も、表の路地裏(おかしな表現)で、お酒を供する。これはチャンス!マスターが三人分のカクテルを手際よくつくっているとき、何気に手鏡を出して、胸元のピンバッジが曲がっていないか、確認するふりをしてみた。鏡に映る私の向こうには・・・カクテルと一緒に映るマスターの後ろ姿。あのステアは、おそらくマティーニをつくっているところ。そうよね。当たり前すぎて、笑える。小説の読み過ぎか、それとも映画の観過ぎ。マスターの所作の終わりを確かめ、ボックス席にカクテルを運ぶ...『刻の螺旋階段』第十三夜

  • 『刻の螺旋階段』 第十二夜

    思いがけず、お客さまの抽象的なオーダーにお応えすることが出来、世界の幕が一枚開けたような感じがする。おかしな表現だけれど、“世界”が変わった“というほど大袈裟でもなく、かといって、”良い経験をした“という程度のことでもない・・・世界には、いったい、どれほどの幕があるのか・・・この数日間は、時間軸とは別に、永く遠く、でも、刹那でもあり、此の地に留まっていたようでもあり、そう、無重力の中にいた・・・そんな感じがする。上下左右の無い場所。前後の無い時間。肉体が固形物ではなく、液体のように感じる。それは、川はあっても、特定が出来ないことに似ている。写真に写る川は存在しない。写真に写る人が存在しないように。写真・・・そういえば、マスターが写っている写真を見たことがない。BARのお客さまが、記念に一緒に撮らせてほしいと仰る...『刻の螺旋階段』第十二夜

  • 『刻の螺旋階段』 第十一夜

    あら、珍しい。ペンギンがひとりでお越しになるのは、もしかしたら初めて?そもそも、モグラといい、ペンギンといい、何故、ここを知ったのかしら?そんな疑問を持ちたくなるような、おふたり。ペンギンが所在無げに座っている。宙をぶらぶらとする足がキュートかと言われれば、そうかもしれない。通常のお店だと、こんなフレーズから始まるのかもしれない。「おや、今日はおひとりですか?」でも、ここはBAR。マスターは、こういう質問はしない。「どんな感じで始めましょうか?」ペンギンが、モジモジしながら話す。「あのね、大人の女性が飲むカッコいいカクテルか、ウイスキーにチャレンジしたいの。」マスターはペンギンといえども馬鹿にしない。あっ、もちろん私も。(しています?)「さようですか。それでしたら、ウイスキーのカクテルをおつくりしましょうか?」...『刻の螺旋階段』第十一夜

  • 『刻の螺旋階段』 第十夜

    「ようこそ。」マスターは、驚きもせず迎え入れてくれる。まるで、近所の奥さんが、作り過ぎの煮物を届けにきたときのように。「マスター、私は、あの扉は一方向にしか開かないものだと思っていました。」「それを、世間では『常識人』と呼ぶようですね。日常生活をおくる上では、その方がよいでしょう。」「確かにそうですね。でも、何故、教えてくださらなかったのですか?」マスターの瞳が、少しだけ嬉しそうに感じる。「なんて、野暮な質問はいたしませんよ。」マスターは、質問ではないことを、最初からわかっている。「『名も無きBAR』からは、この扉を押せば開く。でも、BAR『ブルーツリー』から押しても開かない。」私の解説を、マスターは見守っている。まるで、子供が初めて地下鉄の乗り方を知ったときに、親に得意気に説明するのを聞いているよう。「だった...『刻の螺旋階段』第十夜

  • 『刻の螺旋階段』 第九夜

    『輪廻蓮生』・・・辞書を引いても出てこない。マスターの造語だろうか?もう一度、思い返してみる。マスターの何気ない言葉には、見逃すと見えない真実が含まれていることがある。確か、こう言っていた。“「『輪廻転生』は有名だけれど、『輪廻蓮生』はあまり知られていないようだね。」”つまり、『輪廻転生』が有名だとするなら、『輪廻蓮生』は無名。名が無いのであれば、辞書に出ているわけがない。けれど、“名が無い”ことと、“存在しない”ことは、同じではない。『輪廻蓮生』とは何だろう?『輪廻転生』との違いは?☆☆☆違いは一文字だけ。『転』と『蓮』。漢字は表意文字だけに、一文字にも意味がある。転ずる故に、生まれ変わりを意味する『転生』。『輪廻』は、絶え間なく繰り返すこと。一つの命が、何度も繰り返し生まれ変わる・・・ここから、前世という考...『刻の螺旋階段』第九夜

  • 『刻の螺旋階段』 第八夜

    「『L.』は、カール・フォン・リンネ。の意味だったのですね。何か、『輪廻転生』が思い浮かぶ名前ですね。」「ほう、難しい言葉を知っているね。」マスターに褒められているのか、それとも馬鹿にされているのか、微妙なところはあるけれど、ここは良い方に考えよう。「言葉と、辞書に書いてある意味は知っているのですが、その真実がわかりません。マスターはご存知ですか?」おそらく、世の中に、この言葉の真実を知っている人は、いないのかもしれない。「知っている」と言う人は、いそうだけれど・・・マスターは、どう答えるのだろう?マスターは、変わらぬ調子で答える。「一杯のウイスキーを飲んで、その真実を人に伝えることと同じだね。」マスターが、“知っている”か“知らない”か、といった陳腐な問いの土俵で答を出さないことは予想していた。その答は、一見...『刻の螺旋階段』第八夜

  • 『刻の螺旋階段』 第七夜

    あれから数日が経ち(おそらく)、朝、目覚めると、何となく、その日の日付を確かめるようになった。マスターの言う「日付は重要ですか?」が、いつも脳裏をよぎる。確かに、日付がいつであれ、大切なものは変わらずに大切であり、その他のことは、こだわる必要のないことだ。ただ、日常生活をおくる上で、日付の認識が世の中の人と異なると不便であるのは事実だ。マスターが『名も無きBAR』の開店準備をしている頃、私は、路地裏に面したBAR『ブルーツリー』の掃除を終えていた。開店まで少し時間があるので、ウイスキーの教材を読む。近年、海外から訪れるお客さまたちの多くが、この国のウイスキーをオーダーされる。その一方で、「ここには、現地でもあまり見かけないスコッチやバーボンがある」と、噂を聞きつけて来られる方々もいる。確かに、マスターはどこで買...『刻の螺旋階段』第七夜

  • 『刻の螺旋階段』 第六夜

    アモルシートも「正直村・嘘つき村」も、マスターから聞いた話。そのマスターに、その土俵で探るのは、無理がある。であれば・・・「よくわかりませんが、そのジャガーになれなかった男性のお父さまが、赤羽にいらっしゃることを知りました。偶然、今回のツアーに参加されていたのです。」「それは、相容れない親子だろうね。」「えっ?何故、それをご存知なのですか?」マスターは、店の奥に行き、1枚の絵葉書を持ってきた。「えっ?これって・・・」それは、試合を終え、リングを後にする『雷神』の後ろ姿。肩口から背中にかけ彫られたタトゥー。スポットライトの陰影で、少しくすんだ感じではあるけれど、それは、蒼い翼。羽の1枚1枚が、丁寧に刻まれている。「赤い羽は情熱を表すが、蒼い羽は、哀しみでしかない。」不意に、マスターの背中を見たくなった。でも、うら...『刻の螺旋階段』第六夜

  • 『刻の螺旋階段』 第五夜

    “日付”のある世界では、存在し得ない(かもしれない)【街角の蒸溜所ツアー】。しかし、その記憶は確かに刻まれている。バーテンダーは、マスターに話したいことが沢山あった。けれど・・・目覚めたときは鮮明に憶えていたのに、人に話そうとしたときには、綿菓子が水に溶けるように消えてしまう・・・それと同じように消えてしまうほど、儚いことのようにも感じる。それでも、気になることがあった。赤羽の大将の息子さん。『雷神』をリングネームにしているが、メキシコといえばテキーラ。そして、マスターが愛飲しているテキーラは、『amorcito(アモルシート)』。熟成を経たレポサドは、紅色のボトル。しかし、マスターが好んで飲むのは、熟成が60日未満のblanco。生粋の風味を愉しむには、確かに、こちらがいい。鮮やかなブルーのボトルが印象的。そ...『刻の螺旋階段』第五夜

  • 『刻の螺旋階段』 第四夜

    その日の夜・・・といっても、バーテンダーの中では、どれほど頭の整理をしても、今日は9日。しかし、世の中の目にするもの全てが示すのは、5日。こんなときは、出発点に戻るべし!店に着くと、マスターが開店の準備中。「マスター?」「んっ?」カウンターを磨く手を止め、マスターが振り向く。「お忙しいところ、すみません。変な質問をしてもよろしいですか?」「ええ、どうぞ。」「マスターから蒸溜所ツアーのチケットをいただいたのは、4日、0時をまわっていたので、正確には5日だったと思うのですが。」「そうだったかね。」「頭がおかしくなったと思われるかもしれませんが・・・フライトのチケットは捨ててしまい、宿泊先の領収書には2日から4日となっていましたので、客観的には、マスターからチケットをいただいたのは1日ということになるのですが・・・」...『刻の螺旋階段』第四夜

  • 『刻の螺旋階段』 第三夜

    翌朝、バーテンダーは、ジーンズにサマーニットを着込み、クリーニング店へ向かう。道々、昨夜のことを思い返している。“以前から、あのお二人(モグラとペンギン)は変わった人たちだと思っていたけれど、昨日は、特に、地に足がついていない感じだった。”“もっとも、ペンギンは、いつも足が宙でぶらぶらしているけれど。”“もっと、低めの椅子を用意した方がいいのかしら?”クリーニング店は、アパートから歩いて7~8分。「いらっしゃいませ。」気のいい肝っ玉母さん風のご婦人が、店番をしている。「お願いしていたブラウスを引き取りにきました。」預かり票を差し出すと、肝っ玉母さんは、申し訳なさそうな顔をしている。“どうしたのだろう?”「せっかく来てもらったのに、申し訳ないわ。出来上がりは明後日ですね。」「えっ?何か、トラブルでも?」「いえ、元...『刻の螺旋階段』第三夜

  • 『刻の螺旋階段』 第二夜

    このBARには、様々な方が訪れるけれど、ある意味、異彩を放つお二人が、いらっしゃる。ちょうど、マスターから【街角の蒸溜所ツアー】のチケットをいただいた日・・・正確には、その前日・・・も、お二人でお越しだった。カップルとはほど遠く、友だちというよりも、同じ動物園で飼育されているペンギンとモグラのコンビという感じ。しかも、二人揃って、4日前と同じ衣装。よほどお気に入りの服なのか、それとも、よそ行きの服は、これしか持っていないのか・・・ご本人たちにお聞きするわけにもいかず・・・「いらっしゃいませ。」元気にお声がけをしたところ、お二人とも不思議そうな視線。存在自体が不思議なお二人だけに、不思議×不思議で、摩訶不思議・・・という感じ。相変らずのテキーラ・サンライズに、ジン・トニック。“究極の酒”を探しているとうそぶくモグ...『刻の螺旋階段』第二夜

  • 『刻の螺旋階段』 第一夜

    二泊三日の蒸溜所ツアーは、瞬く間に過ぎていった。羽田に降りると、機体の窓に這う雨の雫が、蒸し暑さを警告しているようだ。不思議な街だった・・・駅前には、雪に覆われたクマ。蒸溜所構内は、サンタクロースが、初夏の香りを連れてくる。今日、再び訪れた蒸溜所は、同じ場所にあったようで、遥か遠くにあるようで・・・記憶が曖昧なのは、『WHISKYCLUB』・・・だと思うけれど・・・で飲んだ『ハイニッカ』のせいだろうか?今はアルコールも抜け、夜からの出勤に、心を整える。京急線からJR、地下鉄に乗り換え、池尻大橋の6畳一間のアパートに帰る。急いでシャワーを浴び、身支度を整える。あまり時間がないので、今日はポニーテールでまとめると、神田に向かう。BAR『ブルーツリー』の賑わいが、路地にも伝わってくる。そこを素通りし、つきあたりの石段...『刻の螺旋階段』第一夜

  • 第三の物語

    【街角の蒸溜所ツアー】第一楽章『小雨降る空港に降り立って』、第二楽章『それぞれの街角』を奏でました。もしも、途中で読み返すことなく、一本道を歩き続けた方は、九番目の方か、もしくは99.9%の無関心層と、ご推察申しあげます。距離や時間軸で考えますと、始まりがあり、終わりへと向かいます。迷路も、入口から入り、出口を探します。それらは、いずれも一本道を前提にしているからです。では、その前提が無ければ、いかがでしょう?【街角の蒸溜所ツアー】は、一本道ではありません。それゆえ、一本道を歩いたのでは、気づかないことがございます。2020年5月12日掲載の『Prologue』を思い出していただけますと幸いです。☆☆☆あの桜の木の前を通り過ぎた人は、九人。そして、世界には、この九人しか存在していません。思い込み?「十人十色」と...第三の物語

  • 『それぞれの街角』 Epilogue

    ☆☆☆☆☆☆☆☆☆Epilogue・・・それは、第十九夜・・・☆☆☆☆☆☆☆☆☆世界各地を巡り、究極の酒を探し続けている人たちが、道に迷うと、不思議と此処に来る。古いレンガの建物に、アーチ型の扉。「そうそう、大企業がつくる酒じゃなくてさ、職人が丹精込めてつくった蒸溜酒が、最高に味わい深いんだよ。」「いや、スコットランドに行くべきだ。あの歴史に培われたスコッチの味わいは、まさに至高の酒だよ。もし、フェリントッシュのウイスキーが現存していたら、天文学的な金額で取引されるだろうな。」「歴史を語るなら、アイリッシュでしょう?何たって、ブッシュミルズは世界最古の蒸溜所・・・あれっ?違ったっけ?。」その片隅では、遠慮がちにアモルシート・ブランコを飲む人、ロマーノ・レヴイのグラッパに酔いしれる人・・・様々な人たちが集う市場の...『それぞれの街角』Epilogue

  • 『それぞれの街角』 第十八夜

    蒸溜所で、鐘が鳴ります。置き忘れた鐘・・・いえ、置いてきた鐘が、鳴ります。観光で訪れた方たちは、誰も気づいていません。本当に小さな・・・微かな鐘の音。なのに、八兵衛さんまでも、神妙な顔で見つめています。☆☆☆木陰から心配そうに見つめている瞳があります。さっちゃんは、お母さんの背中を一生懸命つかんでいます。命綱のように、さっちゃんは、離すまいと一生懸命です。怖くて震えています。とてもとても・・・長い時間が過ぎていきます。いいえ、時間軸では決して長くはありません。ただ・・・無限の刻があります。さっちゃんは、蒸溜所のお土産屋さんで、おばあちゃんにと思って買ったハイチュウを握りしめています。これを離したら、大好きなおばあちゃんが遠くへ行ってしまう・・・心がそう告げるのです。小さな手で、一生懸命、離すまいとがんばっていま...『それぞれの街角』第十八夜

  • 『それぞれの街角』 第十七夜

    「それじゃ、またね。」小瓶から少し拝借したウイスキーが、夕暮れのエアポートで輝いている。☆☆☆「Aforeyego」Bell’s(鐘)を蒸溜所に置き忘れてきた・・・わけじゃない。Bell’sに代わる『ハイニッカ』で、新たな旅路へと向かう。『小雨降る空港に降り立って』から、僅か三日間の旅。時間軸では短くとも、時の間には、無限の刻がある。人は何故、旅をするのだろう?「旅行と旅は違うの?」どこからか、さっちゃんの声が聴こえる。「そうね、旅に行くのが旅行。旅は・・・どこにも行かないものよ。」さっちゃんの顔に、たくさんの?が浮かぶ。「わかんない!あのおじさんと、おんなじくらい、わかりにくい!」「ごめんなさい。もう少ししたら、その意味がわかるわ。」そう、もう少ししたら・・・席を立ち、遠ざかる後ろで、グラスの氷が小さなメロデ...『それぞれの街角』第十七夜

  • 『それぞれの街角』 第十六夜

    ウイスキー館からニッカ館を通り抜け、緑の屋根の建物に着いた。表玄関には、観光客の皆さん。お邪魔になるといけないので、裏に回り、勝手口から入る。☆☆☆「お帰りなさ~い」元気に迎えてくれたのは、若い女性たち。蒸溜所では、再び訪れると、このように迎えてくれるらしい。えっ?そんなことはない?今、関係者たちがあせっている?もし、「お帰りなさい」と迎えられなかったとしたら、覚えてもらえるほど、訪れていないのかもしれないわね。「お前はどうなんだ!?」そう、昨日、初めて訪れた・・・はずなのに・・・ところで、女性たちは、それぞれ、手に職を・・・いえ、手にものを持っている。お皿を手にしているドレッドヘアの女性は・・・「ちょっと待った!」誰?懐かしい響き。「それは、ドレッドヘアではないだろう!」そう?おそらく、『小雨降る空港に降り立...『それぞれの街角』第十六夜

  • 『それぞれの街角』 第十五夜

    大将の眠りを妨げないように、早々に立ち去り、渡り廊下に入る。左側の肖像画の前で立ち止まり、すまし顔の男性に話しかける。「フェリントッシュ蒸溜所をこよなく愛したあなたとしては、ここの居心地はいかが?」男性の目が、こちらを向き、「悪くないね。いつも新しいウイスキーが生まれ、育まれているここは、魂の宿る場所だよ。」「『ビルフード』の街は、どうでしたか?」「良きバーテンダー、美味いウイスキー、君が一緒だったら、もっと素敵な夜が・・・」「相変らずね。酩酊しながらBARを巡っていたとは、思えませんわね。」若くして退職した男性が、苦笑い。それにしても・・・「あれは笑えましたよ。」「えっ?何?」「元消防士さんだったんですって?」「あのガイドも言っていたろう。当時、火の車だった大日本果汁株式会社の役員たちが、あの貴賓室でその火消...『それぞれの街角』第十五夜

  • 『それぞれの街角』 第十四夜

    「見かけないと思ったら、こんなところで。」数年ぶりの日本酒と、気の置けない仲間との宴に、嬉しすぎて泥酔した大将が、未だ仰向けで眠り続けている。その横で相変らずもめているのは、麦わら夫妻。「あなたたち、静かにしていてね。大将が気持ちよさそうに眠っているのだから。」あらっ?「麦わら帽子はどうしたの?どこかに忘れてきた?」歯をむき出していた麦わら婦人が、振り向く。「ここに戻る途中、崖の下のテトラポットの上で暗い顔をしている少年を見かけたの。どうしたのか聞いたら、麦わら帽子を海に落としてしまったって言うものだから、あげてきちゃった。」「そう、それは良いことをしましたね。」「そうしたら、素敵なものをもらったわ。」彼女が見せてくれたのは、九枚の桜の花びら。薄桃色が八枚。純白が一枚。「可愛らしい花びらね。何故か懐かしい香りが...『それぞれの街角』第十四夜

  • 『それぞれの街角』 第十三夜

    再び通り抜けた『WHISKYCLUB』の門。入口で、今日も愉快に集う「3匹の子ブタ」、いえ、「3頭のクマ」。頭を下げ、微笑む。懐かしいメンバー。そして、おつかれさま。☆☆☆「ときには、北千住以外で飲むのも楽しいでしょう?」中央の長老が、空になったボトルを掲げ、ニンマリ。「赤羽の大将が撃沈したとお聞きしましたよ。誰が犯人ですか?」にやにやしながら、私をみているクマが1頭。「楽しい宴だからといって、あんまり飲ませちゃだめですよ。」八兵衛さんが、「へへへ」と笑う。『ブラックニッカ』を大事そうに抱きしめる1頭は、私と目を合わせない。長老が、冷やかしまじりに仰る。「森ちゃんは、相変らずリ・・・んっ、ゴホン、女性の前ではシャイだな~。」思わず笑みがこぼれる・・・そういえば・・・「ところで、赤羽の大将の姿が見えないようですけ...『それぞれの街角』第十三夜

  • 『それぞれの街角』 第十二夜

    翌朝、『オクタブ』駅の改札を通り抜け、昨日と反対側のホームに立つ。ローカル線を走る列車が到着した場所は、あの蒸溜所のある駅。駅前に出ると、心地良い初夏の風。駅前の公園に立ち寄ると・・・いたいた・・・声には出さないけれど、笑顔で「こんにちは。」何食わぬ顔で、クマさんがお出迎えしてくれる。☆☆☆正門に着いたのは、それから小一時間ほど経った頃。海沿いの道を、潮風に吹かれ、懐かしむように歩いて行くと、メッキが少しずつ剥がれていく感覚がある。しばらく歩くと、いつしか、正門がお出迎えしてくれる。もしかしたら、あのクマさんの計らい?受付の女性たちが、笑顔で「お帰りなさい」と挨拶をしてくれる。ゆるやかに弧を描く一本道を歩くと、観音開きがお待ちかね。ひんやりとした室内を進み、奥の『WHISKYCLUB』に立ち寄る。バーテンダーの...『それぞれの街角』第十二夜

  • 『それぞれの街角』 第十一夜

    エレベーターの扉が開くと、そこはすでに異世界。いや、こちらが、本当の世界なのかもしれない。エレベーター前の仕切りを廻り込み、長いカウンターが続く世界へと、足を踏み入れる。「あら、いらっしゃいませ。」にっこりと微笑むマダム、いえ、オーナーバーテンダーの方は、私の先輩。数年ぶりの再会にも、いつもと変わらぬおもてなし。「遠慮しないで、お好きな席にどうぞ。」言われるままに、入口の近くに腰かける。後から来られるお客の邪魔にならないことが、大切。「何を飲まれますか?」近況を尋ねる前に、飲み物の準備をする心構え。BARですもの。「ジントニックをお願いします。」マダム、いえ・・・もう、マダムでいいか・・・マダムは、少し困ったふりをしている。「お口に合うかしら?最近、ハウスブレンドに使用しているジンのひとつが変わってしまって、ま...『それぞれの街角』第十一夜

  • 『それぞれの街角』 第十夜

    空が群青に染まる頃、『オクタブ』駅から『ビルフード』行きの快速列車に乗る。かつての恩師は鬼籍に入り、修行させてもらったお店に・・・とも思ったけれど、それよりも、今なお、その襷を受け継ぐ先輩から薫陶を受けようと思う。☆☆☆開店まで、少し時間がある。『ビルフード』駅地下のcaféで、ラムボールとアイスコーヒーをお供に、ウイスキーの勉強をする。ラムボールは、ラム酒たっぷりのジャンドゥーヤ様の生地を、チョコレートで丸くコーティングしたお菓子。脳内が程よく刺激され、今日は、ボトラーズについて調べている。自分で蒸溜をせず、蒸溜所から買い付けた樽を熟成させ、販売する・・・蒸溜所が販売する「オフィシャル」ものに対し、「ボトラーズ」というカテゴリーに属する。それにしても、同じ蒸溜所とは思えない仕上がり。良し悪しの問題ではなく、個...『それぞれの街角』第十夜

  • 『それぞれの街角』 第九夜

    翌朝、ホテルの朝食コーナーには、赤羽の大将の姿はなく、チーム北千住も、森下さんがチームひとりを再結成していた。さっちゃんのお母さんが、声をかける。「お早うございます。他の皆さんは、まだおやすみ中ですか?」森下さんは、お母さんを見上げると、頭を下げる。「お早うございます。多分、しばらくは起きてこないと思います。昨夜、随分と深酒でしたから。」「森下さんは、あまり飲まなかったのですか?」「ええ、途中で、大きな発見があったもので。」社交辞令か、本当に関心があったのかはわからないけれど、お母さんは、森下さんに尋ねる。「大きな発見って?」森下さんは、得意げにスマホの画像を見せる。「あら、これは、『ディオス・デル・トルエノ』のイメージデッサンじゃないですか。Tシャツにもプリントされている・・・」これに驚いた森下さん、「ご存知...『それぞれの街角』第九夜

  • 『それぞれの街角』 第八夜

    赤羽の大将の息子さんがメキシコに!そういえば、日本人が現地でテキーラをつくっているという話を、聞いたことがある。確か、『カスカウィン【Cascahuin】』。しかし、息子さんは、人を酔わせるという意味では共通するものの、別の仕事をしていた。☆☆☆「ディオス・デル・トルエノ【Diosdeltureno】!?」チーム北千住が一斉に復唱する。ただし、若干1名、言えてない人がいる・・・が、そこはご愛敬。「!?」の“!”は、森下さん。しかし、まず口火を切ったのは、八兵衛さん。「何ですか?その・・・ロス・インディオス・・・」その気持ち、わからないではない。大将の代わりに答えたのが、意外にも森下さん。「『ディオス・デル・トルエノ』。スペイン語で『雷神』という意味です。」「何故、メキシコなのにスペイン語なんだ?」八兵衛さん、そ...『それぞれの街角』第八夜

  • 『それぞれの街角』 第七夜

    BARという世界は、入口が狭いためか、大勢で入ることが出来ない。それに対し、居酒屋の扉に、横にスライドするタイプが多いのは、複数人の受け入れを前提にしているからなのかもしれない。暖簾をくぐればすぐに入れる気軽さは、川の流れに身を任せれば下流へと連れて行ってくれる様に似ている。一方、BARは、潮の満ち引きのよう。押し寄せる波に反して沖に出ようとしても、引き戻され、その一方で、水際にいるだけで、いつの間にか沖へと連れていかれ、岸に戻ることが出来ない・・・といった・・・泳ぎ方は、プール、川、海では、分けなければ、溺れてしまう。家飲みはプール、居酒屋は川、BARが海とするなら、居酒屋からBARへと続く流れは、自然なのかもしれない。「BARの後に小腹が空いて、居酒屋に行くこともあるだろう?」確かに。それは、“サケ(どの字...『それぞれの街角』第七夜

  • 『それぞれの街角』 第六夜

    「ああ、このビルだ。この地下か・・・」階下に降りるときも、背筋は伸びている。「『ARDBEG』のポスターを廻り込み、奥に目指すBARが・・・「んっ?何か、貼り紙があるぞ。」・・・夜の帳が下りると、BARはいつでも旅人を迎え入れてくれる。しかし、バーテンダーも人の子、こういうこともある。「まあ、仕方ない。では、次なるところへ・・・」ポケットからメモ用紙を取り出し、住所を確認する。「ここからだと、東に2丁くらいだな・・・」表に出て、何ブロックか歩くと、次第に繁華街特有の喧騒が遠ざかっていく。「おかしいな・・・それらしいビルが見当たらないぞ・・・」角のコンビニエンス・ストアに入り、XYLITOLガムを買い(律儀だ)、レジで尋ねる。「三丁目はこのあたりですかね?」「ここは八丁目ですので、5丁ほど東に行ったところです。」...『それぞれの街角』第六夜

  • 『それぞれの街角』 第五夜

    「ここか~」「わかんないよね~」同じブロックを二回りして、仲通りの古民家風のお店にようやく辿り着いた二人。(大丈夫。三周していた人も、いました。)ヨガのインストラクターと、そのお友だち。一見、インストラクターの方が年上に見えるけれど、実は、そのヨガスタジオのスタッフをしているハイチュウ女史の方が、一つ上。そもそも、このスタジオに、ドレッドヘアの女性をインストラクターとして誘ったのは、彼女。元々、ベリーダンサーだったが、事務との掛け持ちが災いし、硬い椅子に長時間座っていたために、腰を悪くしてしまったらしい。ベリーダンサーの夢がついえた後、ヨガスタジオに就職したそう。☆☆☆「雰囲気いいんじゃな~い?」「期待できそう。」カウンターに座りながらも、あり得ないほど後ろに体を捻るインストラクター。店内のペンギングッズを手に...『それぞれの街角』第五夜

  • 『それぞれの街角』 第四夜

    酒飲みの皆さまが南下する中(件の男性は、北上経由の南下だったが)、さっちゃん親子は、本当に北へ向かっている。『ビルフード』駅直結の大きなデパートには、欲しい物がいっぱい。でも、「見るだけだもんね。」自分に言い聞かせるさっちゃん。「今日の晩ご飯はブッフェよ。」「お母さん、それを言うなら『ビュッフェ』!」ここは、本当に『ブッフェ』と言うのだが、お母さんは、さっちゃんに花を持たせて、否定はしなかった。☆☆☆「うわ~すごい!」これだけたくさんの料理が並んでいるのを、さっちゃんは、これまで見たことがなかったのだろう。慌てて食べるので、何度も喉を詰まらせ、むせている。「さっちゃん、誰もとらないから、ゆっくり食べなさい。」さっちゃんは、口の中がいっぱいなので、モグモグしながら頷いている。☆☆☆お腹がパンパンに膨れたさっちゃん...『それぞれの街角』第四夜

  • 『それぞれの街角』 第三夜

    麦わら夫妻が出発して間もなく、ロビーに降りてきたのは、元消防士の男性。蒸溜所では、半袖のポロシャツにダウンジャケットだったが(蒸溜所には一日に四季があるため)、部屋でシャワーを浴び、スーツに着替えている。この服装で向かう先といえば・・・フロントに鍵を預け、「さてと・・・」本日の訪問先は3ヶ所。すでにネットでリサーチは済ませているようだ。内ポケットから取り出したメモ用紙を確認し(スマホではないようで)、「ウイスキーには早すぎるな」とつぶやいている。どこかで聞いたことのあるようなフレーズだけれど、きっと、「長いお別れ」でも経験したのだろう。男性は駅前の通りに出ると、左右を確認している。多分、方向音痴だ。ほら、そっちは『ビルフード』駅。確かに、その場所だと、そちらの方が開けた印象はあるのかもしれないけれど、目指す『ラ...『それぞれの街角』第三夜

  • 『それぞれの街角』 第二夜

    『ビルフード』駅近くのホテルで、一行は下車した。時刻は、間もなく18時を迎えるところ。チェックインを済ませると、北千住の三人衆は、赤羽の大将と合同チームを結成。長老がフロントで、男性スタッフに「このあたりで、美味い刺身が食べられる店はないか?」と尋ねている。ヨガとハイチュウの女性チームも、フロントの女性に尋ねる。「〇〇〇〇堂には、ここから歩いて行ける?」〇〇〇〇堂であれば、そこから15分くらいだろうか。ただ、開店は19時だったように思う。麦わらのご夫婦(ルフィの両親ではない)は、ロビーで何やら揉めている。「せっかくアイランドに来たんだから、カニだろう!」「カニだけじゃなく、いろいろなもの、食べたいじゃない!カニ〇〇だと、カニしかないかもしれないでしょ!」「その後に、もう一軒行けばいいだろう?」「お腹いっぱいにな...『それぞれの街角』第二夜

  • 『それぞれの街角』 第一夜

    バスは、海沿いの国道を走り続けている。海面から突き出るような崖のある海岸に差し掛かる頃には、赤羽の大将と北千住の長老は、暫し夢の中。さっちゃんは、ハイチュウ女史からもらったグリーンアップルのハイチュウを、大事そうに、少しずつ食べている。時おり八兵衛さんの声が聞こえ、時おり麦わら夫妻の他愛のない会話があり、それでも、車内は少しお疲れモードの空気が漂っている。名残惜しさもあるけれど・・・「間もなく、『オクタブ』駅に到着します。」運転手さんのアナウンスが聞こえてくる。「あら、『ビルフード』まで直行じゃなかったのね。」麦わら婦人が、隣のご主人に話しかけている。バスの座席は余裕があるので、ゆったりと、別々に座ることもできるが、二人は当然のように、並んで座っている。「トイレタイムじゃないか?」「それは助かるわ。水をたくさん...『それぞれの街角』第一夜

  • 『扉の向こうは路地裏』

    いつも『九月の夜想曲』にお越しいただき、有難うございます。少し長めの連載にもおつき合いいただき、重ねてお礼申し上げます。☆☆☆今さらではございますが、現在の『九月の夜想曲』楽器運搬を担当しております【Z.Aoki】と申します。『九月の夜想曲』では、【九月のZ】ですね。十年前に幕明けとなりました『九月の夜想曲』は、二つのBARの奥側にあたります。此処は『名も無きBAR』ですので、たまたま通りかかり、ご縁のあった方しか、お越しになっていなかったと思います。もう一つのBARは、二年ほど前、2018年5月19日に看板を掲げております。場所は路地裏ですが、路地裏にも、表通りと裏通りがございます。表通りに面したこのBARの看板に記された店名は、『ウイスキーの刻』。「ウイスキーの刻」か「ウイスキー青木」で検索いただけますと、...『扉の向こうは路地裏』

  • 『小雨降る空港に降り立って』 第三十一夜

    試飲の時間が終了した。楽しい時間は、本当に、あっという間に過ぎてゆく。『WHISKYCLUB』からウイスキーを楽しんでいたメンバーは、少々、酔いも回っている様子。帰りの階段は、ガイドさんが先頭で、さりげなく、ツアー客の落下防止に努めている。☆☆☆「皆さま、本日は、空港から蒸溜所ツアーにご参加いただき、誠にありがとうございます。少しでも、ウイスキー、そして、蒸溜所を好きになっていただけましたら幸いです。」駅では少々硬めの表情だったメンバーも、この道のりを一緒に歩む中で、お互いに気心が知れる間柄になったようだ。「では、バスの段差にお気をつけください。この後の楽しい旅をどうぞ満喫なさってください。」ガイドさんは、バスの入口で、ひとりひとりにお礼を言うと、車内へと促している。そして、さっちゃんの顔が曇っていることは、私...『小雨降る空港に降り立って』第三十一夜

  • 『小雨降る空港に降り立って』 第三十夜

    危うく難を逃れた私たちは、ようやくお楽しみの試飲に入る。★★★「うわっ、これ、すっごい甘い。」帽子を脱いだドレッドヘアの女性が叫ぶ。確かに、ウイスキー愛好家にとっては、このアップルワインは衝撃的かもしれない。「そう?あたし、これ、好きかも。」ハイチュウに慣れ親しんだ女史には、全く問題のない甘さ。「でもさ、ウイスキーの蒸溜所で、どうしてアップルワイン?」「それは、ニッカがウイスキーをつくる前は、アップルジュースやアップルワインをつくっていたからですよ。」蘊蓄を披露したのは、試飲の際も背筋を伸ばした、元消防士さん。「余市って、りんごの産地?」誰に問うでもなく、ハイチュウ女史がつぶやく。少し、間があく。何人かが、ガイドさんの方を見る。そう、ここはガイドさんが詳しい説明を・・・すると、「色内にご実家のある方でしたら、ご...『小雨降る空港に降り立って』第三十夜

  • 『小雨降る空港に降り立って』 第二十九夜

    無事にショッピングも終え、『北国』前の駐車場に待機しているバスにお土産を預ける。何気に、私もマスターへのお土産として、あのポットスチル型のピンバッジを購入した。帰りにバスを用意しているのは、さすがだと思う。行きのJRは楽しいけれど、アルコールを摂取した後に歩き、乗り換えるのは、かなり負担になるから。ここから『ビルフード』のホテルまでは、送迎バスでの移動となるとのこと。身軽になったツアー客は、心も軽やかに、無料試飲コーナーのある隣の建物へと向かっていく。1Fで飲酒カードに記入し、2Fへと進む。☆☆☆「皆さま、お待たせいたしました。蒸溜所ツアー最終地点は、ここ、試飲室となります。ここでは、蒸溜所の歴史を語る上で欠かせない三品『アップルワイン』『シングルモルト余市』そして、『スーパーニッカ』を楽しんでいただけます。お...『小雨降る空港に降り立って』第二十九夜

  • 『小雨降る空港に降り立って』 第二十八夜

    いよいよ、このツアーも終わりに近づいてきた。『WHISKYCLUB』で“いい感じ”になった一行は、『クリスマス・プディング』の写真から離れようとしない森下さんを説得しつつ、ニッカ館を後にした。☆☆☆「最後は、こちらの無料試飲コーナーで、ニッカの神髄を味わっていただくのですが、その前に、奥のショップでお買い物の時間を取らせていただきます。30分ほどですが、蒸溜所限定の品もございますので、お楽しみください。」多少アルコールが入っていることもあり、ディスティラリーショップ『北国』内では、皆、賑やかにショッピングを楽しんでいる。そんな中・・・「これ、おばあちゃんに買っていく。さち子のお小遣いで買う。」「さっちゃん、このお菓子は普通のお店でも売っているから、ここでしか売っていないものにしたら?それに、お母さんが買ってあげ...『小雨降る空港に降り立って』第二十八夜

  • 『小雨降る空港に降り立って』 第二十七夜

    ウイスキー館の最奥にあたる『WHISKYCLUB』の左手に、ニッカ館へと繋がる通路がある。封鎖されていることもあるので、予め蒸溜所に確認した方がいいらしい。この通路の両壁には、スコットランドの風景写真や、国民的詩人であるロバート・バーンズの肖像画などが展示されている。その奥に、スクリーンと座席が用意されており、ニッカウヰスキーに関するビデオ上映が行われるそうだけれど、この日は無人。そして、ここを左に曲がると、そこには、竹鶴夫妻の記念の品々や写真が展示されたコーナーがある。今回のツアーには、熱狂的なリタファンがいるようなので、さぞ、盛り上がるのだろうな・・・少々、心配ではある。☆☆☆「こちらが、竹鶴夫妻の軌跡を辿る資料館でございます。」ガイドさんの話の切り出しとほぼ同時に、ディメンター、いえ、居酒屋三人衆の一人が...『小雨降る空港に降り立って』第二十七夜

  • 『小雨降る空港に降り立って』 第二十六夜

    ウイスキー館での静かな賑わい?が続いている。『WHISKYCLUB』で、楽し気な宴も佳境に入る頃、遠巻きに見ている私の前を通り過ぎ、ガイドさんたちのところにやって来たのは、背筋の伸びた紳士。「私は、現役時代に消防士をやっておりまして。」「さようですか。体幹がしっかりされていらっしゃるので、相当な鍛錬をされてきた方とお見受けしておりました。」「恐縮です。当時はそれなりでしたが、今は、夜な夜なBAR巡りをする、ただのオヤジですよ。」「BARは気負う処ではありませんが、自然と背筋が伸びるものですね。」そう、そのとおり。「いや、まったく、そのとおりです。気持ちも引き締まる思いです。ところで、私はジャパニーズウイスキーに興味がありまして、それで、このツアーにも参加したのですが、この博物館は、本当に素晴らしいですね。」「え...『小雨降る空港に降り立って』第二十六夜

  • 『小雨降る空港に降り立って』 第二十五夜

    ツアー客は、メニューブックを丹念にチェックし、それぞれ気になるウイスキーをオーダーしている。一度に3杯のウイスキーをオーダーし、飲み比べをしいる人もいる。楽しそう。そんな中、ガイドさんは、先ほど通り抜けた『WHISKYCLUB』の門へ、戻っていく。私も、そっと、後をついていく。☆☆☆さっちゃんが、大きなポスターの前で、じっと見つめている。お母さんが、さっちゃんと手をつなぎ、一緒に観ている。一見、微笑ましい光景・・・でも、なぜか、哀しい色に見えるのは、気のせいだろうか?ガイドさんが、ふたりの後ろ、少し離れたところで見守っている。今通り抜けた門の向こう側は、楽しい宴が続いている。そして、ここは、静かな刻。どちらも大切だと思う。ウイスキーを飲んで楽しむことも、ウイスキーを飲まず(飲めず)に寛ぐことも、ウイスキーはいつ...『小雨降る空港に降り立って』第二十五夜

  • 『小雨降る空港に降り立って』 第二十四夜

    ウイスキー館を奥に進むと、辿り着く先は、天竺?☆☆☆『WHISKYCLUB(有料試飲コーナー)』世界の銘酒が陳列されている中でいただくウイスキーは、格別なものがある。「ガイドさん、これ全部飲み放題なの?」八兵衛さん、それは無理。「八さん、それはあり得ないだろう。」さすが、長老。八さんのお守りは、暫しお任せします。ガイドさんが皆を集め、説明を始める。「こちらは、『WHISKYCLUB』という有料試飲コーナーです。ここでしか飲むことが出来ないウイスキーもございます。お値段もお手頃ですので、お試しになってください。ただ、この後、無料の試飲コーナーもございますので、飲み過ぎにはご注意ください。」「ようやく、待ちに待った瞬間が来たね!」これは、赤羽の大将。正門からここまで、じっと我慢してきたのでしょう。存分に・・・節度を...『小雨降る空港に降り立って』第二十四夜

  • 『小雨降る空港に降り立って』 第二十三夜

    ここ、『ウイスキー館』には、ウイスキーの歴史や製造に関する貴重な品々が展示されている。目移りして困るくらいの充実ぶり。その中でも、何人もの人たちが不思議そうに眺めていたのが、『アランビック』。☆☆☆「これもポットスチル?」先ほど、ハイチュウから風船ガムに心変わりした女史。「これは『アランビック』という装置ですね。初期の蒸溜器と言ってもよろしいかと思います。今でもブランデーなどは、こうした形状の蒸溜器を使っています。」「『アランビック』?アラビアみたいな名前。」「はい。『アランビック』は、ギリシャ語でカップや皿を意味する『アンビック【anbiq】』)に、アラビア語の定冠詞『「アル【al】』が付いた『アル・アンビック【al-anbiq】』から派生したと考えられています。ですので、アラビアと関係があるのですね。」「ほ...『小雨降る空港に降り立って』第二十三夜

  • 『小雨降る空港に降り立って』 第二十二夜

    続いての見学は、これまでと少々趣が異なるようだ。『ウイスキー博物館』。☆☆☆『ウイスキー博物館』は、『ウイスキー館』と『ニッカ館』という二つの棟が、渡り廊下で繋がった構造になっている。入口のある『ウイスキー館』の前に立つと、観音開きの自動ドアが開き、巨大なポットスチルが眼の前に鎮座している。これは、圧巻!「おお~」その気持ち、よくわかる。八兵衛さん、そこでつまずかないで。ツアーで怪我人が出ると、主催者は困るでしょう?このスポットは、かなり印象的というか、衝撃的と言ってもよいくらい、皆の目が釘付けになっている。まずは、見慣れない巨大なオブジェに見とれ、やがて、じわじわと、いろいろな疑問が湧くようだ。「さっきのと、形、違わなくない?」違うのか、違わないのか、よくわからない発言は、ハイチュウ女史・・・と思いきや、風船...『小雨降る空港に降り立って』第二十二夜

  • 『小雨降る空港に降り立って』 第二十一夜

    「ここも緑だよ。」から始まる新たな展開。波乱の幕明けとなるか・・・「本当だ。確かに緑の屋根だ。」八兵衛さんも続く。「どういうことかしら?」さっちゃんのお母さんも不思議そう。「皆さん、不思議に思われるでしょう。確かに、現在、蒸溜所には、緑の屋根の建物が三つあります。」えっ?でも、さっき・・・皆のキョトンとした顔が、ガイドさんに向けられる。「実は、こちらの建物、旧竹鶴邸は、2002年12月に山田町から移設されたものなのです。元々は、工場の敷地内に建てられていましたが、夜中でも工場が気になる竹鶴政孝を案じて山田町に移設されていた経緯があります。そのため、屋根を赤く塗り替えた際には、ここに無かったのです。」ああ、なるほど。「でも、さっき、蒸溜所内に緑の屋根は二つと言ってましたよね?」予想通りの発言は、うっかり八兵衛さん...『小雨降る空港に降り立って』第二十一夜

  • 『小雨降る空港に降り立って』 第二十夜

    再びリタハウスの前を通り過ぎ、一行が向かった先は・・・「これは何かしら?」麦わら婦人の心の声は、拡声器を通して共有される。「『旧竹鶴邸』って書いてあるぞ。」こちらのご夫婦、何だかんだ言っても、良いコンビだと思う。「えっ?じゃあ、ここでリタが暮らしていたってことですよね?」そうだった。ここに、リタ大好きの男性がいたのだ。「はい、さようです。」「中に入ることはできないのですか?」「残念ながら、本日は外観のみでございます。ただ、後ほど、リタさんの写真がふんだんに展示されている場所にご案内できますよ。」おや?ガイドさんが、リタに“さん”づけをしている。おそらく、この男性の、“リタは自分の彼女(人妻だけどね)”的な気持ちが伝わってきたからなのだろう。「本当ですか?早く見たいですね。」はやる気持ちを必死に抑えているのが、ひ...『小雨降る空港に降り立って』第二十夜

  • 『小雨降る空港に降り立って』 第十九夜

    さっちゃんが、走って、建物の正面に回り込む。残る私たちは、ゆっくりと向かう。「ガイドさん、リタハウスに入ることは無理でしょうかね?」まだ、森ちゃんが食い下がっている。「残念ながら・・リタハウスはとても古い建物で、老朽化により立ち入りは危険なのです。」「じゃあ、修復すればよいのに、どうしてそうしないのでしょう?」「リタハウスは、窓の占める割合が高く、現在の建築基準法では、同じ状態での修復が認められないのです。そのため、当時の状態のまま、こうして大切に保存しているのですね。」「そうですか・・・それなら仕方ないですね。」そうだったんだ・・・全員が、さっちゃんの待つ建物に到着したところで、ガイドさんの説明。「ここは、かつて、ニッカの事務所として使われていました。リタハウスとほぼ向かい合わせに、当時のまま、緑屋根で佇んで...『小雨降る空港に降り立って』第十九夜

  • 『扉の向こうへ』

    いつも『九月の夜想曲』にお越しいただき、有難うございます。『九月の夜想曲』の最初の記事は、2010年6月6日。代筆から始めた楽譜をもとに、おぼつかない指使いで、ピアノの鍵盤をなぞって参りました。いつしか、楽譜を綴るのは私ひとりになり、それでも、この小さな明かり、微かなメロディを、何とか絶やさぬようにしてまいりました。一人でも訪れてくださる方がいる限り奏でる想いは、今も変わらずにおります。さて、現在連載中の『街角の蒸溜所ツアー』に端を発する物語は、これまでと少し趣を異にしており、違和感を覚えている方もいらっしゃるかもしれませんね。この物語は、暫し、退屈な内容が続いているとお感じかもしれませんが、おそらく、皆さまの予想とは異なるところに繋がっています。そして、それだけではなく、扉の向こうへも繋がっています。途中で力...『扉の向こうへ』

  • 『小雨降る空港に降り立って』 第十八夜

    いつの間にか、ツアー参加の見知らぬ同士が、少しずつ、グループを越えて会話が生まれるようになってきた。そんな折、歩を進めていくと現れたのが、リタハウス。「こちらが、元々、蒸溜所敷地の地主であった但馬八十次という方の住居で、工場建設後は大日本果汁の実験室として使われていた建物です。その後、『リタハウス』という喫茶室になりました。竹鶴政孝の妻リタの出身がスコットランドですので、当時はここで英国式アフタヌーンティーが楽しめたそうです。」「あっ、それ以上は近づかないでください。とても古い建物で、遠巻きに見学することだけが許可されているのです。」ガイドさんが引き留める、この男性は、居酒屋三人衆の一人。「すみません。ここまでなら、いいですか?」「はい、お写真も存分にお撮りください。」「森ちゃんは、大のリタファンなんだよ。」教...『小雨降る空港に降り立って』第十八夜

  • 『小雨降る空港に降り立って』 第十七夜

    蒸溜棟を出ると、同じ左側に佇む熟成庫(貯蔵棟)に案内される。「動」と「静」、「熱きこと」と「冷ややかなること」。対称は、万物を司る摂理のようなものだ。そして、真逆に見えることは、同じコインの表裏のように、実は同じもの。マスターの受け売りだけど。ポットスチルが勇猛な戦士だとすると、彼等が集う闘技場から、此処、静寂の間に移ると、思わずこの静けさに声のトーンも落ち着くのを感じる。「何か、ひんやりするね。」ドレッドヘアの女性が、隣のハイチュウ女史に囁く。小声でも、静寂に包まれた熟成庫では、聞こえてくる。あっ!大切なことを見落としていた。蒸溜棟でのレゴに気を取られ、ハイチュウがどうなったのか・・・アメリカンチェリーのままなのか、それとも・・・今さら尋ねることも出来ないし・・・不審者と思われそう・・・「ほんとだね。寒いと味...『小雨降る空港に降り立って』第十七夜

  • 『小雨降る空港に降り立って』 第十六夜

    疑問も解けたことだし、蒸溜所名物?石炭直火焚きのポットスチルをしっかりと確認しよう。ガイドさんは、もう見慣れているからだろう、特にポットスチルに目を向けることもなく、警備員に、最近のお客さまの動向などを尋ねている。「ガイドさん、あそこに付いているのは、しめ縄でしょう?」麦わら婦人(だんだん扱いが雑になってきた)が、尋ねる。「はい、竹鶴政孝の実家が広島県の造り酒屋ですので、つくりの場は神聖な場所ということで、しめ縄を飾っているのです。」「面白いわね~」妙に感心している。まさか、ポットスチルにしめ縄が飾られているなど、誰が想像できるだろう?石炭をじっと見つめている人や、炉の扉を珍しそうに見ている人など、関心の的は十人十色だと、しみじみと感じる。そんな折、袖引きさっちゃんが、やはり、ガイドさんの袖を引きながら教えてい...『小雨降る空港に降り立って』第十六夜

  • 『小雨降る空港に降り立って』 第十五夜

    糖化棟を後にして、一行は次なる蒸溜棟に入る。ここは、通常の蒸溜所ツアーであれば、最初の大盛り上がりの場所だと思われる。案の定、皆、はやる気持ちで写真を撮っている。“撮りまくっている”と表現した方が、いいかもしれない。ただ、腑に落ちない・・・そんな気持ちを見透かされたようで・・・「醗酵棟は、もっと奥の目につかない場所にございまして、見学コースには入っていないのです。」振り返ると、そこにはガイドさんが立っている。これは、観念するしかないな・・・「神田のBARで、バーテンダーをやっております(見習いだけど)。昨年、ウイスキー・コニサーの資格を取得しまして、でも、実際にウイスキーのつくりの場は拝見したことがなく・・・そんな折、お店のマスターから、こちらのツアーのチケットをいただきまして。」「さようですか。学ぶことは、良...『小雨降る空港に降り立って』第十五夜

  • 『小雨降る空港に降り立って』 第十四夜

    様々な地域から、この地に集合したメンバー。蒸溜所とは、ここから、”命の水”を送り出し、ここへ、”命”を引き寄せる処。そんなことを考えさせられるツアーだ。マスターも、一緒に来ればよかったのに・・・でも、夜のBARを、無人にはできないか・・・☆☆☆一行は、無機質の印象が強い糖化棟へと移動する。仕入れた麦芽を格納するモルトビンを横目に見ながら、奥まで続く長い建物に入る。ガラスで仕切られた中には、大きなステンレス・タンクが並んでいる。「うわ~大きい!」大きなガラス窓に顔を近づけ、薄暗い室内に鎮座する巨大なタンクに、思わず声が漏れる気持ちは、よく分かる。「これ、どのくらいの容量なのかしら?」さっちゃんのお母さんが、誰に尋ねるともなくつぶやく。「容量は、1基あたり約40,000ℓです。と申しましても、ピンときませんよね。麦...『小雨降る空港に降り立って』第十四夜

  • 『小雨降る空港に降り立って』 第十三夜

    「まあ、馬のウンチみたい。」隣で、連れの男性がうんざりした表情をしている。さきほどまで退屈そうにしていた、さっちゃんの瞳が、輝きを増している。小さい子は、なぜかウンチがお好き。ウ〇〇~がお好きでしょ~♪やめましょう。その歌は。「うちの実家が、『ディアハンター』で旅館をやってるのよ。」ピンときた人は、連れの男性と、私くらいだろうか。アイランドには、変わった地名が多い。「そうですね。確かに似ていますね。実際に、モンゴルでは、馬糞を燃料として使用していますし。」「へえ~、そうなの?」今度は、連れの男性が食いつく。「じゃあ、これもやっぱり・・・」実家が『ディアハンター』の麦わら婦人が、暴走しそうだ。ウ〇〇~がお好きでしょ~♪だから、さっちゃん、よい子だから、その歌はやめようね。んっ?でも、時代的におかしくない?なぜ、さ...『小雨降る空港に降り立って』第十三夜

  • 『小雨降る空港に降り立って』 第十二夜

    「それでは、まず、ウイスキーの原料となる大麦麦芽をご覧いただきます。」蒸溜所構内に入ると、一本道が奥まで続き、その両側に製造施設や博物館などが立ち並ぶ。入口すぐ左手に見学者用の待合室があり、右手には、大麦麦芽とそれを挽いた粉砕麦芽のサンプルが展示されている建物がある。「モルテッド・バーレイ(maltedbarley)と書いてあるけど、モルトって麦芽のことだったんだ。いつもの店で『プレモル』を飲んでるけど、そういう意味だったんだ。」北千住の居酒屋常連仲間三人で、このツアーに参加したと言っていた男性が、少々舞い上がり気味に、つぶやく。駅改札でもSuicaを出そうとするなど、そそっかしさが持ち味のよう。「そうですね。僕はホッピー派ですけど、たまに飲みますよ。」三人の中では一番若く見える男性が同調している。んっゴホンこ...『小雨降る空港に降り立って』第十二夜

  • 『小雨降る空港に降り立って』 第十一夜

    「ほら、さっちゃん、赤い屋根に雪が積もってサンタクロースの帽子みたいね。」母親の意に反して、さっちゃんと呼ばれたこの子は、うつむきながら小声で言う。「サンタクロース嫌い・・・」私と同じだ・・・世の中に、サンタクロースが嫌いにならざるを得ない子が少しでも減ればよいと思うが、ガイドさんが呼ぶ“ホワイトデビル”が君臨する世界では、多くのサンタクロースが、否応なしに街を闊歩する。特別な日は、特別な子供たちを哀しませることもある。だから、毎日が特別な日であれば、それは、いつもと同じ日。BARに無いもの、それは、“特別”。いつもと同じ、“ただ一度きり”。これは、マスターの言葉だ。だから、神田のお店にも名前が無い。訪れるお客さまは、『名も無きBAR』と呼ぶ。ウイスキーの勉強を始めた頃、マスターに「数ある中で、特別なウイスキー...『小雨降る空港に降り立って』第十一夜

  • 『小雨降る空港に降り立って』 第十夜

    貴賓室を出ると、外は白塗りの歌舞伎役者が揃い踏み。マスターが、厚手のコートを忘れるなと、意味不明なことを言っていたけれど、言われるままに持参してよかった。「さすがにアイランドは寒いな~」皆、口々に言っているが、この日は現地の人にとっては、穏やかな日だそう。気温は氷点下の一桁。しかし、0℃の捉え方は、地域によって様々。場所によっては、夏は30℃超え。冬は氷点下20℃以下。年較差が50℃は、驚異的だ。しかし、こうした傾向は、実家で経験済み・・・のはず。幼い頃の記憶を頼りに、そう感じる。ただ、ガイドさんの話では、アイランドで大変なのは気温差ではないとのこと。“人の住処に無断で押し入り、いつまでも居座るホワイトデビルです。除雪という不毛な重労働を長い期間強いられることは、どれだけの時間を浪費しているか、計り知れません。...『小雨降る空港に降り立って』第十夜

  • 『小雨降る空港に降り立って』 第九夜

    盛り上がる貴賓室。件の女の子が、再びガイドさんに問いかける。「ねえ、おじさん」面白いおもちゃを見つけた幼子のように、この子はガイドさんの傍にいる。「あれ、なあに?」暖炉の前に置かれた石。女の子の目線にジャストフィットの、何の変哲も無い石。この子の問いかけに、他のお客も反応する。「何だろう?」「この町の石?」「蒸溜所の石の一部なんじゃない?」「スコットランドの石かも。」はっとして、思わず、つぶやく。「まさか、スクーンの石のレプリカ・・・」やがて、しびれを切らしたように、麦わら帽子を被ったご婦人が、ガイドさんに尋ねる。「ガイドさん、この石はどこの石なのですか?」「南半球の、とある場所の石ですよ。」この意外性に、皆、懸命に考えている。混乱していると言った方が、的を射る表現かもしれない。蒸溜所と南半球は、どこでつながる...『小雨降る空港に降り立って』第九夜

  • 『小雨降る空港に降り立って』 第八夜

    「それでは、皆さま、こちらへお越しください。この長いテーブルを囲み、大日本果汁株式会社の役員会が行われておりました。」年配の男性が質問する。「ということは、竹鶴政孝も、このどこかに座っていたということだね?」「はい、右側の暖炉の近くが竹鶴政孝の席でした。」多分、ガイドさんはわかっている。敬称略は失礼ながら、お客さまが「竹鶴政孝」と呼んだので、同じように敬称略で呼んだのだろう。もし、ここで、「竹鶴政孝さん」や「竹鶴政孝氏」と言えば、先のお客の非礼さが浮き彫りになる。年配の男性にとって、「竹鶴政孝」は、憧れの人・・・多分。「座ってもいいのだろうか?」「はい、どうぞ。記念写真もお撮りください。」その声を合図に、ツアー客は一斉に竹鶴政孝の席を目指す。それでも譲り合い、和気あいあいと順に写真を撮っている光景は、ほのぼのと...『小雨降る空港に降り立って』第八夜

  • 『小雨降る空港に降り立って』 第七夜

    ツアー客は皆、興味津々に部屋の中を見渡している。確かに、珍しいものや、貴重な品々が置いてある。「ここでは、いくつか、意外なもの、あるいは、歴史を物語るものをご紹介いたします。」ガイドさんのこの切り出しに、ツアー客が、ガイドさんに注目する。「こちらに飾られていますのは、C.W.ニコル氏が、この蒸溜所でウイスキーづくり体験をされたときの、記念の品々です。」“えっ?そうなの?知らなかった。”思わず、尋ねてみる。「このボトルに入っているウイスキーは、ニコルさんがつくられたのですか?」「はい、ニコルさんが体験した際につくられたウイスキーです。そして、これが、現在も続く体験型イベント『蒸溜所マイウイスキーづくり』のきっかけになったのです。」「へぇ~」と皆が感心している。その中に、自分も入っている。ここで、伏兵が登場する。「...『小雨降る空港に降り立って』第七夜

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九月の夜想曲 ~ブルームーン<九十九の涙に彩られた刻の雫>~
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