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  • 金木犀の香り

    * * * 私はクラスメイトの山岸さんと夏祭りに来ていた。何度も着ている朝顔がらの浴衣は、いつもと同じように私の白い肌に良く似合っていた。 神社の境内で毎年行われるこの夏祭りは地元の人が一斉に集まる唯一の機会だと言える。わりと大きなこの神社の境内には、多くの出店が立ち並んでおり、夜の暗闇をぼんやりと、しかしはっきりと祭り色に染めていた。 山岸さんはりんご飴を片手に、黒地に金魚柄と言うなんとも古風な浴衣の袖を揺らしながら、このお面が可愛いとか、これを食べ終わったら次はカルメ焼きを食べようなどとはしゃいでいる。そんな彼女は古風な浴衣とは逆に、とても整った幼顔をしている。そのコントラストはやはり、男…

  • オオサンショウウオ

    これは友人に聞いた話なんだが、こんな話し知ってるか。 ある男が、山形県の田舎にある祖父母の家に行こうとしていたんだが、バスを乗り間違えて知らない町に降りたそうだ。そりゃあ、山形の田舎だから、次のバスなんてずっと来ない。それに電波だってほとんど入らず、どっちに行っていいかも分からない。男は困り果て、そのバス停のところで立ち尽くしていたんだとよ。 それから数十分後、男のところに、知らないおじいさんが来て声をかけてきたんだ。多分、地元の人だろうな。何をしてるんだと言われ、バスを乗り間違って、途方に暮れていると男は説明した。そしたらおじいさんは、それならうちへ来るといい、と言ってくれたそうだ。なんでも…

  • ママのせい

    ある女は、四人姉妹の末っ子であった。末っ子であったのがいけなかった。両親はとてもその娘を可愛がり、さらには姉達からもこれでもかと愛を注がれた。この女にとって、朝起きると温かいご飯が出され、それを食べ終わらないうちから晩にはなにが食べたいかと聞かれ、寒くはないかとストーブの前に連れて行かれ、もっと食べなさいとおかずが増えていく、そんな事は当たり前であった。左右からは気遣いの声、前後からは心配の声、上下からはデレデレした父の声、といったような始末。 そんな女は成長し、母となった。一人息子をとても可愛がった。これでもかと言うほどに愛を注いだ。溺愛とはまさにこれ。女は今まで自分にされてきたように、息子…

  • 意地悪なお尻にキスをしたい

    僕と美咲は付き合ってもう五年ほどになる。美咲は、大学の頃、サークルで知り合った同級生で、今はお互いに就職をして社会人となった。お互いの家はさほど離れてもなく、車で十分程のところにある。美咲は週に三度ほど僕の家に泊まりに来て、半同棲というような生活をしている。 もうすぐクリスマスが迫ろうとしている夜、美咲は申し訳なさそうに口を開いた。 「ねえ、本当に申し訳ないんだけどさ、イヴの日、仕事貰っちゃって、ちょっと会えないかもしれない。本当にごめん。約束したのに。」 「え、そうなの。そうかあ。まあ、仕事ならしょうがないよ。」 「ごめんね。ありがとう。でも、クリスマス当日は会えるからね。美味しいご飯とか食…

  • 男とは

    「おい、慶輝。慶輝の好きな言葉って何。」 「おれか?俺の好きな言葉は、“勇気は一瞬。後悔は一生。”だな。昔、なんかの本に書いてあったんだよ。」 「は?なにかっこつけてんだよ。」 「なんだよ。じゃあ佐藤の好きな言葉は何なんだよ。」 「おれは、“おっぱい”だよ。」 「はあ?何でだよ。」 「だって“おっぱい”って言葉凄いじゃんか。男はこの言葉を聞くだけでニヤついちゃうんだぜ。実際、慶輝だったニヤついてんじゃねえか。」 「くだらねえよ。」 「それに“おっぱい”って四文字はさ、あのカタチとか柔らかさを表すのに一番最適な四文字だと思わないか。」 「え。どういう事?」 「だから、なにか適当に四文字選んで並べ…

  • 灰色の鬱と猫

    外はどんよりとした暗い雲に覆われ、大きな綿埃のような雪が悲しく降り注いでいた。街の全ての色は黒が僅かに足されたように淀んでいた。 その男は大学の午前の講義が終わり、歩いてすぐの所にある自分のアパートへ帰っていた。大学に入ってすぐの時には、サークルや恋愛に生気溢れる輝きを放っていたが、今ではそれは失われ、毎日が金太郎飴のような日々を送っている。男が土の混ざった汚れた雪道をゆっくりと歩いていると、家と家との間、その狭い隙間から真っ黒な猫がぬうっと顔を出した。そして、男に気付いたのかピタッと動きをやめ、歩く男をジッと見つめた。男はその黒猫に、私はあなたに害を与えません、というように目を合わせずに、歩…

  • Huton Gravity

    さて突然ですが皆さん、次のような経験をしたことがあるのではないかと思います。 ・朝、布団から出られず二度寝してしまった。 ・ちょっと布団に入るだけのつもりが寝てしまい、気づいたら朝だった。 ・絶対に起きなければいけないのに、寝坊してしまった。 ・十分に寝たのに、布団が恋しい。 実はこれら経験の裏には、隠された物理法則があるのです。さらに、この本ではどうすれば寝坊をせずにすむのか。どうすれば布団の魔の手から逃れることができるのか。物理法則を用いて説明しようと思います。 1:布団の重力 あなたは重力という言葉を聞いたことがあるでしょうか。そうです。我々が地球に留まってられることや、リンゴが地面に落…

  • 砕けた金平糖

    冷たい綿雪の降る夜だった。澄んだ冬の匂いと暖かい街の光に包まれたあなたは、この世のどんなものよりも美しい。その男と久しぶりに会うあなたは、小さな頬を赤くし、白い息を漏らしていた。あなたは透明な栗色の眼をその男、もちろん今となっては恋仲ではないが、そちらへ滑らし微笑んだ。なんだか気まずそうなあなたは、三ヶ月ぶりに会うその男と何かを喋っている。なんだったろう。何を喋っていたのだろう。あなたは無理に明るく振る舞っていたように見えた。目の奥の暗い寂しさは、秋田の夜にとても良く合っていた。二人はしばらくその場で言葉を交わし合っていたが、その男は肩や頭が白くなるあなたに気付きらしく、優しくあなたの上のふん…

  • 真似事のカンガルー

    俺はもう六歳になった。カンガルーならもうだいぶ大人である。俺は一歳になるまで、ヒトの手で育てられた。とても優しいその雌のニンゲンはエイミーという。俺は物覚えが悪く、なんでもすぐに忘れてしまう。しかし、エイミーの名前は忘れない。エイミーは俺の母親の代わりをしてくれた。エイミーが教えてくれたが、俺はとても小さい頃に茂みの中でうずくまる所を保護されたらしい。おそらく母親がジャンプした拍子に、外に投げ出されたのであろう。エイミーはそう教えてくれた。俺は六歳になったからとても大人だ。もう十分一人で生きていける。しかし、たまにエイミーに会いにこの家に遊びに来る。だが、エイミーに会ってはいけない。遠くから見…

  • UMA

    「この映像にある物体はスカイマーメイドと呼ばれるUMAです。」テレビの中の男には、もはやそれに合ったことさえあると思えるほどの自信が見られる。そう断言してしまってはUndefinedでは無いではないか。そう思っていると、隣の父がテレビの中のその胡散臭い男に向かって、こいつは科学を全くわかっていないと独り言をぶつけた。その声を皮切りに、母や姉までもその男の揚げ足を取りはじめた。「スカイマーメイドは次のような形態変化をします。」テレビのその男は、映像からは到底知り得ないであろう、スカイマーメイドとやらの生態系を説明し始めた。全くどこからその自信が湧いて、それを説明しようと思ったのか、僕の預かり知ら…

  • トンネル

    男はただひたすらに歩いていた。いったいどれだけの時間歩いているのだろう。彼は時計さえ持っていないが、おそらくは千年ほどと感じているのかもしれないし、万年と感じているのかもしれない。しかし、彼が望む場所へたどり着けないことを私は知っている。 * * * 私はただひたすらに歩いている。いったいどれだけの時間歩いてきたのだろう。私は時計さえ持っていないが、おそらくは千年か、いや万年は歩いている。しかし、もう少しであの光の見える場所にたどり着けることを私は確信している。 * * * 1984年夏、医者であるグレイは目の前の男に言った。 「あなたはもう長くありません。末期の肺がんです。」 男はその言葉を…

  • 腎不全

    私は昔から人に馴染むことができなかった。高校ではいつも教室の片隅を陣取り、早く今日が終わらないかと祈っていた。スカートを短くしてみても、髪型を変えてみても、話しかけてくる人はなく、クラスのみんなにとっては、私がいつも一人でいることなど全く無関係であることを実感した。ずいぶん前に、目立たない女子が話しかけてきたが、そこには同情の色があり、私は彼女を冷たく突き放した。先生だって同類だ。英語の授業では毎回、グループワークのためクラスを四人一組みのグループに分けなければいけない。初めは、好きな人と組んでも良かったが、毎回私が余ることに気づいた先生は、次の授業から席を使った分け方に変更した。今のような昼…

  • トーラス

    彼は大学で数学を学んでいる。やけに長い名前の分野を勉強しているらしい。非線形楕円なんとか。何が何だか僕には全くわからない。 「佐山はどうして数学なんか勉強してんのさ?もっと面白いことあるだろ、他に。」 彼にそう訊ねる。すると彼は、 「だって知ることに勝る喜びはないし、考えることに勝る暇つぶしもないでしょ?だから数学がいいんだよ。まず、さっき、知ることに勝る喜びはないって言ったけど、例えば松葉が恋人と付き合ったと仮定するね。その時、あなたは彼女のことを…」 佐山は一度話し出すと長い。僕は、彼の話を適当に流しながら、時折、相槌を打つための単語を拾いながら歩いていた。横に流れる小川を眺め、僕は僕で、…

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